覇道を征く者 第九話

〜ネクロゴンド 魔王バラモスの城〜

 ネクロゴンドの魔城の上空に現れた、昏い闇の如き雷雲が、突如として砕けた。

「……!?」

 誰ともなく息を呑んだ事を感じさせない程の間に四散した雲の間に、それらを繋ぎとめるかの様に、黒い閃光が発生するのが見えた。だが、それらは刹那で千切れ…

ズガガガガガガガガァンッ!!

「…ぉ…あっ!?」
「…が…っ!!」

 次の瞬間、それらは天より降臨した。降り注ぐ幾千もの黒光が大地を穿ち、砕けた地表より出でし地獄の稲妻が天を衝く。弾け、爆ぜ続ける雷撃が、その場の全員を襲い、辺りに皆の痛みにもがき苦しむ悲鳴が飛び交っていた。

「な…に…!?これ……!!」
「ぐ…ぬ…っ!うご…け…ぬっ!!」

 黒い棘の様に執拗に突き刺す稲妻、まさに茨の中に囚われたかの様に、彼らは一歩もその場から動けなかった。

「が…ぁっ!!」
「く…う…っ!!」

 この場の全てを支配する程の重圧をもたらす黒い光を一体誰が呼び寄せたのか。それを知ったところでこの想像を絶するまでの、天地を走る雷から逃れる術はなく、魔境を超えてやってきた強き冒険者達も、魔王に仕える魔の者達も、その空間の中で翻弄され続けるしかなかった。

「…う…ぐ…っ…!!…!?」
「…っ!!…がはっ…!!」
「え……?」

 不意に、上下より襲い来る黒い稲妻は、天地に吸い込まれる様にして過ぎ去り、彼らはその縛から解き放たれて、力なく地面へと伏した。

バチッ…!バチ…バチッ!!

「…!!ぐぁああっ!!」
「…ぁああああっ!!」

 だが、それでも尚も、身に纏わりつく黒い残滓が稲妻となって再び突き刺して痛みを与えていた。

「…ぬ…流石に、こたえ…ます…な…」
「う…ううう……くる…しい…わね…」

 ニージスとメリッサもまた、その雷を避ける事ができず、苦しみに身を悶えながら倒れていた。
「…これから…何が起こるというの…?」
「………。」
 天に現れた黒雲が、幾多の黒い雷によって穿たれていく。それらは絡み合い、束ねられ、その深みを増した更なる黒を内包した、集いし力となっていく。それがこれからもたらすであろう災禍は、如何なる存在も許さぬものである事は何処となく感じさせられた。神が下す災いとも思わせる、天に存在する黒を前に、二人の智者は何も知る事ができなかった。


〜魔王バラモスの城 玉座の間〜

『ぐ…ぉお…っ!?』

 レフィルの叫びと共に告げられた怖れられし呪文による黒雷によって束縛されながら、バラモスは天を仰ぎ、呻きを上げていた。


 天雷の大呪文 ギガデイン

 ライデインの上位に位置する電撃呪文。
 伝説にもその名を残す、神に比類する巨悪を討ったときに唱えられたとされる。
 ライデインと違い、使い手の存在が殆ど知られていないため、詳細は定かではないが
 伝承に違わぬ破壊力を有する事をうかがわせる記録が数多く残されている。


「…ぐ…ぁ…っ!!」

 天より降り注ぎ、大地より突き出る無数の黒い雷に打ちのめされて、ホレスは苦渋に表情を歪めていた。
―ギガ…デインだと…!?
 その名はどこかで聞いた事があった。だが、実際に使える者は殆どおらず、レフィルにも扱えなかった呪文のはずだった。
―…その”力”のせいか…!!
 だが、自分達が求めた闇の力が、その資質すらも捻じ曲げて、これまでの最高の呪文―イオラを遥かにしのぐだけの力を操る能力を与えたらしい。

「何なんだ…!?これは…!!」

 見上げる空に集った雷が、互いを喰らい合う様に融け合いながら、天の一点にある闇の中へと吸い込まれていくのが見える。
―冗談じゃない…!!あんな…ものが…!!
 やがてその闇は、呑み込んだ雷を撒き散らしながら急速に膨れ上がっている。今にも爆発しそうだが、誰にも止められない。
―あれを放ったら…バラモスだけじゃない…!!オレ達も…お前だって!!
 しかし、死に瀕した今のレフィルには一片の余力もなく、これを一度用いれば、間違いなく無事では済まない。死を間際に感じ取り、全てに絶望した末に何もかもを壊してしまいたいという強い怒り。レフィルがその感情が赴くままに、最後の力で破滅を招こうとするのを、ホレスは結局止められなかった。



『…う…ぬぅ……!!』

 この地上の全ての間を統べると云われる者―怪物と化した魔王バラモスは、ギガデインの呪文が生み出す黒雷から逃れられず、それに縛り付けられていた。
「………。」
 その様子を、呪文を唱えた闇の中に佇む少女は、しばらくは黙って眺めていた。

「こんな…ものじゃない…!!」

 だが、不意に…激しい怒りを露わに、バラモスを罵る様にそう吐き棄てていた。
「わたしの全ての破滅は、そもそもあなたが招いた事、なのに…どうしてその程度…っ!!」
 発せられる言葉が一瞬途切れる。小さく零れた咳と共に血が吐き出され、体からは熱が失われていく。それが、レフィルの憎悪を更に増していた。
「父さんも…守りたい人も、わたし自身でさえも…みんなあなたが壊した!!」
 愛する父が死んだのは、バラモスを討ちに向かう、勇者としての責務のせい。それを自分に受け継がされたのは、未だバラモスが生きていたせい。そして、旅の中で見い出した希望―レフィルと共にあってくれる二人の友を、バラモス自らが手に掛けた。
 
「あなたが死んでも…わたしはあなたを許さない…だから…!!」

 そして、自分はこの戦いで命を落とそうとしている。


「もっともっと…苦しみなさい!!!あなたさえ…あなたさえいなければ…わたしは…っ!!!」


 幾度口に出しても収まり様のない嘆きと怒りを、レフィルは怒号と共に吐き出していた。

『…く…つまらぬ…!!これ以上は聞き飽きたわ!!』
「……っ!!!…バラモスッ!!!!」

 不意に、雷によって縛り付けられていたバラモスが発した罵言に、レフィルは怒りを深めて、その表情を更に険しく歪めた。

『…ぐ…ぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

バチィイイイイッ!!!

 直後、魔王の咆哮と共に、何かが張り裂ける様な耳障りな音が響き渡った。そこには、黒い稲妻を力で千切り飛ばし、その縛を逃れた魔王の姿があった。

『砕け散れぇええええっ!!!』

 ギガデインの力をこのまま黙って受けるつもりはない。バラモスはその巨大な腕で覆い尽くして押し潰す様に、左手を天にかざし続けているレフィルへと襲い掛かった。
 
「アストロン」
『…っ!?』

 だが…そのすぐ後、信じられない光景がバラモスの目に映った。自分に比べて矮小なる存在、人の子の少女が右手に握った一振りの剣が、自分を押さえ込まんとする魔王の腕に合わせて正面に差し出されていた。その結果は、考えずとも明らか……であるはずだった。
 
バキィイインッ!!

『――――ッ!?』

 だが、金属がたわむ様な音が鳴った後で吹き飛ばされたのは、なんとバラモスの方だった。まるで自らの力をそのまま受けた様な衝撃が腕に襲い掛かる。

ズンッ!!

『ぬがぁああああああああっ!!!』

 次の瞬間には、その手のひらに、アストロンの魔鋼の剣の一閃による傷が、深く刻まれて紅い血を撒き散らしていた。

「跡形もなく…消えて……」
『……っ!!』

 地面に崩れたバラモスを横目に、レフィルは天にかざした左手の先にある闇を見つめながらそう呟いていた。


「何もかも……みんな…!!!」


 そして、その手を下した。


ゴッ!!


 そして、次の瞬間…深淵の極みとでも言うべき昏き闇の中心から、光と共に一陣の風が周囲へと広がっていった。


ガシャアアアアアアアアアンッ!!!


 闇が空間ごと砕け散り、その狭間より、呑み込まれていた黒雷が溢れ始めた。




〜魔王バラモスの城 回廊〜

 光さえ呑み込む黒き太陽より、黒光の雨が魔城へと降り注ぐ。

「が…ぁああ……!!」
「うぉあああああ…っ!!」

 レフィルが望んだ、滅びによる理の決壊を叶える力を秘めた雷の矢は、堅牢なる城壁を容易く貫き、壮麗なる庭園を穿ち、一瞬にして瓦礫と化した。そして、それを守る魔城の兵士達は、城と運命を共にする様に、稲妻が招く黒い炎に焼き尽くされ、その亡骸は灰燼と帰して風の中へと散っていった。

「…ぐぁ……は…っ!!…じょ…冗談じゃねぇ…!!」

 地獄さながらの黒い驟雨の中で片膝をつく真紅の鎧の戦士―マリウスは、赤い光を帯びた盾を掲げながら、苦しそうにそう呻いていた。
―折角中に突入できたってのに…一体何が起こってやがるんだ…!!
 左手に持つ、呪甲・嘆きの盾が持つ、力を逸らす能力で雷の破壊の矛先を、先程まで剣を交えていた者達へと向けて、彼は辛うじて身を守っていた。一撃受ける度に、盾が軋みを上げて、今にも砕かれてしまいそうだ。
「生きてろよ…三人とも!!俺が助けてやるからよ!!」
 幾度となく攻め立てる豪雷を耐えしのぎながら、マリウスは荒れ果てた魔城の中、足を進め始めた。だが、このとき…この力を放ったのが彼らであろうとは知る由もなかった。



〜魔王バラモスの城 玉座の間〜


『うぐぁあああああああああああああああああああああっ!!!』


 世界を支える柱の如く、天地を貫く黒雷に撃たれ、魔王は断末魔ともとれるおぞましいまでの叫び声を上げていた。全身に滅びの力を纏った雷が走り、内側から切り裂かれる様な痛みが随所で巻き起こる。

『がぁあああ…ア…アアッ!!』

 まさに神罰と呼ぶに相応しい、凄絶なまでの天雷の呵責を受けてなお、バラモスはその生を留めていた。だが、堅牢なる外皮は容易く砕かれ、肉は裂かれ、流れる真紅の鮮血は、雷によって焦がされて黒き煙と化していく。このまま肉体が滅びれば、魔の王と言えど生ある者に過ぎないバラモスに、死を免れる道理はない。

「ぁあああああああああああああああっ!!!!」

 レフィルが怒りに任せて上げる叫びと共に、雷はますます激しくなっていく。
―全部…壊れてしまえ…!!もう…わたしは……!!!
 彼女に残された時間は、もはやあとわずかしかない。だが、その現実が導くのは、決して消える事のない絶望と、何よりも深い嘆きだけであった。
―あなた達のせいで…何もかも…!!
 それが理不尽なまでの怨みを生み、全てに対する破滅を求めさせる。レフィルは流れ込む様にして受ける昏き絶望に赴くままに、滅びを招く雷を呼び寄せ続けた。

『グ…ォ…ッ!!…ォオオオ…ッ…!!』

 同時に、身動きできないバラモスに、更なる雷が舞い降りる。更なる衝撃が舞い降りる。天高くより落ちる滝の瀑布の如き黒い雷の前になすすべもなく叩き伏せられ、バラモスはその重苦にのた打ち回った。


「…ぐ…は…っ!!」
「…う…っ…く……!!」


 だが、そのとき……
「……っ?!」
 二筋の稲妻が離れた位置に落ちると共に、レフィルの耳に苦しみに呻く声が届いた。それが聞こえた方向を振り向くと、その身を闇に包まれている二人の仲間の姿があった。


「う…ぁああああああああああああああああっ!!!」
「あ…ぁああああああああああああっ…!!」

「――――――――――――っ!!?」
 
―ホレス!!ムー!!!

 そして、彼らが漆黒の奔流に呑み込まれ、それがもたらす身を引き裂く雷が与える苦痛のあまり慟哭の如き絶叫を上げるのを目の当たりにして、レフィルはその怒りに満ちていた表情を、瞬く間に驚きで染め上げていた。


―わ…たしは…わたしは……!!ふたりを…ずっと…巻き込んで…いずれは…!!


―わたしは…何をしているの…?
 ただ立ち尽くすその最中にも、二人の友は、レフィルが招いた災いの中でもがき苦しみ続けている。
― 一体…何を……
 レフィルは”あの呪文”を、何もかもを打ち砕くために放った。だが、今それが壊しているものは一体何だ。
―…そうだ、わたしは…結局自分で……。
 一陣の風の様に過ぎ去る回想で、レフィルは今起こっている…自ら引き起こした現実をようやく悟った。


「わたし自身の手で、破滅を選んでいたんだ……。」


 降り注ぐ黒雷が、この場の全てに牙を剥き、バラモスばかりか、ムーを、そしてホレスをも切り裂こうとする中、闇に包まれた少女は、力なく地面へと崩れ落ちていた。

「醜い…。」

 小さく零れたその言葉には、自分自身に対する、”失意”の念が込められていた。一体何処で行くべき道を誤ってしまったのか…。

「わたしは…何という事を……」

 二人は自分のために、道を切り開くための力を手にする機会を与えてくれた。闇に属するものであれ、破滅を招くものであれ、力を託すその想いは紛れもなく、救いの手を差し伸べようとする者のそれだった。にも関わらず…
―…あなた達まで、憎んでしまったのね……
 結果として破滅への道を示す事しかできなかった二人までも、憎悪の対象として捉えていた事に、レフィルは気がついた。
―だから…あなた達の心までも…裏切ってしまった……。
 もたらされた結果によって心を歪められて、彼らの抱いている思いを疑い、そしてそれを裏切ってしまった。
―あなた達は…わたしに何も求めなかった…。わたしは、何もしてあげられなかったのに…!!
 これまでも、何だかんだで二人は何の見返りも求めずに、友人として黙って自分についてきて、前に進む手助けをしてくれた。”勇者”という、茶番にも似た肩書きなど、その絆を前に何の意味があっただろうか。

―だから…今度はわたしの番…。

 絶望と衰弱によって、弱りきった体でも、まだ自分がやるべき事がある。レフィルは今一度、ゆっくりと立ち上がっていた。


「ベホマ」


 そして、その手のひらを、二人の仲間へ向けながらそう唱えていた。

「……っ…!?…こ…これは……?」
「…あたた…かい……。」

 同時に、死に瀕していたホレスとムーの体に光が差し込むと共に、その体を瞬く間に癒して、生きる力を与えていた。

「ホレス…ムー……」

 次いで、レフィルは顔を上げて、彼らへと呼びかけた。

「ごめんね…」

「「……!?」」
 その表情に、諦めの様なものが浮かんでいるのを見て、二人は絶句していた。
「…な…!?レフィ…」
「それと…」
 ホレスが何か言おうとするのを遮る様に、レフィルは言葉を続け…


「…今まで…本当に…ありが…とう……」


 そう告げながら、彼女は二人へと、生気を失い儚さを感じさせる程の弱弱しく…それでも精一杯笑いかけていた。同時に、二人を縛りつけていた黒い稲妻が弾ける様にして四散した。
―…稲妻が…!!
 そして、レフィルが放った破壊の黒雷から闇が消え去り、本来の金色の煌きが戻り始めた。

バチィッ!!

「…!!!」

 そのうちの一つが、突如としてこの場に佇む闇に向けて一閃した。
「…レフィル!!」
 金色の稲妻は、レフィルを覆う闇を襲い、彼女ごと撃ち抜いた。
「………。」
 だが、彼女はそれを受けても痛みに喘ぐ様子もなく、沈黙を保っていた。
―…な…何を…!?
 まるで甘んじて受けているかの様に、稲妻に撃たれるレフィルに、ホレスは何もできなかった。

バチッ…!!バチ…バチッ!!

「…!!!」

 程なくして、四方八方から、幾つもの金の光がレフィルを縛り付ける様に飛んできた。
「レフィル…!!」
「駄目だ…!!あれじゃ…!!」
 先程までバラモスへと牙を剥いていた雷。それは今度は明らかに、レフィルを襲っている。魔を討ち滅ぼすために放たれた金の雷撃は、もはや御せるものではなくなり、術者である彼女へと全ての力が跳ね返っているのが目に見えて分かった。


ドゴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 次の瞬間、目を覆う程の眩い閃光と、全てを揺るがすばかりの雷鳴の轟きと共に、天地を衝き貫く巨大な金色の光が、レフィルの闇を撃った。

「やめろぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「―――――――――――――――っ!!!!」

 光と闇が暴れまわる中で巻き起こる轟音の中で、ホレスとムーの叫びは空しくかき消されていた。魔を倒すはずの光は、立ち昇る闇と喰らい合って、その内にあるレフィルの命を奪おうとしている。

「……………っ…」

 そして、それが収まると共に、竜の鎧を纏った少女の姿が再び現れていた。だが、その体を包んでいた闇は既になく、ただ静かにその場に佇んでいた。
「…レフィル!!」
 彼女の姿を見るなり、ホレスとムーはすぐさまそこに駆け寄ろうとした…

ピシィイイイイイイイイイイッ!!!

 だが…その直後、金の稲妻がレフィルの体を貫いた。

「「――――――――――――――――ッ!!!!!」」

カラン……

 その手に握られていた吹雪の剣が甲高い音を立てて、廃墟の床へと落ちる。同時に、レフィルの体がぐらりと揺れて、前へと傾いでいく…


ドサッ………


 そして、彼女は何の抵抗もなく、瓦礫の山の中へと崩れ落ちた。



「「レフィル―――――――――――ッ!!!!!」」



 ホレスとムーが上げた慟哭は、倒れたレフィルにはもう届かなかった。 
「だめ…!!!死んじゃだめっ!!!」
「目を覚ませ…!!」
 彼らはすぐにレフィルの下へと駆け寄り、必死に呼びかけ始めた。だが…彼女はそれに応える事も、再び動き出そうともしなかった。
「まだ……お前は…!!!」
 ようやく全てから解き放たれようとした矢先に起ころうとしている結果を、ホレスは認められなかった。だが、無情にも、思わず取っていたレフィルの白い手のひらから、凍りつくかの様に温もりが失われていくのが感じられる。


『死んだか…』
「「!!」」


 そのとき、背後で大きな足で大地を踏みしめて、立ち上がりながら呟く声が聞こえてきた。
「「バラモス…!!」」
―…生きていたのか!!
 そこには、体中を稲妻によって蹂躙され、深い傷を負った魔王バラモスの姿があった。だが、レフィルが全てを賭して放った雷撃をその身に受けてなお生を留め、そこから発せられる圧力は手負いながらも未だ変わらなかった。
―…あれでも…効いてないのか!!!
 王の姿でレフィルの一撃を受けて斬り裂かれても、ギガデインの直撃を受けても、まだ致命傷には程遠いと見えた。

『…ハッハッハ、ここに我が目的が一つはなった。”勇者”なる希望を失った今、弱者どもに抗う力は残されていない。』

 世界を救うとされた、最高の名声を持つ勇者―オルテガ。そのただ一人の忘れ形見の存在が失われた事が意味するものは、想像を絶する衝撃を人類へともたらす事となるだろう。
「………だったらなんだ…!!!」
 その現実を語るバラモスに、ホレスは声を荒げながらそう返していた。もともと人類の希望としての”勇者”になど、興味はない。だが、レフィルの消滅を喜ばしく受け止めている事が、どこまでも気に入らず、彼の怒りを深めていた。

『さて…こやつの屍を見せしめに、外に普く愚か者どもに思い知らせてやるとするか。』
「――――ッ!!!」

 そして、続けられた言葉を聞いたそのとき、ホレスは憤怒を全面に出して、悪鬼の如き表情をその顔に浮かべていた。
「ふざけるな!!何を言ってやがる!!!」 
―もうたくさんだ…!!どいつもこいつも…どれだけレフィルを翻弄すれば気が済むんだ!!?
 生きていれば、魔を討つために全てを捨てる責を負わされ、死ねばその亡骸を人に絶望を与えるための道具として使われる。死を以ってしても、レフィルが”勇者”としての宿命を逃れる事ができない現実に怒りを覚え、ホレスはバラモスに対して怒号を上げていた。

『ほぉ…折角長らえた命、ここで散らそうと言うのか。ハッハッハッハ、よかろう。ならばそなたも人間どもの滅びの宴の贄としてやろう!!』
「…下らない…!!その減らず口…二度と利けなくしてやる…!!!誰であろうと…レフィルをこれ以上バカな真似に利用させやしないっ!!!」

 人類ばかりか、魔王にまでも利用されて終わる存在。レフィルが背負わされた運命を、その様なものに終わらせようとする全てに、ホレスは完全にうんざりしていた。
「クロープ・ガーデ……」
 下卑じみた笑いを浮かべながら襲い来るバラモスに向けて、ホレスは変化の杖の先端を向けながら、呪文を唱え始めていた。
『遅い!!』
「…っ!」
 しかし、ザラキーマの呪文が完成しようとする前に、既にバラモスの腕は、ホレスを確実に捉えていた。

「…”あの子”が言ったはず。あなたなんかの思い通りにはさせないって。」

「『…!!』」
 だが、それがホレスを押し潰そうとしたその直前、”彼女”の言葉がポツリと呟かれていた。そこには、理力の杖をホレスへと向けている赤い髪の魔法使いの少女の姿があった。

「ここに開け…”地脈の聖門”。」

「……っ!!」
 そして不意に、ホレスの視界が波打つ様にして歪み始めた。
「これは…旅の扉!?」
 倒れたレフィルと、バラモスの前で杖を構えるホレスの足元から、青白い光を湛えた泉が現れて彼らを引き込み始めた。同時に、バラモスの攻撃は空を切り、その体ごとすり抜けていた。

「…ムー!?何を…!?」

 レフィル共々、突如として出現した旅の扉へと吸い込まれながら、ホレスは混乱を隠せぬ様子で少女へとそう叫んだ。

「レフィルをお願い。これは、”あの子”の望みだから…。」

 だが、彼女はホレスを見て頷きながら、呟く様にそう告げるだけだった。
「…あの子…!?お…お前…!!」
 その言葉に引っ掛かりを覚えながらも、ホレスは未だに冷静さを取り戻せなかった。
「その子を助けられるのはあなただけ。”あの子”にも、私にもできない事だから。」
「…な…何言って…!!お前はどうする気だ!?」
 歪み続ける視界の中で、少女だけは旅の扉の中に入っていない。その意図を計れず、ホレスは彼女に向けて怒鳴った。


「…信じて。必ずまた、会えるから…」


 すると、少女は真っ直ぐにホレスの目を見つめながら、心配ない、と言った様子でそう告げていた。

「…っ!!ムーッ!!!」

 それを最後に、ホレスはレフィルと共に旅の扉へと吸い込まれ、叫び声だけを残して何処とも知れぬ空間へと繋がる門の中へと消えていった。