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7.王都に集う2

「ぐお……っ!?」
「まさか……これほどの力とは……!!」

 騎士達にかかる束縛を通じて、全身に絡みついた暗黒闘気が体中を締め上げていく。最早鎧など役に立たず、一方的に痛みつけられていた。
 迫り来るデッド・アーマーの群れと、全身を潰されるような激痛の増幅を前に、焦燥が人間達を覆う。


「トヘロス」


 そのような状況の中で、まるで影響を受けていない様子の神父の声が、一つの呪文を唱え上げると同時に、柔らかな光が聖堂全体に広がった。

『!』

 光を浴びると共に、ミストバーンは目が眩んだかのように一瞬動きを止めていた。デッド・アーマー達も思わず力が抜けてひれ伏すように片膝をつき始める。
 聖者と呼ばれる者達が操る退魔呪文トヘロス。辺りを清浄なる光で満たして魔物を打ち払うために編み出された力だった。

『闘魔滅砕陣が……!』

 極大呪文をも容易く御する程の力量を持つ神父の放ったそれは、ミストバーンが張り巡らせた暗黒闘気の奥義・闘魔滅砕陣をもかき消していた。
 並の使い手に破れぬはずの奥義を、取るに足りぬはずの呪文一つで打ち破って見せたことに驚嘆を隠せない様子だった。

「そうか、これも聖性で対抗できるのか!」
「ならばこっちのものだ!」

 そして、束縛がトヘロスによって破られて、デッド・アーマーにも確かな効果をもたらしたことを知った騎士達もまた、すぐにそれに倣った対抗策を取り始める。
 聖水を浴びせて鎧の内側から滅却したり、ゾンビキラーやホーリーランスなどの聖別された武具を的確に弱所に命中させて致命傷を与えるなど、一気に攻勢に転じて立ち塞がる強敵達を蹴散らしていった。

『逃がすな!』

 思わぬ反撃に浮き足立つ魔影の軍団を叱責するようなミストバーンの声が飛ぶと共に追手が差し向けられ、彼自身もそれに加わる。少数とは言え軍団としての統制が取れている人間達を好きにさせては煩雑な事態になりかねない。

「追わせぬよ。」
『っ!?』

 その行く手を阻んだのは、やはりあの神父であった。ミストバーン目掛けてトヘロスのそれに近い滅却の光を魔法力によって編み出して投げつけ、決して小手先と侮れぬ攻撃となしている。

『だが、貴様如き老いぼれ如きこのデッド・アーマーで……』
「貴様諸共引き裂いてくれよう。」
『何……!?』

 注意を逸らされたことに苛立って配下をけしかけようとするミストバーンの言葉をそのまま遮りながら、神父は一瞬で魔法力を練り上げて解放し始めた。
 その双手に集った力がそれぞれ強大な暴風となって吹き荒れて、それぞれが巨大な竜巻を形作る。

「バギクロス!!」

 そしてそれらは力強く唱えられる呪文と共に、聖堂に立ち入った蠢く者達全てに向かって襲いかかる。二つの大竜巻が聖堂の中心で渦巻き、多くの敵を巻き込みながら天井を貫いて大空へと立ち昇った。




 その頃、少女はイースと共に、突如として上空より現れた煙状の魔物・ガストを掃討していた。マホトーンやマヌーサなどの妨害をなしてくる魔影軍団の手の者であり、既に数人が実害を被っていた。
 バイキルトを帯びたイースの突進により纏めて薙ぎ払い、取りこぼした者はイオラで駆逐していく。新手の急襲によって劣勢に立たされた者達も彼女らや他に同じ役目に回った者達の援護によってどうにか持ちこたえ、戦局は確実に好転していた。

 そんな町に侵入した魔影軍団と迷い人の戦士達の戦禍の最中、不意に地響きと共に岩石がぶつかり合う音が轟き始める。

「……!」

 その直後、瓦礫が天高く巻き上げられ、砕かれた地面から巨大な竜巻が吹き上げ始めた。

「見ろ、あっちの方で竜巻が!」
「神父様か!?」

 轟音と暴風がもたらす猛威を捨て置くことは出来ず、敵味方問わず多くの者の意識が傾けられる。そして知る者は今現れた竜巻を引き起こしたのは旅の扉の管理人たる大神官であると悟っていた。

『マルデどりるダ……ムチャクチャジャナイノ、アレ……』

 二つの大竜巻が交わる中に、デッド・アーマーを初めとする魔影軍団の手の者達が巻き込まれていく度に瞬く間に切り刻まれて塵と化していく。大地諸共一瞬で敵を切り崩していく中であらゆる物がが削り落とされる乾いた音がうねりを上げ続けている様を目の当たりにして、イースはそのあまりの威力に呆れさえも見せていた。

 少女もまた、ザボエラの元より助け出された時に見た苛烈なまでな呪文戦を鮮明に思い出し、その強さを前に戦慄を禁じ得ない。本来仲間であるのは間違いないが、その思惑が向かう先を窺い知れず、本当にこのまま彼の導きに従って良いものか悩み続けていた。
 彼が本気で望まざる行動に及んだ時、果たして自分にそれを止める力があるのだろうか。

「やばい威力だが……」
「ああ、これはまずい。いや……もうダメかもしれんね。」

 居合わせた者達もまた、神父の放ったバギクロスの威力に驚嘆しながらも、その意味する劣勢を思い知らされて焦燥を露わにする。既に精強の騎士団だけでは旅の扉を守ることは出来ずにいる以上、相応の脅威が到来したことは想像に難くない。
 多くの敵が竜巻の中で粉々にされていく様に士気を上げる兵士達を余所に、彼らを率いる立場にある者達は不安を募らせていた。

「……道理で手薄なはずよね。」

 迷い人達にも魔王軍の尖兵達に対抗するだけの戦力と武器があるとはいえ、兵の数は到底及ぶものではない。それにしてはこの多勢に無勢の状況も生温いように思えたが、元より敵も時間稼ぎをしているとあれば納得が行く。

「気をつけて皆。何だか嫌な予感がするわ。」
「メリッサさん?」

 如何なる経緯になろうとも、彼らの目的は人間達の根絶に尽きるのは変わらない。このまま悠長な戦いが続く中で、確実に人間達を皆殺しにする策謀が進んでいることを予見して、メリッサは注意を呼びかけていた。




 竜巻が爆ぜ飛ぶと共に、あらゆる物を砕き続ける唸りが止み、砕け散った大地や鎧の残骸が渦巻く風の残滓の中で塵と消えていく。

『デッド・アーマー共を引き裂いただと……?』

 呪文が効かぬはずの魔装の金属を呪文の力そのものだけで破壊した上に、辺り一帯を丸ごと切り崩してしまうだけの莫大な魔法力を事も無げに操って見せるだけの技量。
 目の当たりにした全てを信じられぬように、ミストバーンは愕然とした様子で立ち尽くしていた。

「バギマ」
『……っ!?』

 その一瞬を隙と見て、神父の呪文がすぐさま放たれる。強力な魔法力が込められた風の刃がミストバーンを白き衣ごと斬り裂いていく。そして背後に控えるデッド・アーマーにもまた襲いかかり、堅牢な装甲を紙のように引き裂いて吹き込まれた暗黒闘気ごと輪切りにしていた。

「呪文が通じぬと見て侮ったな。誰が如何なる呪文も通じぬと定めたかを鑑みれば限界も存在しよう。」

 デッド・アーマーで軍団を編成している以上魔影軍団全体が魔装の金属を頼みにしているのは明らかなことだった。だが、その強力な物質の限界を知る術はこの世界に住まう者達にはなく、故に呪文が効かぬと定めるより他ない。

『だが、人間如きが何故……!』
「貴様等もこの世界の神とやらも、人間の真なる可能性を軽んじているのだよ。私如きに驚いているようではな。」

 今世に在る定命の存在である以上は必ず限界というものがあり、神に近しき者にとってはそのような不動の物質であろうとも打ち砕くのは容易いことでしかない。
 そのような大逸れた力を眼前の神父、人間如きが操って見せたことに対してミストバーンは憎悪にも似た感情を抱いていた。

「魔王軍とは精錬な猛者共と恐れていたが、とんだ見込み違いだったようだ。力に溺れし烏合の衆と知れた以上、この場で全てを終わらせてくれようか。」
『その言葉、貴様にそのまま返すぞ……!』
「ふん、余程人間に侮られたことに憤ったらしいな?」

 凄まじいまでの兵力を以て各国を攻め滅ぼしたと噂される魔王軍の勇名も、いざ相対して見れば力に驕りその目を曇らせた愚か者の集団でしかない。同じく力を以て統率していることを否定せずとも、この世界に住まう魔の者達首魁に準ずる者達も所詮は持って生まれた力を振るうだけの怠惰なる者達と知り、神父は魔王軍に嘲笑を露わにしている。

「さあどうする? このまま私に倒されるか、大人しく全てを晒け出すか。貴様が選べるのはこの二つに一つだ。」

 再び魔法力を練り上げながら、傲慢なまでの物言いで神父がそう言い放つ。敵の正体を結論づけるに至り、無敵と言う裏付けがまやかしでしかないことを知った以上、油断こそ禁物であれ、いたずらに恐れる必要もなくなった。

『貴様如きに、我が正体を見せるものか!!』

 度重なる存在の否定と嘲笑に続いて言い放たれた嘲笑を前についに激昂したのか、痛手と共に弱まっていたミストバーンの暗黒闘気が怒気に呼応するかのように膨れ上がっていく。やがてその全てが右手へと集約されていった。

『我が暗黒闘気の中で跡形もなく砕け散るが良い!!』

 辺りに舞う塵が触れると共に吸い込まれるようにして消滅していく。全霊の暗黒闘気を掌に集束する一撃必殺の奥義に相違なかった。
 憎しみから生まれる執念からか、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めて、一心にその暴威を叩きつける。全てを呑み込み砕く一撃が神父に襲いかかる。

「スカラ」
『!?』

 その直前、神父は己に対して呪文を施すと共に、その暗黒の掌に対して正拳を以て迎撃していた。スカラの呪文によって呼び起こされた光輝くオーラが全身から迸り、拳へと集まっていく。

『ば、馬鹿な……闘魔最終掌が……!?』
「はっはっは、愚か者め! 貴様ただ一匹の力など所詮はその程度のものよ!!」

 神々しいまでの輝きを乗せた拳が、握り潰さんとせまる暗黒の掌を一撃で打ち砕き、そのまま己自身へと跳ね返す。必殺の奥義、闘魔最終掌を実にたやすく退けられて呆気に取られている間に、神父が哄笑を上げながら容赦のない追撃を浴びせる。
 聖なる力を帯びた呪文とスカラにより引き出された闘気による連撃を受けて暗黒闘気を殺ぎ落とされ続け、ミストバーンは確実に追い込まれていた。

「その肉体を残して消え去るが良い!!」
『く……おのれ……!!』

 如何に強靱な肉体を持とうとも、本体は暗黒闘気で構成されただけの存在に過ぎない。辺りに張り巡らされた聖性の光も相まって力の差は覆ることはなく、そのまま勝負が決まろうとしていた。



「調子に乗り過ぎだよ、ハーゴン君。」



 止めとばかりに高められたバギクロスの魔法力が解き放たれようとしたその時、不意に神父の耳元で剽軽ながらも冷ややかな声が囁きかける。

「!」

 同時に、神父の練り上げていた魔法力が強引に鎮められると共に、足下で何かが砕ける音がその耳に届き、辺りが炎の焦熱に包まれ始めた。

「ぬ……死神……っ!?」

 何かに気づくも既に遅く、聖堂全体に走った亀裂より溶岩が吹き出し始め、やがて神父の立つ地面が崩壊すると共に巨大な火柱が噴き上がった。

『キル……』
「まさか、彼が本当にここまでやる人間だなんてねえ。」

 溶岩流の内に呑み込まれた神父に脆弱な人間ならざるものを見てその末路を看取るように眺める黒い影。巨大な鎌を担いだ笑みの仮面を身につけた道化師のような男。ミストがキルと呼ぶその者こそ魔王軍の影で暗躍する大魔王のもう一人の側近、死神と噂される暗殺者・キルバーンだった。


   異世界の人間達や技術は、兵士達の戦いにも幾らかの革命をもたらしていた。剣や鎧などの武具の類や武術や呪文、そして大砲に至るまでに時に決定的な戦力の向上に繋がり、魔王軍の侵攻に対して予想外の抵抗を見せている。
 そして、異界人達が集っていることも相まって魔王軍の主力軍団とも渡り合う力を得て、果たして優勢に傾きつつさえあった。

「……!」

 だが、地鳴りと共に巨大な溶岩流が噴き上がったその時から、人々は再び絶望的な恐怖へと直面することになった。降り注ぐそれらは並の冷気では打ち消すことすら出来ず、触れた者から焼き尽くしていった。

「くっ……フバーハ!」

 次々と降りかかる炎を前にその表情を苦渋に歪めながら、メリッサは呪文を唱えて対抗しようと試みた。あらゆる苛烈な環境の変化から守る力を有する命護の呪文・フバーハ。呼び起こされる光の障壁は竜の息吹による炎や吹雪を初めとする様々な災厄から身を守る力を有している。
 メリッサのフバーハが呼び起こした光壁が味方全体を覆い、炎の雨を受け止める。

「ダメね、私の力では……」

 だが、程なくしてそれだけで遮ることは出来ないと悟り、腰に帯びた短剣を引き抜いて炎に向けて振りかざした。純粋な氷で形作られた短剣が周囲の空気を喰らって一振りの氷の刃と化していく。鋭利に形作られた刀身が斬り裂いた軌跡に沿って吹雪が巻き起こされ、フバーハで低減された炎を吹き払っていた。
 他の者達も各でフバーハを唱えたり強力な氷や風の呪文を以て相殺にかかり、壊滅だけは免れていた。

「おい、こんな中で神父様は大丈夫なのかよ!?」
「くそっ、どうなってやが……っ!?」

 先程竜巻が発生して空けられた風穴の中から、今度は溶岩が噴き出しているとあれば、あの中に残った者達も当然無事では済まない。退路の準備役としてだけに留まらず、先に見せた圧倒的な力の持ち主があっさりと沈黙したことに危機感を覚えたその時、三度震撼する大地と共に、更なる脅威が姿を現し始めた。

「あっちにもあの火柱が……!?」
「気をつけろ!! もうこの町は魔王軍の罠だらけだ!!」

 今襲いかかってきた炎ですらも一筋縄ではいかない危険な代物であったが、その元凶たる溶岩の火柱が町の各所で出現している。最早パプニカが火の海と化すのは時間の問題だった。

「くそっ……遅かったか。」

 町の建物を次々と飛び越えながら降り立った者、巨大な戦斧を担いだ偉丈夫が地下聖堂があった場が溶岩溜まりと化しているのを見て失意を禁じ得ない様子で舌打ちしていた。

『ア、しゃちょー。』

 だが彼の、カンダタの姿を見て、少女はこの上無い程の安堵を覚えていた。既に戦火と大変動の中で犠牲になった者も少なくない中で、家族とも言える人物が無事だったのは何より幸いだった。

「おじさま、無事だったのね。良かったわ。」
「おうよ、俺がそう簡単にくたばるかってんだ!」

 メリッサもまた旅の最中で会った親愛なる者との無事での再会を互いに喜び合っていた。異なる異界人達の集落間にありながらも、分け隔て無く接してくれる数少ない好漢であり、共に苦難を乗り越える中で確かな親交を育んでいた。

「だが、どうしたものかね……逃げ場もねえぞこりゃ。」

 脱出に用いられる手筈だった旅の扉は既に魔王軍の手の者に占拠されたばかりか噴き出す炎によって四散して、既に町の各所にも同じような溶岩流が顕現しつつある。このままでは領民共々焼き尽くされるのも時間の問題だった。

「あれだけの溶岩をどうにか出来るのって、神父様ぐらいじゃないの。」

 溶岩流を食い止めることもそれを呼び起こした仕掛けの破壊も、有能な魔法使いが居ればこそ可能なものだったが、上級呪文の使い手としての自負を持つメリッサ自身も含めてそれをなせる者はいない。
 大地そのものを礎としている呪術に対して、人間が束になった所でその力を容易く凌駕することはあり得ない。最早パプニカはこのまま溶岩の海に沈む以外の命運はあり得なかった。

「せめてあの巨人さえどうにか出来れば……」
「そうそう、それだよそれ。アレをぶっ壊せば、もうあの鎧野郎共も復活出来やしねえ。そうじゃなくとも時間稼ぎぐらいなら何とかなると思うぜ。」
「じゃあ、今皆があの巨人に向かってるのは……」

 そして今尚も、逃げ惑う人間達を一人残らず滅ぼそうと魔影軍団があの巨人の城塞の内から次々と現れている。彼らに行く手を阻まれたままでは、脱出への血路を開くことも難しいだろう。

「王サマの采配だ。いわゆる陽動作戦ってヤツだな。」

 最善を尽くせばあの城塞を破壊、そうでなくとも巨人と魔影軍団の注意を引きつけている間に脱出の糸口を見つける。そしてその動きは、メリッサや少女達の知らぬ所で既に一つの形として動き始めていた。    
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