城塞の巨人の侵攻と、町中の地割れより噴き出す溶岩により、パプニカ王国は荒廃の極みに陥っていた。燃え盛る街中から逃れようとも闊歩する魔影軍団に追われ、人々は嘆きと絶望の渦中に放り込まれている。
だが、そのような中でも、未だに十分な力を以て抗い続けている若者達の姿があった。
「……くそっ、今のおれでも、これが手一杯だぞ……。」
巨大な岩石柱が氷の中に封じられるように閉ざされている前に、緑のローブを纏った魔法使いらしき少年が疲弊した様子で膝を折っていた。溶岩の火柱に対して氷の呪文をぶつけて冷え固め、鎮めることに成功したことにその場で安堵しながらも、悔しさも露わにしている。
「ポップ……大丈夫?」
「悪いなマァム……、だが一個凍らせるのにマヒャド一回じゃ足りねえなんて……。」
健脚を覗かせる作りの赤い武道着を纏った桃色の髪の少女・マァムが駆け寄り、炎を掠めた傷に対して回復呪文を施しつつ彼の身を案じていた。災厄に対してその一端を鎮めるのが手一杯と嘆く彼自身を余所に、限界の露呈こそあれ彼のなした芸当は仲間達皆が驚くところだった。
最上位に位置する氷雪呪文、マヒャド。それを幾度も放ってみせるだけの底力と、見事鎮めて見せただけの威力。紛れもなく魔法使いとしての遙か高みに位置していることは他人目から見れば明らかなことだった。
「いかんな……皆の逃げ場もどんどん無くなりつつあるぞ。」
「そんな……!」
そんなポップの奮闘も空しく、人間達に襲いかかる苦境は更に苛烈さを増すばかりだった。
巨大な戦鎚と魔石の埋め込まれた渦のような形状の斧を携える、リザードマンの武人・獣王クロコダイン。勇猛果敢に魔影軍団に立ちはだかるも、数の差と今の大変動による地の利の喪失を受けて、最早彼一人の手で保てる場ではない。
そう自覚している彼自身の言葉は、何よりもこの絶対的劣勢の状況を体現しているかのようだった。
「ヒュンケル……どうか無事で……!」
「…………あの野郎、格好つけやがって。」
そして、城塞の巨人の方では人々を攻撃する大砲の轟きに混じって、鋭い剣戟が幾度となく響き渡っている。そこで戦っているのは、ポップ達の仲間にして元魔王軍の魔剣戦士・ヒュンケルだった。
失われた魔剣に代わり、戦友とも呼べる男が冥府より託した魔槍を振るい、鎧兵士達を尽く破壊し続けている。そして、その果てに待ち受けていた白いローブに身を隠したかつての師と呼べる存在に対してその穂先を向けていた。
丁度その近くで、気配を潜めながら彼らを、そして城塞の巨人の様子を窺う者達が、瓦礫の中に残る家屋の陰より視線を覗かせていた。
「もう既に先客がいるみたいね。」
宙を自在に舞う魔法を付与された絨毯に腰掛けながら、メリッサは今尚も抗っている戦士達の姿を確認していた。若者達を主軸とした、一つの有力なパーティーを築き上げて魔王軍に対抗しているのが見える。
『コリャ見ナイ顔ッテワケデモナサソウダネ。』
「そうね。あの子達が噂の”アバンの使徒”かしら。」
過酷な修練を若くして積んだ者は、この世界においても決して多くはない。そしてその中で特に頭角を表して、魔王軍との戦いで確かな実績を積んでいたのがかつての勇者アバンが遺した弟子達、すなわち”アバンの使徒”だった。常に魔王軍との戦いで先陣を切ってきた彼らがここにいても何らおかしくはない。
「どうしたの? ちょっと顔色が悪いみたいだけれど。」
しかし、この巡り合わせは少女にとってみれば不幸なものでしかなかった。己の保身のために勇者ダイを拐かそうとした以上は、彼らの前に迂闊に姿を現したらただでは済まないだろう。
「でも、あの魔法使いの子、ただ者じゃないわね……。」
そしてそれ以上に注意を向けているポップと呼ばれた魔法使いに対して少女が注視しているのを見て、メリッサもまたあの溶岩流を止めて見せた彼の持つ特質に驚嘆の意を表していた。
だが、少女はそれ以上に彼がこの場にいることに対して内心で驚いていた。テランでの戦いの折りにポップが命を落としたことは、後に迷い人の町の死者と同じような感覚により知っていた。今も多くの犠牲者達の嘆きの声が飛び交う中で生ある者へと回帰した者はおらず、如何なる助けを得たか否や、蘇った少年の特質が類稀なるものと知るには曖昧ながらも強烈な印象だった。
『しゃちょーハモウスグ近クニマデ行ケタミタイダネ。』
蜥蜴のように器用に建物にしがみつきつつ身を隠しながら、イースは城塞の巨人の方を眺めていた。仲間達やアバンの使徒達が気を引き、少女達が後方からの魔影軍団を掃討している間に、カンダタが気配を潜めながら巨人の足下へと近づいていく。
「後は、この溶岩を抜けられさえすれば皆助けられる……。そのためにも……。」
城塞を破壊するにしても、町から脱出するにしても、戦いは決して避けることが出来ず、消耗で力尽きるのも時間の問題だった。
溶岩と鎧兵士達により確実に死地と化していく中で、最早一刻の猶予もなく、この戦いで出される成果が皆の命運を分けることになる。残された者達を守る術を為すために戦う迷い人達を、メリッサは祈るように見守っていた。
勇者の仲間たるアバンの使徒や、異界の人間達により行く手を阻まれながらも、搭載された大砲やその巨駆で全てを破壊していく城塞の巨人。その最も近しい場、巨人の頭上にて戦いを繰り広げるは二つの影。
内側から闇が微かに醸し出されている白きローブから翳される指先の爪が、対峙している敵手を貫かんと伸びる。
「ぐう……っ!!」
振るわれる槍の穂先をくぐり抜け、爪が白銀の鎧を穿ってその内の肉体を抉る。苦痛に悶えて転がる白髪の青年ヒュンケル。かつて魔剣戦士と呼ばれた彼も、更なる危機に陥っていた。
『ノコノコと死地に赴いただけのことだったな。お前如きにこの鬼岩城も、私も倒すことなど出来ん。』
「っ……!! おのれ……!」
深手を負って膝を折った所に、闘気の糸が締め上げていく。白いローブの男・ミストバーンの放つ暗黒闘気の秘術・闘魔傀儡掌により、ヒュンケルは完全に束縛されていた。
『そのような手慣れぬ槍で戦おうなど愚かの極み。まして、正義の闘法に傾倒し弱くなったお前如きが、闇の真髄を極めしこの私と戦えると本気で思っていたのか?』
かつてアバンの使徒でありながらも魔王軍に身をやつした経歴から、正義と暗黒の双方を操る魔剣の達人と目されていた過去。だが、今のヒュンケルは正義の使徒としての姿勢故にその恵まれた資質の殆どを無為にし、亡き友のために剣を捨てて槍を取ることで更に弱化を重ねている。
魔王軍に身を寄せた時から師として暗黒の闘法を教授した立場から、今の情けない姿を前にミストバーンは失望の念を露わにしていた。
「……そう言う貴様も、手負いと見えるがな? 暗黒闘気が弱まっているぞ。」
しかし、ヒュンケルもまた束縛された身でありながら、負けじと言葉を返していた。ミストバーンと暗黒の師として長きに渡って接してきた以上、その力は痛感しており、彼にはそれがいつもにも増して弱く感じられた。
白いローブも幾分砂塵と創傷が刻まれ、相対した時より既に何者かと激しい戦いを繰り広げていたと推し量ることが出来た。
『人間の分際で力有る者がいたと聞いて赴いてみれば、所詮は邪神の傀儡に過ぎなかった。お前も憶えがあろう?』
「!」
ヒュンケルの言葉に答えるように、ミストバーンはにその子細を忌々しげに吐き棄てていた。直に戦い、後一歩の所まで追い込まれる中で、あの男・神父の力の本質を見抜いて脆いものと見切るに至っている。
そして、邪神なる言葉を反芻するように聞かされた時、ヒュンケルの目が苦悶のそれとは別に険しく歪められた。
『身の程知らずの老いぼれなど、結局は我が敵ではない。まして、力を手放した今のお前如きに何が出来る?』
絶大な力に驕った結果、慢心したまま炎の内に消えた神父を嘲笑うと共に、弱くなった身の程を知らずに無謀に先走ったヒュンケルにも、ミストバーンは同じく侮蔑の意を表していた。
『堕落を重ねしお前などに最早用はない。落ちろ……!』
魔王軍を離反したばかりではなく、既に期待していた資質も失ったかつての弟子に、心底の失望の眼差しを向けながら、暗黒闘気の糸を繰ってその体を持ち上げる。そのまま城壁の外まで追いやって縛を解き、あたかも玩具を放り棄てるかのように突き落とさんとしていた。
「この時を……待っていたぞ!!」
『!!』
だがその瞬間、ヒュンケルは己が落ちることすら構わぬように自ら闘魔傀儡掌の糸を引きちぎりつつ、尚も手にしていた槍を渾身の力でミストバーン目掛けて放った。
「アバン流槍殺法・虚空閃!」
穂先に集った闘気の光がミストバーンの心の臟にあたる位置を貫き、暗黒闘気を四散させていく。実体無き暗黒生命体や暗黒闘気の使い手に対して編み出され、絶大な効果を有する奥義・虚空閃。
正しき心を持つ者にしか操れぬ正義の闘法の極致が、かつて魔王軍に身をやつした者の手によって体現されていた。
『な……にぃっ!?』
完全に不意を突かれて光の一閃をまともに受け、ミストバーンは驚愕を露わにその場に膝を屈していた。
この好機を狙い澄ましたように繰り出せるのは、最初から命を捨てる思いがなければ出来ることではない。
「ヒュンケル!!」
「やりやがったぞあいつ!」
捨て身の攻撃を放ったヒュンケルが落ちた先に、マァムが形振り構わずに駆け寄るのに追従しながら、ポップはその一矢がミストバーンに対して大きな痛手を負わせたことを確信して歓喜の声を上げていた。
「全く、無茶をしおって!」
そして、駆けつけた先には、ヒュンケルが地面に激突する寸前で巨大な荒鷲のモンスター・ガルーダがしっかりと救い上げている様が見えた。その怪鳥の主たる獣王クロコダインが、命を軽んじるような行いを叱責しながらも労うように迎え入れている。
「すまん……だが、これで終わりではない!!」
助け上げられたことに感謝しながらも、ヒュンケルはすぐに仲間達へと注意を呼びかけていた。技は完全に決まったものの、鬼岩城から漂うミストバーンの気配はより強くなり始めている。
『侮りすぎたか……! だが、それでもお前達に私は倒せん!!』
「く、来るぞ!!」
寸での所で虚空閃を耐え凌いだミストバーンが、アバンの使徒達の前に降り立つ。死地からの反撃で返って全力を見切った以上、最早これ以上の不覚は取り得ない。
ミストバーンの足下より広がる闘気の陣が、その場の全員を絡め取って、纏めて締め上げていた。
パプニカを踏みにじる魔王軍の城塞の巨人・鬼岩城。その巨駆と頑健な城壁により形作られた体は如何なる人間の抵抗をも跳ね返し、各部に備えられた大砲が火を噴く度に次々と町が破壊され尽くしていく。
「やれやれ、どうにか入れたはいいが……」
その状況の悪化はカンダタの目にも明らかに映っていた。
「ありゃあ全然効いてねえな……。大丈夫か、あの坊主共。」
ヒュンケルなる戦士が放った聖なる一撃。それは受けたミストバーンのみならず、この場の全ての意識を集めるには十分な結果を上げ、その隙に乗じてカンダタは鬼岩城の内部に人知れず潜入していた。
だが、それも決定打になるばかりか返ってミストバーンを本気にさせる結果となり、立ち塞がるアバンの使徒達も更なる苦境に陥っている。
「皆、何とか持ちこたえてくれよ!!」
満足に動けぬ中で痛みつけられている様を目の当たりにし、助けに割って入りたいという衝動を振り切りながら、カンダタは鬼岩城の内部へと忍び込み、先を急いだ。
一方で、迷い人の町を守る役割を担ってきた戦士達もまた、付き従いし民達と共に退路を求めて彷徨い続ける果てに、ついには逃げ場を失っていた。
「くそっ……もう保たないぞ!」
度重なる戦いの中で人々を守り切ることは困難を極め、その身代わりとなって戦士達は次々と傷ついていく。
前方には溢れ出る溶岩の大河が行く手を阻み、そしてこの場は燃え盛る町並みの中で魔影軍団の追撃も後を絶たない。足下にまで至る火の残滓を前に足並みも揃わず、民衆だけに止まらず、彼らもまた本能的な恐怖に駆られそうになっていた。
「貴様! そのために如何なる災禍を呼び込むか分かっているのか!! まして、陛下の御身がどうなるか……!!」
「黙れ偽善者。今の我らに最早民を守る力が無いとまだ分からぬのか。」
人々の先頭に位置する者達、迷い人を率いる将達が激しい口論を繰り広げていた。溶岩にいつ呑み込まれるか分からぬこの差し迫った状況を前にして尚も、予見されている危険は人々を二つに割く程に看過出来ぬ脅威だった。
「陛下。巫女殿はまだ生きておわせます。今ならば、まだ……」
しかし、今もまた追い詰められた状況にあり、手をこまねいているだけでは皆殺しに遭うのも時間の問題だった。最早一刻の猶予も許さぬ中で、周囲の者達も禁を破る意に沿う意思を垣間見せている。
そしてそれは、王への進言として一つの形を得ていた。
「……止むを得ぬな。」
「ですが、その傷では……!」
「我が命一つで脅威を払えるとあれば、それもまた本望。」
度重なる猛威から民達を守り続ける中で、迷い人達の王もまた無事では済まなかった。熱気や呪文の数々を退ける力を持つ王者のマントを初めとする装備があろうとも、人間に溶岩流をまともに受けられる道理はない。
戦いの中で深手を負いながらも、王はその傷ついた体を引きずりつつ外套を翻した左腕を天高く掲げた。
「あれは……黄金の腕輪…………!」
炎により焼け焦げた王衣の内より覗かせる目映い輝き。それは、身に帯びていた腕輪を形作る黄金の返す光沢だった。王の宝飾としての華やかさとは程遠い、角や刃を模した鋭角的でまがまがしい意匠に彩られ、妖しい魅力を醸している。
「まさか、進化の秘法を……!?」
輝きを目にした民達の一人が、王の為さんとしていることに気づいたように目を見開いている。その反応が、将達が言い争っている原因が決して軽いものでないことを知らしめ、人々の間に更なる動揺を波及させていく。
「……神を滅ぼせし我が血脈の下に求む。全てを凌駕せし高みに我を導かん。」
王が精神を集中するにつれて、その身に纏う気配や魔法力が徐々に増大し始めていく。傷ついた体から滴る血潮もまた熱気を帯びて、王の周りに炎の如き揺らめきが生じていた。
「血塗られしこの秘法、今こそ力無き者を守る力としてみせようぞ……!」
民の間を震撼させていく程に轟く脈動。あらゆる力が王の体に流れ込み続け、その存在を強大なものへと創り変えていく。
「魔の者共が呼び寄せし邪悪なる地脈よ、我の血肉と化せ。この場に普きし全ての魔に属する者達を残らず根絶やしにしてくれん……!!」
「陛下……!?」
そうして貪欲に全てを吸い込まんとする奔流は、やがて行く手を阻む溶岩をも呑み込んでいた。魔の者達への激情を露わに灼熱の内に閉ざされた王の体から、腕輪の煌めきに共鳴するかの如く金色の光が迸り、溶岩流をも金塊の如く照らし尽くしていく。
「これは……」
さながら黄金の柱の如く立ち上る溶岩の火柱の神々しさと王の命運の行方を前に、皆が目を奪われている。目映い黄光の中で、絶大なる存在の鼓動が韻を刻むように轟くと共に、凄まじいまでの重圧が辺りを満たしていく。
そして、身の毛もよだつ程の怒号と共に溶岩流が引き裂かれ、その猛威の源が姿を現した。
『我、進化に至れり……!』
黄金の光の中に映る巨大でまがまがしい異形が足を踏み出す度に大地が揺れる。その中から現れたのは、灼岩の如き赤く堅い鎧のような外皮に身を包んだ巨人、王であったはずの存在だった。
「そ、そんな……! 陛下が化け物に……!?」
「おいたわしや……。」
民を守るために自ら先頭に立った王の姿は最早そこにはなく、邪悪な気配を纏った一体の異形の存在と成り果てた者しかない。恐怖を振りまくかつての主を前に、人々は逃げ惑うよりも先に、自分達のために身を投げ出した残酷な結果を前に打ちひしがれていた。
数少ない迷い人達を導いた者として確かな忠誠と親愛を抱いていた主が更なる過酷な選択を為したのを目の当たりにして悲哀を禁じ得ず、見守ることしか出来ない無力を嘆くしかない。
「陛下、秘法は成功に御座います。すぐに次の秘術を。」
『承知した。』
「!」
失意に陥った民達を後目に、臣下の一人が怪異と化した王に対して恭しく進言を続ける。それに答える王の重々しい一言から感じられる雰囲気は、その声色こそ異なれど、かつて親しんだ王の面影を未だ色濃く残しているように聞こえた。
『悪しきを滅ぼせし古の魔神よ、このパプニカの地に普きし魔の者共を生贄として捧ぐ。招来の陣に依りて、その力を我らに示せ!!』
最早どうすることも出来ずに見守る民達を省みることもない様子で、王はすぐにその巨大な手を振るって印を結びながら何かを唱え始めた。秘法により得た強大な魔法力によって溶岩流の内に巨大な魔法陣が形成され、その内から一条の光が町の一点を目指して飛来していく。
それは唐突に、心臓を鷲掴みにされるような感覚として襲いかかってきた。
「!!」
無尽蔵に現れ続ける魔影軍団を前に後退を余儀なくされ、少女達は物陰に隠れ潜みながら城塞の巨人・鬼岩城の様子を窺っていた。その最中、突如として光が少女の胸を貫いた。
その肉体をすり抜けるように入り込み、臓腑そのものをを締め上げる感覚に苛んでいく。
『ボス!?』
「……っ、シャナク!!」
光から逃れる間もなく、激痛のあまり苦悶にのたうち回る少女を前に、イースもメリッサも理解が追いつかぬまま混乱するしかなかった。
「シャナクも通じないなんて……、どうしてこんな大魔法級の力がこの子に……!?」
肉体そのもののダメージが主でないためか回復の呪文は効果を為さず、とっさの思いで放った解呪の呪文・シャナクをも跳ね除けている。子細こそ知れずとも、この光が何者かが発動した魔法の産物と知るのは容易いことだったが、真っ向から自分の呪文を跳ね除ける程の呪縛を少女に与えている根源の大きさを推し量り、メリッサは焦燥を露わにしていた。
「まさか、最初からこの子に……。」
人間の意思と力で抗うことの出来ぬ呪いを為すには如何に強大な力を有する者であろうとも相応の準備が必要になるのが常であるはずだった。だが、この恐慌状態の内にあって何の前触れもなく少女を襲った以上、それが最初から少女に差し向けられる手筈であったと疑わざるを得ない。
「……っ!!」
為す術もなく手をこまねいている他ない中で、突き刺さった光が与える身を裂かれるような痛みに少女は意識を揺さぶられていた。死の大地なる場で受けた脱魂の術と酷似した、引きちぎられるような感覚に苛まれ続けていく。
「剣……? でも、この力は……?」
やがて光が少女の体の内側から再び現れると共に、捉えられた物もまた姿を現していた。煌めきを宿した雷光を纏った、虹色の光沢を有する二振りの刃。それらの剣から迸しる力に圧倒されるメリッサを後目に、少女もまたそれらが突如として呼び出されたことに驚愕していた。
魔王軍の強者達を瞬時に葬り去った雷を宿す大振りな双剣。少女自身の意のままにならぬあの双剣が、何故今この場で再び引き出されているのか。鞘から抜き放たれるかのように完全に姿を現したのも束の間、引き寄せられるように遙か彼方へと飛んでいった。
《ほう、楔を解いたか。》
「!?」
その時、身も凍り付く程の悪寒と共に、少女の内に嘲り笑うあのおぞましき声が届いてた。
「この霧……」
同時に、剣が飛び出した胸元から黒い霧が吹き出し始める。闇そのもののように光を吸い込み続けるその不気味な様から何を感じたのか、メリッサは恐怖を押し殺したように張りつめた表情を浮かべていた。
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