プロローグ
「盗賊の手先め!大人しく投降しろ!」
二つの高い塔を擁する大きな城の下にある町の中で、兵士達が慌しく巡回している。彼らが追っているのは、黒いコートを身にまとった、白銀の髪を持つ一人の青年であった。
「カンダタ盗賊団め!今度は一体何を企んでいる!?」
「あやつを捕らえよ!抵抗するなら手段を選ぶな!!」
逃走を続ける盗賊を、兵士達は執拗に追いかけ続けた。
「…冗談じゃない。」
一方、追われている青年は、走り続けながら非常にうんざりした様子でそう呟いていた。
―何だ貴様は!?
―怪しい奴め!
―…あんたらこそなんだ…。
―下らない。他所から来たと見れば全部盗賊扱いか。
自分が盗賊と見なされているのは間違いないが、その根拠が何であるのか…青年には全く理解出来なかった。
「もう逃げられないぞ!」
ふと、先程から後方から聞こえていた音が次第に大きくなるのを感じた。
―騎兵か…。
蹄鉄を踏み鳴らしてけたたましい音を立てながら、騎士を乗せた馬の群れが既に背後まで迫っていた。
―随分と…手の込んでいることだ。やれやれ…この国は一体どうなっているんだ…。
盗賊一人捕まえるのに対して、ここまで過剰な人手を割いているのは明らかに大袈裟ではないか。
「仕方がないな。」
いずれにせよ、自分が徐々に追い詰められているのは間違いない。青年は懐からおもむろに袋を取り出して、その紐を緩めた。
「…!?」
その袋から、不思議な光沢を放つ粉のような物が、騎兵達へ向けてばら撒かれた。
ヒッヒィイイインッ!!
「どわっ!?」
「ぐぉっ!?」
すると、突然騎馬達が暴れだし、乗り手の騎士を振り落として、後続の兵士達に向けて突進し始めた。
「…ぐ…!?毒蛾の粉か!?」
毒蛾の粉
強力な幻覚作用を有する粉末状の劇薬。
魔物の群れに出会った時に使えば同士討ちを誘える。
大量に吸い込むと、後遺症が残ることもあるので扱いは慎重を要する。
「悪いが、こんな所で死にたくはないんだ。」
後ろで続く混乱を一瞥した後、青年は城門に群がる兵士達を見据えた。
「邪魔だっ!!」
そこに佇む大勢の敵を見ても駆ける勢いを殺さずに、彼は腰の袋に手を入れ…その中身を投げつけた。
ドガァアアアンッ!!
「うわぁああっ!?」
それは、兵士達の頭上で大爆発を起こし、その衝撃で彼らはまとめて薙ぎ払われた。
「…ぐ…!?爆弾か!?」
「くそっ!?…ヤツはどこに消えた!?」
今の爆発に乗じて逃げ出したのか、青年の姿は何処にも見当たらなかった。
「ええぃっ!!味な真似を…!!」
幾つもの道具を駆使してこの場を切り抜けた、囚われるべき叛徒を結局取り逃がしてしまったことが、兵士達の間に動揺と苛立ちを生む。兵士長は苛立ちを露わにそう怒鳴り散らすほかなかった。
「逃がさんぞ!!」
だが、その頃…ただ一人、見失ったはずの青年の行方を補足した騎兵がいた。
「…ちっ!!」
既に城外へと脱出する事に成功した青年は、思わぬ追っ手の姿を見て舌打ちしながら、腰に下げたクロスボウを手に取って、そのトリガーを引いた。
カシュッ!!
「……!!」
その武器から放たれた矢は、的確に騎士の鎧の隙間を捉えていた。
「ぐぅっ!!?」
矢が刺さった激痛のあまり、騎士はたまらず馬から転落して、平原へと転がった。
「…だがっ!!逃がさん!!」
「…!!」
しかし、すぐに立ち上がり、腰の剣を抜いてすぐに青年へと追いすがった。
「なめるな!!」
だが、青年もまた…大振りのナイフを手に取り、その剣に対して応じた。
ギンッ!!
「……!!」
「バカが…」
先にクロスボウで与えた痛手が効いたのか、青年は騎士の剣を呆気なく叩き落した。
「終わりだ…!」
彼はそのまま、手にしたナイフを騎士の喉元へとあてがった。
「ぬ…ぬかせ…っ!!」
騎士は怒声を上げたが、命を脅かす冷たい感触を前になすすべもなかった。だが…
「ま…まっ……て……!」
「「!!」」
ナイフが騎士を貫こうとしたそのとき、弱々しい制止の声が、二人の耳へと入ってきた。
「な…!?…お…おま…え……!!?」
声が聞こえてきた方を見て、青年は驚愕に目を見開いていた。