冒険ばとん そのよん
青色の草を拾った
 

  切り開かれた地の周りを覆う、深い樹海。
 ここに住んで長きに渡る者達でも、一度迷い込んでしまえば二度と出る事は叶わず、そのまま力尽きて森の土となるのを待つばかり。
 その様な云われさえ漂う危険な秘境の中を、一人の少年が何の怖れも垣間見せずにただ黙々と歩いていた。
 少女が最後に自分のために焼いたパンのみを携えた他は何も持ち込んでいない、そんな無防備な姿を捕食者達にさらしながら、彼はひたすら樹海の奥深くへと突き進んでいく。

「ぴきーっ!!」

 その最中、不意に前方から飛来してくる何者かの存在を感じ取れた。
 弱き体に必死の敵意の全てを込めて、雫の姿の不思議な生き物―スライムは少年に捨て身でぶつかりかかった。
 
「おっと。」

 だが、少年は肩を軽く引きながらすれ違う様にして魔物の攻撃を難なくかわしていた。

「無駄だ。」

 行く手を阻む事に対する覚悟の現れか尚も飛び掛ってくるスライムへと振り返りながら、少年は渾身の力を拳に込めて前方へと繰り出した。
 幾度も降りかかる荒事を切り抜ける中で磨きぬかれた一撃が、小さな魔物へと直撃して大きく後ろへと吹き飛ばた。
 それはそのまま地面を転がって、近くにある大樹へとその身を打ち付けられた。

「…ぴぃ……」

 弱弱しい鳴き声を最後に残しながら、スライムはそのままその場から動かなくなった。
 傷を負って動けなくなったその恐怖を、大きな瞳の内から感じられる。
 それは、まさしく最も弱い魔物と謳われる彼らのか弱さを象徴しているかの様であった。

「……大丈夫、だな…。」

 微かに痛む拳が発した力に確かな手ごたえを感じながら、少年は表情を変えずとも少し安心した様子でそう呟いていた。
 病み上がりで弱ったとはいえ、この一撃はどこかで確信をもって放つ事ができた。これならば、勘を取り戻す事もそう遠くはないだろう。
 厳しいこの世界の旅路を生き残ってきた旅人であるならば、幾度全てを失おうとも旅の中で再び蘇る。或いは今、それが試されているのやもしれない。

「悪いな、これはもらっていくぞ。」

 木々の隙間に、周囲のものとは姿を異にする藍色の草が生えている。
 その根元を掴んで引き抜きつつ振り返りながら、少年は今しがた倒した魔物に対してそう告げていた。
 野に生える草とて、彼らにとっては貴重な食糧である。だが、倒れて全てを失った少年もまたこれを今必要としていた。
 
 やがて、この一つまみの草が、来るべき時に大切な役目を果たす事となる…かもしれない。