第一章 誘われし者
第二話

 青天の下に鷹の紋章がはためく。城の周りを隔てる大きな堀に浮かぶただ一つの通り道である橋を、レフィルは振り返ることなく進んでいた。

「………。」

 黒く長い髪を風に揺らし、その身は皮で作られた簡素な鎧と紫紺のマントに覆われている。また耳元には青い耳飾りが揺れて、背中には長剣が背負われている。その姿は一人の戦士として旅立とうとする若者の勇気ある雰囲気を感じられる。だが、その表情は前髪に隠れてはっきりとは見えずにあった。
「アリアハン城へようこそ!」
 城門に至るなり、案内の兵士が出迎えてきた。彼が案内するままにレフィルは赤い絨毯が敷き詰められた城内へと入り、階段の前へと辿り付いた。
「さぁ、王様がお待ち兼ねですぞ!」
 その階段を上った先には兵士達が道の両脇に整列して、敬礼をもってレフィルを歓迎した。

「よくぞ来た!勇者オルテガの子、レフィルよ!」

 そしてその奥には、この国を統べる者―アリアハン国王が玉座からその腰を上げて、王者に相応しい程の威厳に溢れた堂々たる面持ちで迎え入れる様子が見えた。
「よい、楽にせよ。そなたをここに呼んだのは他でもない。」
 かしこまろうとするレフィルを制し、王は言葉を続ける。
「そなたの父、勇者オルテガは世界を巡り、彼の者により失われた幾多もの秩序を取り戻し、我々の…世界の希望とあり続けた。だが、死の火山において志半ばに倒れたのはそなたも知っての通りじゃ。今も尚…オルテガによりもたらされたものが、再び脅かされようとしておる。それはどうあっても止めなければなるまい!」
 アリアハンにその人ありと称される程に、世界にその名を轟かせた偉大なる英雄―オルテガ。世界の平和を守るべく戦い続けた彼の死は、皆に大きな衝撃を与えた。だが、今この場に居合わせる者達の顔には絶望など微塵も無い。
「レフィルよ!そなたはオルテガの遺志を継ぎ、新たなる希望となると申した!その志、今も変わらぬか!」
 この王の問いかけを聞いた時、レフィルは僅かに表情を曇らせていた。オルテガ亡き今でも皆が希望を失わずにいられるのは、今の言葉が物語っている。彼に代わり、レフィルが新たな希望となることが望まれている。

「よろしい!敵はネクロゴンドの魔王バラモスじゃ!見事彼奴を討ち果たし、世界の秩序を取り戻してみせよ!」

 レフィルの態度を肯定と取ったのか、王は満足げに頷きながらそう命じた。同時に周りの兵士達や側近達の間から歓声が上がり、謁見の間にこだまする。
―もう…引き返せない…
 今、全てが決した。レフィルは”アリアハンの勇者”として魔王バラモスを倒さなければならない。
「最後に一つ。オルテガはただ一人ネクロゴンドに赴きそこで帰らぬ人となった。そなたにも同じ道を歩ませる訳にはいかぬ。」
 新たな勇者の誕生の瞬間に沸き立つ者を諌めつつ、王は言葉を続ける。かのオルテガは、最後にはただ一人で魔王に挑もうとしたがゆえに果てた。それが直接の原因であるかは誰しも知らないことだが、その事実が王に与えた影響は大きいようだ。
「まずは仲間を募るがよい。ルイーダの酒場には冒険者が集っていると聞いておる。一度立ち寄りってみるがよかろう。」
 王の耳にまで聞こえる程の噂になっている出会いの場。その信頼性はかなり高いと見て良いだろう。レフィルはその言葉を心に刻み込んだ。

「そして、これはせめてもの餞じゃ。」
 
 最後に、王は近くに置いた鈴を摘んで軽く揺すった。綺麗な音が響くと共に、側近たる侍女の一人が袋を抱えてレフィルの下まで運んできた。中は沢山のゴールド金貨で満たされている。
―こんなに沢山…いらないのに…
 そう思わせる程の額に相当する資金を受け取ると共に、レフィルは自分にかけられた期待の大きさを更に痛感した。そのため、英雄の子に対してと言うにもあまりに破格の待遇に手離しに喜ぶ事も出来ずににいた。

「良い成果を期待しておるぞ!では、レフィルよ!いずれまた会おう!」

 複雑な胸中のレフィルを他所に、王は激励の意を込めてそう告げた。



「全部で100ゴールドになります。」

 城を背にした位置に建つ小さな道具屋。だが、その中はまさに冒険者御用達の店と呼ぶに相応しいものであった。食料や薬などの日用品はもちろんのこと、皮製の手袋や帽子といった簡素な防具、果てにはナイフやロープまでもが揃う非常に充実した品揃えであった。

「毎度ありがとうございます。」
 レフィルは提示された額の金貨を払い、店主である人の良さそうな恰幅の良い中年の男から商品を受け取った。すぐにそれらを荷物袋の中に収めつつ、店を後にしようとした。
「ああ、そうそう。レフィルさんにお渡ししなければならないものがありました。」
 その時、店の主は何か思い当たったような言い振りでレフィルを呼び止めた。不思議に思い振り返ると…彼はその品を手にしていた。
「幸運のお守りです。どうぞお収めください。」
 銀に輝く金属の円環に大粒の翠の宝玉がはめ込まれている、サ−クレットと呼ばれる頭飾りの一つであった。頭に戴いて見ると、それは思いのほかぴったりと身に付いた。
「オルテガさんが旅立ったときのことを思い出しますよ。それもその時と同じように、町の皆の思いをひとつに仕上げられた逸品なのです。」
「町の…皆…」
 男の言葉に何を思ったか、レフィルは小さくその言葉を反芻していた。
―皆が…望んでいる…。
 町の皆と銘打つだけあって、このサークレットが非常に良品であるのは、その道に通じていないレフィルですら分かる。それだけに、自分が”勇者”として大きな期待をされていると改めて実感していた。



「あら、レフィルじゃない。へぇ…随分とお似合いね。」

 道具屋で買い物を済ませた後、レフィルは先の王の言葉に従い、”ルイーダの酒場”へと足を運んでいた。そこで出迎えてきた青髪の女性―この酒場の主ルイーダは親しげにその若き来客を出迎えていた。
 
「………。」

 しかし、レフィルは眼前に広がる光景に、ただ呆然とするばかりであった。
―…一人も…いない…?

 ルイーダの酒場には冒険者が集まるとの話であったが、見たところ…従業員らしき者を除いて文字通り誰もおらず、机や椅子も乱れた様子はなかった。昼には客が少ないという評価を差し引いても、王の話とは明らかに異なる状態であった。

「やっぱり驚いているみたいね…。ついこの前までは沢山いらしていたのに今はこの有様よ。」
「一体…何が?」
「そうねぇ…どこから話そうかしら。」
 これでは仲間探しどころではない。この状況を全く理解できずに戸惑っているレフィルを見て、ルイーダは苦笑していた。

 誘いの洞窟
 レーベの村の東方にある洞窟。アリアハンからロマリアへと続く”旅の扉”が存在すると言われている。
 だが、古の戦で入り口は閉ざされ、今では進入できない。

「最近どうも船が来ないみたいでねぇ…。外から来た人達はみんなここで長いこと足止めされているの。だからどうにかアリアハンを出ようと必死になっててねぇ。その誘いの洞窟に向かったけれど、道が塞がってて通れなかったと聞いているわ。」

 詳しい事情は知らないが、航路の不通で出国できなくなった事を受けて、別の手段を模索していたようだ。
「それで、どうやら一箇所だけ壁が薄い部分を見つけたって話があったの。それでも人の手で壊せるものじゃないらしいけどね。それで、皆こんなものを作ろうとしたワケ」

 魔法の玉
 あらゆる火薬を調合する事で完成する、破壊力に優れた爆弾
 爆弾石を初めとする数多くの危険物を取り扱うため、製作には細心の注意を要する。

「ば…ばくだん……?」
「それで…、アリアハン郊外で原因不明の爆発があちこちで起きてるって聞いてみたら…。」
「………。」
 魔法の玉の製作に際しての危険は彼らも十分承知の上だっただろう。それが裏目に出た、当然の結果と言える。
―自分で作らなきゃならなくなったらどうしよう…
 とはいえ、魔王バラモスの討伐を命じられたレフィルとて他人事では済まされない。アリアハンを出なければならないのは自分も同じ事である。
「そうね…結局誰もいないから、ごめんなさいね。代わりといっては難だけど…」
 仲間もなく、道を自ら探さなければならない状況に困惑しているレフィルに、ルイーダは一冊の手帳を手渡した。それを開くと、名のある冒険者達についての情報が細部に渡って記されていた。
「私が集めた情報をもとに作った冒険者のリストよ。良かったら旅先で役に立てて。」
 ここでは仲間を集める事が出来ずに終わったが、この本が大きな助けとなる事は間違いない。
「ありがとう…。」
 レフィルは最後にルイーダにそう告げて頭を下げると、少し寂しげに酒場を後にした。
「本当に大変な子よね…。生まれた時からずっと…。」

―大変!オルテガさんの子供が生まれたそうよ!
―そりゃ本当かい!じゃ、すぐに見せにもらいに行こうぜ!
―オルテガさんの子供なら、きっと立派な戦士になるぞ!

「思えば…、あの時もあの子に…。」
 生まれた時から多くの者に期待されている…遠い記憶を紐解きながら、ルイーダはレフィルの身を案じた。