地の命脈 第四話



 渇きに苦しむ中で、牧場の最奥にある小さな水脈より溢れ出る清流が見い出されたと言う噂は瞬く間に広がった。
 その吉報を聞いたある者達は新たな水源を一目見ようと一斉に押し掛けて、またある者達は一層の気力を地を穿つ作業へと注ぎ込んだ。
 沈んでいたはずの町並みに焚かれる炎も、心なしかより明るく辺りを照らし出し、かつての交易都市を思わせる賑わいを彩っていた。


 仕事帰りに皆がこぞって寄り合う憩いの場として定評のあるかつての名店にして、ほんの少し前にも行われた祝宴の場。闇に覆われてより、以前に讃えられていた質の品こそ出せずとも、今も尚数少ない酒屋として営みを続けていた。
 ここもまた些かの寂れを見せていたが、今日は昔の賑わいを思わせる雰囲気が漂っている。

「おう、ガライさん!それにお嬢さん方じゃないか!」

 そうして変わりつつある町並みを歩み、夕餉を取ろうとその酒屋へと足を踏み入れたその時、遠くの席から呼びかける声が聞こえてきた。
「オーシンさん?それに…」
 そこで酒を酌み交わしている者達には見覚えがあった。今世話になっている武器屋のオーシンは元より、その隣の席で和気藹々と語らっている逞しい工夫達、そしてそれを見守りつつ静かに杯を傾けている男。
「ほっほ、あの枯れ井戸でお会いしましたかね。」
「おうともよ!これが飲まずにいられるかってんだ!」
 この一堂に会している面々は、旅立ちに備えて水を探している最中に出会った、地質学者とそれにつき従う工夫達だった。
「全部聞いたぜ。君ら、水脈を掘り当てたんだってな!」
「え、ええ…まぁ……」
 この騒ぎの発端となっているのは、どうやら自分達が掘り当てたあの水脈らしい。
「でも、これは一体…?」
 ここに至るまでにも、皆が噂するのを聞いていた。だが、それにしてもこの喜び様はあまりに熱狂的にも感じられる。
「その後が凄いのさ。井戸という井戸から水がどんどん湧き出てきてな。こいつはおれ達もいよいよ失業かもな、がははは!」
「あの流れが呼び水になったのだろうな。ともかく礼を言うよ。」
「呼び水…?そんなことが……」
 思わず辺りを見回しつつ尋ねてようやく何があったのかを知ることができた。単純にレフィル達が見い出した水脈の流れが引き金となって、他の井戸や水源からも大量の水が呼び起こされたらしい。
 皆を渇きから救うべくして働き続けてきた末に訪れたこの奇跡の日に、誰しも感謝せざるを得なかった。
「それにしても、何だろうなあの水は。あんな氷のように冷たい水が流れてるとはな。」
「一体どこから来やがったんだか。ま、使えればなんでもアリじゃねえっすか?」
 一方で、これまで地下水脈に通じてきた彼らだからこそ抱く疑問というものもあった。最初に吹き上がった牧場の水を調べた際、それが雪解け水を思わせる冷たさを帯びていることが分かった。そんな水源がこの砂漠の地にあることが、未だに解せなかった。
「そうだな、まさしく地の恵みだ。これこそ、ルビス様が残された遺産とでも言うのだろうかね。」
「がはは、ちげえねぇ!」
「…………。」
 だが、それでも毒などの類が含まれている様子はなく、問題なく使える質の水が今の困窮した状況にきたことは何よりの助けであった。そうしてルビスを引き合いに出して喜びを分かち合うドムドーラの住人達を他所に、レフィルはそのあまりに調子よく飛び込んできた恵みとやらを疑わずにはいられなかった。

「でも、どうしてあんなところにこんなものが……。」

 そして何より、レフィルが一番気に掛かっていたのはそこで拾い上げた一つの品のことだった。小さな剣のように細長い、暗い蒼色をした不思議な鉱物――これを中心として、今まで隠されてきた水脈を塞ぐ巨大な岩盤を成していた。
「それか。ツルハシの方が砕けちまうくらいのヤバい鉱物だ。けど、こんなものを打ち砕くなんてどんな力してんだよ、嬢ちゃんは。」
「え…えと……その……」
 これまでも、数多くの男がその何よりも硬い鉱物に挑んできたらしい。だが、誰ひとりとして穿てた者はおらず、その下を掘り起こすことができずにいた。それをただ一人で、しかも少女のか細い腕で一撃で打ち砕いたとあれば、誰しも感嘆せざるをえない。アストロンによる硬刃を用いた事情を知らぬとはいえ、皆が不思議そうに自分を見ているのに対し、レフィルはたじろぐばかりだった。
 彼女の手に取られている鉱物に刻まれた一筋の傷から、青白い色の明るい光沢が返っていた。
「ホント止めてほしいぜ、どうせまた大魔王の嫌がらせだろう?」
 そもそも、何故垂涎の念すら浮かぶ程の水脈が、誰にも砕けない物質を以って塞がれていたのか。それを偶然と思えず、大魔王によって仕組まれたものと考える声で、酒宴の席は暫しの間ざわめき続けた。

「いや、それは或いはオリハルコンやもしれぬ。」

 だが、レフィルの手に今も尚佇む鉱石を舐め回す程に注意深く眺めていたガライが、不意に零した言葉によって皆の声が止まった。
「オリハルコンだと?」
「オリハルコンか…。神の武具の材料と云われた代物だろう?」
「!」
 オリハルコン――それはアレフガルドの住民であれば誰もが一度は聞く言葉だった。天より授かったとされる、それだけに非常に希少で何よりも強い蒼穹の金属。かつて大魔王へと挑んだ勇者が身に付けていた武具も、それで作られていたという。
「これだけあれば、盾なんかは無理でも、剣の一つくらいなら作れそうだ。もっとも、俺にはそんな未知の金属を打つ事はできないだろうけどな。」
「剣と言うと、さながら”王剣・王者の剣”じゃな。」
 今この場にあるそれと思しき暗い蒼が描く形状から、このアレフガルドで最も強い剣の名がガライの口から挙がる。
 敗れた勇者の手から離れて大魔王に奪われ、幾年もの年月の末に打ち砕かれた王たる剣。逆に、今も数ある勇気ある者達の中で、その剣を手にしていた若者だけが、大魔王ゾーマと直接会いまみえて戦いを挑んだこととされていた。
 語り継がれる切れ味たるや、堅牢な鱗さえも一刀の下に斬り捨て、魔の者の爪牙を受けても罅一つ、傷の一つさえも入らぬ程の剛性も兼ね揃えた、まさしく最強の剣だった。
「王者の剣……。」
 その欠片を用いた贋作とはいえ、レフィルも一度その剣と一戦を交えたことがあった。アリアハンが持てる全ての力を込めた剛剣・バスタードソードすら最後は容易く圧し折られた。それより前に友二人を手に掛けたことにより、バラモスと共に憎しみの対象として見ていたあの時の感情を、今も忘れられずにいた。それが、この世界では聖剣として奉られていることに対し、どう受け止めたらいいものか分からない。
「ガライさん、マイラの方に腕の良い鍛冶屋が流れついたと言う話を聞いたことがあるかい?」
「ふむ、オルテガさんがそう仰ってたかの。オーシンさんもご存じじゃったか。」
 そうして思い悩むレフィルを横目に、オーシンとガライは話を更に進めていた。
「確か、カフウと言う名前だそうな。」
「そうそう。そいつに会えば、良い剣でも打ってもらえるかもしれない。それまでそいつは大切に持っておくといいさ。」
 マイラの村に住まう鍛冶屋のカフウの名は、既にこのドムドーラの地でも語り草になっていた。その力の片鱗を何処かで目にしたのか分からないが、武器屋であるオーシンにそう言わしめる程の名匠であるらしい。

「ガライさんはまだお会いしたことがないのですか?」

 ふと、話の中から何を思ったかレフィルが唐突にそう問い掛ける。
「ほぅ、どうしてそう思われたのです?」
 それを見て、訝しむどころか何処か悪戯っぽさすら感じる笑みを浮かべながら、ガライはその根拠を問い返した。否定はしていないが、それを明確に肯定した憶えもない。それを知らしめた想像もつかぬ答えを、彼は愉悦のままに望んでいる。
「マイラの村にも行ったことがあるのですよね。それでも聞いていないって言ったらもしかして、って思って……。」
「その通りですとも。最後にマイラに立ち寄った時にはお見かけすることはありませんでした。オルテガさんがお会いしたのもつい最近のこと。曰く、熟練の職人だったと。まこと、不思議な巡り合わせにございました。何故、彼ほどの者が今になってようやく噂されるようになったのか…。」
「じゃあ…やっぱり……」
 今も尚アレフガルドを歩み続けるガライの耳にさえ噂話もまともに入らぬ様子が、レフィルがどうしても納得できない点であった。元よりアレフガルドに住まう者であれば、とうに人々の間で語り草となってもおかしくはない。
 評判の鍛冶屋とされる男の名が知られぬ訳を、レフィルはガライの確信を持たぬ言葉によってすぐに悟ることとなった。
「彼もまた、おそらくは異国で生まれた方なのでしょう。それならば、合点が行くというものです。」
「やっぱり、そうだったんだ……。」
 今のアレフガルドに滅多に垣間見ることのできぬ類稀なる技。それは文字通り、この世界にはない異界の者が成せる奇跡に他ならない。彼が今になって名を馳せ始めたのも、それまでこの世界に存在していなかったからだった。
 カフウと呼ばれた男もまた、ゾーマの闇に引き込まれる形でこの世界へと堕ちてきたのだろう。これまでゾーマに挑んではいなくなった戦士達と同じように。

「それで…この鉱石で、剣を…?」

 漠然としながらも、割に合った結論を見て得心したように一息ついた後、レフィルは改めて先程の話題へと立ち返るべくしてそう切り出していた。
「まあ王者の剣程の出来になるかは分からないが、何せ彼らを散々手こずらせた代物だ。凄い品ができるのは間違いないね。」
 レフィルの手の中にある蒼色の鉱石。それが中心を成して築かれていた巨岩によって、水を求める者達は長い間阻まれることとなった。如何なる工具も力も尽く跳ね退けてきた凄まじいまでの強度を刃に転じたら、それこそ比類ない名剣となることだろう。同じようにして、全てを遮る最高の守りの力を刃に纏った――レフィルの最強の武器より受けた穿孔の一撃の跡は、夜空の星の如き煌きの中に、鏡の如く曇りない面がその姿を覗かせていた。
「もし、実際に作ることができたら俺のところに持ってきてくれ。必要ないというなら高値で買い取ってもいい。」
「わかりました。マイラの村…でしたっけ。」
「ああ。とりあえず、雨の祠に向かった後は是非ともそこも視野に入れてほしい。」
 神授の金属・オリハルコンとガライに一度でも言わしめるだけの強さが剣となる時が来れば、それはまさに見事な品となることだろう。心からその姿を目にしてみたいオーシンの意思を汲んで、レフィルは了承したように頷きを返していた。
 武器屋の性として、そして幾ら名剣があろうとも窮することのない魔物蔓延るこの世界で戦う者達の担い手として、彼もまた神の武具に類する程の力を欲しているようにも見える。

「あそこなら、剣を打ってる間温泉宿もあるし、退屈はしないだろう。」

 自分の我が侭な話を少しでも聞き届けてくれたレフィルの様子に満足した後に、オーシンは更に言葉を続けていた。
「温泉?」
「ああ。ここよりも火山活動が強いせいかね、たっぷり湧いてるんだ。旅の疲れを癒すのもいいだろうぜ。」
 餞とばかりに彼の口から語られたこと――マイラの村が昔から抱えている数多くの鉱泉の存在。それがもたらす温泉によって、旅の疲れを癒すという話は、アレフガルドを行く者達にとっては昔から有名だった。
「おぉ、そうじゃったな。ふぇふぇふぇ。浪漫ひしめくとはあそこの事じゃな。」
「昔っからそこだけは変わらないワケだ。ま、当たりはずれも満載だけどな。」
 マイラにある温泉に纏わる話を巡って、ガライは急に水を得た魚のように話を弾ませ始めた。その顔は意地の悪ささえ感じられる程の含みのある笑いが浮かび、オーシンもまたそこでの楽しみをよく知っているかのようにしきりに相槌を打つ。気づけば周りの工夫達もまたげらげらと笑いながらその話に乗って、辺りの雰囲気ががらりと変わる。
「ガライ…さん?」
「むー…?」
 その盛り上がり様を前に、レフィルとムーは話の流れから置き去りにされて、ただただ首を傾げるばかりだった。お世辞にも上品と言えるものでないことは何となく感じ取れたが、巧みな言い回しの下で交わされる意図を感じることはできない。


「ウワーハッハッハッハッハーッ!!斯様な場で漢の浪漫を語る日が来ようたァ、実に稀有なる奇跡よのォッ!!!」


 そんな彼女らを他所に最高の盛り上がりを見せる酒宴の場。その喧騒すらも押し流す程の大音声の哄笑が突然に響き渡った。

「え!!?」
「!!」

 まさに巨人が上げる怒号の如く張りがある野太い声が体の芯にまで轟いてくる。
 頭頂部に結い上げられた髷と、豪快に生やされた虎の如き顎髭。立派な口髭の内側では、その大きな口に凄絶なまでの笑みを浮かべて一本一本が白く巨大な歯がその煌きをのぞかせている。そして、太い眉毛の下のどんぐり眼はしっかりと見開き、この場に集う者達を実に気持ちの良い程に真っ直ぐに映し出していた。
「おおおお!バクサンの親父じゃねえか!!これまでどこ行ってたんだよ!?」
「うむゥッ!!輝ける若人達に微力を差し伸べただけのことよォッ!!ウワーハッハッハッハーッ!!」
 日々穴を掘り続けることで鍛えられた工夫達のそれを一回りも二回りも上回る程の隆々たる体躯の大男―バクサン。あまりに唐突なその男の乱入にレフィル達が目を見開いたまま驚きとどまっているのを他所に、この場に集う男達は彼の姿を見るなり熱烈に迎え入れていた。
「また昔みてぇに俺らを引っ張ってって下せえよ。何だかんだであんたの下でやるのが一番盛り上がるんだ。」
「おおぅっ!!まだ仕事はこれからとなァッ!!どれェ、ワシもまた一肌脱いでみるとするかのォッ!!」
 如何なる経緯があるかは知る由もなかったが、どうやらバクサンとこのドムドーラの工夫達はかつては肩を並べて仕事をしていた中であったらしい。その昔のことを懐かしむように、彼らの会話はどんどん弾んでいく。その最中、バクサンの全身の筋肉が喜びを全身で現すようにしてぎちぎちと音を立てながら何度も伸縮を繰り返し、踊り狂うように怪しく蠢いていた。

「ど、どうしてこんなところに!?」

 彼の世界でも幾度か聞き、その度に消え難い何かを残していく事は否応なく記憶に刻み込まれていた。そして今もまた、何者の目にも強く焼き付く程の強烈な印象の姿を現していた。
 だが、彼もまた異界の住人のはず。それが何故唐突にこの場を訪れることとなったのか。
「妖怪が帰ってきた……。」
 ムーもまた、忘れた頃になって突然現れた化け物染みた巨漢の姿を見て、弱々しくそう呟きつつレフィルの影に隠れていた。何があろうとも平静な表情を崩さずにそのくせ天真爛漫に振る舞って見せている彼女でも、妖怪と呼ぶにふさわしい程のこの男だけはどうしても苦手とするものだった。
「それよりどうしてみんな知って…っ!?」
「ほほォッ!!そこにおるのはレフィル嬢にムー嬢ゥッ!!そうかそうかァッ!!お主らもこの世界に来ておったとはのォッ!!!」
 何より、一番気に掛かっていたのは、この場の皆がバクサンとかつて知り合ったような言い振りだった。それを問わんとするレフィルの正面すぐ近くに現れつつ、バクサンは喜色満面にして凄まじい形相の笑みを浮かべつつ久方ぶりに会いまみえた少女達へと喜びを露にしていた。そのあまりの迫力を前に、レフィルは思わず息を呑みつつ後じさっていた。
「なれば再会を祝して、ひいてはこの地に潤いが戻ることを願って一発打ち上げるとするかァッ!!ウワーハッハッハッハッハーッ!!」
 その狂喜のままにバクサンは今またどこからか巨大な何かを取り出していた。
「おおっ!!親方直々の制作の特製花火じゃねぇか!!」
「いいねぇっ!!ここんとこ、ずっとこんな暗い中で過ごしてきたからなぁっ!!」
 巨肩に担がれた月を思わせる大きな玉。その外殻をなす表皮の厚紙一枚一枚が豪快に張り合わせられている中から、鼻を突くような火薬の匂いが漂ってくる。
「いっそのこと、こんな闇の帳ごとぶっ飛ばしちまってくれよ!」
「うむゥッ!!拙作なれど我が力ァッ!!どこまで通用するか、楽しみじゃなァッ!!ウワーハッハッハッハッハーッ!!」
 その巨大さも手伝って、途轍もない程の力を秘めた火薬の塊を前に、皆は怯えるどころか、星一つない空を指差しながら、しきりにバクサンを促していた。まさに声援とも言える人々のざわめきを追い風とするかの如く、バクサンは更に大きな高笑いを上げながら、玉の一端に設けられた一筋の糸へと点火した。放たれた火は、何度も激しい火花を散らしながら物凄い勢いでその糸の上を伝い、瞬く間に火薬玉の中心へと吸い込まれていく…。

「ちょ、ちょっと待っ……!!」
「どぉりゃあああああっ!!!」

 レフィルが止めるのも聞かず、バクサンはその大玉を凄まじいまでの裂帛の気合を以って大空高く放り投げた。人の手で行ったそれとは思えぬ、まさに強弓から放たれた天を射抜かんばかりの矢の如く、闇の天へと吸い込まれていく。

「さァアアッ!!とくとみよォッ!!天に咲く花々をォッ!!」

 遥か彼方で雷光の如く幾度も光輝く闇の空を前に、暫しの静寂が流れる。それと裏腹にこれから起こらんとする騒動の始まりを示すが如くバクサンが天へと拳を突き上げると共に、爆音と共に様々な色彩を持つ光が花の如く咲き誇る。遅れて轟く太鼓のように乾いた爆音が鳴り響き、消えゆく花火と共に余韻を醸し出す……

「…?」

 絶景とも言える程に見事に空にあまねき続ける花火に皆が歓声を上げる最中、何か小さいものがレフィルの側へと落ちてきた。
「まだ、落ちてくる…?って、ええええっ!!?」
 足元に転がるそれを思わず注視したそれだけに留まらず、同じものが次々と降り注いでくる。それらを不思議そうに眺める最中、唐突に近くで大爆発が起こった。

「きゃあああああああっ!!」
 
 それに呼応するように、レフィルの下に落ちている小さな玉も次々と破裂しはじめた。花火の光を撒き散らし、それが地面に落ちると共に更なる爆発を撒き散らす。
 津波のように瞬く間に広がる花火の華の炸裂から逃れる術はなく、宴会の間は瞬く間に光に包まれた。

「ぬっはぁあああああっ!!」

 その中心で更なる花火を打ち上げんとするバクサンに、今も尚振り続けている小さな花火の光の一つが当たる。爆発によって導火線に火が点き、すぐにその末端へと達する。そして、自身が抱えたそれが起こす爆発――天に咲いた最初の花火にも負けぬ程の彩り豊かな光と強烈な炸裂と共に巻き起こる爆風に彼自身が巻き込まれ、空の彼方へと消えて行った。


 唐突に現れた大男が狂喜に任せて放った火の華によって、ドムドーラの町はにわかに活気づいていた。多くの水の恵みが現れたことへの喜びを一層増して、静けさの中で先の情熱的なまでの花火の余韻を楽しむ者達がいる。

「ほっほっほ、長いこと日を見ずにおったが思えば今は真夏だったか。ここに花火とは風情じゃのう。」
「いつだって同じ…、阿鼻叫喚…。」

 あちらこちらで巻き起こった爆発によって、卓上もその並びも見るも無残に乱れていた。それでも、先の何もかもを、闇の帳すらも吹き飛ばす程の清々しいまでの力を見せつけた迷匠の造りし花火を肴に、今も尚酒を酌み交わす者達の姿がある。彼らに交わるようにして、自らも杯を一つ傾げながら、ガライはその光景を堪能していた。
 そんな皆を横目に、近くでうつ伏せに倒れながら目を回しているレフィルの傍で、ムーは彼女らしからぬ弱々しい声でぽつりと呟いていた。出会う度に確実に一つ災禍をもたらすあの男に対して、怯えているようにも、はたまたその運命に理不尽を感じているようにも見える。
 
「或いは王者の剣も、これ程までに人々の心を晴らしてくれたものでしょうかね。」

 いかなる形であれ、先のバクサンが放った花火が闇を今にも打ち砕かんとする程の迫力は、多くの人々の心を惹き、宴の酒をより進める程の歓びを与えていた。かつてかの王者の剣を手にゾーマに戦いを挑まんとした勇者の噂が流れた時も、同じものを見た遠い過去の記憶が思い返される。

「………。」

 レフィルの手の中に今もある不思議な鉱石。それが或いは王者の剣を模る神授の代物―オリハルコンであるとするならば――それが再び王者の剣として蘇ることがあれば、皆は再びかつての喜びに打ち震えることだろう。
 選ばれし者が手にした時、次こそはこの闇の元凶を断つ事が出来る――少なくとも人々はそう信じている。

 もっとも、何を以って”選ばれ”ることとなるのは、誰しも知るところではない。それに纏わる大きな諍いの時は、もう間もなく迫らんとしていた。