常世の世界 第四話

 闇の大地の北西、岩山の奥に広がる樹海の果てに、静かな黒を映すだけの海に浮かぶ岬がある。かつてはそこから外海の果ての水平線を一望できたはずが、ゾーマが閉ざした闇の結界によって今は漆黒一色しか目にすることはできない。掲げた松明の炎が、黒い海面に水鏡のように映し出され、静かに波打つ様が見える。

 風も南東に微かに吹くだけで、葉の揺れる音もない。闇の重みのままに何もかもが静まり返っている。そのような静寂の中で、黒の沖合いから微かに水音が聞こえてくる。
 光を失った魔物や動物達が各々の位置を見失ってぶつかり合っている。闇への恐怖が各々の爪牙をより研ぎ澄ますこととなり、広い海の中で運悪く巡り合ったが最後互いを喰らい合うこととなる。特に浅海に住まい、光を頼りとしてきた者達にとっては、本能が許容できる以上の恐怖を体感させられることとなり、二つの道を強要されていた。

 力を増して闇の中で苦渋の生を続けるか、諦観して絶望の生を選ぶか……。




 いつからか闇に閉ざされた時より、そのような殺伐とした流れを辿ることとなった世界の一つを眺めつつ、彼らは詩を紡ぎ続けていた。かの王家に代々語り部として仕えてきた一族の役目そのままに……


「お義父さま!!」

 闇の世界と化して時の標を失ってからも、血塗れた道の語り部としての役割を変わらず果たしていたある日のこと、久々に帰ってきた家族の姿を見て、居間に佇んでいた女が歓喜にも似た響きの声を上げた。
「おお、親父!無事だったんだな!」
 彼女の夫もまたその姿を認めるなり呼びかけつつ、すぐ近くにまで駆け寄ってきた。後ろに来客を伴って、新緑のローブを纏った老人―彼の父が外の闇世界の中から元気な姿で帰ってきたのを喜ばずにはいられない。

「これこれ、そう騒ぐでない。」

 生きているそのことへの喜びを表す様自体が、何よりの歓迎の証である。とはいえ、少々大袈裟に騒がんとしている息子夫婦の姿を見て、ガライは微笑ましげなものを見るように苦笑した。
「もう、相変わらず危険なところに寄りたがるなんて。」
 危険な魔物が蔓延るこの世界で、先の旅立ちが今生の別れとなってしまわないか。常々そう心配してきた中でようやく帰ってきたことへの安堵と、魔物を避ける術を知っているとはいえわざわざ死地に赴くような真似をすることへの呆れを表すように、妻は嘆息しながらそう告げていた。
「なぁに。老い先短いこの命、こんな時代だからこそ惜しまず使わねば損じゃろて。」
 諌めるような女の言葉に反省した様子もなく、ガライはからからと笑いながらそう返す。放浪癖とも言うべき常々旅に身を置く性質は、老いて尚も変わることはない。逐一注意されたとて、結局は無駄なことに過ぎなかった。

「若い者達が死んでゆく姿を見とるとの…。」
「………。」

 しばらく間を置いた後に続けられた、老人が切ない調子で紡ぐ言葉に、その場の皆が押し黙る。大魔王の台頭の時より、否…その以前にあった血戦においても戦いに赴いた数多くの若者の訃報が風の噂より耳にした。今も尚、守るべき者のために若人が英雄を目指して大魔王の討伐へと赴き続けているが、帰ってきた者は一人もいない。
 闇を旅する者の中で、皮肉にも戦う力を持たない自分のような老人が最後まで生きている現実を、何度痛感したことだろうか。

「そのお二人は?」

 辺りの空気が重く沈んでしばらくして、ガライが伴ってきた二人の旅人らしき少女に夫婦の目が移る。
「…レフィルです。こちらはムー。」
 この家に招いたガライの身内へと、レフィルは相変わらず少々気遅れした様子で自分達の名前を告げていた。これまでの旅で、リーダーとしての役目を率先して行ってくれた―今はこの場にいない”彼”がいないがために、レフィル自身が語らねばならない時も以前と比べものにならない程に増えていた。
「異世界から来たという旅人の子達じゃよ。」
「異世界から?じゃあ、オルテガ様と同じ?」
 二人の少女がアレフガルドの外から来たと聞いて、夫婦はその中でも特に有名なあの男の名を真っ先に思い浮かべた。
「…ここにも、父が?」
「ええ。まだその名を知られていない時でしたかね。それも、傷も癒え切っていないはずなのに、あの強さは驚かされるばかりでした。」
「やっぱり、父さんはこの世界でも……」
 レフィルもまた、父に関する言及を耳にして、それを尋ねずにはいられなかった。ラダトームの王城や都でも話には聞いていたが実際に戦う姿をまみえた人々の言葉を聞くのはこれが初めてだった。
 煉獄の如き火口に焼かれて尚も戦人としての力は失われておらず、語り部達の目にも鮮明に焼き付く程の活躍を見せている様を、改めて実感させられる。
―……やっぱり、怖いな。
 ここで今、父が辿った道についてもっと問い質したい衝動に駆られる。だが、ラダトームで耳にした話では、全ての記憶を失っているという。もし、今の自分を目にしたならば……
「何か?」
 うつむいて黙りこくり、物思いに耽るレフィルの様子を怪訝に思い、男がそう声をかける。紫の双眸は前髪に隠れて、口はきつく閉ざされている。深い憂いを帯びた様は、ただならぬ思いを抱えていることを容易に知らしめていた。
「……あ、いえ。大丈夫です。」
 呼びかけられて、ハッとしたように顔を上げつつ、レフィルはそう応じた。元に立ち返ったように見えても、まだ表情に悲しみを映している気がしてならなかったが、その内に秘めたものは彼女の口から語られることはなかった。

「それより…この太陽の石のあるべき場所について、何か御存じありませんか?」

 話が幾分逸れた所で、レフィルは荷物から授けられた宝珠―太陽の石を手に取りつつ、本題に移ろうとそう切り出した。
「ほう、あの太陽の石を国王陛下から…。」
 人伝に聞いたことはあっても、初めて目にする秘宝の姿を感じいるように、夫婦はその太陽の石をじっと見つめつつ感嘆の溜息を零した。ラダトームが至宝として奉る神器を、まさか久方振りの来客が携えようとは思わなかった。
「まぁ…色々な云われはありますが……。なぁ親父。」
 伝説を元に紡がれた詩の数々や、遺跡や古文書から知れる古代の記憶の残滓。そうしたものから、実際に見る前より男もまた太陽の石に纏わる話は数多く知っていた。そして、それを授けた張本人である父へと話を向ける。
「ふむ…『雨と太陽が合わさる時、虹の橋ができるであろう』、の下りは覚えておるが。」
「それ、あの創世記の一節だったよな。今持ってくるよ。その間、そちらにお掛け下さい。」
 ガライが記憶に残る伝承の一端を口にするなりその原本をすぐに解して、男は蝋燭が灯された卓上へとレフィル達を誘いつつ、一人書庫の方へと赴いた。
「ああ、そうか。だからここに…。」
 仮に太陽の石がその云われの片割れであれ、他に知るべきことも山とある。かつて興味本位で読み漁った知識を再び拾い集めんとして帰りついたガライの目的の意味を、レフィルはようやく知ることとなった
「ふぇふぇふぇ、どのような理由であれ、旅をするに関連した話を知っておくのは決して損にはならんでしょうて。まぁ、それだけではないですがね。」
「まだ、何か…?」
 旅を安全に進めるべくして前以ってその地の地理などを知ることは当然だが、一見他愛もないことまでも踏み込むことで、戯れなりに楽しむことができる。そんな戯言を返すそばで、ガライは微笑みを湛えながら裏庭の方を見やっていた。
「ヴィオラさんや、あの品を持ってきてくれぬか?あの子にはもう必要のないものだったはずじゃな。」
「はい、ただいま。全く、あの子ったらそこん所だけはお義父さまによく似ちゃって…。」
 レフィルが首を傾げるのを横目に、ガライは男の妻―ヴィオラと呼ばれた女へと指示を出す。彼女は明瞭に言葉に従いながら、ふと溜息をつきつつ一人ごちていた。
「お孫さんが?」
「うむうむ。わしの若い頃を思い出すような元気な子ですじゃ。」
 話の傍らに出てきた子供の話を耳にして、レフィルはあの夫婦の間に子が―ガライにとっての孫がいることをすぐに察することができた。
「今もこの世界のどこかで旅をしているはず。もし会うことがあれば仲良くしてやってくだされ。」
「旅をして…って、ええっ!?」
 今この場にいないのは、老いた祖父に憧れか何かを感じてか、この闇の中を旅しているかららしい。まさに血は争えない、とはこうしたことを言うのだろう。
「亡くした妹の分まで精一杯生きてきた子ですじゃ。生きていれば、きっとあなた程のお年頃になりましょうな。」
「あ…あれは……そういうことだったのですか。」
 ヴィオラが向かった裏庭に立つ墓標に立つ一つの墓標。そこにはかの孫の妹が眠っている。最初に悲しげに語った命を落とした若者とは、彼女のことだったらしい。そして、そのもう一人の孫の面影をレフィルに見たのを一つの縁として、こうして自ら進んで案内人の役割を買ってくれたのかもしれない。
「………。」
 今生きているもう一人の孫を自慢げに語りながらも、若くして命を落としてしまった孫娘を守れなかった悔恨を隠せずにいるガライを見て、レフィルはそれ以上何も言うことはできなかった。

「お義父さま、お待たせしました。」

 丁度そのとき、ヴィオラは一つの質素な木箱を手に客間へと戻ってきた。それを卓上に置いて蓋を取り、大切に包みこんでいる布を丁寧に取り払ったその時、蝋燭の火が鏡のようにそこに映る。
「す、すごい……。これは一体…?」
「綺麗……」
 水鏡を思わせるような錆一つない銀で拵えられた、神々しさとたおやかさを秘めた女人像をあしらった小さな竪琴。精細な細工を施された美術品とも紛う程の美しいそれに、鑑賞に疎いレフィルや表情を映さぬムーでさえも目を奪われていた。

「これは我が家系に長く伝わる秘宝―銀の竪琴です。」

 レフィルが尋ねるのに答えたのは、書庫から戻ってきた男―ガライの息子だった。小脇に幾つもの本を抱えながら、父の隣へと着席する。
「む…わしが言おうとしたことを。」
「親父が言うとやたら長ったらしい文句がついて面倒だろうが。これまで数多の奏者を魔の渦へと放り込んだー、とか言い出しそうだしなぁ。」
 携えた本を机の上に並べる息子へと、ガライは興を殺がれて少々のやり場のない気持ちをぶつけていた。それに対して男の方は過去にも散々味わったことを感じさせるうんざりした面持ちで呆れたように首を横に振った。
「魔、魔の渦?」
「ええ。これ自身が人を選んでいるのか、使いこなせる人が才能に関わらず決まっているのです。選ばれなかった者が奏でれば災いを招く―多くが突然現れた魔物の群れに襲われて命を落としたという恐ろしい代物ですよ。」
「魔…って、魔物!?」
 男がちらと零した曖昧ながらも物騒な物言いが気になってそれを尋ねると、この美しい品に纏わる恐ろしい云われが返ってきた。この銀の竪琴が流麗な作りと裏腹に奏者に災いを招く呪物にも近しい品と知って、レフィルは思わず後じさった。椅子の背もたれが驚愕した彼女の背を受け止める。
「なぁに、心配ご無用ですじゃ。わしらはこの竪琴に宿る神に愛される血脈の下に生きとりますでな。その御力を存分にお借りすることができるのです。」
「おちから…?」
 だが、そんな恐ろしい竪琴を前にしても、ガライ達家族は特に恐れた様子もない。ガライ当人に至っては、箱の中から銀の竪琴を懐かしむようにして手に取っていた。緑のローブに身を包んだ老人の手の中に抱かれて、竪琴の銀に一層の艶めかしさが宿るようにも見える。

「これがあれば、あなた方を魔物どもなどに指一本触れさせることもないでしょう。」

 銀嶺の如き冷厳さとたおやかさを兼ね揃えた美しい女神を抱きすくめるのを情事とは程遠い老人がしてみせるような不思議な光景の中で、ガライは自慢げにそう告げていた。
「………え?」
 その一言に、レフィルは疑念のあまり思わず間の抜けたような声を上げていた。
「そ、それ程の…?一体何が…?」
「まぁ、お楽しみは後に取っておかれるが良いでしょう。ふぇふぇふぇ。」
「た、楽しみって………」
 そもそも銀の竪琴は魔物を引き寄せてしまう魔性のものではなかったのか。それが魔物を遠ざけるものと転ずるものを裏付けるものが、先のガライの言葉の中に本当にあるのだろうか。その矛盾した話もまた、レフィルを混乱させる原因であった。
―でも、血筋って……もしかして……
 一方で、先にガライが零した中で、血脈という言葉が耳について離れない気がした。彼の一族全てが銀の竪琴を操れるとすれば、バラモスの脅威から世界を解放し続けてきたオルテガという勇者の血を引きながらも、それと対照的に不甲斐無さしか見せられない自分とは大きな違いに見える。
「さて、と。では、お話に移りましょうか。」
「は、はい…そう、ですね……。」
 彼らとの間にある差―それをおぼろげながらも分かってしまった気がしてならず、その落胆が顔に出そうになったその時、ガライは息子が持ち出してきた書のひとつを手に取ってぱらぱらとめくり始めた。



 時の移ろいを知らせる鐘の音が十二回鳴り響く。太陽なき夜の到来を示す中で、辺りに住まう者達は眠りについて、一層の静寂が辺りを支配している。
 ガライの家の中も例外ではなく、家人達は既にそれぞれの部屋へ戻って寝付いている。


「太陽の石に、そんな意味が……」

 その中で、レフィルは居間に残って太陽の石を眺めていた。
「だから言ったでしょう。知っておくに越したことはないと。」
「はい…。でも、まさか創世記から…」
 ガライもまた、向かいに座って尚もレフィルの話し相手となっていた。ここに帰ってきた意味は、先に見た竪琴のことも大きいが、文献より思い返しながらより詳細な伝承の多くを知ったことは大きかった。
 アリアハンで信奉されている神話とも、かの世界のどこで語られるそれとも違う、アレフガルドが辿ったとされる道の起源を聞かされて、この曙光の至宝が持つ意味もより深く感じることができた。
「何事も、最初は無から始まると言っても過言ではありません。まぁ、無から有を生み出すことはできないとも言えますがのう。」
「無から、か…。精霊神が生み出したって…仰ってましたね?」
 今を生きる誰しもが知りえない世界の根源を巡って、様々な痕跡より過去の残滓を遡って辿りついた結論。その一つが、何もかもが存在しない無に精霊神が働きかけることで始まったという説だった。
 ガライも付け加えるように否定の意を語った通り、無から有を生み出すことはできない。にも関わらず、精霊神はその理すらも覆して見せたという。やはり伝説とは言え人の子が伝え聞いたものでしかない以上、レフィルもまたこの話の意味を解した上で信じないという見解に落ち着いていた。

「かつては無の中に立っていた一つの大樹―世界樹の下に作り上げられた世界に組み上げられつつある地上の一つ一つを、太古の人々は虹の橋を介して行き来していたと言います。その虹の橋こそ、古の神が残した大いなる遺産と言えましょう。」

 世界樹―死人をこの世に蘇らせる程の霊力を秘めた大樹への誉れ高い称号とも言える。だが、元々は世界を、天地を支える巨大な基盤―星そのものの事を差しているものだという。
「太陽と雨が交わって…と言うのはそのことだったのですね。」
 最初は天を衝かんばかりの聳える幹と、虚空にどこまでも広がる根だけが存在していた。その根の上に大地と海を少しずつ作り上げ、幹が支える天に太陽と雨雲が浮かべられた。世界が作られ始めたごく初期に住む者達が未完の世界の虚無を渡る手段として、神は天の光と雨の力を以って虹の橋を作り上げた。
 覚えきれないながらも、膨大な創世の話から次は”雨”を目指すべきことと、それを裏付ける理由を知ることができた。
「わしが生まれた時も、虹の橋は存在しておりました。伝承と比べれば、その数も何も大したものではありませんが。」
「ガライさんもご覧になったのですか?」
「ふぇふぇふぇ、もちろんです。思えば古の神秘の産物を支え続けた守人達には感謝せねばなりませんて。」
 何より、ここに虹の橋を実際に見てきた生き証人がいる。創世の伝説の頃に語られていたそれと原理を同じとするかは知らずとも、その不思議な現象が実在することを示唆している。
「でも、今は…」
「まぁ、大臣殿が口を頑なに閉ざしたがる気持ちもよく分かります。いつから人は同じ人を喰らうおぞましき獣と成り下がったのでしょうな。」
「ええ…どうして戦争なんか……」
 太陽の石を還すべき場を知るべくして古書を漁りながら語る中で、レフィルは近い過去にアレフガルドに起きた悲劇へとおのずと行きつくこととなった。広大なアレフガルドの大陸にただ一つしか国が存在しない理由―互いの領分を聞き受けられぬが故に起こる諍いから始まり、巨利を貪るべくして争い合った結果だった。
 ラダトームが太陽の石を手にしたのも闇に閉ざされる幾許か前のことに過ぎない。そんなこともまた、ラルス一世が語ろうとして阻まれた真実の一端に過ぎない。
「闇の世界の中で互いに助け合って生きる強き人々の姿を見ていると、分からなくなりますな。」
「ガライさん……。」
 いつからか天を覆うようになった闇夜の帳の下で、時と日の光という何よりも大切な理を失って尚も、実りを失いつつある大地でも、凶暴化した魔物が蔓延る中でも、人々は今も力強く生き続けている。互いに争い合った果てに破滅を迎えた過去に対して今は支え合っている様が、何とも皮肉に思えてならない。

「弱肉強食、でも井の中の蛙。今は同じ穴のムジナ。」

 ふと、隣で黙々と創世記を眺めているもう一人の少女が、読み上げるようにして淡々とそう呟いた。
「確かにそうでしょうなぁ。」
「ムー…」
 強欲を礎とした戦いであれ、強者が弱者を淘汰するのは当然の結果である。その生存競争を生き延びた”王国”が先王―ラルス一世の父が治めていたラダトームだった。しかし、越えてはならぬ一線の存在を知らずして、更に一歩踏み出した浅はかさが、この闇の世界を生み出す結果となってしまった。
 だが、何もかもを絶望に落とさんとするゾーマの意志に反して、暗闇の中で打ちひしがれながらも、失われた理を模ってまでも人としての営みは根強く続いている。そして、未だ闇に抗おうとする者達も絶えていない。

「さて…もう今日も遅い。ゆっくりお休みになるとよろしいでしょう。雨の祠までの道のりは長いですよ。」

 変わらず漆黒を映し続ける天を余所に、既に日の変わりは告げられている。常夜の世界の中で時間の感覚を未だに掴めずにいるレフィル達へとガライはそう告げて、自らもまた自室に戻って床に就いた。
「雨…か。」
 次なる目的地、南にある砂漠の町ドムドーラの更に南東のはずれにある古の遺跡―雨の祠。そこに求めるものがあるかは分からない。それでも、ガライの家に立ち寄った際にこれまで曖昧だった目的地をその地に定めることができた。
 ガライも目にしたという虹の橋―太陽と雨が交わることで生まれるとされるそれが実在するのだろうか。今はただ、先に進むべくして疲れた体を休めるだけだった。


 向かう先の異なる幾筋の光がもたらす結果は、まだ誰にも予見することなどできはしなかった。

(第二十八章 常世の世界 完)