常世の世界 第二話


 闇の世界―アレフガルドで最初の目覚めを迎えた城の片隅に、淡い光を帯びた小さな籠が置いてある。

「………。」

 その中に閉じ込められていたのは、六色の光を帯びた白の鳳だった。だが、優美ながらもいつもの背に身を委ねられる程の大きな姿はなく、籠の中でただ怯えたように肩を竦ませている頼りなげな小鳥のように体が縮んでいる。
「一体何が…?」
 導かれるままに六つの宝珠を集めた過酷な旅路の果てに蘇ってから、レフィルの支えとなってきたラーミアの変わり果てた姿を前に、レフィルは驚きを隠せずにいた。歪みを乗り越える間に、そして自分が目覚めるまでに一体何があったというのか。

「ラーミア、そう仰りましたな。」
「?」

 ふと、この不思議な鳥の呼ばれに何か心当たりでもあるのかガライが尋ねてきたことに、レフィルは首を傾げながらも曖昧に頷いた。
「ラーミアは光溢れる中でこそ、大空を駆ける力を持てる存在。だからこそ、この常夜の世界を作り出している闇の中では、力を得られないのは必然とも言えましょう。」
「え?」
 先に聞いたとおり、この世界に夜明けは来ず、暗き城内を歩み行く人々の姿を見て、光の無い日々が長きに渡って―今も尚続いていることを一層実感できた。光が差さない、ただそれだけのことが、ラーミアには他に比べて大きく―存在そのものに関わる程に深く影響しているらしい。
「この国に…いや、あなた方にはこの世界に、と言った方がよいでしょうな。ここに伝わる古い言い伝えにおいて、ラーミアは精霊神がこの世界を創造した際にその背に乗っていたとされる神鳥なのです。」
「……神鳥?ラーミアが…この世界の、神?」
 創世の頃を語った伝説に名を連ねていること。それが自分達の世界にて目覚めを迎えたはずのラーミアのことをこの世界でも広く知れ渡っている理由らしい。或いは元々アレフガルドの空を駆ける存在だったのだろうか。これまで知らなかった話を語るガライに聞き入りつつも、レフィルは呆然としていた。
「役目を終えた末に、最後には闇の中に閉ざされて眠りについたとされてます。今こうしてその姿を見ることになるとは思いもしませんでしたがな。」
「闇…」
 氷海へと封印されていた前は精霊神と共に世界を創り上げ、全てを終えた時に封印されてしまったらしい。その後で、レイアムランドの祠に卵として存在していた。異世界であるはずのアレフガルドからあの場所に至った間にあった紆余屈曲は如何なるものであったのか。そして、何故封印されることになってしまったのか。
「大丈夫よ。あなただって、これまでわたしのために頑張ってくれたじゃない。」
 話の傍らで、小さくなって落ち込んでしまったように身を竦ませるラーミアを見て、レフィルは優しくそう告げていた。如何なる経緯を経たにしても、魔王バラモスとの戦いの前後、ひとときの平和の中での心の支えとなっていたことは間違いない。
 籠の鍵を解くと、ラーミアはすぐにレフィルの胸元へと飛び込み、甘えるようにして身を擦り合わせた。




 ガライの案内の下にこの城の中を歩んでいる内に、遠くからの鐘の音が十回鳴り響く。それを聞いて約束の時間の到来を知り、レフィル達はそこに足を運んでいた。


 城の正門から真っ直ぐに行く先にある階段を昇ると、その先には連なる蝋燭の間に赤い絨毯の道が続いていた。城の所々に施された意匠の深さが、揺らめく炎が齎す頼りなげな光に照らされることで、かえって一層の美しさを醸し出している。日の光を奪われてから二十年の間に些か色褪せたようでも、かつての面影は存分に見えている。
「………。」
 それを成した古の戦の栄光による渇くことのない血塗られた道、全てを見てきたガライにはそう感じずにはいられなかった。

「ほぅ、そなた達は…」

 最奥にあるもっとも輝かしい場であるにも関わらず、蝋燭の灯が十分に届いていないが故に深淵の闇とも間違う程の暗さにある玉座。そこに座する者が、レフィル達の姿を目にして感慨深さを露に言葉を零していた。
「はい、このお二人もまた、異世界から迷い込んだ旅人と見受けられます。」
 それに応えるように、二人の少女の傍らに立つ老人―ガライが恭しく一礼しながらそう返した。
「そうか。いずれにせよ、傷も癒えて何よりだな。」
 異世界からの客人を迎えたのはこれが初めてではなく、六年前、そしてほんの少し前にもまみえたばかりである。そして、今もまた出会うことになった。そんな感慨に耽りながらも、ほんの短い間であれ療養を終えた二人の新たな客人に、労いの言葉をかける。
「このような暗き世界で恐縮だが、ゆるりと休まれるがよかろう。」
 過去に訪れた者達と同じく光差す世界から来た彼女達に、日の昇らぬこの世界はより暗いものに違いない。相変わらず落ち着かない様子で窓の外の星一つない空を仰ぐ赤髪の魔道士を見て、王は苦笑を零しながらそう告げた。

「お心遣い、感謝致します…。」

 その傍らで膝まづいている黒髪の少女が言葉を詰まらせながらも王へと一礼を返した。
「ふむ…。」
 どう見ても気遅れしたその少女の様子に、王は疑念を感じえなかった。身にまとった紫の外套と蒼の旅装束は、長い旅を続ける中で些か色褪せているのが見える。そして、魔の影響下に置かれたことによる警戒のために皆に帯剣を許した結果、彼女もまた腰に変わった形の剣を佩いている。
 一見すれば、若いながらもかなりの場数を踏んできた女冒険者とも見えたが、未だに拙い様子を見せるレフィルの姿は、ある種の矛盾を体現したかのようだった。望まぬ旅路の中で生きた結果と、知る由もない。

「既にガライから聞いておるやもしれんが、余はラルス・ラダトーム。ラルス一世とでも言ったところか。」

 そのような思いから一瞬考え込むように小首を傾げるも、すぐに元に立ち返り、王は改めてレフィル達へと名乗った。年齢は四十路を過ぎた辺りだろう。気苦労を重ねてやつれながらも、この闇の世界を生きる者達を統べる長と呼べる雰囲気を纏っている。逆に、その割には些か若く感じられる何かも醸し出しているのだが。
―一世…?
 ふと、レフィルは王が述べた口上の中で、何故かその言葉がやけに強調されたような違和感を覚えていた。常々ならば他愛もないように聞こえるはず、実際に周りにとっても大きな意味をなさないものでしかなかったが、レフィルには王が言葉の中に何かの思いを零したような気がした。
「ふ…やはり不思議に思っておるようだな。なに、闇の帳に覆われてより―いや、覆われる折に…か。この国も随分と変わってしまった。我らが過ち故に、な。」
 それを察したのか、このラダトームの国王―ラルス一世はレフィルへと向ける視線を強めつつ、意味深に語りかけた。こんな細微な思惑すらも読み取る程の鋭さを感じたのは間違いではなかったのか、応じるレフィルも曖昧ではない確固たる頷きを返している。この国に起きたことの一片すらも知らずこそ、もたらされた重苦の大きさは計り知れない―それだけは間違いなく伝わっていた。それが、自らが犯した失敗であるからこそ……

「陛下!」

 不意に、大臣が咎めるように怒号とさえ思える程に声を張り上げた。、
「……ふん、まぁいい。その責はおれも取らねばならない。この者には話して良いと思ったのだがな。」
 その剣幕に怖じた様子もなく視線を返しつつ、王は興を殺がれたように肩を落とした。このアレフガルドが闇の世界となるまでに起こった始終は、異界の者だけではなくこの世界に住む者にさえも語れぬ程のものであるからこそ、大臣が憤るのも無理はない。

「そなた達が運び込まれたあの客室には、かつては余の呼びかけに応じてゾーマを倒さんと数多くの英雄達が集まっていた。」

 ここで全てを打ち明けてしまいたかったがそれは叶わず、王は本題へと話を戻した。
「…が、所詮は寄せ集めに過ぎん。ゾーマを討ち取ったという果報はおろか、風の知らせも殆ど届かぬ有様よ。」
 世界が闇に閉ざされてから、数え切れぬ程の者達がゾーマへ挑んできたが、その後の彼らの行く末を知る者は誰もいない。

「驚嘆すべき力を見せてくれた異世界より訪れた者達もおったが、結果は同じであったよ。そう…あの”アリアハンのオルテガ”でさえもな。」

 この闇の世界へと迷い込んだ者達の内、闇に屈せぬ強い意志を持つ者達もまた討伐へと赴いたらしいが、やはり帰ってきた者は一人もいなかった。誰にも知られぬ中から、今この場で挙げられる程の強さを持つ勇者ですらも……
「……。」
 その男の名前を聞くなり、レフィルは黙したままうつむいた。
「そなたはオルテガの実の娘であったな。あれも同じように城門の前に行き倒れていてな、ミレーヌに看病させたものだよ。もっとも、記憶を失っておった様子だったが。」
 このラダトーム王国で目覚めてから、オルテガという男は城内の随所で語り草となっていた。元の世界で轟かせた時と同じように各地の魔物を薙ぎ倒して名声を上げ、新たな勇者として嘱望されているらしい。
「やっぱり、父もあの火山から……」
「ふむ、心当たりがあるようだな。」
 ガライが先に告げた六年前に異世界から迷い込んだという勇者は、その男―かつて魔王バラモスを倒すべく立ち上がったアリアハンのオルテガに他ならなかった。父の生存を聞いて最初は喜びもしたが、記憶を失ってしまったと聞いて、どう受け止めれば良いのか分からない。ともあれ、ネクロゴンドの火山から落ちてここに至ったのは間違いなかった。

「いや…そなた自身、望んでこの場に来たのであろう。違うか?」
「!」

 そして、王はレフィルがこの場にいるという事実から、すぐに一つの結論に至った。まさに的を射た発言に、レフィルは無意識に目を細めた。
「天駆ける鳳ラーミアをここに連れているのが何よりの証拠―とも言えぬが、お前の目は迷い込んだ者が持つものではないな。何を望む?」
 オルテガが踏み外して落ちた火山の歪みに、レフィル達はラーミアという翼を得ながらにして望んで赴いた。その先に続くのが闇への道とどこかで知りながらも、その身をこの世界に投じさせた意志を支える明確な目的があるはずと知り、王はレフィルへとそう問い掛けた。

「ゾーマを止めて、わたし自身が行きたかった道に戻るため…ただ、それだけです。」

 魔王バラモスが倒れてからようやく訪れた静かな日々。勇者として背負うべき責務は残されていたものの、彼女自身がずっと望んでいた幸せは確かにそこにあった。だが、それも大魔王ゾーマが現れたことによって与えられた絶望の内へと消え去った。
 世界を蝕む闇―大魔王ゾーマと戦わない限り希望は戻らないと確信している以上、これ以外に道はない。それがレフィルの答えだった。
「お前もゾーマに挑むか…。」
 先日訪れた若者といい、オルテガといい、異世界と縁のある者達はどうしてこうも魔王との戦いに赴く流れにあるのか。それぞれの理由、抱える思惑は数あれど、彼らが生まれたかの世界との縁を感じずにはいられない。
「……少しはできるようだな、面白い。」
 異界の勇者達が持つ力は、闇に包まれてより変わらずにある世界を震撼させる程の強さを感じさせられてきた。或いは彼女もまた、そのような何かを持っているれない。

「レフィルよ、剣を取れ。」

 それを確かめんとしてのことか、唐突に王は玉座より立ち上がるなりそう告げて、腰に帯びた剣を抜いてその切っ先をレフィルへと差し向けた。
「「「!」」」
 奇行というには過ぎた王の行動を前に、この場に集っていた皆が目を見開いた。
「へ、陛下!?いきなり何を!!」
 大臣が諌めんとする声を聞かず、王は一思いに床を蹴って、レフィルとの距離を一気に詰めた。国の主たる王を守るべく、それに刃向かう不埒な者共を排するべくして鍛えられた王の剣が、未だ跪いたままの少女へと容赦なく振り下ろされる。

「!」

 それは、下げられた頭が王の剣によって断ぜられたと思った、次の瞬間のことだった。
 まず目に映ったのは、自らが振るった剣が虚しく空を切っている様だった。加減や情けなど一切なく、この場で斬って捨てようと放ったはずの一閃の軌道は、捉えたはずの相手から大きく逸れていた。
「………。」
 次いで、喉元を貫かんとする何か冷たいものを感じた。根本が三叉に分かたれた蒼い刀身の切っ先が、脈打つ頸部にあてがわれている。その氷の気を帯びた魔剣を執っているのは、処断されんとしていたはずの黒髪の少女だった。地に膝をついたまま、感情を映さぬ紫の双眸を静かに王に向けている。その顔には、先程までのそそっかしさを残した少女の面影など、微塵も残っていなかった。
「レ、レフィル…殿?」
 如何なる事情があれ、まさか王に対してこうも躊躇いなく剣を向けたことが信じられないのか、大臣はただただ狼狽したまま、声を震わせていた。

「ほぅ…甘さの抜けぬ小娘とばかり思っていたが、さながらその氷の刃のようだな。いいだろう。」

 それと対照的に、喉元に刃を突きつけられても恐怖一つ映さないばかりか不敵な笑みさえも浮かべつつ、王は剣を下ろした。同時にレフィルも肩の力を抜いて吹雪の剣を鞘に収めた。未熟さを露にした少女であることは変わりはないが、磨き抜かれた剣技とそれを敵が誰であれ躊躇いなく振るうだけの覚悟―生への執念は本物であった。
「ミレーヌ、例の品をここに。」
「はい。」
 玉座へと戻りつつ、王は側に控えるミレーヌと呼ばれた女中へと何かを命じた。程なくして、彼女は何かを収めた台座を手に戻り、レフィル達の目の前に静かに差しだしていた。

「この宝石は……」

 台座ごと受け取ったそれを、二人は揃って不思議そうに覗き込んだ。赤い宝玉を岩山のような外殻で覆ったような外見だった。
「確か、”太陽の石”と言ったな。」
「あ…」
 王が伝え聞いたことのように告げた言葉を受けて、レフィルは改めて秘宝を注視した。よく見れば、はめ込まれた赤の石は彼方で燃える太陽の炎を現しているかのようで、あたかも岩山から出でる夜明けの日のようにも見えた。この世界に欠けた、時の始まりの温もり。
「これを、あるべき場所に返して欲しい。さすれば、余もお前の願いを叶える一助となってやろう。」
 太陽の名を冠した秘宝を前に感慨にふけらんとするのを遮るように、王は次の句を継いだ。
「あるべき…場所?」
 この国の宝であるとばかり思っていたが、実際は元々これを収めていた場所があるらしい。
「残念ながら、その所在までは我らも知らぬ。」
 思わず首を傾げるレフィルの疑問に答えられないことを遺憾に思っているのか、王は静かに首を振りつつそう告げた。その一瞬、何か重苦しいものが王の表情から伝わり、静寂が辺りを支配する。


「何しろ掠め取ったに過ぎぬものだからな。」


 そして、それを破ったのもまた、忌々しげに吐き捨てられた王の言葉だった。
「陛下!それ以上は…!」
「うるさい、黙れ!!そんなことはおれも分かっている!!」
 次の瞬間、これより決して言ってはならないことを告げんとするのを諌める大臣と分を超えた彼に苛立ちを覚えた王、この両者の間で互いに激しく怒鳴りつける声が謁見の間に響き渡った。
「王様……。」
 結局大臣の言葉の方が理に適っていたのか、王はそれ以上言葉を発することはなかった。だが、ずっと押し込められていた心の闇を王から感じて、レフィルは物憂げに事の成り行きを見守っていた。
「レフィルよ、道に窮することがあれば再びこのラダトームを訪れるがよい。」
 再び暫しの静寂が訪れた後、王は一息つきながらレフィルに優しくそう告げていた。
「あ…ありがとうございます。」
 先程無礼とも思しき挙動を取ってしまったにも関わらず、それを気にした様子はない。寧ろ、好ましい友人を相手に対して向けられるようなものを感じられて、レフィルは言葉を詰まらせながらも礼を返した。
「時にガライよ、そなたはこれより先、何処に向かう?」
 剣を取らせた時に見せたあの立ち回りはどこへやら、また先の怖がりな少女へと立ち返ったレフィルを見て苦笑した後、王は近くで控える新緑の衣を纏った老人へとそう尋ねた。
「ふむ…、ほっほっほ。凍えし砂塵の都ドムドーラか、失意に落ちた城塞都市メルキドか。はたまた…魔の手によって沈められた東の参道か。さてはて…私めの行く道はまだ決まっておりませぬ。まぁいつものことですがな。」
 問われてガライは、思い当たる地名を詩的な響きを交えつつ長々と語りつつ、結局の所はまだ決めていない己の気まぐれをからからと笑い始めた。魔物の蔓延る闇の世界でありながらも、彼が危険な旅路を恐れずに歩める程の練達の吟遊詩人であることは、その目でこれらの地を見てきたことを示すような物言いからも窺い知ることができた。

「ならば、レフィル嬢の案内人となってはくれまいか?」

 それを知ってのことか、王はガライへと一つの話を持ちかけた。。
「これはありがたき幸せ。長きに渡り道連れもなしの一人旅にこのガライ、如何程の寂しさを覚えてきたことか。ましてこの年で両手に華とは…」
「ふ…おしゃべりはいい。」
 王の話を聞くなり、ガライは先に見せた饒舌さにも増してべらべらと喋り始めた。己が内に秘めた物寂しさを吐露し始めたり、冗談めいた戯言を振り撒いたりしている所で、王は薄ら笑いを浮かべつつ制した。老いて尚も盛んとは、彼のことを言うのだろう。但し、今は口に限った話ではあるが。
「……餞別代りと言っては何だが、僅かばかりの路銀とこのガライの案内を、お前へのせめてもの手向けとしよう。」
「感謝、いたします…。」
 そんな他愛もない一面も受け入れられる程に信頼を寄せている詩人を、自分のために動くように仕向けてくれた。そんなラダトーム国王の好意には感謝する他ない。だが、先に垣間見せた深い心の闇の奥底にあるものが気に掛かる。王の身に、そしてこのラダトームの王国に一体何があったというのか。
 今はまだ、知る由もなかった。





「陛下、何という無茶をなさるのですか…!」

 二人の客人がガライと共に去った後の謁見の間で、大臣は王を咎めるように真っ先にそう告げた。
「いや、それよりも王に剣を向けるなど…!」
 そして、王が先に手を出したとは言え、命奪わんとするその直前にまで追い込んだあの少女へと大臣は怒りを露にしていた。更に状況が悪ければ、即刻不敬罪で裁かれることにもなったであろう。
「馬鹿言え。これは、おれが売った喧嘩だ。何されようが文句の言いようなどないだろうが。」
「ですが、今にも斬りかからんばかりの…」
「ああ。おれが一足でも踏み出さんとしたその瞬間、斬られていただろうな。」
 だが、王自身は元よりその相手の出方を見たいが故に、そのような所業に及んだだけのことだった。その結果が、こちらが殺す気で発した一撃を読んだばかりか同時に反撃にまで転じたという、見るに鮮やかなものであった。オルテガや先の若者に力でこそ遠く及ばずとも、あの迷いのない動きは余人には決して真似のできるものではない。一太刀を交える中で、王はレフィルに関してそう実感していた。


「時に、件の”剣”のことはどうなっている?」


 先の自分の軽率な行動に頭を抱えながらもそれ以上の言及をせずにいる大臣を見るなり、王は彼へとそう尋ねた。
「ご安心を。不埒なる刀匠は既に獄中に幽閉してあります。」
 それを待っていたかのように、大臣は満足げな笑みを浮かべつつ事の決着を告げていた。その口調からは、かの職人に対する侮蔑を容易く窺い知ることができる。
「王者の剣か。ふん…この時勢に希望を”贋作”する者があろうとはな。大した度胸よ。」
 報告を受けて、王もまたその刀匠に対して思うところを一人ごちた。だが、大臣のそれとは対照的に、一時でもあの伝説の品と間違う程の出来の品を作れるその力に、敬意を表しているようにも聞こえた。
「そうだろう、ミレーヌよ。」
「………はい。」
「そなたが申すに、あやつもまたこの世界の人間ではないらしいな。つくづく面白い。」
 今は獄中に捕らえられている彼の世話をもこなしているが故に、一番かの者について良く知っている。そんな彼女―ミレーヌへと話を持ちかけるも、彼女はしばし黙した後にただ頷きを返すだけだった。

「さて…おれが選んだ選択が、どのような結果を返すことか。後は…あやつ次第だな。」

 目覚めたばかりの少女―しかもあのオルテガの娘であるというレフィル。彼女もまた、自分が指し示した道に従って旅立とうとしている。その前に出会った”あの男”も、既にこのアレフガルドの何処かを歩んでいることだろう。
 今しがた訪れたばかりの二人の若者、そして今も尚戦い続けているであろう異界の英雄。彼らを旅立たせることで得られる結果を、王はただ待ち続けるだけだった。



 しかし、それが己の意思に関わらず、レフィル達を破滅へと引きずり込みかねない大きな陥穽の引き金となることなど、解せるはずなどなかった。