第二十八章 常世の世界


 天の光を遮られた闇の世界にただ一つ存在する王城の謁見の間。光差す頃には鮮やかに映えていたであろう玉座へ続く道を彩る赤い絨毯も、微かな灯の内で静かにその残滓を見せるに留まっている。

「二十年…か。早いものだな。」

 最も輝かしいはずだった、今は闇の深部に位置するような暗き場所となってしまった玉座に腰かける者が、小さくそう呟いていた。時の標を失って、自らの力で時を数え上げてきてからというものの、その一刻一刻が過ぎる度に、虚しさを覚えずにはいられない。そんな心からか、焚かれる灯明に照らされるその精悍な顔も、どこか疲れ切ったように見えた。
「はっ…まさかあの戦の直後に、このようなことになろうとは……。陛下が仰っていた通りに……」
「過ぎたことだ。今更父上を責められるはずもない。お前自身、いつもそう言ってるだろうが。」
 そもそも今苦しみ続けていることがそもそも以前に犯した過ちによる結果であるが、それを口にしたとて何かが変わるわけではなく、ただ心の内にどよめく闇を深めるしかない。

「ときに、先のあの若者、お前の目にはどう見えた?」

 諭す側に回っていたはずが、今度は自ら弱音を吐いた大臣に呆れたように嘆息した後、王は先刻にまみえた者についてそう尋ねていた。この世界の中で与えられた絶望に疲れ切り、また自らの力で何かを変えることも叶わないと知りつつも、待ち続けるだけの忍耐を自負し続けたことが功を奏し、ついに懐かしい気を携えた者と出会うことができた。
 王が浮かべる表情は、周りに佇む皆が浮かべるそれとは一線を成す程に、輝かしくも見えた。




「こちらには、かつて多くの勇者様がお泊りになっていました。」

 時を同じくして、城の別室に彼は案内されていた。

―……ほぉ、一応こんな所もあるんだな。

 そこは、多くのベッドが並べられている宿舎のようで、所々に置いてあるソファやテーブルなどに寛げる空間が用意されている豪華な趣の場であった。先に女中の少女が述べた通り、大魔王を倒すべくして旅立った勇者達が帰り、ひとときの休息を取るために用意された部屋としては、十分なものなのかもしれない。
「じゃあ、俺もその恩恵に与っていいってことか。嬉しいことだねぇ。」
「はい、サイアス様。あなたならその資格は十分です。ご自由にお使い下さいませ。」
 そんな場に案内されただけあって、自分もまたこの部屋を使う権利を認められたということらしい。そう告げる少女の言に満足したように口許を上げながら、彼―サイアスは気分良さそうに笑った。
 ギアガの大穴を抜けてこの世界に辿りつき、その先に住む者達へと勇者を名乗った折に最初に紹介されたのが、この王国であった。魔王を倒されて暫くは享楽染みた程の平和を満喫している世界にいたことが嘘のような好待遇を前に、かつてのような高揚感を感じ得ない。
「…しっかし、そんだけ勇者を集めておきながら、まぁだゾーマのヤツを倒せねぇとは大事だわな。」
 その一方で、これまでに集められたであろう勇気ある者達の姿が一人も見えないことを訝しみ、そして未だにこの世界が闇に包まれていることの示す意味を考えてそう呟いた。この地にあるただ一つの王国と聞いているからこそ、指折りの強さの勇士達が集ったであろうことは容易に予測できるも、彼らでもこの闇を払うことは叶わなかったことも同時に知れる。
「というか、これまでに一体どんな奴らがここにいたんだ?」
 そこまで考えて、実際にどのような人物が大魔王を倒さんと旅立ったのかが気になって、サイアスは少女にそう尋ねた。
「この国一番の武勇を誇るエイメル兵士長様、城塞都市メルキドで名を馳せられた聖騎士ビロド様、水の都リムルダールの魔道士サファラ様。この御三方が特に知られている方々です。」
「……まぁ、そりゃあそんなモンか。」
 比類ない程の武勇や不思議な力を持つ者達の名が挙げられていくのを、サイアスは何ということもなしに淡々とした様子で聞いていた。確かに力ある者がここにいたことは頷けるが、そんな彼らでさえ生きて帰ってすらいない。それが、この部屋が静寂に包まれている理由と知った。
「ここを訪れた…という点で言うならば、最初に挑んだのは今のラダトーム王家の血を引く一人の少年だったと聞いております。私が生まれる前の話ですので詳しくは存じませんが、”神の武具”を纏って大魔王ゾーマに挑戦したとのことらしいです。」
「……神の武具、ね。”王剣・王者の剣”、”神鎧・光の鎧”、”護甲・勇者の盾”…とか言ってたか。」
「はい。ですが、今は陛下からお聞きになった通りです。」
「所在不明…ってか。王者の剣に至っては砕かれたってな。それをあいつが持ってた…ってのが気になるところだけどな。」
 最近になって訪れた者の話を一通り終えると、少女は今度はこの世界が闇に包まれた直後にあたる頃の話を始めていた。古より伝えられた”神の武具”の力を借りて大魔王と戦ったとされる”勇者”の話は、この王国の中に広く伝わっていた。だが、その結果は今の暗き空が残酷なまでに明らかに示していた。敗れて屍となった勇者から”神の武具”を奪い、その内の”王者の剣”は既に破壊されたと聞いていた。
―ま、折れちまった剣をどうこうする…ってのは面倒な気もするけどよ。
 人ずてに聞いた話であれ、その壊されたはずの剣の欠片を魔王バラモスが携えていた事実を知っているからこそ、サイアスは興味を持たずにいられなかった。その欠片ですら、魔物に囚われて使役される程に大きな力を持つものであった。折られる前は、一体どれ程の力を持っていたことだろうか。逆に言えば、それだけの力を持つ剣ですら大魔王には通じなかったとも言えるのだが。
 
「他にはいねぇ…って事でいいのかね。」

 もはや語ることもないということだろう。少女はただ、神器の話を前に考え込むサイアスの姿を見守るだけだった。神器が大魔王の手に落ちたと知って尚も戦いを挑まんとする勇士の話を聞かされた末に訪れた沈黙を前に、サイアスはそう切り出していた。
「ええ…以上になりますね。”この世界”では…ですが。」
「”この世界では”?」
 やはり一通りの話は終わってはいたが、例外の存在を示唆する言葉を聞いて、それを思わず反芻していた。話の中で聞き慣れぬ名の地は確かに、”この世界”における町や集落を示すものではあった。だが、それ以外に一体どこから来るというのか。
「はい。過去にも幾人か、異世界からのお客人をお招きしたこともございました。先に拝見したあなたのお力にも匹敵する程の方もお一人だけおいでになりました。」
 自分がギアガの大穴からやってきたように、他にもこの世界に迷い込んでしまった者達がいるらしい。大魔王が表だって現れたその以前より、元の世界と繋がる道がギアガの大穴以外にもあったのだろうか。

「………そいつの名前は?」

 何より、アレフガルド中の強者達を集めて尚も及ばぬ力―勇者としての絶対の自負を持つ自分と同じ力を持つと聞いては、サイアスはそう尋ねずにはいられなかった。

「アリアハンのオルテガ様です。この地においでになったのは、確か六年前でした。」
「!」

 直後、少女の口から静かに発せられた言葉に、彼は目を細めた。
―アリアハンの……オルテガ…だと?
 その名前は聞き覚えがあるどころか、心の奥底にさえ刻んでいた名であった。父サイモンと双璧を成す―或いは単身でネクロゴンドにまで足を踏み入れんとしたことからより高みに位置すると称えられていた、世界の流れを変えた最初の勇者オルテガ。思えば、彼の訃報があったのも六年前のことだった。おそらくここに来た男が、よく知るその人に間違いないのだろう。
「お…おいおいおい、じゃあ火山に落ちて生きてたってのか?化け物め……。」
 彼は確かネクロゴンドの死の火山へ落ちたと聞き、誰もが燃え尽きたと信じて疑わなかった。だが、よもやこの世界に迷い込んでいたとは。全てを融かす灼熱の中でも生を留めて見せたかの男の強さに、サイアスは驚きを隠せずにそう捲くし立てていた。
「まぁ…火山から?……確かに、想像を絶するお話ですね。」
「…よく冷静でいられるな、お前さん。」
 そんなサイアスの慌てぶりとは対照的に、少女の方は確かに驚いた様子ではあったが、常々纏っているどこか落ち着いた雰囲気を終始崩さずにあたかも他人事のように頷いていた。闇の中で長い間過ごしてきたために感情が抜け落ちたのかは知らないが、それでも人間を止めたかのようなオルテガの話を聞いて尚も声一つ荒げない彼女の姿に、サイアスは呆れを通り越して感心さえしていた。
 こうした落ち着いた者がいたからこそ、或いはオルテガも一命を取り留められたのかもしれない。
「ただ、その火山の中で負われた傷か、ここに至る直前に全身に酷い火傷を負っていらして、意識を取り戻した折には全ての記憶を失くしてしまったとか。」
 当然、死地から生き延びた代償も大きくオルテガは記憶を、生の証そのものを失った。
「憶えていたのは、ただ、魔王を倒すということだけだったそうです。」
「……なんだよそりゃ。」
 だが、勇者が抱く大志―魔王討伐の意思だけは、忘れずにいた。名声を上げ続けていたその時も、彼は勇者であることを望むかのように噂されていたが、それが図らずも自身の本質にも届いていたようだ。
 素気なく返しながらも、全てを失って尚も勇者であり続けようとするオルテガの有様を伝える少女の話を、サイアスは深く心に刻んでいた。自分も記憶を失ったとなれば、或いはこのオルテガのように見えざる何かに振り回される傀儡と化してしまうのであろうか。
「そう言えば、二日前に少し似たような状況でこの城に現れた方々がいらしました。」
「何だって?」
 オルテガの話から何か思い立ったのか、少女は並べてあるベッドの一つへと静かに歩み寄りつつ手招きをした。そこに誰かが眠っていると知り、サイアスもまた静かに彼女が指し示すベッドを眺めた。


「こいつは………」


 休息を取るためだけに作られたようなシンプルな寝台の中で立てられるすやすやという浅い寝息が微かに聞こえてくる。
「お知り合い…ですか?」
 その顔を見入るようにして覗き込んでいるサイアスを見て、少女は小首を傾げてそう訊いた。
「まぁな。よりにもよって、こんな所で出会うことになるとはよ。こいつも…ギアガから来たってのか?」
 白の布団によって殆どが覆い隠されている中で微かに覗かせる艶やかな黒髪と、閉ざされていながらも鋭さを帯びた目元には覚えがあった。少し前に空より降り注いだ鳳の羽を目にした時より、再びまみえることになるとは予想していた。
「いいえ、体に付いていた匂いから、オルテガ様同様に火山に纏わるところからおいでになった可能性が高いと思われます。」
「お、おいおい!?じゃあこいつらもあの火山から!?」
 一足先に城に至ったとばかり思っていたが、実際にはオルテガと同じ道を辿ってこの城の前に倒れていたという。
「…ったく、親子揃ってどんな化けモン……」
 例えそこに通り道があると分かっていたとしても、あの火山が発する熱気は想像を絶するものであった。それは、ガイアの剣を投げ入れて道を切り開いた自分もよく知っている。そんな道をまかり通ったことに、呆れ果てたその時……

―……!

 不意に、彼女の周りに何かが揺らめいたように感じられた。
「……おい、お前……まさか……」
 その中にあったものを目の当たりにして、サイアスは愕然とした面持ちになったまま、信じられないと言った様子で何やら呟き始めた。
「サイアス様?」
 ただならぬ様子を見せるサイアスを見て、少女は不思議そうに目を瞬かせていた。
「んあ?まぁ、大した事じゃあねえ。或いは好都合ってモンかもしれねえ。」
「好都合…ですか。」
 訝しげな視線を向けられて肩を竦めながら、サイアスは少女へと何食わぬ顔で応えていた。それでも、意味深に聞こえる言葉を思わず反芻したくなる程に、彼女の疑念は残っているらしい。
「…では、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ。」
 それでも、彼女自身の性格かそれ以上深く詮索することもなく、少女は一礼をしつつそう告げた。元よりこの部屋に案内するだけの役割であったはずが、余計な真似が過ぎたことは彼女自身が一番理解しているだろう。
「そうさせてもらうぜ。ミレーヌちゃん。」
 それを咎める理由もなく、サイアスは去りゆく少女―使用人のミレーヌに不敵な笑顔を向けつつそう返した。

「さて…どうしたものか。」

 寝台に静かに佇む”彼女”と自分以外に誰もいなくなった静寂の中で、サイアスはただ立ち尽くしていた。
―やーれやれ…こんなにも悩ましいモンだとは思わなかったぜ。女の子を前にしてるっつってもな。
 心中に冗談めいた独白を零しつつ、ただ一人の相手へと視線を落とす。眠りについたまま無防備な姿を前に、自分は一体何をしようというのか。その双眸が、射抜くような冷たさを帯びていくのを、誰も目にすることはなかった。


「ふむ、先客がおいでじゃったか…。」


 殺気にも似た雰囲気がサイアスの全身に滾らんとしたその時、不意に外から足音と共に、しわがれた声がそう呟く。
「うん?」
 それを聞いて、サイアスは思わずその方向へと振り返った。声の主に向き直ったその時には、先に帯びていた畏怖すべき雰囲気はもう纏っていなかった。




 煉獄の如き熱気による陽炎とも、大渦のうねりともつかぬうねりの中で受けた呵責の苛烈さの余りに、絶叫を上げることになったまでは明確に覚えている。

―暗い……何も、見えない…。

 その先に見えたのは黒、ただ一色だった。それ以外のものは、何一つとして視界に入ってこない。微かに吹く風の音だけが、焼き焦がされた聴覚に微かに訴える。

―それに、寒い……。

 地獄の炎に苛まれた時とは対照的に、今度は闇が四肢から絡みつき、体の温もりをみるみる内に奪っていく。

―体が…動かない。

 やがては全身に至るまでが凍てつくように冷たくなって、死んだように体に力が入らないのを感じた。茫然と光なき夜空を眺める瞼でさえ、自ら閉じる気配がない。

―……これが、闇の世界…なの?それとも…わたしは、もう……

 以前にも感じたことのある、大地へと還ろうとするように何もかもが失われていく感覚。今見えているこの暗闇は、或いはそれが見せているものに過ぎないのか。
 薄れゆく意識のままに揺蕩う中で、深い失望が込み上げてくる。全てを封ずる枷に囚われてしまっては、如何なる強さを宿す者であれ、何一つなせることはない。それこそが、本当の闇の恐ろしさと知ったその時には、もう何も感じることはなかった。



 一度何もかもが無に覆われんとしたその時に聞いた、慌ただしい足音と呼び声。それが聞こえては止んでいくのも、体が浮かされてどことも知れぬ場所へと運ばれていくのも、遥か遠くの感覚でしかなかった。



「!」

 …が、おぼろげな中で起こったことが意識へと強く訴えかけ、レフィルは大きく目を見開いた。それと共に急激に意識が慣れた現実のものへと引き戻されていく。
「……え?…こ、ここは……?」
 唐突な目覚めを前に最初に見たものは、やはり暗いものだった。だが、微かな灯によって照らし出されている部屋は、先の暗闇と比すれば余程明瞭にさえ見えた。横たえられているベッドと被せられている柔らかな布団が留める温もりもまた、凍てつく寒さなどと無縁のものに思えた。

「…っ!」

 辺りを見回そうと起き上がろうとした次の瞬間、急な眩暈が襲い、レフィルは思わずベッドへと手をついて体を支えた。
―これは、治癒の力の……
 体に残る異常なまでの疲労感が、逆に傷ついていたはずが今は癒えている体が、意識を失っている間に施されたものを悟らせる。誰かが自分をここまで運びこんで、回復呪文を施したのだろう。死の火山の中での戦いで或いは扉を通らんとした時に受けた傷があまりに深過ぎたのか、呪文の力だけでは補えず、レフィル自身の体力も大きく削られることになった―そう考えるのが難くない。

「おっと、酷いお怪我をなさっていたのじゃから、まだ無理に動いてはなりませぬぞ。」

 先の絶望的なものとは違う、生を感じる疲弊による喪失感の中で辺りを眺めていると、先程からちらと見えていた蝋燭の光がこちらに近づいてくるのが見えた。
「あなたは……。」
 その灯を携えていたのは、ゆったりとした草色のローブに身を包んだ小柄な老人だった。齢を重ねているのか、衣服から覗かせる肌には皺が刻まれており厳格そうにも見えたが、それと相対するように表情は穏やかで、風に溶け込まんとするような奔放さすら感じられる。

「わしは、吟遊詩人のガライと申します。」

 老いた身でありながらも、己のこれまでの歩み方にすら囚われない自由な雰囲気を纏っている。そんなことを感じていると、老人―ガライは静かに名を返しつつ、レフィルへと深く一礼した。
「あなたは確か、レフィルさんでしたかな?」
「え…?」
 自分もまた名乗ろうとした直前に、己の名を彼が告げたことを怪訝に思い首を傾げた。
「この子もまた、あなた様の目覚めをずっと待っていたのです。もうかれこれ三日になりましょうかな。」
「あ…。」
 何故、この老人は自分の名前を知っているのか。そう思った所でこの場にそぐわぬ騒々しくも軽快な足音がした。ガライが指し示す、いつしか傍に現れたもう一つの影を見た瞬間、レフィルの表情が変わった。


「おはよう。」


 歓喜とも驚きともつかぬ感情によって、小さく口を開けたまま動きを止めたレフィルへと、その少女はただ一言―これまで抱いてきた杞憂が晴れた喜びを込めて、その目覚めを迎えた。
「ムー!」
 黒い三角帽子と、竜を模したローブに身を包んだ赤髪の少女の姿を認め、レフィルは疲れ果てていることも忘れてベッドから飛び出した。
「元気になってよかった。」
「あなたも…。」
 死の火山からここに至る折に、一足早く目覚めたのだろう。その間、未だ眠り続けている自分を見て、さぞや心配したに違いない。レフィルもまた、異空の扉を潜った際に感じた無の感覚から、今の今まで友の姿が見えなかったことを心の奥底で憂いていた。
 歪みの中で離ればなれになってしまうことも恐れていた中で、何事もなく再会できたことは互いにとって大きな喜びだった。

「……それより、ここは一体…?」

 オルテガが消えた火山の歪みの先へ共に辿りついたのはよかったものの、ここが一体如何なる場所なのかは知る由もない。思わずそう尋ねるも、ムーは一度小首を傾げた後、ただ首を横に振るだけだった。彼女もまた、この地が如何なる場所かを計りかねているらしい。
「異国の方にそう尋ねられたのは、およそ六年振りになるでしょうな…。」
 一方で、同時に聞いていたガライが語り始める。
―六年…前?
 自分達と同じように、ここに迷い込んできた者の存在を語るガライの言葉の中に、レフィルはただ一つ引っかかるものがあった。六年前―すなわち、旅立ちの日より四年前に起こった忌まわしき知らせ。それが真っ先に脳裏に浮かぶ。
「…………。」
「その時にはこう答えたものです。」
 その中で起こる微かな心の揺らぎは誰も知られることはなく、レフィルは今はただ、黙ってガライの言葉の続きを聞き届けるだけだった。


「大魔王ゾーマによって闇に堕とされたかつての楽園アレフガルド、それを収めるただ一つの国―ラダトーム王国と。」


 かつて異国の旅人へとわざとらしく告げたその時の言葉そのままを、ガライはレフィル達へと伝えた。

「アレフガルド……」

 聞き慣れぬ国、そして世界の名を知った時、ここが自分達が住まうそれと異なる理と則が支配する場であると、漠然としながらも感じることができた。そして、今語らずとも、時が幾許か経てばレフィルは自然と知ることになる。この世界―アレフガルドが闇の世界と呼ばれる所以を。

 だが、闇の世界と呼ばれる前の楽園の上で繰り広げられた、血塗られた惨劇についてを知る由などなかった。