灼熱の扉 第八話


 煉獄の如き灼熱の火山に住まう火の龍の息吹が大きく開けた口の中で燃え盛っている、その目は敵意の眼差しで真っ直ぐに見下ろしており、今にも襲いかからんという気迫を醸し出していた。

「………。」

 正面に立つ少女は、左手の蒼い魔剣を振り下ろした体勢のまま、眼前の巨大な龍を見返すだけで微動さえしていない。

「レフィル…」

 時が止まったかのように、何もかもが動かない。あらぶる炎の竜も、大地の鼓動を伝う灼熱の溶岩の海も、そして…目の前に佇む友も。
「何を……したの……?」
 この異様な雰囲気は、紛れもなくレフィルが引き起こしたものであると感じさせられる。その正体を掴む事は叶わず、ムーは唖然とした様子で思わずそう尋ねていた。

「……っ…!!?」

 だが、次の瞬間に起こった凄まじい光景を前に、ムーの顔に驚愕の表情が張りついた。上下に走る一筋の軌跡がレフィルが先に振りおろしていた吹雪の剣の軌道に沿って広がっていく。それは、正面にいるサラマンダーの体を通り過ぎ、後ろに控える闇の手の者達の間を瞬く間に走った。
 気づいた時には、堅牢な外皮に覆われているはずの龍の体は、縦に真っ二つに切り裂かれ、吐き出そうとしていた炎もろとも崩れ去った。
「…空間が…裂けた!?」
 そして、レフィルの正面に漂う闇の者達も同じ運命を辿り、火山の内壁に縦一文字の裂傷が刻まれた。
「……鋼鉄の、刃……」
 その左手に携える吹雪の剣の刃に、全てを遮るアストロンの力が薄く張り巡らされている。魔鋼の冷たい光を刀身に宿した今、斬れぬものなど何もない。

「……っ……。」

 その代償として、如何なる攻めを受けても動じない絶対の守りを支える凄まじいまでの重量をも剣に纏う事となる。力を失ったレフィルがそれを操るのは、今一度が限界だった。
「………。」
 それでも、その一撃には一抹の迷いすらなく、鋭く振り下ろされた一閃は空間さえも断じ、仇なす敵を一瞬にして葬り去った。更に重みを増した剣は足場となるべき岩場をも砕き、大きな亀裂を生じさせている。その事すらも気に留めぬ程の虚ろな表情で、レフィルは軋みを上げる左腕を見つめていた。

―…わ…たし…、いま…なにを……?

 剣の重みによって肩が引き千切れる様な痛みも、巨龍を斬り捨てた感触も、あたかも遠くのものの様に感じられる。まるで自らのものではないかの様な、あまりに朦朧とした意識の片隅で、レフィルはそう自問していた。

『 大した事はしていない。 』
「!」

 そのとき、心の奥底から無韻の声が返ってくるのを感じられた。
『 前に進むために、なすべき事をしただけ。 』
「…ゾーマ…!?どこに……!?」
 身を以って味わった闇の気配に、レフィルはその正体を垣間見てすぐに辺りを見回していた。
『 そんなものは関係ない。ただ、全てを失っても取り戻したいものがある。そう願っている。 』
「え…?」
 だが、探してもゾーマはここには来ていなかった。もちろん、取り込まれた己の心の闇の姿もない。
―……まさか………
 自身を覆わんとしている闇は、外から手向けられたものでも、まして貸されたものでもない。解き放たれた衝動が増すに従って、闇もまた大きく膨れ上がっていく。
『 何もなければ、結局何もできない。それでも、手を届かせたいなら…… 』
 魔王を倒して自分の全てを取り戻すべく培ってきた力を、平穏の内に封印し、忘却の彼方へと去らんとした時にあの悲劇は起こった。抗う力を思い出の中に置いてきた彼女になすすべはなく、ただ巻き込まれて逃げ惑う事しかできなかった。

『 受け入れなければならない。わたし自身の過去を…。 』

 心のどこかで小さくも明確にそう願いながらも、決して覆せない現実への絶望を前に、そんな意志さえも捨て去っていた。だが、例え忌まわしい日々であったとしても、今必要としているのはその過去より得てきた多くのものである。そう囁きかけるのを最後に、不思議な声はもう聞こえなくなった。

「…これ……は………どうなって……」

 同時に、レフィルは何か違和感を感じていた。

―…いや…!死にたくない…!!

 死にたくない。炎の中に巻かれ、魔獣の牙で穿たれんとした時に必死で心を支え続けてきた想いが、胸の中で蘇る。
「…記憶……?いや、それだけじゃない…体の中に…何かが……」
 想いだけに留まらず、そのときに受けた感覚の全てが再び呼び起こされ、体に流れ込んでくる。敵の攻撃によって負った傷の痛みも、剣が敵を引き裂く手の感触も、呪文によって呼び起こされる力の雰囲気も、何もかもが鮮明に再現されていく。

―わ…たしは…わたしは……!!ふたりを…ずっと…巻き込んで…いずれは…!!
―終わらない…こんなところで終わらせない…!!
―わたしに…もっと力があれば…全部……!!

「………。」

 それだけではなく、これまでに覚えた感情も同じ様に呼び起こされていた。力が無いがために、課された使命に押し潰されそうになる苦しみと、それから逃れる事ができない嘆き。そして、立ち向かう決意と、最後の戦いで心に滾った力への意志。

―自分を壊す覚悟の無い者に、成長は訪れない。それは今まであなたも無意識にそうしてきた。
―でも、それを否定しているあなたに、今の自分を変えられる??そして、望むあなたになれる?

 色々なものが蘇っていった果てに最後に呼び起こされたのは、おのれ自身に等しい者の問いかけだった。



 魔剣によって唐突に奏でられた訃音を前に、誰もが時を止めた様に動かない静寂の中、不意に何かが変わるのを誰もが感じていた。

「…あれは…闇……!?」

 火龍を斬った少女の体を、薄暗い影の様な重い霊光が覆い始める。双眸は闇へと隠され、口元にも何の感情も表していない。
「レフィル…あなた……!」
 かつて魔王の城で呼び起こされた全ての災いの化身―体の底から湧き上がる闇のオーラを見て、ムーは驚愕の表情を浮かべながら後じさり、咎める様に鋭くそう叫んでいた。
―どうして…!?
 怨敵だけでなく、大切な友すらも傷つけた忌まわしい力を再び纏った姿に、激しい悔恨と共に自ら命を捨てようとさえしたあの時の悲痛な光景が蘇る。それはムーにとって悪夢という他なく、力なく膝を屈して地につきへたり込んでいた。

「…満ちていく。」

 薄く色づく闇の中で、レフィルは自らの両手を静かに見下ろしていた。
「……なくしていたものが…ぜんぶ…。」
 記憶から呼び覚まされたあらゆるものが、闇の中で体の中に満ちていく。
「それだけじゃない……。捨てたはずの…何もかもが……。」
 そして、これからを生きるために忘れ去ろうとしていた事が、再び心を苛み始める。
「こんなものなんか…いらないのに……!!」
 二度と背負うはずもなかった重苦が、再びのしかかってくる。望まぬ使命を帯びていた頃と変わらぬ呵責が襲い、レフィルの顔に明確な嫌悪が映し出される。

「これが…わたしの過去……」

 心ばかりでなく、体も魂も、忌まわしい過去を回想し、そのときの姿へと還ろうとしている。自らに起ころうとしている変化に心身を委ねながら、レフィルは再び立ち上がって前を見据えた。目指すべき灼熱の中の歪みの前に、闇の手の者達が立ちはだかっている。
「……邪魔を、しないで。」
 魔鋼の重みを纏った吹雪の剣の切っ先は彼らへと向けられている。レフィルは先程まで自らを喰らわんとした天敵へと、虚ろな表情を浮かべたままゆっくりと歩み寄った。一歩踏み出す毎に、薄く色づく闇が静かに揺らめき、齎された静寂の中に靴音がこだまする。
「……………立ちはだかるというなら、容赦はしない。」
『…!!』
 紫の瞳が彼らを睨み据えた瞬間、全てを断ち切る魔鋼の剣が再び振るわれた。間合いに入ってしまった闇の手の者達の体は成す術もなく一閃され、呆気なく二つへと分たれていく。亡骸と化した魔物達の体は、刀身にまで絡みついたレフィルの闇によって蝕まれて、瞬く間に黒い粒砂と化した。
「………。」
 それらはやがて、吹雪の剣の刀身へと吸い込まれるように集まり、レフィルの闇へと呑み込まれていく。同時に、薄い影でしかなかったその闇が、微かに深みを増し始める。

「……死にたくなければ、早く帰って……。」

 闇の手の者達の魂を喰らい更なる闇を纏った少女は、行く手を阻む蠢く者ども達に訴えかける様に、静かな口調でそう告げていた。その体から発せられる気は先程までのひ弱な少女のそれではなく、理すらも鎮める程の重みを帯びていた。
「……まだ分からないなんて。」
 だが、同胞を容易く屠られた上にその様な圧倒的な重圧を身に受けて尚も、闇の眷属達は一向に立ち去ろうとしなかった。
「でも…わたしは止まらない。みんないなくなるまで戦うだけ。」
 微かに憐憫の言葉を紡いだのも束の間、レフィルは左手の吹雪の剣を下ろし、それに纏わせていたアストロンの力を解いた。

「イオラ!」

 直後、代わりに右手を彼らへと手向けながら、そのか細い喉から吼える様にしてそう唱えていた。魔物達の間を、幾筋もの光が刹那で通り過ぎ、次の瞬間にはそれは轟きと共に瞬時に膨れ上がった。
 放たれた光と同じ数の大爆発が呼び起こされ、直撃を受けた者はその力に押し潰されて即座に命を失い、辛うじてかわした者も暴風に煽られてなすがままにされていた。
「…無駄よ。あなた達も…消えて。」
 そして、呪文の猛威をくぐり抜けてレフィルへと躍りかからんとした者は、残らず蒼い魔剣の餌食となった。最初に飛び込んできた魔物は、喉元に牙を突き立てんと思う直前に逆に吹雪の剣の切っ先に貫かれ、瞬く間に凍りついて粉々に砕け散って虚空へと消え果てた。
「収まらない…。まだ、溢れてくる……」
 望まぬ使命の中で絶望を感じながらも、生を得たいがために身に付けた剣技と呪文。一度捨て去ったはずのそれらを用いて尚、レフィルは倒れる事はなかった。今しがた葬り去った者達の残滓もまた闇の欠片となって、レフィルを包む闇の霊光と同化して、黒く染め上げていく。その度に、更なる力が湧き上がる湯水の様に呼び起こされていた。

「レフィル、上っ!!」
「!」

 自らが置かれているこの不気味な事態に不安を覚えたその時、ムーに鋭く呼びかけてすぐに我に返った。上方から舞い降りるものの影が、次第に濃くなっていくのが感じられる。
「……ぁ…っ!?」
 だが、その存在に気づいた時には既に遅く、レフィルは凄まじい力で薙ぎ払われ、空中へと投げ出されていた。

「レフィル!!」

 落ちていく先には赤熱された溶岩が煮えたぎっている。その中に落ちてしまえば、如何なる加護を受けた人の子であろうと一溜まりもない。
「!!」
 しかし、レフィルの体が灼熱の中に呑み込まれようとしたその瞬間、不意に溶岩の海の中に丸く広がる岩場が形作られた。
「………。」
 その中心では、レフィルが左手が地を付いて、その場に蹲っていた。右手から絶えず注がれ続ける凍てつく冷気が、大地の底から湧き上がる熱を上回り、その力を及ぼされた溶岩を自らの足場とする事に成功していた。

「熱い……、身体が…焼けそう……」

 それでも、大地そのものに抗って無事ではいられず、レフィルは自らが築いた岩場を通して体を熱されて、身を焼かれる苦しみを味わっていた。だが、今にも燃え上がりそうな熱気を闇のオーラが遮り生を留め、レフィルを立ち上がらせていた。
「許さ…ない……!!」
 やがて苦痛は怒りへと転じて、その矛先は先程自分を叩き落とした空を舞う悪魔へと向けられ、レフィルは氷の魔剣を天にかざした。
 氷の力を弱める溶岩の干渉を受けて尚も、刀身から噴き出す吹雪の勢いは衰える事はなく、やがて幾つもの氷の矢の形をなす。それらは風そのものとなった様に瞬く間に悪魔へと至り、全てがその体を貫いていた。翼を穿たれ、急所をも射抜かれた悪魔に生きる術はなく、皮肉にも自らが溶岩の海へと落ちていき、灰燼と帰した。
 だが、既に灼熱の深淵の入り口にまで追いやられている。次々と闇の同胞達を倒してその身に纏う闇を深め続けた生贄の命を狙い、悪魔達は一斉に彼女目掛けて舞い降り始めた。
 まず、闇の手の者達が放つ呪文が、レフィルが立つ岩場を打ち砕かんと飛来する。
「マホトーン」
 しかし、魔剣より迸る吹雪と共に紡がれた封呪の術がそれらを尽く打ち消して、更には同じくその力を受けた小さな氷の矢が体を刺し、悪魔の持つ魔力さえも封じ込めた。

「ライデイン」

 次いで、上空から急降下してレフィル達に至らんとした悪魔達の視界を、黒い何かが覆い尽くした。一刻にも感じられる程の刹那の間を置いて、耳を劈く雷鳴と共に激痛が体を駆け抜けていく。
 黒い光が収まった時に悪魔の目に映った光景は、皆の体を少女の右手から迸る幾筋もの黒い稲妻が貫き、茨の如く絡みつく様であった。自らもまた、闇を纏った光に縛りつけられ、何度も炸裂する黒い火花によって傷を深めていった。
「…終わりに、しましょう。」
 雷を放つ少女の紫の目は死人の様に光を失って、優しい温もりなど欠片も残っていない。黒い雷の内に捕らえた者達を冷たい視線で見据えながら、レフィルは空いた左手も彼らへと向けた。

「イオラ!!」

 茨の雷に縛り付けられた者達を見上げ、レフィルは止めとばかりに必殺の剣気に等しい裂帛の気合を込めて、破壊の呪文を唱えた。悪魔達の間に無数の光が走り、雷鳴よりも更に凄まじい轟音が光の数と同じだけ鳴り響き、魔神の怒号にも似た残虐な衝撃が何もかもを打ち砕いた。
「………。」
 イオラが巻き起こした爆発が砕いた敵の亡骸は、程なくして闇の残滓と化して一点を目指す流れとなっていく。そして、それらは中心へと降り注いでいき、立ち上る闇を更に深いものへと変えていく。渦巻く闇の中心で、レフィルは暗くなり続ける紫の瞳を宿した目を険しく細めつつ、物言わずに佇んでいた。


「嘘…。」

 捕食者達に喰らわれる運命にあったはずの友が、逆に彼らを倒してその力を取り込んでいる。その事実が示すものをムーは改めて実感していた。
「やっぱりこの力はあのときの…?いや、あのときよりも……!!」
 身の丈に合わぬはずの魔性の護剣を操り、上級呪文も扱えるまでに至ったかつてのレフィル自身の力だけではない。残忍なまでに高められた一つ一つの技の精細さ、空間さえも砕かんばかりの禍々しさを秘めた黒い雷、敵を倒す毎にどんどん濃くなり続ける闇のオーラ、そして溶岩も凍てつかせた魔王ですら封じ込めた極寒の冷気。それらは、かつて魔王との戦いの時に見た禁忌の力に他ならず、更なる領域にまで達している事さえも感じさせられた。
「…でも、何かが違う…?レフィル……」
 かつて自らすらも滅ぼしたそのときの様に、彼女は力に駆られるままに戦い続けている。だが、人の域を超えるまでに高まり続ける力とは逆に、表情は何かが抜け落ちた様な虚しさに曇っている。それを見て、ムーは今にも泣きそうな程の悲しみを覚えていた。


「まだ…残っているの?それだけやってもだめだって分かっているのでしょう?」

 まさに天を覆う夜の帳の如く来訪者達を囲んでいた悪魔達は、贄となるはずの少女が招いた破壊の力によって多くが死に至らしめられ、闇へと還っていった。生を留めている者達も、惨たらしく消えていく同胞達を前についに恐怖を覚え、凍りついたように動けずにいた。闇の残滓を吸い込み続ける渦の中心に立つ少女は、尚もこの場にあろうとする彼らを見上げながら、冷たくそう告げた。絶えず体に流れ込む闇の流れの中から黒い雷が何度も走り、悪魔達へと再び飛来する。
「……違う……、わたしは…こんな事をしたかった…んじゃない………」
 だが、それが彼らを貫く直前で、何かが千切れる音と共に黒雷は瞬時に消え去っていた。下を見ると、苦渋に顔を歪めながら少女が地面に片膝をついている。その手の内には、先程放たれたはずの黒い光が抑え込まれていた。
「もう……行きなさい…。手遅れに…ならな…い…うち……に…!」
 力ないままに魔王の手にかかりそうになり、闇の誓約によって与えられた力に今また流され続けていく。その様な自らの弱さに、醜さに、救いようのない自らの矮小さを改めて思い知らされる。
 だからこそ、この様な事はもう沢山だった。レフィルは自らの身さえ省みず、自らの手の中で暴れ狂う奔流を必死に押し留め続けた。
「…ぐ…ぅ……っ……」
 …が、それはもはや既に抑えきれる大きさではなく、程なくして彼女の体は押し寄せる闇の中へと飲み込まれてしまった。集まる闇の重みに耐えられずに体が軋みを上げ始め、今にもバラバラになってしまいそうな激痛が体を襲う。

「……!」

 もはや耐えきれずに瞳を閉じたそのとき、不意に重圧が消え去るのを感じた。

「……え?」

 全身の感覚が失われた様に、先の重苦の全てが嘘みたいに感じられなくなっていた。信じられないままに恐る恐る目を開けてみると、下の方から微かな光が入り込んできた。
「光の…玉が………」
 胸元を見下ろすと、太陽の様に白く丸い宝珠―光の玉が穏やかに輝いていた。その光を身に受け続ける中で心に残る虚無感が、穴が塞がる様にして消えていく。
「………闇が…消えて………。」
 そして、抑えつけんとしていた闇の力も手の内から失われていた。いつしか辺りに渦巻く闇の流れも、勢いを失って止水の様に穏やかなものとなり、その深みも徐々に薄れていくのが見えた。そして、恐怖に怯えて空に揺蕩う悪魔達は、穏やかな光を受けて心に安息を得たのかようやく体の動きを取り戻し、敵意など微塵も感じさせない様子で軽やかに舞いながら大空へと去っていった。

「レフィル…」

 レフィルを喰らおうとしていた闇も大魔王の使いたる悪魔達も全て去り、薄暗いはずの火山の奥底は光の玉が呼び起こした光によって明るく照らされている。輝きの中心にて放心した様に佇む少女の傍らへと、白い鳳が静かに舞い降りる。
「ムー…。」
 その背中から降り立ちながらゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる赤い髪の小さな親友の顔に、深い悲しみの様な表情が微かに映し出されている。
「ごめんね……。」
 表情の顕現が殆どない彼女の感情を知るまでの絆を築いてきたからこそ、それを見たレフィルもまた途方もない申し訳なさに苛まれ、力なくそう告げながらうつむくだけだった。
 
「あなたはあの闇から帰ってこれた。それだけで、十分……」
「ムー、わたしは……」

 そんな彼女へと身を預ける様にして抱きつきながら、ムーもまたどこかか細い声で応えていた。闇の力に呑まれてあの悲劇を再び引き起こしてしまうところであった―その自分を許してくれるのか。レフィルは困惑を隠せずに言葉に詰まった。
「大丈夫…その光があなたを守ってくれる。それに…私も……もう二度と…」
「ムー……」
 しかし、ムーもまた自らを責める様に弱々しく体を震わせていた。闇を振るったのはレフィルであるも、彼女をその破滅に追いやる事になったのは、究極の呪文によって最初の扉を開いた自分に間違いない。その事実は、今も尚ムーの心の奥底で暗く色づいていた。

「でも、あなたがいなければわたしは生きてはいなかった…。」
「レフィル……。」

 結局その力の使い方を誤って一度死に瀕するも、見守りし者達の数々の助けを受けて再び生を拾う事ができた。過ちを犯す事になったが、ムーの助けがなければあの場で命を落としていた。破滅を望んだレフィルとそれを呼んだムー。その悲しい運命を前に、彼女達は互いに複雑な思いを抱いていた。

「行きましょう。さぁ、もう目の前に……。」

 歪みから噴き出す闇は既に消え、炎が渦巻く先に不思議な空間が続いているのが見える。父が最期を遂げたとされる大地にある不思議な光景。その謎の目の前に、ついにレフィル達は辿りついた。


「でも……この力は…今も…?」

 目指すべき場を前にした一方で、レフィルは闇の招来によって自らに起こった違和感を今も感じていた。旅を終えるまでの全ての力が体の中へと蘇っている。そして光の玉によって浄化されて尚、取り込んだ闇の手の者達から得た力もまた、レフィルの一部となっていた。

―今でこそ形を潜ませておるが、その力が成す事とて、所詮は怨嗟の果てにある滅亡しか招く事はない。

「わたしは、まだ闇に捕われて……?」
 そのためか、今でさえかつて魔王との戦いに臨んだそのときよりも強い力が自らの体に宿っているのを感じていた。魔王バラモスが忠告の様にかつて告げたのはこの事なのか。そして、その正体を知っている彼は何者なのか。レフィルの脳裏をそんな事がかすめていた。