灼熱の門 第七話



 ネクロゴンド最初の門―その大きな火口によって侵入者を阻む死の火山の中に、二つの影がその大きな翼を広げ、円を描く様にして旋回しながら溶岩の海を目指してゆっくりと下降していた。

「熱い……」

 白い鳳・ラーミアの背に掴まる少女の顔が、地の底から湧き上がる熱気にあてられて赤く色づき、うっすらと汗が滲み始める。
『レフィル、平気?』
 共に空を舞うもう一つの存在、金色の竜がその身を案じて首をこちらへと向けてくる。
「ムー…ありがとう、大丈夫。あなたのお陰よ。」
 灼熱の呵責がこの身を襲うも、燃え尽きる事なくこの場にある。それは、ムーが先に施してくれた二つの守りの呪文―フバーハとトラマナの力の賜物だった。それでも、大地からの干渉と焼き焦がすまでの火山の熱気を完全に遮る事は叶わず、長く平和の中で過ごして弱くなったレフィルの体力を確実に削り続けていた。
『あの中からさっきみたいに魔物が飛び出してきたらあぶない。まずは降り立つ場所を探した方がいいと思う。』
 溶岩の上に佇む歪みに色づく闇は、ギアガで見たそれと同質のものであると一目見て感じる事ができた。そこでは多くの魔物達が呼び寄せられて守護者達を殺め、或いは深淵へと引きずり込んでいた。今もまた同じ事が起きようとしているのであれば、如何に竜と化したムーと言えども危険が大き過ぎる。そして、戦う力も持たないレフィルを守っているラーミアも…。

「ここにも…魔物が……。」

 どこからともなく響き渡る、けたたましいまでの奇声が耳を劈く。
「あれは……」
 鋭いくちばしを持つ禿鷹の如き頭と、黒い羽毛に覆われて翼を生やした脊。そのくせ、体の内は蛇の如き鱗に覆われている。
『……トリ肉とはちょっと違う。』
「…あの翼は…キメラの翼……?」
 キメラ―冒険者達の間で重宝されるその翼は、レフィルにとっても馴染み深いものであった。だが、この地上で目にする事は珍しく、長きにわたる旅路の中でもその姿を見る事はなかった。

『下がっていて。』

 それ故に、その獰猛さと恐るべき力はあまり知られていなかった。初めて見るキメラの力を測りかねて中途半端に身構える事しかできないレフィル達に、ムーはその場から離れる様に指示していた。
「ムー!」
 そしてそのまま、下より迫りくる怪鳥の群れへと突進した。巨体を生かした突撃によって与えられた衝撃で受けたダメージによってキメラ達はバランスを崩して、その多くが煮えたぎる溶岩の海に向かって墜ちていった。
『問題外。』
 魔物の中でも強力な部類に入るキメラ―しかもその大群でさえも、金色の竜の敵ではなかった。怒り狂った様にこちらに向かってくる残ったキメラの群れにそう告げつつ、ムーは大きくあけた口から灼熱の炎を吐きだした。竜の紅蓮の吐息が火の山に住まう怪鳥達を容易く呑み込み、次々と火だるまと化した。なまじ灼熱の地に抗う力を持つが故に一瞬で灰塵と化すさえも許されずに、キメラ達は流星の様に燃え盛りながら断末魔の悲鳴を上げ続けた。

『!』

 しかし、それで終わりではなかった。
「…こっちにも来る!」
 金の竜が威を振るって尚も、魔物達が引き下がる事はなかった。人の子の匂いが微かに残れどあまりに力の強すぎる竜から、力失った少女を背に乗せた白い鳳へとその矛先が変わる。
「うわ…っ!!」
 一斉に襲いかかるキメラの群れに、ラーミアは必死に体をよじらせつつ応戦するも、幾度も嘴をその身に突き刺され、苦しそうな悲鳴を上げながら身をよじらせた。
「あっ…!!」
 そして、余りに激しく揺れ動くラーミアの背中にしがみつき続けていたレフィルの手が遂に離れた。

「きゃああああっ!!!」

 支えを失い体が宙に投げ出されていく。恐怖に駆られて悲鳴を上げながら、レフィルはそのまま下に引き寄せられる様にして灼熱の底へと落ちていった。
『レフィル!!』
 行く手を阻むキメラの群れを強引に突破しつつ、ムーはすぐに急降下してレフィルの下へ急いだ。しかし、既に彼女は遥か下にまで落ちて、もはや追いつく事は叶わなかった。

「…ぁ…っ!!うう…っ!!」
『!』

 だが、運が良かったのか、火山の内壁からせり出した岩場がレフィルの体を受け止めた。
「…く……助かった…の…?」
 遥か高くからの落下による余りの衝撃に全身が砕かれた様な感覚がしたが、大地からの干渉を抑えるトラマナの呪文の助けもあって何事もなく立ち上がる事ができた。見下ろす先には溶岩がすぐ近くで煮えたぎり、砕けた岩を瞬く間に溶融して己が中に呑み込んでいる。或いは自身がそうなってしまってもおかしくはない。そう思うとこの熱気とはまるで逆に、背筋が凍る思いさえもした。
『レフィル…大丈夫?』
 辛うじて命を拾ったところで、金色の竜が近くまで降りてくる。後ろから迫る怪鳥を尻尾で叩き落としつつ、その顔を寄せて顔を覗き込んで、心配そうに見つめていた。
「う…うん。でも……」
 よろよろと危なっかしい足取りで立ち上がって友に応えながら、レフィルは辺りに漂う何かに違和感を感じていた。
「この匂い…何だろう…、…う…っ!!」
『!』
 だが、その正体に満足に気づく間もなく、急に体を異変が襲った。
「…か……はっ!こ…ここは…っ!?」
―息が…できな…い…!…まさか…毒気…っ!!
 原因を知った時には既に遅く、吸気から体内を蝕まれていた。大地を流れる命脈から流れる全てが恵みとなるものばかりではない。火山にある岩の隙間から噴き出す見えざる毒は、深淵まで迷い込んだ数々の冒険者の命を奪ってきた。レフィルもまた急激に血の色を失わせて、青ざめた顔で何度も痙攣を起こして危うい状態にあった。
『キアリー』
 レフィルもまた窒息死してしまうと思ったそのとき、竜が言霊を口ずさみ、その力を与えた。毒の穢れによって命を支える能を失った体を清流の如き流れが突き抜けて、害するものを残らず洗い流す。
「…は…っ!…あ…ありがとう…!」
 その解毒の呪文・キアリーによって、またも命の危機を逃れる事ができた。呼吸を止められていた体が貪る様に求める空気に満ちる毒気も消え失せていた。再び命を救ってくれた友へと絶え絶えの息で礼を告げながら、レフィルはそちらへと振り返った…

『あ……』
「…!ムー!?」

 だが、そこにいた金色の竜の姿は最後に零した呻きと共に迸った眩い光が瞬くと共に消え去っていた。
「……流石によっつ同時に操るのは無理があったみたい。」
 そこには、緑を基調とした魔法使いの衣に身を包んだ赤髪の少女が代わりにその姿を現していた。如何に魔力を自在に操ろうとも、人の器しか持たないムーにも限界があった。灼熱の中で燃え尽きぬための守りのフバーハとトラマナ、辺りの毒を全て消し去るまでに増幅された浄化のキアリー、そして大いなる力をその身に纏う竜化のドラゴラム。一瞬でも、この四つの呪文を一度に御した事こそ奇跡と言えた。灼熱の地で守護を手放すわけにはいかず、浄化をしなければレフィルは生きていなかった。そうなると、残る竜化の力を捨てるより他はなかった。
「私は大丈夫。それよりラーミアは?」
 ドラゴラムが解けて尚も、ムーは疲れ一つ見せずにその場に立っていた。そして、ふらふらと立ち上がろうとするレフィルに手を差しのべながら、ラーミアがいるであろう上を見上げていた。
「…!」
 それに倣う様にして意識を上に向けると、劈く様な悲鳴がレフィルの耳に届いた。

「ラーミア!!」

 上空で、七色の鳳が黒い怪鳥の群れに寄ってたかって襲われている。神にも近しい程の力を秘めた伝説の不死鳥であっても、未だ幼い雛と変わりないラーミアには、この呵責から逃れる術はなかった。
「――っ!!!」
 絶望の淵に落ちた時にその存在を以って呼び戻してくれた光とも思える者、そして、平穏の日を共に過ごしてきた我が子の様な存在。その白い体が幾度も傷つけられる様を見て、レフィルの体の中を一瞬何かが突き抜けた。
「離れなさいっ!!」
 次の瞬間、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴ると共に蒼い軌跡が描かれる。同時に、この灼熱の中に全てを凍り付かせんばかりの一筋の冷風が通り過ぎた。
「………。」
 紫の瞳が大切な者を傷つけた敵へと向けられ、いつしか左手に握られていた魔剣もまた冷たい輝きを刀身に宿している。そして、それを中心として吹き荒れる吹雪が黒雲となって、内に幾度も閃光が爆ぜた。

「ライ…デインッ!!」

 刹那にして一瞬の怒りに任せて、力ある言の葉が告げられる。雷雲に宿る力が吹雪の剣の切っ先に集い、黒い稲妻を迸らせる。雷が巻き起こす暴風は己を生みだした黒雲をも一瞬で霧散させ、解き放たれた瞬間に雷鳴が轟き、紫の雷がキメラの群れを残らず貫いた。
「…だめっ!!その力は今のあなたじゃ…!!」
 だがその直後、警鐘を鳴らす様にムーが叫ぶ。

「…っ……ぁ…!!」
「レフィル!!」

 次の瞬間、レフィルが呪文に込めた力が急に千切れ飛び、全身に雷が走った様な激痛が体を襲った。剣を握る左手の重みに引かれる様にして、そのまま地に膝を屈していた。竜の女王の城で闇の手の者に襲われた折にも受けてしまった呪文の反動で、体に力が入らなくなっていた。
「よか…った…無事…だ…った……、く…」
 それでも、自らをも傷つける今の捨て身の攻撃が功を奏し、ラーミアはキメラの群れから解放された。傷ついてよろめきながらも、苦しげに呻くレフィルの傍らへと降り立って身を寄せている。

「まだ…!」
「!?」

 しかし、安堵するのも束の間、ムーが短く注意を促すと共に溶岩が急に天高く巻き上げられ、レフィル達へと雨の如く降り注いだ。
「スクルト!!」
 咄嗟に唱えられた呪文によって、降りかかる炎は辛うじてレフィル達の前でその勢いを逸らされた。
「あ…あれは…!!」
 だが、見上げた先には溶岩の中から現れた更なる敵の姿があった。

「サラマンダー…。」

 サラマンダー―翼なくして空を舞う龍の眷属の中でも、特に強い力を有する最強の魔物の一種。その灼熱の息吹は骨すら残さないと言われる。その紫の鱗に覆われた龍の力を、ムーは一目で見抜いた。
「…あの中からも…!」
「……遅かった。」
 次いであの歪みの中の闇が一気に膨れ上がり、その中から多くの闇の手の者達がこちらへと迫ってくるのが見えた。悪魔そのものを思わせる風貌の魔物がその翼をはためかせて確実に距離を詰めてくる。
「どうすれば…」
 上からは最強の龍・サラマンダー、下からは守人達をも屠った闇からの使者達。レフィルの翼となってくれているラーミアは傷つき、逃げおおせる事すらも許されていない。
「休んでいて。ここは私が戦うから。」
「……。」
 ラーミアにもレフィルにも、この魔物の群れと戦うだけの力は残されていない。彼女達を助ける事ができるのは自分だけである以上、如何に無謀な戦いと言えども退く事はできない。自分のためなどに命を掛けようと無数の敵と向き合うムーに、レフィルは何も言う事さえもできなかった。
「理の欠片たる矮小なる物、集いて融け合い、齎されるは根源の光」
 迫り来る魔物に臆しも猛りもせずに、ムーはその双眸に冷たい光を宿しながら、呪文を唱え始めた。

「イオナズン!」

 眩い光が一閃すると共に、群がる悪魔達の中で大爆発が巻き起こり、火山の中に暴風が吹き荒れた。その中心にいた者は太陽の如き熱気に焼かれた後に爆発によって体を砕かれ、それを避けた者達も膨れ上がる大気に弾き飛ばされて、溶岩の海に落ちて燃え尽きた。

「…む。」

 だが、全てを滅ぼさんとする爆発の中から一つの巨大な影が上空へと突き抜けた。空に舞い戻った紫の火龍・サラマンダーはその身を傷つけられた事によって怒り狂い、下から見返してくる小さな魔女へと怒号を上げた。

「危ない、ムー!!」
「…!」

 気づいた時には龍の顎門は既にムーを捉えていた。巨大な牙が上下より迫り、立っている大地ごと噛み砕く。
「……しつこい!!」
 しかし、友が発した警鐘によって、ムーは直前で地を蹴ってかわしていた。天を舞う竜を思わせる程に空高く跳び上がりながら、理力の杖を頭上に運び、思い切り振り回し始めた。戦鎚の様な無骨な魔杖が旋回され続けて風を切り、唸りを上げ始める。
「バイキルト!」
 そして、サラマンダーの眼前へと降下したその時、ムーは自らに更なる力を与えながら、荒々しく振るっていた理力の杖を脳天に打ち下ろした。落下の衝撃と理力の杖の性能、そして、父にも等しい大切な者から盗み取った秘技―魔女に似付かぬ豪快な必殺の一撃。これほどまでに重ね合わされた力を前に、火の龍は成す術もなくねじ伏せられ、そのまま火山の底へと叩き落された。

「…手応えがない。」
「そんな……。」

 だが、それは致命の一撃とはならなかった。ムーが残念さを微かに声色に乗せて呟いた事に、レフィルは落胆を隠せなかった。魔力と膂力、文字通りの全力で放った攻撃も、狙うべきところに当たらなければ真意を発揮できない。程なくして、再び溶岩の中からサラマンダーの姿が現れる。動きを鈍らせながらも、やはり死には至っておらず、尚もレフィル達に牙を剥かんとしている。

「く…!こんな…ときに……!!」

 更に悪い事に、歪みの中からは再び闇が沸き立ち、また多くの魔物を招来していた。
「ふりだし…」
 程なくして、この場は再び闇の者達の気配に満ちた。先程撃滅した者達も、所詮は斥候の域を出ないという事か、更なる数の魔物達がレフィルとムーを取り囲まんとしていた。

「…早く、逃げて。このままだと、二人とも…」

 倒しても倒しても何度でも現れる魔物達を前に、もはやこの場を切り抜ける術はない。せめて友だけでもと庇う様に前に出ながら、ムーはレフィルへとそう告げた。ムー自身に残された力ももはや殆どなく、この中でレフィルを守りぬく自信はなかった。
「逃げる…?……ここで逃げられても……もう戻るところなんか……。」
 だが、レフィルは決して後ろに退こうとしなかった。
「レ…レフィル!?」
 それどころか、吹雪の剣を手に前へと歩み、岩場の淵にまで足を進めていた。

「ま…まさか……死ぬ気…!?」

 一体何を考えているのか、まるで自ら炎と魔物の群れの中に身を投じようとしているかの様なレフィルの姿を見て、ムーは怯えにも似た驚きの感情を露にした。
「死に…たくない……。でも……あそこに辿りつかなきゃ…どのみち……」
 帰るべき場所を失くし、それを奪った者に―今立ち塞がる者達に抗う力さえもない。多くの物を失い過ぎて生き長らえる事もまた苦痛でしかなく、生きる喜びも感じられない。紫の双眸からは希望の光は失われ、底知れぬ闇に覆われていた。

「レフィル!!」

 既に闇の使徒も火の龍も、レフィルの命を喰らおうとすぐそこにまで来ている。もはやその勢いを止める事はムーでも不可能だった。
「…どうして、簡単に命を捨てられるの……?あなたもホレスも…どうしてわたしなんかに……。」
「……?」
 迫りくる魔物を前にしても、レフィルは心一つ動かない様に、絶望に満ちた表情を変えずに弱々しく言葉を零し始めた。
「……わたしも…あなた達に甘えてばかり……。また…あのときの様になるまで…戦おうというの…?」
 魔王へと立ち向かう最後の旅路の前に訪れたひとときの休息の最初に吐露した不安―自分の勇者という役目に二人を巻き込んで、不幸に引きずりこんでしまう事は実際に的中してしまった。確かに彼らはそれを承知の上、自らの意思でレフィルを助けんと動いた。だが、守られているレフィルもまた二人の身を案じ、傷つく姿を目にする度に胸が苦しくなっていた。そして、バラモスによって彼らが倒された時、レフィルの心は嘆きと絶望によって砕け散った。

「でも、それももう終わり…。」

 守られてばかりでただ後ろに引き続けていれば、また同じ思いをする事になる。この場から逃げたとしても、今度は別の誰かが犠牲になる。これもまた、レフィルが心の奥底で抱いていたアリアハンへ帰れぬ理由の一つであった。
「行く道は目の前に…あるんだ……。あと…少しなのに……」
 闇が立ち込めている中に見える空間の歪み、目指すところは既に間近にあった。だが、行く道を闇の手の者達によって阻まれて、これ以上先に進む事はできない。

「……あとすこ……し……」

 火山の毒気と熱気に苛まれて弱っているのかレフィルの声は微かに震え、今にも消え入りそうであった。しかし、その顔からは感情というものが完全に消え失せていた。瞳から消えた光と同じ様に…。

「レフィル!!」

 本来持ち得ていた生への渇望さえも失った様に、逃げる真似事さえもしようとしないレフィルの目の前に、火の龍が雄叫びと共にその巨躯を現した。その口腔には既に灼熱の炎が今にもレフィル達を焼き尽くさんと暴れ狂っている。それを浴びてしまえば、いかにフバーハで守られていようと生きてはいられないだろう。
「…これが…最後かもしれない…。だったら……」
 もう間近に最期の刻が迫ってきているにも関わらず、レフィルは未だ動かなかった。


―下らない想い…?本当に下らないのは…なに?
―わたしはただ…こんな運命から解放されたかった…。そのために、今まで色んなものを捨ててきた…。
―あなたが…奪った…。あなたがわたしの…全てを奪った!!!
―あなたさえいなければ…こんな事にはならなかったのに!!!

―破滅を望む?そのようにさせたのはだれ?わたしはただ、幸せになりたかっただけなのに…。
―でも、それももうおしまい。あなた達の中でわたしが生きていけないのなら、全部なくしちゃえばいいだけの事でしょう?

―わたしの全ての破滅は、そもそもあなたが招いた事、なのに…どうしてその程度…っ!!
―父さんも…守りたい人も、わたし自身でさえも…みんなあなたが壊した!!
―あなたが死んでも…わたしはあなたを許さない…だから…!!
―もっともっと…苦しみなさい!!!あなたさえ…あなたさえいなければ…わたしは…っ!!!



―みんなほろんでしまえばいい。わたしといっしょになにもかも…。



 希望と共に、多くの大切なものが心から剥がれ落ちていく。その殻が失われると共に記憶が洪水の様に吹き出し、内に封じ込めていた怒りと憎悪の言葉が再び表に出ようとしている。
「……れ…レフィ…ル……?」
 尚も静かに佇んでいるレフィルから、極冷の風を思わせるおぞましい雰囲気を感じ、ムーは思わず立ち竦んでいた。


―愚かな…、己が闇に呑まれているに過ぎないと、何故分からぬ…!


「………。」
 一度闇に落ちた時に、皮肉にも世界に恐れられた魔物の王に告げられた戒告の言葉が蘇る。だが、レフィルは死人の様に何も映さぬ表情を崩さず、ただ左手の吹雪の剣を天頂へと向けた。

「アス…トロ…ン…!!」

 そして、今自分が望む力の名を、掠れる声でありながらも明確に唱えていた。