エピローグ


「……。」

 積み上げられた石の壁に空けられた窓の様な隙間から、暖かな日の光と風が中へと入り込んでくる。
「カンダタの…部屋…」
 ムーはいつの間にか、この部屋の中に置かれているベッドの中に横たわっていた。

「帰って、きた…。」

 本来の主のために大きく作られたベッドの内から飛び出しながら、彼女はゆっくりと日なたの方へと歩き出した。バルコニーの様に外に突き出た足場の先に、大草原が広がっている。重い瞼を持ち上げながら見回す先にある景色には間違いなく見覚えがあった。

「おっ、ムーっ!!こんなところにいたのか!!」

 ふと、扉が勢いよく開け放たれると共に、聞き覚えのある声が自分に向けられるのを感じた。

「魔王バラモスが倒されたって話があってよ!!何でもそれを祝って城で宴をやるってよ!!」
「うたげ?」

 まくし立てる様に語られる男の―カンダタの子分の言葉の一端を拾い上げて、ムーは微かに目の色を変えていた。変わらぬ無表情を湛えるその顔に何かが膨れ上がり始め、妙に輝いて見えた。
「お前も来いよ!今なら美味いモンたっぷり食い放題だろうぜ!!」
 その誘いを断る理由など、今のムーには毛頭なかった。おそらく、今はもういないカンダタも、自分がそうある事を望んでいるだろう。彼女は実に嬉しそうに小さく飛び上がると、すぐに部屋から駆け足で出て行った。




「…また、帰ってくる事になろうとはな。」


 切り裂くような冷たい風をその身に受けながら歩き続けた果てに、懐かしい光景が目に入ってくる。

「あ!ホレス兄、お帰りっ!!」
「…ポポタか。元気そうだな。」

 話す言葉も記憶もなかった幼い自分を育んだもう一つの故郷―ムオルの村。ホレスはその外で佇んでいた少年が出迎えてくる様子を静かに見守っていた。鍛錬の途中だったのか、頭には角つきの兜をかぶり、手には鋼鉄の剣が握られている。
「お姉ちゃんは?一緒じゃないの?」
「いや、もう別れたな。」
 ただ一人帰ってきた事にポポタが疑問に思った事を受けて、ホレスもまた改めてこの事実がもたらす違和感を感じていた。
 
―やれやれ…、こんな気分は初めてだな。

 悠久には程遠くとも、長きに渡って放浪の旅を続けてきたホレスにも、数々の出会いと別れを繰り返してきた。だが、親友とも呼べる二人の少女との別れは、枯れの想像を超える変化を、喪失感をもたらしている。それを思い返しながら、彼は小さく嘆息した。
「そう…。じゃあ、魔王を倒したって話は本当なんだ。」
 勇者達の手によって魔王は討たれた。その報せは既に、この辺境の村にまで届いていたらしい。それは、いかに大きな事が成されたかを物語っているとも言えるだろうか。

「スゴいなぁ…、流石はポカパマズさんの子供だよね。」

 この少年―ポポタもまた、オルテガことポカパマズとその娘であるレフィルのもつ、”勇者”たるものに憧れていた。魔王を討つという最高の名誉に対する思いからか、彼は自分の事の様に嬉しそうに語っていた。

「終わったのか、ホレス。」
「グレイか…」

 いつしか白髪を伸ばした精悍な顔つきの男、記憶も定かでない頃に父を亡くしてみなしごとなった自分を引き取り育てた師―グレイが村の入り口に立っていた。
 
「まぁ、しばらくはゆっくりしていけぃ。お前の無茶話でも肴に酌み交わそうではないか。」
「やれやれ…、あんたの酒好きも相変わらずだな。」

 まだホレスには旅を終わらせるつもりはない。だが、不思議な導きの悪戯とはいえ、この村に再び訪れた以上はここで一つ休むのも悪くはない。不精なる里親に呆れた様に首を振りながら、彼は故郷へと足を踏み入れた。



 そして………





「ん…んん……」

 流れに身を委ねた終わりに、レフィルは草むらに横たわっていた。だが、全ての力を出し尽くした代償からか、体は鉛の様に重く全く動く事ができない。

ピキキー

「…あ……。」
 程なくして、彼女は朦朧とした意識の中で、聞きなれた鈴の様な音を耳にした様な気がした。
―スライムだ…
 ぼやける視界の片隅に、青色の影が現れるのが見える。それは、平穏に満ちたアリアハンの国だからこそ棲める、か弱き魔物の姿だった。

―ようやく…帰ってこれたのね…。

 もう既に立ち上がる力は残されていない。だが、暖かな風と穏やかなる故郷の中へと身を委ねる事をようやく許された。レフィルは戦いにより汚れた顔に満ち足りた表情を浮かべながら、静かに意識を手放した。






〜DragonQuestIII 求めし道〜




To be Continued.