地上の終焉 第六話


〜魔王バラモスの城 魔殿〜

 数多くの勇者達が遂に至った、倒すべき敵の御許たる魔性の神殿。度も繰り返された力の応酬の末に、無残に散らされた瓦礫の一部へと彼らもまた還ろうとしていた。打ち崩されて尚も荘厳に佇むのは、金色の竜が捧げられた祭壇のみ。だが、その凄惨な姿こそが、人に仇なす魔王たる存在を象徴するものに相応しいものとも言えようか。


『…おぉ……』

 その中で、ただ一人立つ人の子の少女の闇の内より出でし光を受けて、魔王バラモスは魅せられた様にそう零していた。
『体が……』
 それは、バラモスの体を照らすなり、刻まれた傷を癒している。

―さすれば…あやつらは……

 この暖かな光は元よりバラモスへと手向けられたものではない。彼は少女が呼び起こした力が真に向かうその先を見やった。


「……?…あ……?」
「セレスっ!!」

 魔王が起こした暴風に巻き込まれた皆を守るべく、ただ一人でバラモスへと挑みかかり、その炎によって身を焼かれた青年―勇者セレスは、自らを照らす光の内で目を覚ました。
「俺…生きて…んのか…?ニル…?」
 自分の死を拒み続けた果てに訪れた奇跡を前に感極まって泣きじゃくる少女を抱き締めながら、彼は完全に癒えた体と辺りを覆う光を交互に呆然と見やり、首を傾げていた。


「…メリッサちゃん!」
「…う…ん……、ああ、マリウス…。」

 穏やかに吹きつける風と共に感じられる、良く知った男の呼びかけの中で、赤い髪の魔女は意識を取り戻した。目覚めたばかりであるにも関わらず体は軽く、傷の痛みも全て消え去っていた。
「はっは……、つくづく面白い力に…助けられてるもの…で。」
 遠くに見える竜鱗の鎧を纏った少女は、今も尚もこの癒しの力を使い続けている。いつの間にかその様なものを扱い始めた彼女を見て、ニージスは興味深そうにそう呟いた。


「…傷が……」
「痛く…なくなった……。」

 突如として呼び起こされた光は、この場の全ての者達へと降り注ぎ、死に瀕した者達をもその傷を完全に治していた。

「あの子が…、この力を…?」
「すごい……。」

 生きる力を再び与えられて次々と立ち上がりながら、彼らは星空の如き霊光を上げ続ける少女を見た。


「…レフィル……。」

 そのかたわらに、いつしか銀色の髪の青年が歩み寄っている。
「ホレス…。」
 少女を守り続けて倒れた彼もまた、完全に蘇っていた。その身を挺して、道を見い出す助けとなったホレスを見て、レフィルは小さく顔を背けていた。

「…これを、望んでいたのかな。わたしは……」

 癒しをもたらす光とそれを湛える闇を纏いながら、レフィルは彼にそう尋ねた。
「まだ…何もわからない。でも…」
 闇に身を委ねたいのか、光に照らされたいのか…彼女自身が本当に何を望んでいるのかはまだ分からない。

「ああ…これで、いい。」

 それでも、皆を…そして大切な友を救う大きな力となっているのは間違いない。ホレスは確かな頷きと共にレフィルへとそう告げていた。


『癒しの力、その奥義か…』


 天地の奇跡 ベホマズン

 最上位に位置する呪文の中でも特に扱いが難しいものの一つ。
 その力は、回復の最上級呪文であるベホマを上回り、ただ一度の詠唱で傷ついた仲間達全てを癒す事ができる。
 資質を有するものでも、莫大な魔力とそれを御する技量がなければ、使いこなすのは至難の業。


『一体…どこから斯様な呪文を用いるだけの力を…』

 習得に至っても手に余る程の負荷を詠唱者に強いる、究極の回復呪文―ベホマズンの存在は広く知れ渡っている。レフィルにその様なものを扱うに至らせたものを解する事ができず、バラモスはその疑念に小さく唸りを上げている。

「…何だろう。わたしは…あのとき、闇に墜ちて呑み込まれそうになった…」

 それに応える様に、レフィルは絶望に打ちひしがれながら沈み続けていた先程の事を振り返った。ともすれば、彼女はそのまま闇の内に融けて消えていた事だろう。

「でも、その中で…確かに光を見た。きっと…そのときに…」

 しかし、彼女の目覚めを望む者達の存在が、その消滅を引き止めた。彼らへの思いが一抹の灯となり、彼女を照らし続ける。僅かな光であれ、自らの意思で消さぬ限りは如何なる闇の内であれ彼女自身を自認させる。言葉の形にさえできないものであれ、あの中で大切なものを理解した様な気がする。それがこの奇跡を呼び起こしていると信じられる…そう感じさせられた。

『内なる闇を抑え、その力を御したとでもいうのか…。』

 レフィルの体を包む霊光から、皆の希望と変えているその根本にあるものはやはり本来御しえぬ闇の力である事をバラモスはすぐに悟った。それだけに、彼の内に巻き起こる疑念は大きかった。

『だが、幾度蘇ろうともそなたが死すればそれだけの事だろう!!』

シュゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 しかし、すぐにそれを払拭しつつ、バラモスはその口より灼熱の業火をレフィルへ向けて吐き出した。
「レフィル!!」
 人の身でそれを受けて生を許される者はいない、そんな圧倒的な熱量が込められた焦熱の息吹が瞬く間にレフィルを呑み込む…

「…わたしは…大丈夫…!」

 だが、その内にあっても彼女は燃え尽きる事なくその場に佇んでいた。竜の鎧が彼女に襲い来る炎を遮ってその身を守り、自らが放つ癒しの力が、業火によって傷ついた体をすぐに治している。

「だから…っ!みんな、今の内に…バラモスを…っ!!」

 そうして魔王の炎を耐え凌ぎながら、レフィルはこの場の皆に対してそう叫んだ。


「レフィルちゃん…」
「…なんと……」

 自分達が守りたいと願った勇者の宿命を背負わされた少女が、彼女自身の戦い方で抗おうとしている。皆の傷を己の限界を超えた力を以って癒し、魔王バラモスと正面と対峙しているのを見て、マリウス達は驚きを感じ得なかった。


「これは…願ってもない好機だ!!死ね…っ!!バラモス!!」


「!!」
 レフィルの呼び声に真っ先に呼応したのは、自らを想い殉じた者達がために復讐者と化した少年―勇者アギスであった。彼もまた、ベホマズンの癒しを受けて力を取り戻し、落とした剣を拾ってバラモスに向けて疾駆していた。
「お…おい!ボウズ!?」
「さっきから無茶するわね…あの子。」
 その戦い方を見てきて得た印象に違わず、彼は死に急ぐ様に皆に先駆けて先鋒を担ってバラモスに踊りかかっている。

「俺達も行くぞ!!」

 だが、今ではその無謀が逆に皆の勇気を奮い立たせていく。彼がもたらした勢いに任せるままに、マリウスもまた彼の後を追って、破壊の剣を振り上げながらそう叫んだ。

「アブスロート・スクアル・ニール・セロン…」

 アギスとマリウスがバラモスへと刃を振り下ろそうとするのを見て、メリッサもまたそれに一矢報いんと最上級の呪文の詠唱を始めた。

ズガァッ!!

「…っ!!…ぇえい!!」
「…やっ…ろう…っ!!」

 程なくして、魔王が振るう拳が剣を向ける二人の人間を一撃で打ち払い、後ろへと吹き飛ばしていた。そのまま一気に彼らを仕留めんと追いすがる。

「ふむ…ヒャダルコ!!」
「神の力を受けなさい!!バギマァアアッ!!」

『…ぬっ!!』
 それを遮る様に緑衣の老人ジダンと熱意の宣教師オードが、それぞれの上級呪文を以ってバラモスの行く手を阻んだ。

『甘いわっ!!』

 しかし、魔の王たる者にはさしたる抵抗ともならず、その巨躯を持ってそのまま弾かれていた。

「…ラング・イノネニ・デリク・フォルト…」
『!』

 が、そのとき、メリッサが唱え上げる詠唱の韻を遠くに聞き、バラモスは目を見開いていた。

「マヒャド!!」

ゴォオオオオオオオオオオオオッ!!

 メリッサがその手のひらを前にかざすと同時に、呪文の力を宿した光の円が彼女の正面に現れ、そこから幾千とも見紛う程の巨大な氷の矢が、吹雪の如く吹き荒れた。

『小癪な!!』

 それをバラモスは、右手に起こした恒星の如き巨大な火球を以って迎え撃つ。メリッサの氷とバラモスの炎は互いに喰らい合い、やがて大きな爆発を断末魔として虚空へと消え去った。

「おらぁあああああああっ!!」
「バイキルト!!」

 だが、同時にバラモスの背後から、巨躯を以って大剣を振るう青年―セレスが、少女の呪文の力と共に斬りかかってきた。

ズンッ!!

『…ぬ…ぐっ!!』

 大振りな刃が骨を砕き、その重みのままに肉を斬り裂く激痛に、バラモスは思わず呻き声を上げていた。
「いいぞ!!効いている!!俺達も続け!!」
 それを見たマリウスは、すぐさま近くの者達にそう呼びかけながら、破壊の剣でバラモスに斬りつけた。アギスもまたそれに応じて、魔王の心臓を狙い済まして切っ先を突き出す。
「そのまま…死んどけぇええええええっ!!」
 そして、セレスは地面にめり込んだ大剣を再び持ち上げて、その勢いのままにバラモスを薙ぎ払った。

『ぬぅうううう…っ!!かぁあああああああっ!!』
「「「!!」」」

 しかし、バラモスは三人の剣士の攻撃を同時に受け切り、力任せに押し返した。

『打ち砕いてくれる!!』

 そして、彼らへと力に任せるままに襲い掛かった。

「スクルト!!」
『!』

 だが、そのとき誰かが三人へと守りの呪文を唱えた。

ガシャアアアアアアアアンッ!!!

「ぐぁああああっ!!」
「…うぐぁっ!!」

 魔王の拳はスクルトの呪文によって張られた結界を打ち砕き、そのままマリウス達を吹き飛ばした。それによって威力を弱められ、致命傷に至る事はなかった。
『味な真似を…』
 あくまで抗おうとする人間達を見て、バラモスは忌々しげにそう呟いた。

『なれば…再びまとめて塵と化すがよい!!」

 しかし、今の攻防で決定的にこちらに攻勢が回ってきた。バラモスは再び三つの暴虐なる光をこの場へと呼び寄せた。

「ま…ずいっ!!また…イオナズンを…!!」


ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!


 誰かが止める間もなく、三つのイオナズンの爆発が巻き起こり、魔王に手向かう者達を残らずその光の奔流の内に飲み込んだ。


「…が…はっ!!…うぬ…っ!!」
「…か…カリュー…っ!」

 吹き荒れて、全てを押し潰さんとする暴風の中で、人の子達はなすすべもなく翻弄されて、再び地面へと伏していた。
「…!…また…体が……」
 だが、今度はそれによって地獄の如き苦しみを味わう事はなかった。負わされた傷は、流れ込む力によって痛みもろとも消え失せている。

「レフィルちゃん…、レフィルちゃんが…力をくれとんやね……」

 自らが負った苦痛を瞬く間に消え去るのをその身で感じながら、カリューは遠くで力を与え続けている者―どこまでも気弱ながら、純真で心優しい少女の姿を、感慨深く見守っていた。

「ホレスぅ!!バラモスはわてらが押さえとる!!その間にムーちゃんを!!」

 そして、彼女を守る様にしてそばにいるホレスに向けて、カリューは胸を張りながらそう叫んだ。

「…すまない、恩に着る!!レフィルを頼む!!」
 
 広く世界を旅した中で出会った多くの者が、レフィルを思ってくれている。その情に感謝しながら、ホレスもまた立ち上がった。
「わたしは…大丈夫、それより…」
「大丈夫だ、あいつはオレが必ず…!!」
 闇と光が交わり合った星空の如き霊光を纏うレフィルが不安そうに見つめてくるのに対してそう応えながら、彼は祭壇に向けて走った。

『…ふん、無駄な事を…。』
「……っ!!」

 だが、石段へと差しかかろうとしたそのとき、魔王自らがその行く手を阻んだ。
「…邪魔だ…っ!!」
 例えどれだけの力があろうとも、人の身でバラモスを相手に一人で打ち勝つ事はできない。

「なめんなぁあああああっ!!」
「ルカニ!!」

ズガァアアアアアアアアッ!!

 そのとき、バラモスの側面から、サマンオサの女神官レンが施す補助呪文と共に、カリューが巨大な戦鎚をその体に力任せに打ち下ろした。

「今やっ!!」

 その一撃で魔王が怯んでいるのを見て、彼女がそう叫ぶと共に、ホレスは星降る腕輪の力を借りて石段まで瞬時に走り着き、一気にそれを駆け上がり始めた。

『…が…っ!!き…さま…っ!!』
「!」

シュゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 カリューの一撃は確かにバラモスを捉えた。だが、それが怒りを招く結果となり、彼女はバラモスの吐き出す紅蓮の炎へと瞬く間に包まれた。
「…フバーハ!!」
 それによる危機を感じとり、すぐさまレンがカリューへとフバーハの呪文を唱えて断熱の守護を与える。
「…あ…ぐ…ぅ……!」
 その守りも虚しく、カリューは燃え盛る炎によってその身を焦がされて、呻き声を上げながらその場に倒れた。

「お…のれ…!…ま…だや…!!」

 だが、レフィルのベホマズンが再び彼女の体を癒していた。攻撃によって魔王が削いだ気勢までは戻らずとも、カリューは苦しみを感じながらも立ち上がった。



「ムー…。」

 バラモスを倒すべく皆がレフィルを守り続けている中で、ホレスはついにあの金色の竜の下へと辿り着いていた。
「ようやく…また会えたな…。」
 彼女は紅き円陣によって縛り付けられ、祭壇の頂に捧げられている。その双眸は眠る様に閉じられて、肢体は力なく下げられて体は虚空に漂っている。

「待っていろ…、今…」

 強き存在として名を語られる竜と化しているにも関わらず、この呪縛の内にずっと囚われている少女を救わんと、ホレスは一歩前に出た。

グルゥ……

「……!?ムー…っ!?」
 そのとき、突如としてその口より、低く弱弱しい唸りが上げられるのを、ホレスは確かにその耳で聞いていた。
「…光が…!!」
 同時に、彼女の体の内から小さな光が零れ始める。それは舞い落ちる様にして祭壇の下へと向かい、地にありし星空の中へと吸い込まれていく。

「ムー!!」

 次の瞬間、流星の如き一筋の光が、竜の体の内へと入っていくのが見えた。



「ムー…?」

 何かを感じ取れたのか、闇と光の霊光を纏いながら皆を支える力を出し続けているレフィルが不意にそう呟いていた。

『流石に、至高の呪文よな…』

 死に瀕する者ですら己が内の生命力を引き出され、すぐにその傷が癒やされている。レフィルが唱えたベホマズンの呪文は、今のバラモスが己が命も含めた全てを戦いへと向けた結果と同じ力を彼らに与えていた。
『だが、それを扱うだけの力、今のそなたに如何程残されているかな?』
「…はぁ……はぁ……」
 しかし、これも本来彼女が御し得ない呪文に過ぎない。レフィルはこれまでにない莫大な力を支え続けるその中で、確実に弱り始めていた。

『まぁいい。力尽きるのを待たず、ワシがこの場で楽にしてやろう!!』

 このまま人間達の反撃を耐え凌ぐ事とて難い事ではないが、その力の源を絶てるならばそれに越した事はない。バラモスは右手を天高く振り上げた。
『燃え尽きるがいい…!!』
 その手のひらに恒星の煌きが宿り、やがてその内から天に佇む太陽の如き巨大な火球が現出した。

「マホトラ!」
『…む!』

 それが放たれようとした直前、蒼い髪の青年が唱えた呪文が、その魔力を掠め取ろうとした。
『うつけめ!!貴様如きに我が力を受け切る事なぞできはせぬわ!!』
「…は…っは…、やっ…ぱり…無茶ありました…な…」
 だが、ニージスの力ではメラゾーマを完全に吸収する事などできず、その反動によって体が震え始めた。もはや、魔王の攻撃を受け止めていられる時間は無きに等しかった…

「きしゃあああああっ!!」
『?!』

 次の瞬間、突如としてなにやら猫にしては巨大な何者かが、疾風の如く彼方より駆け抜けて、そのままバラモスへと飛び掛った。
『ふざけた…真似を!!』
 バラモスには、それが人間であるとすぐに分かった。自分を愚弄するかの様な攻撃を仕掛けてきた愚か者に対し、彼は練り上げていた最上級の呪文をそのままぶつけた。

シュゴオオオオオオオオオオオオッ!!

「ふぎゃああああっ!!」

 メラゾーマをまともに受けて、その男は猫の様な悲鳴を上げて後ろへと吹き飛ばされた。

「…あれは…!!ネコ野郎!!」
「はっは…メフィスと言いましたかな…?」

 その姿を、マリウスはサマンオサでも一度見た記憶があった。奇天烈かつ不可解な振る舞いで周りを翻弄し、ご丁寧に倒れるときまでも猫そのものの仕草を崩さない、どこまでも読めない…”悪魔”と呼ばれた遊び人―メフィスの姿を見て、周りの者達は一瞬その動きを止めていた。

「アラアラ、こんなカワイイ猫ちゃんを虐めるなんて、趣味が悪いわね、アナタ?」

 一瞬訪れた静寂の中、不意にバラモスの背後で女の囁きがその耳を突いた。
『…!きさま…何処から!!』
 バラモスが思わず上げていた怒号への答えは、人を殺める事を生業としてきた者が放つ鋭い銀の刺突であった。

『痴れ者めが!!貴様如き弱者が、ワシを倒せるとでも思うたか!!』

 その妖艶な輪郭を露わにした黒い衣に身を包んだ銀髪の女が突き刺してきた毒針を引き抜きながら、バラモスは彼女―”死神”と怖れられる暗殺者キリカへとそう叫びながら押し潰さんと殴りかかった。それが直撃すると共に、驚愕をその顔に浮かべた女の体が、爆ぜる様に四散する。

「アラ、そっちを気にしている場合?」

 しかし、それは彼女の動きが作り出した残像に過ぎなかった。キリカ自身はその場から軽やかに身をかわしつつ、嘲笑する様な冷ややかな視線をバラモスへと向けながらそう告げていた。


「ほぁたぁああああっ!!」
「はいやぁあああああっ!!」
「せぇえええいいっ!!」

 次の瞬間、渾身の気迫を込めた掛け声と共に、冒険者達が次々とバラモスに踊りかかった。
『…ぐ…ぬぅうああああああああ…っ!!』
 ジンが放つ武術を極めた者の必殺の拳が堅牢なる表皮を穿ち、サイの巨大な鉄球が上より叩きつけられ、そして…突き出されたハンの槍がバラモスの体を貫き通していた。

「これで…終わりだぁああああああああああっ!!」

 そしてそこに、セレスが大きく飛び上がり、上方から大剣で一心にバラモスを叩き斬った。

『ぬ…ぉおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「…っ!!ぐぁあああっ!!」

 だが、その刃が届こうとするその直前で、バラモスはセレスの体に巨拳を叩き込み、そのまま後ろへと吹き飛ばした。


『砕けぃいいいいいいいいいっ!!』
「…!!」


 次いで、そのまま拳に全ての力を込めて打ち下ろすと共に、大地が大きく揺るぎ始めた。


ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

「…あ…ぁああああああああっ!!」

 やがて、地面が砕けてそこから灼熱のマグマを纏った暴風が吹き荒れる。それは、魔王の眼前に立つ三人の使い手達をいとも簡単に吹き飛ばし、そのまま後ろに立つレフィルの下まで届いた。彼女は吹き上げられる大地の怒りの如き奔流の内に翻弄され、悲鳴を上げた。

「レフィルちゃ…ごぁああっ!!」
「うぉあああああああああっ!!」

 そのそばで彼女を守っていたカリュー達も、バラモスが招く焦熱に巻かれてその身を焦がされ、旋風によって後ろへと吹き飛ばされた。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 大地は尚も砕け続け、そこから柱の様にマグマが噴出し続ける。この場もまた、魔王の炎が支配する空間と化した。


『最後の足掻きとしては不足なかった。だが…、これで終わりだぁああああああああっ!!!』


 赤熱した溶岩が魔王の猛りに応える様にその周りに集い、これまでにない強大なる炎となって燃え上がる。

「…だめだ…!!あんなものを喰らったら…!!」

 その身に刻まれた傷は生命力の限界を超え、体にはハンが投げ打った槍が突き刺さっている。そうしてついにバラモスを死の淵にまで追い詰める事ができた。しかし、バラモスはその最後の力で、この場の全てを焼き尽くさんとしている。
「……このまま…じゃ……!!」
 激闘の果てに、人間達も力を使い果たし、逃げる力も残されていない。レフィルは今まさに放たれようとする獄炎を前にもたらされる死に恐怖した。


ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

『…っ?!』

 だが、突如としてその溶岩の瀑布が裂けると共に、豪雷の如き怒号がその間より轟いた。

ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

『…ぐ…ぁっ!?…な……に…!!?』

 そして、そこから咆哮と共に巨大な金色の顎門が開かれて喰らいついてくる。バラモスは避ける間もなくその牙を身に受け、その内に繋ぎとめられた。


「…ムーっ!!」 


 レフィルの目の前に現れたのは、魔王の炎を受けて尚もその煌きを失わぬ光の如き金色の鱗に覆われた巨大な竜だった。

「さぁ、今だ!!こいつを押さえつけている今の内に…とどめをっ!!」
「…ホレス!!」

 その背中に、レフィルは彼女を救い出すべく祭壇を昇った青年―ホレスの姿を見た。彼が…そしてムーが作ってくれた、死闘の中で見い出せる最後の好機を逃すわけにはいかない。


「ベホマズン!!」


 レフィルは最後の力を振り絞り、自らの限界を超えた奇跡の呪文を再び唱えた。

「これが…最後よ!!皆っ!!」

 この最後の戦いで全てが決まる。彼女は魔王を倒すべくして集った仲間達に向けてそう叫んだ。


『…ぬ…ぉおおおおおおおおおおおおっ!!!』


 そのとき、バラモスが金の竜の牙の縛の内でもがき、力任せに逃れた。

「ライデイン!」

ゴガァアアアアアアアアアッ!!

『ぬぐぁああああああっ!!』
 だが、その瞬間に勇者の名を冠する少女―フュラスが唱えた呪文がもたらす天雷が、バラモスの体を痛烈に撃った。

「今だぁああああああっ!!」

 彼女のライデインの電撃が、バラモスをその場に縛りつけているのを見て、セレスは歓喜を乗せて叫びながら、大剣を構えて突進した。 

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「バラモス!!覚悟っ!!」

 アギスもまた、剣を手に一気に遠くから間合いを詰める。そして、ライデインを唱えたフュラスもまた、背中の剣を引き抜いて、彼らに追いすがる様にしてバラモスへと斬りかかった。
 
 
 そして、三人の勇者が携えた剣が魔王を引き裂くと共に、凄絶なまでの獣の断末魔が辺りへとこだました。