地上の終焉 第五話


〜魔王バラモスの城 魔殿〜

 魔王が放つ三つの極光、それが一斉に爆ぜると共に、魔力によって押さえ込まれていた大気が三度悲鳴を上げて、それらが巻き起こす衝裂がこの場にある全ての人間達へと襲い掛かる。

「ぐぁ…はっ…!!」
「あ……ぐぅ…っ!!」

 光が収まり、巻き上げられた煙が晴れ、暴風が止んだと共に広がる光景は、地獄絵とも言えるものだった。魔王が放った最上級の呪文―イオナズンそれが三つ発動された結果は言わずと知れている。

『しぶとい奴らよ。だが、所詮はこの程度の事であろうが。』

 力無き者であれば即座に絶命していたであろう奔流の中で、人間達は辛うじて命を拾ったものの、多くが抗う術を持たずにまともに受けて、深い傷を負って地面に這いつくばっていた。
「野…郎…っ!!ざっけんな…コラァッ!!」
 その内の一人、巨剣を手にした大柄な青年が、傷ついてよろめきながらも足を地面へと踏みしめながらそう毒づいていた。。

『まだ抗うというか、勇者共が。』

 勇者の称号を関する青年―セレスが再び立ち上がるのを、バラモスは冷ややかな目で見下ろしている。
「ざ…っけんな…!!ゴラァアアッ!!」
 深手によって上がる体の悲鳴、そして皆をただ一度の攻撃で瀕死に陥れた魔王への恐れを振り切りつつ、セレスは最後の力を振り絞り、重い大剣を天高く振り上げて、そのままバラモスに叩きつける様に斬り下ろした。

『うつけめが…』

 しかし、周りの者達は倒れ、その加護は既にない、その様な中での彼の突撃の愚を目を細めて眺め…

シュゴォオオオオオオオオオオオオッ!!
 
 そして、その口より獄炎を吐き出した。
 
「…がぁあああああああああああああっ!!!」
「…っ!!セレスーーーーーーーーーっ!!」

 あらゆるものを灰燼と帰す、魔王の炎を正面から受けて、セレスは身に纏った防具諸共燃え盛り、凄絶なまでの絶叫が辺りにこだました。それを目の当たりにした、魔法使いのニルもまた、その凄惨な光景に身が張り裂けんばかりの悲痛な叫びを上げている。
「…う…ぁ…あ…っ!!」
「…セレス!…セレスっ!!」
 まだその生を留めているものの、セレスは灼熱の炎の中でもはや救い様のないまでに焼き尽くされて、無残な姿をさらしている。その体を抱きかかえ、ニルは涙を流しながら必死にその名を呼び続けている。

『仲間諸共…消し飛ばしてくれよう!!』

 倒れた青年と泣き叫ぶ少女に、バラモスは容赦なく光り輝く左手を向けながらそう告げた。

「…これ以上、貴様の好きにさせてたまるか!!」
『!』

 だが…そのとき、不意にバラモスの後ろから鋼の一閃が走り、その背に牙を剥いていた。
『また貴様か。』
 背後より剣を突き立ててきた少年アギス。彼もまた勇者と呼ばれた存在であった。他の者達が地面に倒れ伏している中で立ち上がる、セレスといい彼といい…そして”彼女”といい、勇者たるものに対する不思議な運命の様なものを、バラモスはこのときに改めて感じさせられていた。

『で、それで貴様に何ができると?』
「!」

 しかし、魔王の渾身の一撃を受け切る事などできようはずもなく、アギスに残されていた力も僅かなものでしかなかった。

ズガァアアッ!!

「…う…っ…!!」

 なすすべもなく彼は魔王の反撃をまともに受けて、背に突き立てた刃と共に吹き飛ばされた。
『他愛もない。さて…』
 今の一撃によってアギスが今度こそ力尽きたのを見届けた後、バラモスは惨禍の内で佇む一つの影へと向き直った。



―…みんな…倒れている…。

 あの爆発によって傷つけられ、倒れた数々の冒険者達を前に、レフィルは無言で立ち尽くしていた。
―…こんな…酷い…、…どうして…?
 爆音が轟き、空間が崩壊した後に訪れた静寂の内で、見知った者達が転がっている。彼らが上げる呻き声がその耳に届く度に、彼女の心の内に…雫が器の内に入ってくるが如く、何かが膨れ上がっていく。

『よもや…再びこうしてまみえる事となろうとはな。』

 そして、この惨劇を巻き起こした張本人たる魔物の王が、彼女の目の前に現れた。
「バラモス……!!」
 その姿を目にして、レフィルは忘れていた激情によって震える声でその名を呼んでいた。

『こやつらは我が力によって押し潰され、もはや立つ事もままならぬ。残すは…そなたのみ。』

 この場で立っているのは、魔王バラモスとレフィルのみであった。アストロンの呪文が彼女にぶつかる全てを遮った…が、それ故にこうして対峙する事となっている。
「みんな…あなたが……」
『ふん、共に群がろうとも、結局はこの星を貪り尽くす事しか知らぬ愚か者共には相応の最期であろうが。』
「…そんな…事…、許せない…!」
 皆が傷つき倒れている姿を愚弄するバラモスに対して、レフィルの怒りは更に強くなっていた。
『ハッハッハ、所詮はそなたとて同じ事であろう。』
 そのとき、バラモスはレフィルに対しても言葉を告げながら、可笑しそうに笑いかけていた。

『今でこそ形を潜ませておるが、その力が成す事とて、所詮は怨嗟の果てにある滅亡しか招く事はない。』
「!」

 理を逸するあの力を用いた時の事を顧みながら語るバラモスの言葉に、レフィルは一瞬例え様のない衝撃を受けた様な気がした。
「でも…あなただって…!!」
 それが次に招くであろう悲劇を否定すべく、レフィルは必死にそう返した。確かに自分は絶望の果てに世界へと仇なそうとした。しかし、バラモスとて、変革の代償として世界を滅ぼさんとしている。それが彼女ができる精一杯の反論だった。
 
『…ふん、これ以上は無駄のようだな。だが…ワシにはわかる。やがてそなたの闇を中心とした災禍が、この星を滅ぼす事となろう。』
「星を…滅ぼす…?」

 世界を滅ぼす存在、バラモスは一体は何を怖れてその様に繰り返すのか。レフィルが得た力はバラモスを事も無げに葬り去れる程である以上、間違いなく絶大なものである事は分かる。
「…そんなこと…わたしには、わからない…。でも…あなたが人の世界を、そしてわたしを滅ぼすと言うのなら…!!」
 しかし、それが例え世界の脅威となるものであったとしても、ここで死ぬわけにはいかない。


―…どうしようというの?


 そのとき、心の奥底から再び彼女自身の声が聞こえてきた。

―戦う?力に頼らなきゃ何もできないあなたが?

「………。」
 ”闇”が告げる言葉に、レフィルは何も返す事ができなかった。旅の中で幾度となく訪れた危機を切り抜ける事ができたのは仲間がいたからで、バラモスを追い詰める事ができたのは、二人が開いてくれた道の先にあった闇の力のおかげでしかない。結局、レフィルは無力な存在に過ぎない。


『滅びよ!!』


「!」
 内なる声が聞こえなくなると共に、再び時が動きだしたかの様に感覚が蘇る。気づいたときには、自分が晒している隙を逃さずにバラモスが一気に叩き潰さんと上から拳を振り下ろしてくるのが見えた。
「…く…!」
 反応が遅れた事が災いして、避け切る事ができない。それでも必死に抗わんと、彼女は身を守る様に吹雪の剣を構えた。


ガァンッ!!


『…!?』


 だが、バラモスの拳はレフィルに届く前に別の何者かの手によって弾かれていた。
「…ホレス!!」
 それは、黒い仮面を被った、銀色の髪の青年―ホレスであった。仮面の呪力がもたらす結界が、彼の体を強固に固め、魔王の一撃を受け切り、その衝撃をそのまま相手へと返した。


ガシャアアアアアアンッ!!


 しかし、その守りは突如としてガラスが割れる様な音と共に砕け散った。

「流石に…これが限界か。」
 
 鬼神の仮面が宿した呪力が限界に達したのを悟り、彼はそう呟いていた。
―ホレス…無事で……
 集まった冒険者達の殆どが地に伏している中でホレスもまた、爆発の余波を受けて少々傷を負っていたが、確かに目の前で生きている。


『うつけが…邪魔をするかっ!!』


 レフィルを手に掛けようとしたところで横槍を入れられた事に憤ったか、バラモスはすぐにホレスへと襲い掛かった。鋭い爪が、彼を両断せんと振り下ろされる。


ギャンッ!!


『……?!』
 だが、それがホレスを斬り刻む事はなかった。

「…まだ、終わらないっ!!」

 叫びつつ、彼は右手に握る変化の杖を構えた。引き裂かれた衣服の隙間に、金属の光が一瞬閃くと共に人の肌の色へと転じていた。変化の杖の力が、彼の体を一時的に強化した様だ。


「これがオレの役目だ!!だからレフィル!!お前は…お前の道を進め!!これまでのお前の苦しみ…今こそ終わらせるときだ!!」


 バラモスと対峙しながら、ホレスは背後で戦いを見守るレフィルへとそう叫んだ。
「ホレス……」
 レフィルは彼の背中に、これまでも感じてきたものに似た、そしてそれ以上に大きなものを感じ取っていた。
『貴様…!!何を成す気だ!!』
 尚も目の前に立ちはだかるホレスへと、バラモスは怒りに任せて拳を突き出した。

「あんたには分からないだろう!!レフィルが…ずっと抱えてきた苦しみを!!」

 それを交わしつつ、草薙の剣と隼の剣を同時に引き抜いてすれ違いざまに斬りつけながら、ホレスはバラモスへとそう叫んでいた。
『…なん…だと…?』
 草薙の剣に込められた呪力が、バラモスの堅牢な表皮から強度を奪い、隼の剣の細身の刃がそれを斬り裂き、紅い血を流す。それに舌打ちしながら、バラモスはホレスの言葉の意味が取れず、思わず疑念の声を零していた。

「何が闇だ!!何が世界を滅ぼす存在だ!!何も知らないからそんな事が言えるんだ!!その様な世迷言…認められるか!!」

 今度は雷の杖を取り出し、変化の杖の力でその形を変容させて、稲妻の煌きを宿した金色の槍と化した。その最中に尚も、彼はバラモスの言を否定し続けた。
 
『うつけもここに極まったか!!貴様にこそ何も見えておらん!!』
「そんな事は初めから知った事か!!それよりももっと大切なものがある!!バラモス…今度こそオレが全て終わらせてやる!!」
『ほざくな、小僧!!』

 ホレスとて、レフィルが宿した力の危険性は十分に承知している。だが、彼はそれを上回るだけの大事な事を見い出していた。その志に赴くままに、彼は金色の槍を手に、バラモスへと挑みかかった。



「………。」

 金色の槍と銀色の杖を手にした銀髪の青年と、黄土の鱗に覆われた魔王が戦っているその最中、レフィルは再び心の奥深くへと意識を傾けた。

―敵わないと分かっているくせに…馬鹿な男…。

 すると、再びレフィル自身の声で、”闇”がそう話すのが聞こえてきた。
「………。」
 ”彼女”はレフィル自身である以上、その言葉は確かに彼女自身がどこかでそう考えている事を示している。
 
―力の差を分かっているはずなのに、どうして死に急ごうとするの?

 そして、幾度となく繰り返される闇からの問い掛け。これで何度目であろうか。
「…わたしの……ため…」
 その致命的とも言える闇を暴かんとするその問いに、レフィルは震える声でそう答えていた。
―そうだとしても、どうせ死んじゃうだけでしょう?
「……。」
 確かにレフィルの答えは一つの解を得ていたが、それもどこかで納得できていなかった。それを代弁するかの様に、”闇”が言葉を続ける。

―いつだってそうだった。あなたを守ると言って、簡単に命を捨てる事ができる。あなたは何も疑問に感じなかったの?

「…!!そんな…事…!!」
 この旅の中で命を落としそうになったとき、その度に傷ついてきたのは自分ではなくホレスであった。決して触れまいとさせる彼の雰囲気からこれまで尋ねる事もほとんどなかったが、そうまでして自分を守る影に何があるのか、ずっと気になっていた。

―彼が何に満足するつもりなのか、わたしにもわからない。でも、結局は欺瞞に過ぎないでしょう?

「……。」
 結局は自らの意地などという空虚なものに過ぎないのではないか、そう述べる”彼女”の言に何も言い返せず、レフィルは黙ってうつむいた。



「…ぐぁ…っ!!」

 向かい来る攻撃の勢いを逸らしきれず、ホレスはその衝撃で吹き飛ばされながら短く呻いた。
『その程度か?』
 対してバラモスは、ただ拳を前に突き出した姿勢のままで、彼へそう告げた。
『呪具の力を借りる事も英雄にすがる事すらも叶わぬ人間の力など、所詮はこの程度のもの!!』
 数多くの戦士達…そして、勇者と呼ばれた若者達が一丸となって立ち向かっても敵わぬ相手に、一介の冒険者に過ぎないホレス一人で勝てる道理はない。
「……っ!」
 次の瞬間、ホレスが手にした金色の槍は、バラモスの手で弾き飛ばされ、遠くに突き刺さった。

ギィンッ!!

「…が…はっ…!!」

 続いて繰り出された拳撃が、ホレスを確実に捉えて思い切りその身を抉った。体を変化の杖で硬化させるも、一撃の威力までは殺しきれず、衝撃によって揺るがされる様な感覚を覚えると共に、ホレスは口内より血反吐を吐き出していた。
「…な…めるな…っ!!」
 だが、どうにか踏みとどまって、すぐさま草薙の剣を引き抜いて、バラモスへと一太刀浴びせた。

『無駄な足掻きを…』

ズガァッ!!

「…ぐ…!!」
 だが、それは大きな傷を与えるには至らず、すぐさま魔王の拳がホレスを打った。
「…く…そっ…!!」
 変化の杖による強化を以ってしても、その一撃はホレスの体表面を突き抜ける様に、内側に確実に大きなダメージを与えていた。

『これで終わりにしてやろう…』
「…!!」

 よろめきながらも構えるホレスに、バラモスは底冷えする程の殺気を込めて告げると共に、光を帯びた手のひらを向けてきた。


ドガァアアアアアアアアンッ!!


「…ぐ…ぁああああああああああああああああああっ!!」

 光が集束すると同時に、ホレスはイオナズンの呪文が起こす大爆発の中へと呑み込まれて、断末魔にも似た絶叫を上げていた。

『……!?』

 だが、それが収まると同時に、バラモスは大きく目を見開いていた。


『…馬鹿な…!!何故…耐える…!!何故、死なぬ…!!』


 そこには、最上級の爆発呪文をその身に受けながら、その足でしっかりと大地を踏みしめている銀色の髪の青年の姿があった。間違いなく死に至る程の攻撃を受けて尚、彼は生を留めていた。


『何故…抗う…!?』

 
 そして、彼は傷を負って尚も魔王に挑みかからんとするべく、ゆっくりとその歩みを王へと進めている…。
「ふん…そう簡単に…死んで、…たまるか。」
 息も絶え絶えに、ホレスはバラモスへとそう叫んだ。その一喝に込められた思いはバラモスにも感じられたらしく、思わずその動きを止めさせていた。

「オレは…まだあいつと…!!……あいつと…また会えるって、約束…したんだ!!」

 その身を以って、自分達を逃がした魔法使いの少女が最後に交わした無謀な約束。それを意地でも果たすがためにも、ホレス達はここに来た。


「…だから、ムーを助けるまでは…死なない!!そのための力が…オレ”達”にはある!!」


 そして、この決意は決して譲れない。その思いをそのまま吐き出すかの様に、ホレスはバラモスへ向けてそう叫んだ。



「――!!」

 彼の誓約にも似たその言葉は、レフィルの耳にも届いていた。
「そう…だった…、そうだった…よね。…だから……わたし達は…。」
 初めから大切な友を救い出すためにこの場に来たのではなかったのか。ホレスが戦う理由を疑うなど、何の意味もなさない事に過ぎない。

―それで、そんな力なんかどこにあるというの?道を開く力なんて、今のあなたにも彼にもない。わかっているでしょう?

 だが、その思いを再び邪魔する様に、”闇”がまた冷たく語りかけてきた。

―できるのは、またあの力を使って全てを壊してしまう事だけ。簡単でしょう?

「!!!」
 冷酷に現実を突きつける言葉を紡ぎ続ける”彼女”が最後に示した事に、レフィルは身を凍りつかせた。

―あなたが心配してる通り、皆死んでしまうでしょうね。でも、魔王を倒せると言うのであればそれも本望でしょう?

 確かに今のままでは何の抵抗もできないまま、バラモスにホレスを殺されてしまう。しかし、”彼女”の心のままに力を振るえば、今度は彼…そしてこの場にいる全員もろともバラモスを倒さなければならなくなる。
 

「嫌……!!」


―う…ぁああああああああああああああああっ!!!
―あ…ぁあああああああああああっ…!!
― ――――――――――――っ!!?


 突きつけられた選択を前に、レフィルの脳裏にあの悲劇が再び呼び起こされる。

「そんな事をして…わたしが…何を得られると言うの!?」

 次いで、彼女は闇の力に身を任せて何もかもを道連れに魔王を倒す事を、正面から拒んだ。

―そうして拒んで、”全て”を失う気?

 だが、そうすると今度は何もできないまま、自らも滅びを待つ身となってしまう。友を巻き込むのを拒めば自らも破滅してしまう、どちらの選択を選んだところで、結局は皆死んでしまう。

「わからない…、わからないよ…。この先に何があるのか…、わたしがどうなってしまうのかも……」

 ”闇”が語る報われない現実に、レフィルは物憂げな表情を浮かべた。”闇”が示した二つの道に進むつもりなどない。かといって、正しい道も見つからない。それこそ、一歩間違えれば”全てを失って”しまう事にも繋がる。それが、彼女の不安を膨れ上がらせ続けた。

「…でも、ホレスが信じてくれる…。だから、わたしは…」

 しかし、それでも彼のために、彼女は進む事を投げ出すのは自ら許さなかった。

―信じてくれる…?何を?

「………。」
 その答えを受けた”闇”がそう尋ねてくるも、レフィルは何も答えられなかった。

―つまらないわね…。

 答える価値もない程小さなもののために、何故命を賭けなくてはならないのか。”彼女”にはそれが全く理解できなかった。
「…何とでも…言って。」
 だが、レフィルは既に覚悟を決めていた。形ないが故に、最も崇高なる思いの下に…


「わたしは、もう迷わないから…」


 そして、その顔より曇りを払い、彼女は真っ直ぐに前を見た。既にその心からは、”闇”の声など聞こえなくなっていた。



「ぐ…ぅ…っ!!」

 ただ一人でバラモスに戦いを挑んだ銀髪の青年は、バラモスに突き飛ばされると共に地面へと崩れ落ちた。
『ふん…今度こそ終わりの様だな。』
 彼―ホレスの肉体の限界など、とっくに超えていた。
「…ホレス、ごめんね……ずっと…待たせて…。」
「レフィ……ル…」
 その状態で戦い続けた果てに、既に動けなくなってしまった自分へと詫びるレフィルに、ホレスは掠れた声で応えて頷いていた。

「…でも、もういいの…。わたしは…決めたから…。」

 仰向けに倒れるホレスの背を助け起こして抱き締めてながら、レフィルは彼へと優しくそう告げた。


「ホレスを…皆を守るって…。」


 そして、再び魔王へと目を向けて、その正面に立った。友のための道を切り開くべく、自らの身を以って守り続けた青年の思いを無駄にするわけにはいかない。いつしかその体からは、内なる心の闇を表わすかの様な紫の霊光が静かに立ち昇っていた。


『…何をする気だ。よもや…再び闇に墜ち、ワシを滅ぼさんというのか?』


 そんな彼女の姿を見て先の圧倒的な力を思い起こしながら、バラモスは身構えながらそう尋ねた。咎人たるメドラを封印したその後に、唯一脅威に値するその存在への恐怖は、未だにこの身に焼き付いている。


「 我求むは、此処に集いし数多の友への救済の御手 」


『!!』
 次の瞬間、魔王の言葉を意に介さずにレフィルは闇の中で力ある言葉を詠み上げ始めた。
―…これ……は…。
 だが、そんな彼女の様子に、バラモスは不思議な違和感を感じていた。左手にあるはずの吹雪の剣はいつの間にか腰の鞘に収められている。それに伴って、闇の内にある彼女に、一片の悪意もない事が感じ取れる。

「 絶無に帰さんとする生命の欠片の目覚めを求め、其の喪失の闇の内に宿りし光への標を掲げん 」

 清らかなる歌にも似たレフィルの調べが、流れる様に続けられる。
―光が…?
 そのとき、闇夜の如き紫の霊光の内に、天に普く星々の如き小さな光が、次々に灯り始めるのが見えた。

「 絶望に覆われし希望の煌きを、我らが命の光と成さん 」

 歌声が終わりを告げようとするにつれて、彼女に集う光はますますその数を増やして行く。


「ベホマズン」


 そして、そう唱えられた次の瞬間、それらは器たるレフィルの闇の霊光より溢れ出した。