地上の終焉 第四話

〜魔王バラモスの城 魔殿〜

『ラーミアめ…こうも邪魔をしてこようとはな。』


 魔王の城のはずれにある魔殿の天井に空いた大穴より、光を帯びた羽が雪の様に静かに降り注ぐ様を、バラモスは面白くなさそうに眺めていた。

「またこうして生きて出会えた事、嬉しく思いますよ、レフィル。」

 その羽の主たる不死鳥に導かれてここに降り立った青年―ニージスは、鋼鉄と化して前に出る事で少年を身を挺してかばった少女へと目を向けて明るくそう告げていた。
―…心配、かけたんだな…。でも…
 ニージス達が自分達のためにネクロゴンドへと入り、魔王バラモスを討とうとしていた事は分かっているが、まだ納得できない所も多い。だが、レフィルはそうした複雑な心持ちながらも、彼の言葉に素直に頷きを返していた。
―また…会えたのは、嬉しいから…。
 魔物の陥穽に落ちて、数多くの者達が命を落とした中、ニージス達は奇跡的に生き延びた。常に死と隣り合わせであるこの魔境の中に迷い込んだ果てに、最後の最後で出会えた幸運を、喜べないはずがない。

「さて…」

 しかし、いつまでもその余韻に浸っているわけにはいかない。ニージスはそう呟きつつ、目を細めて前を見た。

「メドラ……」

 正面にある祭壇に、妹の化身である金色の竜が捧げられているのを前に心底の焦燥感を覚え、彼女を守りきれなかった事実に悲しさを感じていた。
「なに、今からでも十分間に合いますとも。そのためには、君の力が必要なもので。」
「…ええ、そう…ね…。」
 その中で、安心させる様にかけられるニージスの言葉に、彼女は膨れ上がる自責の念を払拭し、冷静に前を見据えた。

「バラモス、残念だけどあなたにその子を渡すわけにはいかないの。私の大切な妹ですもの。」

 そして、魔王へと微塵も悪びれもなくそう告げていた。
『フン、何を今更…。もはやこやつに、”そなたの妹”に戻る場所などない。』
「どうかしら?たとえそうだとしても、私達がそれを作ってみせる。それに、記憶をなくしても…別の存在に成り代わろうとも、この子はやっぱりメドラなのよ。」
 力を求めて禁を犯し、咎を重ね、人より世から存在を排されたメドラの居場所を否定するバラモスに、メリッサはそれを否定しながら、意味深にそう返していた。
「…メリッサ…さん??」
 その側で、交わされる言葉以上のものを読み取る事ができず、レフィルは困惑をその顔に浮かべていた。

『…まぁいいだろう。どのみち邪魔立てするのであれば、殲滅するまでの事よ。』

 あくまで妹を守ろうとする姉の姿に嘆息しながら、バラモスはその手のひらを彼女達へと向けた。その内に眩い光が宿る…

「させるかっ!!」
『…!』

 が、その力が解放されるその直前、王の背後で黒い外衣を纏った銀色の髪の青年が叫んだ。

ドガァアアアアアンッ!!

『ぬっ!?』
 彼が投じた爆弾石が後ろで爆ぜて、その衝撃に打ち据えられて、バラモスは思わずその動きを止めていた。


「くらっとけぇええええっ!!」


 同時に、別の女性がバラモスの頭上より現れ、手にした巨大な鉄鎚を気合と共に一心に振り下ろした。

ドゴォオオオッ!!

『…ぬぅ…っ!!』
 その雷の如き一撃を受け切るも、魔王はその重みによって地面に片膝を付かされていた。

「カリューさん……」

 魔王を打ちのめした女傑―カリューの姿を、レフィルはなんとも言えない様子で眺めていた。彼女もまた、魔王を倒すべくしてここにいる。腰の曲刀―誘惑の剣の持ち主である青年カルロスとその妻サブリナのために…。

『退けぃっ!!』
「「!!」」

ドゴォオオオオオッ!!

 不意に、魔王が怒号を上げると共に、地面が砕けて炎が噴出し、再び攻撃を繰り出そうとしたホレスとカリューを一緒に吹き飛ばした。

『まとめて燃え尽きるがいい!!』

シュゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 次いで、その口より全てを焼き尽くす灼熱の炎を吐き出し、不死鳥に導かれてやってきた者達へと吹き付けた。

「…かわせない!!」
「…む、フバーハ!!」

 瞬く間に前方一面へと広がり、逃げ場を奪う炎を避ける事が叶わぬと悟ったニージスは、すぐさま前に出て守護の呪文を唱えた。
「…駄目だ!!これで…も…!!」
「はっは…面目…ない次第…で…!」
 これまでにない強烈な炎は、ニージスの呪文と減殺し合って尚も、人の子を死に至らしめるに十分な力を及ぼしていた。身を灼く業火が、彼らの体へと燃え移り、灰燼と帰そうと牙を突き立ててくる…

「…ベホマラー!!」

 そこに、メリッサが回復呪文を紡がれる。広がる光が炎に喰らわれて灰と化そうとする皆の体を癒し、バラモスが放つ灼熱を耐えしのぐ力を与えた。

ゴガアアアアアアアアアッ!!!

 …が、そのとき、バラモスが思い切り地面を殴りつけると共に、そこから伝播した衝撃が地面を打ち砕き、大地の底よりマグマを呼び寄せた。亀裂は瞬く間に辺りに広がり、それらが一斉に爆ぜる。
「きゃっ!!」
「…ぐっ!!」
 骨をも溶かす大地が宿す熱気に中てられ、ベホマラーを行使していたメリッサが苦悶の声を漏らし、周りの者達も余波に巻かれて再び痛手を負った。

「散れっ!!」

 誰がそう叫んだのか、言われるまでもなく全員が止む無くしてその場から四散する様に散開した。散ってしまうと魔王との力の差を補う事が難しいが、逆に固まっていれば魔王の息吹や溶岩の餌食となる。
「やっかいな…攻撃だな…」
 類稀なる身のこなしで、ただ一人炎を受けずにあった少年―アギスはその一通りの攻撃を、油断無い様子で見守っていた。

「だったら…攻撃させる暇を与えなければいいだけだ!!」

 が、すぐさま成すべき事を見定めたのか、彼は剣を手にバラモスへと踊りかかった。年若さに似合わぬ熟練の剣技が、バラモスの隙を的確に捉えんと幾度も迸る。

『その様な攻撃など…効かぬ!!』
「!」

 だが、それがバラモスに致命の傷を与える事は叶わなかった。逆に、魔王が握り締めた拳が開かれると同時に、恒星が如き煌きを全面に押し出した、巨大な火球がアギスへと投げかけられんとする…

バサッ!!

「マホカンタ」

 しかし、再び聞こえ来る羽音と共に、しわがれた声で唱えられる呪文の音が聞こえてきた。直後、目の前に光の淵を持つ円陣が出現する。

『…!!』

シュゴォオオオオオオオオオオオッ!!

 円陣の内に在りし光の壁が、魔王の放った恒星をそのまま跳ね返し、巨大な火柱の内に彼自身を飲み込んだ。
「ふぇふぇ…頑張っておるようじゃの、若いの。」
 自らに当たるはずだった、バラモスのメラゾーマの力に身構えていたアギスの肩を叩きながら、七色の不死鳥より降り立った緑衣の老人―ジダンは愉快に笑って見せた。

『…ぐぬぅ…!おのれぇ…っ!!』

 眼前に立つ火柱を斬り裂き、再び魔王がその姿を現した。然程の傷を負っていない様だが、予想外の乱入に苛立ちを隠せない様子だった。
「そこだっ!!」
 呪文を振り払う事によって隙を晒しているバラモスの背後を迅雷の如き神速で取り、アギスは剣をバラモスへと突き立てた。

『うつけめが、何度やろうと同じ事!!』
「…ち…っ!!」

 しかし、それも急所を外れて受け止められ…
 
ドゴォオオッ!!

「うぐ…ぁああっ!!」
 そして、アギス自身はバラモスの拳によって叩きつけられて地面に転がった。次いで吹き出す炎を前に、彼はなすすべもなく後ろに引かざるを得なくなった。


「ルカニ!!」
『!!』


 ふと、そのときバラモスに向けて、青白い光が何者かの手のひらより放たれていた。

「今よっ!!皆!!」

 戦に用いる鉄球を手にした、蒼髪に同色の神官装束の女―レンが、仲間達へとそう呼びかけた。

「せぃやあああああっ!!」
「たぁああああああああああっ!!」
「はぃやぁああああああああああああっ!!」

 同時に、魔王を討つ者達を纏め上げし者である小柄な商人―ハンが槍を鋭く突き出して弱められた魔王の体を幾度も穿ち、行商人の少女―ジナが振り下ろす正義の算盤が打ち下ろされ、その親友…武人の少女―サイが手にする破壊の鉄球がバラモスを打ちのめして天高く吹き飛ばした。

「必殺・会心拳!!ほぁたぁああああああああああっ!!」

 その上空では、海賊団に身をやつしていた武術の求道者―ジンが身構えていた。練り込まれた気を宿した必殺の拳の一撃が、バラモスの心臓へと打ち込まれんとする…
 
『なめるなっ!!』

 だが、直撃の直前、バラモスもまた渾身の力をこめた一撃をジンへ向けて放っていた。

「…ぬぅっ!?」
 思わぬ反撃によって、放たれた拳ごと突き上げられ、ジンは驚いた表情を浮かべながら天高く吹き飛ばされた。


「ぉおおおおりゃあああああっ!!」
『!!』


 が、彼の攻撃を打ち払ったバラモスに対して、次なる敵が迫り来ていた。巨躯を有する、勇者と呼ばれた若者が巨大な大剣を手に踊りかかってくるのが見える。

『バイキルト!!』

 その背中より、赤い髪と橙の外套の魔法使いの少女が一助となるべくして唱えた呪文の力が、彼に注ぎ込まれる。
「行っくぜぇええええええっ!!!」
 バイキルトによって、内より引き出される力を感じて勇気を増しながら、彼は力任せに大剣をバラモスへと叩きつけた。

ズガァアアアッ!!

『ぬっ…!!』
「どわあああああああっ!!」

 青年の斬撃は、王へと深く刻まれて傷を負わせる事に成功していた。が、同時に繰り出された反撃によって、彼自身の体も地面へと思い切り叩きつけられた。
「セレス!!」
 その彼―セレスのもとに、先程の魔法使い―ニルが駆け寄って、傷の具合を確かめる。幸い、彼自身の頑強さが手伝って、然程の傷とはなっていないらしい。

「まだまだぁっ!!」
「行くねっ!!」

 まだ立ち直れない二人を守る様に、鉄球と錫杖をそれぞれ手にした少女達と、槍を振り上げたハンがすぐにバラモスへと殺到する。

『次から次へと…小賢しい奴らよ!!』

 怒りに任せてそう叫びながら、バラモスは腕に力を込めて、自分へと向けられる武器ごと敵を殴りつけた。
「…っ!!」
「ぐあ…っ!!」
「あいやああ…っ!!」
 いかに鍛え上げられているといえども、圧倒的な力の差を前に、彼らはなすすべもなく蹴散らされて地面へと伏した。


「神に仇なす巨悪よ!!我が力を受けなさい!!バギクロォオオオスッ!!」

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 三人をまとめて打ち倒した魔王に対し、敬虔なる宣教師―オードがそう叫びながら、唱えられた呪文の力を討つべき敵へと余す事なく放った。巨大な大竜巻が彼の元より一気にバラモスへ向かって飛ぶ。

『ハッハッハ、神だと?所詮は貴様らに祀り上げられているのみに過ぎぬ、無力な愚か者であろうが!!』

ドガァアアアアアアアアアアアアアンッ!!!

「ぐぅおおおおおおおおっ!!?」
 しかし、それもバラモスが放った二筋の光が招く衝裂を前に引き裂かれて、オードは奔流の内でその身を砕かれて、悲鳴を上げた。

「だぁあああああああああああっ!!」

 同時に、勇者たる青年セレスが再び大剣を手に、バラモスへと挑みかかった。

『甘いわっ!!』

 だが、今度は太刀筋を容易に読み取られ、拳の一撃を前に彼の大剣は天高く弾き飛ばされていた。
「…!スカラっ!!」
 身を守る術を失ったセレスへと、ニルがすかさず守りの呪文を唱える。

『それが…何になるっ!!』

ガシャアアアアアアアアアアアアンッ!!!

「ぐぁああああああああああああああああっ!!」

 しかし、バラモスの膂力の前には、彼女が張った結界も用をなさず、セレスは魔拳をその身に受けて、血反吐を吐き出しながら後ろへと吹き飛ばされた。


「マヒャド!」
『!』

ビュォオオオオオオオオオオオオッ!!

 倒れたセレスへと追撃をかけようとした次の瞬間、老人の唱える呪文と共に、バラモスを極冷の氷の嵐が飲み込んだ。
「今じゃ!!フュラス!!」
 蒼の外套に身を包み、金の額冠を付けた老賢者は、彼が導くべき少女―勇者フュラスへとそう叫んだ。

「ライデイン」

ドガァアアアアアアアアアアアアアッ!!

 彼女が手のひらを天に掲げると共に、遥か彼方より金の稲妻がバラモスへと落ち、それを打ち砕かんと轟音を撒き散らした。

『…ぬぐぅ…ぉおおおおおおおおおっ!!!』

バチィイイイッ!!

「…ぁっ!!」
「ぐぉおおおおっ!!」

 だが、バラモスは吹雪と稲妻に耐えて、力任せにそれらを振り払った。その力はそのままフュラス達へと跳ね返り、彼らを打ちのめした。




―皆…戦ってる…。

 その武器で、己が肉体で、手にした道具で、或いは力ある言の葉で、皆が持てる力の全てを以って魔王と戦っている。
―わたし…も……!
 レフィルは眼前で繰り広げられている最大の魔物へと戦いを挑んでいる人の子たる者達の姿を見て、自らも吹雪の剣を再び構えた。
―…これを…使うしかない!
 一度魔王との戦いで力尽きた自分に残された力はそう多くはない。

「ライ…デインッ!!」

 自ら痛みを受ける事を覚悟の上で、レフィルは再び吹雪の剣より黒雲を呼び起こし、紫雷を巻き起こした。


バシュウウウウウウウウッ!!!ドゴォオオオオオオオオッ!!!
バチッ!!バチッ!!

『むぅ…っ!!?』
 雷鳴の轟きと共に牙を剥くレフィルの雷は、バラモスに届くなり闇へと染め上げられて、幾度も弾けて黒い欠片を撒き散らした。

バチッ!!

「……うっ!!」
 しかし同時に、レフィル自身にもやはり全身に稲妻を受けたかの様な激痛が一度走っていた。


―やっぱり、力を求めるのね。

「……!!」
 自らの力の反動の重苦に耐えている最中、突如として心の内より”闇”が再び語りかけてきた。
―ほら、今だって”あの力”があればすぐに終わらせられたのに。
「………。」
 今は体の内にその存在を感じられない闇の力。レフィルは…”彼女”は確かにその力を用いて魔王を追い詰めていた。
―あのとき躊躇わなければ、バラモスを殺す事だってできた。ずっとあなたの…わたしの道を狂わせてきたのが憎かったでしょう?
 その心を闇に閉ざす事と引き換えに、人の理を逸するが如く魔の王を憎しみに任せて斬り裂き、死を与えんとした。
―なのに、全部あなたが台無しにしたんじゃない。死の恐怖に怯えて、バラモスへの憎しみをあなた自身で感じていたはずなのに、最後には自分で死のうとした。違う?
「でも…、あのままじゃ…!!」
 だが、それが二人の友をも苛烈なる黒雷の力に巻き込んで傷つける事となった。魔王ばかりか、仲間をも冥府へと送らんとした過ちのあまり、レフィルは絶望の極みへと落ちて、自らの雷でその命を絶とうとした。その事実を改めて”闇”より突きつけられて、彼女は声を荒げて言い返そうとしたがそれ以上言葉が続かない。

―死の恐怖におびえて戻ってきたくせに、最後は自分で死のうとした。違う?…そんな下らない覚悟しか持てない。だからあなたは自分を変えられないのよ。

 心の弱さ故に誰しも抱える矛盾から抜け出せずに囚われて、その歪みを広げた果てにレフィルは一度破滅を迎えた。勇者たるオルテガの娘として英雄の再来ともてはやされる流れを断ち切る事ができず、力も無いにも関わらず旅立ちを受け入れた。それでは確かに自らの運命を切り拓く事は叶わない。

「………。」

 ”闇”からの囁きを黙して聞きながら、レフィルは先の雷撃を放ったその先へと吹雪の剣を向けた。


『よもや…人間風情がワシをここまで追い込もうとは…』


 そこには、纏った王衣を引き裂かれ、全身にあらゆる傷を負った魔王バラモスの姿があった。流石に人の強者達が集えば、さしもの彼も無傷で凌ぎ切る事はできない様だ。
 
「追い込むと言わず、この場で終わらせてやるよぉおおっ!!」
「そうだ…!!貴様を生かしておく道理などない…!!」

 そんなバラモスに対し、勇者と奉られる青年セレスと少年アギスが、各々の剣を手に踊りかかった。

「「バイキルト!!」」

 彼らを後押しする様に、誰かがバイキルトの呪文を施し、その力を高めていた。

『ふん…弱者どもにしては腕はたしかか…』
「…っ!!」
「…ちぃ…っ!!」

 だが、二人の剣はそれぞれが魔王の両手によって遮られて、傷を与える事は叶わなかった。そのまま腕で振り払われて、彼らは仲間達の下へと弾き飛ばされる。



『なれば尚更、弱き者共の終焉を告げるには、格別な贄となろうが!!』
「「「!」」」



 そして次の瞬間、歓喜の叫びにも似た魔王の告げる言葉と共に、両の手と彼の前面に、三つの暴虐なる光が灯った。
「ま…ずい…っ!!」
 誰かがその危険性を察知した時には既に遅く、辺りは一瞬にして眩いばかりの光に包まれた。