覇道を征く者 第十二話


〜最果ての地 レイアムランド 祭壇の祠〜


「これが…不死鳥……」


 不死鳥 ラーミア

 神の僕と呼ばれる、伝説の巨鳥。
 七色の光の如き美しい姿を持つとされるが、それを知る者は誰もいない。
 異世界に住まう神が、創世のときにその背中に乗っていたとされる。


「……ついに、やったな……。」

 これまで集めた六つの光。それらの煌きを宿したかの様な羽毛に身を包んだ、七色の不死鳥―ラーミア。それを見て、ホレスはまるで言葉を失っていた。
「お前がいてくれたお陰で…オレは、伝説を目に触れる事ができた。そうだろ…?レフィル…。」
 足元で横たわっているレフィルへと目を映しながら、ホレスはそう告げていた。いつしかその体を縛る氷の棺は失われ、闇もまたなくなっていた。

「そうだろ…?ラーミア。お前を呼んだのは、オレよりも…こいつだ。」

 そして、彼は再びラーミアへと目を向けつつ、そう問い掛けていた。

 レフィルの歌声と想いによってここに呼び寄せられていたラーミアは、今は静かに佇んでいる。


バサッ…!!


 が、やがて何の前触れもなく、大空高くへと飛び上がっていた。

「ラーミア……。」

 その姿は、悠久のときを封印によって閉ざされ、解き放たれた今を喜んでいる様であった。優雅なその姿を、ホレスは呆然と眺めていた。

『………。』

 ラーミアは、大きく円を描く様にしてゆっくりと下へと降りていき、最後にはレフィルの下へと降り立っていた。
 全く動かない彼女を見て何を思ったのか、ラーミアは首を傾げながら、ただ見つめ続けていた。

『…レ……フィ…ル…?』

 ふと、ラーミアが、小さくその名を呟いていた。


キュウウウウウ……


 直後、ラーミアが悲しげな声で鳴き始めた。次いで、レフィルに覆いかぶさる様にして、体をその上へと乗せていた。



「……ん……んん………」



 しばらくして、少女の顔が苦しそうに歪むと共に、小さく呻き声を上げていた。

「あたた…かい……。…ありが…とう…。ラー…ミア……。」

 だが、程なくしてそれは、自分を守るために…自分を温めるために、その身を以ってするラーミアへの感謝の言葉へと変わっていた。

『…アリ…ガ……トウ…』

 そのとき、それに応える様にして、ラーミアもまた、レフィルの言葉をぎこちなく反芻していた。

「やだ…な…、あなたを…助けられたのは……わたしの…力なんかじゃ…ないのに……。」

 長きに渡る封印からラーミアを解き放つ事は、レフィルだけでは成しえない。生まれたばかりの鳥の体から伝わるものとは思えない温もりをその身に感じながら、レフィルはラーミアにそう告げながら、その体を優しく抱き寄せていた。そして……



「生きて…いるんだ……。わたし……」



 伝わる温もりによって、生命を失ったその体が再び動いている。掠れた声が、生きている事を実感させる。


「目を…覚ましたんだな…。」


 そのとき、上の方から自分に話しかけてくる声に気づき、レフィルはそちらへと目を向けた。

「…ホレス………。」

 そこには、一度は自らの手で、心もろとも捨て去ってしまった…ずっと会いたかった友の一人、銀色の髪の青年の姿があった。その顔に表れている想いを見て取る内に、抱えきれない多くの感情がこみ上げてくる…。


「た…だいま…っ…!」


 そして、次の瞬間にはレフィルは起き上がり、彼の胸の中へと飛び込みながら、涙にむせぶ声でそう告げていた。

「ああ…おかえり、レフィル。」

 刻まれた幾多の傷、蓄積された体の負荷。そして、その心を苛む絶望により力尽きた少女の目覚めを、ホレスは静かに迎え入れていた。
「……もう、二度と会えないと…思っ…てた…!!」
「…だが、今お前はこうして生きている。どのような形であれ…な。」
 失ったもの全てを取り戻せたわけではない。だが、確かにレフィルは死の淵から蘇った。今の彼らには、それが全てであった。
「もう…お前がそんな力を振り回す必要なんかない。だから、そんな顔をするな。」
 傷ついた体は未だ癒えず、思う様に動かせない。そして、魔王すら斬り伏せたあの力も、もう出てくる気配がない。

「…お前一人が、頑張る必要はもうないんだ。」
「……っ!!………っ!!」

 だが、その様な事など気にも留めないホレスの言葉を聴き、レフィルの瞳から、更に涙が溢れ出していた。
「オレも結局…何もかもお前に押し付けてしまったんだ。辛い思いをさせたな。」
 魔王討伐という、身に余る使命をただ一人で負う苦しみを分からずに、自ら死地へと向かわせた事への責を感じているのか、ホレスはそう告げた。
「…そ…そんな事……っ!!…けほ…っ!!」
 だが、それを一番理解していたのはむしろ彼ではないか。そう反論しようとしたそのとき、レフィルは不意に咳き込むと共に、前へと倒れこんでいた。
「………。」
「気に…しないで…。わたしは…大丈夫…だから……。」
 その体を支えながら、無表情ながらどこか悲しそうに見下ろすホレスを見て、レフィルは首を横に振りながらそう告げていた。
「レフィル…。」
 ラーミアの助けを得て、レフィルは再び生を受ける事ができたが、やはり一度負った深手がもたらすものは大きいらしい。そう実感すると共に、ホレスは思わず彼女から顔を背けていた。

「きれいな…宝石…。これも…”光”…なの…?」

 ふと、レフィルはホレスが右手に握り締めているものから発せられる光の源を見て、彼へとそう尋ねていた。
「違う…だろうな。だが…わからない。」
「…そう…なんだ。でも…」
 名も語られる事のない国の主たる女王から託された、光を宿す小さな昌石。今はただ、静かに淡い光を発している。

「これを見ていると…今は…」

 だが、それに触れていると、自然と前に進める様な気がしてくる。まさに、希望の光とも言えそうな、不思議な雰囲気を纏っていた。



「それで…ムーは…、どこ…?」

 今、この場には、レフィルとホレス…そしてラーミアしかいない。落ち着きを取り戻したところでその事を悟り、レフィルはそう尋ねた。
「…あいつは……。」
 事情は察せずとも、ムーの身に何かあった事は感じられるのか、心配そうな面持ちで目を合わせてくるレフィルに、ホレスは答えを返していた。

「そう……。」

 レフィルによって救われたその後に、自分をホレスと共にこの地へと送り、自らはバラモスと決着をつけるべくあの場へと残った。そうした経緯を全て聞いたとき、ムーもまた、自分を見捨てる事なく助けとなってくれた事に、複雑な想いを抱いていた。

「だが、”必ずまた会える”…そう言っていたんだ。あいつは…。」
「でも……」

 三人で戦いを挑んでも、全く敵う事なく終わった、人が到底及ばぬ魔王の力の領域。今のムーに―そしてメドラにどれほどの力があろうと、彼に打ち勝つ事はもとより、その場を切り抜け…再び約束を果たす事さえも至難の業と言える。いずれにせよ、苦しい状況に立たされているのは間違いない。

「そうだ。だからこそ…今から……。ラーミア!!」

 その中で尚も、彼女はまた会える、と言っていた。ならば、その役目を果たすためにも、自分が動かなくして何とすると言うのか。ホレスは頭上からじっと見つめてくる巨鳥へと向き直り…

「オレ達の大切な友を救うため、力を貸してくれ!!」

 そして、心の底からの願いを、ラーミアへ向けて叫んでいた。
 
『タイ…セツ…?』
「ああ、オレ達を守るため、たった一人で戦っている。だから、今度はオレがムーを救う番だ!!」

 首を傾げながらぎこちなく言葉を返すラーミアへと詰め寄る様にして、ホレスはラーミアへと必死に呼びかけ続けていた。

「ホ…レス…わたしも…い…く……っ!」

 その様な中、レフィルもまたラーミアへと歩み寄りながらホレスにそう告げたが、途中で力が抜けて、地面へと崩れ落ちた。
「…無茶だ、そんな体で…」
「そんな…こと、関係…ない。わたしも…ムーに…会わなきゃ…だめ…」
 己が限界を超えた力を振るい、満身創痍の状態にあってなお、レフィルの心は動かなかった。ムーの力になる事ができなくとも、まだ言いたい事など山とある。

「そうだな…。わかった、共に行こう…。」

 そうしたレフィルの気持ちを汲み取り、ホレスは彼女へと頷いた。
「ええ…。でも、あなたも…わたしのために、これ以上傷つかないで…。もう…あんな思いは…いや…。」
 そう返すレフィルの顔に、深い憂いの様な表情が浮かんでくる。これまで、ホレスはずっと命の危機からその身をかけて、自分達仲間を守り続けてきた。だが、その身に余る力を受けるたびに、彼が死地へと立たされる事が、改めて辛く感じさせられていた。

「その言葉、そっくりお前に返すぞ。お前だって…」

「…え?」
 しかし、ホレスもまた、レフィルをその様に案じていた。望まぬ道を逆らう事なく歩み続けて倒れた彼女とて、自分とそう変わらない。

「さぁ、行こうか…。」
「…ええ。」

―そうね…、きっと…ムーも……。

 互いの身を心配し合うのは、今に始まった話ではない。ムーもまた、自分達の事を案じる様な言葉を何度も言っていた気がする。

―似たもの…同士か。

 そうした中で、自分達は自然と惹かれ合うのだろうか。このとき、レフィルは何となしにそう感じさせられていた。




〜ネクロゴンド 魔王バラモスの城 対岸〜

「…流石に、おったまげたな…あれは。」

 魔物の陥穽によって、死屍累々の地獄と化した、ネクロゴンドの霊峰の山道を抜けた先で目にした光景の数々を顧みて、サイアスはそう呟いていた。
―…どこがどうなったら、あんな雷が出てきやがるってんだ。ま、俺も人の事言えねぇけどよ。
 雷雲が砕け散るとともに現れた、天を貫く黒い稲光。それは、絶大なる破壊を、魔王の城へともたらしていた。

「なぁんか面白くなってきたじゃねぇの。」

 今のサイアスには、その雷を放ったのが何者なのかを知る由もない。だが、人の進行が、この雷を呼び寄せたきっかけとなったのは間違いない。
「くぅうううううっ!!俺も混ぜてもらいてぇトコだぜ!!」
 その中にいる魔王とて、力を割かねばならない状況にある事だろう。そうしたものを思い浮かべるだけで、彼の気持ちは次第に昂ぶり始めていた。

「つーか混ぜろや!!なぁんでこんなオイシイところで、俺様だけが置いてけぼりの棒立ちなんざしなきゃなんねぇんだぁ、ゴラァッ!!!」

 だが、サイアスはただ一人、バラモスの城のある巨島の対岸にいるだけで、手の出し様がなかった。近づくこともできないもどかしさのあまり、彼はただただやるせない気持ちをぶつけるかの様にそう叫んでいた。
「…ったーくよぉ。参ったぜ、こりゃ…。」
 今回の魔王討伐の件で、”勇者”と呼ばれる者達は、自分に限らず数多く集まっているだろう。このまま戦い続ければ、彼らが魔王を討つ事とて、十分考えられる。その中に自分が入れないのは、明らかに考えたくない事だった。しかし…

「…まぁ、いつもンなモンだろうけどよ。」

 その様な中でも、サイアスは何が面白いのか、終始に渡って愉悦に満ちた表情を崩す事はなかった。




〜最果ての地 ネクロゴンド 祭壇の祠〜

「ラーミア、お願い。」

 レフィルがそう言うとともに、ラーミアはその首を下ろした。そこに彼女が掴まると同時にゆっくりと持ち上げ、器用にその背中へと乗せていた。
「…よし。」
 ホレスもまた、身を屈めたラーミアへと飛び乗り、レフィルの後ろへと降り立っていた。

「ネクロゴンド…わたし達の、友達のところまで…」
『………。』

 これから成すべき事はただ一つ。ムーを助け出す。そのために、頼みを告げるレフィルに顔を近づけて、ラーミアは無言でその目をじっと眺めていた。そうして暫く経った後…


キュアアアアアアアアッ!!!


 天高くにその鳴き声を響き渡らせると共に、光を帯びた大きな翼がはためかれ、その体はゆっくりと宙に浮き始めた。


「すごい…。」
「ああ……。」


 六の光の煌きを宿した小さな羽が、羽ばたきと共にゆっくりと下へと落ちていく。


「わたし達…飛んでるんだ……。」


 その先に見える祭壇の祠が、六つのオーブが発する光が、どんどん小さくなっていく。

「これが…神の…」
「きれい……」

 かつて神が、その背に跨り世界を創ったと言われる失われし伝説が語ったラーミアの云われ。それがもたらすもの―空の遥か彼方から見た大地の姿は、この上なく美しいものだった。

「…ラーミア、このまま前に飛び続けてくれ。そうすれば…」

 魔法の地図を開きながら、ホレスはラーミアへとそう指示を出していた。その上を舞う指針たる魔法の羽ペンが、ラーミアの進路に応じてはっきりと動いているのが見える。このまま飛び続ければ、然程時間をかけずして、ネクロゴンドへと飛ぶ事ができそうだった。


「…今度はお前の番だ、ムー。あんな下らない運命なんかから…」


 幼き日に、力と知識を求めてダーマの神殿の門を叩き、着実に才覚を伸ばし続けていた過去を持つ赤い髪の若き魔女。しかし、良からぬ思惑に巻き込まれ、やがては究極の力を得て破滅をもたらした事で、咎人の烙印を押されてその存在を封印されてしまった。そして、今もまた…

「お前なんざの好きにはさせない…バラモス…!!」
「…待っててムー…!わたしも…あなたに……!!」

 ムー、そしてメドラ。彼女達もまた、レフィルと同じく運命によって翻弄され続けた。その因縁の鎖を断ち切る事はできない。だが、それが招く悲劇から、守り抜くがために、二人はラーミアと共に、ネクロゴンドへと急いだ。


 身に余る使命は苦悩を呼び、過ぎた力は悲劇を招く。
 その過ちに気づく事なくば、更なる破滅が襲い来るは道理。
 それを身を以って知ったレフィルの運命は、少しずつ変わろうとしていた。
 
(第二十三章 覇道を征く者 完)