覇道を征く者 第三話

〜魔城 玉座の間〜


「か弱き人の身でありながら、よくぞ我が下まで辿り着いたものよ。」


 玉座に腰を下ろしたまま、王は三人の来訪者達を好奇の眼差しで見下ろしていた。
 
「魔王…バラモス…!!」

 緑の王衣、魔力が込められた大きな赤い宝玉が埋め込まれた首飾り、王の証である冠と魔を統べる者に相応しい紫のマント。そして…その手に携えるは、今だ語られない伝説にありし聖剣・王者の剣。その倒すべき敵の姿が目の前に現れたのを見て、レフィルは大きく目を見開いていた。
「英雄の替え玉か。ふ…手間が省けて丁度良いわ。」
「かえ…だま…?」
 不敵に笑いかけながら、王が発したその言葉に、レフィルは戸惑いのあまり身をすくめていた。

「かのオルテガの影を重ねられしそなたの死を以って、現世に蔓延る弱者どもの希望の根を絶つ。然すれば我が目指す道にまた一つ近づく事ができる。」
「…!」

 世界の希望とまで謳われた父―オルテガの名声が、娘である自分にまで期待を寄せる事になった事は、これまで幾度となく痛感してきた事だった。しかし、まさかその事実を、魔王その人の口から語られる事になろうとは、それがレフィルに更なる衝撃を与えていた。

「そして、メドラよ。ついに再び会いまみえる事ができたな。」

 告げられた言葉に愕然としているレフィルを横目に、バラモスはムーへと視線を向けた。
 
「あなたの思い通りにはさせない。レフィルに手を出す事は許さないし、世界も壊させない。」
「ムー…。」

 これまで言葉に出さなくとも、カンダタを失った悲しみはずっとその心の内にあったのだろう。そして、今度は大切な友人をも奪おうとしている。その様な魔王の暴挙を許さない背景にある激しい感情を宿したムーの言葉に、レフィルは何とも言えぬ表情で彼女を見た。

「まだあの男への想いは消えぬか。そもそも今のそなたが生を受けているのも、すべては彼奴が元凶。全く、余計な事をしてくれたものよ。」
「………。」

 自分の心を育んだ、豪放なる好漢―カンダタを嘲る様な物言いに、ムーは僅かに目を細めて、バラモスを睨み付けていた。
「フン…咎人の力ばかりか、そなた自身の力をも見出せぬ今のそなたに用は無い。ムーよ、再び我が手により死を与えてやろう。」
 ムーの死を以って、メドラの目覚めを得る。いつかそうした様に、今もまた…
 
「黙って聞いていれば、目的のためにこいつらを殺すだと?…冗談じゃない。」

 その時、ホレスが二人の仲間を護る様に前に出ながら、明らかに苛立ちを覚えた様子で魔王にそう言い放っていた。
 
「あんたが何をしたいのかは知った事じゃない。だが、そうはさせない。」
「身を弁えろ、小僧。魔杖の力を頼ってかの呪文を使いこなした所で、貴様も所詮は人の器を出ない。自惚れるな。」
「バカが…力に溺れて傲慢になっているのは自分だろうが。全く以って下らない…!」

 神にも匹敵する程の王の威圧感を前にしても、全く怖気づいた様子もなく、ホレスは牙を剥き出しにしながら罵言を吐きかけていた。
「身の程知らずめが…まぁ良い。貴様が我が行く手を阻むと言うのであれば…」
 冒涜と言うに相応しい愚行を犯した目の前の青年に呆れたように嘆息しつつ、王はその玉座から立ち上がり…
 

「我が力を以って、打ち砕いてくれよう!!」


 そう叫ぶと同時に、右手を天にかざした。その手のひらに光が集い始める…

「「「!!!」」」

ドガァアアアアアアンッ!!!

 同時に、三人の中心で光が一閃し、その直後、全てを押し流す力の奔流が大爆発の形を取り、レフィル達はその暴風に撒かれるままに大きく吹き飛ばされた。
「…ぐぁああああああっ!!!」
 これまでとは比較にならない程の衝撃で全身を打ち崩され、ホレスは絶叫していた。
―イオナズンか…!?くそ…!!
 イオを初めとする爆発の呪文の最上級の力を突然に発動させるだけの呪文の実力。その想像を絶するまでの魔王の御業に、彼は焦りを覚えていた。
「く…レフィル!!ムー!!」
 撒き散らされた、爆炎が視界を遮っているが、二人の仲間も同じ呪文を受けている事は間違いない。ホレスは彼女らの姿を探しながら必死に呼びかけた。
 
「あぁぁぁぁっ!!」
「!!」

 そのとき、前方から、レフィルが叫びながら駆けていく音が耳に入ってきた。
―な…っ!?
 後れて、バスタードソードを両手で握り締め、彼女が王のもとへと突進していく姿が目に入った。

「うつけめが。」
「…っ!!」

 しかし、彼女の剣の間合いに入るのを待たずに、バラモスは掲げた左手に太陽の如き煌きと威光を宿した巨大な火球を生み出し、それを目の前のレフィルへと投げつけていた。
―メラ…ゾーマ!?

シュゴオオオオオオオオッ!!!

 灼熱の恒星の如き業火は、レフィルを飲み込むと同時に巨大な火柱を上げ、大気を震わせるまでの唸りを上げて燃え盛った。
 
ズンッ!!

「…ほぅ。」
 だが、程なくして、火柱の後方に何か大きな質量を持った物が落ちて、地面を揺らす音を聞き、バラモスは小さく歓声を零した。着弾寸前に唱えられたアストロンの呪文によって、鋼と化したレフィルの体がメラゾーマの向こうに転がっている。
「だが、今度は逃がさぬぞ!!」
 絶対の守りの呪文に身を委ねたまま動かぬレフィルに向けて手のひらをかざしながら、王は力を集め始めた。

「させるかっ!!」
「イオラ」

バチバチッ!!ドゴォッ!!
ドガァアアアンッ!!

 再びレフィルへとメラゾーマの火球が放たれようとしたその時、ホレスの魔杖により放たれた雷と、ムーの力ある言葉によって呼び起こされた爆発が王を打ち据えた。
「小賢しい…だが、その程度か!!」
 紫のマントに包まるようにして身を固めた体勢のまま、バラモスは左右から挟撃してきた二人へとそう一喝した。
「…くそ…っ!!やはりこの程度じゃ…!」
「ハッハッハ…身の程知らずもここに極まったな。なればワシが叩き込んでやろう。これが…埋める術なき力の差というものだっ!!」
 牽制とはいえ、加減の無い一撃を放って傷一つ負っていないのを見て舌打ちするホレスと、反対側で無言で佇むムーのそれぞれに向けて、王は愉快そうに笑いながら、両手を彼らに向けてかざした。
「まずい…っ!!」
 直後、ホレスとムーのそれぞれの近くで一筋の閃光が走り…
 
ドガァアアアアアアアアアンッ!!!

 次の瞬間、魔王の左右で、イオナズンによる二つの大爆発が、同時に二人を襲っていた。
「…!!」
 ムーは爆発から逃れる事ができず、そのまま壁に叩きつけられて、力なく地面に落ちた。

ガッ!!

「…ぬ…?」

 だが、それと同時に、王の体に向けて、鋼よりも硬い竜の爪が肉薄していた。
「喰らえぇえっ!!」
 それは―ホレスの放ったドラゴンクロウは、王のマントを引き裂いただけに留まり、それ以上の傷を与える事は無かったが、彼はそれで止まる事無く、再びバラモスへと躍り掛かっていた。

ギャンッ!!

「……!?」

 しかし、その攻撃が魔王の喉元を捕らえた刹那、金属音が鳴り響いた。
―こ…これは…!?
 ホレスのドラゴンクロウを受け止めたもの…それは、神々しい輝きを宿した広刃の刀身を持つ王の剣であった。
「王者の…剣…!?」
 竜の爪をその腹に受けても傷一つ付かず、悠然と魔王の手中へと収まっている伝説の聖剣―王者の剣。それは、メリッサらから聞いていた以上の存在であった。
「かぁあああっ!!!」
 王が力任せに剣を薙ぐと共に、ホレスは大きく後ろへと仰け反った。
 
バキッ!!

「…!!」
 体勢を立て直して王の攻撃に応じた次の瞬間には、剣を受け止めたドラゴンクロウが根元から折られて宙を舞っていた。ホレス自身にも王剣の切っ先が触れて、手傷を負わせていた。
「さらばだ!!愚か者よ!!」
 痛手を受けて僅かに怯んだところに、王が間合いを詰めて、斬りかかってくる。
―やられる…!!
 今のホレスに、その攻撃を防ぐ術はなかった。

ギィンッ!!

「…!?」
 だが、その直前で、ホレスの前に紫の外套が翻ると共に、その主によって王の剣は受け止められていた。
「………。」
「レフィル…!?」
 そこにいたのは、緑の竜鱗の鎧を身に纏った、勇者の宿命を背負った少女―レフィルであった。彼女は、人の希望を込めて創られ…そして託された、最強の剣を以って、聖剣と切り結んでいた。

ガッ!!

「!」
「…ぐぁ…っ!!」

 しかし、その拮抗も長くは続かず、力負けしたところでの追撃を防いだ反動で、レフィルは後ろへと突き飛ばされ、背後にいたホレスもまた、一緒になって床へと倒れた。
「…こやつ…!」
 それでも、今の攻防の結果が気に入らないのか、バラモスは忌々しげにそう零していた。僅かな間とはいえ、自分が人間の女の…それも子供の力に圧倒されるなど…。
「だが、これで終わりだ!!」
 その心境とは裏腹に、目の前には自分に仇なす者達が無防備に倒れている。バラモスは、呪文を発動するべく、左手を彼らへとかざした。
 
「パルプンテ」

「……!?」
 だが、そのとき、背後で少女が呪文を唱える声を聞き、王は知れず知れずのうちにその動きを止めていた。

「現世と虚構の狭間に揺蕩いしは昏きものども、其は理を貪る幽玄の器とならん。」

 そこでは、ムーが理力の杖をバラモスへと向けて構えながら、詠唱を紡ぎ続けていた。そして、その全てが唱え上げられた時…
 
「莫迦な…っ!?」

 レフィル達に向けて放たれた呪文は、何も呼び起こす事無く虚空に消えていた。
―これは…呪文封じの力か…!?
 気が付くと、自分の周りに紫色の霧が立ち込めている。魔力を集めた左手の周りは、それを吸って赤く色づいている。どうやらこの霧が、呪文を封じ込めてしまったようだ。
 
『そこ…だぁあああっ!!』

 バラモスは呪文を放とうとした体勢のまま、備えなき姿を晒している。その機を逃さず、ホレスは一気にその懐へと飛び込み、左手をバラモスへと叩きつけた。

ドガァアアアアンッ!!

「…ぐっ!?」
 その攻撃に応じようとした瞬間、ホレスの左手の内に収まった爆弾石が爆発を起こし、バラモスは剣もろとも後ろへと仰け反った。

ザッ!!

「…!!」
 間髪入れずに、レフィルが剛剣を手にバラモスの前に出る。そして…
 
ズンッ!!

 その切っ先は、初めてバラモスの体を捉えていた。その体から紅い血が流れ落ちる…。
「ぬぅうっ…!!」
 続けて繰り出されるバスタードソードの斬撃を前に、王は傷の深さを確かめる暇もなく応じざるを得なかった。
 
ビシィッ!!

 だが、次は背後から何か重いものが叩きつける様な痛みに、バラモスは思わず苦痛に表情をしかめた。後ろには、黒い鎖状の武器―ドラゴンテイルを再度引き寄せて放つ、ホレスの姿があった。
―こやつら…!!
 パルプンテによる究極の力が関与しているとはいえ、魔の王たる自分が人間などにここまで追い詰められている現状に、バラモスは腹の底からの激情を、正直に感じていた。
「ぬぅううんっ!!」
 ドラゴンテイルを巧みに操り、連続で攻撃を仕掛けてくるホレスに向けて、バラモスは間合いを詰めて斬りかかった。だが、彼はその瞬間に攻撃の手を止め、すぐにかわしていた。
「逃さんっ!!」
 攻撃を止め、回避に専念し始めてからも、王は執拗にホレスを攻め立て続けた。
 
「いいのか?オレなどに気を取られていて。」
「なに…っ!?」

 ふと、反撃の暇も与えられずに必死に剣を避け続けているホレスの言葉に、バラモスは思わず注意を後ろに向けていた。
「…なっ…!?」
 そこには、勇者の替え玉たる少女が、左手に蒼い魔剣をこちらへと構えている様子が見えた。
―あの…力は!?
 携えた魔剣・吹雪の剣から湧き出す黒雲の中で、紫の雷が幾度となく巻き起こり、剣もまたその力に覆われていた。やがてそれが、切っ先で一つに集約したそのとき…
 
「ライデイン…!!」

 レフィルはその呪文を唱えていた。
 
バシュウウウウッ!!ドゴォオオオオオッ!!
ドシュウウウッ!!ズガァアアアアアッ!!!


「ぬがぁあああああああああっ!!」

 雷鳴による衝撃と、紫雷による滅びの力に打ちのめされ、バラモスはおぞましいまでの絶叫を上げていた。

ドガァアアアアッ!!!

「ぐ…ぉおおおおおおおっ!!!」

 天雷に匹敵する程の凄絶な連撃を受けて尚、バラモスはその生を留めていた。しかし、纏う豪奢な王衣は、見るも無残に引き裂かれ、焼き焦がされていた。

「天の最果てに普く光球…其は総てを灼き、総てを灰燼に帰せ…」
「!!」

 だが、レフィル達の攻撃はそれで終わりではなかった。

「メラゾーマ!!」

シュゴオオオオオオオオオオオオッ!!

 空の彼方より招かれた火球が、バラモス目掛けて迷いなく落とされ、地に衝いたその時、それは巨大な火柱と化して天高く昇っていた。

ザンッ!!

「「「!!」」」

 が、その直後、魔王の身を焼くはずだった灼熱の一柱は、内側から縦に引き裂かれて二つに分かたれ、そのまま消え失せた。

「よもやこのワシが…そなたら如きにここまで追い詰められるとはな…。」

 その中から、剣を手にした王者が、再びその姿を現した。その体に無数の傷を負い、片膝を屈したその姿からは、先程までの威厳は感じられなかった。

「…なるほど。力に溺れている…か。先刻にそなたが申した通りであったなぁ…ハッハッハッハ。」
「!?」

 だが、王は先程自分へと出過ぎた言葉を言い放ったホレスの方を見やり、実に愉快に笑っていた。三人を圧倒していた呪文の力を封じられたと同時に受けた怒涛の反撃から感じた感情。脆弱な人間の手によって窮地に追い込まれた事実から感じた苛立ち。それは、彼がいかに”力”に傾倒していたか…その報いが来た結果を示していたのかもしれない。そうして何かを感じたのか、バラモスはただただ笑い続けていた。

「なれば…ワシも驕りを捨てねばならぬ様じゃな。」

 顔に不気味なまでの笑みを保ったまま、そう告げると共に、バラモスは再びレフィル達へと向き直った。同時に、その圧倒的な存在が放つ重圧が蘇る…。
 
「かぁああああああああっ!!」
「「「…!?」」」

 突如として、王は獣の咆哮にも似た雄叫びを上げながら、左の拳へと力を込めた。

ズゥウウウウウンッ!!!

 それは、城の床へと一心に叩きつけられ、その衝撃は三人のもとにまで伝わってきた。
 
ゴガァアアアアアアアッ!!!

「なっ…!?」
「く…崩れる…っ…!?」
 すると、王が殴りつけた部分から、巨大な亀裂が広がり…
 
ゴォオオオオオオオオッ!!!

 大地の底より、灼熱のマグマが呼び起こされ、辺りに熱気が噴き出し始めた。

「さぁ来るがよい!!力とは如何なるものか…今度こそワシが指し示してくれよう!!」

 燃え盛る紅蓮の中で、魔を統べる王は、その腕に炎を纏いながら、実に愉しそうに笑い声を上げていた。