三人の休息 第七話

「さて…次はどうなさいますかな?」
 昼間のアッサラーム、客を招かんとする声が飛び交う中、ニージスは側にいるレフィルとムーへとそう尋ねていた。
「…どうする…って…」
「……。」
 彼女達は、ニージスの姿を見て、少し気まずそうに顔を背けていた。行き交う人々もまた、皆思わず目をそらしていた。

「その趣味の悪い服、どうにかならないのか?」

 その後ろから、幾多もの荷物を背負った銀色の髪の青年が現れた。
「はっは、遊び心は大切ですとも」
「その遊び心に、一体何ゴールドつかったんだよ…。」
「なぁに、今の君には10000ゴールド程度、安いものでしょー。」
「…もういい。」
 呆れ返るほどの派手な衣装に身を包んだニージスを見て、ホレスはもはや言うべき言葉を失ってがっくりとうなだれた。
「時にホレス、もうお体は大丈夫なので?」
「当たり前だ。…流石にあの時は危なかったが、もう問題無い。」
 最後の最後で、”根性の一撃”を受けて死にかけたにも関わらず、今は何事もなかったかの様に立っている。ところどころに包帯や絆創膏などの治療の跡が見られていたが、その足取りは至ってしっかりしていた。
―化け物ですな…。
 あの時ばかりは、楽天家のニージスでさえも、もはや助からないと思っていた。しかし、彼はこうして生きて帰ってきた。カンダタでさえも耐え切れなかったバクサンの根性のメガンテを受けて意識を残していたのは、ホレスただ一人である。
「…しかし、随分と買い物が楽になったな。」
「ですな。」

 ゴールドパス

 とある財閥が発行した、特別な金色のカード
 いかなる店であれ、あらゆる料金を半額に値切ることが出来る。

 セレブリティパス

 持っているだけで様々な特典を得られる白銀のカード。
 娯楽施設の常連の中でも、特に王侯貴族などの裕福な階級向けに発行される。
 その額は国家予算を積んでも足りない程である。

 ホレスの手の内にある二枚のカード、それが彼がすごろく場で得た最後の賞品であった。一行はそれらを使ってアッサラームの商店街で買い物を楽しんでいるところであった。
「まだ金ならたくさんある。他に何か買っておくべきものはあるか?」
 加えてすごろく場で他に手に入れた幾多もの宝を換金した事で、ホレスの手元には有り余るほどのゴールド金貨があった。まさににわか成金といった状態である。
「ふむ、衣装はもう十分に買いましたかね。」
「もうお腹いっぱい。」
「お前らな…」
 ニージスもムーも、大量の買い物袋を抱えて至極満足そうにしている。しかし、衝動買いの類に巻き込まれたようなどこか抜けている様子に、ホレスはやれやれと肩を竦めた。
「……。」
「レフィル?」
 ふと、その中で一番堅実に…多くを買わずにいたレフィルが黙り込みながらうつむくのを見て、ホレスは足を止めて彼女を見た。
「…これが…最後…なんだよね…。」
「最後…か。」
 レフィルが憂いているのは、この先の旅立ちからの事の様だ。
「不安…なんだな…。」
 ホレスの合図地に、レフィルは少し迷うような素振りを見せた後に、頷いた。
「安心して。あなたの不安は私が終わらせるから。」
「ムー…。」
 一方で、ムーはレフィルの手を引っ張りながら、目を合わせてそう告げていた。その様な二人の気遣いに、レフィルは少し安堵したように、その表情を僅かに綻ばせた。
「…そうだな。よし、…ならばいっその事、次の旅立ちへの準備を整えておこうか。」
―…いっその事、逃げるにしても…手は打っておくに越した事は無いしな。
 既に楽しむべきことは全てやった。レフィルの先なる不安を取り除くべく、ホレスは一人先へと足を進めた。


「あら?お帰りなさい。お買い物は終わり?」
 アッサラームの宿に向かうと、その中でメリッサが待っていた。
「はっは、十分楽しみましたとも。」
「そうねぇ、随分と素敵なお洋服じゃない。」
 派手な服をまとうニージスを見て、メリッサは暖かな笑みを浮かべた。
「…早速で悪いが、実はあんたに聞きたい事があって来た。」
「あら?何かしら?」
 ホレスが唐突に話を切り出すと共に、側にいる三人の表情も変わるのを見て、メリッサは不思議に思い首を傾げた。

「魔王バラモスについて、知っている情報をまとめておきたい。」

 ホレスのこの言葉で、メリッサは表情を固まらせた。
「あんた達はバラモスと戦ったと聞いている。オレはそいつを倒すために、少しでも情報が欲しいんだ。」
 レフィルを縛る唯一にして絶対の存在―魔王バラモス。ホレスがそれと戦うための準備をしている事は既に明らかだ。だが…
―”オレは”…って、一人で戦うつもりじゃないでしょうね。
 それよりもメリッサには、彼が語った事の一片が示す意味を取って、困惑の表情を浮かべていた。
「そうね…どこから話そうかしら。」
―あなたに死なれちゃったら今度こそこの子は…
 勇猛果敢で強靭な肉体と、人望に溢れる高潔な精神を持つ大盗賊カンダタ。ムーはその庇護の元で育ち、彼を支えに生きてきた。その彼でさえも、結局は戦場の中へと消えて、ムーの前からいなくなると、彼女は今度はホレスに懐くようになった。その彼が同じ運命を辿ろうものならば、今度こそムーを…メドラを止められる者は誰もいなくなってしまう。今度も同じ悲劇を繰り返す訳には行かない。

「なるほど…随分と手強いな…」
 一通りの話を聞き終えて、ホレスは頷きながらそう呟いた。
「だが、少なくともこれで奴の基本的な戦い方は分かった。」
「…でも、それでも全力じゃない…かもしれない…」
「なに。それでも対策なしに突っ込むよりは断然良い。奥の手を使ってくるというのであれば、その時の話だ。」
 ここにはバラモスと戦った経験のある者が集まっている。それを利用しない手は無い。たとえそれで知った事が見せかけの力であるにしても、少なくともその力に敗れる危険はなくなる。
「むしろ、全力を出させる前に、一気に片付けられればそれが望ましい。魔王などとぬかしていても、所詮は一つの生命に過ぎない。致命傷を与えればそこで勝負は決する。」
「…ふむ、ですが、その一撃を与えうるのは…。」
 確かに魔王とて、この世に数多ある命の一つに過ぎない。だが、魔物の王と呼ばれるだけの力は健在である。堅牢な外皮と底知れぬ体力、並みの攻撃では通用しないどころか、反撃のチャンスさえ与えてしまう。
「”王者の剣”…とか言ったな。」
「おぅ、俺の悪魔の鎧を一撃で壊しやがった。とんでもねぇ剣だぜ…あれは。」
「しかも偽物だって言ってたから…。どれだけすごいのかしらね、本物は。」
 バラモスが手にしていた王の剣。あらゆる名剣も頑丈な鎧も容易く切り裂くだけの力を秘めた恐るべき剣。おそらくはまともに切り込んでも、こちらの剣が壊されてしまうのがオチだろうか。
「加えて…炎による攻撃か。」
 最上級の火炎や爆発…閃光の呪文に加え、大地からの炎をも用いて、バラモスは多くの仇名す者達を灰燼に帰した。
「炎に強い素材の防具でも用意しておくべきだな。」
 あれだけの力を有する炎に対して、それがどれだけ通用するかは分からない。しかし、この炎を潜り抜けられなければ攻撃を届かせる事も難しい。
「そうだな…一度全部取り揃えてみようか。」


「お…あの時の姉ちゃんじゃねぇか。」
 果たしてホレス達が一軒の防具屋へと足を踏み入れると、そう出迎えの声が掛かってきた。
「覚えていたのか…。」
「おぅ、まあ無事で何よりだよ。どうだったい?あの鎧は。」
 ホレス達が入店したのは、以前、レフィルの鉄の鎧を購入した店舗であった。
「…はい。今は…もう壊れてしまいましたが…」
 バハラタの一軒で、エリミネーターの斧によって粉々に砕かれてしまったが、その前に…幾度かその鎧に助けられた場面もあった。
「嬉しいねぇ。」
 その一部始終を聞いて、店主は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「やっぱり”戦乙女”様のお褒めにあずかれるたぁ、それ以上の喜びは無いぜ。」
「……え…ええっ!?し…知って…!?」
 満面の笑顔の店主の言葉に、レフィルは驚愕を露わに後じさった。”戦乙女”の称号は、クトルに名声を指摘された後で確認している。
「そりゃあそうさ。一体あんたは何者なのか知らねぇけど、最高の宣伝効果だよ。ホント。」
「…そ…そうなんですか…。」
 名が広がっていくのは知っていたが、まさかここの店主にまで知られているとは思わず、レフィルは未だに驚きが収まらなかった。
―…でも、思えば…”オルテガの娘”って事は分かっていないんだよね…。
 ”戦乙女”の肩書きの中に、特に”オルテガの娘”と触れられている様なものはなく、真実を知るのはほんの一握りの人間だけらしい。つまりはオルテガの名声を差し引いても、彼女自身はそれなりの評価を受けている様だ。

「…で、今日は何の用だい?色々と置いてあるぜ。」
「ああ、実は…」

 ホレスは店主へと事情を説明した。炎に強い防具が欲しい事のみを伝え、バラモスとの戦いについてはレフィルの心境を鑑みて触れなかった。
「ほぅ、そうかい!だったら丁度良い品があるぞ、ちょっと待っててくれ!!」
 それを聞いた店主は、すぐに店の奥の方へと飛んでいき、すぐに巨大な箱を抱えて戻って来た。
「…こ…これは……」
 その中身を見て、レフィルは目を見開いた…
「ドラゴン…メイル…」


 ドラゴンメイル

 平均相場 4500G
 耐熱性に優れたドラゴンの外皮をふんだんに使った鎧。
 重量はそれなりにあるが、鋼鉄製の鎧よりも一段階上の強度をも有する。

 それは、ドラゴンの鱗が板金の表面に取り付けられた、女性用の深緑の鎧であった。古の女神が身につけるに相応しい程の…芸術的にも見事な出来栄えであった。
「”竜の女王”様をモチーフに作った逸品だ!…まぁ、折角作っても誰も着てくれる娘がいなくてな。」
「竜の…女王…?」
 竜の女王…彼女もまた、緑色の鎧を身にまとい、バラモスと戦いを繰り広げていた。深い意識の底にあるその印象が、ムーの頭に浮かび、暫く周りのものが見えなくなっていた。

「それで…代金は…?」

 ホレスから見ても、それはかなりの値打ちのある品であるとすぐに察することが出来た。今の所持金の量は余裕があるが、それでもその大半が削られる事を覚悟していた。

「うんにゃ、あんたらからは代金とれねぇ!ビッグゲストだからな。当店からのプレゼントとして受け取ってくれ!」
「…え…!?ほ…本当に…!?」
 これだけの名品を無償で差し出す程繁盛しているのか、それとも…それだけ世の中が甘くなっているのか。店主は喜捨でもする様に、レフィルへとドラゴンメイルを差し出した。
「よし。おーい!!こちらのお客さんを試着室まで案内してくれ!!」


「…で、これでどうだい?」
 幾度かの手直しを経て、店主はレフィルへとそう尋ねた。
「…すごい……動き…やすい…」
 感じる相応の重量にも関わらず、レフィルは然程の苦もなくそれを身につけていた。
「じゃ、お披露目と行こうぜ!女神サマ!!」
 店主がそう茶化すと共に、カーテンが開かれて、レフィルの姿が外に露わになった。

「これは…。」
 ホレスは彼女の姿を見て、思わず感嘆の溜息をついていた。ムーもまた、先ほどと同じ様にただただ立ち尽くしていた。

「…え?…ホレス?…ムー…?」

 金色の縁取りを持つ板金が、女性の曲線を描く様に組み合わされ、その上を深緑の竜鱗が覆っている。それは無骨でもなく、そのくせ弱々しくも見えない。腰には蒼い魔剣・吹雪の剣、背中には水鏡の盾、そして…頭には冠とも兜とも取れる、エメラルドを湛えた銀と蒼のサークレットが彩り、レフィルの戦士としての風格を高めていた。


「みんな…見ているな…。」
「……ああ、流石にあの親父が張り切って作っただけの事はある。」
 次の目的地に向かう最中、レフィル達は道行く人々の視線を受けて肩を竦めていた。
「…誰が見ても…変なのかな…。」
「似合っているけど似合っていない。」
「…え???」
 身に纏う逸品の数々とは裏腹に、レフィル自身は恥ずかしそうに赤面し…その体の動きもどこかぎこちない。見てくれは調和が取れているが、行動とはどうにも一致しない様だ。
「しかし、鎧着ていて重くはないのか?」
「…うん。この前もあまり重くは感じなかったし。良い防具屋さんだよね。」
 確かにあの防具屋も、装備者の事を考えて最善を尽くしているのは分かる。しかし、それ以前にレフィル自身が生まれもつ、体の地の力はかなり大きいと見て間違いないだろう。

「…?…何か騒がしいな。」
「え?」

 ふと、ホレスが遠くからの音を耳で受けて足を止めたのを見て、レフィル達は揃って首を傾げた。
「何が聞こえたの?」
「…いや、ここではまだ何も分からない…。その場所に行かない事にはな…。」
 ムーに訊かれて更に耳をすましても、商店街の喧騒に阻まれて、それ以上聞き取れない。
「…一度、行っているか。」
 レフィルとムーもホレスの言葉に頷き、三人は、アッサラームの中心へ向かって歩いた。


「ルイーダの酒場へようこそ。久し振りね、レフィル。」

 急に立てられた事が見て取れる真新しい建物の中に入ると、多くの客が入り乱れて酒を酌み交わしていた。その奥に進むと、見覚えのある人物が出迎えてきた。
「る…ルイーダさん?…どうしてアッサラームに…?」
 果たしてそれは、アリアハンの酒場を営む女主人、ルイーダであった。しかし、何故その彼女がここにいるのか。
「ここは出会いと別れの場。そういう云われを変われて、冒険者の皆さんをおもてなししてたわけ。」
「…ああ。随分と盛り上がっているな。」
「どうやらアナタはもう全部分かった様ね。」
 既にホレスは周りからの会話で、大体事情を飲み込めていた。
「何が…あったの?」
 レフィルはそれでもまだ分からず、ホレスへとそう尋ねた。

「ネクロゴンドへの道が、今開かれた。」
「「…!!」」

 それは、レフィル達を驚愕させるには十分なものであった。
「まさか…こんなに早く…。」
 近い将来に、この時を迎えていただろう。しかし、まさに”今”来ようと誰が予想しただろうか。
「そうよね。まぁ、”サマンオサの”が頑張っていたみたいだからね。」
「サイアス達か。」
 ネクロゴンドに続く道を切り拓いたのは、サマンオサの勇者、サイアスの一行らしい。
「私がアリアハンから派遣されたのは、いつまでもサマンオサばかりに良い顔はさせたくないって事みたいだけど…。それと…レフィル。」
 ふと、名指されて…レフィルはきょとんとした面持ちで顔を上げた。

「あなたに王様から伝言よ。『すぐにアリアハンに戻り、王城へ向かわれたし』だそうよ。」
「…!!!」

 言伝の内容に、レフィルの目が大きく見開かれた。
「その様子から見て、あなた達も魔王に挑もうとしているのは分かるわ。王様はその事で改めてお話をされたいみたいよ。」
「……。」
 ネクロゴンドへの道は開かれた。そうして魔王討伐の最終局面を迎えた今、…一体どの様な用事で呼び出したのだろう。レフィルの心の内に不安が渦巻く。
「それと、丁度あなたにお客さんがいるの。会ってくれないかしら?」
 加えてもう一つ用件があるらしい。レフィルは反射的に頷いていた。

「わかったわ。ハンさーん!!レフィルさんがお呼びよーっ!!」

 すると、酒場の中に、ルイーダの呼び声がこだまする。

「お久しぶりです、お三方。」
「ハ…ハンさん!!どうしてここに…!?」

 程なくして、褐色の肌を持つ、小柄な商人がレフィル達の前に現れた。
「カリューさんから聞いたのです。あなた達がオーブなるものを探している事を。」
「カリューから?ああ…一応それなら…」
 レイアムランドの祠に共に立ち寄り、蒼と紫の宝珠の入手にも彼女は立ち会っている。そう考えれば不思議ではない。
「まずはこれを…。」
「…!!それは…!」
 突然差し出されたそれを見て、三人は自身の目を疑った。
「ほう、これはビンゴの様ですね。」
「は…はい…まさかこんなところで…」

 黄色い輝きを湛えた球状の宝石。それは今まで集めてきた”六の光”の内の四つに酷似した雰囲気を醸し出している。
「こ…これで五つ…!あと…ひとつ…!ありがとうございます!」
 ハンに礼を言いつつ、ホレス達はそれを受け取った。
「しかし、ハン。ハンバークはあんたがいなくて大丈夫なのか?」
「はい…これでも大分持ち直しました。これからが復興の大切な時であるのは間違いありません。ですが、バラモスを倒さぬ限り、また同じ事が起こるやもしれません。」
 サマンオサ軍を送った雷霆宰相ザガンもまた、バラモスの手先であった。
「ですから私も、バラモス討伐の為に同志を募ってここまで来たのです。お互い頑張りましょう!」
「そうか…あんた達も…」
 ハンバークから来た腕自慢の荒くれ者達が、ハンの後ろに控えている。彼らもまた、バラモスを目指して旅立つつもりの様だ。
「オレ達はアリアハン王に呼び戻された。だから一度戻らなければならない。」
「そうですか。では、またいずれ会えることを信じて!」
「ああ、また会おう!!」
 互いに別れを告げて、再会を約束しながら、彼らはそれぞれの道へと戻った。

「行くぞ。」
「はい。」
 三人はアッサラームのルイーダの酒場の外へと出た。
「ルーラ!!」
 酒場の入り口から三つの閃光が青空へと舞い、南西の方角へ向かって飛んでいった。


「よくぞ戻った!!アリアハンの勇敢なる若者よ!!」

 かくして、勇者の宿命を背負わされた少女の最後の冒険が始まろうとしていた。

(第二十一章 三人の休息 完)