三人の休息 第五話

「ど…どうなってるの…!?」
「おぉう…!?まさかあそこまでやるとは思いませんでしたな!!」
 すごろくの盤上で繰り広げられる快進撃を見て、流石のメリッサとニージスもそう驚きの声を上げずにはいられなかった。
「…い…いったい…何が…??」
 レフィルもまた、眼前の光景に目を疑っている。
「…ありえない。だからこそホレス。」
 その一方で、ただ一人ムーだけがどこか機嫌良さそうにすごろく場を眺めていた。

―大衆遊戯場も案外大した事ないんだな。
 着々と盤上を進みながら、ホレスは心中でそう一人ごちた。
「……こんな隙だらけの構造で、よくやってきたもんだ。」
 サイコロを振るい、その目の数だけ進む。今度はサイコロを振れる数を増やすサイコロマスへと降り立つ。
「さぁ、次だ。」
 続けて分岐点でわざと危険度の高い道を選ぶ。罠や落とし穴、マイナス効果のマスが乱立する危険地帯の中央に位置する宝箱を回収し、自身は然程大きな被害を受ける事なくそこを踏破していた。
―ゴールか。たわいもない。
 そして、最後の旅の扉を潜り抜けた先に見える終着点を眺め、ホレスは退屈そうに嘆息した。


「…な…なんなんだ!?あの男は!?」
 すごろく場の上部に設けられた特別席…ぶくぶくと太った成金風の男が、目を怒りに爛々と輝かせながらそう怒鳴った。
「や…やめさせろ!!あれはどう見てもイカサマだ!!」
「で…ですがオーナー!!どちらにせよこのままでは、我々の立場が…!!」
 一体どの様な手を使っているのか、盤上の青年はすごろく場に仕掛けられた罠の影響を殆ど受けず、その中に隠された宝物のみを手に入れて順調に先に進んでいる。その手口を見破れるかどうかに関わらず、彼の存在はすごろく場を破滅に導く事は間違い無い。
「ど…どうすればいいのだ…!?」
「こ…こうなったら…神頼みしか…!!」
 その状況に対して全くなす術もなく、彼らはただ祈る事しか出来なかった。
「「天神様…!!どうか我等の願いを聞き届けたまえ…!!」」
 厄をもたらす招かれざる客を打ち砕かんと、その場の皆の祈りが、天の神へと捧げられた。


―…何を馬鹿な事を。
 遠くの方で慌てふためいている者達の声を聞き取り、ホレスは呆れた様に鼻を鳴らした。
―あんたらの事なんか知ったこっちゃない。オレは全部持っていく。
 途中にある宝と言うべき宝は既に全て彼の手中にあった。あとはゴールを目指すだけである。

―当たりだ。倍率は108倍だったな?
―バ…バカな…!?何故そこまで当たる!?
―…そこに入ったからだろうが。
―え…えぇい!この勝負は無効だ!!
―じゃあなにか?ここはロクに客に配当を渡せない様な救いようもないカジノなのか?笑えない話だな。
―……!!!

―宝を見せびらかしてわざわざ取ってくださいと言ってる様なものだろうが。何を今更。
 宝やゴールドを随所のマスへと配置する事で、客の目を引いてきたのだろう。だが、ホレスにとってはそれらは格好の獲物でしかなかった。
「さぁ、終幕だ。」
 ゴールまで後6マス。その間に障害物が多数点在しているが、6が出ればそのまま終幕である。ホレスはサイコロを振るおうとした。

ゴゴゴゴゴ…!!

「……!」
 しかし、不意に辺りに地響きが起こり、辺りを揺らした。
―しまった…
 それにより、手にしていたサイコロが手から零れ落ち、狙い目から外れた角度へと転がっていく。
―…4…か。くそ…よりによって面倒な…。
 出た目が導いた先は、マス全体に大きな?マークが描かれた紫色の床を持つマスであった。
―ハプニングマス…何が…起きる…??
 何が起こるか分からない…それがハプニング。ホレスは舌打ちしながら不測の事態に身構えた。

 数多の嘆きを省みぬ者よ
 我は打ちひしがれし者達に代わり
 汝に裁きを下さん

 その時…辺りが急に暗くなり、不気味なまでに低い声が場内に響き渡った。
―…裁き…!?
 一体何が起こるというのか。ホレスは酷く焦った様子で警戒を深めた。

バキッ!!
ドスゥウウウンッ!!

「…!?」
 不意に、すごろく場の天井が砕け、何かがマスの上に落ちてきた。
「なに…!?これは…!!」

ドッカァーンッ!!

「ウワーハッハッハッハッハッハーッ!!絶体絶命の境地にありながら、尚も譲れぬものがあるたァええ根性しとるのォッ!!!」
「!!!!」
 爆発と哄笑と共に現れた者に、ホレスは絶句するしかなかった。

 ?マス ハプニングマスです。不思議な出来事があなたに訪れるでしょう。

―何が不思議な出来事だ!?
 ルールブックに書かれていた一説…。今目の前に現れたのは、不思議というレベルのハプニングではない。


「おおお…!!天神様…っ!!」
 ホレスが踏んだマスの上に、天の果てから降ってきた大巨人とも例えられそうな雄大な体格を有する奇天烈な容姿の大男を見て、オーナーは歓喜した。
「我等の願いが通じたぞぉおおっ!!」
 彼がそう叫ぶと共に、辺りに歓声が沸き上がった。
「イカサマをした報いだぁー!」
「天神様!!どうか天罰を!!」
 そして会場は、ホレスに対する罵言とバクサンに対する賛辞の声で一杯になった。


「おぉ…!!て…天神様…!遂に現界なされましたか…!!」
 その頃、グリンラッドの小屋のベッドの中では老人が人知れず、そう寝言を言っていた。
「我が恨み…!どうか晴らして……ムニャムニャ…」
 夢にまで見る程に、杖の恨みが強いのだろうか。彼はただただ夢の中で、”天神様”へと祈りを捧げていた。


「ムムゥッ!!!そこにおるのはホレス坊!!よもやお主だとはなァッ!!数々の嘆きを知った上で、尚も己が信じた道を進むかァッ!!ウワーハッハッハッハッハーッ!!」
「…く…まさか…あんた…!!変化の杖の事で…!!」
 バクサンの言葉を聞き、ホレスはすぐに一つの結論へと至った。偽物を用いて変化の杖を守り抜いたまでは良かった、だが、よりにもよって最悪の相手と出会う羽目になった事を、このときホレスは本気で後悔していた。
「如何様な形であれ、再び会いまみえるが幸運!!存分に楽しもうではないかァッ!!!」
「…えぇい!!例えあんたが相手でも…変化の杖は渡さない!!」
「おぉう!!自らワシに挑むかァッ!!今日程嬉しき日はないぞォッ!!ウワーハッハッハッハーッ!!」
 こうなってしまった以上、もはや逃げ道はない。ホレスは覚悟を決めて、バクサンへと挑みかかった。

ドガガガガァーンッ!!

「ぐっ…!!」
 大量に投じられた火薬の塊が炸裂して生じた衝撃に、ホレスの足が止められる。
「どぉりゃああああっ!!」
 バクサンはそこで…突然空高く飛び上がった。その巨躯から信じられぬ程のハイジャンプの勢いそのままに、彼はホレス目掛けて落下した。当然ホレスは踏み潰されまいと身を引く…

ズゥウウウンッ!!ブワァアアアッ!!

「…なにっ!?」
 地面に激突した瞬間に、そこから強烈な衝撃波が走り、そのままホレスを吹き飛ばした。どこがどうなったらあの様な攻撃が出来るのか。どうにか体勢を立て直しつつ、ホレスは離れた位置に着地した。
「ムムゥッ!!これをかわしたかァッ!!精進しておるのォッ!!」
「……っ!!」
 今の攻撃を凌いだと思ったのも一瞬の事、バクサンは突如としてホレスとの間合いを詰めて目の前へと現れた。
「ぬっはぁああっ!!」
 そして、その巨大な掌を大きく広げて、そのまま張り手を繰り出してきた。

ガンッ!!

「ムムゥッ!?」
 しかし、その攻撃でホレスが吹き飛ばされる事はなかった。
『…ぐ…ぉおおおおっ!!』
 確かにバクサンの攻撃はホレスを捉えていた。しかし、その直撃寸前で、ホレスは鬼神の仮面を身につけて、その守りの力でどうにか耐え凌いだのだ。だが…
―…な…なんて…威力だ…!!
 仮面の守りを通じて伝わってくる衝撃に、ホレスは苦悶の表情を表わした。
「おおぉうっ!!わが一撃を受け止めるたぁ流石はワシが見込んだ男じゃのォッ!!!」
『!!!』
 バクサンは一際嬉しそうに笑いながら、更なる攻撃を仕掛けてきた。

ガガガガガガガガガガンッ!!
ピシッ……!!

『…な…!?仮面の…守りが…!!』
 一撃一撃の威力はそのままに目にも留まらぬ速さで繰り出される無数の張り手、その恐るべき力を前に、遂に仮面の守りが限界に達した。

ガシャアアアアアアンッ!!!

『ぐああああああっ!!!』
 守りの力が砕かれると同時に叩き込まれた一撃を受け、ホレスはマスの上に転がった。
『…ま…まだまだぁ!!』
 しかし、彼はすぐに立ち上がって、右手に雷の杖、左手に隼の剣を取った。
―こ…こうなったら…!!
 おそらく真っ当な手段で戦いを挑んでも、正面から力で押し切られるのがオチである。ここで勝つためにはもはや手段を選んでいる場合ではない。
「ウワーハッハッハッハッハッハーッ!!皆がそなたを疎む中でもまだ戦い続けるかァッ!!その志…まっこと見事なものよのォッ!!」
 そして、勝たなければ先に進めない。バクサンはどうあっても戦い合う事を楽しみ、どうあってもそれを逃れる事も出来ない。
「どぉりゃあああああっ!!」
 不意に、どこから取り出したのか、バクサンは途方もなく巨大な箱を取り出してそれを思い切り放り投げた。

ガシャアアアアンッ!!ドドドドドドドド…!!

「――――っ!!!?」
―な…なんだあれはぁああああああっ!!?
 それを見て、さしものホレスもこの上ない恐怖と驚愕で顔を歪ませた。箱から飛び出した大小無数の玉…それらは全て、バクサン自慢の強力花火であった。その威力は未だ計り知れない…!!

ズガガガガガガガガガガガガガガガガァーンッ!!!

 最初の一つがホレスの側で爆発して程なくして、すぐ隣の花火へと引火し、?マス全体に強烈な輝きを有した、苛烈なまでに美しい華が咲き誇った。
「ムムゥッ!?火薬の量を間違えてしまったかァッ!!ワシとした事がええ根性しとるのォッ!!ウワーハッハッハッハーッ!!」
 その爆発の中、バクサンはただ豪快に笑い続けた。


「オ…オーナァアッ!!こ…このままでは危険です!!」
 その頃…オーナー専用の観戦席では…皆がパニックに陥っていた。
「天神様を信じろ!!必ずやあの疫病神を追い払ってくれるとな!!」
「ですがオーナー!!既にここも…!!」
 爆風で飛び散った花火の余波は、すごろく場全体に及んでいた。飛び散った花火はすごろく盤だけでなく、観客席や天井…そして、ここにまで及んで破壊の限りを尽くしていた。
「えぇい!!最後の宝さえ守り抜けば、再興などどうとでもなる!!」
 部下が混乱しているのをそう諌めながらも、オーナーもまた、崩れ行くすごろく上を眺めて苛立っているのか、その声には酷く動揺した様子が感じられた…

ドガァーンッ!!

「ギャアアアアアーッ!!」
「お…オーナーぁあッ!!」
 しかし、その彼も…遂に爆風に巻き込まれて、思い切り吹き飛ばされた。


「ウワーハッハッハッハッハッハーッ!!青天の霹靂たぁまさにこの事かのォッ!!こうして自ら場を守り立てて行くのもえぇもんじゃのォッ!!」
 ようやく爆発が収まった場内に、バクサンの哄笑がこだまする。辺りの散々な有様など感じていない様子で、彼はただ笑い続けていた。
「ムムゥッ!!?後ろかァッ!!」
 ふと、突如としてバクサンはそう叫びながら後ろを振り返った。

『…っ!?』

 完全に後ろを取っていたと思っていた矢先に、急に百八十度回転した目の前の大男の離れ業にホレスは絶句した。
―あ…ありえない…!!こいつ…これでも人間か!?
 仮面とドラゴンクロウの二重の守りに覆われた左手に握った爆弾石、それをまさに無防備な背中にぶつけようとしたと矢先の事だった。

「ぬっはぁああっ!!」

バシィッ!!ドガァーンッ!!

 しかもバクサンはあろうことか、振り下ろされたホレスの左の掌目掛けてあろう事か自身の左手の張り手を繰り出してきたのだ。
―ど…どうなって…やがる!?
 いかに強靭な肉体であっても所詮は生身の人間に過ぎない。それでも全くためらう事なく爆発へと手を差し入れて全く何事もなかったかの様に立っている。
―一体何の冗談だ…!!
『だが…負けるわけにはいかないんだぁぁあああっ!!!』
 雷の杖も爆弾石も通用しない。しかし、ここで負ければ何をされるか分かったものではない。しかも、間もなくゴールと言う所で今更後に引きたくもない。この機を逃せば二度と手にする事は叶わないであろう宝物への執念が、彼をこの未知なる怪物へと挑ませていた。
『喰らえぇええええっ!!』
 叫びと共に、ホレスは左手に隼の剣を取り、星降る腕輪の力と共鳴させて思い切り振り回した。そこから無数の斬撃が迸り、彼はそれを容赦なくバクサンへと叩き込んだ。

ギギギギギギギギギギィンッ!!!

『なにぃっ!?』 
―…き…金属音!?アストロン…!?いや違う!!
 しかし、それらは場にそぐわぬ音と共に全てバクサンの体の表面で弾き返されていた。どうみても彼は防具の一つも身につけている様には見えない。

「ウワーハッハッハッハッハーッ!!!どうじゃあァッ!!?この根性ッ!!」

 その様な中、バクサンは全く信じられない事を、実に当たり前の様にそう述べていた。
『こ…根性だとぉおおおおおおっ!!?』
 ホレスは今度こそ…完全に我を失った状態でそう絶叫していた。

ガシッ!!

『……!!?』 
 そうしている間に、彼はバクサンに体を掴まれて抱きとめられた。
『な…何をする…っ!?ま…まさか…っ!?』
 必死にもがこうとするも、ホレスの力でそれを振りほどく事は出来ない…

『は…離せぇええええええええっ!!!!』
「メ…ガ…ン…テェェエエエエエッ!!!」

ピカッ…ド…ドン……!!!

 ホレスの叫びも虚しく、巨大な爆発がすごろく場の天井を一瞬で吹き飛ばした。


「あぁあああああっ!!す…すごろく場がぁああっ!!」
 天高く上がった眩き光と共に、巨大な爆発の余波ですごろく場全体が崩壊を始めた。
「こ…これで今度こそ…あの疫病神めは…ふ…くくくく…!!」
「オ…オーナーァアアッ!!しっかりして下さい!!」
 もはや既に錯乱しているオーナーを見て、部下一同は、もう怯えた様子で叫ぶしかなかった。


「………!!!!」
 レフィルは眼前で起こった爆発を見て、ただただ絶句していた。
「お…おぉう!?さ…流石に…!?」
「…ほ…ホレス君……こんな…終わり方って…」
 いかに悪運が強いホレスでも、これではもうお終いである。誰もがそう思っていた。
「…でも…こんな終わり方はやだ。」
 ムーもまた、憂いに満ちた様子で、ポツリとそう呟いていた。


「…る…か…」

 その様な皆の心境をよそに、煙の中から…
「…まけ…るか…!!絶対に……手に入れて…やるぞ…!!」
 完全に崩壊したマスの隅で、ホレスはよろめきながらも立ち上がっていた。その足はガタガタと震えながらも必死に前へと進んでいる。

「…な…なんとっ!?」
 煙から現れた影を見て、ニージスは思い切り後ろへと仰け反った。
「サ…サイコロ…!?ま…まさかあの子…!?」
「生きて…いた…。」
 それは間違い無く、根性のメガンテを至近距離で受けて消し飛んだはずのホレスが投じたサイコロであった。
「…ホ…ホレス…」
 三人が驚きを隠せずにいる側で、レフィルは煙の中で生きていたホレスの身を案じていた。

「バ…バカな…!?て…天神様でも…!?」
 神と呼ばれるまでの男が繰り出した、まさしく渾身の一撃を受けて尚も、憎き略奪者はまだ死んでいない。そんな彼を見て、すごろく場のスタッフ達は、再びパニックへと陥った。
「や…やめろ…!!これでは…!!」
 皆が狼狽するのも虚しく、無情にも、文字通りサイは投げられている…。


「これで……終わりだ………っ!!!」
 そして、勢いを止めたサイコロは、ゴールへの道を示す目…2を返してきた。震える足で歩みを進め、栄光への扉を開いた時、轟音と共に崩れ逝くすごろく上の中に、歓声と悲鳴が飛び交った。