三人の休息 第四話

「ポルトガからは…南東か。」

 ポルトガの港の前で、サイアス達は宙に吊るされた船乗りの骨を囲んでそれを注意深く観察していた。
「ロマリアからは…南だったわね。」
「で…イシスからは北やったね。」
 ルーラの呪文を用いて各地を飛び回り、その随所で幾度か船乗りの骨の反応を見る事で、彼らはそれが示す方角と距離を算出しようと試みていた。
「…この内海の中にある何かに反応してやがるな、コレは。」
 イシス、アッサラーム、ロマリア、そしてこのポルトガのどの地でも、その諸国が囲む内海の方角を指し示しており、位置によるその変動も大きかった。これから、サイアスは今の結論へと至っていた。
「…で、どないするん?」
「決まってるだろ。早速出航するぜ。」
 船乗りの骨が示す何かがこの海の中にあるのはほぼ間違いない。サイアス達は側に停泊してある船に乗り込み、錨を上げて早速出航していた。


「サイ…コロ??」
 それが、目的地に到着した時のレフィルの第一声だった。
「……何だここは。こんな酔狂なものを一体誰が思いついた…?」
「はっは、神の気まぐれとでも申しておきましょうか。」
「何を馬鹿な。」
 その巨大な建物は、周囲の露店を押し退けるようにして建っていた。その入り口にあたる部分には、筋骨隆々の男がサイコロを掲げている姿を象った、金色のオブジェがズラリと並んでいて、不気味な雰囲気を醸し出していた。

ボテッ…ゴロゴロ…

 ふと、建物の内部の奥の方から、ホレスにしか聞こえない程度の小さな音が届いた。
―サイコロの…音か。
 柔らかなテーブルの上に転がるサイコロの音…。しかし、彼にはそれが、どこか異質なものに聞こえていた。
「はっは、まぁ折角来たからには中に入りましょう。」
「………。」
 ニージスに言われるままに、一行は内部へと入場した。

「旅人のすごろく場へようこそ!!」

 出迎えたのは、お洒落なデザインの礼服に身を包んだ、この遊技場のスタッフと思しき男だった。
「…すごろく場?」
「はっは、あちらをご覧いただければと。」
 困惑しながら、レフィル達はニージスが指差す方を眺めた。遠目から見るとそれはまさしくすごろく盤であった。しかし…その上には……

「おっしゃあ!!6だぁっ!!」

 駒の代わりに、人間がマスの上に乗っていた。巨大なサイコロを転がして、出た目に従って盤上を悠々と進んでいる…。そして、彼が止まったその先を調べると…

「な…なにぃっ!?お…おとしあ…なぁああああっ!!?」

 突如としてそのマスが二つに割れて、男をその中へと飲み込んだ。
「…なるほどな…。」
 人間が駒となってすごろくを進む…いわば、人間すごろくという物なのだろう。その為か、一マス一マスが大きめに作られている。それで広いスペースが必要だったのだろう。
「…そうだな。ルールはどうなっている?」
 ここまで大規模なすごろくとなると、制約も何か特別なものがあるのだろうか。そう気になってホレスはニージスへとそう尋ねた。
「おっと、そうでしたな。こちらをご覧下されば。」


 旅人のすごろく場 ルールブック アッサラーム支店版

 参加資格
 ・すごろく券一枚につき、お一人様一回のゲームをお楽しみになれます。
 ・参加料金は請求いたしません。但し、ゴールドはお持ちになって下さい。

 基本ルール
 ・こちらでは、一ゲームにつき、サイコロを十八回振る事が出来ます。

 失格
 以下の条件を一つでも満たした方は失格となります。

 ・サイコロの残り回数が無くなった場合。
 ・所持金を全て失う
 ・すごろくの場外に出る。
 ・その他、何らかの原因でゲームの続行が出来なくなった場合。


「ああ、さっきは丁度三つ目の条件に引っ掛かったと言う事か。」
「飲み込みが早いですな。」
 先程の男は落とし穴に飲み込まれて、場外へと放り出された。それがすなわち失格であると、ホレスはすぐに理解したようだ。
「おや?他のご三方は?」
 ふと、レフィル達の姿が無い事に、今更気がついたのか、ニージスは左右を見回した後、首を傾げていた。
「…倣うより慣れろ…か。」
 一方のホレスは、然程疑問に思った様子も無く、そちらへと振り返りながらそう呟いた。
「…おやおや。」
 レフィルとムーがメリッサに案内されて、すごろくの振り出し前に立っていた。まずはムーがメリッサから受け取ったすごろく券を係員に手渡して、最初のマスへと降り立った。
「君はどうします?すぐにやってみますか?」
「いや、もう少しだけ様子を見よう。気になるマスもあるしな。」
 ムーが巨大なサイコロを持ち上げて、すぐさま放り投げるのを横目に、ホレスは盤面全体を見渡しながらルールブックの続きを読んだ。

 マスの説明(一例)
 サイコロマス:マスに描かれた数字に応じて、サイコロの数が増減します。
 トラップ:落とし穴、トラバサミといった罠が仕掛けられています。
 宝箱:すごろく場自慢のお宝が入っています。ラッキー!
 店:すごろく場でしか買えない珍しい品々を取り揃えております。
 宿屋:スタッフ一同が、精一杯のおもてなしで、あなたの旅の疲れを癒します。
 ?マス:ハプニングマスです。不思議な出来事があなたを待っているでしょう。

 この他にも沢山のマスがございます。


「…一体誰が作ったんだ、こんな複雑なもの…」
「だから神の気まぐれだと…」
「もういい…」
 すごろくの基本的な要素は確かに含まれている。しかし、各々のマスで発生する様々な事象の仕組みまではまるで理解出来ない。一体どうなっているのか…。

ガチャンッ!!

「……!!」
 不意に、盤上の方から何かが閉じるような音がするのが聞こえてきた。
「おやおや…」
「…こんな罠まで……」
 その姿を見て、ニージスはおかしそうに笑い、ホレスは呆れた様子で嘆息した。

「…むー……。」

 突如としてマスから現れたポールに吊り下げられた網の中にムーは閉じ込められていた。
「残念ですが…ここまでですね。」
 ニージスがそう呟くと共に、囚われたムーの姿が掻き消えて、スタート地点にまで戻って来た。すごろくの続行が不可能である以上、これ以上続ける事は出来なかった。
「…今度はレフィルの番のようですな。…まだ行かないので?」
「…ああ。しかし、旅の扉まであるのか…このすごろく場は。」
 平原や森などの基本的な地形はもちろん、宿や店…果てには旅の扉まで備えている。その有様はまさに、冒険の大地の縮図そのものであった。

ガラガラガラッ!!

「きゃああああああっ!!?」

 その時、何かが崩れる音と共に…上方から大量の岩石の雨が降り注いだ。
「おぉうっ!?レフィル!?」
 彼女は実に呆気なく岩の中に飲み込まれ、その中で目を回していた。
「運が…悪いな……。」
 程なく彼女もまた、スタート地点へと戻される。彼女は目を回したままうつ伏せになってのびていた。

「……オレの…番だな。」

 そして、ついにホレスがすごろく場に上がる時が来た。至極気が進まない様子でそう呟きながら、彼は振り出し前に立った。
「ふむ…流石の君でも怖いワケで。」
「当たり前だ。こんな訳の分からないものを怖がらない奴が何処にいる?」
「というものの、随分と自信ありそうで…。」
 いつもの様に口では逃げたい感情をあらわしているが、その顔は非常に冷静そのものであった。
「博打は…得意だったからな。」
「おや、これは意外。」
―これは…期待できそうで…
 賭け事は基本的に興味無いらしいが、別段苦手ともしていない様だ。むしろ、生来の勝負強さからさり気なく得意であるらしい。果たしてそれが何処まで生かされるのか。

「ようこそおいでくださいました。すごろく券を拝見いたします。」
 振り出しの前に立つ係員がすごろく券の提示を求めると、ホレスはすぐにニージスから手渡された券を手渡した。
「確かに確認いたしました。それでは!ご武運を!!」
 激励を背に、彼は特大のすごろく盤のスタート地点へと足を踏み入れた。


「…う…うーん……。」
 ホレスがすごろくを始めて暫くして、レフィルはようやく意識を取り戻した。
「あら?気が付いたみたいね。大丈夫?」
「あ…メリッサさん…。あいたたた…また頭にタンコブが……」
 遊び半分のムーが振るう理力の杖で殴られた所に再び頭を打ち付けて、さらに酷く腫れ上がっている。
「ホントついてないわねぇ…ふふふ。」
「???」
 レフィルの頭にやさしく手を添えてホイミの呪文を施してやりながら、メリッサは微笑を湛えていた。
「…それにしても、彼ってホント凄い子よねぇ…」
 その一方で、彼女は酔いしれた様な表情でそう呟きながら、すごろくの盤上で活躍している男の姿を見つめていた。
「ホレス…」
「ほら、御覧なさいな。遠くから見てみるとまた違うわねぇ。」
 盤上の駒となり、サイコロの目に従いマスを行く中で迫り来るハプニングと言う名の苦難。それをものともしない程の力強さと機転で切り抜けているのは、黒い外套に身を包んだ白銀の青年。メリッサに言われるままに目にしたその姿は、まさに熟練の冒険者の姿で間違いなかった。


バチバチ…ッ!!ズガァッ!!

 ホレスが掲げた右手の雷の杖から雷光が迸り、空から襲い来る人喰い餓の群れをまとめて焼き払った。
「邪魔を…するな。」
 続いて飛び掛ってきた血塗られた死の猟犬、デスジャッカルを左に握ったドラゴンテイルで薙ぎ倒し、熱気を纏った雲状の魔物…ヒートギズモは右手に持ち帰られた黒い刀身を持つ隼の剣が放つ無数の斬撃を受けて霧散した。
「これが最後か。」
 魔物達が退散していき、隠れている魔物もいない事を確認して、ホレスは武器を収めて辺りを観察した。
―特に何もない様だな。
 見たところ、マスの上に気になるものは何もない。ホレスはマスの果てへと歩き、一冊の手帳を取り出しながら先を眺めた。
―三マス先は旅の扉、四マス先は宝箱…か。
 手帳の中にはすごろく場の外観が簡単に写生されていた。
―…旅の扉は必ず通らないとな…。そのためには…
 彼はその中の現在位置に当たる部分周辺へと視線を移し、暫し考え込んだ後…
―よし。
 意を決して更に一歩踏み出した。すると、どこからともなく巨大なサイコロが投げ入れられた。
ホレスはそれを無感動に受け取ると、すぐにそれを転がした。鈍い音を鳴らしながら転がり…指し示した目は…

―4…だな。

 4…ここからだと、宝箱のマスに止まる目であった。ゴールへの道である旅の扉に止まれなかったにも関わらず、ホレスには全く焦った様子は見当たらなかった。無言で旅の扉の横を通り過ぎ、宝箱の台座へと向かう…。

「ルビー…か。…一応、売れそうな品だが…。」

 宝箱の中身は、特大の赤い宝石がはめ込まれた金色の腕輪であった。ルビーも腕輪もそれなりの価値はある良品ではあったが、ただそれだけの装飾品に過ぎないようだ。
「さて…。」
 それを道具袋へと収めつつ、ホレスは先へ進み、再びサイコロを振った。
―1…
 出た目に従い、すぐ隣のマスへと足を踏み入れると…

ビュオオオオオッ!!!

「…く…」
 突如として向かい風が発生して、ホレスをその場から吹き飛ばした。
―戻りマス…、三マス…戻る……か。
 突風に逆らわずに彼は宙を舞い、止んだ所を見計らって体勢を整えて着地した。

カチッ!!
ガラガラガラガラッ!!

 その際に、何かの罠を踏んだのか、頭上から大量の岩石が振ってきた。

ドガァーンッ!!!

 しかし、ホレスはすぐに爆弾石を放り投げてその直撃を避けた。砕けた岩が砂塵となって辺りに降り注ぐ…。
「少ししくじったか。…まぁいい。」
 思わぬ罠を踏んでしまったことで、道具を一つ失う事になったが、それを然程気にした様子もなく、ホレスは再び先へと進んだ。

―…2。よし…!

 狙い通り、次の舞台への入り口…旅の扉へと続く道が示された。渦巻く青い光へと足を踏み入れると共に、ホレスの体はその場から徐々に薄れてその光の中へと消えていった。


 一方、その時サイアス達は…

「ど…どっげぇ……!?」
「おうおうおう。早速お出ましかよ。」
「…ほぉ……これはまた…。」
「ちょ…ちょっとぉ…!?な…何なのよぉ…!?」

 大海原の中を旅している最中、突如としてそれは現れた。
「…ったく、脅かすんじゃねぇよ…。」
 眼前に見える恐るべきものを見て、サイアスはいかにも弱々しくそう呟いていた。…しかし、やはり口元は愉悦に歪み、先に待ち受けているものへの期待にも似た心情が他人目からも見て取れた。
「な…なんでそんなに平気にしてられるの…??」
「…ひぃいい…ゆうりぇい…怖い…」
 一方で、レンとカリューは、本能的に幽霊船に対する恐怖を感じ取ったらしく、身動きが取れずにいた。
「…ふむぅ、若い女子の斯様な姿も可愛らしいのぉ。」
「……なんだ?じじい、あんた怖くねぇのか。」
「ふぇふぇふぇ。どこぞの妖怪なんぞよりよっぽど小さく見えるわい。お主こそ心中で恐怖を覚えておると思ったのじゃがのぉ。」
「ハッ、…んなモンに怖がらねぇ方がおかしいだろうが。だが、それにビビって何も出来なきゃ”勇者”失格だろうがよ。」
「よぅやるわい。」
 ”勇者”に拘るその姿勢にまたか、といった様子で苦笑するジダンに対して不敵に笑いかけながら、サイアスは幽霊船を真っ直ぐに見据えていた。
「じゃ、じじい。二人を頼んだぜ。」
「うむ。油断するでないぞ。」
「ばっか言え、俺を誰だと思ってやがる。俺は、勇者サイアス様だぜ??」
 彼はジダンにレンとカリューを任せて、廃船の内部へと飛び込んでいった。背にたたずむ黄金の剣がその勇気に呼応する様に、かすかに光を零していた。