三人の休息 第三話

「迫真の演技だったわよぉ、ホレス君。」
「……ふむ、君らしくありませんでしたな。」
 サイアス達によって銀色の杖を持ち去られた時、ホレスはいつに無く慌てた素振りを見せていた。それは演技でこそあったが、実際に切迫した様な状況に立っている者が持つ雰囲気を相手に感じさせる程のものだった。
「当たり前だ。…あれが本物だったら殺してでも奪い返している所だ。あの品だって満足に見ていないんだ。…本気で取り返そうと思ったぐらいだからな。」
「…いやぁ、アレにまで感情移入しなくても…。」
 ホレスが奪われた品は本物の変化の杖ではない。だが、彼としてもその銀色の杖は見事な作品であったらしく、目的さえも見失いかけていた様だ。或いはまんざら演技でもないと言えるだろう。
「時にメリッサ、アレの完成度合いはどれくらいのもので?」
 本物の変化の杖と、先程サイアス達が飛んでいった方を交互に見やりながら、ニージスはメリッサにそう尋ねた。
「…そうねぇ。まぁ、外見では上手く誤魔化せたわね。性能は…マヌーサとモシャスの要領でどうにか二割くらい再現できた…ってところかしら?」
「……ふむ、やはり時間と道具が足りなかった様ですな…。まぁ暫くは保ってくれる事でしょー。しかし…近い将来に壊れる事でしょうな。」
「そうねぇ…。やっぱり試作品だし。」
「…近い将来?どの程度だ?」
 人の目を一瞬騙せるだけでなく、実際に使わせてみて尚も相手を欺けるものにこの短時間で仕上げる事 までは出来たらしい。だが、今度は強度の方に問題があると聞き、ホレスは二人にその事を尋ねた。
「なに、よっぽど乱暴に扱わなければ二、三日はもつ事でしょー。」
「なら十分だ。老い先短いじじいの遊び道具にはピッタリだろう。」
「おぉう……酷い事言うもので…。」
「あんな手合いに渡そうものなら、杖が台無しにされる事は間違い無い。幸い…サイアスも本気でこれを欲しがってる訳ではなかったからな。」
 サイアスが杖を欲する目的は、あくまで別の宝と”交換”する事で、自身が使う様な事は一切無い。交換したらそれで終わり、と言うのであればあの偽物でも”交換”するには支障は無いだろう。もっとも…交換相手が杖を乱用する様であれば、また違った問題が起こるだろう…が、変化の杖の力を殺したくないホレスにとっては、そんな他人の不幸などどうでも良い話だった。
「……さて、”変化の杖も奪われてしまった”事ですし、気晴らしにでも行くとしましょうか。」
「気晴らし…?」
 ふと、ニージスが話を持ちかけるのを聞き、ホレスは怪訝に首を傾げていた。
「はっは。アッサラームにお勧めの場所がありましてな。」
 その手に一枚の紙片をちらつかせつつ、ニージスは屈託の無い笑顔で笑った。



「あ〜…相変わらずめっちゃ寒いのな…。」
「むぅ…。年寄りには答えるのぉ…。」
「ホント…。頭おかしいんじゃないかしら、あの人。」
 ホレスから銀色の杖を取り上げたサイアス達はそれを欲する者が待つ、極寒の地グリンラッドへと赴いていた。
「おいじいさん。今戻ったぜ。」
 表現の中にポツリと一軒だけ建つ家の扉を叩きながら、サイアスはその主へと呼びかけた。
「待っておったぞ!!」
 すると、煩く扉が押し開けられると共に、家の主が飛び出してきた。外見はさほど変わった様子のない年老いた男のものであったが、それを感じさせぬほどの活気に満ち溢れた姿であった。
「ったく、よくこんな所に住めるよな。…で、ほら。」
 そんな彼を呆れた様子で見て嘆息しながら、サイアスは用意していた杖を手渡した。
「おおっ!!これを待っておったんじゃあ!!…うみ!うむ!これでワシの長年の夢が叶うぞ!!」
 老人は銀色の杖を受け取ると、子供のように更に気分を昂ぶらせてはしゃぎまわっていた。
「お主らには世話になったのぉっ!!この恩は一生忘れぬからな!!」
 相変わらず興奮した様子で、老人はサイアスへとそう告げてつつ、家の中へと舞い戻ろうとした。
「ちょっと待った。最近のじじいは何か貰ってありがとうですぐはいさいならかよ。第一、まだ話は終わってねぇ。例の"船乗りの骨"とやらをとっとと寄越せ。」
「むぅ、年寄りは急かすものではなかろうに。ちょっと待っておれ。」
 サイアスに呼び止められて一度は足を止めたものの、結局老人は家の中に逃げるようにして戻っていった。
「寒いぜ…ったく。また外で待たせる気かよ。」
「ご丁寧に鍵までかけてあるわね。逃げる気かしら?」
「…気の小さい奴じゃのぉ…。」

「「「………。」」」

 客人を外で待たせるどころか、礼ももてなしもなしに、すぐに別れようとするのは故意かどうかを疑いながら、サイアス達は家の外で待ち続けた。

「待たせたのぉ…。」

 そのような心配をよそに、老人はすぐに戻って来た。その手には何やら白い物を持っている。
「案外素直じゃねぇか。…ははぁ、確かにただの骨だわな。」
 老人からそれを受け取り、改めてそれを確かめる。それはやはり、何の変哲のない骨の中央に糸がくくられているだけの品であった。
「吊るしてみなさい。」
「ああ。」
 言われるままに、その骨を糸でぶら下げてみると、静かに揺れ始め、何度かの振動の後…やがて一点で静止した。更にもう一度揺らしてみても、結局は再び同じ一点を指し示した。
「一応…変な力は持ってるみてぇだな。」
「どうなっているの…?コレ…?」
「霊的なモンに反応するってのはまんざらデタラメってワケじゃねぇ…って事か…。」
 レンは不思議そうに船乗りの骨を見ている側で、サイアスはその一つの事実を確認していた。変化の杖と割りに合うものかは分からない。だが、これもまた…新たな道標となるかもしれない。
「まぁ…そんな事よりも…折角斯様に良い物を手に入れたんじゃ。ワシだけの楽しみにするのも勿体無い。」
「はい…?」
 船乗りの骨が見せた無気味な現象に首を傾げている側で、老人は銀色の杖を天にかざした。

ぼんっ!!

 不意に土煙が上がり、その中に…老人のものではない影が見えた。

「「「………。」」」

 その主を見て、サイアス達は暫しの間沈黙し…

バチバチバチッ!!ドゴォッ!!
ぶぉんっ!!ごすっ!!

 次の瞬間には、雷撃と鉄球を、二の五も言わずに容赦なく叩きつけていた。

「おーお帰り。何かあったん?」
 戻って来たサイアス達を、一人船の番をしていたカリューが出迎える。彼らにどこかやり切れぬような表情をしているのを見て、彼女は不思議に思ってそう尋ねていた。
「何の事はねぇ。変化の杖を使ったじじいがトチ狂いやがった。それだけだ。」
「へぇ…そらまた変わった事になったもんやね。」
 険悪な表情をするサイアスを見て、カリューは余計面白くなってきたのか、興味津々と言った面持ちでにやりと笑っていた。
「ま、気にせぬ事じゃ。所詮は他人事に過ぎぬからのぉ。」
「でも…あんな禁忌を犯したものに、悔い改める権利なんか無いわ…!」
 比較的割り切って考えているジダンと逆に、明らかに反発しているレン。その態度はまさしく対照的なものだった。
「禁忌…ねぇ。厳しいなぁ…レン姐さんは。」
 聖職者として一体何が許せなかったのか。この腕一本で自由奔放に世界を回り生きてきたカリューにとって、レンの振る舞いは十分に理解する事が出来ずにいた。
「…ありゃ…犯罪だよ。」
 遠い目をしてグリンラッドの氷原を眺めながら、サイアスはポツリとそう呟いていた。


「こんなところに一体何があるというんだ…?」

 その頃、ホレス達三人はニージスとメリッサに連れられて、アッサラームへと訪れていた。
「まぁ、今は何も言わずについてきていただければ宜しいかと。」
「そうよねぇ。見てからのお楽しみよ。」
 怪訝な表情のホレスに、ニージスとメリッサは愉悦に満ちた面持ちで口々にそう告げていた。
「…というよりホレス。君ほどの冒険者なら、勘付いてもよろしいと思っておりましたが?」
「…いや、心当たりはないな…。」
 ニージスの言葉を聞いている限り、冒険者ならば存在を耳にしているようなかなり有名な場所らしい。しかし、ホレスにもそれが何であるのか見当がつかなかった。

「楽しいの?」

 ムーもまた何も知らずに一緒に付いてきていたが、ホレスとは違い、興味津々な様子でそう尋ねていた。
「ええ、病み付きになるわよぉ…ふふふ。」
「メ…メリッサさん…?」
 まさに楽しそうに…妖艶に笑うメリッサを、レフィルは心配そうな面持ちで見ていた。
「心配しないでも大丈夫よ。そんな変な所に連れて行くワケじゃないから。それとも連れて行って欲しい??…ふふふ…」
「へ…へんな…ところ…って…」
 含みのありそうなメリッサの言葉に、レフィルの不安はいっそう深まるばかりであった。
―これから…一体どこへ…?
 メリッサはともかく、ニージスはずっと共に旅をしてきた信じられる仲間である。それでも、何も知らされていない今は、楽観できるほどの余裕は彼女には無かった。

「…見えてきた。あれがそうか?」
「はっは。そうですとも。」
 先頭に立つニージスよりも先に、ホレスはその建物の存在を感じ取った。
「随分と騒がしいな…。ロマリアの闘技場以上じゃないか…。」
 遠くからでも、アッサラームの喧騒にも勝るほどの様々な雑音がホレスの耳に届く。それを感じ取って、彼は僅かに不快そうな表情をしていた。
―なるほどな…だから知らなかったわけだ。
 なまじ聴力が良すぎる為に、無意識に避けていたのであろう。それならば、自分が知らなくてもあまり驚くべき事ではない。
「さて、もう少しですな。」
 そう考える側で、その場所への距離は着々と縮まっていた。

 


 その頃……

「…ほれっ!!」

ぼんっ!!

『…ええのぉ、呪文を知らぬワシでも使い放題じゃわい。』
 何かが弾むような音と、土煙が起こると共に、老人の姿が変わり、年若く、精気溢れる兵の姿へと変わっていた。彼はそんな自分に酔い痴れるように惚れ惚れとした様子で眺めていた。

ぼんっ!!ぼんっ!!ぼんっ!!

 その後も、幾度と無く様々な姿に変身しては、鏡に映る自分をずっと見続けていた。
『幸せじゃのぉ…』
 その顔には…明らかに至福の快感を感じている様子が見て取れた。

パキッ…!

『……ぬ…?』
 だが…その時……

ハラリ…

『な…なんとっ!?』
 不意に変化の杖の表面がひび割れたかと思うと、それは突如として幾重にも巻かれた紙と化して、その一部が削げ落ちた。
「…こ…これはぁっ!?」
 程なくして、老人も元の姿に戻って、驚愕の表情を浮かべていた。
「偽物じゃとぉ!?」
 手にしているただの巻かれた紙を凝視しながら、老人は愕然としてその場に膝を屈した。
「おおおおお…ワシのゆ…め……が……」
 目からは涙が流れ、口からは嘆きの声が止め処なく漏れる…。
「おのれぇ……爺の浪漫を嘲笑おうとは…断じて許せぬ…!!誰じゃ…誰が斯様な偽物を作りおった…!!」
 そして直後、その皺だらけの顔を鬼のような形相と化し、彼は怒りを露わに手にした紙を引きちぎっていた。
「天神様…我が恨み…どうか晴らしてくだされ…っ!!はぁあああああああ…!!」
 山の様に大きな体…体には不気味な意匠の腰布…独特の形に結い上げられた髪…不気味なまでに笑いを浮かべる顔……。老人はその様な神の像へと怨念を露わに祈りを捧げた。