真実の聖鏡 第十一話

「……っ…!!」
 天雷の如き一撃により、ホレスの全身は灼かれる様な激痛と押し潰される様な衝撃に襲われた。
―…くそ…!!目が…!!
 更に悪い事に、雷がもたらす強烈な光を直視してしまった為か、ホレスの視界は何度も赤滅を繰り返していた。

『我が一撃を受けて、意識を保つか。』

 満足に視界が回復する間も無く、近くでその様な声が聞こえてきた。
「……く…!!」

ズンッ!!

「…っ!!」
 構える暇も無く、鉄槌の様な一撃がホレスを襲う。

ドガシャアアアッ!!

「…ぐあ……っ!!…がはっ!!」
 雷神の剣の峰で叩きつけられたのだろうか、ホレスは瓦礫散らかる王の部屋の床へと倒れ、何度も咳き込んだ。
『満足に動けぬとはいえ尚も立とうとは…。だが、それまでの様だな。もはやこれ以上の戦いは無意味であろう。』
 黒い仮面が攻撃の威力の大半を減殺したおかげで、どうにかあの凄絶なまでの威力を有する攻撃をも耐え切る事ができたが、受けたダメージはあまりに大きすぎる。
『私とここまで渡り合えたのは、そして…私に全力を出させたのは、ここ百年の間…お主でまだ十にも満たない。恥じる事は無い。ホレスよ、私に出会ってしまった事を不幸と思って諦めるが良い。なに、今更そなたの命までは取らぬ。』
 未だ倒れたままのホレスへと歩み寄りながら、クトルは賞賛の言葉と共に、負けを認める事を勧めた。
 
「ふ……はははは……」

 しかし…、ホレスはそれを聞いてもただ乾いた笑いを上げるだけだった。
「下らぬ欲?はっ…、そんな事はとうの昔に分かってる。」
『なればそれを為して何になると言うのだ。興味本位に過ぎぬ欲望で身を滅ぼそうと言うのか。』
「力ある宝物を手にすれば伝説へと近づける…そうした興味本位で伝説を求めんとして何が悪い…?
―第一…ここでオレが負けたら、それこそこれまで集めた全てがあんたに奪われるだけだからな。
 テドンで手に入れたグリーンオーブ…それもまた、ホレスの手の内にある。クトルの目当てが宝物であるとするならば、敗北と共に、草薙の剣や雷の杖といった品々共々失ってしまう事になる。結局の所、降参などもってのほかと言う事だ。
『伝説か……まぁよい。いずれにせよ…最早大勢は決した。』
 だが、今のホレスは既に守りを打ち砕かれ、ダメージもまた大きい。それに対し、クトルは鎧を少し壊された程度で傷は負っていない。最早勝負の行く先は目に見えて明らかであった。

ギンッ!!

『…ほぅ。』
「……まだ…だ。」
 起き上がるなり、ホレスは一瞬でクトルの間合いの中に踏み入って草薙の剣を手に奇襲をかけた。クトルは咄嗟に右手の篭手でそれを受け止めた。
『……なるほど。そなたがこれだけの動きを為せたのは…。』
 天神の対武具が巻き起こした電撃によって焦がされた右の袖の隙間から、蒼い宝玉を埋め込まれた碧の腕輪…星降る腕輪がその姿をのぞかせている。これがホレスの運動能力を高め、間合いを取ったり、攻撃の手数を増やすのに貢献してきたのだろう。
「草薙の剣!!」
 その側で、ホレスは鎧へと牙を剥いている剣へと呼びかけた。

ピシッ!…ピシピシ…ッ!!

『……ぬぅ……』
 クトルがまとう白銀の鎧が、呪詛の力によって強度が弱められ、それを受けた箇所から罅が入っていく。
『邪魔な剣だな。』
「…っ!」

ドッ!!

 だが、クトルはすぐに右腕で草薙の剣を払い、続けて雷神の剣の柄でホレスを突いた。
「…ぐぁ…っ!!」
 
カランッ…!

  
「…まだ…だっ!!」
 だが、気合と共に…彼は体勢を立て直した。
『…ふ…』
 そうして足掻きを続けるホレスを見て、クトルは笑声を零した。無駄な戦いを嘲笑うものではなく、見込んだ通りの動きを見せた事への小さな歓喜からだろうか…。
 
ガチャッ!!

『!』
 その時、ホレスが身につけている左腕の手甲から三本の爪が突き出した。

ガキンッ!

 それはそのままクトルの鎧へと至り、白銀の破片を撒き散らした。
『…ドラゴンクロウか。』
―斯様な状態でよくぞ戦えるものよ。
 黒竜の鱗に覆われた手甲の先より伸びる鋼をも切り裂く竜の爪牙。その助けがあったとは言え、三度までも自分へと攻撃を届かせた事に、クトルは眼前の敵に感心…いや、些かに恐怖さえしていた。
『やはりつくづくお主は面白い!』
 やがて、感極まった様にそう言い放つと、クトルは右手の剣を思い切り振り上げた。
 
ガンッ!!
グキンッ!!

「……っ!!」
 それがホレスに向けて振り下ろされると共に、鈍い音が小さく鳴った。
「…ぅ…ぁあ…っ!!」
 次の瞬間…彼は左の前腕を押さえて、苦悶の表情でうめきながら、地面へと屈した。
『手甲で咄嗟に防いだか。だが、それではその左腕は使い物になるまい。』
 反射的にドラゴンクロウで雷神の剣を受けたが、その上から加わった衝撃の大きさのあまり、その内側にある左腕が砕けてしまった。
「……見くびる…な!!」
 だが、彼は激痛に耐えながら距離を取り、雷の杖を振るって電撃を呼び起こしてクトルへと放った。
  
『ぬぅうんっ!!』

バチバチバチ…!!
ドゥッ!!

 すると、クトルもまた…雷神の剣に秘められた力を解き放ち、更に大きな電撃を放った。それはホレスの攻撃と一瞬せめぎあった後それを打ち砕き、そのまま彼へと直撃した。
「ぐっ……ぐぉおおおおおおっ!!!」
 全身を突き抜ける様な衝裂と、全てを焼き尽くす業火の様な灼け付く様な感覚を受けてホレスは苦痛のあまり、叫び声を上げた。

カンッ!!

『雷の杖、敗れたり。』
 凄絶なまでの雷神の呵責が動きを封じている間に、クトルはホレスの右手に握られていた魔杖を雷神の剣で弾き飛ばした。
「…!」
 杖が手から離れて回転しながら離れた位置に突き刺さった所で、ホレスはようやく我に返った。
『まだ耐えるか。』
―しかし、何故だ…。何故ここまで…。
 普通の人間であるならば、既にここに至るまでにザガンの様に跡形もなくなってしまうはずである。だが、ホレスは仮面の力を抜きにしても、何度でも立ち上がって来ている。
―こやつ…不死身か…?
 致命傷こそ与えられていないものの、致命となりうる一撃は先程から幾度も放ってきた。それだけで十分なダメージにはなっている…にも関わらず……。
『だが、そろそろ終わりにしよう。』
 そこまで考えてクトルは気持ちを切り替えて、雷神の剣を振り上げた。既にかなりの時間が経ってしまい、これ以上は長居無用の状態だ。

ガガガッ!!

『…!?』
 だがその時、これで幾度であろうか…再びクトルの白銀鎧が削られて、その破片が黒い風に乗って宙へと舞った。
―これは…!?あの時の…!
 それはあまりに突然で、クトルの目でさえも追うことができなかった。まさに黒い風…黒刃によって巻き起こされた、幾筋もの裂風の如き無数の斬撃…。
『…それが、お主の最後の武器…か。』
 全てを細切れと為す程の光速の連撃を繰り出したそれは今、ホレスの右手に握られている…。炎の様に赤い猛禽の鍔飾りがあしらわれ、そこから伸びた漆黒の刃は灼熱の炎の中で生まれたと言わんばかりに、闇を思わせる色合いの中に眩い煌きを見せていた。
「…ぐ…うう……!!…うらぁあああああああっ!!」
 ホレスは聞く者をたじろがせる様な壮絶なまでの雄叫びをあげながら、右手に握る黒い剛剣を振り回し始めた。

ギギギギギギギギギギギィンッ!!
ガガガガガガガガガガガガガッ!!

 一つ一つの攻撃が奏でる余韻が聞き取れぬ程の勢いで、ホレスはクトルへと全力で攻撃を仕掛けた。
『…ぬぅ…!!これは…!?』
 目で追う事すら叶わない連続攻撃をかわしつつ、クトルはホレスの身に起こっている変化を見た。
―…あの腕輪と共鳴していると言うのか!!
 黒い暴風が巻き起こるたびに、右腕につけられた星降る腕輪の宝玉が力強く輝いている。
『これが隼の剣…か。だが…よもやそこまで素早く振ろうとは…。』
 所有者に空を舞う隼の如き身のこなしを与える魔法が込められた剣とはいえ、その連撃は人としての常識を超えていた。
『だが…!』

カンッ!!

 しかし、クトルは一度剣を振るうだけで、ホレスが持っていた黒い隼の剣を弾き飛ばしていた。
『綻びのある剣閃が私に通用するとでも思ったか!!』
「……ち…!!」
 そもそも星降る腕輪の力を借りて、出鱈目に振り回しているだけでは、綻び…軌道が読めてしまえば対処はいたって簡単だ。一喝すると共に、クトルはホレスに向けて風神の盾をかざした。

ビュォオオオオオオオオオオッ!!!

「…!!」
 盾の中心から烈風が吹き荒れて瞬く間にホレスを飲み込み…

ドゴォッ!!

「ぐ……っ!!」
 容赦なく壁へと強かに叩きつけた。
『…今度こそ、終わりの様だな。』
「…ち……!」
 左腕は動かず、残る右手に取るべき力ある武器は弾かれた。雷神の剣の切っ先を突きつけられたまま、ホレスは口惜しくもただうめくほかなかった。

シュカカカカカカカッ!!!

『!』
 その時、何かが沢山床に突き刺さる音が聞こえてきた。クトルは思わずその場から後ろへと下がった。
『…氷柱…?』
 それは先端が鋭く尖った氷柱のような氷の楔であった。それが纏う強烈な冷気から見ても、まともに受けていれば無事で済まない程の力を感じた。
 
「ホレス!!」

 そこに、氷柱を放った張本人…吹雪の剣を携えた少女が現れた。その後ろからは、赤い髪をもつ小柄な魔法使いの姿も見える。
「レフィル…ムー…」
 ホレスは助けに現れたレフィルとムーの二人ともに掛ける言葉も無く…ただ成り行きを見守っていた。
「ホレス…。」
 ムーはしばらくホレスの方を無表情に…しかしどこか悲しそうに見つめていた。
「あなたはホレスを傷つけた。もう許さない…絶対に。」
 だが、すぐに…その視線はトロルキング―クトルへと向けられた。

「ベギラゴン」

 彼女が呪文を唱えると共に、灼熱の熱波が巻き起こり…クトル目掛けて殺到した。

『バギクロス』

 だが、クトルもまた…同時に呪文を唱えていた。

ゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

「…!」
 クトルのバギクロスによる大竜巻が、ムーのベギラゴンを呑み込んだ。それはそのまま炎の嵐となって彼女の方へと迫ってくる…

「ムー!下がって!!」

 そこにレフィルが吹雪の剣を構えて割って入った。その刀身には黒い雲が纏わりついている…。
「…ライデイン!」
 その力を借りて、レフィルはライデインの呪文を唱えた。
 
バシュウウウウウッ!!ドゴォオオオッ!!

 何処までも眩い紫の雷光がはしると共に、黒雲を伴った奔流が巻き起こり…クトルのバギクロスを吹き消した。その勢いのまま、紫電はクトルへと迫る。

『…ぬぅうんっ!!』

バチンッ!!

 だが、クトルはその攻撃を、雷神の剣で叩き落すようにしてかわした。
「ライデインが……」
 今自分が持ちえる切り札の一つをいとも簡単にいなされた事に、レフィルは驚きを隠せなかった。全力の一撃すら通じない…それが彼女の戸惑いを深めた。
『……ほぅ…、これがそなたのライデインか…。危険極まりないな。』

ギィンッ!!

 クトルが不意に振り下ろした巨剣と、レフィルの吹雪の剣が交錯して火花を散らす…

ガッ!!

「……ぁ…っ!!」
 だが、交えられたのはほんの一瞬の事でしか無く、レフィルは力負けして後ろへと吹き飛ばされた。
―…応じるには応じた…か。中々やるではないか。
 力で明らかに劣る相手が僅かな間ながらも自分と切り結んでのけたのに対して、クトルは素直にそう思った。

ガキンッ!!

『!』
 不意に、背中の鎧に何かがぶつかるのを感じて、クトルはそちらへと振り返った。

カランッ……

 足元にはジパング特有の隠密が扱う仕様となっている独特の形の短剣…クナイが落ちている。それを投じたのは…
「……ちっ…!」
『…お主も、まだ抗うか。』
 瀕死の重傷を負いながらも、必死に立ち上がろうとするその姿には…運命さえも覆せると感じさせる程の凄まじい執念を感じさせる。クナイを投じた右手を差し出した姿勢のまま、彼…ホレスは地面に這いつくばっていた。
「…くそ…!」
 草薙の剣で弱められて尚、白銀の鎧は主を降り注ぐ火の粉から守り続けていた。ドラゴンクロウも隼の剣もまともに通用しない…それがどうして小道具程度の力しか持たぬ単なる短剣を防げない事があるだろうか。
「ホレス!!」
 今の一撃で、戦いの流れが一度止まったのを見て、レフィルは急いでホレスのもとに走った。

「…ベホマ!!」

 そしてすぐさま、彼へと回復呪文を施した。
「……レフィル…。」
 残された活力が全身を駆け巡り…クトルとの戦いで散々に壊された体を作り変えていく…。気がつけば、警鐘の如く脈打ち続ける痛みと熱は溶ける様に消えて、ホレスは立ち上がる事ができた。
『ほぅ、ベホマか。その若さで…そこまで高位の呪文を操るとはな。』
 ホレスを極限状態から引き戻したレフィルの最高位に位置する回復呪文を眺め、クトルは至極感心した様子だった。
『だが、それだけの呪文を操るとなれば…余程の強者であれ相応の修練ないしは慣熟が必要であろう。事実、そなたも相応の疲労を抱えておる様だな。とは言え、やはり大したものではあるのだがな。』
 本当に回復呪文の影響なのか、顔色を悪くしているレフィルにクトルはそう告げていた。呪文を行使するにあたっては、その制御が肝要となる。それは幾多の経験におるものが大きい為、補助的に呪文を使っているに過ぎないレフィルにとってはかなり大きな壁であった。逆に言えばそれさえ乗り越えてしまえば、不足は無いと言う事だが。
『バハラタの盗賊一味を倒しただけに資質は高いか。流石はオルテガ。娘にまでもその力が及ぼうとは。』
「…!!」
―バハラタ…!?オルテガ…!?
 クトルが見い出した強さの資質の根拠を聞き、レフィルは全身を突き抜ける様な感覚が走った。
『何故知っている?といった様子だな。町一つ救っておいて、名が知れぬとでも思ったか。』
「………。」


戦乙女 レフィル

 アッサラームの酒場で噂になっている新鋭冒険者。最近、仲間と共にバハラタの町で幾度も発生した婦女誘拐事件を解決に導いた。
 鉄の鎧を着こなし鋼鉄の剣を帯びている所から、少女だてらにかなりの腕前を有していると見込まれている。最後にアッサラームに立ち寄った時は、不思議な意匠の三叉の剣を手にしていた。


 自身の与り知らぬところで、名声ばかりが高まっていく…。その事実を再び突きつけられて、レフィルはやり切れぬ気持ちになった。
『ホレスといい、お主といい…そなたらの様な若者がよくぞ、ここまでの力を身に付けたものだ。いずれは更なる高みにも望める事であろう。』
 だが、クトルから見れば…それは小さな事でしか無かった。レフィルで言えば、一瞬とはいえ自分と切り結べるだけの力と技量、加えて類稀なる呪文の資質。ホレスならば呪いを受け付けぬ体質と、元来の体力と気力、そして何者にも動じない執念。磨けば光る宝石の原石の様な才能を持ち合わせている事は間違いは無い。
『いずれ…だがな!』
 しかし、今は脅威と称するに値せぬ、一介の冒険者でしかない。クトルがそう言い放つと同時に、彼の手の内にある雷神の剣の周りに雷が集う。

バチバチ…ッ!!

「来る!」
「…下がって!」
 
ドゥッ!!
パキパキッ!!

 雷神の剣から電撃が放たれると同時に、レフィルは吹雪の剣を地面に突き刺して氷の盾を張った。金色の雷と、氷昌の巨壁が激突し…せめぎあっている。

「ヒャダイン」

 ムーもまた、氷の嵐を巻き起こして援護する。無数の氷の楔が雷へと牙を剥き、吹き荒れる吹雪によって部屋は氷に覆われた。

パキパキッ!!
ビシッ!!

「…防ぎきれない!!」
 だが、それだけでは…雷神の剣の力には及ばず、氷の盾は音を立てて崩れ始めた。
「散れっ!!」

ダッ!!
ザッ!!

 すかさずホレスは星降る腕輪の力でその場を離れ、ムーは空高く飛び上がってその攻撃をかわした。

ガシャァンッ!!

「…あ…アストロンっ!!」
 完全に氷が砕け散ると同時に、レフィルは間一髪…アストロンで雷を耐えしのいだ。
 
ドゴォオオオッ!!!

「……うっ…!!」
―二人は…!?
 砕かれた氷の粒が辺りを舞い、霧となって視界を奪っている。レフィルは吹雪の剣を構えながら無我夢中で前へと進んだ。

ガキンッ!!

「ホレス…!ムー!」
 霧が晴れると同時に見た光景は、残された武器でクトルを牽制するホレスと、宙を浮く魔法の盾の上から隙を窺っているムー…そして、天神の装備に身を固めたトロルキング・クトルの姿であった。
「バイキルト」
 ホレスが引きつけている間に、ムーは理力の杖をしっかりと握り締めつつ自身にバイキルトを施して、そのまま魔法の盾から飛び降りつつクトルへと躍りかかった。破壊力を倍増させた渾身の一撃が、クトルへと振り下ろされる。

ガキィッ!!

『…小賢しい。』
「!!」
 だが、クトルは風神の盾でその一撃を難なく受け止めて、杖ごと彼女を空へと押し返した。

ブォンッ!!
バシッ!!

 そして、落下してくる所を…雷神の剣の背で容赦なく叩き落した。
「…ムー!!」
 ムーは一度地面に思い切りぶつかって一度痙攣した様に震えた後、動く気配が無い。それを見て、ホレスは本能的に体が震え上がるのを感じた。
『そなたもだ。今度こそ変化の杖を渡してもらうとしよう。』
 ムーを倒した事を確認すると、クトルはホレスへと迫った。
「……!させるか…!」

バチンッ!!

「!」
―ダメだ!かわせな… 
 ホレスが星降る腕輪の力を借りる直前に牽制に放たれた電撃がその動きを止めた瞬間…

ザンッ!!

 巨剣の切っ先が、ホレスの体を縦に走った。
「…あ……が…っ!!」
 雷神が下す天雷の如く鋭く重い一撃を受け、彼は血飛沫を撒き散らしながら倒れた。

「……ホレス…!ホレスーッ!!!」

 血塗れになって地に伏したホレスを見て、レフィルは悲痛な叫びを上げていた。

ギィンッ!!

『!』
 そして気がつけば、レフィルは内から湧き上がる暗き感情に身を委ねたままに、クトルへと斬りかかっていた。

パキ…パキパキ……!

『…ぬぅ、これは…』
 吹雪の剣から迸る冷気が周囲の熱を奪い続けている。それにより、雷神の剣の表面に霜が下りはじめる。凍てつく冷気は、クトルのみならず…それを操るレフィル自身をも氷に閉ざそうとしている。
―こやつ…
 既に体の半分を氷に覆われているにも関わらず、彼女の顔に恐怖は無い…。

「…イオラ」

 そう唱えるのを最後に、レフィルはその瞳に何者も寄せ付けぬ様な絶望を宿したその表情のまま、完全に氷の中へと閉ざされた。

『…!!』
 同時に、絶対零度にまで凍りついた大気が呪文に呼応して、随所の一点へと集い始めた。
『まずいな…』
 クトルはすぐにその意味を理解し、雷神の剣と風神の盾を握る手に力を込めて身構えた。
―……これが、オルテガの娘…か…。
 イオラの爆発の予兆である空間の集束は留まる所を知らず、クトルを囲む様にして…極寒の冷気と極限の収縮によって金剛石の如き硬度を与えられた氷の刃を幾つも作り出している。やがて…それらは何の前触れも無く、クトルへ向けて殺到した。