真実の聖鏡 第九話
「……くそ…これはまずいな…!」
 状況は明らかにこちらが不利である。ムーとサイアスが呪文を封じられ、共に手傷を負っている。現在真っ向からボストロールを迎え撃っている戦士マリウスも同様の状態だ。対する大臣ザガンは、結界によって彼自身への攻撃は届かず、ボストロールという巨壁が未だ健在である。
―…こいつの動き……ただの魔物のものじゃない!!
 呪文を使える事を差し引いても、ただ本能のままに暴れ回るだけに留まらず、複数の敵を確実に仕留めたり、無数の矢を見切る程の正確な精度を持つ早業を、単なる魔物が持ち得るとは到底思えない。

ドゴォッ!!
ぼんっ!!

「…をぉっとぉおおっ!?」
 目の前で蒼い髪の男が、ボストロールのメイスを脳天から受けると同時に霧散した直後、隣で実に焦った様子の悲鳴が聞こえてきた。
「ニージス!大丈夫か…?」
 マヌーサを使ってギリギリでどうにか避けたらしい。彼のその額には、冷や汗が滲み出ていた。
「…はっは……まともに受けてたら危なかったでしょー。…素早いし技もある…。果たしてあれがトロルの動きといえましょうかねぇ。」
「あんたも勘付いてたか…。」
 洞察力・分析力は流石は賢者といったところか。ニージスもまた、ボストロールが持つ異様な何かを感じ取った様だ。

「うおりゃああっ!!」
 
ズンッ!!

「…ぐぁ…!!」
「ボウズ!!」
「サイアスさん!!」
 前面で戦っていたサイアスが、ボストロールに僅かに晒した隙を突かれてその攻撃をまともに受けて弾き飛ばされ…

ガシャーンッ!!

 王の寝室にある家具の一つに思い切りぶつかり…大破したその破片の中に埋もれた。
「…まずは一人。」
「……ハッ…ざまあ…ねぇな…ゲホッ!!」
 メイスから受けた打撃力と、王室の物に激突した事で受けた衝撃によるダメージのあまり咳き込むサイアスを、ザガンは嘲笑するわけでもなく、ただ見下ろしていた。
「フン。貴様の父同様に他愛も無いも無いヤツよ。」
「…やっぱり…てめぇだったのか…。クソ親父を殺しやがったのは。」
 その彼の言葉から、サイアスは父がこの男によって断罪された事を察して毒づく。

「殺した?…生温い。貴様の父はオリビアの入り江の孤島の牢獄に流刑にしてやったわ。」

 だが、ザガンが返した言葉は…想像を絶する程に絶望的なものであった。

オリビアの入り江

 ロマリア北東に位置する内陸部の海域。
 いつからか、潮の流れが変わり…船を入り江へと近づけぬという不可思議な現象が起こっている。
 その一説としてか、恋人を失った女の霊が引き起こしているという噂がある。

 いつからサイモンが流刑に処せられたかは知らないが、オリビアの入り江という言葉が…全てを物語っている…。
「…おいおいおい、冗談きついぜ…。ったく、ホント人間て気が狂うと何しでかすかわからないのな。流石の親父も…」
 潮流と内海によって船の進入自体が出来ない為、一般には知れ渡っていない意味ではこれ以上ない…それこそあのルザミ以上の流刑場と言えるだろう。外から船が入れない以上、救出する手段は無い。
「ったく…何が楽しくてバラモスにヘコヘコしてんだか。…つーか……てめぇらのせいで、…勇者サイモンの跡継がなきゃならなくなっちまっただろうが。どうしてくんだよ、ああ?」
 勇者サイモンの生存は、最初の言葉で既に絶望的であると分かった。もはやその息子である…サイアスが表舞台に立たなければならない事は明白となっている。宿命を背負う事は特に嫌でもないが、その壮大にして果てない様に…流石のサイアスも、そう皮肉交じりの言葉を出さずにはいられなかった。その時……

『サ…イモン……?』

 不意に、ボストロールの口から…”言葉”が発せられた。
「「「……!?」」」
 予想もしなかった事に、その場の全員が絶句して…その動きを止めた。それは、魔物の主たるザガンとて例外ではない。
「…何をしている!お前の仕事はまだ…」
「……そこ……だぁっ!!」
 呆然とした様子で立ち尽くす緑の化け物に、苛立ちを僅かに表したザガンが叱責しようとすると同時に、サイアスはその傷ついた体に残された力を振り絞って、稲妻の剣で斬りかかった。

ザンッ!!

『グ…グアァアアアアアアッ!!!!』
「…まだ死んでねぇのかよ…!」
 渾身の一撃は、ボストロールの体を大きく裂き、緑の鮮血を撒き散らしたが、急所は外したらしく…倒れてはいない。
「ベホイミ…!」
 逆に自分の方が危険な状態にある…と自覚したその時、誰かの回復呪文を唱える声が聞こえてきた。程なく受けた傷がみるみるうちに塞がっていく…。
「さんきゅ、レフィルちゃん。」
「…い…いえ…。でも…今……」
 レフィルも、今のボストロールの変化をはっきりと目認できた様だ。ザガンの粛清の道具と成り下がっていた魔物が一瞬垣間見せた理性…。それは確かに…”サイモン”の名を呼んでいた。
「ヤツが一度動きを止めたのがな…」
「ホレスも…。」
「……ふむ、何かある様で。」
 再び荒れ狂うボストロールの脅威に晒されながら、一行は…その魔物の先程の不可解な仕草の正体を量りかねていた。

ジャラッ…

「…!!」
 ふと…ホレスが小さな金属音をボストロールの方から聞きつけて、目を細めた。
「あれは…!!」
 首から下げられていたそれは、ボストロールの肥大した肉の間に食い込んでいた。
―何故あんなものを…!?やはり…!!

 銀色に輝く獅子―サマンオサの紋章が描かれた首飾り…その魔物にとって首枷にしかならないはずのそれが何故付けられているのか…。

「…!危ない!!ホレス!!」
「…ちっ!!」
 それを察しようとした時、頭上から脳天目掛けてメイスが振り下ろされた。だが…

ガンッ!!

「…受け止めた!?」
 それが彼の頭蓋を砕く事は無かった。黒い鬼神の仮面を身に付けた事で発生した守りの力が…メイスの攻撃を、何事も無いかの様に受けきっている。
『えぇい!!邪魔だぁっ!!』
 彼は続けざまに、爆弾石を一つ取り出して魔物の腹に思い切り叩き込んだ。

ドガァーンッ!!

 その爆発によってボストロールを怯ませ、自身は爆風に乗って一気に距離を取った。
「…レフィル!!奴にラーの鏡を!!」
 仮面を外しながら、ホレスはレフィルに向けてそう指示を出した。
「は…はい!!」
 それを聞いた彼女は、少し慌てた様子でラーの鏡を再び取り出した。
「させるか!!ボストロール!!その小娘を叩き潰せ!!」
 ホレスの狙いに気付き、ザガンはすぐ様ボストロールにレフィルを殺す様に命じた。
「……!!」
 ザガンのその発言は、ラーの鏡を向けられると困ると言う事を露呈していた。だが、迫り来る緑色の化け物に…レフィルはラーの鏡でその怪異を映し出す事も忘れて、思わず恐怖のあまり絶句して体を固まらせた。

「あーあーあー、女の子相手に随分酷い事させてるもんだなぁ。」
「全くだぜ。…ったく、魔物以上に魔物らしいって…笑い話にもなんねぇなぁ…!」

『…!!』

 怯えた表情のレフィルとボストロールの間に、黒髪の英雄と真紅の戦士が割り込んだ。

ズバァッ!!
ザシュッ!!

『グワァアアアアアアアッ!!!!』

 稲妻の剣と破壊の剣がボストロールの体を斬り裂き、絶叫が部屋の中にこだました。
「まぁ、汚いドブネズミのてめぇにゃ何も分からねぇだろうけどな。」
 何の感慨も沸かない様な冷え切った声で、サイアスはそう呟いていた。だがそれは、ボストロールに向けられた言葉ではなく…その目線は部屋の隅で結界の内で成り行きを見守っている小男へと向けられていた。
「…!!」
 ボストロールに届いた二振りの剣が、予想以上のダメージを与えたのを見て、ホレスは目を細めた。
「レフィル………今だ!!」
 だが、同時にボストロールの動きがしっかりと止められている。この様なチャンスは二度は無い。ホレスの呼びかけによってレフィルは我に返り、ラーの鏡をボストロールに向けてかざした。

カッ!!

『グ…グォオオ!!!』

 焼けつく様な光がボストロールを照らし出す。

『ガァアアアアアアアアアアアッ!!!』

 先程炎に包まれた時の様な、断末魔の叫びの如き慟哭を上げながら、ボストロールは頭を抱えてその場に蹲った………

『ァァアアア……が……はぁ……っ…」

 白く染め上げられた中…遂にボストロールは力尽きた。だが……
「…これは……やはり…」
 ホレスはその最後のうめきを聞き届け、その違和感をいち早く感じ取った。その声にはどこか落胆の様なものさえ感じさせる。

ドサッ…

「「「!!」」」
 ラーの鏡から発せられる純白の光が止み…やがて、その場に倒れたボストロールの正体が、皆の目に届いた。
「こ…これは…!?」
「さっきのおっさん…!?」

 骨身も残らぬ…と言うほどにやせ細った男が全身に傷を負い、血を流しながら倒れている。彼は、先程牢で見た…やつれた囚人その人であると気付くのに、そう時間はかからなかった。

「ふむ…やはりそうでしたか。」
「ああ…。だからサマンオサの…」
 他の面々が驚きのあまりその場に留まっている側で、ニージスとホレスは倒れている男…銀獅子のペンダントを身につけた囚人を見下ろした。
「…おいおいおい!こいつがあのクソ王だなんて聞いてねぇぞ、こらぁ!!」
「王…?」
「…つっても…おかげで納得が行ったんだけどな。”脳”無しの化け物にしちゃあなぁんか滅茶苦茶つぇえとは思ってたんだよ。中身がこいつだってんなら納得だわ。」 
 今でこそ見る影も無いが、サイモンは銀獅子と呼ばれた勇将たる王の姿は良く知っている。手負いの身とはいえ、いや…だからこそ、その彼がボストロールと化した時の戦闘能力は計り知れない。或いは相手が万全の状態で挑んでいたとすれば、こちらも無事では済まない…死者の一人や二人は確実に出るだろう。
 
カランッ……

「!」
 ふと、遠くで何かが乾いた音を立てて床とぶつかる音が聞こえる。
「ぬ……ぐぅ……!!」
 そちらを見やると、銀色の杖を落としてその場に蹲るザガンの姿があった。
「…ふむ。どうやらあちらも限界の様ですな。」
 王の獣化が解かれた事により、その反動が自らに返ってきたのだろう。
「あの杖は…。」
 すぐさまホレスがそれを手に取って見定める。先端が奇妙な弧を描いている何やら不思議な形の杖だ…。
「今のことを考えると、変化の杖…か。」
「ははぁ…なるほど。そう考えるのが妥当ですかな。」

変化の杖

 所有者の姿を任意に変える事の出来る魔法の杖。
 変身呪文モシャスに準ずる…或いはそれ以上の魔法が込められていると思われる。
 その強力な能力故に、一部の魔法に携わる者達の間では、禁忌の産物であると噂される。
 ただ、実際に目にした者の数自体少ないのでその存在自体を怪しむ声もあるのだが。
 

「…ここでこんな禁断の魔法具にお目にかかれるとは思えなかったな。」
 今はホレスの手の内にある銀色の杖。それを用いてザガンはこれまで威厳漂う王を騙っていたと言うのか…。
「……禁断…?禁断などとは片腹痛い…。これほどまでに素晴らしき力、使わずして何とする。」
「…それは確かにそうだな、否定はしない。だが、あんたの方が力不足だった様だな。」
 力ある物を悪戯に禁忌と怖れて近づこうとしないのは単なる愚行に過ぎない。だが、それを御するに値しない力しか持たないのであれば、それがやがて破滅への入り口とも成りうる。
「しかし、何故この様な事をしてきた?まさか世界征服をしたいなどと言った下らない理由じゃないだろうな?」
 サマンオサの急な動向の変化、突然の派兵はハンバークを圧迫し、世界にそれが知れれば更なる混乱は免れ得ないだろう。バラモスに力を借りてまで、あらゆる業を重ねてきた偽物の王…ザガンに、皆の視線が集まる。
 
「正直…その様な些末事などどうでも良かった。」

 そんな彼が最初に発した言葉は、何故か穏やかな響きであった。
「この男に…そして、サイモンに復讐を果たしてやりたかっただけだった。」
 国一つを転じさせる程にサイモンと国王を憎んでいたらしい。それでも…今の彼にはその様な様子は見られない。その憤怒と憎悪が極まった余り…全ての情動を失ったのか、それとも単に今置かれている状況に諦めを強く感じているのか…。
―或いは…な…。
 ボストロール…サマンオサ国王も失い、ザガン本人はもう既に逃げられない状態だ。それでいてまだ何か仕掛けてくるつもりだとしても、突破口は見当たらない。
「…私はただ、サマンオサの発展の為尽くしてきたつもりだった。だが、あの時…二十年前、バラモス様が世界にその名を上げた時からだ。サマンオサ国王マルテルは…この男は、私をこの国から追放しようと企んでいる事を耳にした。」
「………。」
 様子を窺うようにじっと注意を払っているホレスを横目に、ザガンの言葉は続く。
「それを決定付けたのは、他ならぬサイモンの言葉だった。英雄と称される奴が私の追放に賛同した事は、遂に私の追放を確定させた。」
「…ほぉ、流石クソ親父。能天気さが災いして、んな所で逆恨み買ってやがんのな。」
 つまり、本人が知ってか知らずか一人の男をどん底へと誘ったと言う事だろう。、無実と言えずとも、自らに非を認めぬこの男が抱く怨みを買うのも致し方ない。そもそも…流刑される罪人が私怨を抱いた所で、普通ならば何も怖くはないはずだが、相手が悪かったと言えよう。
「やがて私は流刑の身となった。先にルザミに待たせてあった船に乗り、その牢獄を脱した。だが、そうした所で…私には行く宛ても無かった。」
「そこでバラモスに出会った…と。」
「そう。」
 彼が追放された全ての元凶はバラモスと言っても過言では無い。だが、それ以上に…用済みと見れば自分をあっさりと葬ろうとした、サマンオサの上層部に…人間の心の闇に対して嫌気が差したのだろう。
「私はバラモス様から、その変化の杖と人を惹きつける力を授かった。これがあれば、こやつに取って代わりサマンオサの国を治める事が出来る。」
「……だから兵士はあんたに逆らわなかったのか…」
「国王である限り…だがな。バラモス様の力を借りたとは言え私は所詮は一人の人間に過ぎない。」
 今のザガンの言葉と、その正体が暴かれた時の兵士の様子からして、国王の姿を取っていなければ彼らを従える事は出来ないらしい。だが、その力で彼はここまでサマンオサを支配してきたのもまた事実である。
「その権力で…サイモンを断じた、というのか。」
「然様。だが、それだけでは収まらぬ。奴の言葉に賛同した者、加えてたわけた政治体制を築こうとした愚か者ども、そして…私の顔色を窺うのみで金銭目当ての害悪でしかない腐った当時の高官ども…その全てと縁を切った。」
「縁を切って…どうした…?」
「…ふん、見せしめとして処刑してやったまでよ。」
「……はぁ、成る程な。だが、だったらブレナンのあんちゃんまでどうして殺した?」
「この期に及んで私に刃向かおうという愚か者だったからだ。我が国…我が民…我が所有物をどうしようと私の勝手だ。」
「…ざっけんなよ……!…いい加減聞き飽きたぜ…」
 そして、サマンオサの全てを得たザガンは、それを自分の思うがままに操るべく…刃向かう者達を全て断罪して処刑した。ただ見せしめにする為だけに。その様に振舞ってきたザガンに、サイアスは遂に堪忍袋の緒が切れた。
「ほう。貴様でも感情を露わにする事があるのだな。」
「うっせぇよ…、俺は今も昔も自分に素直に生きてんだ。てめぇがやってる事が救えねぇ事が分かってても、許せねぇって気分は元からありまくりなんだよコラァッ!!!」
 最早無抵抗にも関わらず、人を見下した姿勢のザガンに対し、サイアスは怒りに任せて稲妻の剣の切っ先を喉元に突きつけた。
「……まぁ、良い。今頃我が兵達がかの町を攻め落としている頃だ。」
「「!!」」
 それに動じた様子も無く…彼が続けた言葉に、一同は絶句した。
「ハンバークが…?」
「然様。最早抵抗する愚か者どもは袋のネズミ、そう報告が入ってきている。」
 ハンバーク側に…赤の月海賊団など幾つかの介入こそあったものの、それでも殆ど孤立無援の状態には変わりない。戦力の格差によって、既に危うい立場にあるのは間違い無い様だ。
「止めようとしても無駄だ。もはや王たるこの男の言葉でしか奴らを止める事はかなわん。これが起きられぬ以上、もはやサイは投げられたのだよ。」
 既に王の正体は暴いた。だが、それをサマンオサ軍に知らせ、攻撃を中止させるにはあまりに時間が無い。
「彼の地を攻め落とした後は、そのまま何よりも優先してエジンベアへと進軍する様に命令してある。伝統ある国と言えど所詮は幻想に囚われし小国。例え多少の痛手を負っていようとすぐにでも攻め落とせよう。」
「エジンベアを…」
「おぉう…準備がよろしい事で……。」
 ザガンの話が本当であるならば、程なくハンバークは落ち…更なる被害がもたらされる事は間違い無い。
「…だが、付け入る隙はあるはずだ。そもそも世界最強の軍隊といっても所詮は人間の集まりでしか…」
「勘違いしているな。私は最早、世界の覇権などには興味が無い。さっきも言っただろう。全ては復讐だ…とな。これを以って…再び現世を戦乱へと引き込む。」
「ち…なんて奴だ…。」
 幾らサマンオサが大国とは言え、戦いを闇雲に続けているだけではいずれは敗れる事になる。だが、その敗北すら…ザガンが想定する可能性の一つでしか無い。どの道混乱へ導く結果に終わる…その最悪の状態を理解し、ホレスは舌打ちした。
「狂ってやがる…て言葉じゃあ片付けられないな、こりゃ。」
「ふん、何を言っても無駄だ。これより時は動く。バラモス様御自らが動くまでも無く、世界は滅びるのだ。」
 サイモンと国王に対しての憤怒はいつしか、全世界に対しての憎悪となり…男はそれを滅ぼさんと魔の王の下へと下った。抱える国だけでなく、自身の命をも賭して世界を滅ぼそうとしているのだ。
 
『残念だが、貴様の思惑通りにはなるまい。』

 その時、不意にザガンの全てを否定する様に、何者かが放つ厳かな声色がその様に響き渡った。
「!」
 いつの間にか、白い鎧を身につけた巨躯の騎士がこの部屋の中に佇んでいた。
『…既に貴様らが送った者どもには、私の手勢を差し向けてある。その足はそこで止まる事だろう。』
 誰もが呆気に取られて動かぬ中、その男はザガンにそう告げた。
「聞いていないな。その様な話は。貴様、何者だ…?ハンバークの者では無いな。」
 突如として現れた侵入者の存在は全くの予想外であったが、ザガンはそれによる心の揺らぎを悟られないようにそう返していた。何より、サマンオサの精兵に対抗しうる勢力など、今のこの世界の何処にも無いはずである。

「…!!な…なんでてめぇがこんなところに!?」

 不意に、赤い全身鎧を纏った戦士が白銀鎧の巨漢を指差しながらそう怒鳴っていた。
「……マリウス?」
 一体彼との間に何があったのか…仲間達全員は、きょとんとした面持ちでマリウスを見た。
『ほぉ、久しいな。お主の事は良く憶えておるぞ。』
「何しにきやがった!?てか…俺の風神の盾を返しやがれ!!」
『むぅ…妥当な交換と言う訳にはいかぬのか。』
 事情は知らないが、少なくとも…マリウスにとってはあまり関わりたくないのは間違い無いらしい。
『まぁいい。話は後だ。』
 そんな二人のやり取りを皆が呆然と見つめる中…巨漢の騎士は、腰に差した巨大な大剣を引き抜いた。
「……!!あれは…!!」
 それは、一見すると…それは分厚い鉄板の様にも見える、無骨な外見の剣であった。だが、刻み込まれた数多の紋様やルーンは、それが恐ろしいまでの力を秘めている事を示唆している…

バチ…バチバチバチ……ッ!!

「…!!」
 その時、大剣の表面で稲妻が何度も弾け、そのけたたましいまでの音が幾度ともなく響いた。
「皆、下がれ!!」
「!!」
 直後、ホレスはそれが発している力の正体を察し、皆に注意を呼びかけた。
「あれは…雷神の剣だ!!」
「なに…!?」
 
ギャンッ!!!

 次の瞬間…その大剣で左右に両断された大臣ザガンは、一瞬で灰燼と帰してこの世から完全に消滅した。

『…貴様が犯した罪、その身を以って償うがよい。』

 刀身にこびりついた灰を忌々しげに払いながら、白の騎士は虚空に消えた罪人に対してそう告げていた。