真実の聖鏡 第八話
「……よし、ここだ。」

 日が昇る前の早朝、サイアスの先導のもとにレフィル達は、数多くの犠牲者達の墓標が立ち並ぶ教会脇の墓場に集まった。

「ここに…何が?」
「そういや墓前に集まれって言ってたよな?」
「キリカの奴から聞いた事がある。ここにサマンオサの地下牢への抜け穴があるってな。ちょっと手ぇ貸してくれ。」
「ああ。ここか?」
「おうよ…そぉらっ…と!!」

ズズズズズ…ズン……

「よっし、開いたぜ。」
 墓石の一つをずらして除けると、隠し階段がその下から現れた。
「ここから城に…?」
「ああ。だが、城の中にも兵隊どもがウジャウジャだ。」
「正面から奴らと戦いになるのは避けたいな…。」
 サマンオサの兵士達は数が多い上に一人一人が並外れた強さを持っている。おまけに感情に振り回される様な事も無く、理屈が通じない。
「…そこでコイツの出番ってワケ。…日の出になったら、闇のランプに火を灯して再び夜にしちまう。奴らがバケモノでも視界がなけりゃ上手く動くこたぁできねえ。」
 朝になろうとした途端、突如として再び夜の闇に覆われるなど誰が予想できるだろうか。
「まぁ、それだけで完全に奴ら撒けるとは思えないが、少しは動じてくれるだろうさ。偽王の動揺を誘うにも結構いけると思うんだけどねぇ。」
「確かに、潜入は幾分楽になるかもしれないな。まさか、朝に明かりが必要になるとは思わないだろうからな。こちらも同条件だが。」
「そうだよ。逆に言えば奴らは慌てて明かりをつけて必死に探そうとする。そこをラリホーあたりで狙い撃ちにすりゃいい。」
「なるほど。いずれにせよ仕掛けたオレ達が有利と言う事になるな。」
 流石のサマンオサ兵達も、その様な事態を想定した訓練は受けていない事だろう。まともにぶつかって互角であれば、この作戦の効果でその力関係を崩す事も可能だ。
「…で、そろそろ日の出か…。」
 町を覆う城壁の淵に、光の線が現れ始める。それを見て、サイアスは闇のランプの先に指先を向けてメラの呪文を唱えた。
 
ボッ!

 ランプから闇が立ち込め、空へと昇り…みるみる内に辺りを再び闇夜の帳の内へと飲み込んでいく…。
「おっし、行くぞ!」
 完全に夜に戻るのを待たずに、一行はサイアスを先頭に墓石の底に続く穴を下りはじめた。
「レミーラ」
 ホレスの灯明の呪文が辺りを照らす。
「……何の変哲も無い通路みてぇだな。」
「その様で。サイアスは何か聞いてます?」
 その光が映し出したのは、細長く連なる石壁に囲われた地下通路だった。
「…まぁ、これが地下牢の一つに続いているとだけ聞いちゃいるけどな。俺もここに来るの初めてなんだよ。」
「……なるほど。」
 キリカによって存在は知らされていても、その中に実際に踏み入った事は無い…と言う事か。もっとも…そもそも墓石をどかす様な真似を何度もやっていれば、サマンオサの兵士達にも勘付かれてしまうだろうが。
「んじゃあ警戒は怠れないな。」
「馬鹿言え。俺を誰だと思ってやがる。俺は、勇者サイアス様だぜ。」
―どこから来るんだ、その自信は…。まったく…。
 僅かの間ながら共に戦って、未だ底が知れない程の実力を有しているのは知っている。だが、それでも…今のサイアスの言葉は殆ど自惚れに近い様に感じるのは何故だろうか。或いは勇者としての自負心の強さがそうさせているのか…。
 
ガラガラガラッ!!

「……っ!?」
 不意に、遠くで物音がしたのを聞き、ホレスは足を止めた。
「どうした、ホレス?」
「この先で何かが崩れる音がした…。」
「何だって?」
 砕かれた石の欠片がぶつかり合う様な音…一体この先で何が起こったのか。
「…だが…行くしかない。最善の道がここしかない以上はな…。」
 レミーラの光を弱めつつ、聴覚を研ぎ澄ましながら、ホレスは背負子からクロスボウを手に取り、慎重に先へと足を進めた。

―ウ……ウウゥ……!!

―唸り声…?

「誰か…いるな。」
「何…?」
 しばらく進むと、今度は苦悶にうめく様な…獣が唸るような…その様な低い音が鳴るのが聞こえてくる。
「サマンオサ兵ではない様だが…。」
―モンスターじゃないだろうな…?
 王が偽物…魔物が化けているものとするならば、その配下もまたそうである可能性は十分ある。そう…あのサマンオサの精兵達でさえも…。
「…おいおい…これは…。」
「もう牢に着いた様だな。…囚人の一人だな…こいつは…。道理で…。」
 ホレスがレミーラの光を少しずつ強めて辺りを照らすと、鉄格子に隔てられた小部屋のベッドの上で横たわる、やつれた顔の囚人であった。唸り声の主は彼だったらしい。
「酷い…。」
 顔はげっそりとやせ細り、蓄えられた口髯は萎れている。あまりに荒んだ囚人の姿に、レフィルは表情を陰らせながら、口元に手をあてていた。
「……しかし、何だぁこりゃあ……?この部屋の荒れ様は…?」
「この壊され方、人間の手によるものじゃないわね。」
 光に照らされた部屋に散らばった瓦礫…。壁には大きな穴が空いている。だが、そこに佇むのは魔物でも何でもない、ただの衰弱した囚人…。
「まぁ…今は偽物の王の部屋に行くのが先だな…。」
「ああ。だが…一体何なんだ…?」
 考えれば考えるほど余計に分からなくなってくる。だが、今はそうして思考する時間さえも惜しい。サイアスの催促のもと、一行は牢の出口を探した。
「…しっかし、銀獅子と呼ばれた猛将も、今じゃすっかり形無しだな。」


銀獅子 マルテル(現サマンオサ王)

 サマンオサの国旗に描かれた紋章の徒名で呼ばれる猛き王。
 若き日から戦場に出て、勇猛なる戦い振りを見せて以来、銀獅子と恐れられる様になる。
 その一方で王としての器量もあり、その善政を民に慕われていた。
 しかし、いつからか突如として人が変わった様に変貌してしまう。

「……あばよ。憎まれ口の一つも叩けねぇと来ると、流石に張り合いもねぇわ…。」
 誰もが元来のサマンオサ王がこの場にいる事に気付かない。サイアスはベッドに横たわる王に哀れみさえ覚えていた。
「行くぞ。ここからが本番だ。」
ガシャッ!
 ホレスが持つ最後の鍵の金色に輝く先端が変形して、牢の鍵を内側から開き、鉄格子を外した。


 その頃、宿屋の一室では…

「う…うーん……。」
「おお、気がつかれましたか!」
 昨日、サマンオサ兵達と戦っている最中に突如として降り注いだ雷霆を受けて、気を失っていた神官の女が目を覚ましていた。
「あ…あなたは…ハンさん…。」
「はい。」
 側で外の様子を窺っていた小柄な行商人の姿がレンの視界に映る。どうやら自分達が眠っている間、サマンオサ兵に捕らわれぬ様に見張っていてくれた様だ。
「皆は…」
「サマンオサ城に出向かれました。私達がラーの鏡を、ホレスさん達が闇のランプを手に入れた今、実行に移されたのです。」
「そう…ですか…。」
 ラーの洞窟へ向かったはずのハンがここにいる事からも、ラーの鏡が見つかったのは何となく分かった。闇のランプを探しに出かけたホレス達も、既に合流済みであるとなると、既に待つ理由はない。
「何事も…無ければいいんだけどね…」
「レンさん?」
 サマンオサの兵団もろとも、自分達を薙ぎ倒した落雷の驟雨。それを巻き起こした者が関与しているとすれば、いかにサイアスと言えど勝ち目は薄い。実際にその天の裁きともいえる攻撃をこの身に受けて、一瞬で意識すら消し飛ばされてしまった自分だからこそ、その恐怖がわかる。
「ふぇふぇふぇ、確かにあのような事があっては心配にもなるのぉ。」
「…ジダン。あなた、生きて……るわよね。そりゃ。」
 目の前で笑うジダンもまた同じ様な状況であったにも関わらず、何食わぬ顔で元気に歩き回っている。その体力は一体何処から来るのか…毎度の事ながら疑問に感じる。
「ぬぉう…じゃからと言って、普段から斯様な物騒な物で殴るのは止めてくれぬかのぉ…」
「う…うっさいわね!!…ごほ…ごほ……」
 彼の愚痴に毒づこうとして大声を張り上げたのがいけなかったのか、レンは大きく咳き込んでベッドに伏した。
「駄目ですよ!今あなたはかなりの重傷を負っているのですから!」
「す…すみません…。お心遣い…感謝します…。…カリューは……?」
 既にサマンオサ城に向かったサイアスと、目前にいるジダンが無事であるのは分かった。あの攻撃を受けたのはあともう一人…
「かなり酷い怪我でしたが、彼女もどうにか…。…ですが、すぐに動ける状態ではありませんね…。」
「そう…ですか……。」
 その彼女も、自分と同じ様な状態にある様だ。だが、一命を取り留めていると聞いて、レンは安堵した。
「ここは私がお守りしましょう。ごゆっくりお休みになって下さい。」
「ごめんなさい…。本来なら私達があなたを守らなければならない契約だったのにこんな無茶を…。」
「なに、私とて行商人の端くれ。伊達に一人で旅してきたわけじゃありませんよ。」
 申し訳なさそうに俯くレンに対し、ハンは壁に立てかけてあった愛用の槍を手にとり、力強くそう言っていた。一人で旅するだけの力量はつけている、と言いたいのだろうか。
 

 闇のランプの功あって、朝を迎えようとして…明かりも満足に揃えられないサマンオサの城内は、割合簡単に通る事が出来た。サマンオサの精兵達も侵入者を感知して応戦したが、闇の中で上手く立ち回る事が出来ずに、あえなく突破を許してしまった。

「…ふん、何の騒ぎと思えば…サイモンの息子か。」
「よぉボンクラ王。」
 仲間達がサマンオサの兵士達と戦っているのを背にサイアスは、覇王と対峙した。
「今更何をしにきおった。」
 剣戟が鳴り響く中、王は些かも動じた様子もなく、サイアスへとそう厳かに尋ねた。豪奢な寝巻きを纏った堂々たる体躯。これが、あの地下牢で見た無惨な姿の者と同一の姿とは到底思えない。短い王杖を床につくその様は、偽印の王ならざる威厳を感じさせる。
「てめぇの首、貰い受けに来たぜ。」
 それに圧倒される事もなく、サイアスは容赦なく稲妻の剣を抜剣し…王へと突きつけた。
「……できるかな?お前に。」
 それでも、王たる威厳を持った偽りの君主は怖れないどころか、余裕の笑みさえ浮かべていた。
「何をしておる。余に仇なす愚か者がここにいるのだぞ。捕らえろなどと生温い事は言わぬ。即刻処刑せよ。」
「御意」
 彼が命じると共に、サイアスの元に一斉に兵士達が槍を突き出してきた。
「…はっ!ザコが近寄るんじゃねぇ!トヘロス!」

バキィッ!!

 だが、サイアスがトヘロスの呪文によって展開した結界が攻撃を阻み、それらを砕いた。
「今だ、レフィルちゃん。ラーの鏡をヤツに!」
「は…はい!」
 サイアスが指示するままに、側に控えていたレフィルはラーの鏡を取り出して、王に向けてかざした。
「…ラーの…鏡!?」
 王がその言葉を聞いて目を見開くと同時に、銀の冠を戴いた少女が掲げる円形の鏡が光を発した。

カッ!!

「……ぬ…ぬぅ……!!」
 その眩さにうめく王の姿が徐々に薄れていく…。やがて、ラー鏡にその正体が映し出された。

「「「き…貴様は!!」」」
 兵士達が一斉に槍をその王であった者に向けて突きつける。
「はっはぁ…なぁるほどね。てっきり魔物が化けてやがると思ってたが、まさかてめぇが王に化けてたとはなぁ。戦争狂のザガンさんよぉ。」
「……ふん。見たな。」
 サイアスが皮肉っぽく見下ろしているのに対して、その小男は真っ直ぐから見返していた。

雷霆宰相 ザガン
 かつて外政のエキスパートとして知られていた前大臣。過激ながらも積極的な対外進出によって、サマンオサの発展に貢献してきた。
 だが、バラモスの台頭により時代が変わるとともに、危険思想を持つ者としてルザミへと流刑に処される。

 先程までの、雄大な体格にして威厳ある厳つい顔とは一線を為した様な小柄で、線の細い印象。だが…
「ふ…そなたら全員、生かしては帰さぬぞ。」
 そう小さく告げながら笑うその顔からは、先程とは比較にならない程の殺気が迸っていた。全てをひれ伏させる程の王者の風格と引き換えに…。
「ルザミに追放されたはず!!何故ここにいる!!」
 兵士を纏める隊長が、その男…ザガンに向けてそう問い質した。
「…何の不思議があると言うのだ。私が何も知らないとでも思ったか。先にルザミへと迎えの者を寄越し戻って来た。ただそれだけの事だろう。」
「何だと!?」
「へぇ…そりゃあ随分と手が込んでるもんだな。」
 追放される前に既に事情は知っていたのか、前以って手は打っていたと言う事だろう。だが、それでも追放された身である以上、サマンオサに戻る事は叶わない。
「しかも何処で。で、折角舞い戻って来たのに、んな終わり方って呆気ねぇんじゃねぇか?」
「何を言う。逆に良い見せしめの機会が出来たというものよ。」
 周りを兵士達に囲まれて既に突破は困難であるにも関わらず、ザガンは未だ全く慌てた様子もない。まだ何か企んでいると言うのか…。確かに、これだけ強者が集まる所を打開すれば、正体が明かされたと知れても逆らう事など出来なくなるだろうが…。

カツンッ…

「あ…?」
 不意に、ザガンが手にした杖を床に衝いた。

『…ウ…ゥ…ゥウウ…ッ…!』

 すると…唸り声の様な低い音が王の寝室の中に響き渡った。
「…!!こ…これは…!?」
「…ホ…ホレス?」
 それは、ザガンの足元から聞こえてくる…。驚愕の声を上げるホレスを見て、レフィルはそのただならぬ様子に僅かに戸惑いを感じた。

ズシッ!!ドスッ!!
 
『ウォ…ウォオオオオオオオオッ!!!!』
 床を踏み鳴らす音と、身の毛もよだつ咆哮と共に…ザガンの呼び出した怪異は姿を現わした。
「我が忠実なる僕…ボストロールよ。こやつらを叩き潰せ。」
『ウォァアアアアアアアアアッ!!!!』
 それはまさに、圧倒的にして純粋な力…と言うものを体現した様な出で立ちであった。

獄悪魔人 ボストロール

 腐蝕した様な緑色の肌を持つ、トロル族の上位の存在。
 人間には及びもつかぬ怪力と底知れぬ生命力を有しており、正面から渡り合うのは歴戦の戦士であっても困難極まりない。

 山の様に巨大な体躯に右手に握られた巨大な鋼鉄のメイス…先程までザガンが発していた王者の威厳と似て非なる圧力が辺りを支配し始める。
「く…かかれ!!」
 兵士達は槍を手に、魔人…ボストロールに向けて攻撃を仕掛けた。

ゴッ!!!ズンッ!!

「ガァ……ッ!!」
「グ…ァアア……!!」

 だが、それは魔人が振るうたった二振りのメイスの攻撃で終わった。十人近くいたサマンオサ兵達は、ただそれだけで呆気なく地に伏した。
「…マジ…かよ……。」
 ここでようやく、ボストロールが発している圧力の正体…それが恐怖であると、皆が理解した。名高い精兵達ですら歯牙にかけぬ程の力…

「……怪物。」

 それを以って恐怖を振り撒く様を真っ直ぐに見据えながら、ムーはボストロールをそう評した。しかし、彼女自身はそれに全く怖気づいた様子は無く、黙って理力の杖を構えている。
「フン、後は貴様らだけだ。」
「…んな簡単にやられっかよ。て言うか…てめぇ…一体何しやがった…?」
 雷霆宰相と名を轟かせる程の政治的手腕と外交能力はあっても、この様な化け物を召喚するような高度な魔法技術は一介の文官に持ち得る物ではない、ましてや一朝一夕で身に付ける事など通常では不可能だ。

「脆弱なる者達の下に身を沈めし現世を変革せんとする我が主、バラモス様の力よ。」
「「「バラモス……!?」」」

 そう…決して”不可能”ではない。禁忌に触れればの話であるが。
「あー…くっそ…まぁた面倒になって来やがったな…!」
 魔王バラモスから力を授かり、今の召喚術を身に付けたのだろうか。どの様な事情にせよ、厄介な事になったのは間違い無い。
「案ずるな。その面倒事すら浮かばぬ様、今すぐ楽にしてやろう。行け!」
 ザガンはボストロールへと命じると共に、自身は後ろへと下がった。
「野郎!!」
「そう簡単に行くと思っているのか。」

バチッ!!
カシュッ!!

 サイアスが稲妻の剣から電撃を放つと同時に、ホレスがクロスボウに矢を番えて放ち、それらは共に大臣ザガンの元へと向かった。

バチンッ!!
カンッ!!

 だが、その周りに集まった結界のものが二人の攻撃を弾き、ザガン本人に傷をつける事すら叶わなかった。
「ちぃ!!!」
 舌打ちするサイアス…だが……

『…グ…ガァアアアアアッ!!!』

ゴッ!!

「…ぐ……ぁ…ぁっ!!!」

 いつの間にか目の前にいたボストロールが振るうメイスを避けきれずに、その一撃を受けてその場に蹲った。
「さ…サイアスさん!」
 サマンオサの精兵達と同じ様にいとも簡単にボストロールに沈められたサイアスに、レフィルは慌てて駆け寄った。ボストロールが握るメイスの矛先が彼女へと定められる。
「させるか!!これでも…喰らえ!!」
 レフィルに向けてメイスが振り下ろされる直前、ホレスは石を番えたスリングの弦を離した。

ドガァーンッ!!

 ボストロールの顔に激突すると同時に、それは大きな爆発を巻き起こした。
『ウオオオオオオオオオッ!!!』
「なにっ!?」
 だが…頭を狙ったにも関わらずボストロールに満足なダメージを与えられなかったらしい。ボストロールはホレスを敵とみたのか、彼へと襲い掛かった。
「…ちっ!!…応えないか!」
 イオラ並みの爆発を起こす爆弾石を頭に受けても吹き飛ぶどころか脳震盪すら起こす気配が無い。少なからずダメージを受けているはずだが、そう感じさせない程の勢いで迫り来るボストロールに、ホレスは舌打ちしながら迎撃しようとした。

「…ホレスに手を出さないで。」

 その時、彼とボストロールの間に、小さな影が割り込んだ。

「ベギラゴン」

シュゴオオオオオッ!!
 ムーが手にした理力の杖の先から、灼熱の熱波が迸り、ボストロールを飲み込んだ。
『グゥウウウァアアアアッ!!!!』
 ボストロールから炎が立ち上がり、その体を焼き尽くさんと燃え盛る。緑の化け物は、その呵責にもだえ苦しみ、地面をのた打ち回った。
「効いてる。」
「おっしゃあそこぉっ!!」
 ボストロールが決定的な隙を晒しているのを見逃さず、サイアスはすかさずその首を刈らんと稲妻の剣を振り下ろした。

ザクッ!!

「!」
『…ガァアアアアアッ!!!!』
 だが、その金色の切っ先は…緑の巨腕に阻まれ…

ズンッ!!

 鈍重なる鋼鉄の棍棒が振り回され、床が砕かれて石片が宙に舞った。
「っ!?まだ…こいつ…!!」
 炎に包まれても、別の方向から迫る命の危険を察知してすぐさま防御に移った様には尋常ならざるものを感じさせられる…。

『ルカ…ナン』
「「「!!!」」」
 その一瞬の迷いが命取りだった。
―呪文!?

バシィイイイッ!!!

「………!!」
「ぐ……は…!!」
「ぬ…が……!!」
 突如唱えられた呪文が放たれて、防御を解かれた所にボストロールの一撃が放たれた。
「ムー!!」
「マリウス!!サイアス!!」
 巻き込まれた三人が地面に叩きつけられる。
「……痛い…」
「ぐ……!!や…野郎!!」
 致命傷はどうにか免れた様だが、小さくないダメージを受けて体勢を崩して倒れている。
「…げほっ!!…ち……ベホマラーっ!!」
 一番まともに攻撃を受けたサイアスは、咳き込みながらもどうにか立ち上がり、回復呪文を自分含めた三人へまとめて施した。

『マホ…トーン…』

「…んなっ!?」
 だが、その途中で…ボストロールがまた呪文を唱えてきた。それにより、サイアスの呪文が封じられ、癒しの光は途中で霧散した。
「くそぅ…!!んなのアリかよっ!!」
 呪文の中断によって、満足な治療は出来ずに終わった。
「……。」
 彼の近くにいたムーもまた、マホトーンの術中に落ちたらしい。回復呪文を自身に施す事無くよろよろと立ち上がる。

『グォオオオオオオオオッ!!!』

「危ない!!」

 体勢を立て直せない三人にボストロールが迫る。レフィルはすかさず彼らを庇う様に、魔物の前に立ちはだかった。
「アス…トロン!!」

ガキィッ!!

 絶対的な高度と重量を持つ金属と化した体で、ボストロールのメイスを受け止める。彼女は、その凄まじいまでの破壊力を持つ攻撃を、その場から全く動じる事無く受け切った。
 
シュカカカカカッ!!

 続けて、レフィルが手にした氷剣から、幾つもの氷の矢がボストロール目掛けて射かけられる。

ガガガガガガガガッ!!!

「!」
 だが、ボストロールは後ろに下がりながら手にしたメイスをあたかも指揮棒の様に軽快に巧みに動かし、それらを全て叩き落した。
「ぜ…全部弾き返した!?」
「…素早い…!」
 かわすに困難な、アストロンと吹雪の剣を用いた強力なカウンター攻撃を事も無げに打ち払ってのけた。その醜悪かつ鈍重な外見とは裏腹に、瞬間的な判断力や技巧に富むボストロールにレフィルとホレスは驚愕した。
『グォァアアアアアアアアッ!!!!』

ドガァッ!!

「……こ…こいつ!」
―強い…!…だが…一体こいつは……
 思い切り叩きつけられるメイスから、立ち尽くすレフィルの手を引いてどうにかかわしつつ、ホレスは何とも言えぬ不安を心の内に抱えていた。