真実の聖鏡 第二話
「サイアス!」
「ああ、ようやく来たか。待ちくたびれたぜ。」
「全員、揃った様だな。」
「よし。じゃ、入ろうか。」

 サマンオサに入国する事に成功したレフィル達は、宿屋の前で待つサイアスらと合流した。彼らはすぐに、その宿屋の中へと入って行った。

「…オッサン!いるか?」
 
 無遠慮な様子でそう大声を上げて、主人を呼ぶサイアス。しかし、宿の中は静まり返ったままだった。
「返事がありませんね。」
 小柄な商人、ハンが首を傾げながらそう呟く。宿の主人の姿は今この場には無いらしい。一体何があったのか。
「あ…、これは…。」
「どうした?レフィルちゃん。」
 ふと、レフィルが声を上げるのを聞き取り、皆は彼女が見るものへと視線を向ける。
「書置き…か。」
 宿帳が置かれているカウンターの隣に、用済みの張り紙の裏地に書かれただけの簡単なメモ書きが置かれていた。

 本日、ブレナン氏の葬儀につき正午より受付を終了させて頂きます。
 誠に勝手ながら、ご理解のほどお願い致します。

「おいおいおい、…ったく…んな時に限ってコレかよ。」
 その内容を見て、サイアスの表情が変わった。宿の主人に対するものでは無い、嫌悪感を露わに、面倒くさそうに頭を掻く。
「…受付…終わっちゃったの…?」
「これは、参りましたな…。」
 事情を知らぬレフィルとハンは、既に受付を終えたとの言葉を見て、困惑した表情を浮かべていた。

「ぶ…ブレナンさんが…!?……まさか…!!」

 だが、その側で…レンが驚愕のあまり目を見開いていた。ジダンもまた、良い顔はしていない。
「あ…あほ兄貴が……?じょ…冗談やろ…?」
「「………。」」
 そして…カリューは茫然自失といった様子で、その書置きを見て…震える声でうめいた。それに対して誰も何も掛ける言葉が無かった。
「死んだふりやろ…?…なぁ、兄貴…。」
 口では馬鹿にしながらも、大切な家族であった兄。その突然の死を示す言葉についに耐え切れず、彼女の目から涙が零れる…。

「…嘘やぁああああああああっ!!!」

「あ、カリュー!!」
 泣き声を上げながら、カリューは宿の外へと走り去ってしまった。それを慌ててレンが追いかけて行く。
「おいおいおい…、目立つ真似は止めろってあれ程言ったんだけどよ……。」
 二人がいなくなったのを見て、サイアスは呆れた様にそう呟いた。だが、思う所は同じらしく、目は穏やかでは無かった。

チャラン…

「え?」
 不意に、サイアスはレフィルに何かを放った。それは綺麗な音を立てながら彼女の手中に納まった。
「部屋の鍵。お前さんはここで待ってな。真紅のオッサンもハンさんもな。」
 そう言うなり、彼は宿の出口へと歩きはじめた。
「え…?それって…まずいんじゃ…?」
「心配すんなってレフィルちゃん。俺がそう簡単に捕まるワケねぇだろ?ま、ゆっくり寛いでけよ。ここのベッドは意外と気持ち良いんだぜ。」
 取り決めと違う状況に困惑した様子のレフィルに対し、サイアスはそう宥める様に諭した。寛げとは言ったものの、言い換えれば大人しく待つ様に指示したつもりなのだろう。
「じゃ、行くぜジダン。こうなっちまった以上、もう隠れてても仕方がねぇ。」
「うむ。」
 予期せぬ出来事のせいとはいえカリューが先走ってしまった今となっては、自分が隠れている事にもはや意味が無い。サイアスはジダンを伴って、サマンオサの町へと出た。

「…オッサンかよ。俺ぁまだ二十八だぜ、おい…。」

「え?」
 彼らが去った後、マリウスがぽつりと呟いた言葉に、レフィルはきょとんとした面持ちで首を傾げた。 
「うぉう…やっぱり老けて見えるのかよ…俺は…」
「…あ!そ…そんな事は……」
「冗談だよ。」
「もう…」
 元気付けようという意思は感じられたが、まさかマリウスがからかってくるとは思わず、レフィルは少し怒った様子で溜息をついた。

「そうしてた方が君らしいぜ。」

「え?」
 不意に、意外な言葉をかけられてレフィルは目を瞬かせながらマリウスを見た。レフィルらしい…とは一体どういう事か。
「あの仏頂面のホレスでさえ、結構素直に感情出してるんだ。レフィルちゃんも無理に抱えこまずにもっと気持ち楽にしても良いと思うぜ。」
「………そう…ですか…。」
 レフィルはそこでようやく、我を押さえつけている自分に気がついた。
―でも…怖い…。
 先の亡霊騎士キラーアーマーとの戦い…あの時もまた、何も考える事をやめた結果である。だからこそ、レフィルは自分の内面をさらけ出す事を恐れていた。しかし、彼女はこの時…一番大切な事を忘れているのに気がつかなかった。


「…天にまします我等が神よ。ブレナンの冥福を祈りたまえ…。」
「あんたぁ!!何で死んだのよぉ!!!うぅ…っ!!」

 無数の墓が建ち並ぶ墓地のすぐ近くに在りし教会。哀れな死者を収めた棺を囲む、黒服を纏った大勢の人々の嘆き。それは鐘より奏でられる重い音色により、ますます深まっていく様にも思えた。
「…ブレナン…オマエは良い奴だったのによぉ…。」
「王様の悪口を言っただけで死刑だと…。全く…この国はどうなっちまう…」
「しっ…!滅多な事言うもんじゃない!!俺たちも殺されちまうぞ!」
 ただ一言が命取り、口は災いの元とは広く聞こえているが、この国を覆う異常な空気はその様な言葉で表わせる程生易しくは無かった。

「…あ…兄貴ぃいいい!!」

 そこに、赤い兜と軽装の鎧を纏った長身の女性戦士が駆けつけた。蒼い髪の神官の女性もそれを追う様に走って来る。
「…か…カリューちゃん…!いつ戻って…。」
 これから葬られようとしていた男の肉親、カリューの乱入に葬儀場にざわめきが起こった。
「……なしてや!!何で死んどるんや!!アンタ…頑丈なだけが取り柄ちがかったんか!!」
 周りの人々を押しのけ、カリューは棺に手をかけ、その中にいる兄に向けて何度も怒鳴りかけた。
「…コイツ…最後まで俺らの為に…俺の娘が死んだと聞いた途端……」
「……なん…やて……?」
「す…すまねぇ…カリューちゃん…!俺は…あいつを…ブレナンを止めてやる事が出来なかった!!」
「う…ぁあああああああああああっ!!!」
 愚かながらも、最期は真っ直ぐに生き抜いた。だが…代償としてその尊き命を失った。様々な思いが激しく攪拌される様に渦巻き、カリューはその感情に任せて泣き叫んだ。
「な…なんて…事……!ブレナン君…!!」
 レンもまた、ブレナンの死の境遇に深い哀しみをおぼえ、嗚咽に伏していた。

「然様。かの罪人は我等が国王陛下に対し、赦されざる罪を犯した。故に死罪と処した。」

 その時、その想いを踏みにじる様な無遠慮な言葉がカリュー達へと投げかけられた。いつの間にか、葬儀に参列する人々の後ろに青い鎧を纏った十数人の兵士が立ち並んでいた。
「何や、オマエらは……?」
「控えろ。貴様は所詮、下賎な傭兵に過ぎない。」
 振り向かぬまま、怒気を孕んだカリューの言葉に、彼らはゴミを見る様な目で一瞥しながら更に前に出た。

「我等はサマンオサ王国の近衛兵。反逆者の葬儀が行われていると報告を受け、その中止を命じられた。」

 兵士は、機械のような面持ちと声色で葬儀の参列者達へとそう告げた。
「中止…やて…?」
 その言葉に…ブレナンの棺に伏していたカリューの肩が僅かに動く。
「大人しく従えば不問にするとの事だ。さあ、直ちにこの場を去れ!!」
 命令が下ると共に、兵士達が一斉に動き出した。

「……オマエら……何様のつもりや……」

 悪意なき死者ブレナン…その縁者達に槍を向ける彼らを睨みつけ、カリューは怒気を乗せた低い声でそう呟きながらゆらりと立ち上がった。
  
「貴様こそ、何の真似だ。」
 今の彼女から明らかな敵意を感じ取り、兵士達の槍を向ける対象が彼女へと移る。

「わての可愛いあほ兄貴を…何の冗談でんな下らん理由で殺したんやぁああっ!!!」

ドゴォッ!!!
 
「…っ!!」
 カリューは背負ったウォーハンマーを取り、落雷の如きスピードで振り下ろした。
「散開!!」
 だが、相手も訓練された強者達。その攻撃をかわしてすぐさま散らばった。
「…命令に背いた。この女を捕らえろ。死も止む無し。」
「「はっ!!」」
 サマンオサの精兵達は、カリューの四方を囲む様にして陣取り、手にした槍を突きつけた。
「あほが!!逆にオマエらふん捕まえて、兄貴に謝らせたる!!」
 だが、彼女は動じる事無くウォーハンマーを振り上げて、兵士の一人に飛び掛った。

ズガッ!!

「…ぐっ!!」
 勢いに任せて振り下ろされた鉄槌の破壊力によって地面が砕け、その破片が兵士の一人へと降りかかった。
「愚かな女だ。かかれ!」
 同時に、残る三人がその槍をカリューへと突き出した。
 
ぶぉんっ!!バキッ!!
 
「……ぐわっ!!」
「ぬがっ!!」
 だが、それは彼女の体に届く前に、巨大な鉄塊によって砕かれた。体勢を崩した所で更にもう一薙ぎされて受けた凄まじい衝撃によって、三人の兵士達は一挙に薙ぎ倒された。
「とっとといねぇええええっ!!」
 四人の兵士を瞬く間に倒してのけた女戦士は、巨大な戦槌を振り回しながら兵士の長に向けて突進した。
 
キンッ!!
 
「…っ!!?」
 だが、それはその兵士が抜いた軍刀によって真っ二つに断ち切られていた。
「終わりだ。」
 怒りから我に返って身構えようとした時には既に遅く、彼の軍刀はカリューへと牙を剥いた。
 
バチンッ!!
 
「…ッ!?」
 それが胴を薙ごうとしたその時、雷の様に弾ける様な感覚が兵士を襲った。
「でぇえい!!」

ギンッ!!

 彼がその不意打ちに怯んでいる僅かな隙に、カリューは腰に差した刀、誘惑の剣を滑らせ、その勢いのまま兵士の軍刀と切り結び、間合いを取った。

「あーあーあー…まった派手に暴れやがって…。どうすんだよ、この状況で。」

「き…貴様は…!」
 離れた位置に立つ、金色の稲妻を纏った黄金の剣を掲げている青年―サイアスの緊張感の無い声に、一瞬全員の視線がそちらへと向いた。
「カリュー!!怪我はない!?」
「…あ…あぁ、えらくすんません…レン姐さん。」
 サイアスが兵士達を牽制している間に、レンはカリューの下へ走り、彼女が負った手傷をホイミの呪文で治癒した。
「……むぅ、しかし惨いものよのぉ。ここまで落ちるとは思わなんだ。」
 遅れてこの場に現れた緑のローブの老人が、葬儀場を見回しながらそう呟いていた。兵士達の脅威に怯え、参列者達は何も言えずに後ろに下がっている。
「……あかんわ。わて…もう、押さえ切れんわ…。」
「…そうよね。時期は早すぎたかもしれないけれど…私だってもう限界よ!」
「限界も何も、初めからあいつに従う気は無かったけどな。」
 王の言を批判するどころか、僅かな不満さえも許されず、更には死して後も弔われる権利を奪う非道の国。騒ぎを聞きつけて集まってきた数多の兵士を見て尚も、サイアス達は、サマンオサをその様な亡国へと変えた偽りの王への怒りを収める事は無かった。


「サイアスさん…遅いですね…。」
 時が経ち、日が傾き始めてもサイアスはまだ戻ってこない。宿屋の中で共に待つ二人の仲間に向けて、レフィルは心配そうな様子でそう声に出していた。
「ま、何事も無い事を祈るだけだな。」
「そうですね。…ふぅむ、葬儀に参列されているならば或いは。」
「…だと良いけどな。」
 亡くなったのはカリューの兄だと聞いた。彼女との旧知の仲であるサイアスやレンも、よく知った人物であるならば、そう考えても良いのかもしれない。
「旦那はこれからどうするんだ?」
 鎧姿のままソファーに腰掛けているマリウスは、テーブルを挟んで正面に座るターバンを巻いた商人に向けてそう尋ねた。
「私もサマンオサ王に会わねばならない。その為にラーの鏡が必要であると言うのであればお供しましょう。」
「…おお、相変わらず自信満々だなぁ。」
 ラーの洞窟に行く、この辺りの魔物自体かなりの強さを有するにも関わらず、ハンにはそれを怖れている様子は全く無い。
「なに、日々鍛錬と言うヤツですよ。」
「商人にしとくのが勿体無いくらいだぜ。」
 ハンバークの町を導いている最中でも、不断の努力を続けていたらしい。常人には過酷なサマンオサへの道中で全く音を上げずに付いて来れたのは、長い間旅から離れた彼にしては大した物であった。
「あ…お茶、そろそろ良いかな…。」
 レフィルは客室に置かれたポットを手に取り、その中身をカップに注いでみた。その中を紅茶の葉を煮出した良い香りの液体が満たしていく。
「はい。」
 それを見て満足そうに頷きながら、彼女は向かい合って座っている二人へと紅茶を差し出した。
「おお、恐れ入ります。」
「お、サンキュー。レフィルちゃん。」
 ハンとマリウスはそれを受け取ると、共に一口つけてみた。一般的な茶葉を用いたものではあったが、他にはない何処か絶妙な風味があった。
「何だか面白い味じゃねぇか。」
「そのお菓子に合う様に少しこれを加えてみたんですが…。」
「お、そうなのかい。俺としちゃあここでブルーベリーがありゃあ満足なんだけどな。」
「あ、そうですね。確かにこれには…」
 出された紅茶をきっかけに、マリウスとレフィルはより専門的に踏み入った所について語らい始めた。
「お二人共、詳しいですね。」
 傍から聞いていたハンが、至極感心した様な表情で微笑みながらそう言った。
「…え?そうですか?」
「まぁ、おやっさんのトコで料理習わされてる内に興味持ったってとこかな。…もっとも、おやっさんとニーダさんがいない時に出る料理が、命に関わる程ヤバイものだと言う事が大きいけどよ……。」
「「……それは…どういう…。」」
 今はホレスと共に出払っている赤毛の姉妹や、世界樹の村に訪れた際に大騒動を巻き起こして去っていったその母…いずれも、料理には疎い。その為マリウスが料理に携わる機会が増えた事により興味をそそられたというのは分かる。だが…その後に続けられた言葉、命に関わる様な代物とは…。
「でもまぁ、レフィルちゃんも女の子なんだなぁ。それにしちゃあレベルが違うけどよ。」
「え?えっと…。」
―…うーん……私も頑張らなきゃだめだったからな…。
 一方のレフィルも、家族に因る事情が大きかった。今頃自宅で、家事下手な母がどれだけの被害を出している頃だろうか。アリアハンを出発するに至るまで、料理は勿論の事、洗濯や掃除などの全てをこなさなければならなかった。本人にとって然程の苦痛でこそなかったが…嫌でも経験は積んでいたのだろう。

「何て言うか…楽しそうじゃねぇか、レフィルちゃん。」

「え…ええ??」
 不意に投げかけられた言葉に、レフィルは思わずびくっと肩を竦ませた。唐突な内容ながらも、料理の話をしていて楽しかった事は事実である。
「まぁ、俺達ゃ料理に関して結構趣向が合うみてぇだからな。暇あったらまた話そうぜ。」
「は…はい。ありがとうございます。」
―ま、これで少しはこの子の気も楽になってくれるだろ。
 たじろいだ様子ながらも、レフィルの表情は少し柔らかくなっている。彼がこの話を持ちかけた狙いの一つは果たせたと言う事になる。


「にしてもよ…最近の連中は、素材の味を生かしきれてないと思わねぇか?」
「そうですね…。調味料と材料の相性と言うものもありますし…」
「そうそう。第一、無駄に塩振り過ぎなんだよな。ルラムーン草なんか入れやがるヤツは論外として…」
「…る…ルラムーン草って……。」

ガチャッ

 引き続きマリウスとレフィルが他愛も無い会話を交わしていると、ドアのノブが回される音が聞こえてきた。
 
「お、そこにいたか。」

 そちらを見やると、自分達をここに待たせてカリュー達を追って出て行った男、サイアスの姿があった。
「さ…サイアスさん…?」
「…おいおいボウズ、遅かったじゃねぇか。というか、ノックくらいしろよ。」
 彼に借りた部屋とはいえ、いきなり入り込まれては少し驚くのも無理は無い。
「…カリューさん達は……?」
 ふと、そこにいるのがサイアスひとりである事に気づき、レフィルは彼にそう尋ねた。

「俺以外は皆捕まっちまったよ。」

「え…??」
 その答えは実に呆気ないものだった。感情を込める事無く、ただ事務的に…カリュー達が捕らえられた事が伝えられた。
「一体何があったんだ?」
「…一体も何もねぇ。カリューのヤツが先走って暴れやがった。」
 マリウスの問いに答えを返すサイアスの口調からは、カリューが暴挙に出た事に腹を立てているわけでも、仲間を捕らえられた事を悔やんでいるわけでもない事が分かる。

「…何しろブレナンのあんちゃん…カリューの兄貴があんな理不尽な理由で処刑されたんだからよ。まぁ、多分俺でもそうしてるかもしれねぇしな。」

「……。」
 その何処か軽い調子の口調からみて、サイアス自身はブレナンの知己であっても、その死に心底の哀しみを抱いているわけではないらしい。だが、カリューの心境は十分に承知している様だ。
「だが、このままだと…私達が作った町も…!」
 国に都合の悪い者達は法を介する事もなく有無を言わさず皆抹殺されてしまう状況、今のサマンオサはまさしくその状態だ。だが、それは今、その国に侵略を受けている町の中心人物…否、単なる貢献者としても見過ごせない。ハンは顔に険しい表情を浮かべて俯いた。
「ま、そうなるだろうな。だから今は、ラーの鏡手に入れるのが先だ。あの王の化けの皮ひっぺがすにしてもそれがなきゃお話にならねぇ。」
 被害を広めない為にも、一刻も早く暴君と化した偽の王を打ち倒さなければならない。その為には、出来る事から一つ一つの大事な所を確実にこなし、迅速に事を進められる様に計らわなければならない。
「カリュー嬢ちゃんやお前さんの連れはどうすんだ?まさか見捨ててでもやるって言うんじゃねぇだろうな。見上げた志じゃああるが…」
 一方で、マリウスは囚われたカリュー達の事が気に掛かり、サイアスへとそう尋ねた。最悪の状況を想定に入れているのか、先程から彼に、仲間の事を気にする素振りは見られない。

「…イヤ、あの脳筋女…力馬鹿二人を甘くみない方が良い……。」

 だが、それを聞いた途端…サイアスは突然気まずそうな表情を露わにして、弱々しくそう返した。
「「??」」
「のうきん…??」
 訳のわからぬ単語を交えての警告の様な言葉に、レフィル達は顔を見合わせて首を傾げた。


「モーヤーシィーッ!!!」

バキンッ!!メキッ!!
 
 牢獄が立ち並ぶ地下…その石造りの天井と床に裏返った絶叫が響き渡ると共に、破砕音が鳴った。
「も…モヤシ…って…??」
「…あー…腹立つ!!なしてんな時におらんのや!!」
「……か…カリュー…??」
 床に刺さった鉄格子を力任せにへし折った後、一人苛立ちの声を上げているカリューを見て、レンは思わず…恐る恐ると言った様子で後じ去っていた。
「…ふむ、大分落ち着いた様じゃの…。」
「落ち着いた…ね。…まぁ、あほ兄貴を殺したヤツは絶対許さへんけど。」
「……カリュー…。」

カランッ!! 

 壊した一本の鉄格子の間から抜け出し、捕らえられた三人は息を潜めつつ逃走を開始した。


「だ…だつごく……??」
「ああ…。アイツらなら絶対やり兼ねねぇ…」
「「「……。」」」
 サイアスが示唆した一つの可能性…、それを聞かされたレフィル達の間に沈黙が走った。好きだった兄を殺された深い怨み、それが原動力となっているのは間違い無い。だが、堅牢な鉄格子や拘束具をものともしない…そんな無茶苦茶な力は一体何処から来るのだろう。
「ま…まぁ…とにかく、とっととラーの洞窟へ行ってくれよ。その間、俺はあいつらを迎えにいかにゃならねぇからな……。」
 騒動の発端となったカリュー達の救出に対してか至極面倒臭そうな様子で、サイアスはレフィル達へとそう告げた。
「わ…わたし達も…早く…行った方が…。」
「そうですね…。」
「……おいおい、…とんでもねぇ事になったな…。」
 いずれにせよ、彼女らの脱獄及び脱出を阻止しようとサマンオサの兵達が動いているのは間違い無い。サイアスでさえ、彼らを相手にいつまでもつか分からない以上、迅速な行動が必要であると三人はすぐに理解した。
「とにかく…ラーの鏡を見つけないと。」
「おう…頼んだぜ…。で、持ってきたらブレナンのあんちゃんの墓の前で待っててくれよ。それまでにはどうにかまともに動ける様にしとくからよ。」
 最後にそう言って、サイアスは部屋から去った。