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慟哭 第十四話

「……”最期”まで…見届ける…か。」
―オーブはまだあいつが持っている。…それを取るまでは引くわけにはいかないしな。
 不可思議な現象を通じて、全てを目の当りにしたが…肝心のオーブはまだ手に入れていない。
「………今は…まだ、か。」
 悪魔が望むままに破滅の力を使い続ける少年に、今近づくのは危険すぎる。ホレスは離れた位置から成り行きを見守り続けた。

「ホレス君、大丈夫?」

 後ろからの足音で、既に誰かが来る事は分かっていた。
「メリッサか。…二人は?」
 ホレスは振り返らずに眼前の状況に注意を向けたまま頷きつつ、彼女…メリッサにそう尋ねた。
「……どうにか生きているわ。さっきの変な雨…何か物凄い呪文を受けて大分弱っているけどね。」
「ああ、アレか……。」
 目に映る邪魔者が全ていなくなった後、悪魔はこの地の全てをまとめて滅ぼさんと天より命を奪う雨を降らせ続けた。
「…見たの?」
「”見た”…と言えるかな。だが、少なくともさっき、はっきりと知った。」
「知った…??まさか…あなた……」
「何の因果か知らないが、テドンが滅びた一部始終を見せられたよ。…やはりあのガキが滅びの元凶だったとはな…。」
「……。」
 今の言葉ではっきりと悟ったらしい。メリッサは表情を曇らせながら、ホレスの肩に手を置いた。
「……無理…しなくていいわよ…。」
「心配するな。所詮はオレも知らなかった過去の事だ。流石にあそこまで壮絶だとは思えなかったが…。」
「…壮絶…で済まないわよ……あれは…。」
 ホレスだけでなく、メリッサもまた…直に滅びを目の当りにしている。この想像を絶する惨劇の当事者である事が分かった今、常人であればそれだけで発狂してしまう程の重圧が掛かっているはずだが、ホレスは全く動じた様子を見せていない。それどころか、吹っ切れた表情さえしている所が、メリッサの心配を深めた。
「…しかし、あの雨に濡れても…オレは何とも無いか。…となるとやはり…」
「……ザキが効かない…って言ってたわよね?…それと同じかしら?…でも、どうして…?」
 同じ雨に打たれたムーとニージスが倒れている側で、ホレスは何事も無い様子である。しかも、似た様な前例は既に何回か体験している。奇跡も二度、三度と続けば紛れも無く一つの確固たる事実へと至りうる。
「…そうだな……。じきに分かるさ。」
 ホレス自身とて、今まで図らずも数多くの呪いに打ち勝ってきた事に疑問を抱いていないわけではない。ミミックのザキの呪文、鬼面導師の鬼神の仮面、ヒミコ女王の呪縛や妖術、そして…あの咎人メドラの石化の魔眼さえ彼を死に至らしめる事は無かった。


「くそ…!!もうやめろ!!」
―ひゃひゃひゃ!!もう今更止めた所でおせぇんだよ!!
 滅びの雨により、既にこの村の中で生き延びた者は数えるほどにしか残っていなかった。それでも、彼らを守るべく…黒衣の魔術師は黒髪の少年の体を乗っ取った悪魔へと立ち塞がった。
「…ぐあっ!!」
 だが…少年があしらう様に手を払うだけで呆気なく弾き飛ばされ、クルアスは地面に転がった。
―脆い…脆いねぇっ!!こんなザコに俺は殺されたってのかねぇ!!ばっかな話だなぁ、オイ!!!
「……ぇえい!!死者の分際で…!!俺の息子にこれ以上…!!」
―今は俺の相棒だっての…面倒くせぇなぁおい。つか、ザラキーマ使えるニンゲンなんざ誰が手放すかよ。
「…き…さま……!!」
 少年の顔だけは苦悶に満ちた表情のままだが、体は完全にサタンパピーの支配下にあり…あの大呪文を使う為だけに生かされている。
「…くそ…!!止むを得ない!!」
 理由はどうあれ、自分の子があの小物の悪魔などの道具に成り下がっている事が…クルアスには我慢できなかった。彼は、左手に握る黄金の槍を掲げ、それを少年目掛けて投げつけようとした…

「あ…あなた…!!やめて!!」
「おとう…さん!だめぇっ!!」

「……なっ!?」
 その時、何処からか発せられた声が、投じられようとした槍を止めた。
「リ…リリス…!フュリー…!!」
 声がした方を振り返ると、幼い娘と愛する妻の姿があった。それで改めて、クルアスは屈辱と絶望のあまり我が子を手にかけようという愚行を行おうとしていた自分に気がついた。
―まぁだ生きてるヤツが居たかぁああ!!
「……!!」
 だが、その一瞬の迷いが命取りだった。
―ひゃひゃひゃ!!死ねぇえ!!
「やめろぉおおおおおおっ!!!」
 クルアスの叫びも虚しく、悪魔は掌をリリスとフュリーの方に向け、忌むべき波動を放った。幼さと病魔…加えて滅びの雨により決定的な力の無さを抱えていた彼女らに、それをかわす術は無かった。

「「!!!!!」」

 死をもたらす場にまともにさらされ、二人は息が詰まるような感覚に身を引きつらせ、その目を見開いた。

「…あ……ホレ…ス……」
「…ホレ…ス……」

 それが…少年の母と姉が遺した最期の言葉となり、彼女達は力無くその場に倒れて…そのまま動かなくなった。
―ざまあねぇなぁっ!!ひゃひゃひゃひゃ!!!
 息子が秘めていた力が自分が…彼が愛した二人を殺める結果…、まさに最悪の事態であった…。それは強靭な精神を持つクルアスでさえも例外でなく、…ただ呆然と立ち尽くすしか無かった。

「…く……ぅああああああああああっ!!!!」

 悪魔の哄笑によって、嘆きが…絶望がさらに呼び起こされる…。クルアスは何処までも響き渡る悲痛な慟哭を上げた。

「………!!!!」

 その時…苦悶の表情のままずっと悪魔の傀儡となっていた少年が、初めて驚愕を顔に出した。
―…どうした…?相棒?
 その変化は、操っている悪魔の気も引いた。これまで数多くのものを無に帰した時も、その様な反応は無かった。
―…おま…え…、お…れの…かあ…さん…ころ…した…。
―……は??
 悪魔には…否、蔑む者に殺された怨恨のあまり全てを見失った哀れな者には、少年が伝えんとする事は分からなかった。
―……ふゅ…り……も…。ゆるさ……ない…。
―……な…っ!?
 ただ…少年が激情を膨らませ続け…自分に対しての敵意と変えている事は読み取れた。
―…な…何言ってんだ!!俺はお前さんを…
―うる…さ…い。…お…まえ…も…ころ…して……やる…!!
―!!!
 やがて…悪魔の支配に体が抗い始めた。紫のオーラが右手に、黒い光が左手にそれぞれ現れる。
―や…やめろ!!ンな事したら…お前も…!!
 少年の右手から、狂乱して喚きたてる悪魔の声が響き渡った。
「………。」
 だが、それでも彼は動きを止めようとせず、両の掌を勢い良く合わせた。
―嫌だ!!また…死にたく…ぐぎ……!!
 最後の抵抗か、暫くは両手は拒み合うように退け合っていた。だが…
―ぎゃぁあああああああああああああっ!!!!
 それも一時の事でしかなく、少年の手の内が弾けると共に、黒い暴風が吹き荒れ、その中で紫の悪魔は断末魔の叫びを上げ…黒に溶け込むようにして跡形も無く消滅した。
「………!」
 しかし、その強大な力は…それを操っていた悪魔がいなくなった今、御する手段は無かった。少年の体を瞬く間に滅びの光が覆い始め…やがて、彼自身を激しく苛みはじめた。
「ーーーーーっ!!!」
 精神さえ焼き切れてしまう程の尋常ならざる激痛…それに耐える事は叶わず、少年は声にならない絶叫を上げた。
「ホレスーーーーーーッ!!!」
 クルアスの声ももはや届かない。彼の意識はそこで途絶えた。



「……!」
「気がついたか!!」
 目を覚ますと、父が目の前にいた。非常にやつれていたものの、その表情にどこか希望の様なものを感じられた。
「………。」
「もういい…。お前だけでも…生きてくれて良かった。」
 それが本当の気持ちらしい。クルアスは少年を包み込む様にして抱き締めた。いつしか白くなっていた少年の髪の毛を丹念に撫で上げながら、彼は一時の安息を味わっていた。
「…もう…ここも長くは無いな……。」
「………。」
「俺の側を離れるな…。魔物も殆どいなくなったが…まだ…。」
 息子が目覚めた以上、全てが失われたこの村に留まっている理由は無い。クルアスは少年の手を取ってその場を去ろうとした…

ぎゅっ

「……。」
 その時、彼はその手を引っ張る様にしながら、ある一点を見つめていた。
「……そうだな。せめて…母さん達を……。」
 それに気付き、クルアスは悲しそうに俯きながら少年に続いた。
「…どんなに辛くても…生きてくれ…。それは俺だけじゃない…。母さんやフュリーだってきっとそう思っている…。」
 そこには…不幸にもあの禍々しい呪文によって命を失った…二人の家族の姿があった。だが…その表情は、死への苦しみよりも…最期に目の前にあった少年の身を案じる様な…そんなものを感じさせられた。


「…ザラキーマを…受けきった…!?信じられない……一体あなたは何者なの…?」
 村の廃墟から誰もいなくなった所で、メリッサは先の絶大な呪文を受け切った張本人であろう、銀髪の青年に思わずそう尋ねていた。

「テドンの村で生まれた”悪魔の子”。…と言っても、殆ど普通の人間と変わらないはずなんだがな…。」

「悪魔…って、あなた…魔物…??」
「おいおい、馬鹿を言うな。人間であるのは間違い無いだろうが。」
 察せずか、それとも狙っての事か、メリッサの率直な返答に肩を竦めながら、ホレスははっきりとそう言った。
「是非とも…ラーの鏡であなたの正体を見てみたいものね…。でも、どうしてさっきはザキを耐え切る事が出来たのかしら?」
 奇しくもラーの鏡は今頃サイアスらが探しているだろう。それがもたらす真偽はともかくとして、
「…正直分からないが、おおよそ生まれた時から変な体質でも持っていたんだろう。」
「どうも…レベルが違いすぎな気もするのよねぇ…。生まれた時から…って言うのがどうもねぇ…。」
「まぁ…”悪魔の子”と呼ばれる位の事だ。…全く、”悪魔”だの”鬼神”だの…下らない肩書きなどいらないんだがな。」
「鬼神?…ああ、もしかしたらあなた、”鬼児”…じゃないかしら?生まれた時から歯があったせいで迫害を受けた子なんか一杯いるって聞いてるし。あなたもひょっとしたら…」
「……或いはな。だから尚更怖れられた…か。その可能性も十分だな。」
 正直言って生まれた時の記憶など憶えているはずも無い。だが、辛い過去であったはずのそれを話の種に持ち出せる様になったあたり、互いに安心感を覚えているのかもしれない。
「で、……これが…オーブ…か。」
 いつの間にか、足元に緑色の輝く宝珠が落ちていた。
「…緑色……グリーンオーブって所かしらね…。」
「そうだな。」
 おそらくここを去る前に少年が図らずも落としていったのだろう。ともあれ、これで目的の品は手に入った。

ぐっ…

「…ムー。」
 いつしか、傍らに赤い髪の少女が立っていた。袖を握り、こちらの顔をその目でじっと見つめてくる。
「本当に…大丈夫…?」
「心配するな。今は思いのほか楽な気分だ。」
「そう…。ここまで不安に思ったのは初めてだったから。」
 ムーから見ても、今のホレスはかなりすっきりした様に感じられたらしい。テドンで増していた彼の怒りは…今では波の一つも立たない程に静まり返っていた。
「……オーブを手に入れられましたか。」
「ああ。…それより、あんた…さっきのザラキーマをかわし損ねたはずだろ?大丈夫なのか?」
「危険だと分かっていていつまでも寝てはいられないでしょー。」
 顔色は少し悪いが、足取りや口調はしっかりとしている。片鱗とは言え、全てを滅ぼすあの力に触れたにも関わらず、幸い…二人共もう大丈夫な様だ。
「まぁ、もう山場は越えた様子みたいですが。」
「…ああ、そうだな…。」
 ホレスが辺りを警戒して耳を傾けても…既に人間も魔物もその気配を感じさせない。少年の手によって投じられた滅びの種が殆どの命を奪い去り、花を芽吹かせる事もなく…辺りを死の大地へと変えてしまったから…。
「もう、ここに用は無いな…。闇のランプは?」
 緑色のオーブは既に手の内にあり、これ以上見るべきものも無い。ホレスはもう一つの宝物…闇のランプについてニージスに尋ねた。
「こちらに。」
「よし。」
 ニージスに差し出されたランプを受け取り、それに灯っている黒色の火を消す。黒煙が止み…徐々に辺りに光が戻り始める…。
「これで…目的達成ね。」
「…ああ。これは結局オレ達の手に渡る定めにあった様だな…。」
 オーブと闇のランプを手に、ホレス達は黄昏に照らされるテドンの村跡を去った。


「おぉい、遅かったじゃないかい。全く…このアタイにシカトを決め込むとは良い度胸してるじゃないか。」
 バースとドリスが住む小屋の入り口で、ナイトキャップにパジャマ姿のアヴェラが仁王立ちして待ち構えていた。相当退屈で仕方なかったらしい。
「いやいや…申し訳ない。ですが…。」
 そんな事では手土産の一つでも無いと彼女の気は晴れないだろう。幸い、成果は必要以上に得られたが。
「へぇ、ホントに見つけてきたのかい。大したモンだねえ、あんた達。」
 目の前に差し出された緑の宝珠と古ぼけたランプを見て、アヴェラは心底関心した様に頷いていた。
「……さぁ、どうだかな。」
「お、照れてるのかい??」
「……??…なんだなんだ…??」
 褒め言葉に素っ気無く答えるところを更にからかった所、訳が分からないと言った様子で首を傾げるホレスに、アヴェラもまた逆にきょとんとした面持ちで瞬きした。
「ああ…彼にその手のからかいは通用しませんよ。」
「なぁんだ、残念だねぇ。」
 本質的には実直で素直であるホレスにそうした茶々を入れても、まるで効果が無い。
「……しかし、ちょっと見ない間に随分と顔つきが変わったじゃないか。」
「…全部、この目で見届けた。もう迷いは無い。」
「…へぇ、そうかい。相変わらずその辺はさっぱりしてるねぇ、あんた。」
 アヴェラもまた、ホレスの変化…否、成長を感じ取ったらしい。テドンへの道中の時点から見ても、大分変わった様に見られている様だ。
「……。」
「…またオマエかい。まぁたやろうって?」

ぶぉんっ!!

「今度は負けないからね!!コテンパンに叩きのめしてやるから覚悟しな!!」
「それは私の台詞。」

ガキィッ!!ギャンッ!!
ドズンッ!!ズゴッ!!

「……仲が良いわねぇ。」
「…ですな。」
 理力の杖とドラゴンキラーが派手に剣戟を撒き散らしている。その様子をニージスとメリッサは楽しげに見守っていた。
「下らないな…。」
 一方、ホレスはそれに興味を示さず、黙々と荷物の整理へと勤しんでいた。


「ともあれ、これで目的の品は手に入れた。あとはサマンオサへ向かうとしようか。」
「…それがよろしいかと。」
 テドンにあるとされたオーブも、サイアスが探していた闇のランプも手に入れた。後はラーの鏡があちらで入手出来ていれば計画通りだ。
―……使い方次第では本当に見張りの目を誤魔化す事も出来るかもしれないな。もっとも…あのサマンオサの精兵達に通用するとも思えないけどな。…やはり…
 テドンで実際にその効果の程を見せた闇のランプ、使い様によっては本当に昼夜を逆転させるのと同価値の力を発揮できるかもしれない。もっとも単純な使い方こそが、一番有効な使い方なのかもしれないが。
「…さて、じゃあ行こうか。」
「ああ、頼む。」
 ともかく、結論はサマンオサでレフィル達と会わない事には出る事は無いだろう。
「ルーラ!!」
 アヴェラが呪文を唱えると、五人の体は宙へと急速に浮き上がり、やがて光の如き速度で西に向かって飛んでいった。

(第十九章 慟哭 完)