慟哭 第十二話

『…ぐ…がぁあああっ!?』
 自己犠牲の対価としての究極の攻撃呪文に巻き込まれて、紫の悪魔は致命的なダメージを受けた。
『……ハァ…ハァ……!!…ば…馬鹿なヤツだったな…オイ…。』
 翼は失われ、全身は火傷に覆われ…足取りも既におぼつかない。だが、サタンパピーは確かに生きている。槍の形に集約したメラゾーマの一撃にも、今のメガンテにも耐え切ったのだ。
『…結局無駄死にしやがった…本当に馬鹿としか言い様が無いんじゃねぇの?ククッ…!!』

「ほぉ?…で…今のお前に何が出来る?」

 悪魔が…自分を倒せずに終わった一撃に殉じたはずの男をあざ笑ったその時、不意に背後から哀れみさえ感じさせる様な調子の声が聞こえてきた。
『…なっ!?』

ドドドドドドッ!!!!

 サタンパピーが振り返ったその瞬間、幾つもの小さな爆発が体の表面で巻き起こり、体の内にまでその衝撃を受けた。
『がぁああっ!!!』
 内側から破壊される様な激痛のあまり、彼は成すすべも無く地面にのた打ち回った。

「大言を吐くな。ザコが。」

 そして…何者かが、身動きを取れない様にその頭を思い切り踏みつけながら傲慢さを隠す事なくそう言い放っていた。
『…て…てめぇ…!!?』
 サタンパピーは驚愕と憤怒が入り混じった表情で、その男を見た。
『何故…生きている……!?』
 彼は…確かにクルアスと呼ばれる男であった。黒鍔の帽子とマントは失われ、体には自分がつけた深手を負っているが、それ以外はどこも損ねた様子は無い。
「何故…だと?…ああ、メガンテの事か。制御するための力を魔力で上乗せしただけの事だ。簡単な話だろうが。…もっとも、これが本来の使い方だったんだろうがな。」
 先程まで纏っていた外套と同色の黒髪と、翡翠の瞳…露わになった腕の随所には大小様々な傷跡が見える。左手に握られた金色の槍は一見すると、祭器の錫杖の様にも見え…それと相まって、その男の外見は、魔術師とも戦士とも…そのどちらとも取れる、不思議な雰囲気を纏っていた。
『本来…!?本来もクソも…』

ガスッ!!

『………ッ!!』
 一言聞いただけでは全くもって訳の判らぬクルアスの言に驚いている暇も無く、サタンパピーは彼に蹴り倒されて地面に転がった。  
「終わりだ。」
 クルアスは左手で雷光の如き金色の槍を掲げ、一心に魔物へ向けて投げつけた。
『ギャァアアアアアアッ!!!』
 それは一寸も狙いを違う事無く魔物の心臓に的中し、金色の刃に秘められし力が発する高熱が、今度こそサタンパピーを内側から焼き尽くした。
「自己犠牲とはふざけた肩書きにも程がある。…制御できない言い訳にしか聞こえないな。」
 魔物を灰燼に帰した後…引き寄せられる様に戻ってくる金色の槍を左手で受けながら、クルアスはどこか遠くを見ながらそう呟いていた。


「…メガンテを…制御しただと…!?」
「おぉう…。とんでもない方ですな…。」
 一歩間違えれば全てが終わる様な難解かつ無謀な芸当を、クルアスなる男がやってのけたのを見て、ホレスとニージスは愕然とした様子でうめいた。
「…あら、ここにも居たのねぇ…。」
「なに…?」
 だが、意外にも…メリッサはあまり驚いた様子は無い。ただ珍しい物を見る様な彼女の言葉に、三人はきょとんとした面持ちで振り返った。
「あんなに積極的に使うモノじゃないわよぉ…。物凄く疲れるし危ないし…」
「な…なんですと??…まさか…?」
 どうやら今の呪文の制御には大変詳しい様子らしい。ニージスは何故そこまで分かりきったように言えるのか…理解して肩を竦ませた。
 
「興味本位でやってみようとか思ったのが間違いだったわねぇ。死ぬのがあんなに怖いモノだなんて思うとねぇ。」

「な…なにぃっ!?」
 流石のホレスも、今の彼女の言には度肝を抜かされたらしく、吃驚した様子で大声を上げてしまった。
「…ホレスよりも命知らず。」
 何がどう間違ったらそんなものに興味が向くのか…三人は今も柔らかな微笑をたたえている赤い髪の美女に、呆れたような視線を向けた。


「…クルアスさん!!大丈夫ですか!!」
「心配するな。別に死にはしない。それよりお前達も無事で何よりだな。」
 サタンパピーを速やかに倒したとはいえ、その代償としてかなりの手傷を負ったクルアスのまわりに若者達が集まり、すぐに回復の呪文を施し始めた。
「…でも、さっきのは一体…?」
「メガンテで自爆したとばかり…」
 彼らもまた、先程の芸当を見たのは初めてらしく、口々にクルアスに尋ねていた。
「馬鹿を言うな。俺が死んだら向こうの加勢に回れないだろう。」
 自惚れない程度に自分の力が村人達にあてにされているのは自覚しているらしい。彼は心配そうに自分を見上げている若者達を見て嘆息しながら、側に落ちている黒い広鍔の帽子とマントを拾い上げて再び身に纏った。
「…でも……どうやって…」
 一人が投げかけた言葉によって、話はまた先の呪文への疑問へと戻った。
「全部説明すると長くなるが、メガンテの発動の形態を少し変えただけだ。そもそもメガンテは未完成の呪文だからな。」
「未完成?」
 まずは簡単な結論が述べられる。当然の如く…それだけでは分かるはずも無く…疑問の声が上がった。
「生命力を破壊の力に変換するまでは古くからの魔法技術で辿り付いた…が、問題はその変換を制御する術が無かった。」
「制御…?」
「一度発動してしまえば際限なく生命力を奪い、それで万に一つ生き長らえたとしても程なくして自爆してしまう。その爆発も所詮は暴走に過ぎないのさ。」
 メガンテによる爆発はエネルギーの制御の欠落によるもの…これが”未完成”とクルアスが言っていた事なのだろう。
「暴走を止めるには…主に力で押さえつけるか、その方向性を変えるか…或いは根源を断つか、すぐに思いつくのはこんなものかな。より多くの魔力を代償に、俺はメガンテの爆発の方向性と生命力の供給をまだ未完成ながら操作する事に成功した。」
「……なんだか凄い話ッスねぇ…。」
 途方も無い話を、それなりに分かる様な言葉を用いて説明するのは難しい。若者達の多くは長々と語るクルアスの言葉に首を傾げるしかなかった。
「俺も無事ではいられないからあまり使いたくは無かったが、一番手っ取り早かったからな。」
 彼らから施された回復呪文を以っても完全に回復していないらしく、クルアスは嘆息しながら僅かに残った傷を眺めていた。


「…ふむ、あの方のみならず…君がかの花火師の方と同類とは…」
「もぉ…何言ってるのよ。あの人はそんな小細工使わなくても…」
「……ああ、確かに…。」
 クルアスの話と並行して、ホレス達もまた魔法について語らっていた。
「しかし、ああいった原理で…なるほどな…。」
 彼が言った事を簡単に言えば、メガンテの爆発を物理的に耐えるか、それとも魔法によってある程度抑えて危険が及ばないようにするか…と言う事だ。いずれにせよ…前者は余程の強者でも出来ない芸当で、後者は僅かな制御の綻びが命取りとなる事には変わらず、気安く挑戦できる様な事では無いが…。
「メガンテが未完成…とはああ言う意味だったのですな…。」
 メガンテ…生命力をそのまま破壊力に変換するだけの単純が故に破格の攻撃力を有する呪文。だが、ただそれだけでしかなく、ある者は絶大な力の代償として生命力を全て失い、ある者は自らの爆発に飲み込まれて果てる。すなわち…型無き力の暴走は術者自身の身を全く保証しない。それが他の呪文とは決定的に違う点なのだ。
「…ふむ、それを理解されるだけの才と力を併せ持つとは…」
「……ああ。壮絶だったな…」
―クルアス…か…。
 己が持つ全力で…且つ手段を選ぶ事も無く、ただ目の前の敵を迅速に排除する事のみを優先させる短期決戦型のクルアスの戦術…おそらく付け狙われた者は生きては帰れないだろう…。
「しかし、あの戦い方…ホレスと似たものがありましたな…。」
「顔も少し似てる。……あなたのお父さん?」
 命を危険にさらす事を辞さない戦い振りも黒衣が外れて露わになった素顔も、ホレスと似たものを感じさせる。
「……ホレス?」 
 だが、当の本人は二人の言葉にピクリとも反応せず、黒衣の男の方に注意を向けていた。
「……ふむ…あまり触れない方がよろしかった様で…」
「いや、違うんだ。ただ…」
 沈黙に対して…気を害したと思ったのか、ニージスが謝ろうとするのをホレスは軟らかに否定し、言葉を続けた…
「…親父の事は良く憶えていない。だが…」
 
「その名はクルアスだと、グレイから聞いた事がある。」
 
 そして、その口から皆を驚かせる事実が語られた。
「「…!!」」
 初めからホレスにはその名前は分かっていた。だからこそ、宿の主や村人達がクルアスと言う名を告げた時に驚きを隠せなかった…と言う事らしい。 
「…あら、分かっていたの。」
「いや…確かに親父の名が出てきた事には驚いたが、はっきり言って何も分かっちゃいない。結論を急いだところで悪戯に混乱を深めるだけだからあまり気にしていなかったからな…。」
 困惑した様子ながら…クルアスなる男との類似性を否定する事も意識する事も無く、ホレスは淡々と述べた。
「……少なくとも、オレの親父は一介の学者としか聞いていないな。…ムオルに来た時は余命幾許も無い程弱っていたらしいからグレイもよく知らないらしいが。」
「…ふむ、分からない事だらけな様で。」
 その名前さえ他者から聞き出したものでしかない為か、ホレスにとって”クルアス”という名前は長い間遠い記憶の彼方にしかなく、そして…ムオルで過ごしていた時には全くと言っていい程、父親の事は覚えていないのだろう。
―まぁ、彼がホレスの父親…と言っても随分と頷けますな。
 ホレス自身ですら割り切って考える事が出来ていない。単なる幻覚であるならばそれだけの話であるが…四人の目にはそう理解する事を忘れさせる様な現実味に帯びた光景を見せ付けられているのだ。

ダッ!!!

「…!」
 その時、不意に巨大な雄牛の魔物…マッドオックスがこちらに向かって突進してきた。

バスッ!!

 だが、それはホレスの持つ黒い隼の剣によって首を掻かれて、その勢いのまま近くの木に激突して動かなくなった。
「……大丈夫か!?」
「…平気。でも、まだ沢山いる…。」
 幸い誰も怪我は無かったが…辺りを見回すと…先程とは比較にならない程の魔物達が蹂躙しているのが目に見えた。
「レムオル」
 すぐさまニージスが透明化の呪文、レムオルを唱えて皆の身を隠す。すぐさまホレスが荷物から何か袋のようなものを遠くに投げると、魔物達はそれに気を取られて…そちらへと向かっていった。
『どうやらもう…押さえ切れないみたいですな。』
『……滅びの…時か。』
 戦力は殆ど失われ…もはや魔物による被害を抑える術は無い。今この場をしのぐ事すら困難だろう。
『ふむ…それはどうですかな。』
 一方で、ニージスは何を思ったのか…そう呟いていた。


「魔物が…!!」
「…まずいぞクルアスさん!!」
「分かっている!急ぐぞ!!」

 辺りを押しつぶさんばかりに現れた魔物の大群を前にして、クルアス達は焦燥感を感じて村の方へと急いだ。もはやこうなってしまっては…村そのものよりも、一人でも多くの者を守る方を優先せざるを得ない。
「…しっかし…。マジでやべぇ相手だったな…。」
 その様な中…明らかに顔色が悪い青年が、先の死闘を思い返してそう呟いた。
「ああ…俺も油断し過ぎたな。大丈夫か?ゼルス。」
「…問題ないッス…。ザキ受けた時はどうなるかと思いましたが。」
 サタンパピーのザラキを受けて、彼ゼルスは運悪く仮死状態の寸前まで追い込まれた。初めに先制攻撃を許してしまった事が要因である事を考えると、クルアスも気分が悪かった。
「……あまり無茶はするなよ。この程度ならば俺達でもカタがつく。」
 そう諭しつつ、クルアスは右手に気合を込めて、それを思い切り地面に叩きつけた。その瞬間、辺りの地面から幾つもの火柱が立ち上り、近寄ろうとしてくる魔物達を纏めて突き上げて焼き払った。
「もうすぐだ。持ちこたえていろよ…!!」
 若者達に的確な指示を出し、時には自身の力を存分に振るいつつ、クルアスはテドンの村の中心部へと急いだ。

「…きゃあああっ!!!」
「うわあああっ!!!」
 
 果たして辿り付いた先は、既に魔物に蹂躙された後の…散々と言うべき有様であった。力ない者はただ逃げ惑い、守ろうとする者達は傷つき…殆どが倒れていた。
『ケケケケケーッ!!!』
「いやあああああっ!!!」
 クルアス達の前に、テドンの村人の女性がシャーマンに追いかけられているのが見えた
「…やめろぉおおおっ!!」
「スクルト!」
 若者の一人が激情のままに前に駆け出してシャーマンの体を大剣で一刀両断にし、別の一人が女性へと防御呪文を施してその身を守った。
「…しっかりしろ!!」
「大丈夫だ。どうにか間に合ったな…。」
 女性は気を失っていたが…特に大きな怪我は無かった。魔物に殺められまいとしていた緊張が解けたらしい。
「お前達は残った者達を守っていてくれ。ここは俺がカタをつけてやろう。」
 女性が無事だと言う事を確認すると、クルアスは若者達にそう告げた。
「はい!」
「任せてくれッス!!」
「おお!何としても守り抜くぞ!」
「よし。全力で…行くぞ…!!」
 皆の反応に満足そうに頷いた後、クルアスは金色の槍を掲げながら…詠唱を始めた。その瞬間…彼を中心とした竜巻の如き風が吹き荒れ…やがて、眩い光が天を衝いていた。


「……大方片付いたな。」
 クルアス達の活躍により、魔物は殆ど掃討され…残った者達も皆散り散りになって逃げていった。
「…だが、まだだ…。」
「そう…ッスね…。」
 折角魔物の撃退に成功しても、様々な意味で既に致命傷…とも言える被害を受けている。それを立て直すのは困難極まるだろう。場合によっては村を捨てて、見知らぬ地へと旅立つ事も余儀なくされるかもしれない。
「…参ったな…こりゃ…」
 その様な果て無き苦難がこれから待ち受けている。若者の一人がたまらずそう呟くと…周りの者も黙って俯いた。
 
「………。」

 そんな彼を…直下から翡翠の瞳を持つ黒髪の少年が見上げている。
「…!」
 そこでようやく、その闖入者の存在にその場の全員が気付いた。
「て…てめぇは!?」
 瞬間…驚愕と侮蔑が入り混じった視線がその少年へと一斉に向けられた。


『あれは…あのガキ!!』
『…ふむ…何か様子が変ですな。』
 レムオルで身を隠している四人も、少年の姿を確認した。
『今はあいつが…オーブを!!』
 不穏な空気があたりを覆っているのは少なからず読み取れたが、ホレスはそれよりも少年が持つオーブの方に気が向いていた。
『…でも、すぐに取りに行くわけには…行かないかしらねぇ…。』
 今下手に出て行けば…おそらく村人達に怪しまれるだろう。最悪あのクルアスなる男とも戦う事となってしまう。そうなるとまず勝ち目は無い。
―…ふむ……よりによって…彼が……
 何の皮肉か…かの黒髪の少年がオーブを手にしている。その様な状況を改めて見ると…ニージスは運命の様なものを感じざるを得なかった。


「な…何でここに居やがるんだ!?」
 不穏の空気がもたらす静寂を最初に打ち破ったのは先程まで村人達を守っていた若者だった。彼は少年の襟首を掴み、半ば怒号ともとれる大声を上げた。
「………。」
 しかし、少年はそれに怯える所か、驚く様子すら見せずにただ若者を睨みつけているだけだった。
「…待て!」
 それを見かねたのか、クルアスが割って入った。
「あ…すいやせん…。」
 彼の声に、若者は我に返って少年を手放して解放した。
「いや、気にするな。…おい、母さん達と一緒にいろと言っただろう。」
 クルアスがそう呼びかけると、少年はぴくりと肩を動かした後、彼の方に振り返った。
「……。」
 しかし…やはり何も話そうとはしなかった。
「…また喧嘩でもしたのか。…だが、今外は危険だ。」
「………。」
 それどころか…表情一つ変える事無く、黙って真っ直ぐにクルアスの目を見つめている。
「おい、てめぇ!クルアスさんがこう言ってるんだ!とっとと帰りやがれ!」
 その時、誰かから再び罵声を浴びせられ、少年はその声の主の方向を振り返った。
「……………。」
 そして…その男と視線を合わせ…敵意を剥き出しにゆっくりと歩み寄った。
「……ッ!?」
 すると何故か、怒鳴りつけた男の方が突然に後ずさり始めた。
「て…てめぇ…っ!!」
 体格的に勝っているはずの彼が…何の力も持たない少年を前に下がり続けている…。だが、彼もまた…

「また牢屋にぶち込まれてぇのか!!」

 …内に溜めた怒りをその様な言葉という形で、少年へと吐きかけた。
「…牢屋……だと?」
 だが…それを聞いたクルアスが…ピタリとその動きを止めた。
「……え…?あ……」
 少年を罵倒した若者は…その様子を見て、思わず言葉を失った。

「俺が居ない間に…この子に何をした……?」

 それはさながら…慈悲と言う慈悲を知らぬ魔の神の如き剣幕だった。
「………ひ…!!」
 クルアスに睨まれた青年は…思わず後ろに倒れ込む様にして尻餅をつき、後ろへと必死に下がっていた。
「…何だ?…お前らも関与しているんじゃないだろうな……??」
 次いで…彼は他の村人達を見回しながら…語気を落としてそう告げた。
「………。」
 それに答える者はおらず、辺りは再び沈黙に包まれた。


―おのれ…人間…にん…ゲン…ゴ…ときニ…!!

 その様な一触即発の状況の中、突如として人ならざる何者かの声が響き渡った。
「…!!」
「…サタンパピー…!!…まだ生きてやがったのか!?」
「違う…!!あれは…幽体…!!」
 それは…確かにとどめを刺したはずの紫の悪魔…サタンパピーの形をとった怨霊であった。
「…だったらとっとと成仏しちまえ!!ニフラム!!」
 村人の誰かが、霊体と化した悪魔へと向けて、ニフラムの呪文を唱えた。浄化の光がサタンパピーへと降り注ぐ…だが…
 
―…グ…ががガ…ッ!!……鬱陶しい虫けらドもガ…!!

 それを受けて…一時は霧散しようとしていたが、怨みが強いのか…すぐに再生して元の形に戻った。
 
―……ガァアアアアアア!!!

 そして…、不意に村人達目掛けて飛び掛った。
「……!!」
「…いかん!!」
 村人達は突然の襲撃に足が竦んでしまい動けない。クルアスは反射的に彼らを庇おうと前に出た。

どんっ!!

「…なっ!?」
 その時、小さな影が目の前に現れて…同時にクルアスの体は後ろに傾いでいた。
「………。」
 その影の正体は…自分と同じ、翡翠の瞳と黒髪を持つ少年であった。彼は、強い意思を感じさせる目を向けながら、目の前に立った。次の瞬間、紫の怨霊が少年とぶつかり合った。
「ホレスッ!!」
 クルアスはそれをなすすべも無く見守る事しか出来なかった。


ドクンッ!!
『……っ!!』
 時を同じくして…その光景を目にしたホレスに突如として異変が起こった。
『……な…っ!?』
 彼は…信じられないと言わんばかりに叫んだ瞬間、その場に膝を屈し、両手で頭を覆った。
『…!!』
『……な…なんと…!?』
 倒れ伏しそうになったホレスを見て、ムーは慌てた様子でその体を支えた。側に立つニージスは、目の前の光景と今のホレスの状態を交互に見回し、驚愕して動かない。
『……ぐ……』
『ホレス君?』
 ムーに支えられたホレスが…突如としてうめきを上げ始めた。それを見てメリッサがその額に触れようとした…。
『ぐああ……!!」
『…ホレス!?』
 その時…ホレスに施されていたレムオルの効果が突如として解除され、彼の姿が半透明の状態から一気に彩りが戻った。

「…が…ああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 そして…身の毛もよだつ程の凄まじいまでの慟哭が、辺り一面にこだました。

ボッ!!

『……!!』
 叫びが余韻を響かせるその刹那…突如としてホレスの体に黒い炎が灯った。同時にその体から激しい奔流が巻き起こり、側に居たムーを容赦なく弾き飛ばした。
『ホレスっ!!』
 ムーは宙に吹き飛ばされながら、驚きがその顔に張り付いた表情のまま彼の名を叫んでいた。


―……全部が…全部が憎かったんだろ?…俺と同じだなぁッ!!

「………。」

―…だったらぁ…その望み…叶えてやろうじゃねぇかぁ!!

「……!!」

―ぉおおお!!いけるぜぇえええ!!

「…ぁ……!!!!!」



「……や……め…ろ……!!!」
 黒い炎に包まれながら…ホレスは必死になって体を押さえつけつつ声を絞り出した。 
「また……全て……を……こ…」