慟哭 第四話

―…ホレス…ホレス…。
「……誰だ…?」
 まどろみの中で…呼びかけてくる声に…彼は無意識にそう返していた。
 
―やっぱり……生きてた…。

「………!」
 しかし、続けられたポツリとした一言に…ホレスは急に全身の感覚が戻ってくるのを感じて、現実に引き戻された。
「…気がついた。良かった。」
 目の前に…赤い髪を持つ少女がひょっこりと顔を覗かせながらそう呟いていた。全体として人形を思わせる顔つきは相変わらずだが…彼には自分の姿を映し出すその目にどこか安堵の様な感情が込められている様な気がしてならなかった。
「……ムー…。」
 あの後…五人はシャーマンの大部隊の進行に巻き込まれて…皆散り散りになってしまった。そのような中で、爆弾石や矢はあっという間に尽き、次々と呼び寄せられる新手に脅威を覚えながらも……ホレスは襲い来る奇怪な仮面の部族とたった一人で必死になって戦っていた、…力の限り…力尽きるまで……。
―……そうか…今度もどうにか…
 だが、目の前の少女…ムーの存在を確認できたと共に蘇る感覚を以って…彼は今生きているという事を改めて実感していた。戦っていた時も不思議と死への恐怖は無かったが…こうして生還してみると…僅かに体に震えが生じてくる…。
「お前が…助けてくれたのか…。」
 あれ程の大群との激戦の最中で意識を失う事は死を意味するはずだった。
「私は何もしていない。今生きているのはあなたの力。」
「…オレの……?」
 だが…今自分は生きている…。誰の助けも得られないあの状況の中から…今こうして生きて帰ってきたのだ。その疑念が脳裏に顕著に張り付き…彼は首をかしげてしばしの間硬直していた。
「……でも、生きているならそれで良い。」
「…まぁ…そうだな。」
 しかし、次のムーの一言で、今気にしても仕方が無い些末事と思い直し…ホレスは嘆息しながら立ち上がった。
「ニージス達は?」
 身体感覚を確かめながら…ふと、この場に自分とムー以外に誰もいない事が気になり…思わずそう尋ねていた。
「…わからない。ここにいるのは私達だけ。」
「そうか…。」
 案の定…他の三人とは…あの戦いの最中で散り散りになってしまったままの様だ。今どうしているか…いや…今生きているかさえも分からない…。
「…だが、お前も酷い怪我だな…。回復呪文を使ってでも治した方が良いだろうな…。」
 ホレスは唯一人合流を果たす事が出来た仲間の少女の体の傷を見て…そう呟きながら、火打ち石と紙を取り出して火種を作り、手近な薪になりそうな枝に着火した。
「そうしたい…でも、魔力切れ。」
 そう言われて…ホレスは自分の体を改めた。今死闘の中で受けた傷の痛みなどまるでない…その陰には……
「すまないな…。」
 つまり…ムーは残り少ない魔力を、自分の治癒よりも…ホレスへの回復に使い果たしたと言う事である。彼はすぐにそれを察し…人に心からの感情を見せない性格としては珍しく、申し訳無さそうに俯いた。
「気にしないで。あなたは絶対に死なないけど、私はあなたを助けたい。」
「…ムー?」
―また…か。
 魔法の封筒によって先に送られた手紙にも確かにそう書いてあった。だが、ホレスも人間である以上…その域まで達する程頑丈ではない。だが、彼女に”絶対に死なない”と言わしめる要素が本当にあるとすれば…それは一体何なのか…。
「……とにかく、お前の怪我の処置が先だ。暫く大人しくしていろよ。」
「むー……。」
 それよりも、自分を省みずに治癒してくれたムーへの感謝を通り越して、自責の念が僅かに湧き出してくるのを感じながら…ホレスは背負子を背負った。

「……サザン・アイ・セイク・セロン・ラング・センカル…」

「!」
 これで三度…ホレスが聞きなれぬ言葉を紡ぎ始めたのを見て、ムーは一瞬驚きに目を見開いていた。 
「フローミ!」


「……あつつ…いやはや、とんでもない所に出くわしたもので…。」
 深い樹海の中に建てられた木造の小屋の中…包帯を巻いた蒼い髪の優男は、そのニコニコとした顔を僅かに苦痛に歪めて…気だるそうに壁に寄りかかっていた。
「…ホントにねぇ、ふふ…。」
 それとは対照的に、側の椅子に丁寧な仕草で座っている魔女の出で立ちをした赤い髪の麗人はかすり傷一つ負っていない。彼女は彼…ニージスの言に同意するように頷きつつ苦笑した。

「……連れの姐さん、まだ伸びたまんまだぜ。」

 その時…部屋の奥の扉が開き、そこから背の高い細身の男が現れた。顔には火傷のような古い傷跡が張り付くように残っている…。
「あら、バースさん?船長さんまだ起きてないの?」
 彼…バースの言葉から…自分達に付いて樹海の探索に乗り出してきた女海賊の様子を聞き、彼女…メリッサはそう返した。
「まぁお前さんの回復呪文が効いてるからか、豪快にいびきなんかかいてるから大丈夫だとは思うけどよ。」
「はっは、それは何よりですな。睡眠第一とはよく言ったもので。」
「もぉ、船長さんったらぁ…ふふふ。
 意識が無いと言うと悪く聞こえてしまうが、そんな心配を他所に…アヴェラはかなり元気らしい。多少なりとも不安の一つが消えるのを感じて、二人は顔を見合わせて笑っていた。
「船長……ね。さっきから気になってたんだけど…アヴェラって人が船長って…あなた達の所では女の人が船長さんやってるの?」
 三人のやり取りを見守っていた…バースの友人の女が、その話の内容に首を傾げてそう尋ねていた。
「いやいや、この方が特別腕の立つ方なので。」
「そう…、こんな剣を二本も操るだけに…凄い人なのね…。」
 ドラゴンキラー…その特殊な形状故に相当な格闘のセンスを求められる武器を操る……そして、その愛剣の痛み具合から見てもその力量…経験共に確かなものがある。その自信が或いは、多くの荒くれ者達を率いる助けの一つとなって…生来のカリスマ性を引き出しているのかもしれない。もっとも…メリッサからはその割にはなんとも良い様にあしらわれる…という好ましくない状態ではあったが。
「…しかし、君たちの助太刀が無ければどうなっていた事やら。感謝しておりますとも。」
 箒で空へと逃れたメリッサはともかく、その場に取り残されたニージスとアヴェラは真正面からシャーマン達と戦う羽目になった…が、やはり多勢に無勢、すぐに追い込まれて絶体絶命の状態に陥った。そのような窮地でこうして生きて帰る事が出来たのは…彼ら、バース達が助けに入ってくれたおかげだった。
「…まぁ、あんな物騒な氷のカタマリが何本か飛んできた時には流石にビビッたけどよ…。」
―…あら、ごめんあそばせ。
 その彼が続いてぼやいた事に…メリッサは少し気まずさを感じたのか…心中でそう呟いていた。どうやら彼女が放ったマヒャドの効果範囲内にバース達もまたいたらしい。
―まぁ、ここは余計な事は言わない方がよろしいみたいで。
 メリッサににっこりとした笑みを浮かべた顔を向けられ…その深い意図を否応無く読み取り、ニージスも吊られて薄ら笑いを浮かべた。
「……で、あんた達は何を探しに来たんだい?」
 そんな二人が何を思っているのか読めず、怪訝な表情を一度浮かべながら、すぐに真顔に戻ってバースは彼らにそう尋ねた。
 
「この滅び行く村…テドンにまでさぁ?」

 その声には…諦めにも似た様な…乾いた感情が込められている様な気がした。


「…これで…よし…と。」
 近くで焚かれた火が煙を上げている側で、ホレスはムーの腕に巻かれた包帯を縛り終えて一息つきながらそう呟いていた。
「動きにくい。」
「我慢しろ。…これでまぁ…破傷風の危険は減ったか…。」
「むー……。」
 汲んできた水を沸かして、その湯で薬草を煎じたり乾燥した保存食に施している彼に…ムーは些か不満そうにうめいた。体全身を覆う包帯のみならず…頭や頬にも応急処置がなされていて…確かに動き難そうではあった。
「…これを飲んどけ。」
 ホレスは調合した薬草を煎じたものを入れたカップを手渡すと…ムーはそれを傾けて一気にあおった。
「……意外においしい。」
「…イヤ、苦いだろう…。」
「その苦さが良い。」
「…相変わらず変わったヤツだな…お前。」
 特別味覚がおかしい…という訳ではなさそうだが、薬草に通じるホレスが苦いという煎じ薬を飲んで嫌な顔一つしないどころか…その味を気に入ったらしい…。ムーのそんな様子を見て…彼は呆れた様に苦笑した。
「しかし…ニージス達は一体何処に…」
 その一方で…はぐれた仲間の安否が、先ほどから二人の脳裏に張り付いていた。
「……でくのぼうもいない。」
「木偶の坊…?」
「アヴェラ。」
「…とんでもない言われ様だな…、だが…」
 犬猿の仲とはいえ、アヴェラに対する呼称のあまりの滑稽さに…ホレスは一瞬きょとんとした様子でムーを見た。…が、当人の名が上がったところで…改めて今の状況の思わしくない所が浮き彫りになるのを感じていた。

「あいつがいなければすぐにサマンオサに向かう事は出来ないか…。」

 アヴェラ…二本のドラゴンキラーと多くの呪文を以って敵を殲滅する手練の戦士として…大きな戦力になっていたのは間違いなかったが、何より…大人数を運べる上に牽引する対象者の記憶にも依存しない特異なルーラの呪文を行使できるというのが最大の持ち味だった。その力によって、闇のランプを回収し次第すぐにサマンオサへ向かう予定だったが…。
―……振り出しに戻った…か。
 元々彼女がついてくるとは思っていなかったため、ホレスは初めからサマンオサへ向かう別ルートを地図やその他資料から模索していた…が、おそらく道という道はサマンオサ兵の警戒体制が敷かれているのは間違い無いと踏んで…有効な術を見い出せずにいた。このままアヴェラと合流できなければ…この先サマンオサへと向かう旅路はより困難なものになる。
「…だったら私があなたを導く。私のルーラでならあの祠に向かえる。」
「それしか無いだろうな…。」
 件の祠に向かえばサマンオサへの旅路へつく事は出来る。…監視の目がそこに回っていなければの話だが。
「でも、さっきの呪文は何?」
 その様な事を考えていると…突如として、ムーがそう尋ねてきた。
「いや、だから契約していた呪文が突然…」
「違う。私も知らない呪文だから。」
「…フローミ?…驚いたな。お前でも知らない呪文があるなんてな…。」
 
フローミ

空間認識能力を拡大し、辺りの地形を把握する探知の呪文。適性者の数、知名度が共に低く…かつては秘呪文とも呼ばれていた。
閉鎖された空間内でその真価を発揮し、知る者は洞穴や遺跡の探索を優位に進めることが出来る。

 魔法…呪文に通じたニージスやメリッサも驚嘆させうる詠唱よりも…呪文の名自体を知らない事の方が大きいらしい。
「…昔は使えたのかもしれないな…。」
―…おそらく、こいつならば…必要な呪文の契約ならばやらされていた…と思っていたが…
 ドラゴラムなど上級のものを含む数多くの呪文を行使してきたのを目の当りにしてきただけに、まさか彼女に”知らない呪文”があるとは想像もつかなかった。無論、ダーマで培ってきた知識も…記憶を失った事によって大半がなくなっている上に、フローミの呪文自体が特殊なものだといえばそれまでの話ではあるものの…。
「……それで、どうするの?」
 ムーの一言で、ホレスは改めて現状を思い返した。乱戦で見失った自分の立ち位置を完全に見失った…という最悪の事態に陥ったのではないのがせめてもの救いではあったが…。
「このまま進むしかないだろう。…生きていればまぁ…あいつらだってルーラが使えるんだ。脱出はしているだろうさ。」
「…そう。どっちに進む?」
 
「目印になりそうな物はないか…。ならば…」
 ドラゴンと化したムーが暴れて木々を薙ぎ倒した事によって、森に陽光が差し込んでいる。その太陽に向けて、ホレスは背負子から取り出した、日時計の様な道具を向けた。
「…方角は……そうだな。……やはりこちらが南…か。」
 ムーが訳が分からず首を傾げている側で、彼は何やら呟きながら…辺りを調べていた。今の口ぶりからすると、方角ははっきりと分かった様だ。
「よし……ついて来い。」
 それから程なくして、ホレスは立ち上がってムーへとそう告げた。
「道…分かったの?」
「……ああ。…方角に間違いが無ければこの先に集落があるはずだ。…テドンの村であるならば話が早いが。」
 素人目からは勿論、手練の冒険者でも何も手掛かりを得られない程に、辺りの光景はありふれたものにしか見えなかった。旅慣れているとはいえ…そんな中でホレスが何を確信して道を見い出したのか…或いはただの当てずっぽうに過ぎないのか…。それが気になったのか…見つめてくるムーに、彼はそう答えた。
「……!」
「?」
 不意に、ホレスの耳がかすかに動いたのを見てムーは首をかしげた。
「……シャーマンの生き残りがまだ近くにいる…。気付かれない様に静かに行こう。」
 近くにまで敵対した者達が迫る音を聞きホレスは舌打ちした。どの道出発しなければならないらしい。
「…倒したいのに…。」
「オレもそうしたいのはやまやまだが、お前が怪我している以上…リスクが大きすぎる。」
 ムーが悔しそうに俯く側で、ホレスもまた首を振っていた。
「……わかった。」
 ドラゴンの姿を取っていたとは言え、多くのシャーマンや魔物相手に無傷と言うわけにはいかず…魔力もホレスの傷を癒すので使い果たしてしまった。歩く事は出来ても、理力の杖を振るう事も、強力な呪文を放つのも無理…つまりは戦えないという事だ。暴れん坊とも言えるムーがその様な状態に耐えられるはずもなく、かなり落ち込んでいるのは他人目から見て明らかであった。
「ああ、行くぞ。」
 そんな彼女の肩をポンと叩き、ホレスは先に進んだ。


「……ふぅん、オーブねぇ…。」
 朽ち果てた木々…腐った大地…まさに廃墟と言える様な凄惨な場に、四人の男女が佇んでいた。
「…綺麗なまん丸の宝玉なのですが、心当たりはありませんかねぇ?」
 女が投げかけられた言葉に溜息をついている側で、ニージスは近くに立つ痩身の男…バースにそう尋ねていた。
「んー…そんなモノあったかねぇ?…なぁドリス。」
「うん。…あ!…確か…あの時の…」
「…ああ…そうだったな…。」
 ニージスの問いに、ドリスが思い立ったように声を上げた時…二人の表情に陰りが表れた。あからさまに嫌な顔こそしなかったがおそらくはあまり良い思い出ではなかったのだろう。
「あら?何かあるみたいね。他に特徴は?」
 だが、何かしらの手掛かりを知っていると見て、メリッサは更にそれを追求した。
「特徴…といっても思い出せないわね…。」
「色だけなら緑だって分かったけどよ…なにぶん俺らもガキだったからなあ…。」
 かなり過去の事であるらしく、二人は曖昧な答えしか返せなかった。或いは辛い場面が思い返される方が強く…その宝珠の印象が薄れている為か。
「…そうねぇ。」
 二人が答えに困っていた所に…メリッサは荷物を探って何かを取り出して二人に見せた。
「あぁっ!!それそれ!!色は赤いけど…やっぱり似てるわよ!!ねぇバース!!」
「あんたらも持ってたのかよ!!」
 特徴も何も…”実物”がここに存在している…”赤の月”海賊団の旗印を思わせる、赤く輝く宝の珠がメリッサの手のひらの上に収まっていた。
「…なぁるほど、聞くのと見るのじゃ大違いだわな。」
 その…レッドオーブを眺めて、バースは納得したようにそう呟いていた。
「はっは…まぁ偽物でないとも言い切れませんが。」
「偽物…ねぇ。確かに外見誤魔化すことなんざ幾らでも出来るかもしれねぇか。」
「…うーん、そう言われちゃったらそれまでの話ねぇ…。それこそあのラーの鏡が欲しいくらいよぉ。」
 あくまで本物のオーブであるかどうかは定かでない…その事実をポツリと告げたニージスの言にもまた頷くバースを見て、メリッサは悩ましさを感じさせる苦笑を浮かべつつ首を振った。
「ラーの鏡だってぇ?オーブとやらの次はそれかよ…。やれやれ…んなモン探して何したいってんだい?あんたらは…」
 そもそも危険な魔物やシャーマンだけでは無く、毒沼等の危険極まりない樹海に…理由なく足を踏み入れる事自体が疑問に思う所であった。
「ああ、そうそう…そう言えばコレにも反応したわねぇ…。」
―ぅおう、無視かよ…。まぁ…言いたくねぇなら良いけどよ…一体何しに来たんだこいつら?
 そんな疑問を抱えてのバースの質問をさらりと流しつつ、メリッサは腰の小袋の紐を解き、その中身を手に取った。
「む…?その笛は確か…」
「……は?笛??」
 果たして出てきたのは…丸みを帯びた陶製の身に小さな穴が幾つも空いた、オカリナと呼ばれる類の笛だった。
 
 …そして、それは優雅な仕草で魔女の口元へと運ばれ…美しい音色が織り成す曲を奏でた。



「…!」
 草むらを手にした黒い隼の剣で刈り、道を切り開きながら進んでいるホレスの聴覚が…不意に違和感を感じ取り…その足を止めさせた。
「荷物から…」
 ムーがそう呟きながら一点を指差しているのを見るまでもなく、ホレスは背負子に掛けられた荷物の一つを手にとった。
「蒼の光が……!」
 音は確かにその荷物から聞こえてくる。
―…山彦…?
 だが、ホレスの耳に…オーブが発するものと同じ質の音がまた別の方向から届き…
「だったら…あの先に…!」
 この現象を巻き起こしているものの正体を悟り、彼はムーを促して先へと進んだ。


―……山彦が…。
 力ある宝物に反応するメリッサの笛の音……その力を示す”山彦”の如き音の反響が…森の奥から聞こえてきた。
―新しいオーブかしら…。それとも…
 目を伏せ…笛を吹き続けながら、メリッサは自らが奏でた曲が彼方から跳ね返ってくる音に耳を傾けた。
「ふむ、あるいは……」
―まぁ…こちらと考える方が妥当でしょうな…。
 
カッ!!

「…!」
 その時、遠くの樹海の方で一筋の光が天を衝いた。
「何だ…??」
「ああ、そう構えなくても大丈夫ですとも。」
 今の光で、予想通りの事が起こっていると確信し…ニージスは側で呆然と空を見上げているバースとドリスへとそう告げた。
―まぁ…歩く宝物など…想像するだけで恐ろしいワケで…
 同時に消えたもう一つの可能性…力ある宝物が自ら意思を持って動くというそんな奇怪な情景…それを連想させる蠢く宝箱の魔物…ミミックの姿を思い浮かべながら…彼は乾いた笑いをもらした。
「…ふふ、やっぱり生きてたのねぇ…あの子達。」
「流石に不死身ですかな。」
「…不死身?」
 互いに顔を見合わせて笑いあうニージスとメリッサを見て、森の住人の二人も同じ様に顔を見合わせて…こちらは首を傾げあっていた。
「そうねぇ…今度は明るい曲にでもしようかしら?」
  

「…こっちだな…。」
 一度は止み…今度は違う調子で流れてくる…そよ風の様な心地よさを感じる音を辿り、ホレスは森の中をつき進んでいた。
「……村が見える。」
「ああ、もう少しだな…。」
 ここまでくると、道は素人目からもはっきりと目認できた。だが…
―…酷い…有様だな…
 毒沼や枯れ木の数は…進むごとに数を増して…その過酷な環境の為か、シャーマンどころか…小動物の気配一つ感じられなかった。
「…疲れた。」
「お前は怪我してるんだ。それでよくここまで歩いたもんだよ。」
「でも、そのまま休んでいても仕方がない。」
「…まぁ、後で支障が出ない程度にな。」
 側で珍しく疲労の色を隠せずにいる、まるでミイラの様に包帯を巻いた赤い髪の少女を気遣いつつ、ホレスは何か嫌な予感を感じ取っていた。
―……まぁ、こんな中ならばな…。
 深い緑の中の随所に佇む滅びの色…。確かにこの様な光景を見てしまえば…自ずと気分が消沈してもおかしくはない。だが…それ以上の何かもっと暗い気持ちが思考の片隅で暴れまわっている様な気がして、彼は舌打ちしながら首を大きく振った。


「はっは、大したものですなぁ。」
「…流石はトレジャーハンターねぇ。」
「いや、オレとて必死だったが…」
 特に事も無げにここまで来たという様な言い振りの二人の言動が少し気に障ったのか、ホレスはわずかに首を横に振った。
「ふふ…それはごめんなさいね。お疲れ様、ホレス君。」
「…ああ。」
 続けて掛けられた労いの言葉と共に、彼は頷きつつ背負った大きな荷物を肩から下ろした。樹海の中の戦闘で別れ別れになってしまった事がやはり心配だったらしく、その顔には安心した様子が見て取れた。

カランッ!!

 その時…側に立っていた男が…手にした槍を地面に落として…驚愕に目を大きく見開いてこちらを凝視していた。
「…?」
「…あら?どうしたの?」
 それを怪訝に思い…ホレスは眉を潜め、メリッサは首をかしげて尋ねた。
「ホレス……だとぉっ!?」
 だが…その様な言葉などまるで聞いていないのか、バースはどうとも形容しがたい形相をしながら突然そう怒鳴り…

ヒュンッ!!

「……ッ!?」
 そして…落とした槍を拾い上げて、目にも留まらぬ速さでそれをそのままホレス目掛けて突き出した。
「今更何しに帰ってきやがった!!?」
 バースは素早く槍を引き…その切っ先を向けながら、激しい憎しみのこもった罵声と視線をホレスに投げかけた。
「…な…何を言って…!?」
「メラミ!!」
 全く心外な事を告げられた事への弁明の余地も無く、今度は別の女が呪文で攻撃を仕掛けてきた。炎が彼女の手のひらで巨大な火球と化して…銀髪の青年目掛けて投げつけられた。
「…ちぃッ!!何だ、あんた達は!!」
 その攻撃をかわしつつ…彼もまた、下ろした背負子に差した…黒金の如き黒刃をもつ隼の剣を怒りに任せて引き抜いた。