何が為に 第十二話
「……ここは…」
 アヴェラが唱えた呪文と共に一瞬の浮遊感を感じ…目の前の光景が変化していた。大勢の海賊らしき者達が遠くに見えるのは幾つも立ち上る黒煙…おそらくは蹂躙された町から出ているのだろう。
「…あんた…今ルーラを…」
「ルーラだけは得意なんでね。皆いっぺんに運べる様にちょいと契約文をいじったんだよ。」
「そうなのか…。」
 ルーラの呪文でいっぺんにこれ程大勢の手下と自分達をこの場に転送したにも関わらず、アヴェラには疲労した様子が見られない。
「随分と細かい所まで気にするボーヤだねぇ。でも、やっぱり気に入ったよ。」
「…それは光栄だな。」
 本人にとっても些細な問題に過ぎないらしい。周りでその様な芸当をやってのける者などいない事を知らないのか…とホレスは内心でそう思っていた。
 
「そういや…あんた、ホレスって言ったね…。」

 すると今度はアヴェラの方から自分に声がかかってきた。先程ハンやニージスが口にした事で名前を覚えられていた様だ。
「…なに?」
 どうやら自分の名前に聞き覚えがあるらしい。だが、一介の冒険者に過ぎない自分の名に何があるというのか。
「…まぁ今気にしても仕方が無いか。それより……。」
 ふと、煙が上がっている方向が騒がしくなっているのを感じ取り、アヴェラは尋ねようとした事を引っ込めて手下達に合図を送った。
「お見送りが来たようだね。いつまでもここで突っ立ってるのも難だろう。ちゃっちゃと出航しようじゃないか。」
「……そうだな。」
「ふむ…それがよろしいかと。」
 アヴェラの後に続き、一行は海賊船へと乗り込んで移民の町…ハンバークから離れた。


「…マジでイヤな奴に再会してもうたなぁ…。」
「何いうとるねん!水臭いやっちゃのぉ。」
「そ…そやかて…」
「ふっしっしっし…再会を祝してまたワザかけたろうかのぉ…。」
「な…なしてそうな…!あ゛ぁああ〜っ!!!」

ベキベキゴキンッ!!

 船室に情けない悲鳴と共に物騒な音が鳴り響いた。
「ホント久しぶり。元気だった?」
「そりゃあもう!レン姐さんこそ!」
 酒の匂いが充満した中で…カリューとサイアス…レンがたたずんでいた。カリューの肢体の中でサイアスは死相さえ浮かべて痙攣している様子を気にせず、レンは再会を喜びカリューへと笑いかけた。
「今はレフィルちゃんと一緒に旅しとるね。」
「え?…それは悪い事しちゃったかしら…。あなたのお仲間なのに…。」
「ああ、あの事かあ…。まぁ姐さんも一生懸命なんやってねぇ…。」
 ホレスやレフィルがカリューの仲間であった事を知り、レンは肩を狭めながら申し訳無さそうに弱々しく告げたのを、カリューは本人の気持ちを察してやさしくそう返した。だが、彼女の仲間のキリカという女がランシールでホレスに致命傷を負わせて、ポルトガでもレフィル達の命を狙っていた事を…この時カリューには知る由も無かった。
「…もぉ、時々大雑把よねえカリューも。その辺だけはブレナン君と似たのかしらね。」
「あのあほ兄貴と?…そらぁ耳が痛いわ……。」
 旧友同士で他愛も無い話も織り交ぜながら、二人は状況を忘れて語らっていた。
「で、彼はまだ見つからないの…?」
 そうした会話がしばらく続いた後、レンはカリューにそう尋ねていた。
「アリアハン姫との婚約以来…ずっと行方不明だものね…。きっと今もあなたを待ってるでしょうに…。」
「…ほんまに何処行ってもうたんやろ……。もう五年なる言うのに…。」
 自分の旅の目的…愛する者の行方を案じ…カリューは溜息をつきながら…目にわずかに涙を浮かべた。
「…お、オニの目にも涙ってか?」
ベキベキベキッ!!
ぶぉんっ!!ごすっ!!
 


「……ふぅん、じゃあ行き先はこのまま北の祠で良いんだね?」
「それが宜しいかと。確かあそこにはサマンオサに通じる旅の扉があったはず。」
「では、お願いします。船長さん。」
「任しておきな。」
 出航から一日…船の中で休息を十分とった一行を、アヴェラは会議室へと呼び寄せていた。町を襲撃した件で思うところがあるのか、そのまま協力してくれるらしい。集まった面々は、地図が広げられた大きな円卓を囲むようにして座っていた。
「このままじゃあの兵隊達に、町を滅茶苦茶にされちゃう。」
「…ムーさん…。」
 今も逃げ遅れた住民達がサマンオサの軍の支配下に置かれて苦しみ続けているであろう。ムーが呟いた言葉に、ハンは今も町で抵抗を続けているであろう盟友達の身を案じた。
「ええ。…だからこそサマンオサへと赴かなければ。」
「……だが、このまま行くのは危険だぞ…。」
 目的地は決まっている。全ての元凶…サマンオサ王国。しかし、何をすべきかをはっきりと決めないまま悪戯に入国しても、ただ危険を増やすだけである。
「…虎穴に入らずんば虎子を得ず…っつうだろ?俺としてもやりたかねぇが…まぁここで退くのもカッコ悪いだろうしな。」
 顔をしかめて思考をめぐらせているホレスを見て、サイアスは頭をかきながら面倒臭そうにそう言った。
「………。」
 一定のリスクを負わなければ物事は進まないのは承知しているが、ホレスにはサイアスが何かプライドの様に固執している様にも思えた。
「そう言えば…あんた、国から任務を受けてきたとか言っていなかったか?」
 その一方で、サイアスがサマンオサの英雄―サイモンの息子である事を鑑みて、ホレスは彼にそう尋ねていた。サマンオサが擁する
「…ああ。任務とは名ばかりの罠だよ。いい加減俺様の存在が邪魔になったらしくてよ…あの騒ぎに乗じてやっちまおうて事だろうさ。よくある話だろ?」
「そうか…。」
 つまりはもはや彼もサマンオサの保護下に無いばかりか、狙われている立場にあると言う事だろう。それは先の兵士達との邂逅の際にも何となく予想がついていた事ではあったが…。
「だが…オレ達を狙っていたのは…」
「…だぁから違うって。」
「あの女を差し向けたのはあんたじゃないのか…?」
「そ。あいつが勝手にやった事だっての。俺はただ…お前とムーちゃんはともかく、レフィルちゃんが勇者としてどれだけ強いか単純に知りたかっただけだよ。お前はともかく、レフィルちゃんが殺されちまったらその楽しみが無くなっちまうだろうが。」
「………!!さ…サイアスさん…!?」
 サイアスの言葉に、今回命を狙われていた当人ではなくレフィルの方が驚きの声を上げていた。
―…ホレスなら良いって事…!?
 見開かれた目から徐々に光が失われていく…。それはやがて細められて…心の奥底をも凍てつかせる様な冷たい視線をサイアスへと向けていた。
「…いや、ホントわりぃ……。流石にそこまでやるとは思ってなかったんだよ。」
 腰に帯びた刃よりも冷たい雰囲気を纏ったレフィルを見て、サイアスは急に弱気になったのか彼女にそう謝った。
「…まぁ、他のヤツはともかく、俺はキリカじゃねぇんだから別にお前さん達の命が欲しいワケじゃねえって。んな事したら逆にお前らに俺様が命狙われるかもしれねぇだろうが。っていうか実際そんな事があったしよぉ…。やれやれだぜ…。」
 愚痴をもらしながらもかなり罰が悪そうに縮こまっているサイアスを見て流石にたじろいだか…レフィルはその氷の仮面を溶かし、物憂げな表情をしていた。
「……大体ここから北の祠までは五日程か。」
「そうだね。」
 それから程なくして本題に返り、皆はホレスが指差した地図上の一点を注目した。その北にはグリンラッドと記された…氷海を示す白い部分が広がっている。
「ここで入れる旅の扉からサマンオサはずれの教会へと渡る事が出来る。まぁ最近は見張りが時々くるから困りものだけどね。」
 山岳に囲まれたサマンオサから出る数少ない手段…。そう認識されているだけあって、この旅の扉もチェックが厳しいようだ。教会という神聖な場でなければ、この道も完全に閉ざされていてもおかしくはない。
「…しかしまぁ…、ここからサマンオサに入るにしても一度にこれだけゾロゾロと居ちゃあ目立って面倒くさくねぇか?」
「…あー、それはあるな。が、置いてきぼりはゴメンだけどよ…。」
 サイアスの言うとおり、一度にこの大人数で入国するのは流石に目立つ。サマンオサ軍の革命への介入の件の事もあるので、こちらも尚更注意を払わなければならないのは間違い無い。
「分かれて入ったにしても後で合流する所を見られりゃバレるかもしれねぇしな。」
「そうですね…。で、サイアス。だったらどうすんのよ?」
 マリウスの言葉を真摯に受け止めて頷きつつ、レンはサイアスをきつい目で見やりながらそう尋ねた。どうやら彼女は接する相手によって裏表が激しいらしい。
「ああ、そこでだ。…暇つぶしと言っちゃあ難だが、残りのメンバーはテドンの方に行ってもらいたいんだな。」
 半ば睨むように見つめられて肩を竦めながら、サイアスは皆にそう告げた。
「テドン?…まさかあんたもオーブの事を?」
 テドンという単語を聞き、ホレスはすぐにオーブの事を連想して、言葉を返した。メリッサがオーブの存在を確信している地と言う事もあっていずれは赴くつもりだったが、まさかここでその名が出るとは思わなかった。
「…ん?オーブっていうと…こんなんか?」
「!」
 オーブの名をホレスが出した事に対し、サイアスは一度首を傾げつつ、身に付けた道具袋から何かを取り出した。
―…黄色の…さしずめイエローオーブと言ったところか…。
 それは、黄色に輝く球体だった。レフィル達が持つ紫と青の宝珠とメリッサが”赤の月”から手に入れてきた赤い宝珠…。それらとの関わりがあるとするならば…これもまた”六の光”の一つ…オーブなのだろうか。
「あんたが言っていたのは…それの事だったのか。」
「まぁそうだな。…けど、そんなただのひかりものでサマンオサは救えねぇだろうが。…だいいち、俺はオーブを探してるなんて一言も言ってねぇ。」
「……ああ、確かにな。」
 レイアムランドで見た碑文やダーマの文献などにも、個々のオーブに特殊な力が眠っているという様な記述はないし、これまで手にしたオーブが特殊な反応…とりわけ自分達に有益になりうる事を成した事もない。そう考えても、もともとサイアスはオーブとは別の物に目をつけているらしい。
「…ふふふふ…。」
「……ん?」
 ふと、後ろで薄気味の悪い笑顔を自分に向けている赤い髪の麗人の視線を感じてホレスはくるりとその方向を向いた。だが、それが何を意味するのかはまるで読めなかった。
―はっは…余計な事を喋り過ぎな様で……。
 そんなホレスを、ニージスは苦笑いを浮かべながら眺めていた。メリッサも顔は笑っているが、何処かどす黒い雰囲気をまた振りまいている…。
「???」
 …本人が目を瞬かせながら首を傾げているそばで…。どうやら彼自身何も気がついていないらしい。
「ついでに探しに行こうってなら勝手にしてくれて構わないがな。俺が探してるのは今は滅びたっていうテドンに祀られてるっていう”闇のランプ”って奴だ。」
 彼らのやり取りに興味を示す様な素振りを見せず、サイアスは言葉を続けた。
「…闇のランプ?何故そんな大それた代物を…?」
 
 闇のランプ

 灯すと夜を呼ぶという云われがあるテドンの祭器。
 ラナルータの呪文と似た原理の魔法が施されており、大国でさえも包む夜の帳を招くという資料が実在する。
 
「……まぁ無理に取ってこなくてもいいぜ。どうせ骨董品なんかに期待してもしょうがねぇし。俺らがラーの鏡を手に入れてくる間の暇つぶしなんだから、なくても大した問題はねぇ。いざとなりゃあじじいのラナルータでどうにかすりゃあ良い話なんだからな。」
「…むぅ…年寄りは労わるものじゃろうて…。」
「それは無茶ねぇ…。」
 闇のランプの力を人の手だけで再現する事は至難の業であるらしい。ジダンがサイアスの言葉に嫌そうな顔をしたのを見て、メリッサも小さくそう呟いていた。
「……あのクソ王の化けの皮を剥がしてやりたいが、悪い事に警戒態勢が厳しいんでね。」
「…化けの皮?」
 今の一言の後者は理解できた。サマンオサでもおそらく先のハンバークと同じ様に兵士が幅を利かせているとあれば、昼間では嫌でも目立つというのもあるが、他に狙い…おそらくは夜を呼び寄せる事によってのかく乱を狙っているのだろう。だが、前の言葉に引っ掛かりを感じてホレスはサイアスに訊き返した。
「…あ?言い方が悪かった様だな。王の正体を明かす為に”ラーの鏡”が別に必要だけどよ…」
  
 ラーの鏡

 サマンオサの南にある洞窟…通称”ラーの洞窟”に封じられたとされる宝物。
 まやかしを見破り、本来あるべき姿を映し出す力がある。
 
「…ラーの鏡?……おいおい、あのラーの洞窟に潜るって事か?」
「……へぇ、お前さん…ラーの洞窟を知ってるのか。アブねぇ洞窟と聞いてるから実際俺も入った事がねぇんだけどよ。こっちばかりはきっちり取っておかきゃならねぇんだよなぁ。」
 今回の目当ての品が安置されているラーの洞窟…。数多く踏み込んだ冒険者達の中で、宝を持ち帰ってきた者…否、それよりも生還した者自体が少ない為、詳しい情報は定かではない。その情報の少なさとその内へと散っていった者の数の多さから、難所として恐れられている。
「……だが、テドンの森もカンダタ達でも踏破できなかったという話だったか………」
「そうねぇ…。結構凶暴な魔獣が沢山出るものだから…。ねぇ商人さん。」
「…え…ええ。後は…自然と共に生きるシャーマン族が大勢…。彼らが魔物達をベホイミやスクルトと言った呪文で補助していてかなり面倒な事になりましたね…。」
 一方で、サイアスが示した地…テドンの村への道のりも苦難を極めるものとなる事も間違い無い。それを目指した当人…ハンやメリッサ…
「……まして、今はカンダタさんも……。」
 そして大盗賊として名を馳せる程の腕前を持つカンダタでさえも踏破する事はかなわなかった。そして…、その中で一番旅なれているであろう彼は今この場には居ない…
「あ、すみません…。余計な事を…」
 その時、ハンはムーを見てはっとして、すぐに頭を下げた。カンダタが居ない事で一番辛いと思われる本人が目の前にいる所でその言葉を語るのは場をわきまえていなかった…そう後悔しながら…。
「…気にしないで。カンダタは絶対に生きているから。」
 しかし、ムーは首を振り…全く事も無げにそう返していた。その言葉に、辺りは一瞬静まり返っていた。
「…で、どうだい?まぁそのままガチで全員乗り込むってのも格好良いとは思うけどよ。」
「…ふむ。まぁ別にテドンに行かずとも、残りの皆さんの暇つぶしの手段ならば幾らでもあるかと思われますが。」
「うぉ…折角盛り上がって来たところでそりゃあねぇぜ…。」
 ニージスの身も蓋も無くも的確な発言に、サイアスは頭を抱えた。そもそもテドンに行こうと言うのが彼の思いつきに過ぎないのだ。
「……だが、他に目的地も無いな。…どちらもかなりの難所だが、同時にそれに見合った宝物もある…か。」
 だが、ニージスの指摘とサイアスの心配を他所に、ホレスはそう呟いていた。オーブを当面の目的としている以上、いずれは立ち寄らなければならない地である。
―……さて、どうしたものか…。
 ラーの鏡と闇のランプ、そしてテドンにあるやも知れないオーブ…。テドンとサマンオサのどちらに赴いてもまだ見ぬ宝物がある。そのどれにも興味を示して止まなかったのかホレスは難しい顔をして考え込んでいた。
「だったらテドンに行ってみたら?この前私の話を聞いてから行きたがってたじゃない。」
 そんな様子を見かねたのか、メリッサは微笑みかけながら彼にそう告げた。
「そうだな。…と言っても、あんたもまた行きたそうな顔をしているな……。」
「勿論よぉ。だって失敗したままじゃあねぇ…ふふふ。」
 ホレスを促したメリッサ本人も、どうやらテドンでの件に未練があるらしい。
「そうか。…じゃあよろしく頼むよ。」
 一度テドンの森へと足を踏み入れた事がある者がいれば大分事情が変わるかもしれない。ホレスは彼女の同行を快く受け入れた。

ぐっ…

「?」
 その時、誰かがホレスの袖を引っ張った。
「私も行く。」
「……ムー?」
 何だと思い、袖の方に顔を向けると、赤い髪の少女がじっと自分を見つめていた。気のせいか、ホレスにはその目が輝いている様な気がしてならなかった。
「…ふふ、連れてってあげたら?この子、あなたと会うのを随分楽しみにしていたみたいだし。また一緒に冒険もしたかったんじゃないかしら。」
 カンダタ盗賊団に身を寄せていた時とは違った世界を見れたのが余程楽しかったのだろうか。メリッサの言うとおり自分にどうしてもついて来るつもりらしい。
「…わかったわかった。だが、無茶するなよ。」
 ホレス自身も以前の旅でムーの力は大きな助けであった事は十分理解していたが、放っておくと何をしでかすか分からない外見相応の子供の様な彼女の一面だけが心配でそう言わずにはいられなかった。
「それは私の台詞。でも、今度は私があなたを守る。」
 逆にムーもまた、ホレスの命知らずとも取れるほどの剛胆な行動を多少なりとも懸念しているらしい。そんな彼女の言葉に、ホレスは罰が悪そうに頭をかいた。
「ふむ、他にはいらっしゃらない様で。では、あとは私も行かせていただいてよろしいですかな。」
 ニージスもまたテドンの地に興味があるのだろう、彼もまたホレスに向けてそう告げていた。学者肌な彼らしいと言えば彼らしくもあるが。
「わ…わたしも……けほ…」
「レフィル?」
 続けて名乗りを上げようとしたレフィルが小さく堰をしたのを見て、その場の全員が彼女を見た。
「大丈夫?」
「う…うん。平気……けほ…」
 すぐに目の前に来て顔を覗き込んできたムーにそう告げるも、すぐにまた堰が出てきた。
「あら、風邪かしら?」
「ここの所かなり無茶をしていたからな。疲れが溜まったのかもしれない。それに、こいつはムオルでも既に風邪気味だったからな…。」
 八岐の大蛇、メドラ、…そしてサイアス…自分の持てる力を惜しまずに発揮しなければ切り抜けられない程の苦境に何度も立たされて疲労しない方がおかしい。それが今になって体力の低下…風邪の症状の再発となって出てきたのだろう。
「とりあえず休んでおけ。そのまま行っても倒れられたら流石に面倒を見切れない。」
「ホレス……。」
 レフィルはホレスの勧告に寂しそうに俯いた。テドンへの道のりはサマンオサとは違いもはや人が住まう地でない以上、おのずと魔物等は多くなる。もし、その真っ只中で病に倒れてしまえばただ足手まといというだけでは済まない。
「せやなぁ。レフィルちゃん、ずいぶん頑張っとったもんなぁ。わてが面倒みとくから安心して行ってきぃや。」
「か…カリューさん……。」
 たまには休息も必要だと言っているのだろう。レフィルはカリューの温かい言葉に感謝の気持ちと申し訳ない気持ちの間で揺れ動いていた。
「俺もレフィルちゃんの方につくぜ。今護衛が必要なのはお前じゃねぇし、ジャングルの中なんざこのナリで行きたくねぇからな。」
 マリウスもまた、レフィルの面倒を見てくれる事にしたらしい。他、残りのサイアス一行もサマンオサへと目的地を定めていた。
「…現状で四人か。…大体決まったな。残りのメンバーはサマンオサでラーの鏡を探し出す…と言う事になるか…。」
 皆の身の振り方が大体決まった一方で、ホレスは遠い目をしてそう呟いていた。
「んだよ、溜息なんかつきやがって。」
「…ああ。正直言うとオレとしてはラーの洞窟も探索したかったからな…。」
「おいおい…そこは”何でもない”…て言うとこだぜ。」
「ふふ…流石はトレジャーハンターね。」
 ホレスは元々世界に点在する力ある宝物を求めて旅する冒険者であり、そうした品の中で伝説に近い品であるラーの鏡もまた彼の大きな目標の一つであった。この後おそらくはサイアス達によって探し当てられてしまうだろうと思うと、残念な気持ちになってもおかしくはない。
「…それで?闇のランプを手に入れた後はどうやって合流するんだ?”赤の月”もそう待つ事は出来ないんだろう?船長。」
 海賊達にとって、特に金目の物も無く…滅びた廃墟に過ぎないテドンはただの危険な場所に過ぎない為そこに長居するいわれは無い。
「…アヴェラで良いよ、ホレス。まぁ面白そうな話だから、アタイがそのままついてって、ルーラでサマンオサまで連れて行ってやるよ。」
「あのルーラか…。…だが良いのか?」
「心配しないでもアタイが居なけりゃなんもできない程、ウチの連中はふぬけちゃいないよ。あんた達もそのまま帰るのはちと面倒だろ?」
「…そうか。それは助かる。」
 手下の海賊大勢に加えて自分達をもまとめて運んだアヴェラのルーラの呪文…それがあればすぐにサマンオサに飛べる。
「…むー…。」
「…どうした?ムー?」
 アヴェラが自分から手助けを申し出てから程なくして、ムーは何処か不満そうに呻いた。
「……負けた…。」
 そして、小さくそう呟いていた。
「はは、今度はアタイの勝ちみたいだねぇ。」
「…あんたらな……。」
 確かにホレス達はムーのルーラでまだ見ぬハンバークの町へとたどりついた。だが、アヴェラはそれに加えて遠く離れた手下達全員を牽引して船の前まで移動して見せたところで彼女に負けを認めざるを得なかった。
「……ふふ、思えばあなたにも意外な特技があったのねぇ。これはもっと期待できそうだわ。」
ぎくっ!
「…ゴホンゴホン!まったく…ワケの分からない事を言わないで欲しいね…。」
 ”魔法使い”と呼ばれる者達を上回るルーラの性能…それをメリッサへと目を付けられて、アヴェラは末恐ろしさを感じて肩をすくめた。
「…とにかく、まとめると北の祠で一度別れてサマンオサのラーの鏡とテドンの闇のランプを探すグループに分かれて最後に合流するって事でいいんだね。」
「そういう事だな。」
「じゃあテドンに着いたらお前達はウチに帰りな。それと、ハンバークの方にも気をつけておくんだよ。」
「「「へいっ!!」」」
「よし、解散!お前達!持ち場につきな!!」
「「「「アイアイサーッ!!」」」」
 方針は定まった。後は行動あるのみである。会議室に集まった面々はアヴェラの最後の一言で席を立ち、迅速に自分の割り当てられた場所へと戻っていった。
「ホレス……。」
 会議室を去ろうとする所でレフィルに小さな声で呼びかけられて、ホレスは彼女の方に振り返った。
「無茶は…しないで。」
「ああ。…思えばオレがお前の疲労の発端を作ったんだったな。今お前がこうなっているのも…」
「そ…そんなこと……。」
 地球のへそで倒れた時に…ホレスはレフィルのザオラルを受けて一命を取り留めた。だが同時に、レフィルは呪文の専門家では無い為…その大きな力の反動を抑える術は無く…代償を受けている事も薄々気付いていた。
「レフィル、お前も気をつけろよ。この状況で奴らが敵になる事は無いとは思うが…」
「うん…。」
 度重なる激しい戦いで負荷を受け続けている中で、今度は油断ならない相手と付き合わざるを得ない。それは今の彼女には更なる苦難ともなりえると危惧しての気遣いにレフィルは頷いた。
「……それだけ心配ならお前、こっちに残りゃいいのによ。」
「その為にあんたとカリューがいるんだろ?今度もオーブがあると聞いている以上、オレの目で確かめないと気がすまない。」
―…え?
「まぁそうだろうな。」
 この時、マリウスとホレスの会話の中で、レフィルは一つの不安が生じたのを感じていた。
―……何だろう…この気持ちは……。
 頭を痺れさせる程に強く働きかける…そんな何かが次第に大きくなっていく…。
「ホレスは私が守るから安心して。」
「ムー…?…え…ええ…。」
「……ここは冷える。部屋に戻って休んでいるがいいさ。」
「そうね…。」
 去り際のムーやホレスの言葉に小さく返しながら…レフィルは皆が出て行く中……一人その場に留まっていた。 


「……何で……だろう……。」
 考えが纏まらず、そして…自分が今何をしたいのか分からない…。誰も居ない会議室の中で…レフィルは自問する様に思わずそう呟いていた。

―…思うままに生きれば良いでしょう。そうすれば楽になるのに。

「………。」
 その時…また…囁く様な自分の声が頭に響き渡った。
―……本当はホレスと一緒に行きたいんでしょう?
「……そう。そうだけど……。」
―でも彼、あなたを足手まといにしか見ていない。本当は嫌じゃないの?
「…それは…」
―…そもそも…あなたが助けてあげたからこうなっ…
 
ガンッ!!

「ーーーーーーーーーっ!!!」
 不意に告げられた…否、過ぎった思考に頭の中が熱くなるのを感じ、レフィルは怒りが赴くままに机を力任せに叩き、声にならない叫びを上げていた。
「……やっぱり…醜い………」
 次から次へと自分に対して囁き続ける悪しき心…それは日を追うごとに強くなっていく。今もまた…抑え込んでいた感情が表に出てきた…。レフィルはそんな自分がますます嫌になり…嗚咽に喘ぎながら円卓に伏した。

(第十八章 何が為に 完)