何が為に 第十一話
 館の庭の中央で起こった爆発が砂埃を巻き上げて視界を遮っていた。
ダンッ!!
『…ぐ…ぬぅ…!!』
 それを切り裂くように、上空から黒い影が勢いよく降ってきた。その正体…黒い仮面をつけた黒装束の青年…ホレスは地面と激突する直前に体勢を整えて、片膝をつきながらも無事着地した。
バチンッ!!
「…く…!」
 その時、稲妻を受けた様な激しい痛みが走り…彼はそれに耐えかねて仮面を外した。同時に辺りを見回して…
「…レフィル!ムー!無事か!?」
 仲間二人を探して…飛び交う争いの音にも負けない程の勢いで呼びかける様に怒鳴った。
「…う…うーん…。」
「……半死半生…。」
 その返答らしき声がする方を見ると…少女二人が倒れているのが見えた。
「……えぇい!こんな時に!!」
 レフィルはうつ伏せになって目を回しており、ムーは仰向けに大の字になって倒れている…。急いでここから脱出する様に言われた状況に限って、全く動けない状態にある事にホレスは苛立ちを隠せずに誰に対してでも無くもそう毒づいた。
 
「ホレス君、大丈夫?」
 
 ホレスがせめてもの対処として気付け薬を二人に与えようとした時、上空から魔女の出で立ちをした赤い髪の女性が舞い降りて来た。
「…正直まずい…。」
 この大爆発の中ではぐれなかったのは不幸中の幸いであった…が、一気にレフィルとムーが行動不能に陥ってしまっては流石にどうしようもなかった。
「あなただけ耐えたのねぇ…ふふ。」
「……イヤ…、仮面の力を借りてこの様だ……。あの野郎…本当に人間か…??」
 彼女…メリッサが苦笑している側で、ホレスはひどくうんざりした様子で首を横に振っていた。ジパングで手に入れた仮面…それは今まで目にした物の中でも一段と強力な魔力が込められている代物だった。それをつけていて尚…今のホレスは他の者の様に立ち直れなくはならなかったものの…既にグロッキーであった。
「わからないわねぇ…。少なくともお母様と…」
「お母様?」
 相槌を打っている中でメリッサが口にした単語を耳にし、ホレスは目を丸くして問い返した。
「あ…ううん…、何でもないわ。…ベホマラー!」
 しかし、彼女ははっとした様子で気にするなと言わんばかりに軽く首を振りつつ、広域の回復呪文…ベホマラーを唱えた。無差別に広がる癒しの光によって、倒れた者達はもちろん…耐えしのいだホレスもその恩恵を受けて傷と体力が回復した。
「…あてて…、二度までもあの爆弾野郎に…」
「…あら?あなた達も被害者さん?」
 地面に突っ伏していたところでベホマラーを受けて意識を取り戻したか…サイアスが起き上がって先の襲撃者の事に関して苛立たしげに吐き捨てる様子を見て、メリッサはその顔を眺めて微笑した。
「……お、随分綺麗な姉ちゃんじゃねぇか。今のベホマラーはあんたが?どうだい、お礼にちょっと…」
「もぉ…調子良いのねぇ。ふふふ…。」
 そんな彼女の姿を目の前にして、一目でベホマラーを唱えた術者…そして自分の好みに叶った美人と見て…サイアスは軽口を叩いていた。そのクールな表情には、先程まで半ば化け物の様な危険な大男にひどく驚いていた様子など微塵も感じ取れない。
「おい、メリッサ。…そいつらは…」
「ふふ、今はそんな些細な事気にしてる余裕は無いからこうしたの。戦力は一人でも多いに越した事は無いわ。」
「……戦力…か。…何か起こった様だな。」
 僅かにその思考の切り替えの早さに呆れながらも、サイアスとその仲間を指差して何か言おうとした所を遮って諭したメリッサの言葉に、ホレスは非常時…そしてどの様な危険が訪れているのかを思索した。何が起こったのかは正確に知りえないものの、敵として戦った者まで動員せねばならない程の事態なのか…。
「商人さんはもう行動を起こしてるみたいよ。もうすぐ…」
「ハンが?ハンに会ったのか?」
「ううん。…ふふ…。」
 ”商人”…ハンの名が上がったところで尋ねたのに対して苦笑しながら首を振ったメリッサを見て、ホレスは真っ先に一つの答えを見い出した。
―…占い…とやらか…。
 本当の意味での”魔法”に精通する彼女が十八番とする”占い”…。だが…彼女自身はそれの行使を特に敬遠するわけでもなく、かといってそれに自らが取り込まれて頼りきってもいない。未来を変えうるもの…あるいは未来そのものを示す力を本当の意味で彼女の一部となっているのだろうか…。それとも…ただ億劫な手続きを取るのが面倒くさいと言うだけか…。


 その頃、民衆の激突の場となっている町長の館の最深部では、果たしてメリッサの言ったとおり事が進んでいた。
「お…おやっさん!!出来たぜ!!」
 筋骨隆々の男が…びっしりと文字が敷き詰められた魔法陣が何重にも描かれた床の中央に大きな壺を置いて、小柄ながら逞しい体を持つ男にそう呼びかけた。
「……うっひゃあ…、おっちゃんってこんなややっこしい仕掛け作れたんだねぇ…」
「ば…ばっかやろう!!俺様の専門分野を何だと思ってやがんだ!」
 いかにも専門的な知識の結晶とも言えそうな複雑難解な魔法技術を仕上げたのが、肉体派にも見える大男であるのが信じられないのか、小間使いらしき小さな少女が興味深そうに眺めている。

「おらぁっ!!あのクソ女は何処いきやがった!?」
 
 その時、天井越しに数人が床を荒々しく踏み鳴らすと同時に、罵声が飛び交った。
「…まずいぞ!!もう奴等、こっちにきやがった!!」
「…このままじゃ共倒れになっちまうぞ…。」
「え!?共倒れ!?うっひゃああっ!?は…ハンのおっちゃん!!」
 ジンや開拓者達の力で押しとどめられていたが…ついに館の中に相当な人数の急進派の者達が入り込んでしまったらしい。取り返しの付かない事態…町長の少女が捕らわれて不当な私刑にかけられるのも時間の問題であろう。
「はい…!では…」
「分かったぜ!」
 ハンの指示と共に、大男は色々な物が混ざった中身が入った壺の中に…最後に粉状の物を入れた。


「……い…今の爆発は何だったんだ…?」
 館の外にいた民衆の一部が、先程地面を揺るがした大爆発を見て、まだその方向を眺めていた。
「そういやポルトガの祭りでもこんなん見たっけなぁ……。」
「…ポルトガ?…というか、何か嫌な予感がしねぇか…?」
 どうやら前に同じ様な光景を見た者も少なからずいるらしい。その話が膨れ上がろうとした…その時…

「……おい!見ろ!門の方から…!」
「…あれは…あの兵隊どもじゃねぇか!!」
 
 門の方に注意を向けていた者達が急にざわめきだした。
「…な…なんだって今更…!」
 果たして現れたのは、普段から町の皆を威圧していた悪名高い傭兵達であった。反乱を起こす側の手引きで手出し無用の契約を結んでいたのではないのか…。

『皆さん!!聞いてください!!』

「…!!」
 誰かがそう思い始めたその時、聞きなれた男の声が館の庭にこだました。
「…ハンの野郎の声じゃないか!?」
「お…おやっさん!?」
 拳を交えていた開拓者と急進派の若人の両方がそれに動きを止めた。


「…これは…”遠呼の法”…!?」
 ホレスはどこからともなく聞こえてくる様に感じられる声の正体をそう見て…その続きへと耳を傾けた。
 

『サマンオサの兵団がこの町を侵攻し始めています!!』

「…な…なんだってぇ?」
「……サマンオサ!?」
 続けられた言葉はあまりに唐突で…その場に居た全ての者の関心を誘うに十分な言葉であった。
「で…出任せ言ってんじゃねぇぞ!!あの小娘贔屓が!!」
 罠だと思い…強がりから必死になって反論する者も居たが、彼らもまた心のどこかでは納得できる節があったのか…いまいち歯切れが悪い。

『今入った情報では、既にこの館の方に向かって…』

「…なんだって!?」
「…じゃああいつらも…サマンオサの…!?」
 既に集まった兵士達は門全域を塞ぐまでに至っていた。その前線に立つ者達は、槍を天に掲げた状態で…上官からの命令を待っているかの如く動かない…。
ザッザッザッ…
「……!!おい!見ろ!」
「あれがあいつが言っていた…!!」
 軍隊の行進特有のテンポが一定の足音が皆に届き…
 

『抵抗は無駄だ!この町は既に我らサマンオサ兵団の占領下に置かれた!!』


 今度は別の声色の…明らかに敵意を含んだ声が館の門の内部へと響き渡った。

『…く…!もう町のほうは…!!』

 それは先の声の主…ハンの耳にも届いたらしく、彼が悔しそうに舌打ちをしているのがまた辺りに流れた。
 
「なんだって!?……じゃあ奴等は初めから…!!」
 ここで状況を理解した者が、そう叫んでいた。ハンが雇っていた私兵団は初めからサマンオサの手の者だったのだ。他ならぬ町を守るべき彼らの手引きによって…簡単にサマンオサの軍隊を迎え入れて侵略を開始したのだ。

『私が判断を誤った事で…火種を撒いてしまったのは認めます…ですが!今この町を守るために皆さんの力が必要なのです!!』

「……おやっさん……。」
「……。」
 今は過ちを正すより…差し迫った災難をどうにかする方が先である…。ハンの言葉はそう訴えていた。

『全軍突撃。抵抗する者は殺せ。』
「「「「オーッ!!」」」」
『加えて…”遠呼の法”を用いて皆に呼びかけていた今の男を捕らえよ。生死は問わぬ。』

「…おやっさんを!?やろぉ…!!」
「……クソッ!!町を取られるって聞いちゃあ…戦うしかねぇじゃねぇか!」
 先程まで繰り広げられていた乱闘は…町を想うが故、行動を示唆した者が禍根となって起こった事である。だが、今こちらへと向かってくる軍隊は…自分達からその町を取り上げようとするべく動き出しているのだ。最早彼らには…先程までいがみ合っていた相手と組んで兵士達に立ち向かう他、道が無かった。


「…えぇい!!なんて事だ!!」
 ハンとサマンオサの軍隊長が用いた”遠呼の法”で置かれた状況を嫌と言うほど聞かされて、ホレスは地面を思い切り踏みながらそう叫んでいた。
「…やべぇ…、もうここまできやがったのか…。レン、ジダン…モタモタしてっと殺されちまうぞ…。」
「…!」
「ぬぅ…!ついにきおったか…!」
 同じ言葉を静聴していたサイアスも…この場の仲間二人へと注意を呼びかけていた。
―…キリカは……逃げやがったか…。
 レンが僅かに怯えた様な表情をして、ジダンもまた顔をしかめているのを横目に、彼はいなくなったもう一人の仲間…キリカが居ない事にただ一人気がついていた。
―…ま、あいつの勝手だ。俺はあいつにお守りしてもらわなきゃならねぇ程ヤワじゃねぇしな。
 ランシールの地球のへそに単身潜っていた時も、彼女は自分達と別行動を取っていた。…が、必要と感じればちゃんと自分達の居場所を探って戻ってくる事は出来る。それが彼の心配が無い理由に繋がるかどうかは見て取れるものではないが…。
「よく落ち着いていられるわね…。」
「あら、この状況なら皆同じだと思うけど?」
 サイアス達もレフィル一行も…皆がその場に漂う雰囲気に飲み込まれている中、ただ一人落ち着いた様子のメリッサを呆れとも感心とも取れる目つきで見ていると、メリッサは達観した様な答えを返した。
「ところで…さっきから気になっていたんだけど、サイアスのベホマラーを上回ってるって…あなた…何者?」
「それはワシも気になる限りじゃの…。」
 バクサンから受けたダメージはレフィル達から受けたそれの比でなく、一度の回復呪文でどうにか出来るレベルを超えていた。それにも関わらず皆が全快の状態で再起できたのはメリッサの回復呪文のおかげに他ならない。
「通りすがりの魔法使いよ。さっきの呪文は魔法で少し力を上乗せしただけだから本来のそれじゃないわねぇ。」
「……言ってる事がよく分からないわよ…。」
「…ふぇふぇ…回復呪文の使い手としてそれでええのかのぉ?」
 メリッサの返答に頭に疑問符が浮かんでいるレンに…ジダンが苦笑しながらそう告げた時…
ぶぉんっ!!ごすっ!!
「…ご…ごふぅ…。早速か…。」
 その心無い言葉が災いして、彼はモーニングスターを脳天に受けて後ろに仰け反った。
「いっつも私に回復呪文ばっかり期待しないでくれる!?」
 老人に対して殺意満々の攻撃を容赦無く繰り出しつつ、レンは怒り心頭でそう叫んでいた。
―…なるほどな…。
 ホレスは彼女の言葉から、呪文の専門家の苦労が何となくわかる様な気がした。ムーはともかく、ニージスやメリッサもあまり普段から呪文に頼りたがらない傾向が強いのはレンと同じなのだろう。
「…ふぅん、そうねぇ…あなたってどちらかと言えば補助呪文の方が得意そうよね。マヌーサとかラリホーとか。」
「そうそう!話が分かるじゃない!…でも、今は話しこんでる場合じゃあ無いみたいね…。」
 自分の本質を見抜いたメリッサに感心しながらも、レンはこちらへと迫る敵影に向き直った。
「早速アドバイスに従わせて貰うわよ、お姉さん。」
 皆がその敵…サマンオサの精鋭達に身構えるのを確認して、彼女は呪文を唱え始めた。
「ルカナン!!」
 広範囲に渡って、物体を弱化させる作用を持ったルカナンの光がレンの掌から迸り、兵士達に降り注いだ。
「今だ!」
「……。」
シュカカカカカッ!!
ゴォオオッ!!
 ホレスが投擲用の武器…手裏剣を連続して投げ、ムーも腰に差した炎のブーメランを手に取り…兵士達に投げつけた。
「随分とやるものね。ところで…占いでは私、あなたより年下だったと思ったけど?」
 二人の飛び道具が兵士達が身に纏う青い鎧を易々と切り裂き、確かなダメージを与えているのを見て、メリッサはルカナンの術者…レンに向かって意味深に笑いかけながらそう言った。
「…えぇっ!!?」
「…ふふ、まさか老け顔だなんて思ってないでしょうねぇ?」
「え…いや……そんな…そんなワケないじゃない!!」
 どす黒い雰囲気を振りまきながらにっこりと笑うメリッサに…レンは思わず手をバタバタさせながら後じさっていた。
「…うへぇ…おっそろしい姉ちゃんだな…。」
 いつも自分達に強気で振舞うレンが及び腰になっている相手…赤い髪を持つ妖艶な魔女を見て、サイアスは罰が悪そうな顔をした。
「…また来たぞ。これではキリが無い…。」
「そうね。私が退路まで先導するわ。先を急ぎましょう。」
「ああ。」
 サマンオサ軍の侵攻は凄まじく、ここが先程のいがみ合い以上の凄惨な戦場となるのも時間の問題である。ホレスが皆を促すのをきっかけに、七人は先を急いだ。


「……ホレスぅっ!!」
 青い怒涛の如く迫るサマンオサ軍から命からがら逃れ、脱出した先にいた女戦士がこちらへと駆け寄ってきた。
「カリュー、ニージス…。」
 共にいるニージスやマリウス共々、僅かに疲労の色が見える。どうやら彼女等もまた戦いに巻き込まれていた様だ。
「…何処をほっつき歩いとったん!?」
 それにも関わらず自分達三人の心配をしている辺りが面倒見が良いお人好しなカリューらしい…と、ホレスは詰め寄ってくる彼女を見てそう思っていた。
「……む?そちらの方は?。」
 一方で、ニージスは新たに増えてる面子が気になって彼らに目を向けてそう尋ねていた。
「ん?ああ…、俺はサイアスってんだ。そう言うあんたは誰だい?」
「ほぉ、君があのサイモンの…。おっと失礼。私はニージスと申します。よしなに。」
「…へぇ、賢者サマねぇ…。ま、よろしく頼むぜ。」
 交わされた軽い言葉のやり取りによって、互いに得られた名前から相手が何者かをすぐに察したらしい。ニージスとサイアスはそれぞれ相応の敬意を払って軽く会釈しあった。
「…へ!?」
 だが、その名前を聞き…

「サ…サイアスやてぇえええっ!!?…ひっさしぶりやなぁっ!!」

 一度素っ頓狂な声を上げながらも…カリューはその男、サイアスへと勢い良く駆け寄った。
「……うげぇ…!て…てめぇはっ!!?」
「あら!?やっぱりカリューなのね!!」
 その当の本人はあからさまに嫌な顔をして後じさり、共にいたレンは…懐かしい顔を見て、再会に喜ぶ様に顔を輝かせた。
「…戯れている場合か。」
「ですな…。というか私も驚いておりますがねぇ…。」
 緊迫した事態を他所に暢気な様子をさらす三人にホレスが嘆息している側で、ニージスは苦笑いを浮かべてその言に頷いていた。カリューがまさか高名な勇者、サイアスの知り合いとは思えなかったのだろう。
ガチャン…ガチャン…
「で…どうすんだよ?サマンオサの連中はもうそこまで来てるぜ?」
 マリウスに言われるまでもなく、数多くの青い鎧の接合部が擦れ合う音によって、皆の注意は自ずとそちらに向いていた。
「……やーれやれだぜ。予定より遅かったからちょいとばかり遊んでたんだけどよ…」
「遊びだと?…ふざけるな。」
「……大迷惑。」
 ホレスとムーが睨みながら投げかけてきた言葉をさらりと流しつつ…

「…あの爆弾オヤジのご登場ですかってんだ。」

 あの場で起きた最大の予期せぬ事態に対する思う所をぶちまける様にそう言い放った。
「…へ!?ば…爆弾オヤジやて…!?」
「…ははぁ、相変わらず神出鬼没な方の様で。」
 それはその場の全員の注意を引くに十分な話題であった。奇抜な出で立ちと大音声での高笑い…そして、思わぬところで見かける程の行動力…それから考えれば、確かにここにいる全員が見覚えがあってもおかしくは無いが…。

「まさかムーのパルプンテで召喚されるとは思わなかったけどな……。」

「…げっ!!?」
「…マジかよ!?」
「ぉおうっ!?それは本当なので!?」
「あらあら…。」
 さり気なく呟かれたホレスの言葉に、その場に居合わせなかった四人が驚きの声を上げた。
「…ああ。何故ああなったのかワケが分からない……。」
「……だよなぁ…。なんつーか…」

ガキンッ!!
「……こいつらの登場よか、よっぽどびっくりだぜ…。」
「…ガァ…ッ!!」 
 不可解に対する苛立ちとも取れる気持ちを露わにホレスが頭を抑えているのを横目に、マリウスは無造作に腰に差したドラゴンキラーを兵士へと突き出してその青い鎧を呆気なく砕いた。
「…悪いな。お前らが思ってる程、俺は優しかぁねぇんだ。」
 その切っ先は兵士の体を…急所を貫き、容赦無く命を奪っていた。マリウスは何の感慨も無く刃を振るって血糊を落としつつ、続いて迫り来んとする兵士達に冷徹に脅しをかける様に告げた。
「愚かな真似を…!!」 
 自分達の同胞を殺した赤い鎧の戦士に…一際立派な青い鎧を身に纏っている殺された兵士の上官らしき立派な口髯を生やした中年の男が怒りを露わにそう吐き捨てていた。
「……ふん、ならば貴様らがやっている事は何だ?力に任せての蹂躙も然程変わらないだろうが。」
 マリウスが敵とはいえ、人を手にかけた事を全く気にした様子も無く、ホレスはその男に問い掛けた。
「…小僧、そんなに死にたいのか?」
 それに怒りを覚えたのか、彼はその厳つい顔を更に歪ませて…
「かかれ!一人たりとも逃がすな!…特にそこの青二才は絶対に生かすな!」
「はっ!!小隊長!!」
 意気軒昂に部下達にそう命じた。サマンオサ軍の小隊の者達は仲間一人が倒されたと言っても士気は落ちてはいなかった。むしろ上官…小隊長の言にしたがって…
「死ねぇっ!!」
「…ちっ!」
 ホレスの方に、数人の兵士が槍を手に襲い掛かってきた。
キンッ!!ザクッ!!
「…ぐ…!!」
 何本も突き出された槍をかわしきる術は無く、ホレスは肩口の防具の隙間に槍を受けた。
「………ホレス!!」
「…許さない。」
 彼が傷ついたのを見て、レフィルはすぐに彼へと向かい、ムーは兵士達に理力の杖を向けた。
「ベギラマ」
 呪文が唱えられたと共に熱波が彼らへと飛び、その身を焦がした。鎧がその威力を減殺した為か、致命傷には至らなかったが僅かに怯ませて動きを止めるには十分だった。
「…ホレス、傷は?」
「大丈夫!?」
 ムーは彼を守る様に前面に出つつ、レフィルはホレスが受けた傷を診ながら、それぞれ彼に尋ねた。
「…危うく串刺しになるところだったが問題無い。だが…これは……」
 肩口に負った傷からかなりの量の血が出ていたが、レフィルに回復呪文を施されて塞がれた事もあって然程の支障をきたす事は無かった。
「キリが無い…!」
 流石に訓練されているのか…一人一人の実力が並でない上に、数も多い。更に下手をすれば増援を呼ばれてしまえば畳み込まれてしまうのも時間の問題である。
「……殺られる前に殺る…か。」
 そうした危機的状況に切迫感を感じてそう呟きながら、ホレスは手に入れたばかりの碧の腕輪…”星降る腕輪”を右腕に身につけた。同時に彼の姿がその場から掻き消えて…
ガガガガッ!!
「…!」
 小隊長の目の前に現れ…隼の剣とドラゴンクロウを振り回して、目にも止まらない速度と手数で攻撃を繰り出した。金属同士がぶつかり合う音が幾度も響き渡った。
「…小僧…!」
 攻撃を受けた老兵の鎧の表面が削られ、その破片が地面にボロボロと落ちていた。だが…その連撃だけで仕留める事ができなかったらしい。
「……ちっ…口だけじゃないみたいだな…!」
 鎧の隙間などの弱所を的確に外されているのか…有効なダメージを受けている様子は無い。おそらくは剣の技量では自分よりもかなり上に位置するのだろう。
「ほざくな!ワシ自ら叩き斬ってくれるわ!!」
「くっ…!」
 小隊長はそのまま手にした軍刀を構え、一瞬で距離を詰めてホレスへと斬りつけた。
 
「えぇ加減にせぇやぁあっ!!!」

ドゴォッ!!
「…っ!!」
 その時、カリューが怒号と共に戦鎚を振るって老兵をなぎ払った。
「ぐぉっ!!」
 その奇襲を避ける事はかなわず、彼は鎧ごと吹き飛ばされて地面に転がった。
「ホレスぅっ!!無事かっ!?」
「カリュー…。…すまない、助かった。」
「気持ちわかるけど…無茶はあかんで…。」
 相変わらず危険を顧みず血路を開こうとしたホレスを心底心配した様子で、カリューはその肩に手を置いた。気のせいか…ホレスには彼女の目から憂いの表情が垣間見えた様な気がした。
「ぐ…!!…こやつ!カリューか…!!?」
 ウォーハンマーですさまじい衝撃を受けて咳き込みながら、小隊長はいきなり乱入してきた女戦士の名を聞き、その云われを思い返していた。

カリュー

 サマンオサで生まれ育った大女と言うべき体格を持った戦士。
 男性戦士にも劣らぬ力と物心つかぬうちから武器に慣れ親しんできた経験によって名を馳せる。
  
「…えぇいっ!呪文で仕留めろ!!」
 戦士として名を上げた彼女にまともに勝負を挑んでも、いたずらに痛手を増やすだけである。小隊長は部下の兵士にそう命じて自身も呪文を唱えるべく集中した。
バチィッ!!ドゴォッ!!
「……っ!何っ!!?」
 その時、閃光と共に…老兵の体に痺れと雷に撃たれた様な衝撃が走った。
「……あー、悪ぃ…。ああ言っといて難だけど、知り合い死ぬのはやっぱ見てらんねぇや。」
「稲妻の剣…!?貴様は勇者サイアス!?」
 半ば崩れた鎧を纏ってはいたが…それでも英傑と呼べそうな堂々たる姿の男を見て、小隊長はすぐにその正体を悟った。彼が持つ黄金の剣の刃に走る金色の電光…先程の一閃はおそらくはその力なのだろう。
「……あーあー…相変わらずえばってやがるなぁ…。ただのゴミ兵隊どもが。」
「ふん…。堕落した勇者の貴様が何を言うか。」
 互いに良い印象はないらしく侮蔑の言葉を交わし、嫌悪感を露わににらみ合った。
「あの呪文を唱えようとしても無駄だ。手の内は読めている。」
「…はっ!奥の手をずっと隠しっぱなしな勇者なんざぁカッコ悪いだけだろうが!」
 それを最後に、両者は同時に相手に向けて刃を振るうべく動き出した。
 
ドォーンッ!!ドガァーンッ!!

「…うぉっ!?」
「……ぬぅっ!?」
 が、それが相手に届くどころか、交錯する前に目の前に何かが落下してきて炸裂して二人をその場から吹き飛ばした。
「…!…大砲!?」
ドォーンッ!!ドォーンッ!!
「……!!今度はこっちに…!」
 先のものとはまた別に…空からこちらに落下してくる物体の気配を感じ取り、ホレスは素早くその場を飛びのいた。
ドガァーンッ!!
「「「ぐぁあああああっ!!」」」
 それを反射的に追おうとした兵士達にそれが直撃し、巻き起こった爆発が身に纏う青い鎧ごと彼らを打ち砕いた。
 
「オラオラオラ!!アタイらが居ない間に好き勝手やってくれたじゃないの!?」

「…!!」
 ホレスは声が聞こえてきた方向の遠くにはためく赤い円の刺繍が施された海賊旗を見て目を見開いた。 
「あ…あれは…”赤の月”海賊団!?」
「あ、船長さん来てくれたのねぇ。」
 高レベルの指名手配犯、アヴェラを擁する泣く子も黙る海の荒くれ者達が、その旗の下に集っていた。
「行きましょう。あの人達と合流できれば大分楽になるはずよ。」
「…今は味方か……。」
 悪名高い海賊団…規模と大きさから考えても敵に回せば厄介な存在であるが、それが助太刀をしてくれるとあれば心強い事この上ない。メリッサに続いて”赤の月”海賊団の大砲が切り開いた道を駆けながらホレスはその様に感じていた。
「…流石にここでサマンオサの軍隊をどうにか出来るわけではないにしてもね。」
 
ドォーンッ!!ドォーンッ!!

「右に避けろ!」
 またこちらへと砲弾が飛んでくるのを感じ取り、ホレスは皆に注意を促した。
 
ドガァーンッ!!
「……どっげぇええっ!?こっちに飛んできおった!!」
「…はっは…敵陣のど真ん中の様なものですからな…。」
 弾はニージスとカリューの左で着弾して炸裂した。爆風で体勢を崩しながら…二人は冷や汗をかきつつ身をすくめた。
「急ごう…。これ以上巻き込まれてたまったものじゃない。」
 そして…ホレスの言葉にこくこくと無性に頷き、その後に続いて先を急いだ。



「…久しぶりね、船長さん。」
「アンタは…。」
 サマンオサ兵の大部隊と砲弾の雨あられの中をどうにか五体満足で切り抜け…メリッサ達は無事に海賊達の長…アヴェラの下へとたどり着いた。
「……なんだい?こんなにゾロゾロと戦場のど真ん中で。」
「はっは、皆で仲良くハンバーク見物に来ていたら一連の騒動に巻き込まれてしまいまして。」
「はは…なんだそりゃ?……何かまた変な奴等が来たモンだねぇ…。」
 問いかけに対してこっけいな返答を返したニージス…そして十人十色な外見の残りの来訪者達を見て、アヴェラは苦笑した。
「あら?あなたが言えた立場かしら?」
「ゴホンゴホン!!余計な事は言わないで欲しいね!」
 一番の曲者は間違いなくこの魔女だ。アヴェラは疑う事なくそう思っていた。
「……あんたが…船長か…。」
「ん?なんだい?」
 ふと…銀髪で険しい顔つきの男が唐突に話しかけてくるのに対して、彼女はすぐにそちらを見やった。
「流石に”赤の月”でも、あれだけ大規模なサマンオサの兵団とまともにやりあうのは分が悪いと思うが…。」
「…!なろぉっ!?」
「落ち着きな。」
「…へぇ、決してアタイらをなめてるってワケじゃあ無さそうだね。それにまぁずいぶんハッキリ言ってくれるじゃないの。」
「はっは。彼は随分命知らずではありますが、基本的にはそれなりに慎重な性格ですので。」
 ホレスの言葉に手下の海賊が掴みかかろうとするのをいさめつつ、アヴェラは感心した様に彼を見た。
「そうだねぇ。元々救援に来たは良いけど、アタイらとしても犬死する奴を出すのはいただけないからねぇ。」
 ホレスの思惑はニージスの言葉通りの事なのだろう。助けに来たつもりが何もできないまま殲滅されてしまっては、ただ巻き込まれただけとなってしまう。
「でも、それに見合った協力はしてくれるんでしょ?」
「ゴホンゴホンッ!!…全く、いちいち突っ込まないでくれないかい?」
 相変わらず妖しげな笑みを浮かべて囁くメリッサに、アヴェラは肩を竦めながらそう返した。彼女に言われずとも、ここで完全に手を引くつもりは無い。
「…しかし、ハン…。無事で居てくれれば良いが…。」
「ああ、あのおっさんかい?それなら心配しなくていいさ。いざって時にはちゃんとこっちに連れてくるように言ってあるよ。」
  
「…ホ…ホレスさん!?それにレフィルさんも!?」

「…ハン!?」
 果たしてアヴェラが言ったとおりそこに現れたのは、長槍と大盾を手にした小柄ながら逞しさを感じさせる商人の男…ハンの姿だった。そばには緑色の武道着を着た武闘家が静かにたたずんでいる。
「ほうらね。ご苦労、ジン。」
「ああ。俺は引き続きこやつらを迎え撃とう。では、御免!」
 ハンを守ってここまで来た武闘家ジンは、首領のねぎらいを一言聞いた後、全くためらう事無く戦場へと飛び込みその中へと消えていった。
「おかしらぁーっ!!どうにか住民の退路を確保いたしました!!」
「そうかい!!じゃあみんな、引き上げるよ!!」
 丁度駆けつけた別の手下からの報告を受けて、アヴェラは皆にそう告げながら掌を空へ掲げた。
「ルーラ!!」