何が為に 第十話

ドガガァッ!!バキバキッ!!ズガッ!ズガッ!ゲシッ!!
バタッ!!
「…ご…ゴフゥ……、ここ数年…ろくな女子に巡り会えぬの……。」
 ムーの理力の杖で執拗に殴られ続けて尚しぶとく耐え続けたジダンであったが…ついに力尽きて倒れた。それで尚…薄ら笑いを浮かべている余裕があると言うところが傍から見れば不気味ではあったが…もう動けないらしく起き上がってくる気配はない。
「…そっちも…片付いたか…。」
 それでようやく気が済んだのか、倒れたジダンから踵を返して自分の方に向かってくるムーの姿を見て…ホレスは驚きを通り越して呆れた様子で嘆息した。何故かドラゴラムを解くという行為そのものが…ある意味でムーの”逆鱗”に触れる行為である…そう思えたのだろうか。
「ホレス、無事?」
 ホレスの下まで歩み寄った所で、ムーはその顔を見上げながら…ただ一言そうたずねた。
「…ああ。思わぬ収穫も得たしな。」
 その抑揚から…今は怒りは収まっているらしい。ホレスはその様子に少し安心した後…手にした腕輪を見せながらそう返した。
「……腕輪?」
 返事と共に差し出された…いくつか石がはめ込まれた碧の腕輪を見て、ムーは首を傾げた。
 
バシュウウウウッ!!!ドゴォオオオッ!!!
「ふぎゃあああああっ!!!?」

「「!?」」
 その時、突然凄まじいまでの轟音に紛れて情けない悲鳴を上げながら、見慣れた男が転がってきた。
「…あれは……」
「黒コゲ……。」
 遅れて黒い雲の様なものが風に乗ってゆったりと流れてきて…やがて立ち消えた。
「…サイアス……だな。」
 どうやらレフィルの攻撃によって吹き飛ばされてきたらしい。つまりはあの場の戦いを制したのは彼女であったようだ。
―…今のは…雷雲……?これはやはりあの子が…
 世界樹にて垣間見せた吹雪の剣を用いた攻撃のバリエーション…ホレスもまた同じ様な攻撃をその身に受けた事がある…鬼神の仮面無しではそのまま一撃で葬り去られていたところであったが…。
「……ぜぇ…ぜぇ…!!げほっ!!」
 黒い雲から発せられた雷の影響か…サイアスの髪も鎧も見るに無惨な状態になっている。激しく咳き込んで…息を整えてふぅ…と一息ついたところで…

「…だーっ!!ちっきしょーっ!!まった跳ね返されてもうた!!」
 
「「!??」」
 彼は突如としていつもと全く異なる様子で喚き散らし始めた。二人はそんな彼の突然の豹変に肩をすくませて互いに顔を見合わせた。  
「ありえへんっ!!めっちゃかっこ悪いやん!!何しとんねん俺っ!!」
 ホレスとムーが呆然と立ち尽くしている中…サイアスは地面に膝をつき…頭を抱えて、何処かで聞いた様な訛りが強い語り口で何やら色々と捲くし立てている…。
「…あ、いけね…。つい地が出ちまった。…ったく、余計恥じかいちまったなぁ…。」
 そこで我に返ったのか…見事に巻き毛になっている髪の生えた頭をボリボリとかきながら…また溜息をついていた。
「よっこらせ…っと。で、お前さん達がそこに立ってるって事は…」
「ああ、奴らは片付けた。」
「残るはあなただけ。」
 サイアスが立ち上がりながら問いかけてくるのに対して…果たして二人は彼が思っていたとおりの答えを返した。
「……お、やるじゃねぇか。殴られジジイはともかく、キリカやあの暴力女を捻じ伏せるなんてよ。」
 キリカに対してはともかく、ジダンやレンに対して随分な物言いである…が、仲間三人が倒されたと言うのにサイアスは感心こそすれ…全く動揺した様子を見せていない。その余裕は何処からくるのかと…ホレスは隼の剣の柄を握る力を強めて…警戒を深めた。

「ホレス!ムー!!」

 その時、先程紫電が飛んできた方向から聞きなれた少女の声が聞こえてきた。
「レフィル!」
 凍気を纏った蒼き刃…吹雪の剣を携えた黒髪の少女…レフィルの姿を確認し、ホレスとムーは彼女とすぐに合流して…改めてサイアスへと構えた。
「実際大したモンだぜ。レフィルちゃんも戦えねぇなりに随分健闘してたからよ。」
「…その当の本人に負けたあんたが言う事か……。」
「負けた?ばっか、今のは俺の自滅だっての。まさかライデインをそのまんま跳ね返してくるたぁ思わなかったけどよ。」
「…!…そうか。」
 その一言でホレスはレフィルが何をしたのか概ね理解できた。…ただ吹雪の剣とライデインを干渉させたにとどまらず…相手が放ったライデインすらも巻き込んでそのまま雷雲と共に返した…と。その様な一撃を受けて…サイアスが何故五体満足でいられたのか…それを疑問に思うのはまた後の話であるが…。
「…ま、このままやられっぱなしってのもかっこ悪ぃから、もう一頑張りさせてもらうぜ。」
「…悪あがきを…。」
「…そうでもねぇって。…じゃ、行くぜ。」
 明らかにまだ戦う気でいるととれる言葉を告げ…自分達へと歩み寄ってくるサイアスに…ホレス達は思わず後じさった。
―…ライデインか!?…いや……それならばムーのマホカンタで…
 まだこの男は本気を出していない…三人全員がそう感じさせられていた。次にどの様な攻撃がくるか…そう考えると迂闊に飛び込むのも危険であると思い…気を張り詰めながら身構えていた。
 
「ベホマラーッ!!」
「「「!」」」
 しかし…結果は攻撃とは違った全く予想外のもの…回復呪文ベホマラーであった。天に掲げた掌が恵みをもたらす太陽の様に輝き、倒れ伏したサイアスの仲間達へと降り注いだ。
「しまった!」
―…くそ…!よりによってベホマラーなんか…!!
「…ふぇふぇ…ようやくきおったか。」
「…あー…いたたた…。全くもぉっ!散々な一日ね!!」
「そう言うなよ。俺だって思ったよかひでぇ目にあったんだからよ。」
 その光を受けて…三人は意識を取り戻し、傷もほぼ完治した状態で次々と立ち上がった。呪文を唱えたサイアス自身も、ほぼ無傷の状態まで回復した。
「…ちいっ…仕切り直しって事か…!」
 ほぼ全滅の状態から一気に全員が回復する様子を見て、ホレスは舌打ちした。
「……サイアス様ぁ…アタシの宝…取られちゃったのぉ…。」
「ははは、まだ肝心要のヤツは俺が持ってるだろ。それがありゃあ…」
「…まだ何か持っているのか…?」
 合流してすぐに…気にかかる様な会話を交わすサイアスとキリカの言葉を聴き…ホレスは詮索する様にそう呟いていた。
「ああ、先約がいるんでね。悪いがお前に渡すワケにはいかないんだな。」
「……。」
 それがどの様な宝物であるのか興味は尽きなかったが、どの道今の目的はレフィルとの合流であって…宝探しではない。ホレスは沈黙しつつも、この状況を如何にして切り抜けるか…それを思索していた。
 
―ホレス君、聞こえる?

「!」
 その時、上空の方から微かに自分へとはっきりと伝えようとする言葉が聞こえてきた。
―…随分面白そうな事をしているのねぇ…ふふ。…でもね、そろそろ戻ってきて欲しいの。
「何…?」
―空からあちこち見てたんだけど…どうにもとんでもない事になってるのよねぇ…。
「……とんでもない事…だと?」
―だからその子達を連れてこの屋敷の門の前まで切り抜けて。そこで落ち合いましょう。
 それを最後に声は聞こえなくなった。同時に空に高速で横切る影を確認できた。
「…ああ、だが……。」
「?」
 声の主…メリッサの言い振りからして、余程の事が起こっているのだろう。しかし…悪いことにこちらも目の前に四人の敵が立ちふさがっている…。
「レフィル、ムー。」
 ホレスは相手に身構えたまま、二人に呼びかけた。
「強行突破だ。一気にここから脱出して、メリッサ達と合流するぞ!」
「は…はい!」
「仕方が無い。」
 レフィルはそれに素直に応じ、ムーはまだ暴れ足りないのか…理力の杖を弄りつつも了解の意を示した。
「…ん?あいつも感づいたのか…?」
 そんな彼らのやり取りを見て漠然とそう呟いたサイアスの言葉は誰も聞いていなかった。
―…なに?
 ただ一人…ホレスを除いては。それがメリッサが知らせてきた事と深い関わりがあったと知るのはまた後の事だが。
「呪文でも何でもいい、とにかく隙を…」
「そう易々とさせると思って?」
「!」
―…早い!
 レフィルとムーに指示を飛ばそうとするホレスの喉笛を目掛けて、暗殺者の研ぎ澄まされた刃が一閃した。
「…ちっ!」
 黒竜の手甲で受ける間も無く、ホレスはその攻撃を後ろに跳んでかわした。
―…腕輪がないとは言え…油断は出来ないな。
 僅かに刃が掠めて首にできた浅い傷からくるささやかな痛みに目を細めながら、キリカの動きをそう評価していた。今こちらが持っている星降る腕輪がなくとも、速さだけならば自分よりも上手であるのは間違い無い。
「…また、ホレスを傷つけた。」
 軽傷を負ったホレスを見て、ムーは彼に執拗に攻撃を加えている黒衣の女へとぽつりとそう告げた後…
ブォンッ!!
「!」
 彼女を追い払う様にして理力の杖を振り下ろした。
「もう許さない、絶対に。」
 的確な軌道で振るわれた強力な得物による奇襲を辛うじてかわしたキリカの方を向きながら、ムーは氷の様に冷たくも触れれば切り裂かれるような底知れぬ怒りをその無表情な顔へと映し出した。

「最果てに伏したる数多の蠢く者共よ…」

 そして、杖の底を地面につき、呪文の詠唱を始めた。
「……!」
 その調べに聞き覚えのあるレフィルとホレスは明らかに驚きを隠せずに目を見開き、サイアス達もその雰囲気に圧倒されて思わず立ち止まっていた。

「汝は創世の光の奔流と化して我が元へ集え…」

 そんな彼らに目もくれず…
 
「パルプンテ」

 その僅かな時間でムーは呪文を唱え終えた。
「!」
「ム…ムー!?」
「強行突破にはうってつけ。」
 呆気に取られたホレスとレフィルを見据え、ムーはさらりとそう呟いた。
「う…嘘でしょ…!!?」
「…え?ぱ…パルプンテ…って?」
「おいおいおい!なんて呪文唱えやがんだ!!」
 パルプンテの呪文を知らないレンを除いたサイアス達の間にも戦慄が走った。

「此処に誘うは神の始祖たる剛き者…」

 膨大な力を操らんと更に続けられる詠唱…

「汝が為、我時空の垣間より其の道を開か…」
「……っ!…や…やめなさい!!」
 それがそのまま終わろうとしたその時、危険を察知して我に返ったか…キリカがムーに向けて飛び道具を放った。
「まずい!!」
 ムーは詠唱に集中していて無防備な状態をさらしている。ホレスは彼女を守るべく投げ放たれた物体をその身で受けた。
パァンッ!!
「…ぐぅ…!炸裂弾か…!?ムーは…!?」
「ホ…ホレス!ムー…!!」
 衝撃で弾かれたホレスにぶつかり、ムーは後ろに倒れていた。
「大丈夫!?」
 すぐさまレフィルはムーへと駆け寄り…その身を助け起こした。
「???」
 しかし、ムーは彼女へと視線を向けぬまま…首をかしげただけだった。
「…ムー…?」
「…待て…、様子が変だぞ…?どうしたんだ…??」
 その挙動の意味が取れず…レフィルとホレスは顔を見合わせた。

「…詠唱…忘れた………。」

「「…え?」」
 突然ムーがぽつりともらした言葉に…今度は二人が首をかしげる番となった。…気のせいか何か嫌な予感がする…。

ゴ…ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

「「「「「「!!!」」」」」」
 程なくして…何の前触れも無く突然激しい地震が起こった。
「…な…なんだよオイ!?」
「…ちょ…ちょっとぉっ!!?何が起こってるワケ!?」
「…ぬぉおおおっ!!?」
「………!!」
「…わ……、ムー…ホレス…!」
 その揺れに翻弄されて立つ事はかなわず…皆がその場に膝を屈して、混乱に陥っていた。
「お…おい、ムー!!あの詠唱に失敗したらどうなる!?」
 これもパルプンテが起こす事象の一つなのだろうか…。揺れに必死に抗いながら、ホレスはムーへとそう尋ねた。

「……何が起こるかわからない。」

 しかし…返ってきたのは、当然ながらも残酷な返答だった…。
「…なにっ!?」
「は…はいぃいいいいいいっ!!!?」
「「「「!!!」」」」
 本来パルプンテは人の手で操れる呪文ではない…。それを無理矢理操る為の手続きを中断してしまっては…暴走を起こしてしまっても不思議ではない…。

バキッ…バキバキバキバキ…!!

 その時…向かい合う七人の中央に位置する地面に…破壊音を立てながら大きな亀裂が入った。
「…おいおいおいおい!!冗談じゃねぇぞこらぁっ!!」
 危機感はますます膨れ上がっていくばかりである…。それにたまらずサイアスは取り繕いも何も無く、そう叫んでいた。

ゴ…ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!!
ドッカァーンッ!!!!!

「ウワーハッハッハッハッハッハッハーッ!!!斯様な場に呼び出そうたぁええ根性しとるのォッ!!!」

 そして…地面が爆ぜ…爆音を吹き飛ばす様な豪快な笑い声が撒き散らされた土ぼこりに遮られたその中心から聞こえてきた。
「…な…なにぃいいいいいっ!!?」
「……っ!!!」
「…妖怪…」
 パルプンテの呪文が導いた答え…それはこの広大なる世界の中で、幾度もの印象的…否、破滅的な出会いを繰り返した…出来れば二度と会いたくなかった人物…爆弾岩の刺繍が施された腰布のみを身に纏った筋骨隆々の大男…バクサンであった…。
「…おいおいおい!!なんであんたがここにいるんだよっ!?」
「うひぃいいいいいっ!!こ…腰がぁああ…っ!!」
「…いやぁあああああああっ!!!」
「……じょ…冗談…でしょ……?」
 これこそが本当の阿鼻叫喚の地獄絵というものであろうか…。レフィル達のみならず、サイアスらも含めた七人は文字通り七者七様の反応を見せて驚きとどまっている…。
「…やっぱり…何が起こるか分からない……」
 バクサンの出現に…ムー自身もまた、パルプンテの不確定要素の恐ろしさを改めて実感したらしい。
「ムムゥッ!!!そこにおるはサイアス坊!!レフィル嬢もおるかぁっ!!実に久しいのォッ!!!ウワーハッハッハッー!!」
 その口ぶりからするとサイアスとも面識があったのだろうか…そんな事を気にする暇も無く…
「…な…っ!!?そ…それは…!!?」
―……あの時の爆弾……!!?
 ホレスはバクサンが何処からか取り出したまん丸の物体を見て硬直した。それはジパングに渡る時に…海の魔物の群れをまとめて撃退し…海中の生物をも巻き上げるほどの威力を秘めた…………!!
「ま…待て!!」
「…げ…!やーめー…!!」
 
「どぉおりゃあああああああっ!!!!」

ズゴォッ!!

 ホレスとサイアスが顔を驚愕に張り付かせながら叫んだ言葉も空しく…バクサンは力強い掛け声と共にそれを思い切り地面に叩きつけた…!!

ピカッ!!ド……ドン……

 玉に亀裂が入ってすぐに…屋敷の庭に天を衝く眩い光と共に…爆炎が立ち上った。


「…あらあら大変……。」
 暴徒と化した民衆が集う館の塀の内側でつい今しがた上がった狼煙と言うにはあまりに大規模な煙を遠目から見て、門の前で成り行きを見守っていたメリッサはあっけらかんとそう呟いていた。
―…これはあの子達でもどうしようもないかしらねぇ…。
「……ニージス君、ごめんねぇ。先に行っててくれないかしら。」
 僅かに失笑した後…彼女は一緒にその光景を眺めていたニージスに向けてそう告げた。
「ふむ…その方が良さそうで。では、あの子達の事はお任せしますか。」
「じゃ、また後でね。」
「はっは、お気を付けて。……さて…、私達もモタモタしていられないワケで…。」
 空を飛んでいくメリッサを見送り…ニージスはすぐに別の方向を見やった。
ザッ…ザッ…ザッ…
「…んなアホな……!」
 見やる先には足並みを揃え…大挙してこちらへと向かってくる兵士達の姿があった。カリューはそれを見て先程から顔を強張らせている…、内から湧き出る激情を抑えるが如く…。
「…しかし、すごいものですな……。」
「ああ…。これがあの…サマンオサの正規兵どもか…。」
 青く塗装された鎧を身に纏い、全て同じ穂先を持つ無数の長槍と共に銀色の獅子の紋が描かれた幾つもの軍旗を掲げて…陣形を組んで行進している…。また…その行列とは別に、町に住む者…側で起こっている一連の騒ぎと関係の無い女子供をも捕らえ…無理矢理に連行している一隊も見受けられた。抵抗を試みた者達には容赦なく死の制裁を下しているなど…その手際には機械じみた程の冷徹振りが感じられた。
「な…何しとんねん…お前らぁああっ!!」
 彼らを見て…カリューは思わずそう叫んでいた。