何が為に 第九話
ズンッ………
「ムー!!」
 苦しみのあまりのた打ち回っていた金色の竜が力尽きて倒れたのを見て、ホレスは巻き起こされた土煙の中心へと駆け寄った。
「……痛い。」
 そこには先程までの金色の竜の姿は無く、魔女の出で立ちをした赤い髪の少女が深い傷に呻きながら地面に膝をついていた。
「ち…!何をしたんだ、あのじじいは…!」
 ホレスは特に重傷である部分に手早く処置を施しつつ、ムーのドラゴラムを強制的に解除した緑のローブの老人に注意を向けていた。
「よくやったわ!おじいちゃん!」
「そうよ!キリカ、今のうちにやっつけちゃって!」
 しかしその時、ムーが深手を負っているのを好機と見たか、キリカが狂気じみた艶笑を浮かべながら踊りかかってきた。
ガッ!!
「…ッ!!」
 …が、その凶刃がムーを貫く事は無かった。
『…させると思ったか。バカが。』
 キリカが握るアサシンダガーは仮面をつけた黒装束の青年の掌ひとつで受け止められていた。
ガシッ!ズガッ!!ズンッ!!
「く……ぅ…っ!!」
 呆気に取られたキリカを、ホレスは力任せに武器を振るって執拗に追い込んだ。
―…これが…!あの仮面の力ってヤツなの…!?
 体勢を崩した状態から攻撃されたために反撃をする間も無かった。必死に間合いを離しながら、キリカは仮面が発生させた…鋭く研ぎ澄まされたナイフも通さない程の障壁の頑丈さに舌打ちした。
「ちょっとぉっ!!レディに対してそんな乱暴許されると思ってるワケ!!?」
 相手が女であろうと全く容赦の無い攻撃を浴びせるホレスを見て業を煮やしたレンがモーニングスターを手に向かってきた。
『黙れ』
「…っ!」
 物騒なトゲ付きの鉄の塊を振り回しながら突進してこられれば誰でもたじろいでしまう所を…ホレスは全く動じた様子も無く真っ直ぐに相手を睨んだ。仮面の奥で光る翠の双眸で凄まれて、レンは息を呑んで一瞬立ちすくんだ。
「な…何言って…」
 一度は血に飢えた獣が持ちうる様な殺気に気圧されながらも…すぐに負けじと何か言い返そうとしたその時…
『………。』
ダッ!!
 ホレスは無言で黒い竜の手甲に覆われた左腕を振り上げつつレンに向かって突進した。
「え…ぇええええっ!?」
 ただ突っ込んでくるだけならば問題にならない…が、その左手に握られていた物を見てレンは絶叫した。
―ば…爆弾石ぃいいいっ!!?
ドガァアアアンッ!!
「きゃああああっ!?」
 それが地面に叩き付けると同時に爆発が発生して、レンはそこに敷かれていた敷石ごと吹き飛ばされて悲鳴を上げた。
「…ウ…ウソでしょ……!?」
 その様子を傍から見ていたキリカは、あまりに想像を絶するホレスの暴挙と…それに絶えうる”仮面の力”に対する驚きのあまり、それ以上言葉が出なかった。

―急に固くなりやがって…!ワケ分かんねぇし…!

―こんな頑丈だったのっ!!?
 確かに仮面を付けた途端に急に体が硬くなるという事は聞いていた。しかし、それが至近距離での爆弾石の爆砕も受け付けない程…人智を超えたレベルでの強度を持つとは誰が予想しただろうか…。
『……ムー、大丈夫か?』
 唖然としている二人をよそに、ホレスは傷だらけになっているムーへと向き直った。
「ベホマ」
 すると、彼女は自身に対して回復呪文を施してゆらりと立ち上がった。一応まだ戦う事はできる様だ。
「…全然。こんな気分は初めて。」
 しかし、ムーは酷く不機嫌な様子を露にそう言い捨てていた。
『なに…?』
「召喚」
ジャッ!!
 返ってきた言葉にホレスが首をかしげている間に、ムーは掌を目の前へとかざして、理力の杖をその手に握った。 
「ピオリム、バイキルト」
ダッ!!
ズガァッ!!
 そして…間髪入れずに自分に補助呪文を施して、緑のローブを纏った老人…ジダンへ向けて一気に駆け出し…手にした得物をがむしゃらに振り回し始めた。
バギャッ!!ドゴォッ!!ドガシャンッ!!
「ひぃいいいっ!!と…年寄りは大切にせぇええっ!!!」
 ジダンはデタラメな方向から自分に向かって唸りを上げて飛んでくる理力の杖から逃げ回りながら、悲鳴混じりにそう叫んでいた。
『お…おい、ムー…!』
―…全然…って…こういう事か…。
 強制解除の際に受けた反動のダメージは決して小さいもので無いにしても…それ以前にドラゴラムを解かれたその事自体に立腹する気持ちの方が大きい様だ。顔が相変わらずの無表情であっても…行動は玩具を取り上げられて駄々をこねて怒り狂っている子供のそれである…。
「…さっきより全然元気じゃない…。」
「ええ……今割って入ったら間違い無く殺されるわ……。」
 ベホマで回復したとはいえ…痛恨の一撃を受けた事で失った気勢までは普通は戻らぬものではあるが、悪い事に過去に”強き賢者”に仕立て上げるべく鍛え上げられた基礎体力や精神力がそれをカバーしているらしい…。
「かといって…こんなバケモノみたいな子を相手にするのも…」
「…何弱気になってるのよっ!!そんなに頑丈に出来てるなら、それごとぶっ壊しちゃえばいい話じゃない!!」
 ムーを呆れた様に見守っているホレスを見て、キリカが弱気とも取れる発言をしたのに対してレンは叱責する様に声を張り上げた。
「ルカナン!!」
『…!』
 そして、ホレスに向けて掌を向けて防御力減少の呪文…ルカナンを唱えた。
ピシッ…!
 ホレスの耳に何かに亀裂が入るような音がした。
「オッケー、レン!」
『く…!』
 徐々に自分を守る力が失われていくのを感じながらも、彼は向かい来る黒衣の女を雷の杖で迎え撃った。
バチッ!!ドゥッ!!
 杖の先から電撃が迸り、キリカへと殺到した。
「甘いわね。」
『…なに!?』
 が、杖からの攻撃で打ち据えたはずの女の姿は在るべき場所に無く、ホレスの死角…真後ろからその声が聞こえてきた。
「その首…頂戴するわ。」
 キリカは背後からホレスの首筋を狙ってアサシンダガーを突き出した。いかに頑丈な人間であろうと首を刈られては生きてはいられない。
ギンッ!!
『…っ!!』
「…きゃっ!!」
 刃がホレスへと触れた刹那、先と同じ様な感覚と共にキリカの体はその場から弾かれた。
「…まだバリアが残ってるみたいね…。」
 おそらく一度のルカナンでは全身を覆う仮面の力を減殺し切れなかったのだろう。彼女は僅かに切っ先が欠けた刃を一瞥しながらそう呟いていた。
『……同時攻撃か…!?いや…!』
 一方でホレスは、急に姿を消して別方向から襲い掛かってきたキリカに疑問を感じて思考をめぐらせていた。
―…確かに前方で足音は聞こえた!ならば…!!
 時間にしてほんの一瞬で起こった事を回想し…
―…高速で回り込んだのか…!
『その腕輪…まさか星降る腕輪か!!』
 キリカの腕に付けられている碧色の腕輪を見て、ホレスはその結論に行き着いた。

星降る腕輪

 空の彼方から降ってきた星の様な煌きを持つ石を取り付けた腕輪。
 イシスの秘宝とも言われていたが今の消息は不明。
 電光石火の動きを所持者に与え、より俊敏にすると言われている。

「どこ見てるのよぉっ!!」
『!』
 いつか見た文献に記された道具の仔細を思い返していると、レンが鉄球をこちらへと飛ばしてきた。
ガンッ!!
「えっ!?どうしてよぉっ!!?ルカナン効いてないの!?」
 しかし、それがホレスへと届く事は無かった。
『…なるほど、何度でもこの結界は再生するのか…。』
 失われたはずのバリアが時間経過で再度発動して、体を掠めたモーニングスターを弾き返したらしい。
―…その代わり、ルカニやルカナンで簡単に解除できてしまう…か…。
 物理的な力に対してはびくともしないものの、先程のルカナンによって一度でも打ち消された事から…魔法や呪文には然程の効果は期待できないらしい。
「それがなに!?だったら何度でもぶっ壊してあげるわよっ!!」
「そういうこと。さ、さっさとやっちゃいましょ。」
 おそらくはキリカとレンもその事は感づいているのだろう。仕組みが分かっているのであれば、後はそれを元に実行に移すまでと言わんばかりに動き始めている。
―…悠長に構えてはいられないな…。だが…
 
「ルカナンっ!!」
 
 レンがルカナンを唱えて再びホレスの守りの力を剥ぎ取った。
「いい加減に潰れときなさいよっ!!」
 今度はレン自ら呪文に続いてモーニングスターを手にとって攻撃を仕掛けてきた。
「次は外さないわよ。覚悟なさいな。」
 彼女が鉄球を投げ放つと同時に、キリカもまた目にも留まらぬ速度で翻弄するように動き回りながらホレスに斬りかかった。死神が鎌を振り上げ…その魂を確実に刈らんとする様に……
 
ガッ!!ザクッ!!

 先にレンのモーニングスターが竜の鱗に覆われた手甲へとぶつかり、遅れてキリカの刃がホレスの体を貫いた。
「もぉっ!!邪魔な篭手ね!!でもこれで決まりよね、キリカ!!」
 自分の一撃を防ぎきったドラゴンシールドを忌々しげに見ながらも、代わりに彼に止めを刺したであろう友人に向きながら満足そうにそう言った。
「…キリカ?」
 …が、彼女は答えない…。その表情は張り付いたまま…
「そ…それは…!?」
 そう声を絞り出すのが精々であった。
『…ふん、まさか仮面だけだと思っていたんじゃないだろうな。』
「…!?」
 程なく…確かに仕留めたはずの青年が語りだしたその声を聞き…レンは息を呑んだ。
「…隼の…剣…!」
―……それで急所を外したっていうの…!?
 鋼独特の鈍い輝きを放つ細身の黒刃が、キリカが突き刺したアサシンダガーの軌道に割って入るように佇んでいた。矛先をずらされた凶刃が貫いたのは…ホレスが背負っていた中身が詰まった道具袋のみで、本人には全く傷をつける事はかなわなかった。
「…えぇっ!?それがあの名剣……」
 赤い隼のレリーフが鍔元にあしらわれ、炎をよく浴びた様な洗練された黒い刀身は素人が見ても剛剣と言わしめそうな武器…レンもまたその業物を見て驚愕した…
ガッ!!
「ぅぁっ!?」
 それが隙となって、彼女はホレスのドラゴンクロウの手甲による強打を受けて、その衝撃で意識を手放した。
「レン…っ!?」
ガシッ!!
 あまりに驚いて得物を手放して離れる事も忘れていたのか…キリカはあっさりと片腕を掴まれて身動きが取れなくなった。 
『ほぉ、これが…。』
「……っ!!」
 捕まえた当人は、自分が身に付けている星降る腕輪を物色している…。
「は…離して!!」
 錯乱しそうにさえなってそう叫びながら、空いていた手でホレスの心臓を目掛けて最後の武器…毒針を撃ち込もうとした。
パキンッ!!
「…ッ!」
 しかし、今度は体を覆う障壁がそのか細い武器を通さず…最後の抵抗は意味を成さなかった。
『……残念だったな。』
ズガッ!!
「……!!!」
 ホレスは冷ややかにそう告げつつ星降る腕輪をその腕から剥ぎ取り…胸倉を掴まんでそのまま力任せに地面へと叩きつけた。
「…これが…星降る腕輪か……。」
 キリカが動かない事を確認した後、彼は黒い仮面を外して手にした碧色の腕輪を眺めていた。


「…はは…すっげぇ貴重な体験だったなオイ…。」
「………。」
 先程まで降り注いでいた怒涛のごとき最上級呪文の呵責が止むと同時に、サイアスは乾いた笑いを浮かべ、レフィルは黙ってその一点…八岐の大蛇がいた地点を見てがっくりとうなだれていた。
「…まっさかあの”八岐の大蛇”がこんなコントを演じやがるとは…。イメージぶち壊しの爆笑モンだったぜ。」
 ジパングに佇む魔獣…八岐の大蛇の名はサイアスも聞き及んでいた。しかし、伝聞で聞く威厳とは正反対の一連の間抜けなやり取りに…彼は本気で笑いを抑えられないらしく…肩を震わせていた。
「…まぁまぁ、んな落ち込むなって。」
 その一方で…レフィルはまだうつむいている…。流石に哀れに思えてきたのか…サイアスは思わずそう声を掛けずにはいられなかった。
「というか今そんな事してる場合かってんだ。」
 …が、すぐに気を取り直して稲妻の剣を構えつつ首を振った。その顔に浮かべられていたのは…同じ愉悦に満ちた笑いでも…先程の可笑しな物を見る様なものではなく…冷静な中で心底の楽しみを前にしたそれであった。
「お前さんがあれだけ強力な魔獣を飼ってるって分かった以上は手を抜くのも難だからなぁ。次は全力で行くぜ。」
「……っ!!?」
 レフィルが強迫的な言葉に思わず萎縮している間に、サイアスは黄金の刃を天にかざした。
 
バチバチッ!!

「くぅううううっ!!!」
 水鏡の盾を失い…レフィルは今度は吹雪の剣でその電撃の力を受けた。
―……だめ…!このままじゃ……!
 が…剣から伝わる衝撃で体に痺れが走った。受け損ねた電撃もまた…徐々に身を焦がしていく…。

―吹雪の剣をうまく使え!ヤツに太刀打ちするには…!

「…!」
 その時、レフィルの脳裏にホレスが最後に告げた言葉が過ぎった。
―…どうすれば…?でも、やるしか…
 深い意味合いで言った事なのだろうか…そう戸惑いながらも、追い込まれた今ではそれに従うのが最善と言う他ない。
―とにかく…この稲妻をどうにかしないと…!
 
パキ…パキ…ガシャガシャ…!
 
 レフィルが吹雪の剣を地面に刺すと、そこから突き上がる様に氷の突起が何本も辺りに生えてきた。
「氷の壁か?ははっ!んなモン一発でぶっ壊してやるよ!」
 サイアスはそれを見て邪魔だとは思ったが、不思議と苛立ちは覚えていないらしく、楽しげに笑いながら剣を振るった。その刃全体を覆うように黄金の光が集い、通った太刀筋の形を取って一気に拡散した。
ドガガガガガガーンッ!!!
 その光に照らされた場に無数の小爆発が次から次へと巻き起こり、落雷の驟雨の如く…辺りを蹂躙して氷の守りを打ち破った。
「きゃああああああっ!!」
「どうだ面白いだろ!こういう使い方もあるんだぜ!!」
 砕かれた氷が輝く粒子となって飛び散る中…サイアスは稲妻の剣を再度振り上げて、倒れたレフィルへ向けて電撃を飛ばした。
―…ま…間に合わない!
 体勢を立て直すも吹雪の剣を構える前に、眩いばかりの金色の光が目の前を覆い尽くした。
バチイッ!!
「………!」
 アストロンを唱えようにも間に合わない。弾ける様な音が聞こえてきたと同時に…レフィルは恐怖のあまりただ成す術も無く反射的に身を屈める他無かった。
「防ぎやがったか!ははっ!」
―……え?
 が…、サイアスの声ですぐに我に返った。
―…わ…わたし……何もしてないのに……??
 先程自分を守ってくれた八岐の大蛇の姿は無い。ならば…一体今度は誰が自分の身を守ったというのだろうか。
「!」
―…これは……。
 ふと、辺りを見回していると…あまねく氷の粒が形成する小さな何かが目に入った。
「だが、安心するにはまだ早いぜぇえっ!!」
 レフィルが呆けた様にそれに見入っている様子を、サイアスは怪訝に思ってしばらく眺めていたが、特に自分がそれから何も得る物が無いとして…魔剣を手にレフィルへと斬りかかった。
キンッ!!
「おっ!」
 しかし、その体勢から今度は的確に剣で切り結んできたのを見て、サイアスは思わず面白そうに声を上げていた。 ガッ!ガキンッ!!
「全部受けやがったか…。一応俺の得意技なんだけどなぁ、今の三段コンボはよ。」
 反撃に転じられなかったとはいえ、自慢できる程の思い入れがある技を受け切られて、悔しいと思わずとも…何処か残念そうにそう呟いていた。
「やっぱ…接近戦じゃあラチがあかねぇか…。」
ドゴォオオッ!!バキャッ!!
「…く…!」
 至近距離で稲妻の剣から発せられた電撃を、レフィルは吹雪の剣の力で前方に張った氷の盾で受け止めてそれが崩れる前に後ろに下がった。
「上等上等。こんな不意打ちなんざもう通用しねぇし…かといって剣の勝負はまともに出来ねぇしなぁ。だったら…」
カキンッ!
 それを深追いせずに静観しつつ…サイアスは稲妻の剣を背中の鞘に収め…
 
「やっぱりまた”勇者”の呪文でケリをつけねぇとなぁっ!!」

 指先をレフィルへとびしっと差して笑いかけながら意味深にそう告げてきた。
「…!?」
―”勇者”の呪文…ってライデインのこと?
 おそらく彼が言う呪文とは雷を呼び寄せるライデインの呪文の事であると何となくレフィルにも読み取れた。…このとき、自分が持つ同名の呪文がサイアスやポポタのそれと比べてあまりに違うのは何故なのか…という事を僅かに感じたのはまた別の話であるのだが…。
―レフィル!伏せるのじゃ!!ここはわしが…!!
 その時、八岐の大蛇の声がレフィルの脳裏に響いた。どうやら心に直接語りかけてきている様だ。
―……ううん、今度は多分大丈夫……。…それに…もう怖くないから……。
 自分の身を案じる故か、焦った様子で忠告してくる八岐の大蛇を…レフィルは静かにそう宥めた。
―…な…何を言っておる!?まともにアレを受けたら人の身たるそなたなど…!
「喰らえぇっ!!」
 大蛇が反論している暇も無く…サイアスは掌を広げて天にかざし、気合いを込めて叫んだ。
―…いかんっ!!
―……来る…!
 レフィルもまた…吹雪の剣を眼前に構えて…呪文を唱えるべく意識を集中し始めた。

「ライ…デイィンッ!!」

 先に唱えられたのはサイアスの呪文だった。空から雷鳴が轟き…、掲げられていた右手を一心にレフィルに向けて振り下ろすと同時に…命を待っていたかの如く金色の雷が天より舞い降りた。

「…アストロン!」

 その時、レフィルが呪文を唱えた。体が瞬時に全てを拒み…跳ね返す鋼鉄の塊と化した。

ピシャァーンッ!!ドゴォオオオオオオッ!!

「…げ!?そんなのアリかよっ!!」
 てっきり自分の言に乗って…不完全ながら同じ呪文を使ってくるものと思っていただけに、サイアスは愕然とした様子で雷が落ちた先を見た。
「……ったく、ここが一番の見せ所だったのによぉ…ん?」
 雷によって撒き散らされた土ぼこりが徐々に晴れ…視界がはっきりし始めた…
「……っ!!?おいおいおい!!?」
 が…、サイアスは目に映った光景を見て素っ頓狂な声を上げた。
―…なんだよあの雲は!!?
 鋼鉄と化したレフィルの周りを黒雲が包み…その所々に金色の輝きとも形容できそうな稲妻が走っているのが見える…。程なくして…レフィルの肌に彩りが戻り始めた。アストロンの効果を解除したらしい…。
「………。」
 黒い雲は吹雪の剣から湧き出るようにして発生し続けている。やがて手にした吹雪の剣の切っ先に…それに内包されていた稲光が集い…
「ライデイン」
 その口から呪文が唱えられ…刃が振り下ろされると共に…紫電を伴った黒き奔流と化して、サイアスを一気に飲み込んだ。