何が為に 第八話
「…あ…あれは…!?」
「ど…ドラゴンだぁあああっ!!!」
「な…あの兵隊連中は何やってんだぁっ!!?」
 屋敷の前で争っている者達の目に竜の姿が映ると同時に…辺りは混乱に包まれた。
「…おおおおっ!!ドラゴン嬢ちゃんじゃねえか!?ありゃあ!!」
「来てくれたんだなぁっ!だったらカイルのアニキも!!」
 が、その正体を知る者達…開拓者や古参の者達はそれを見て一気に士気を上げた。金色の竜に変身する少女その人よりも…彼女の保護者たる赤と青のコントラストの激しい服装の巨漢…皆がカイルと呼ぶ男がこの場にいる事を期待したのだろう。
「…行くぜぇ!!皆ぁっ!!一気に蹴散らしてやれぇ!!」
「「おおおっ!!」」
 

「は…、やっぱりこうなりやがったか。」
 少し離れた所で暴れている金色の竜を見ての群集の反応を見て、サイアスは呆れた様にそう嘆息した。
「…考えなしにドラゴンなんかに変身するなんざ…賢者のやる事とは思えねえな…。」
「え…?賢者…?」
「何だ?違うのか?…悟りの書とやらには一応行き着いてるだろうが…って、まぁどっちでもいいか。」
 ドラゴラムの呪文はかなり高度な呪文に位置する上に知名度もそれほど高くないため、一般人が目にする機会は殆ど無いと言っても過言では無い。それを知らずに堂々とドラゴンに変身したところが、かつて咎人とまで呼ばれた大魔法使いがする様な行動とは思えなかったらしい。
「さ、さっきの続きと行こうか。ま、ダンスでもする様な感覚で楽しくやろうぜ。」
 サイアスは背負った稲妻の剣の柄を再び掴み…レフィルに向かってそう告げた。しかし、彼女は動こうとはしなかった。
「なんだよ、遠慮すんなって。…まぁ来ないんだったら…」
 改めて人間相手にするのもやはり躊躇いがあるのか、一向に斬りかかって来る気配がないレフィルを見て…サイアスは不敵に笑いかけ…
「こっちから行かせてもらう…ぜっ!!」
シャッ!!
 鞘から黄金に輝く刃を抜き放ち、それをレフィルに向けて叩きつけるように思い切り振った。
ガギャッ!!
「…!」
 レフィルはその一閃を、右手に持った盾で正面から受け止めた。
「へぇ、水鏡の盾じゃねえか。お前…そんなのも持ってたんか。」
「……く…!」
 レフィルが持つ銀色の盾を見て、サイアスはそれがサマンオサで作られたものだとすぐに勘付いた。もともと彼女の父オルテガに宛ててサイモンが送ったものだとは知るまでには至らなかったが。
ガンッ!!
「けどまぁ、戦いの勝敗を決めるのは…武器だけじゃないんだぜ!」
 レフィルが盾で稲妻の剣を払うと同時にサイアスは距離を離して…
「ベギラマ!」
 空いた左手を彼女に向けてかざしてそう唱えた。
「…!ベギラマ!」
 炎がサイアスの掌から放たれたのが視界に入って…レフィルは慌てて同じ呪文で応戦した。
ブバァアアッ!!
「…きゃあぁっ!!」
 タイミングが遅れての呪文の発動だった為か相殺はかなわず、炎が僅かに体にかすめて激痛が走った。
「…はっ…、ベギラマ!!」
 そこに更に追い込むように、サイアスは続けて呪文を放った。
―…同じ呪文!…だったら…!!
「ライ…デイン!!」
 今度は発動前に瞬時に次に取るべき行動を選択できた。レフィルは雷鳴による衝撃波を、迫り来る熱波へと叩きつけた。
「…!」
 レフィルのライデインがベギラマを貫き、それはそのままサイアスへと向かっていた。
「…やりやがったな!おおらっ!!」
 が、彼も負けじと稲妻の剣でその攻撃を正面から叩き斬る様にして強引に防いだ。
「…危ねぇ危ねぇ。それがお前のライデインか…。」
 二つに分断した衝撃波の余波が後ろで荒れ狂いやがて霧散したのを見届けていたが…
「…が、大したこたぁねえな!!」
ガンッ!!
 すぐにぶっきらぼうに言い放ちつつ、剣の広い腹を思い切りレフィルへと叩きつけた。
「…どうしたどうした!そんなものか!?」
「……べ…別にこんな事で…!」
 今度もまた盾を使って、サイアスの攻撃を遮りながら、レフィルは苦し紛れに反論しようとしたが言葉にならなかった。
―…でも…これでも本気をだしてない……!!
 稲妻の剣の雷と思しき力が盾ごしに僅かに伝わってくる。が、ただその剣を防いでいるだけでも一撃一撃の強さ、速さが加減されているものであると読み取れた。つまりは自分が圧倒的な劣勢に立たされているのは間違い無いと言う事だ。
―守ってばっかっつっても、随分やるじゃねえか。…この構え方からすると、多分随分クソ真面目に練習してたんだろうなぁ。
 サイアスが思ったとおり、レフィルはオルテガの訃報を聞いた後…厳しいものでなくとも四年に渡って訓練を重ねていた。型が硬いとはいえ、旅の経験も重なってか…それが果たす役割をしっかりと理解している様な動きである事が読み取れた。
「…おらっ!!」
ガッ!!
「…!」
 何合か刃を交えていて暫くした後、サイアスの剣を受けたレフィルの体勢が崩された。
「もらった!!」
 その隙を逃さずに、サイアスはまともな構えを取れないレフィルに向けて剣を突き出した。
「…っ!!」
 
―だから躊躇していたら危ないって何度も思っていたでしょ?
 
 切っ先が喉元に触れようとしたその時…レフィルの脳裏でその様な言葉が響き渡った様な気がした。
ギィンッ!!
「…なに!?」
 確実にレフィルを捉えていたはずの黄金の刃に蒼の刃が交わった。
ブォンッ!!
「大振りなんだよ!」
 続けて自分を振り払わんと放たれた斬撃を紙一重でかわし、剣を振り下ろした体勢のまま硬直しているレフィルの首筋目掛けて稲妻の剣を当てがろうとした…
ヒュヒュヒュッ!!
「…おぉおっ!?」
 が、彼女が振るった吹雪の剣の軌道から、複数の鋭い先端を持つ氷塊がサイアス目掛けて飛んできた。
「…げぇ…これが吹雪の剣の力かよ…。おっかねぇ…。」
―…そういやあの剣も一応魔剣だったっけか…。
 魔法の力が込められた剣に対しては…普通の剣の常識はまるで通用しない。求められるのは純粋な剣術だけでなく、剣に付加された力をいかに有効に使うか…。或いはそれが一番大事なのかもしれない。
「はははっ、始めっから本気だしてりゃあ良かったんだよ!」
 一時は吹雪の剣の力を見てたじろいだものの、それもすぐに興味へと移行してサイアスは至極機嫌良さそうに笑いながら斬りかかってきた。
「っ!!?」
 それに対して不気味さを覚えて気圧されたか、レフィルは一瞬立ちすくんだ。
ガァンッ!!
「…あ!」
―水鏡の盾が!
 白銀の盾が空高く弾き飛ばされ、遠くの地面に乾いた音と共に転がった。
「そいつがなけりゃ、流石にこいつを防ぐ事は出来ねぇだろ!?」
「……!!」
 頑丈な盾による守りを失ったレフィルを剣で力任せに薙ぎ払って距離を離しつつ、サイアスは掌を空へと掲げ…
「ライデインっ!!」
 力在る言葉をその口から高らかに唱え上げた。

ビュオオオオオオッ!!!
「な…なめんじゃないわよ!!フバーハッ!!」
 金色の竜の口から迸る凍てつく冷気に対抗して、レンは断熱の呪文フバーハを唱えた。
「…ひいいいいい!!つ…つめたぁあああっ!!」
「…むぅ…ちぃとばかり厄介なものじゃのお…。」
 しかし、吹雪のブレスはフバーハの上からでも凄まじい冷気を彼女らにもたらしていた。
ドガァーンッ!!
「…うひぃいいいいっ!!年寄りに対して爆発物とは…何と無法者じゃああっ!?」
「んな事言ってる場合ぃっ!?」
 続いて飛んできた石が炸裂し、その場の地面を抉ってその破片を撒き散らしてジダンとレンの二人を襲った。
ジャラッ!!
 ジダンが爆発に大袈裟に驚いている所で、黒い鎖状の武器が連結部を擦らせながら二人の間を通り抜けた。
「…良い度胸じゃないの!!っていうかいい加減に喰らっておきなさい!!」
 その連続攻撃のしつこさにいらだったか、レンは怒りを露わに叫び…
ぶぉんぶぉんっ!!
 その武器…ドラゴンテイルを振るった黒装束の青年ホレスに向けてトゲ付きの鉄球…モーニングスターを軽々と振り回して見せた。
「…とんでもない腕力だな。だが、当たらなければ問題にならない。」
「なに!?バカにしてるの!?」
どごぉっ!!ばきぃっ!!
 本人は決して侮蔑の意味をこめたつもりは無かったが、そんなホレスの言葉にレンのボルテージは更に上昇したらしい。
ゴゥッ!!
「ッ!!…キリカぁ!何サボってるのよぉ!!早い所この子始末しちゃいなさいよ!!」
 隙を突いて放たれた小さな火の玉を一発受けたところで、レンは目の前の物騒な武器を沢山背負った青年の相手をするべき者に向かって叫んだ。
「…じらさないじらさない。この子、思っている以上に腕を上げてるみたいなのよねぇ。…というか…」
ドガァッ!!
『逃がさない。』
「この子をどうにかしてくれないぃーーっ!!?さっきからアタシばっかり狙ってきてどうしようもないのよぉーーっ!!!」
「……!!!」
 しかし、当の本人は金色の竜に追い掛け回されている所であった。ドラゴンの拳骨が地面の所々を陥没させて瓦礫を撒き散らしている。
「…ムー、落ち着けよ…。」
―…自分で町を壊すな…。
 キリカを狙って見境もなく大暴れをしているムーを見て、ホレスはそう呟きながら嘆息した。
「ふんぬぅっ!体罰じゃあ!!」
「…は?」
 不意にジダンが暴れているムーに向かって叫びながら突進したのを見て、思わずホレスは間の抜けた声を上げてしまった。
ぱこんっ!!
「…!?」
「おじいちゃん!?」
 木製の杖が竜の鱗を叩いて奇妙な音を立てた。
『…鬱陶しい。』
ビタァアアンッ!!
「うごぉおおっ!?」
 …が、当然の如く生身でも人間よりも遥かに頑健な竜の体に、戦士でもない老人の杖など効くはずがない。ムーは尻尾を振り回して、まるで隙だらけなジダンを思い切り叩きつけて弾き飛ばした。
「何をやってんだか…。」
『この人も殺しても死なないみたい。』
「この人も…って、お前な……。」
 ボケたとも思えるジダンの愚行と、ムーの容赦ない反撃と呑気な発言…それらに対して実に呆れた様子でホレスはがっくりと肩を落とした。
「…ふぇふぇ、流石に応えるのぉ…。年寄りは労わらんかい…。」
「やっぱり説得力ゼロなんだけど!どうしてあんな攻撃受けて平気で立ってられるワケ!?」
 果たしてムーの言ったとおり、緑のローブの老人はよろけながらも立ち上がった。
「…スカラ…か。が…それでどうにかなるものなのか…?」
『まるで怪物。』
 防御呪文をかけていたにしても、ドラゴンと人間の体格差から考えたら…はっきり言って殆ど用を成さない。か細い枯れ木の様な体の何処にそんな攻撃に耐える力があるのだろうか…。
「…ふむ…そこか。」
「『!?』」
 その時、突然ジダンがムーの体の一点を見つめながらぽつりと呟いた言葉に、二人は瞠目した。
カシュッ!!
 直後、ムーとホレスが身構える間も無く、老人の手から放り投げられたナイフが途中で軌道を変えて、金色の鱗の隙間へと勢い良く刺さった。
『逆鱗に……っ!?』
バチンッ!!
『う…ぁ……っ!!』
 全身を雷のような衝撃が走り、ムーはうめき声を上げた。どうやらこれがジダンの目的だったらしい。弱点部位に対して何らかの呪法を施されたアイテムを撃ち込む事で…
グガアアアアアアアアアアアッ!!!!
 真正面から立ち向かわずして相手を制する…それが形となって現れ始めた。突如として体の随所が爆ぜ始めて、金色の竜は怒号とも悲鳴ともつかない悲痛な鳴き声を上げながらその場でのた打ち回った。
「ムーっ!?」
 金色の鱗を撒き散らしながらもだえ苦しむムーを救うすべもなく、ホレスは驚愕に目を見開きつつ見守るしかなかった。


ビシャァアアアンッ!!ドゴォオオオッ!!!
「きゃああああああああああっ!!!」
 雷がもたらす激しい光と凄まじい轟音の中、レフィルは悲鳴を上げていた。
『…ぐぉおおおおおおおっ!!!』
「…え!?」
 しかし、ポルトガで雷を受けて感じた焼けつく様な痛みは無く、代わりに内側から響き渡る様な不思議な感覚の声色での悲鳴が耳に入った。
「八岐の大蛇…!!」
 その声の主の正体に気付き…レフィルは開いた口元を両手で覆っていた。
『……か…間一髪…か……』
「…げ!またバケモノかよ…!」
 サイアスは…今現れた緑色の鱗に覆われた巨大な怪物、八岐の大蛇の姿を見て、竜に変身した状態のムーを見た時と同じ様な明らかに嫌そうな顔をした。ライデインの直撃を受けて明らかに深手を負っている様子であるものの、その厳つい顔つきをした八つの頭と小山程もあるだろう巨体が発する重圧感は微塵も衰える様子は無かった。
「酷い怪我…!すぐに手当てしないと…!」
『案ずるな。所詮は人が呼び起こした偽りの雷…。一度や二度受けた所でわしは死にはせん。…それよりも…』
 所々の鱗が焼け焦げて、見るからに痛々しい…が、それを心配するレフィルを優しく制し、大蛇はサイアスをその十六の瞳で見据えた。
『よくぞわしの主人たるこの子に好き勝手やってくれたものよのぉ。』
「…おいおい!?そんじゃあてめぇはその娘の家来って事かよ!?」
「け…家来って…関係じゃ……」
『まぁ何とでも思うがいいわ。さぁて…どう落とし前をつけてもらおうかのぉ…ほほほ…』
 サイアスとレフィルがそれぞれの思う所で狼狽している側で、八岐の大蛇はその険しい顔つきに似合わぬ艶のある笑い声を上げながら、敵に向かってドシン…ドシンと歩き出した。

「ぎゃあああああっ!!?な…なんだこいつはああああああああっ!!?」
「…か…怪物だぁあああっ!!」
「げげぇっ!!ここまで入り込んできやがったのか!?」
「いやああああああああああっ!!!」

『…ぬ?』
 …がその時、周囲から阿鼻叫喚とばかりに自分に対して悲鳴が上がったのを見て、彼女は八つの首を一斉にかしげていた。
「うわああああっ!!来るな来るなぁあああああっ!!」
『ぬぉおおおおおっ!!?』
ドガァーンッ!!ジュオオオオッ!!!シュカカカカッ!!
 イオナズンやメラゾーマ、マヒャドといった最上級の呪文を含めた攻撃が四方八方から雨あられとばかりに自分へと迫るのを見て、八岐の大蛇は素っ頓狂な声を上げた。
『…ぬぁっ!?ぬぁにぃいいいっ!?ま…待たんかぁああああっ!!?』
「お…大蛇!!逃げてっ!!」
 あわや黒コゲ…或いは氷漬けとならんとしようとした所で、八岐の大蛇の存在は急激に薄れてこの場から立ち消えてレフィルの内へと舞い戻った。
「…やっぱりこうなるだろうな………。」
 何故かドラゴンの姿でも馴染まれているムーとは違って、初めて見る上に更におぞましい出で立ちをした八つ首の怪物が現れれば…流石に混乱を招く事にはなるだろう…。