何が為に 第七話
「…くそっ!しぶとい奴等だ!」
「はっ!偉そうな事いってんじゃねぇ!!てめぇらなんざに俺達がやられるわきゃねぇだろうが!逆にてめぇら全員たたんでやるよ!!オラ、来いや!!」
「……貴様ら!!」
 
「ここは…?」
 光が止むと、目の前にあるものがガラリと変わっていた。市場の真ん中でサイアス達と対峙していたはずであったが、今見えるのは…地元の住民らしきもの同士の乱闘騒ぎであった。
「ホレス…、ムー…どこ…?」
 辺りを見回しても、先程まで近くにいた二人の姿は無い。 
「くたばれやっ!!」
「!」
 そうしていると、不意にレフィルの方に一人が迫ってきた。
―…勘違いされてる…??
 どうやら自分の事を敵だと勘違いしているらしい。戦いの狂気が支配する様なまるで戦場さながらの雰囲気によって、もはや手当たり次第に動く事しかできないのかもしれない。
ガンッ!!
「…うごっ!?」
 レフィルは迎え撃つようにして咄嗟に水鏡の盾で当身を食らわせて相手を退けた。
「あ…。」
―やり過ぎちゃったかな……。
 予想の他突進の勢いが強かったのか、或いは水鏡の盾の当たり所が悪かったのか…その男は咳き込みながら地面にのた打ち回っていた。
―でも…落ち着いてどうにかできたな…。
 気まずそうにその男を恐る恐る見ながらも…レフィルは内心安堵していた。。先程の様に哀しみとも怒りとも取れぬ様な感情に振り回されることなく、腰に差した吹雪の剣を使わずにすんだ事が大きいのだろう。

ガシッ!

「きゃっ!」
 不意に、誰かが自分の腕を掴むのを感じて、レフィルは短く悲鳴を上げた。
 
「オレだ。」

 しかし、今度は敵意があって捕まえようとする者ではなかった。竜の手甲に包まれた左手を離しながら、黒装束を纏った男は静かにそう告げた。
「…ホ…ホレス……?」
―びっくりした…。
 忍び寄るようにして現れた彼…ホレスのいきなりの登場に心底驚いたらしく、レフィルは僅かに顔に動揺の色を浮かべていた。
「とりあえず離れるぞ。手を出した以上仲間がいつ集まってくるかわかりゃしない。」
「う…うん。」
 正当防衛とはいえ、手を出してしまったのは確かである。その仲間がまた襲ってきてもおかしくは無い。レフィルはホレスの後に続いてこの騒乱の中を走った。
「だが、気をつけろ。奴らは近くにいる…。」
「え?」
 自分達をこの場に引きずり込んだ張本人…サイアス達の姿はまだ見えない。
ガチャッ!!
 しかし、ホレスは既にその気配を感じ取ったらしく、左手のドラゴンクロウの爪を出した。
「下がれ!」
「!」

ガッ!!

 ホレスが注意を促すと同時に、剣戟が鳴り響いた。
「へぇ、随分頑丈な篭手じゃねぇか。まともにこの剣受けて斬れねえなんてよ。」
「…く……!」
 ドラゴンクロウ・シールドが合わさった手甲でサイアスの持つ黄金の武器…稲妻の剣を弾きながら、ホレスは後ろに下がって背中の雷の杖に手をかけた。
「おっと!それなら俺も使わせてもらうぜ。」
「!」
 ホレスが魔杖を振るうのと同時に、サイアスは魔剣を振りかざしてその力を解放した。
バチ…バチバチバチッ!!ドゴォオオオッ!!!
 それぞれの武器から迸る電撃が絡み合い、刹那の間激突した。
バチンッ!!
「ぐっ…!!」
「ホレス!!」
 威力で競り勝った稲妻の剣の電撃がホレスを打ち据えたのを見て、レフィルは追撃をかけようとするサイアスに吹雪の剣で迎え撃った。
ギィンッ!!
「来るか。上等だぜ。」
 仲間を守るべく引き抜かれた吹雪の剣は、渾身の力を持って振り下ろされた稲妻の剣を叩き落とす様な軌道を描き、その勢いのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。金と蒼の二つの刃が交錯して、それらが纏う稲妻と吹雪の魔力が干渉を起こして微細な光を撒き散らしていた。
「…くそ…!予想以上だな…!」
 雷の杖が電撃の威力を僅かに減殺したらしく、ホレスにたいした怪我は無かった。
―まともに受けていたらひとたまりもなかったな…。
 体に残る痺れと巨大な槌で叩かれた様な感覚…並みの魔物であれば今の一撃をまともに受けただけで絶命していたかもしれない。
ドゴォオオオッ!!!
 鍔迫り合いで押し勝ったところでサイアスが剣を振るって稲妻を呼び寄せた。それに対してレフィルは吹雪の剣と水鏡の盾で身を守り、体勢を崩しながらもどうにか耐えしのいだ。
ガギャッ!!
 一気に大ダメージを受けてベホイミで傷を治している所でも、またサイアスが斬りかかってきた。どうにか応じられてはいるが、こちらの勢いが足りない為に反撃に転じられない。
「…だが、随分と面白い代物に出会えたものだ……。」
 レフィルとサイアスが魔剣を交えているのを眺めながら、ホレスはそう呟いていた。吹雪の剣の持つ力は自分も使ってみてかなりのものだと感じていたが、目の前でそれと刃を削りあっている黄金の剣もそれに負けぬほど…あるいは上回る様な何かを感じさせる。
「その剣…いただくぞ!!」
 レフィルが耐えしのいだおかげもあって、サイアスの動きが大分見えてきた。ホレスは彼女を援護するべく…そして、自分の未知なる力を秘めた魔法の剣を求めて右手に武器…ドラゴンテイルをとった。
「あら、サイアス様ばかりに気をとられて良いわけ?」
「…ちっ!キリカか!!」
 しかし、そう意気込んだところで…闖入者が騒ぎにまぎれて自分へと牙を突き立てんとしようとするのを感じ取り、ホレスは足を止めて身構えざるを得なかった。
 
「いちいちうるさい。」

「…え?」
「!」
 その時、抑揚が感じられない…それでいて明らかな敵意を示す様な短くはっきりとした少女の声がそれを遮った。

「メラミ」

 呪文が唱えられると同時に現れた大きな火の玉が飛んでいく先に、黒衣の女の姿が確認できた。
「っ!!」
 彼女…キリカはそれを怯えた表情で見上げる事しかできなかった。先程と同じような単純な奇襲ではあったが、体が竦んでしまって動かないらしい。

シュッ!!
ボジュッ!!
「きゃっ!」
 …が、キリカにメラミが直撃しようとした直前に、氷の矢が火球を射抜き…干渉による爆発で内側からそれを破壊した。
「むー……。」
 同時にどこか不機嫌な様子でうめきながら、赤い髪の小さな魔女がその姿を現した。
「ふぉっふぉっふぉ、まだまだ詰めが甘いのぉ…」
「ごめぇん、お爺ちゃん。助かったわぁ。」
 キリカは助け舟を出した魔法使いを思わせる風貌の老人に、妖艶さを感じさせる肢体を絡みつかせた。
「邪魔しないで。」
 その様な戦いの場とはかけ離れた光景に業を煮やしたとも、自分が放った攻撃を単純な手で防いだことに対しての苛立ちとも取れる様な感情をわずかに言葉に乗せながら、ムーは短くそう言い放ち…
「ベギラマ」
 閃熱の呪文、ベギラマを唱えた。熱波が巻き起こり、茶番を演じている二人へと牙を剥いた。

パキパキパキ…! 
ジュオオオオオッ!!

「そうはいかんのぉ。こやつが何を思っておるかは知らぬが、ワシらにとっては旅の仲間なんじゃよ。」
 老人はそれを別の呪文で相殺した後に、好々爺の様な笑みを浮かべながらムーへとそう告げた。
「ふぅむ、ヒャダルコが精々か。やはりもう年じゃろうか。」
「全っ然説得力ないと思うんだけど。いっつも盾にされてるのにピンピンしてるじゃない。」
 自分が放った呪文に何か不満があるのか、悩むようにぶつぶつと呟くのに対して、後から現れた神官を思わせる出で立ちの女性が呆れた様に首を振っていた。
「まったく!あんた達のせいでどんだけ苦労して…」
「んな事言ってる場合じゃねぇだろ。ま…難なく全員合流できたってワケだな。」
 レフィルと剣を交えていたサイアスも一度距離を離して、集まった仲間と合流した。黒衣の女キリカ、緑のローブを纏った爺ジダン、青い髪と服の神官レン…そして金色の剣と使い込まれた鋼鉄の鎧で身を固める勇者サイアス…。
「といっても、それはあちらさんも同じらしいがね。」
 レフィルもまたホレスとムーのもとに戻っていた。ここに二つの冒険者のパーティが出揃ったと言う事である。
「…なぜこんなところに…」
「ああ、戦ってても違和感ねぇとことしちゃあおあつらえ向きだろ?」
 自分達の周りでは、二つの勢力に分かれたハンバークの住民達がそれぞれの思いを胸に争っている。その様な激しく大規模な戦いの中であれば、確かに自分達が剣を交えようとも些細な事としかとられないだろう。
「まぁ今のお前ら三人がこのバカどもと同じだって事を分かってるかどうか知らないけどな。」
「!?」
 しかし、続いて告げられた言葉に…レフィルは大きく目を見開いて息を飲んだ。
「…うるさい。」
「…ふん。言わせておけばいいさ。ただ逃れられない敵が目の前にいる。それだけで十分だ。」
 それに対して、ホレスとムーは全く動じず…まっすぐに敵を見据えていた。が、いずれにせよ…サイアスが言いたい事は三人とも理解したようだ。
「レフィルも躊躇うな。別に長々と戦う必要は無い。血路を切り開いて早くニージス達と合流するぞ。」
「…でも、どうやって…?ここが何処だかわからないんじゃ…」

「悠長に構えてる暇があるのかしら?」

 相手に注意を向けながらも戦いの最中に話している二人に向かって、キリカは嘲笑する様に躍りかかってきた。
ブンッ!!
「…!」
 しかし、またもムーが理力の杖を振るってその襲撃を遮った。
「……だったらあなた達を倒して時間をつくるだけ。」
「「……っ!!」」
 続けて告げられた言葉と共に彼女の体から立ち上る魔力のオーラが膨れ上がり、杖を突きつけられたキリカばかりでなく…離れた場所にいたレンですらも一瞬震え上がった。
「はは、随分な自信じゃねぇかオイ。」
「うむ。その様じゃのう。」
 女性二人がムーに纏わりつく畏怖を感じさせる様な圧倒的な雰囲気に気圧されている側で、サイアスとジダンは微笑さえ浮かべて呑気にそれを眺めていた。
「けどよ、咎人だかなんだか知らないが結局は一人の人間だろうが。強がった所でそれは変わらな…」
「だからうるさい。」
 …が、それを素直に許すほどムーは気が長くは無かった。

「ベギラゴン」

 彼女は理力の杖の先をサイアスへと向けて、呪文を唱えた。
シュゴオオオオオオオッ!!!
 ギラ系の最上級に位置する強大な灼熱の津波が一気にサイアスを飲み込んだ。
「…むぅ…!」
 直撃を避けたジダンも焼けつく様な熱気の余波を受けて顔をしかめている。

「熱いじゃねぇか。けど…んな程度か?」

「!」
 …が、それをまともに受けた当の本人の声が収まり始めたベギラゴンの炎の中から聞こえてきた。

ブワッ!!

 熱気によって歪んだ空気を、金色の一薙ぎで振り払い…彼、サイアスは中から何事も無かったかの様に現れた。
「怖くなんかねえよ、んな手加減された攻撃なんかよ。」
「手加減?」
 黄金の大剣を肩に担ぎながらサイアスが告げた言葉に、ムーは彼の方を向いて首をかしげた。
「…ふむ、随分となめられたものじゃのお。」
「ちょっとぉ!!幾らなんでも見下し過ぎじゃない!!」
 同じく彼の言を聞いた二人…ジダンとレンはそれに対して片や僅かに…片や尋常ならざる程の怒りを覚えたようだ。目の前の赤い髪の少女が何と呼ばれていようとも、自分達もまた腕に覚えはあるつもりである。
「そんなことはどうでもいい。」
 しかし、呪文を打ち破られた当の本人はその抗議を別段気にしたわけでもなく、杖を地面に下ろし…
「背徳の化身にして神の眷属たる者、其の御霊は我が身を汝が魂の器の代と成さん…」
 構えを解いて、聞きなれぬ詠唱を淡々と唱え上げた。

「ドラゴラム」

 そして…最後にそう呟く様に言葉を告げると共に杖から手を離した。

「グ…グググ…!!」

 胸の鼓動を感じる様に身を屈めながら…ムーは少女に似つかぬ唸り声を上げていた。

ブチブチブチィッ!!

グォオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 緑の糸が四散したその直後、小柄な少女がいたはずのその中心から金色の鱗を持つ大きな竜が身の毛もよだつ様な咆哮と共にその姿を現した。
「うぉおおおっ!?ま…マジかぁっ!!!」
 ムーがドラゴラムを唱えてからドラゴンに変身する今にいたるまでの一部始終を目の当りにして流石に度肝を抜かれたか、サイアスは飛び上がりつつ素っ頓狂な声を上げた。
「…悪ぃ…こいつはお前らに任せるわ。流石にこんなデカブツ相手にする程やる気ねぇ……。」
「「ええっ!!?」」
 恐怖と言うよりは単に面倒くさいというだけらしい。…が、サイアスが彼女の相手を拒むのを聞き、レンとキリカは驚きの声を上げた。
「ふぇふぇふぇ、まぁ好きにするがええ。ドラゴラム…のぉ。禁じ手なんぞ使いおって。」
 その一方で、ジダンは人間に比べてあまりに巨大な怪物を見ても全く動じた様子もなく…
「ワシがたんとお仕置きしといてやるから安心してそこのお嬢ちゃんでも口説いておるがよかろうて。」
 レフィルを指差しながらサイアスへとそう告げつつ、ムーの前へと出た。
「そうさせてもらうぜ。お前ももう年なんだから無茶すんじゃねぇぞ。」
 どうやら初めからレフィルの相手をしたかったのだろう。サイアスはジダンの言に頷きながら彼女に向けて歩き出した。
「…お前…、またドラゴラムを……」
 そんな状況の中で…ドラゴンに変身した魔法使いの少女を見て…今でも彼の中で深く印象づいている船上での騒動を思い出し…ホレスは一瞬頭を抱えていた。
―…奴はレフィルに…。かといって…
ヒュッ!!
 すぐに思考を切り替え…サイアスがレフィルに向かおうとするのを阻もうとした所で、投げナイフが立て続けに数本飛んできた。
―……このままじゃ手をだせないな。
ぶぉんっ!!ドゴォッ!!
 今度は鉄球が頭上をかすめ…唸りを上げながら敷石をえぐった。
「レフィル!オレとムーはこいつら三人を片付ける!」
 攻撃を仕掛けてきたキリカとレンに向けてドラゴンテイルで応戦しながら、ホレスはサイアスと対峙しているレフィルに向けて声を張り上げてそう言った。
「それまで持ちこたえろ!そいつに深追いは無用だ!」
「う…うん!」
 レフィルは目の前で稲妻の剣を手にしながらも身構えた様子もないサイアスに注意を向けながら、ホレスの言葉に頷いた。
「吹雪の剣をうまく使え!ヤツに太刀打ちするには…!」
「もぉっ!!余計な事ばっかり喋らないでくれない!?」
「…ち。」
 神官の女性…レンがモーニングスターを手に突進してきた所で言葉は途切れた。それに応じようと道具袋から火炎の魔法が込められた赤い宝珠を取り出したその時…
ごんっ!!
「きゃあっ!?」
 金色のドラゴンの拳が地面を打ち据えてレンの前を阻む壁となり、彼女の行く手を阻んだ。
『ホレスに手を出さないで。』