何が為に 第六話
「…て…てめぇ!?」
「…あんたらは……」
 表の道を避けて路地裏を通るホレスを見て、僅かに見覚えのある顔の男二人がその姿に明らかに驚いていた。
「……悪いが、先を急いでいるんだ。」
 しかし、当のホレスはそんな彼らに意に介さず…進もうと足を進めていた。
「野郎!!」
 全く相手にされていない事に腹を立てて、二人は彼の行く手を阻んだ。
「ふん、どうせまた下らない武器しか持ってないんだろ?だったら尚更相手にする価値は無い。」
「…っ!!」
 そんな二人に対して、ホレスは容赦の無い言葉を浴びせた。相手を怒らせ、冷静な判断力を失わせた所で隙を見い出して一気に切り抜ける魂胆である。
「…けっ…!どの道奴より先に見つけられたんだ。てめぇにゃここで死んでもらわなきゃなぁ。」
「奴…?」
―まぁいい、どちらにせよこいつらを何とかしない事には始まらない。
 返って来た答えに違和感をおぼえながらも、ホレスは現状を見つめていた。この狭い道に二人並ぶだけで十分進路の邪魔にはなっていた。おまけに向こうは自分を殺すつもりでいる。
―カリュー…あんたには悪いがここはそんな事を言っている場合じゃなさそうだぞ。
 この状況を戦う事無く切り抜けるのはやはり無理がある。強引に押しのけるにも巨漢のカンダタや甲冑に身を包んだマリウスであるならばともかく、痩身の体躯のホレスには無理な芸当に近い。そして、一刻を争う今、引き返す様な時間もない。
バチンッ!!
「…!」
 ならば手段を選んでいる場合ではない。ホレスは背中に差した雷の杖を取り、荒くれ者達に向けて振りかざした。杖の先から迸る電撃が一人を打ち据えて怯ませた。
「ふざけやがって!!」
 仲間を傷つけられて僅かに憤ったのか、もう一人が片刃の反りの強い剣で切りかかってきた。
―…仮面は使わないほうが良いか。
ギィンッ!!
 武器ごと斬られない様に…受け流す感覚で独特の形をした小振りの短剣…クナイでその攻撃に応じた。
「…く!逃がすか!!」
 そのまま切り抜けられて、ホレスが逃げ去ろうとするのを止めるべく二人はすぐに追いかけようと足を踏み出した。
シャッ!!
「…!?」
 その瞬間、ホレスは竹で出来た筒から先のとがった金属の小物体を無数に地面にばら撒いた。
「…あぐっ!?」
「ぎゃあっ!!」
 その武器に足を刺されて痛みのあまり飛び上がって後ろに下がった。
「…いだ…!!があぁっ!!」
「マキビシ…やはり使えるな。」
 マキビシ…元々は隠密が追っ手に対して撒いて使う類の武器として作られたものである。金属製のため一度に持ち運べる量は限りがある上に一回限りの使用に留まるが、それでも一撒きで相手の進路を広範囲に渡って阻めるのは大きかった為、こうしたトラブルに巻き込まれても最小限の手間で対処できる事からホレスはこの兵装をかなり気に入っていた。
「て…め……っ!?」
ドサッ…!
 ホレスが離れた位置から得体の知れぬ武器の効果を堪能している様子に苛立ちをおぼえ、飛び道具を投げつけようとした瞬間、男二人の体から突然力が抜けて、地面に倒れた。
「痺れ毒を仕込んである。どうやら効いているみたいだな。」
「な…に…!」
「言っただろう。急いでいるとな。」
 憎憎しげに睨み付けてくる男達を冷たい目で見下した後、ホレスは一気に裏路地を駆け抜けていった。

「ムー…レフィル…、何処だ…?」
 荒くれ者達を退け…ホレスは市場の方に辿り付いた。
「…騒々しい……。」
―……まるで戦争だな。
 間近に見える大きな屋敷の方向を中心に、大喧嘩というにも生温いほどの人間同士のぶつかり合いが繰り広げられている。
「下らない、そんな事で何の得が…」
ヒュッ!
「…!」
キンッ!
「……ち、誰だか知らないがさっきから…!」
 戦場にも似た様な状況を目の当りにして立ち止まっていた所に、何処からか鋭く研ぎ澄まされたナイフが飛んできたが、彼はそれを左手のドラゴンクロウの手甲で弾いた。
―あらあら…やっぱりアナタだったのね……どうしてこんな町まで来たのかしらねぇ。
「…ふん。それはこっちの台詞だ。」
 凶刃を投げ放った張本人は未だに姿を現さない…が、既にホレスはその存在を近くに感じ取っていた。
「キリカ……と言ったか。死神とか呼ばれているそうだな。」
―あら?アタシの通り名までわざわざ調べてくれたのねぇ。
 ポルトガで遭い、地球のへそでも致命傷を負わせてきた自分よりも艶のある輝きを持つ銀髪の刺客…”死神”と畏怖される暗殺者の女…。その声はまさに死神が振り上げた鎌の如く逃れる事も出来ず次第に近づいてくる…。軽い口調と裏腹に、それに含まれる身も凍るような殺気がホレスの体を射抜かんとしていた…。
―でもどうして…?あの時確かに心臓を…
「確かめもしていないくせに馬鹿を言うな。」
―やっぱりバケモノね…アナタ。
「……知った事か。」
 身構えながら毒づくホレスに茶々を入れながらも、結局とどめを刺し損ねた事が女にとって面白くないらしい。”死神”の名にかけて…と言うほどの気概はない様だが、放っておいても死んでいる程に痛みつけてやったにも関わらず生還しているのが信じられない様子だった。
「で…今更オレの命を狙ってなんとする?まだあの子を…それとも、オーブの事か。」
 地の底で探し当てた青い宝珠を横取りするべく襲撃してきたが、失敗に終わり今それはホレスの手にある。目的はわからないがそれを彼女が欲しているのは間違いない。
―それもあるけど、アナタの命でちょっとした賭けをしたの。先にアナタを殺せた方が50000ゴールド貰える賭けをね。
 しかし、それはどうやらついででしかないらしい。今度は自分の殺害そのもので利益を得ようとしている様だ。
―”奴”というのはこいつの事か。
 先程振り切った連中も、おそらくその”賭け”に乗ったのだろう。
「…下らない趣向だな。だが、そう簡単にやらせるとでも思ってるのか。」
―前に手も足も出なかったのに…随分偉そうな口を叩くのねぇ。
「………。」
 忌々しげに唾棄するホレスに、キリカは冷ややかにそう返した。二度に渡って戦ったものの、いずれも彼女にまともにダメージを与える事が出来ずに終わっていた。その事実を否定する事が出来ず、何もいえないままホレスはギリッ…と歯軋りした。

―離れて。

「…っ!!?」
 その時、小さくぽつりと…しかしはっきりとした口調で呼びかける様な声がホレスの耳に入った。
ザッ!!
―…えっ?
 一瞬まごついた様子を垣間見せながら、ホレスが急に形振り構わずその場を離れるのを、キリカはきょとんとして見ていた。

「…破滅の光……ベギラゴン」

―…!!
 今度はキリカにもその力ある言の葉がはっきりと届いた。

シュゴオオオオオッ!!

「…な…!!」
 灼熱の炎が二つ、逆方向から迫り…、前髪を少し焦がされて、キリカは呪文が聞こえた方向に身構えた。  
―あの子が慌ててたのは…!  
 予め打ち合わせていたのであれば、彼の驚愕に張り付いた表情は説明がつかない。おそらくはベギラゴンの呪文の詠唱がたまたま耳に入ったために驚いて回避行動をとったのだろう。
ブォンッ!!
「…く…!」
 炎が収まってすぐに、キリカの目の前を大きな物体が唸りを上げながら横切った。

「だから言ったはず。ホレスに何かあったら許さないって。」

「…メドラ…!?」
 それを振り回した張本人…赤い髪の少女を見て彼女は表情を凍り付かせた。
―どうしてこの子までここにいるのよ!?
 咎人と呼ばれる前身はダーマの精鋭を皆殺しにしてしまう程の底知れぬ力を秘め、なおかつ今は…ルザミにて出会った際に自分があの銀髪の青年を痛みつけた事を僅かに感じ取られて目をつけられた。まさに一番会いたくない相手であった。
「あなたはホレスを傷つけた。だから私は…あなたを許さない。」
 本人も自分の事をはっきりと憶えているらしい。

「地獄を見せてあげる。」

 鉄槌の様な外見の杖を軽々と操り、その先端をキリカに突きつけながら、その少女…ムーは無感情にそう言った。
「…く…!」
 凍りついた様な無表情でねめつけてくるその顔から…全てを焼き尽くす様な怒りを感じ取り、彼女は思わず後じさりしていた。

「イオラ」

「…!」
ドガァーンッ!!
 しかし、突然発生した爆発が彼女を逃さんと言わんばかりに押し戻した。
―エセ勇者ちゃん…!?
 呪文を唱えた少女…王冠にも似た銀色のサークレットを戴いた黒髪の少女がその掌をキリカへと向けている。
「………。」
 やがて、無言のまま蒼い剣を抜剣し…
「今度は…絶対逃がさない…!」
 顔を伏せたまま、怒りに震えた声でそう告げていた。前髪で双眸は隠されてその表情を窺い知る事はできない。
「レフィル……。」
 普段の彼女らしからぬ深い憎しみがその剣を握る手から感じられる様な気がして、ホレスは物憂げな表情をあらわにした。
「やめておけ、二人とも。こいつの狙いはオレだ。お前達が関わる事じゃない。」
 それぞれの武器を構えている少女二人に向けて、ホレスはなだめるようにそう告げた。…が、二人がそれに答える事は無かった。
―…オレの為の復讐など、下らないだけだというに。
 レフィルもムーも自分のせいで深い怒りにとらわれていると思うと、何処か自分が嫌になる様な気がした。それが彼を想うが故の行動とは知る由も無かったのだが。
「ふん…、集まれば随分強気じゃないの…。」
 そんな三人を見て、キリカは鼻を鳴らして呆れた様にそう呟いた。
「でもね、仲間が居るのはアナタ達だけじゃなくてよ?」
 そして…ゆっくりと優雅な仕草で、唇に指を添えた。

ピュイイイイイイイイッ!!!

「…!呪文が来る…!」
 かつて自分達を襲った突然の雷撃を思い出してホレスはそううめいていた。
―ライ…
「…!!」
 ホレスの耳に…呪文を唱える声が聞こえてくる…。雷そのものを呼び寄せる完全なライデイン…それをまともに受けてしまえばまた全滅は確実である。

「マホカンタ」

「!」
 その時、彼が身構えている所に…下の方でぽつりとそう呪文が唱えられると共に、光輝く何かが頭上に現れた。

バチィッ!!
 直後、強烈な光が一瞬視界を遮った。
「…!?」
 しかし、怖れていた結果にはならなかった。自分達へと落ちてくるはずの雷はマホカンタの呪文がもたらした光の壁に跳ね返されて… 
バシュウッ!!ドゴォッ!!
「…どわっ!?」
「ぐぉおっ!!?」
「キャアッ!!」
 別の方に飛来してそこにいた者達を打ち据えた。
「跳ね返せた…!?」
「どんなに強力でもただの呪文だもの。タイミングを間違えなければできる、多分。」
「すごい…」
 凄まじい威力を持つ呪文を無傷でしのぐ事が出来たというある種の安堵も加わって、二人は赤い髪を持つ魔法使いの少女を感心の眼差しで見ていた。
「……で、いよいよお出ましか。」
 跳ね返された呪文は唱えた本人に対象が移るというマホカンタの効果を考えても、今雷が飛んで行った方に術者がいるとみて間違い無い。
「さ…サイアスさま!?」
 キリカもその方向に向かって慌てた様子で走っていた。
「くっそー…まさか跳ね返しやがるとは…。あちち…かっこわりぃ…。」
 サイアスと呼ばれた男は、雷を受けながらも特に大きな怪我無く立ち上がっていた。
「…え!?」
―サイアス…って…
 逆立つ黒髪を束ねる金色の額冠、その均整の取れた長身を覆う紫紺の外套の下に煌びやかでもなく、かといって別段無骨でなくとも強さを感じさせる様な傷だらけの鎧をまとい、大きな剣を背負っている勇者…そう呼べる威厳を感じさせる男…それが以前ロマリアで邂逅した旅人の青年と同一人物なのか…。
「…ああ。ヤツはあの女の仲間だ。気をつけろ。」
「……あなたを傷つけた人たちに手加減はしない。安心して。」
 レフィルが驚いたのに対してホレスが二人に注意を促すと、ムーは理力の杖を握る手の力を更に込めて、その男…サイアスを初めとする面々を見据えていた。
「…へぇ…生きてたんか…。キリカに狙われて生き延びたのはお前さんが初めてじゃないか?」
 サイアスは三人に睨まれながらも特に怯んだ様子は無く、ホレスに向かって軽い口調でそう言った
「……ふん、知った事か。そもそもそっちが勝手に売ったケンカだ。」
 そんな彼に、ホレスは冷ややかにそう言葉を返した。少なくとも自分達がそのキリカという女に命を狙われる筋合いは無い。
「だとよ。…やれやれ、俺だって正面切ってやりあうのはゴメンだっていうのに。」
「だってぇ…勇者って言ったらサイアス様一人で十分なのにねぇ…どうしてアナタ達みたいなのがいるのかそれこそ不思議でならないわよぉ。」
 サイアスが彼の返答に肩を竦めながらキリカへと話を振ると、彼女は甘える様に猫なで声で悪びれもなく言葉を返した。
「……お前、まさか他の勇者も…」
 キリカの口ぶりから、ホレスは容易にその結論に行き着いた。”勇者”と呼ばれる者は何もサイモンやオルテガばかりではない。それを志そうとする者達も、ポポタに限らず世界中に数多いる。しかし、ホレスは彼らの噂を久しく聞いていなかった。おそらくはレフィルが旅立つ以前からこの女が影で根こそぎ闇へと葬り去っていたのだろう。
「サイアス様の邪魔になるコ達を始末するのがアタシの役目だもの。ねぇ、サイアス様ぁ。」
「おいおい…意図的にやるのも問題あるだろうが。まぁ…この程度の死線を抜けられねぇようならそれだけの話なんだがな。」
「あらぁ、厳しいお言葉ねぇ。でも、ダイスキ。」
 サイアスはキリカの行動を良く思っていなかったらしいが、別にそれを咎めるつもりもないらしい。その様子を見て、ホレスは顔をしかめた。
「…全く…よくこんな失礼な男をここまで信じられるものよね…!」
「ふぇっふぇっふぇ…全くじゃのう。こんなボンクラめをのぉ。」
 そんな彼を横目に、仲間と思しき緑のローブの老人と女の神官がサイアスへと痛烈な言葉を投げかけていた。老人の方はともかく、神官の方はあまり彼の事を良く思っていないらしい。
「あー…うっさい、ったく…仲間に恵まれねぇなあ…俺…。やっぱ正直勇者辞めたいわ…。」
 容赦のない言葉に、彼は肩を竦めて頭をかいていた。出で立ちからくる威厳はその様子から台無しになっていた。
「まぁこれほど見てて面白い奴らはいないからねぇ…。まぁあんたらもだけど…よっ!」
 暫し落胆したようにうつむいた後、喉を鳴らして失笑しながら…サイアスの右手は背中の大剣の柄へとかけられていた。
「……!」
ガシャッ!!
 鞘から抜き放たれたのは…黄金の輝きを放つ奇妙な形の刃を持つ剣の様な武器だった。
―あの剣は…!!
 それはまさに稲妻そのものを剣の形に集約したような神々しさを持つ剣だった。
「稲妻の剣…!!」

 稲妻の剣
 魔法によって雷の力を付加された黄金の剣。
 劣化に強く、材質から想像つかぬ程の強度と切断力をもつため、究極の名剣としても名高い逸品。
 
「ホレス…??」
 サイアスが手にする剣に目を見張っていたホレスに…レフィルは彼が何を思っているか量れず、目を丸くしていた。
「…全く、任務とはいえこんな所に滞在してんのも辛いものがあるぜ…。」
「…任務…だと?」
「悪いがあんたらに話す義理はないね。」
 意味深な言葉に目を細めたホレスをそう制しつつ、サイアスは後ろに控えるローブを纏った老人を見据えて…
「今の所は…な!」
 空いた左手で彼に合図を出した。
「…!」
カンッ!!
 ホレス達が動き始める前に、老人の杖が地面を叩いた。
ブワッ…!!
「これは…!?」
 同時に地面から…強風の様な空気の流れがその場の七人へと吹き付けていた。
「転移の陣…!」
「なに…!?」
 辺りを見回すと…サイアス達と自分達を囲む様に、光の魔法陣が描かれていた。気付けば足元にも光の線が現れ…やがてそれらの光が最大限に達し…魔法陣の内を完全に包み込んだ。