何が為に 第五話
「あの小娘を出せ!」
「牢から逃げやがって!往生際が悪いぞ!!」
「今までてめぇの良い様に俺達をこきつかいやがって!!いい加減アタマきてんだよ!!」


「…く…!早速きやがったみたいだぜ!」
「……。」
 屋敷の門前に集まってきた民衆の怒声に、町長の少女を初めとする数人の町の中心を担う者達の間に戦慄が走った。
「警備は何をやっている!!」
 守るべき者が不在の門は無防備に叩かれ続けて、今にもこじ開けられてしまいそうだ。
「駄目です!皆動きません!数人はこの場にもいないもよう!!」
「…くそ!肝心な時に動かねぇとはなんてヤツだ!!」
「あの雇われ連中…やっぱり裏切ったのか…?薄情な連中め!」
 おそらくは自分達を良く思っていない者の誰かが守衛の兵達を裏で動かし、その情報を上手いように流したのだろう。例の傭兵達の信頼を捨ててでも金に執着する者達の心理をたくみに利用して、また…今の苦境に翻弄される皆の不満に働きかけて…潰しに掛かる算段は以前よりなされていたのかもしれない。


「おらぁ!!どきやがれ!!」


「……!?」
 不意に、外で一際太い声での一喝が…辺りの喧騒を一時的に止めた。
―カンダタさん……!?
 それはハンをしてもそうおもわせる程の威厳ある一声だった。
「あれは……!」
 ざわめきが生じる中、門の前に数人の逞しい体躯をした男達が立ちはだかった。
「カイルのアニキと一緒に働いてた奴らじゃねぇか!」
 果たしてそれは古参の者達を中心とした開拓者達の面々だった。


「てめぇらあああっ!!何やってやがる!」
 彼らは門を叩き壊そうとしている者達を強引に引き剥がしながら民衆の前へと姿を現した。
「…!?何だおまえら!?」
「邪魔するな!」
 乱入してきた者達に、民衆は苛立ちをあらわにして口々に罵声を浴びせた。
「何でもかんでも町長さんのせいにしてんじゃねぇっ!!」
 殴りかからん勢いの町民達に向かってそう怒鳴りつけて黙らせた。
「…はっ!筋肉バカ連中に何がわかるってんだ!!」
「うるせぇ、青二才ども!!てめぇらこそ何も分かっちゃいねぇだろうが!!」
 群集の先頭に立つ男が皮肉を浴びせて尚も、開拓者の男は引かずに切り返した。
「あの嬢ちゃんがどんな気持ちでんな厳しい事言ってきたと思ってんだ!全部はこの町…いや、俺達の為だろうがぁ!!」
「だったら何で俺達は…!」
「てめぇらはただケチばかりつけてるだけだろうが!!甘えんじゃねぇ!!」
「何が甘えてるって!?アタシらはもう限界なんだよ!!こんな無意味に高い税金!!それでアタシ達に何か返って来たかい!?」
「それが甘えてるって事だろうが!!てめぇらが好き放題言ってるせいでどんだけイヤな町になっちまったと思ってるんだ!!」
「なっ…!?それはあの女が…!!」

「黙れぇえっ!!これ以上あの人を侮辱すんじゃねぇえっ!!」

 暫くは激しく言い合っていたが、町長の事を言われて…開拓者の一人が上げた怒号によって、一気にあたりは静まり返った。
「…ンだよ、このちょっとばかり図体デカイからって調子のってんじゃねぇよ。」
「そうよ!いつまでもアンタ達が威張ってられると思ったら大間違いよ!!」
「言ってくれるじゃねぇか!小僧ども!!」
「前々から気にいらなかったんだよ!ずっと我が物顔しくさって…!やっちまえ!!」
「上等だぜ!!全員まとめてかかってこいや!!行くぜ野郎ども!!」
「「「「おぉ!!」」」」
 もう幾ら話していても無駄だとお互いに悟り…衝突するのにそう時間はかからなかった。


「おいおいおい!無茶しやがって!!」
「…でも、おっちゃん達…あたし達に味方してくれてんだね…。」
「おぅよ!良かったじゃねぇか、町長さん!」
 町長の屋敷の中から一部始終を見ていた者達は、救援者の到来に一気に気分が高まっていた。
「みんな…どうして私のためなんかに…。」
「なぁに水臭いこと言ってんだよ。なぁ、ハンのおやっさん。」
 目の前の光景が信じられないという様子の町長の少女に、一人が苦笑しながらハンにそう話を振った。
「あなたはこれまで町長という重い立場で悩み抜いて…あらゆる決断を下してきました。それに身を委ねてきたのは皆同じ事ですよ。」
 町を支えきれなかったという責任こそあっても町長の少女には害意は無く、牢の中に逆戻りして罪を贖わなければならない様ないわれはない。彼女一人に怒りを叩きつけて八つ当たりさせる様な真似はさせたくないのはここに居る者だけが思う所ではない。だからこそ彼らも集まってきたのだ。

ドガァーンッ!!ガシャーンッ!!

「…!!まずい、門が!!」
 どうやら開拓者達だけでは民衆の勢いを防ぎきれなかったらしく、門がその欠片を撒き散らしながら倒壊した。
「みんな!!」
 イオ系の呪文によって破壊されたらしく、それによってまとめて吹き飛ばされた開拓者達が庭の方へと転がり込んできたのを見て、町長の少女は悲鳴を上げた。
「大丈夫、おっちゃん達は無事だよ!それよりここも危ない!」
 彼らは一度は倒れていたが、すぐに立ち上がり怒涛のように押し寄せてくる者達に微塵も恐れずに立ちはだかっていた。しかし、多勢に無勢で…突破されるのも時間の問題だった。
「…ふむ、最早引き返せないか…。」
 事が起こってからずっと部屋の片隅で静かに佇んでいた鋭い雰囲気を纏う武闘家風の男…ジンがその様な状況を見てようやく動き出した。
「よし、俺が奴らを牽制してこよう。多少の時間稼ぎにはなるはずだ。」
 彼は窓からバルコニーの淵へと乗り、庭に向かって飛び降りた。直後、雄叫びとも取れそうな声が響き渡ると共に、喧騒の流れが変わった。
「頼むぜジンさん!!」
「頑張って!その調子でおっちゃん達を助けてやってよ!」
 見下ろすと、ジンが数人の敵を瞬く間に打ち払っている様子が見えた。その活躍に相手側に威圧を与えるに十分で…彼を囲むようにして数人がその場で立ち止まっていた。
「俺らも行くぞ!どうにか奴らを止めるぞ!」
「よし!入り口を固めるぞ!まず玄関だ!急げ!」
 ジンが乱闘へと乱入した事で、この場の全員も行動を始めた。皆部屋から出て、玄関へと向かった。
「…私…もう町長はやっていけない。」
 既に暴動にまで陥ってしまった為、もうこの騒ぎを隠しとおす事は出来ない。それがどのような方向に向かおうとも…自分がこの座にいられないのは目に見えている。それでも皆…そんな自分を守ろうとするのは何故なのか…。ただ一人部屋に残された町長の少女は…皆に聞こえぬほど小さく呟きながら…その場でうつむいていた。



「ああ?」
 目の前の黒髪の少女が地面にへたり込みながら忌々しげに呟いた言葉に、彼女を突き飛ばした男は眉を潜めながら振り返った。
「なんだ、てめぇ…今何っつった?」
「……。」
 全く的外れな怒りを露わにしながら…彼はレフィルへと凄んだ。しかし…少女は何も応えない…。
「あぁ?なんだてめぇ……やんのかコラ…」
 その行動に…更に苛立ちを深めたらしく、男も懐剣に手をあてていた。
―…もう……嫌…
 このとき…悪鬼のような形相で睨みつけてくる男の理不尽な怒りに駆られている一方で、それ以上に…どうしようもない程の暗い感情がレフィルの心を占めていた。
「……。」
 いつの間にか、レフィルは腰に差された吹雪の剣の柄に手をかけていた。おそらく男はそれを見ていきり立ったのだろう。
ごんっ!!
「…ッ!?」
 しかし、それが抜剣される事は無く…鈍重な響きの音が鳴ると共に、男は頭を抑えながらうつ伏せに倒れた。
「ム…ムー…!?」
 男が倒れた後ろから、その身の丈を超える長さの杖を携えた赤い髪の少女が現れた。どうやら彼をなぎ倒したのは彼女らしい。その一撃が余程痛かったのか…呻き声を上げながら地面にのた打ち回っている。
「迎えにきた。」
「あ…ありがとう…。」
 短く告げられた言葉に対して礼を言いながらも…レフィルはあまりに突然の事に驚きを隠せない様子だった。
「余所者が!!」
「…!」
 その時、叩きのめされた男の仲間と思しき一団がレフィル達の目の前に現れた。
「あ…あんたねぇえ…!!」
「てめぇらも俺達の邪魔を…」
 彼らのうちの数人が怒りに任せて言葉を投げかけようとしたのを…
「うるさい。」
 ムーははっきりとただ一言でそう遮った。
「バシルーラ」
 そして、間髪入れずに一人に向けて掌をかざしつつ呪文を唱えた。
「……っ!?…うぉああああっ!!!」
「「…なっ!?」」
 バシルーラの呪文が発動し、彼は風前の塵の如く呆気なくその場から吹き飛ばされた。
「私達は関係無い。八つ当たりなら他をあたって。」
 呪文を唱えたその体勢そのままで…ムーは残りの者達へとそう告げた。
「「………。」」
 小柄な少女によってもたらされたにしては理解しがたい状況に呆気に取られて、暫くは仲間が放り出された方向を呆然と見ていたが…
「だぁああ!!このクソガキャアアアアア!!」
 自棄になったのか、一人が激昂しながらムーとレフィルへと踊りかかった。それに倣って数人も後に続いてきた。
「出て行きなさいよぉ!!ここは元々アタシ達の町なんだからね!」
「つーか死ね!!見てて鬱陶しいんだよ、てめぇら!!」
「…く…!」
 殺気を全面に出して自分達へと突進してくる者達に一瞬たじろぎながら、レフィルは吹雪の剣に手をかけた…
ゾク……
「…っ!」
 その瞬間…妙な悪寒を感じて、柄に触れた左手を引いていた。

『あの人達はあなたを殺そうとしてるんでしょう?』
『あなたに牙をむいたのなら、相応の報いを受けるべきなのよ。そうでしょう?』
『今更何を躊躇うの?あなたは元々もう後には戻れないのよ。』

―…駄目…今は……!
 悪戯に剣を抜いたところで人を殺めてしまう事にもなりかねない上に、どのみち一気に押さえ込まれてしまうのがオチである。いきなり大勢で来られてしまっては少なくとも今のレフィルでは何もできない。胸の内で昂ぶる激しい…それでいて静かで冷たい感情を押さえるので必死で彼女はその場に座り込むしかなかった。
「ムー…!」
 うめくようにそう呼ぶ頃には、既に殆ど距離は無かった。男がムーを捕まえようと手を伸ばしてきた…

「邪魔しないで。」

 …が、ムーは全く慌てた様子も無く、襲い掛かってきた者へと短くそう告げ…
「バギクロス」
 直後、いきなり呪文を唱えた。

ゴゥッ!!!
 
「…ぬぉっ!?」
 彼女が前に突き出した小さな手から突風の様なものが迸って、それが巻き起こす砂塵が相手の動きを一瞬止めた。

ブワァッ!!!!

 そして、少しタイミングが遅れて…辺りの空気が膨れ上がる様に暴風が巻き起こり、敵全員を一気に飲み込んだ。
「うわあっ!?」
「な…!?」
「どぉわっ!!」
「きゃああああっ!!」
 全てを押し流さんばかりの勢いの風を前にその場に留まる事はかなわず、彼らはまとめて吹き飛ばされた。
「ム…ムー……??」
 何のためらいも無く最大級の呪文を使って相手を捻じ伏せた一部始終を見て…レフィルは驚愕で開いた口元を抑えながらムーを見た。言いたい事は色々ある様な気はしたが、言葉が続かなかった。
「ピオリム」
 そんな彼女をきょとんと見上げるのも程ほどに、ムーは加速呪文ピオリムを唱えた。
「今のうちに離れる。」
「は…はい!」
 相変わらずの短くもはっきりとした言葉をかけられ、レフィルは思わずぴょこっと跳ね上がりながら慌てて後を追った。
―…でも……どうして…?
 同じ呪文を神官オードが唱えていたのを見たことがあるが、その時は大きな竜巻が発生していた。しかし、今はただ凄まじい強風が巻き起こり敵を吹き払ったのみであった。或いはそれが彼女なりの情けなのか…。

 その暫く後で…
「くそ!逃げやがったか!あのガキどもが!!」
「…テテ…!あんな呪文使いやがって…!今度会ったらあの兵隊どもに突き出してやる…!」
 道の両端で買い物客や商人達がざわざわと騒いでいる中…ムーのバギクロスによって地面や壁に激しく叩きつけられた者達がよろよろと起き上がりながら口々に苛立たしげに毒づいた。
「ちょっとまって!誰かくるわよ!」
「…あぁ?」
 体勢を整え、再び集まり始めた者達は…仲間の女の呼びかけに、その指差す方を見た。

「ハンさんとカイルさんが作ったこの街をあの分からず屋連中なんかの良い様にさせるか!」
「そうよ!!これからって時じゃないの!!」
 
 そこに現れたのは別の民衆の一団だった。

「行くぜぇ皆ぁ!ハンさん達を助けるぞ!!」
「「「おぉっ!!」」」
「「「あいよ!」」」

 先頭に立つ男の号令の様な意気軒昂な声に、後ろの皆も揃ってそれに応えた。
 
「…くそ!あいつら…!相変わらずあのクソ町長の肩持ちやがって!」
 自分達と逆の目的で決起した者達を見て、誰かが舌打ちしながら忌々しげにそうはき捨てた。
「…おい見ろ!あれ…計画に賛同したヤツだよな!?裏切りやがったな!!」
 相手の一団の中に見覚えのある顔があったらしい、動揺と憤りを隠せない様子でまた違う誰かがそう叫んでいた。
「おかげさまでな!カイルさんの名を出されてすっかり目ぇ醒めたぜ!ただ権利ばっか主張するだけのバカにはなりたくねぇからな!」
「…ヤロウ…!!」
 対峙した民衆による二つの対立が頂点に達し、更なる騒動が巻き起こるのにはそう時間はかからなかった。


「…騒がしいな。」
「……ん?…ああ。どっかで喧嘩でも起こったんじゃねぇか?」
 武器屋を出て早々、ホレスは辺りから顔をしかめていた。
「…いや、喧嘩というには…暴動…か。」
「何ぃっ!?」
 ホレスの耳に、遠くからの怒号や悲鳴…そして剣戟までもが入ってきていた。只ならぬ事態が起こっている事は想像できる。
「おいおい、どの辺だよ!?」
「ここから右前方に離れた…丁度町外れの辺りか。」
「げ!それって町長の嬢ちゃんの家周辺じゃねぇか!!」
 ここにきてまもないホレスにはただそちらから聞こえてくる…と言った程度の意味でしかなかったが、町作りに関わっただけに、久しく来ていない場所でもある程度の土地勘があったマリウスはそれを聞き…町長の身に危険が及んでいる事をすぐに理解した。
「…というかホレス!レフィルちゃんは買い物に出かけてたんだよな!?あの娘も多分近くにいる!下手すりゃ巻き込まれちまうぞ!!」
「何?」
 騒ぎが起こっている方に耳を傾けていたホレスは、その言葉で初めてマリウスの方を向いた。市場も町長の家の近くにあるのだろう、買い出しに行くとなるとそちらにいてもおかしくない。
「…そうか。ならば念のため向かった方が良さそうだな。」
 しかし、ホレスは特に慌てた様子も無く身の回りの物を確かめ始めた。
「お…おい!ね…念のためって…」
 レフィルが危ないと知らされても至って落ち着いた様子で行動するホレスを見て、マリウスは思わず言葉を濁していた。

「いたで!」
「はっは、ようやく見つかりましたな。」
「ふふ、これでも思ったより早かったんじゃない?」

「!」
 ざわめきの中で、ホレスはふと…聞き覚えのある声でのやりとりを感じ取った。
「あんたら…どうしてここに?」
 いち早く彼ら三人の気配を感じ取ったホレスが、その方向へと向き直ってそう呟いていた。
「ホレスぅー!!迎えに来たで!無事かぁ!!」
 カリューはホレスへと大声で呼びかけながら駆け寄った。
「オレには迎えの必要は無いが…」
 何故迎えに来られたのかがいまいち自覚できず、ホレスは首を傾げて小さくそう返していた。
「ありゃ…って、心配かけといてなんちゅう態度や!?」
「いや、マリウスがいるから心配は無いと思っただけだ。」
「あぁ…さよか。」
 つまりはマリウスと共にいる以上、迎えに来る必要は無いと言いたいのだろう。
「ムーちゃんに言われてきたんやけどね…この様子じゃあ心配あらへんか…。」
「ムー…が?」
 心配して損したと言わんばかりのがっくりとした様子で語るカリューの言葉の内容に、ホレスは目を細めた。誰かが自分達と合流する様に提案したのは予想はついていたが、それがムーの言葉だとは思わなかった。
「ふふふ、あの子ってばねぇ。ところでホレス君。当のあの子はレフィルを迎えに行ったわ。多分まだ市場の方にいると思うけど。」
「ああ。あっちで騒ぎが起こってるみたいだからな…。オレよりもあの子の方が心配なんじゃないのか?」
「お前が言う事かいな…。」
 レフィルが騒動の中心にいる事について言及された事へのホレスの反応に、カリューは溜息を付きながら肩を落としていた。
「ホレス君の言うとおり、あの子達も拾ってあげた方が良いんじゃない?メドラもレフィルも結構トラブルに巻き込まれそうだし。」
「ん…せやなぁ……。ムーちゃんも何しでかすかわからへんしね…。」
 ムーの普段の破天荒な行動も、ホレスのあの暴挙にも負けず劣らずの危険性があり、或いは彼よりも目が離せないものであった。無論の事レフィルも、この不安定な状況の中で放って置けばどこまでも追い詰められてしまう恐れもあり、心配が尽きない。…もっとも、彼女において本当に怖いのはその先にあるのだが……彼らには知る由も無かった。
「…オレがここに誘導してこよう。」
「な…!?お前…!!」
 二人の事が気に掛かったのか、ホレスが市場の方に向かおうとするのを見てカリューは絶句した。
「ふぅむ…やっぱり良く分かっておられない様で。君が一番危ないと言う事をねぇ。」
「そうよぉ…ふふふ。」
「…あんたらな……。」
 ニージスの言葉そのものは自分の無謀にも近い行動を諌めるものであったが、メリッサ共々面白そうに笑っている所から寧ろ騒ぎに期待している様に見えて、ホレスは肩を竦めた。
「…が、確かに直接赴かずに二人に呼びかけられれば一番早いか。そうだな…”遠呼の法”でも使えればな。」
「おぉう…、そんなややこしい魔法を使う手間をかけてる暇も無いのでは…?」
「そうよぉ、魔法の聖水はあの子の件で切らしちゃったし必要な道具だってそろってないもの。第一すっごく疲れるのよねぇアレ…。ホレス君は使った事が無いから分からないみたいだけど…。」
 ホレスの提案に、ニージスとメリッサはやれやれと言った様子で苦笑いを浮かべていた。ホレスにも魔法の知識はある程度あり、レミーラの呪文をそれで形質変換できる程度のセンスもあったが、あくまで専門家にはほど遠い。扱うのが難しい、疲れるなどのクセのある魔法技術を自分が使えないにも関わらず軽軽しく言う様子に若干嫌になったのだろう。
「……だろうな。他の魔法とて今は使えないはずだろ?」
「はっは…、君も魔法を実際に使ってみては…?まぁ実際探し出すだけならば君一人に任せるのが一番手っ取り早いワケですが、その過程で面倒事に巻き込まれる事は十分ありえるわけで。」
「やれやれ…精々目立たない様にしろよ。」
「…ああ。気をつけるさ。」
 ニージスの言うとおり、街中に紛れ込んだ二人を探すとなると、ホレスの聴力を生かして迅速に探す為にも今度は単独の方が都合が良い。そして、先程まで半ば用心棒の様に共に町を歩いていたマリウスの忠告を彼は心に留めた。
「ええか、ホレス。無闇に喧嘩買うんやないで。そん時は早よ逃げるんや。」
「…分かっている。初めからそのつもりだ。」
 目的はレフィルとムーとの合流…および共に帰還する事である。カリューの言う悪戯に騒ぎを広げる様な真似をするなという事ももっともだが、元々無駄な時間を潰している程悠長にはやっていられない。ホレスは彼女等を迎えに行くべく先を急いだ。
「そうねぇ、私も空から探してみようかしら。」
「…ふむ、今は危ないのでは?」
 ホレスが去った後、メリッサが喧騒の方を面白そうに見ている様子に、ニージスが首を傾げつつ諌めるように正論を述べると…
「あら?私、危険な事って割と好きなのよ?スリルがあっていいじゃない。」
 彼女らしからぬ意外な答えが返って来た。
「はっは…ある意味ホレスよりも命知らずな様で。」
 騒動によって皆が気を張っている中では、箒によって空を飛んでいても下手な刺激になりかねない。
「もぉ…あの子じゃないんだから危なくなったら流石に戻ってくるわよぉ。」
「まぁそれがよろしいかと。」
 自分が関わった町で起こっている事に対して色々と思う所もあるのだろうが、メリッサが自ら危険や面倒事に飛び込んでいこうとする様子を見て、ニージスは何ともいえない面白さを感じていた。