何が為に 第四話
「裁きの杖に…こっちはルーンスタッフか…。しかし、凄いものだな…。」
 レンガ造りの店内に立てかけられた杖の一つを手に取りながら…ホレスは他の分類…剣、槍、弓や短剣等に至るまで、様々な武器が鎮座している様を見て思わずそう呟いていた。
「だよなぁ。やっぱり話題になってるだけあるぜ。」
 共に武器を眺めていたマリウスもホレスの言葉に同意していた。その店の内装は真新しい物ではあるが、ここで店を構えている者は相当なやり手らしい。この店で職人が打っている数も質も兼ね揃えられた武器や防具よりも、他から取り寄せられた数多くの種類のそれが一際目立つ。自己で客に合った武器を製作する実用性は勿論、純粋に珍しい品を集めている事がより客の目を引く事になりえる。
「見ろよこの武器。」
「ドラゴンキラー…か。」
 一行は宿で一泊した後、二手に分かれて情報収集へと向かっていた。本来ならばホレス一人でも然程問題にはならないが、昨日の件の事もあって…苦労性故の面倒見の良さからか、マリウスが彼の用心棒を買って出ていた。そして今は、たまたま通りがかった武器屋へと立ち寄った所である。
「こんな珍しい武器なんかよく置いてるモンだぜ。」 
 二人は棚に置かれた…手甲から刃が伸びた様な変わった形の…ドラゴンキラーと名付けられた武器に目を向けていた。戦士として武器に馴染んできたマリウスと、様々な武器を携えるホレスにとって、ここで話題に困る事は無かった。武器に関わる者同士という事もあって元々気が合うのかもしれない。
「…が、…オレには扱いきれないか。ここまで特殊な形状の武器になるとな…。」
 ドラゴンキラー…その名の通り、堅牢な鱗を持つ竜にも通用する破壊力を有するが、手甲と剣が一体となった様な長剣としては独特のフォルムを持つため、求められる技量や使う筋肉等の点をとっても使い手を選ぶ武器である。
「ああ?お前無駄に色んな武器持ってるからこういうのも好きかと思ったぜ。まぁいいけどよ。」
 背中に帯びた隼の剣や左腕に付けたドラゴンクロウとドラゴンシールドを初めとして、雷の杖、草薙の剣、ドラゴンテイル…爆弾石なども含めた物騒とも言える程の沢山の優れた武器を所有しているホレスも、ドラゴンキラーの扱いには少し難色を示している様だ。
「まぁ折角だし一つくらい何か買ってくか。親父、こいつをくれ。」
 マリウスは店主に代金を払って剣と盾を受け取り、身に帯びた。
「……へぇ、適当に選んだだけだってのに随分手に馴染むじゃねぇか。」
「良いモン選んだね。そいつは只の鋼鉄の剣じゃねぇぜ、兄さん。バイキルトやスカラと似た様な技法を施してあるから普通より頑丈に出来てるし、切れ味も中々良いぜ。」
「お、そいつは助かるぜ。最近随分ととんでもないバケモノと当たる事が多くてよぉ、剣持っててもすぐぶっ壊れちまうのよ。」
 トロルキングやバラモスといった強敵との戦いの際、身に帯びていた武具は失われて否応無く破壊の剣や嘆きの盾を使わざるを得ない状況に陥った。呪いの危険性がいつ跳ね返ってきてもおかしくないという不安要素の事もあるが、それらの外見の歪さなど純粋に気に入らない所もあって…正直最後まで使いたくない代物だった。それだけに、長く扱える頑丈な武器や防具の存在は彼にとって実にありがたいものだった。
「オレも爆弾石をどこかで補充しないとな。」
「ったく、…よくそんなアブナイもんを持ち歩けるな…。」 
 爆弾石は…一般に爆弾岩の欠片として知られているだけに、本家と同じく迂闊に衝撃を与えると爆発する為に慎重な扱いが必要である。携行しやすい様に多少その作用を押さえられてはいるものが殆どだが、それでも危険物である事に変わりは無い。
―やっぱり命知らず…ってのは変わらねぇな…。
 昨日は劇場に一人で聞き込みに行き、その途中で悪漢に絡まれたが逆に彼らから武器や金品を巻き上げて帰ってきた。仮面の力を借りて袋叩きを遮ったまではともかく、人質を取って恐喝してきた相手を圧倒してしまうと言うところが彼の豪胆な点なのだろう。ちなみにその時の戦利品には然程優良な品は無かったのでくず鉄として全てこの武器屋に買い取ってもらい…2000ゴールド程になったという。
―随分と良心的な値段で買ってくれたものだな…。下らない武器だったからな。
 一方のホレスは、くず鉄として溶鉱炉の中に放り込まれる先程売り払った錆だらけの武器を見て嘆息していた。元の質はどうあれ、ろくに手入れもされていないなまくらな剣や斧などを修理する技術も無い状態で持っていても邪魔でしかない為に、それらを手放す事に躊躇いは無かった。


「…ふむ、あれが昨日ホレスが殴り込みをかけたっちゅう劇場かぁ…」
「殴り込んでないのでは?」
 華やかな音楽が聞こえてくる大きな建物の側で、カリューがそれを眺めながら発した言葉に、ニージスが苦笑しながら軽く反論した。
「そうよぉ。あれは不可抗力でしょ?」
「ああ…せやったか…。」
 外に出るときには小競り合いになったが、劇場内では普通に聞き込みをしていただけなので殴り込みではない。それに、先に手を出したのは相手側であって、あくまでホレスは降りかかる火の粉を払っただけに過ぎない。もっとも、もっと穏やかに対処する術は或いは幾らかあったはずだが…話で聞く限りでも十分に物騒なやり取りをしている様に思えてしまうのも無理も無いのだろう…。
「…んん?ムーちゃん何処行ったん?」
「あら、ホント。ちょっと目を離すと…」
 この場に居た三人…カリュー、メリッサ、そしてニージスは…辺りを見回していた…

ドカッ!!バキッ!!ゲシッ!!
「あだだっ!?ぎゃぁっ!!」

「「「!」」」
 その時、激しく何かが打ち付けられる様な音と共に、男の悲痛な悲鳴が聞こえてきた。
「……あれは…」
「…あらら…相変わらずねぇ…。」
「ですな。」
 そちらに振り返ってみると、赤い髪の少女…ムーが手にした杖をしきりに振り回して、地面に伏せている男を叩きのめしている様子が見えた。
「…な…なんだ!?このガキ!?」
 その勢いにたじろいで後じさった男に向けて一気に跳躍し…
「…げ!」
ズゴッ!!
「あぎぇっ!!」
 ムーはその男の脳天に渾身の一撃を叩き込んだ。
「……。」
「…っ!?」
 大きな杖を構えて自分達を見ている年端の行かない外見の少女が放つ無言の圧力に耐え切れず…ごろつき達は倒れた仲間を置いて逃げ出した。
「はっは…君一人で彼ら四人を相手にしてたので?」
「……おっそろしい子やなぁ…。咎人言われたんも頷けるわ…」
 理力の杖という得物を持っているとはいえ、線の細い子供の様な少女が腕に覚えがあるだろうそれなりの体躯の男四人をたった一人で撃退したのは…やはりその実力の賜物と言えよう。
「そっちは何かあった?」
 自分が倒した者達に目をくれずに、ムーはニージス達へと歩み寄りながら彼らにそう尋ねた。
「今のところは何もないみたいよ。でもそうねぇ…さっきから人がいやに集まってるみたいなのよねぇ。騒ぎでもあったのかしら?」
「私の?」
 劇場から去り行く自分達に浴びせられる奇怪な者を見るような幾多の視線を一瞥しつつ、ムーはメリッサに首を傾げた。
「それもあるけど、別のところで何かあったみたいね。」
「……動きがあったのでしょうかねぇ。そうだとしてもおかしくはなさそうですな。」
 どうやら騒ぎの発端は自分達だけではないらしい。
「…あれは、町長さんのおうちの方向ね。」
 数十人規模で、町民達が町の大通りの中央をズカズカと歩いている。
「ふむ……こちらには来ないとなると、やはりメリッサが仰ったとおりの様で。」
「…って待て待てぇっ!?それってかなりアカンとちゃうっ!!?」
 彼らが大挙して町長の屋敷に向かうと聞けば、ホレスから聞いた話からも…何が起こってしまうか大体想像がつく。もし今革命の様な事が起こってしまえば、町どころか…外来の自分達も巻き込んだ騒ぎにもなりかねない…が、何より町の中心となって働いてきた者達の一人であるハンの身も危ぶまれる。
―…ハンのおっちゃんはどないするね!?
 恩人が危険な目に遭うのを静観できるほどカリューは非情にはなれず、表立ってうろたえていた。しかし、ニージスやメリッサも…何も言わずこそあるが、心中穏やかではない様子らしい。
「…レフィルは?」
 町民達が側で歩いている中、ムーは三人に向かってそう尋ねた。
「買出しに行ってるわね。うーん…あの子を一人にしちゃったのは少しまずかったかもしれないわねぇ…。」
 世界樹の里に至るまでに壊れた船と共に使い物にならなくなってしまった分の物資の補給を兼ねて、レフィルは他の六人とは行動を別にして市場の方に買い物しに出かけていた。
「…あちゃあ、確かにせやなぁ…。ホレスもホレスやけど…あの子…まだ子供だけんね…。」
「そうねぇ…。あの人たちももちろんだけど…兵隊さん達とも揉めてなきゃいいけど。」
 戦士としての頭角はある程度現れ始めてはいるものの、優しさゆえの気の弱い性格は未だ変わらない。そんな彼女がひとたび騒ぎに巻き込まれてしまえば、おそらく何も言えないままそれに翻弄されてしまう事だろう。
「一度集まった方がいい。はぐれたまま騒ぎに巻き込まれてからじゃ面倒。」
「ですな。」
 マリウスが共に居るであろうホレスはともかく、レフィルとは確実に合流しなければ後で面倒な事にもなってしまうかもしれない。
「…私はレフィルを迎えに行く。あなた達はホレスをお願い。」
 ムーは理力の杖を下ろすと、三人にそう告げてすぐに走り去っていった。
「……あの子も一人にしちゃいけなかったかしらねぇ?」
「はっは、別の意味でね。」
「…何かムーちゃんの扱いがえらい事になっとるの気のせいやろか…?」
 有無を言わせる前に市場の方へと向かったムーを見て苦笑するニージスとメリッサに…カリューは複雑な心境だった。無表情で小柄な体格という地味な外見から想像もつかないほど…先程暴れた様に、普段から色々な所で目立つ行動をしているが…?


「……えっと、これだけ下さい。」
「毎度ー!良いモン選んだね、お嬢ちゃん!」
 黒い長髪の少女が色々並べられている中から取った品々を感心した様な目で見ながら、店番の男は彼女の手から代金を受け取りその中の幾つかの品物を丁寧に包んだ。
「…よいしょ…っと…流石に重かったかな…。」
 干し肉などの保存食に加えて、ある程度の新鮮な食材が大きな買い物かご一杯に詰め込まれている。
「でも、これだけ買っておけばしばらく大丈夫だよね。」
 レフィルはホレスやニージス達とは別に、商店街の方に訪れていた。帯剣こそしているものの、買い物かごや紙の袋を手にして歩く姿は何処にでもいそうな家庭的な少女と見て違和感は感じられなかった。勿論…年頃の少女の護身用としては普通は短剣や針の様な小型の武器が流通している中で、吹雪の剣は流石に物騒にも程があるのかもしれないが。
「…あ、そうだ。胡椒も買わなきゃ。……ここにもあるかな…?」
 買い物かごの中身をしばらく眺めているうちにまだ足りない物がある事に気が付いて、レフィルは辺りを見回してそれが売っているであろう店を探した。

「邪魔だ!」

「…え…っ!?」
どんっ!
「きゃあっ!!」
 しかし、怒声と共に思い切り突き飛ばされて…成す術も無く地面に叩きつけられた。
「……いたたた…」
 思い切り打ち付けた額をさすりながらレフィルはゆっくりと起き上がった。目の前で…大勢の地元の者と思える老若男女が怒涛の如く押し寄せる様な勢いで何処かへと向かっていた。
「あーあ…折角王様から頂いたお金で買ったものなのに…」
 派手に転んで手荷物から中身が転がってしまい、幾つかの物は今通っていった大勢の者達に踏まれて使い物にならなくなっていた。
「どけっ!!」
「…!」
 落とした物を拾おうとした時、別の男がレフィルへと怒鳴りつけてきた。そうしている間にも、レフィルが買った野菜の類が滅茶苦茶に踏みにじられていく。
「…なんなの…?もう…」
 突き飛ばされて折角買ったものを台無しにされた挙句…謝られるどころかただ邪魔者扱いされて罵声を浴びせられた。…それだけの事から湧き上がる行き場の無い感情から…レフィルは泣きそうになっていた。
「……いい加減に…してよ…。」
 直後…声を震わせてそう呟いていた。