何が為に 第三話
「……くっそー…何だったんだ…!?あのガキは…!」
「急に固くなりやがって…!ワケ分かんねぇし…!」
 日は既に沈み、深い藍色の夜の帳がすっかり空を覆い尽くした時…裏路地の一角にぼんやりと淡い光の元に四、五人の柄の悪い男が集まっていた。
「オマケに殺されかけたぞ…爆弾石なんか投げつけてきやがって…!!」
「っていうかどうして気が付きやがったんだ…?」
 居合わせた者の殆どが重傷か軽症の違いはあれど、傷を負っており…軽い火傷から包帯で患部を覆う程の者までがいた。回復呪文の心得のある者が自分含めて皆の傷をベホイミで癒している。
「…気が晴れねえ…!絶対ぶっ殺してやる…!」
「アニキ……」
 首元に引っかき傷の様なものを負った大男が…その大きな肩を震わせながら憎憎しげにそうはき捨てたのに対して、爆発に巻き込まれて重傷を負った小男が回復呪文の光の中で心配そうに彼を見上げていた。

「面白そうな話をしてるわね?」

「…!」
 傷を癒している中で、荒くれ者が集うこの場に不相応な艶やかな女の声が…闇の中から聞こえてきた。
「またいつの間にか出てきやがったな…、この女狐が…!」
 男の一人がレミーラの呪文の光を広げて…その声の主を照らし出した。それは…黒い衣服に身を包んだ…褐色の肌の銀髪の女であった。
「あらぁ…随分嫌われてるのねぇアタシ。」
「よく言うぜ…!死神とか何とか言われてやがるが結局はただの…」
「卑怯者ってのはアナタ達も同じじゃなくて?」
 罵声に対する女のぴしゃりとした指摘に…その場の全員が黙った。だが、余計に気を害したのか…皆が女へと…憎悪に満ちた表情の顔を向けた。
「…で、今度は何があったのかしら?」
 それを全く気にした様子も無く、彼女は話を切り出した。
「…クソガキにしてやられた。」
「…あら?誰それ?」
 単純に返された返答に込められた感情は容易に感じ取れたが、その”クソガキ”が一体何者なのか、余計興味が尽きなかった。
「……仮面を付けた黒ずくめの小僧…あんたと同じ銀色の髪をしたヤツだよ。」
「…え?」
 彼らにとっての怒りの元凶…その特徴を聞き…女はその顔を凍り付かせた。 
「…どうした?」
「え…ええ、何でもないわ…。そうよ…まさかあのコなワケないし…。」
「??」
 彼女に先程までの余裕に満ちた艶笑は無く、心底驚いた表情を一瞬現した
「……でも大した物よねぇ。アナタ達四人が囲んでも畳み掛けられないって。」
 名のある冒険者でもなければ…おそらくは戦士ですらない少年にでもやられたのだろうが、そんなどこぞの俗物にやられる程彼らも弱くはない。事実彼らは叩きつけられた結果…傷を負わされて武器と有り金を奪われた現状に彼らは全く納得していない。
「…仮面つけたら急に体が固くなったって言ったわねぇ。」
「ああ。どうなってやがんだ…ありゃあ…。」
 自分達の武器を弾いた全く得体の知れない力…その存在にも余計苛立ちが深まるばかりである。仮面が引き金となっているのは間違い無いが、それに余程の術が施されているとも考え難い。たったそれだけの事で、自分達を捻じ伏せたと思うと、彼らはいても立っても居られなかった。
「面白そうな話よねぇ。」
「面白いも何もあるか!あのガキは俺の手で必ずぶっ殺す…!!ナメられっぱなしでたまるか!」
 一通りの事情を女が興味深そうに聞き入っていると、首元に傷をつけられた一際大きな男が彼女へと怒鳴った。
「でもアタシも見てみたいわねぇ。そのコの…底知れぬ恐怖が張り付いた死に顔をね…」
「てめぇ…横取りする気か…?」
 明らかに彼らの神経を逆撫でする様な女の一通りの言動に…男達はますます憤りを感じていた。
「だって気になるんだもの。」
「…職業病かよ…。」
 職業病…と言っても”死神”と呼ばれるだけに…”殺し屋”という汚れ仕事を主とする職なのだが…。
「そうねぇ…なんなら競争しない?アタシとアナタ達のどっちが先にそのコを殺せるかをね。そうねぇ…タダと言うのも面白くなさそうだから…50000ゴールドでどぉ?」
「…はっ…ちょっとばかり名を上げてるからって、調子に乗りやがって…!」
「あら?怖気づいた?なっさけないわねぇ。あの人とは大違い…」
「……っ!?てめぇ…!!」
 女が持ちかけた取引に、小男達がいきり立って食って掛かろうとしたが…続けて浴びせられた皮肉に舌打ちしながら肩を竦めた。
「ち…そこまで言われちゃ乗らねぇワケにはいかんわな。いいぜ。ちゃんと持ち合わせはあるんだろうな?」
 男の意地というものであろうか、女の言葉に…大男は舌打ちしながらそう返した。しかし、返事は無く…先ほどまで彼女がいた所はレミーラの魔力の光が届かない、深い闇に覆われている。
「……もう行きやがったか。まぁどの道今はやり時じゃあねぇ。…確実にあの小僧を殺れる様に準備しねえとな。」
 持ち合わせの話をとぼけるつもりで逃げたにしろ、抜け駆けするにしろ、女は既に動き始めている様だ。
「…急げよ。あの女の事だから最悪既に事を終えてるかもしれないからな。」
 あの女が裏社会で”死神”と怖れられる由縁…それはおそらくは死神が振り上げた鎌の如く、確実に獲物の命を奪ってきた過去にあるのだろう。それを打ち破る為にはこちらもいつでも迅速に動ける様にする必要がある。大男は皆を促して、自身もその場から立ち上がった。

「おやっさん!!」
 裏路地で密談が交わされていたその頃、人目の届かぬ町の別の地点で…待ち受けていた数人がそこに辿り付いた一団を迎えていた。
「町長のお嬢ちゃんも…!よく無事で…!」
「皆、心配かけた。ごめん。」
 町長と呼ばれたすっかりやつれてしまった少女が、皆に頭を下げていた。彼女だけでなく、待つ側の者も、待たれる側の者も皆が心労の顔色を隠せない様子だったが。
「……すみません。私のせいで…。」
 奥の方で申し訳無さそうに佇んでいた褐色の肌の男が弱々しく来訪者へとそう告げた。
「気にするなって!元はと言えば金積まれたからって裏切った私兵団の連中が悪いんだからよ!!」
「そうだぜ!ハンさんはこの町の事を思ったからこそあいつらを雇ったんだろ?」
「あなたは誰よりも町の事を思ってくれたからあなたの名前を町の名とした。だからハンがした事はみんな信じていた。」
「そうだぜ!これがあんたのミスだというなら、あんたを信じて従った俺達も黙っちゃいられないぜ!だったら皆で背負おうじゃねぇか!なぁ!」
「「「おぅよ!!」」」
「みなさん……。」
 しかし、返って来た答えは自分を責めるものではなく、獄中と言う絶望的な場にあっても最後まで信じていた事が分かる肯定的な言葉であった。この町がおかしくなってしまった発端を作ってしまった責を感じていた彼…ハンにとってはせめてもの救いかもしれない。口々に告げられた言葉に、彼は胸が熱くなるのを感じていた。
「俺達は一蓮托生…じゃねぇにしてもカイルのアニキの元に集った同志じゃねぇか!」
「そうだ!この町をどんだけ苦労して建てたか…!アニキが居なけりゃ皆バラバラで何も出来やしなかった!!」
「親分が居たからどんなに辛い作業も笑ってこなせたんだ!へこたれて抜けちまったヤツも居る中で俺達はそれをやり遂げたんだ!!」
「おっちゃんはいっつもあたし達の事気にかけててくれたっしょ!それが頑張りにつながったじゃん!」
「そうデスネー!ワターシもあの方ーにハ随分とお世話ーになっテまーしタから!!」
「おいおいおいみんなぁ、親分だかアニキだか…呼び名がはっきりしてねぇじゃねぇか。」
「ぶ…ははははははは!!違ぇねえな!!」
「そんなバラバラな私達がこうして一丸となって纏まってるのは…」
「うんうん!カイルのおっちゃんのお陰だよね!」
 今のこの町の礎を築くに際しての功労者の名前が出た事で、場は一気に盛り上がった。
「カンダタさん…。」
 皆がカンダタとの思い出と再会の喜びを肴に談笑しているのを見守りながら、ハンは当の彼が今どのように過ごしているかを案じていた。事実を知る由は無かったが…。
「ほぅ、あんた達…ずいぶんとあの漢を買ってるらしいな。」
 部屋の片隅から、固い口調の重い響きの低い声が聞こえてきた。
「おぅよ!ジンさん!あんたみてぇな武人なら分かるだろ?」
「そうだな。俺も見ていて気分が良い。」
 その声の主…後ろで長髪を結んだ緑の武道着を纏った男…ジンは、軽く男の言葉に頷いて見せながら強面の口元を愉悦に歪めていた。
「まぁ…武の道を捨てた俺が武人と言えるかは分からんが、来るべき時に至ったならばベストは尽くそう。」
「わりぃなぁ。ホント格安で仕事引き受けてくれるなんてよぉ。」
「なに、あいつとの約束の事もあるからな。…全く、あんなふざけた石像を…」
「石像…?」
 ジンが遠い目をして呟いた言葉に…一同は総じて首をかしげた。自分達のとは別に約束をしている人物には心当たりがあるにしても…何故に石像…?と疑問が絶えない様子だ。
「しかし…奴らとて気付かぬ訳では無いだろう。明日にでも来ても時期尚早ともいえまい。」
「てやんでぇ!奴等なんかに…この町をメチャクチャにされてたまるか!」
「アヴェラ達にも既に連絡は入れてある。いざという時に助けになってくれるかもしれない。やはりあの餓鬼に良い様にされるのは正直気がすまないとの事らしいがな…。」
「はは…。」
 ”赤の月”海賊団に対してほぼ一人で壊滅的な打撃を与えたのが、まるで子供の様な外見の赤い髪の少女によってなされたという話は既にハンバークの中心人物の間で知られていた。ジンがやれやれとばかりで首を振るそばで、周りの者も苦笑いしながら肩を竦めていた。
「……。」
「どうなされた?ハン殿?」
 ただ一人、ハンだけが…そんな喧騒にも加わらず、一人難しい顔をしていた。
「……ああ、すみませんね。少し考え事をしておりましたので…。」
「…町の事か。」
 町長が捕らえられた後の責任者の一人として、様々なものを見てきたのだろう。ハンが思う所は大方ジンの察したとおりであった。
「ゲンブ大兄の受け売りだが…変遷とは決して逃れられぬ理の一つだという。。俺もそれに抗う事が如何なる結果をもたらすのか分からない。或いはあの漢への盲信がそうさせているのか…。」
 この町が常軌を逸する程の発展速度でこの段階まで至った事で、それによって変わった事も数多い。カンダタが持つカリスマ性のお陰か、ここに集まる者…古参の開拓者・協力者達は変わらず一枚岩の絆で結ばれているが、その急激な変化を遂げた環境についていけず…不満を溜め込んでいる移住者達が動いた為に…今の苦境に陥っていると言っても過言ではない。
「変遷…いや、革命は避けられないいずれは向き合わなければならない問題です。だが、それよりももっと危ぶまれる事がある…。」
「なに…?」
 革命…ハン本人もそう称する今の状況、その困難よりも更に想定される最悪の事態とは何か…、彼が思い詰めた顔で綴る言葉に…ジンは顔を怪訝に歪ませた。
「それは…」
 ハンの声は…その場の喧騒によって掻き消されたが…ジンはそれを聞いて僅かに目を細めていた。


「……はぁ、参ったぜ…。」
 随所に灯されたロウソクがテーブルやカウンターを照らし出している。そんな夜の酒場に立ち並ぶ席のうちの三つに、旅人達が佇んでいた。
「…あの王に久々に呼び戻されたと思ったら、今度はこの町を”調査”しろってか…?」
「人使いが荒いったらありゃしないのぉ…。」
 ワインと簡単な食事を囲んでいるのは戦士を思わせる服装の黒髪の青年と、緑色のローブに身を包んだ年老いた男…
「そうね…。正直同感だわ。」
 …そして、神官の正装に身を包んだ蒼い髪の女性だった。
「おいおいレン…、”正直”ってなんだよ…」
 黒髪の青年が、彼女…レンの言葉に軽くそう返した。
「うっさいわね!これでも王様の命令なんでしょ!今逆らったらどうなるか分かってるの!?」
「…ああ、打ち首獄門だろ。まぁお前に何かいうよか…」
ぶぉんっ!!ゴスッ!!
「ごっふぅ…!ある意味そうじゃのぉ…。」
「…全く。ところでサイアス、キリカはまだ帰らないの?」
 あげ足を取るような発言に対する怒りのあまり、お門違いにも携えていたモーニングスターを振り回して老人をなぎ倒した場面に直面した酒場のマスターがなんともいえない顔でこちらを見ているのも気にせず、レンは身を屈めてそれを避けたサイアスへと、ここに居ない仲間の事を尋ねた。
「ああ。何があったんだかな。またヤキモチでも妬いてんのかねえ…。」
「ふぉっふぉっふぉ。まぁそれにしたってあやつの事じゃしのぉ。」
 その普段の態度からも、本人…キリカが自分の為なら何でもする勢いである事をかんがみて、サイアスはジダン共々苦笑しながらそう噂していた。
「あんな男臭いところでよく平気で居られるわよね…。私には無理よ。」
「場慣れしてるんじゃねぇか?」
「…そうかもね。…やっぱりあんさ…」
「ゴホンゴホン…!これはここで言う事じゃなかろうに。」
 今回りに人は殆どおらず、酒場のマスターと数人の従業員のみであり、世渡り上手な彼らがここでの話を悪戯に口外する事はまずないが、どこで聞き耳を立てている輩がいるか分からない。
「あ、ゴメン。」
 レンは思わずいらぬ事を口走りそうになった事を素直に謝った。
「…ふぇふぇふぇ。いつも仲間として接しておるから無理もないじゃろうて。こやつやワシの様に裏の世界に足を踏み入れておらんだけな。」
「…サイアスがぁ?うっそぉ…。」
 確かにサイアスの姿勢は何処か達観している様にも思えるし、彼に冷徹な一面がある事も知っている。しかし、それでも単に”意地悪”の範囲を出ない。何故かキリカに懐かれているとは言え、心の闇が全面に出る裏社会に馴染んだ人間と言ったら流石に間違いの様な気がしてレンは苦笑しながら首を振った。
「うむ、ワシもこやつが斯様な場で上手く立ち回っておるのが未だに信じられんよ。…時にサイアスよ。お主…まだ何か知っておるのではないか?」
「ああ、…と言うか俺だって好きで行きたかったわけじゃあねぇよ…。」
 話を振ってきたジダンもまたレンの言葉に共感する様子に、サイアスはやれやれとばかりに肩を竦めた。
 
「…サマンオサが動き出すらしい。一体何しでかすつもりなのかは分からねぇけどな。」

「え?」
「ほう…?」
 一度の溜息の後、彼の口から出た言葉に…反応こそ違うものの、レンもジダンもそれを語ったサイアスに視線を向けた。
「けど、んな所でくたばるわけにはいかない。奴らの言いなりになったにしても、思い通りになんかなってたまるか。」
「うむ。」
「…え?」
 レンは饒舌に語るサイアスに頷くジダンのそばで首をかしげていた。ジダンは既にサイアスが何を言おうとしているのか理解しているらしいが、彼女にはあまりに抽象的すぎて分からなかった。
「…ま、それよか…また騒ぎがあったみたいだな。キリカ、いるんだろ?」
 対照的な反応を見せる二人を見て苦笑しながら、サイアスは誰もいないはずの後ろを振り返ってそう呼びかけた。
「もぉ…サイアス様ったらぁ…。」
 すると、ロウソクに灯されていない影の部分から…褐色の肌を持つ銀髪の女が足音も無く現れて…頬を膨らませながらも席の後ろから彼を抱き締めた。
「今来たばかりなんだろ?だからまぁそう落ち込むなって。…で、報酬はきっちり頂いたんだよな?」
「もっちろんよぉ。この前のお高い買い物の分もきっちり返せそうよぉ。」
「ああ、これか。あのおっさん…興味示してたけどよ…」
 キリカの抱擁を…拒むわけでもそれに酔い痴れる訳でもなくやり取りをかわしながら、サイアスは荷物から金色の光が漏れている小箱を取り出して開いた。
「それどころでは無さそうじゃったのぉ…。元が取れねば…光るだけの単なるガラクタに過ぎぬからのぉ。」
「そうねぇ…。でも、貸し一つ作ってきたからまんざら期待できないワケじゃなさそうよぉ。」
「お、でかした。…まぁ、これはこれでまだ使い道あるから気長にやっても問題無いんだがよ。それで…何か面白い事でも聞いたか?随分と楽しそうじゃねぇか。」
 箱の中身…黄色く輝く宝玉を軽く投げ上げては取ってを繰り返して弄びながら、サイアスはキリカにそう尋ねた。
「面白いというか…オソロシイ事…かしらねぇ?」
「なんだそりゃ?…はは。まぁ後ででもゆっくり聞かせてくれよ。」
 なにやら複雑に思っている様だが、結局の所は彼女自身も楽しんでいるらしい。
「…せいぜい死なない様に気をつけようぜ。はぁ…やっぱり俺らが死ぬのを影から望む奴らと戦うのは楽じゃねぇ…。」
「……よっぽどの邪魔者と見えるのぉ…。お主はこれでもサイモンめの小せがれじゃからな。」
「あー…ったく、恨むぜ…親父ぃ。俺はもっと平和に過ごしたかったってのによぉ…。」
 英雄の息子だと言う理由で、周囲から期待を寄せられるのは性に合わないらしい。サイアスは額を押さえながら力を抜いて椅子の背もたれに寄りかかった。
「良いじゃない。だって勇者は後にも先にもサイアス様一人なんだからぁ。」
「…はっ、それはそれで嫌なモンなんだけどなぁ。」
 キリカにも同じ様な言葉を返していたが…気のせいか、その場の三人にはサイアスの顔が今僅かに愉悦に歪んだ様に見えた。