災禍の申し子 第十三話
「…あの…全部切り終えました。」
「お、流石はレフィルちゃん。相変わらず手際が良いねぇ。」
「……」
「ば…!メドラ!…何でもぶち込めば良いってモンじゃねぇ!!」
「……これも入れる。」
「げ…メド……やーめーろーっ!!」
ぼんっ!!ぼぼぼぼぼんっ!!!
「それ……ルラムーン草……」

 レフィルとマリウスが忙しく動き回っている中に…赤い髪の少女、ムーがひょっこりと入り込み…色々と覗き込んだり…時には邪魔になる行動をしたりと…鍋が置かれている火の周りは一気に騒がしくなった。
「……ルラムーン草だって…?」
「あらあら…あの子ったら…。」
 鍋の中から小さな爆発が連続して発生したのを…顔に幾つもの湿布が張られている銀髪の青年と血が僅かに滲んだ包帯を腕に巻いている赤い髪の女性は離れた所から眺めていた。
「…何をしてるんだか。」
 再会して早々に一騒動を起こしているムーに…ホレスは呆れた様にそう呟いた。
「そうねぇ…あんな貴重な薬草を簡単に入れちゃう所なんか豪快よねぇ…。」
「…そういう問題か…?」
 ホレスは木で出来た机の上に置かれている滑らかな材質でできた黒く小さな物を手にとって別の場所に置いた。
「だって、ルラムーン草ってすごく珍しいのよ?ただでさえ夜にしか取れないって言われてる程の物だし。」
「……。」
 メリッサもまた、ホレスが手にとったものと似た…白い小さな像の様な物を動かした。
「…でも、ホレス君って結構強いのねぇ。」
「……そうか?…別にオレは…」
「ここ数年…お父様以外の人で私と互角に指せる人なんていなかったもの。」
 二人が向き合っている間に…縦横八個の白黒のマスの上に、同じく白と黒に分かれた小さな像…否、駒が所狭しと並んでいる。
「……いや、オレは素人なんだが。」
「へぇ……それは大したものねぇ。」
 やはり先の言葉からも、メリッサは相当チェスに手馴れている様であるが…ホレスが指す一手一手にはちゃんと注目している。両者の実力はうまい具合に拮抗している様で言うなれば良い勝負を展開している様だ。
「…チェック。」
 黒い騎馬の形の駒がコトン…と音を立てて盤上に置かれたと同時に、ホレスは極めて無機質にそう宣言した。
「……あら?ちょっとまずいわねぇ。」
 と言いつつすぐさま駒を操りその騎馬の駒を別の駒で取った。
「嘘つけ。この程度の牽制で崩れないだろうが。」
 その行動によって僅かに開いた隙を突いて、ホレスはすぐに別の手を指した。
「ふふ…。ごめんなさいね。」
 軽くからかった事に悪びれた様子も無くそう返しながら、メリッサは冠の形をした駒と城の形をした駒を同時に動かした。
ぼんっ!!
「「……。」」
 勝負に水を差す様に…鳴り響いた爆音が発生した方を特に驚いた様子も無く振り向き…
「またか…。」
「そうねぇ…、今度は何入れたのかしら?」
 ホレスは呆れたような…メリッサは何処か興味深そうな表情をしながらそれぞれ一言呟いていた。
「爆弾石では?」
「……何を馬鹿な。」
 ずっと傍で二人のチェスを静観していたニージスのおどけた言葉に、ホレスはそう還しながら首を振った。
―ふふ…随分と笑えるようになったのねぇ。
 いつもの仏頂面ながら…何故かそこから少し苦笑した様な様子を感じられて、メリッサもまたつられて微笑んだ。

「い…いただきます…」
 皆が並んでいる中、最後の料理を運び終えて…レフィルは小さな声でそう言いつつ手を合わせた。
「…あー、そう固くなるなって…。」
「いえ…そんなことは…。」
 そうしてぎこちない仕草で料理に手を伸ばそうとしたら、真紅の鎧に可愛いデザインのエプロンを身に付けた戦士に肩の力を抜くように言われた。彼女が無駄に緊張しているのは…ここまで大勢の人数で一緒に食事するのも久しぶりな為なのかもしれない。
「なぁムー。」
「……。」
バリバリ…
 ホレスが話し掛けている間も…ムーは何かに取り憑かれた様に目の前のシチューをしゃくり続けている。
「具合は…どうだ?」
 そう尋ねられて初めてスプーンを動かす手を休めて、彼の方にシチューが口の周りについた顔を向けた。
「元気、…多分。」
「…そうか。だが、この前は魔力を削られて…」
「よく分からないけど今は大丈夫。」
 北の祠で再会した時は魔力を失い続ける症状の中にあり死に瀕していたが…今は意識を取り戻し、それまで消費し続けたエネルギーを心置きなく補給し続けている。飢えた状態ですぐに体にそうした負荷をかけるのは不健康な行為とも取れるが……
「おいしい。…やっぱりレフィルの作った味は良い。」
「え…?そんな事ないよ…。マリウスさんだって…」
「でも、私はあなたの料理の方が良い。」
「……それは…嬉しいな…。」
 ムーに自分が作った料理を褒められて、レフィルは気恥ずかしそうに頬を赤く染めながら…はにかんだ笑みを浮かべた。
「…ふむ…また”ムー”へと戻ったのかの。」
「”メドラ”?」
 モーゲンの言葉に、ムーは鶏の串焼きを口にしながら自分の半身の名を言葉として返した。
「うむ。とは言ってもそなたにはやはり憶えの無い名ではあろうが…」
 海賊のアジトでアヴェラと戦った時に強力な呪文を行使したときも…彼女自身は何も憶えていなかった。
「そう。私はムー。メドラじゃない。」
 そして、ムーは今も…自分の内にいるメドラという存在をはっきりとは認識していない。

「だけど…メドラの記憶…確かに見た。」

「!」
 しかし、次に語られた言葉はその場の全員を彼女へと目を向けさせるに十分なものだった。
「それは本当なの?」
 僅かに目を細めて…メリッサが真剣な顔でそう尋ねた。記憶を見た…それが人格が完全に戻った事を意味するものである事をどこかで期待していたのかもしれない。
「本当、…多分。そこで…私はその子と戦ってる夢を見た。でも、敵わなかった。」
「…戦ったのか…。」
―…試練…とやらと何か関係が…?
 夢…と言うにはどこか引っ掛かる所がある。ムーの言葉に皆がまた怪訝な顔をして…ホレスも表向きでは無反応ではあったが、正直”自分自身”と戦うシチュエーションというものが想像がつかない様だ。
「……私の呪文も理力の杖もまるで通らなかった。」
「…そうか。」
 ホレスもまた…ムーと同じ姿の全てを滅ぼそうとした巨悪と死闘を強いられる事となっただけに…その実力はよく分かっている。いかにムーでも一人ではあれだけの能力を秘めた大魔法使いには敵わない…。
「でも…最後に呪文を覚えた。」
「…パルプンテか……。」
 ムーの力を借りたホレスによって最後に放たれた究極の呪文…どうやら彼女はそれを完全に習得した様だ。
「……それで最後にするべきことがある。」
 テーブルに手をついて立ち上がり…大きな樹の方を見ながら…ムーは小さく、しかしはっきりとそう言った。
「…なに…?」


 食事の後…ムーは一人世界樹の前に立ち…少し離れた所で見守る形で残りの面々が立っていた。
「…それで…どうする気なんだ?」
「……見てれば分かる。」
 ホレスの質問に…ムーは簡単にそう返しながら…掌を前にかざして理力の杖を手に取った。 
「…無茶はしないで…。」
「分かっている。安心して、レフィル。」
「ムー……。」
 レフィルが心配する側で…ムーは何度も静かに深呼吸を繰り返し…その後目を閉じた。
「………。」
 瞑想状態の如く集中していて…今の彼女の耳には何も届かない…。

「よろずの道、其が示すは如何なる惨禍か福音か…然れど我は乞う、此処に正しき定めが現る事を…」

 目を伏せたまま…呪文を唱え始めた。そして…目を見開いた瞬間に…

「パルプンテ」

「「「「「「「…!」」」」」」」
 究極の呪文が発動した。全員がその名を聞いて…常に落ち着いた雰囲気をまとうメリッサでさえも例外なく目を見開いていた。

「天賦の名…其の恩寵を賜り…我、己が器を超えし才を今ひとたび求めん。」

 ムーは理力の杖を地面につき…それを抱えるように体を寄せながら詠唱を続けている…。

「大気に普く矮小なる理の欠片よ、汝…現身に宿りし命精を寄代と成し、其に流れを委ねよ。」

「ザオリーマ」

「「「「……!?」」」」
 全く聞いたことの無いような響きの呪文に…その場にいた全員が呆気に取られてムーを見た。
「「ザオリーマ…!?」」
「ぉおう…ここでそれを使いますか…」
 メリッサとホレスの声が重なり…ニージスは僅かながら驚いた様子で苦笑している…。
―あの呪文は…確か…


命活の呪文 ザオリーマ

パルプンテと同等以上のランクに位置する究極の呪文の一つ。知名度と適性者の数で言うならばパルプンテよりも更に小さい為、”失われた呪文”となるのも時間の問題である。
この世に存在する全ての生命と呼ばれるものに作用して生きるための力を活性…或いは付与する。その効果から回復呪文であるベホマとザオリクと同系列に分類されると思われる。
ただし、その代価の小ささとあまりの呪文のチカラの大きさの不釣合いさ故か…適性を持つ者でも大抵の場合、発動し得たとしても本来の力が発揮される事は無い。
伝説に名を連ねたとある”遊び人”と呼ばれた男の面白半分な願望が生み出した奇跡…という逸話もある。


 ムーの持つ理力の杖を中心とした円陣の中にルーンが刻まれていく…。それが全てを覆ったとき、不意に柔らかな風が彼女の刻んだ魔法陣を中心に巻き起こった。
「…これは…」
ザアアアアアアアアアッ……
 それにより揺らされた草むらが心地よい音を奏で…
「……!!」
 焼き尽くされて殆ど炭と化していた樹海の木々が…風に吹かれた部位から緑が映え始めた。
「…再生…していく……。」
「そうだ…これが……失われた呪文の力…。」
「ええ…そのようね…。」
 レフィルは死んだ大地に一気に芽吹く新たな生命を眺めて何ともいえない表情になり…ホレスとメリッサもまた、発動された呪文がもたらす効果をその目その耳で感じ取りつつ…精神集中を解いたその術者…ムーの方を見た。
「ムー…お前、こんな呪文まで…」
「違う。パルプンテでこの呪文を一時的に使えるようにしただけ。」
「…何…?あの呪文はそんな事までできるのか…!?」
「ふふふ。…何が起こっても不思議じゃないっていうのは本当みたいねぇ。」
「はっは…そのようで。」
 ムーがぽつりとさり気なく話した事…それは呪文の知識に詳しい者達をしても…驚愕させうる事実であった。
「驚いた?」
「…ああ。凄い奴だよ…お前は……。」
「うん…。」
 春に吹く風が奏でる音と景色の仲で、レフィルもまた…ムーに賞賛の眼差しを送っていた。
「わたしも驚いたよ…。あんなに凄い呪文なのに…」
「力の使い方を少し変えただけ。大したことはしてない。」
「……お前な…。」
 魔を極めた者でも扱い切れない程の呪文を使ってのけただけに留まらず、まさかそれで更に別の上位の呪文を呼び起こすとは…、ムー…或いはメドラの資質だろうか…いずれにせよ底知れぬ呪文…魔法の才がこの小柄な少女にあるが本人はまるで自覚していない…。
「…綺麗ね……。」
「……。」
 呆れて嘆息するホレスの側で、レフィルは暖かな風に吹かれて辺りに舞い続ける無数の桃色の花びらに目を奪われている。上を見上げると…世界樹の枝に無数の花が咲いている…。
「………楽しそう。」
「…え?…う…うん。」
 そんな中で…ムーが無表情で見上げてながら呟いた言葉の唐突さに、彼女は少し肩を竦めてたじろぎながら遅れて頷いた。
「だって…ムーが使った呪文で…こんな良い景色が見られるって思わなかったから…。」
「…そう。」
 ムーは暫くレフィルを不思議そうに眺めていたが…その答えを聞くと…一度小さくそう呟いた後…
「…でも、嬉しい。」
「…え?」
 レフィルの顔を真っ直ぐ見て、彼女にはっきりと聞こえるようにそう言った。
―笑った…よね…?
 ホレスもムーも…笑う事を知らないと言わんばかりの無表情で…それを変えるのは難しい。今のムーも例外ではない…しかし、レフィルには彼女が外見年齢相応の…子供の悪戯っぽい笑みが垣間見られたような気がした。
「………これから、何処に行くの?」
 花びらが舞う風の中で…ムーはレフィルとホレスにそう尋ねた。
「…暫く休んでいくつもりだ。目的地はその間に考えるとするさ。」
 現時点での目的はオーブを探し求め…全てを集めた先に何があるかを見届ける事である。世界に六つしかない至宝を手にする…それもまた気が遠い話ではあるが…。
「そう…。でも…旅立つ時になったら私も連れてって。」
「……ん?」
 ムーの答えにホレスは思わずその目を細めた。些か唐突ではあるものの、かといって別段間違った事を言っているわけでもない。…が、彼女が何を考えているのかがいまいち分からなかった様だ。
「レフィルは勇者…。そう呼ばれている以上、やがて魔王バラモスに行き着く、多分嫌でも。」
 そんな彼を横目にムーは言葉を続ける…。
「…う…うん。」
 アリアハンから初めて旅立つ時…倒すべき敵は魔王バラモスであると告げられた。オルテガとは違う勇者とこそ言われたが、それを倒さない限りは…彼女の旅が終わらない事は変わりが無い。

「けど……このままじゃ勝てない。」

「え…!?」
「……。」
 ムーが突きつけた短くも残酷な現実に…レフィルは背筋が冷たくなる様な感覚と共に…今までずっと目を背けてきたものへの恐怖を思い出した…。静かに佇むホレスの側で…。
「ど…どういう…」
 彼女は狼狽しながらそう返すのが精一杯だった。無論…自分の実力は弁えているつもりではあるし…今のままでは魔王はおろか、ただ圧倒的な力を持つだけのドラゴンを初めとする魔獣にさえ敵わないのは分かっていた。
「私は一度バラモスと戦った。…でも、呆気なく負けた。今のあなた達でも敵わない…多分。」
「あ……。」
 ムーはバラモスと一戦交えたが、すぐにザキを受けてそのまま倒されてしまった。それまでにも結局の所決定的なダメージを与える事も出来ず、何より相手に本気を出させるには程遠い程…終始劣勢に立たされていた。”彼女”が知る限りではの話であるが。
「でも、あなた達に死んで欲しくないし、私も負けっ放しはいやだ。だから今度は負けない。」
 一度負けたからこそ…魔王の強さ、そして…その恐ろしさはおそらくここにいる誰よりも知っている。だからこそ、彼女には…これからその魔王に立ち向かうであろう二人の事を案じる気持ちもあった。無論の事、彼女の信条として…”負けっ放しで済まさない”というつもりである事も否定は出来ないが。
「ムー……、あなた…まだカンダタさんの……」
 レフィルはムーが無表情で次々と語る言葉に何を思ったのか…そう尋ねていた…
「…あ……ご…ごめん…。」
 …が、すぐに自分の非に気付き…物憂げな顔で俯いた。
―でも…どうして……。だって…あなたは……
 カンダタはバラモスによって樹海と共に消えた。それがもたらす深く…暗い感情を”全く”感じられないが…ムーがそれを押さえている様に見えて、彼女はこれを聞かずにはいられなかったのだろうか…。 

「…違う。カンダタは生きている。」

「……。」
「……ムー…。」
 レフィルの謝罪に反論する様にポツリと告げられた言葉に、側にいたホレスは沈黙していた。兄や父にも近い存在を失って…平気なはずが無い。

「……多分、だけど。」

「「…!?」」
 しかし、続いて聞こえたあまりにも呑気な一言に…二人は目を見開いて互いに顔を見合わせた。
―……生きて…!?
 今彼女が言う”多分”…それはしばしば…本来の意味そのままで十分に在りうるという事を示している。やはり確証されていない事だけに信じられないが…、ムー自身はカンダタがどこかで生きていると確信をもっている様だ。
「だから私も連れてって。バラモスと戦うなら尚更。」 
「バラモスと会って…どうするの……?」
 魔王とあったら間違いなく戦う事にはなる。自ずとその答えはわかるが…。

「叩きのめす。」

「だめ…復讐なんか…したって…カンダタさんは…」
 ムーの言葉に、危惧していた復讐心と言う名の心の闇が感じられる様な気がして…レフィルは弱々しくも止めようとしたが…
「勘違いしないで。カンダタのためなんかじゃない。全部私のため。」
「…え?」
 次に告げられた事に目をしばたかせていた。
「…あなたの…ため…?」
「…カンダタがいなくなったからとても退屈。だから、代わりにバラモスを…」
「…!?」
―…な…なに…?
 この時…レフィル達には、カンダタが長旅の中で何度ムーの機嫌を損ねて理力の杖で殴られたか…全く知る由も無かった。
「…恐ろしい子ねぇ。」
「一体どういう事なんだ…?」
 要は”叩きのめす”とは…バラモスに対してその行き場の無い怒りを理力の杖による殴打によって…いつも当り散らしているカンダタの代わりにぶつける事を指しているのだろう…と理解して、メリッサは苦笑していた。
―……しかし…とんでもない事を言い出したものだな…。仮にも相手は魔王なんだろうに。
 カンダタと引き裂かれた悲しみに駆られた…とも取れなくは無いが、今の彼女からはその深い悲しみも…激しい憎しみと言うものも感じられない。かといって怒りに囚われているわけでもなく…
「……む〜…?」
 当の本人は至って気ままに過ごしている様だ。
「…そうだな。バラモスと戦う事を考えても…お前がいてくれると心強い…。」
 おそらく内に秘められた悲しみや怒りが全く無いという事ではないが、それならば尚更本人の意に沿うのが一番良い。
「…また一緒に旅が出来るのね…。でも、無茶はしないで…。」
 やはり不安を払拭できないらしく…レフィルはムーにそう告げた。
「あなただって無茶してる。」
「…え?」
 しかし、そんな彼女に返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「でも、今度は私とホレスが一緒。きっと大丈夫。」
「う…うん…。…ありがとう。」
 ホレスも時折無茶をしていると言うが…それは気遣いの様なものだと思っていた。だが、ムーもまた…自分の様子を見てそう言っている。
―…そうね…。
 オルテガの娘と言う理由で旅に出て、その勇者という肩書きの不相応さの為に遭った災難に遭う度に怪我を負い、それを押して皆に付いていかなければと思い詰めている事を自覚はしている。
「……それで、目的は?」
 物思いに耽っているレフィルと静かに佇んでいるホレスに、ムーは尋ねた。
「六の光…」
 そう返しながらホレスが蒼と紫の珠を取り出すと…
「…これは…」
 ムーは伸ばしかけていた手を止めて…暫くそれに見入った。
「……あら、もしかしてこれもそうかしら?」
 メリッサもそれを見て、心当たりがあったのか…鞄から何かを取り出した。
「…!」
「それは…オーブ…!?」
 彼女の掌に収まっていた赤い色の球体…それは、ホレスが今手にしているものとあまりに似た輝きをたたえている…。
「…あ…そう言えば手紙に書いていたっけ…」
 レフィルは生贄の祭壇から救出された直後に舞い降りて来た手紙の内容を思い出してそう言葉をもらした。
「………。」
「…どうしたの?」
 その時、何か気まずい事でもあったのか…ムーが頬をかきながら皆から顔を逸らした。
「ふふ、やっぱりイケナイ子ね…。」
「むー……。」
 メリッサが妖しい笑みを浮かべながらムーの頭を撫でている…彼女はうめきながらもされるがままになっていた…。
「あ…ご…ごめん…。」
「……まぁ仕方が無いだろう。こいつだって分かっててやった事なんだからな。」
 おそらくはメリッサの私有物を勝手に使った…と言った所だろう。ムーならばやりかねない、と大体予想はついていたので…あまり驚かなかったが。
「……赤、蒼、紫…ね。あと三つ…って所かしら?一つは思い当たる所があるけど。」
 ホレスと自分が持つ三色の宝珠を見通しながら、メリッサはそう皆に告げた。
「…テドン?」
「あら?どうしてそう思って?」
 ホレスの返答に、メリッサは彼へと顔を向けた。
「…あんたが持ってるその笛…山彦の笛といったか。そうした伝説の遺産にも反応するとすれば或いは…。」
「そうかもしれないわね。でも…結局あそこじゃ取り損ねちゃったわ。」
 あの時は、カンダタとメリッサ…ハンの三人でその当地へと向かったが、ネクロゴンドの近くと言うだけにあって予想以上の魔境であり、引き上げざるを得なかった。
「…ならば、いつかは寄ることになりそうだな…。」
 当面の目指すべきものである…六の光の一つがおそらくはテドン地方の深い森に眠っている事は大方当たりと見ていいだろう。
「…その光…オレが必ず探し当ててみせるさ。」
 大盗賊とまで呼ばれたカンダタでさえも手にする事が出来なかった伝説の至宝。たとえ本当に興味を示さないものであっても、ホレスは何故かそれを獲得したくなるのを感じていた。
「私も行く。メリッサ、今までありがとう。」
 ホレスに頷きながら、ムーはここまで一緒に過ごしてきたメリッサに対して礼を告げた。
「あら?何言ってるの?」
 しかし、メリッサは微笑を浮かべながら即座にそう返した。
「…こんな面白そうな事…指をくわえて待ってるだけなんてもったいないじゃない。ねぇニージス君?」
「はっは、私も見てみたいものですとも。六つの光がレイアムランドに集うその時をねぇ。」
「うんうん。そうよねぇ。」
 テドンにある”光”を未だに諦めていないばかりか、更なる興味が尽きないらしい。いずれにせよこのまま旅に同行してくれる様だ。

「でもまぁ、すぐに出発するワケじゃあねぇんだろ?しばらくゆっくりしてこうじゃんよ。」

 ホレス達の会話に割り込むように、マリウスが辺りを見回しながらそう言った。
「せやなぁ。まだ騒ぎ足らんもんなぁ。」
 カリューもマリウスの言葉に賛同するように続けた。
 
「……ふむ、このまま花見と洒落込むのもオツではないかと。」

 その時、ニージスが皆の注目を集めるような意見をぽつりと述べた。
「おお、そりゃあいいな!!」
「私も賛成ね。」
「わても〜」
「…ふぁっふぁ、ワシもな。」
「はっは。今のうちに楽しんでおくのが良いでしょー。」
 彼の言葉に…その場に居合わせた者達の大半が一斉に賛成の意を示した。
「…そんな呑気に過ごしている場合じゃ無いだろうが…。」
「ふっしっしっし…何固い事言っとんね?オマケに過半数越した時点で可決しとるやん。」
「……勝手にしろ。」
 既に皆花見に心を馳せている。ホレスがどれだけ強く反対しようと、もうこの流れは変わることは無いだろう。
―…まぁ一生に何度も見れるものじゃないとは思うがな。
 ムーのザオリーマによってもたらされた景色…それはこの世にあらざる楽園の如く美しいものであった。確かにこの機を逃せば必要とされる時以外は…おそらくは二度と見ることはかなわないだろう。
「おっしゃ!そうと決まればレフィルちゃん、手伝ってくれ!!」
「は…はい!!」
 その様な中、マリウスはレフィルを誘って早速料理の支度に取り掛かっている。
「ほな、わてらも!」
「…ふむ…君に料理の才覚がある様には思えませんが…」
「…ハッ…、余程食材にされたいんか?モヤシ…」
「いやいや…私はそんな万能食材等では…」
どごぉーんっ!!
「…万能食材…ね。」
 その様な些末事など、実際どうでも良い話である。ウォーハンマーをニージス目掛けて振り回して絶景を台無しにしているカリューに皆が止めに掛かる大騒ぎを呆れた様に見やりながら、ホレスは嘆息した。
「……ホレス。」
 羽織り締めにするマリウスの力に抗う様にカリューが暴れているところで、ムーはホレスに声をかけた。
「…ムー?」
 彼はすぐに彼女へと向き直り…目を合わせた。
「生きて会えて良かった。」
 少し間を置いた後…ムーはホレスへとそう告げた。表情の無い顔に…僅かに赤みが差した様な気がした。
「……ああ。オレもそう思う。」
 レイアムランド、地球のへそ、ジパングの”火の山”…レフィルと共にホレスもまた…死地へと旅立ち生き延びた事は…自分達が思っている以上に奇跡だったのかもしれない。そして…最後に会いたかった者自身が敵として襲い掛かってきて…だが、今はこうして穏やかに会話を交わせる…。
「今度は…一緒。」
 旅の目的を違えた為に、一時は別れる事となったが…今度は同じ道を歩む友として再び共に生きる事が出来る。それもまた…贅沢なまでな幸せなのかもしれない。


 試練の刻に至りサイは投げられた。そして…今も尚それは続く。
 だが、別れた友との再会はようやく果たされた。
 全てを捨て惨劇をもたらすはずだった少女は…彼らが為にそれを成す力に抗った。
 一つの運命が…変わろうとしている。他ならぬ彼女の仲間達の手によって。

 運命…その様な言葉があるとすればの話だが。

(第十七章 災禍の申し子 完)