暁に目覚めし… 第十三話
シュウウウウウウウ……

「…!」
 突如として、ホレス達を襲っていたベギラゴンの熱波が…水をかけられた炎の様な音を出しながら消えた。
「…む、…何か様子がおかしい様で。」
「今だ!」
 炎が消えた所で、ホレスは左手のドラゴンクロウでヒミコへと斬りつけた。反射的に張られたスカラの呪文の様な魔力の防壁ごと、ヒミコの衣服の袖を切り裂いた。
「…!小賢しい!!」
 爪がヒミコの腕を裂こうとしたその時…何か硬い物にぶつかった様な音と共にドラゴンクロウは弾き返された。
―”傀儡”の仮面の力か…!
「えぇい!!何故だ!!何故我が炎が掻き消える!!」
 ベギラゴンが消失した事態はヒミコの予測の範囲外だったらしく、彼女は苛立たしげに辺りを見回した。
『……ようやく…わしは…呪縛より解かれた。』
 それとほぼ同時に…辺りに厳かな雰囲気の女性の様な声が響いた。 
「まだ動けるのか!」
 ホレスは起き上がってきた八岐の大蛇を見て顔を蒼くしながらも、敢然と隼の剣を構えた。
『…待て。わしはそなたらを害するつもりはない。』
 声の主は八岐の大蛇の様だ。おそらくは先程ヒミコに毒づいていた声…それも同様なのだろう。
「なに?…!」
 大蛇に訝しげな視線を送ると…その傍らに倒れている少女の姿を見て、ホレスは目を見開いた。
「貴様!ヤヨイに何をした!?」
『……命と引き換えにそなたらを助ける様に…との事じゃ。』
「なに…!?」
『案ずるな。…わしは命をも奪うつもりは無い。…そこにいる不埒な女狐とは違うでな。』
 ヤヨイが石壇の上に伏しているのを見ていきり立つホレスをなだめる様に告げた後、彼女の十六の瞳がヒミコへと向けられた。
「…おのれぇ…!獣如きが…!」
 大蛇の蔑みの目を向けられた女…ヒミコはあからさまな怒りの表情をその顔に映し出していた。
『獣とな。…はて、お前とて同じ事を言われておるだろうに。』
「…!」
『そこの勇気ある若者にな。』
「ほざけ!」
 大蛇の言葉に更に怒りを深めて…その美しい顔を醜く歪ませながら…ヒミコは草薙の剣を手に何やら呪詛の様な言葉を呟いた後…それを八岐の大蛇へ突きつけた。
『……あの時と同じ呪いか…。』
「左様。そうと解そうが、深手を負ったお前に防ぐ術はあるまい!」
 八岐の大蛇の体はホレスによって引き裂かれ…体のあちこちから鮮血を流して見るからに痛々しい様子だった。

ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!

「…な…なぜ……だ…!!」
 しかし、吐き出された炎は呪いの影響などまるで受けていない様な凄まじい勢いだった。
『……お前の呪いに…この娘の祈りが勝った…。それだけの事よ…。』 
「…祈り…じゃと…ご…が…!!」
 炎に抵抗しようと展開したフバーハの様な結界は…その奔流に飲まれ…瞬く間に掻き消され…
「…ぎょえええええええっ!!!」
 そして、ヒミコの体が炎に晒され…彼女は断末魔の悲鳴を上げながら完全に炎の中に消えた。
『…下らぬ。これだけの力を持ちながら…弱者を虐げる事しか出来ぬとはな。』
 骨一つ残さずに燃え尽きたヒミコの力を取り込みながら…八岐の大蛇は嘆息しながらそう吐き捨てた。
「……終わった…のか?」
 ヒミコのあまりに呆気ない最期に…ホレスは呆然と…誰かに尋ねるようにそう呟いた。
『……まだじゃ。そなたの仲間…勇気ある少女がまだ心を閉ざしておる。』
「…!!レフィル!!」
 ホレスは鋼鉄の塊と化している少女…レフィルへと駆け寄った。ニージスも後からすぐに続く。
『それと…ヒミコめ…。やはりこやつに生贄の儀を行ったようじゃな…。』
「…なに?」
『こやつの秘められた魔力…感情…絶望を引き出し…わしへの糧として申し分無い様に術を施したのじゃろう。』
「……く!」
 本来生き物は追い込まれる事でなければ…いらぬ負荷を掛ける事を避けるために力をセーブされているはずであるが、ヒミコの術によって強制的に引き出されてしまったようだ。
『すまぬ…。わしが…あやつの呪いなぞに囚われたとはいえ…』
「…もういい!…くそ…!どうすれば…!」
 彼女の体は全て鋼鉄に覆われている…。唯一固まっていないいつも彼女が身に付けていたスライムピアスだけが…静かに揺れていた。大蛇の炎の中でも…溶かされるどころか傷一つついていない。
『……わしがその娘に施されたヒミコの術を解く。そなたらの力で娘へと呼びかけるのじゃ。』
「…ふむ、ここは私の出番の様ですな。」
「…出来るのか?」
 解決の術は既に見通しが立っているようだ。だが…そう簡単に事が運ぶのか…とホレスはニージス…そして八岐の大蛇に尋ねた。
『機会は一度きりじゃ…。全てはそなたらにかかっておる。』
「わかった…。頼む、ニージス…。」
「あいさ。………風の囁き、其は型を解きて…虚空に揺蕩いし標に沿いて、その裡に届かん。」
 ホレスににこっと笑って答えた後、ニージスは杖を地面に付いて念じ始めた…。

―…レフィル……レフィル……
 ……ん…。
―聞こえますかな?
 ニージスさん…?
―…もう大丈夫だ。さあ…気をしっかり持つんだ。
 ……ホレス?…ホレスなの…?
―みんな無事ですとも。
―カリューやオードもきっと待っている。…大丈夫だ。
 ……わたし…を?

「……ん…んん…。」
 気だるさを感じて…レフィルは目を覚ました。火山洞窟の天井が見える…。
「…レフィル!気がついたか!」
「ホ…ホレス……」
 自分の顔を覗き込むように、目の前に…黒装束を纏った銀髪の青年の姿が現れた…その時、頭の中が熱くなり…
「……っ!!」
 思わずホレスの肩に手を回して抱きついた。
「…こわ……こわかった…!!」
「お……おい…っ!!」
 体の震えが止まらない…泣きじゃくり…嗚咽が止まらない…
「ま……待て!!…落ち着け!!」
 ホレスは珍しくとても慌てた様子でレフィルを制止しようと呼びかけた。
「……え?」

「…あ……、…っ!!?」

 レフィルは自身の状態に気付いて激しく赤面して…地面にへたり込んだ。生贄の衣は八岐の大蛇の炎に焼かれ…あられのない姿を晒していた。身を隠すものはニージスが着せてくれたらしい藍色の外套のみだった。…おそらくは鉄化が解ける前に被せられたのだろうか。
「…遅れてすまない…。だが…よく頑張ったな…。」
「ホレス……。」
 自分が助けに入るまで、彼女は本当にたった一人で戦っていた…。謝罪の意を表すと共に、ホレスは改めてレフィルに感心していた…。
『…戻ったか。』
「!」
 レフィルは声がする方を見て…悲鳴を上げそうになった。…自分を襲ってきた八岐の大蛇がそこにどっしりと佇んでいたから無理もないが。
『……案ずるな。ヒミコはわしが滅した。もはやわしがそなたを喰らわねばならぬ理由など無い。』
「…ヒミコ…を?」
「…ああ。それはな。」
 ホレスはレフィルに事情を説明した。預言と称して生贄を進言したのも…それを命じたのもジパングの女王と呼ばれたヒミコに他ならない…。そして、八岐の大蛇を操っていたのもヒミコその人である事を…。
「そんな事が…。」
 レフィルは事の一部始終を聞き…
『……時間か…わしは……そろそろ逝かねばならぬ様だ…。』
「……そんな…。」
 全てを知り…完全に心を許したものではない…だが、八岐の大蛇のその言葉に…レフィルは何か哀しいものを感じて…そう弱々しく呟いた。
「ん…んん…。」
「ヤヨイ!」
 その様な中で、突如としてヤヨイが目を覚ました。力を借りた者が意識を取り戻した…。それは八岐の大蛇への力の供給が途絶えた事を意味する…。
「……あ…皆さん…。そうですか…。全て終わったのですね…。」
 ヒミコは死に…大蛇も息絶えようとしている…。ヤヨイはそれで状況を理解した。
『………勇気ある少女よ…。そなた…”六の光”を求めているといったか…。』
 ヒミコが燃え尽きた場所に…草薙の剣と紫色の球体が転がっている…。
「これが…パープルオーブ……。」
 ホレスはその二つを拾い上げながら…そう呟いていた。自身が地球のへそで手に入れた”蒼の光”…ブルーオーブとなるほど…よく似ている。
『そなたならば…彼の怪鳥をも……。』 
「怪鳥…?」
 レフィルはレイアムランドの祠の中央に置かれた不思議な卵を思い出した。怪鳥…ラーミアの呼び名ではあったが…。
ズン……
 その言葉を最後に…八岐の大蛇は十六の眼を閉じ…再び地面に倒れた。
「……死んだ…のか…?」
「いえ…。ですが…もはや長くはない…。」
 もはや再び起き上がってくる気配はない…。ホレスとの戦い…ヒミコへの灼熱の炎…そして、レフィルを救い出すための手助け…。それによるダメージが重なり限界が来たのだろう。
「………。」
「レフィル?」
 その時…レフィルは八岐の大蛇へとゆっくりと近づいてしゃがみ…その掌を外套の間から大蛇の頭部へ当ててこう唱えた。
「…ザオラル…」
「!…なにを…」
 ザオラル…ホレスを昏睡状態から救い出した…蘇生呪文とも呼ばれる高位の治癒術…。自身にも負荷がかかると言われるそれをなぜ…今さら使うのか…。
「………あなたは…それで…いいの…?」
『……?』
 ザオラルの効果がその巨躯に浸透し…八岐の大蛇の体を再び蘇らせた…。
「…このまま死んでも……あなたは村の人達を殺した怪物のまんまなんだよ…?」
『………何故…わしに…情けをかける…?呪いの為とはいえ、わしはそなたを殺そうとしたのだぞ…?』
 八岐の大蛇はしばらくは黙ってレフィルの言葉を聞いていたが…やはり自分を蘇生させた意図がわからないらしく、彼女にそう尋ねた。だが…その言動に怒りは全く感じられなかった。
「…情け…なのかな…そうかもしれない。でも…わたしは…あなたが絶望しているようにも思える…。…そのまま死ぬなんてすごく嫌じゃない…。」
『絶望…か…。』
 魔物とはいえ…神…或いは人に近い意思を持つ人を超える存在として…ヒミコに良い様に扱われて…彼女自身の意に反して…二年もジパングの人々の心に影を落とし続けた…。八岐の大蛇は、そんな自分に…確かに絶望していた…。
「……魔物をたくさん殺してきたわたしが…どうしてこんな事しているのか分からない…。偽善だって…分かっているのに…」
 何故死に瀕した八岐の大蛇にザオラルを施したのか…レフィル自身でもまるで分かっていないらしい。だが…彼女の心の根本を占めるものが…そのまま死を看取るのを良しとしなかった様だ。
『……面白い奴じゃの、お主…。』
「…え?」
『わしが気まぐれに火の山から降り…騒がしい輩を喰らい尽くし、ヒミコに付け込まれた…それから二年程も…わしは村の娘達を…喰らってきた…。その魔力を抜かれた体を寄り代に…”抜殻の傀儡”が生まれ…奴の力を増すばかり…。』
「………。」
『…もはや赦される罪ではない。そう絶望していた。…しかし、そんなわしの絶望に触れようとしたのは…お主が初めてだ。』
 絶望に触れる…。これまで幾度となく心の内に闇を抱いてきたレフィルだからこそ出来る事なのかもしれない。
『…我が力、貸してやろう。』
 そう言うと、八岐の大蛇の姿が薄れ始めた…。
「…え?」
 突然その様に言われて戸惑いを感じたその瞬間…レフィルに自分の体…否、心の中に何かが入り込んだ様な奇妙な感覚がした。
『…わし自身が…そなたを深い絶望へと追いやった…せめてもの償い…そして、我が絶望に触れてくれた礼として…な。強き娘…レフィルよ…。』
 その感覚が収まった頃には、八岐の大蛇の姿は何処にもなかった。

 ジパングの集落に戻ると…女王ヒミコが居なくなったとの事で辺りは騒然としていた。
「レフィルちゃん!」
 ニージスの藍色の外套一つしか纏わぬレフィルに、ジパングの民族の服に身を包んだ紫色の髪の女性が駆け寄ってきた。
「…わ…!か…カリューさん…!」
 女性とは思えない程の力でぎゅっと抱きしめられ…レフィルは自分の体の状態の事もあって顔を赤くした。
「生きとって良かったぁ!!おーいおいおい…!!」
 わざとらしく泣き声を口に出す様なおふざけもあったが…彼女の帰還にカリューは相当気が高まっているに違いない。
「よぉやったのぉ!ホレスぅ!モヤシィ!!」
「はっは…。君も大分元気になられた様で。あれを受けてからまだ一日程度だと言うに…ザキ受けたのと同じ様なものですよ?」
「…それは凄い生命力だな…。」
 ヒミコから受けた呪殺を受けて…僅かにやつれてはいたが、それでも幾分か元気そうだ。
「…あーあー随分手ひどくやられとるやないか。…というかホレス…お前、立っとるのも辛いんちゃう?」
 一番重傷を負っているのはやはり…”抜殻の傀儡”、八岐の大蛇…そしてヒミコとたった一人で戦い続けたホレスであった。ヤヨイから貰った黒装束は所々傷つき血を滲ませ、…左手の手甲も煤がこびりついている…。体の治療はもちろん、武具の手入れもある程度必要そうだ。
「…気にするな。これしきの傷。…レフィルを無事に救出できたんだ。この程度で済めば御の字じゃないか。」
「……むぅ、まだわかっとらんのか…。もすこし自分の事大切にせぇなあかんよ。」
「…すまん。」
 カリューが少し不貞腐れた様な顔をしながらも気遣ってくれる様子を見て、ホレスは肩を竦めた。

「ホレスどの!!…む!それにヤヨイではないか!」

 しばらく話し込んでいると、騒がしい街中の方から…甲冑を纏った男が大声で呼びかけてきた。
「…あんたは…トウマか…。」
「トウマ様…。」
 ヤヨイはトウマの姿を見ると…目を逸らしてホレスの影に控えた。
「…よい、もうお主を捕らえたりはせぬ。」
「はい…。」
「過ちには気づいた…いや、それを正そうと向かっているのか…。」
「…うむ、ここは是非とも正しい国の治め方を見直さねばならない。その為に…一度皆を集めるつもりだ。果たしてこの混乱が容易く収まってくれかは分からんが…。」
 女王の独断による生贄により、多くの犠牲が出てしまったのは間違い無い。
 
「正しい神のあり方、それならば僭越ながら私が指導して差し上げましょうぞ!!」
 
「…おお、それは頼もしい!オードどの!歓迎いたしますぞ!」
 話の途中でオードが割り込んできたのに対し、彼の言葉に…トウマは目を輝かせてそう返した。
「ま…待て…」
―こ…こんな事だから…ヒミコに良い様にのさぼらせたんじゃ……??
 ホレスの言葉はオード…トウマの二人には全く届かない…。確かに…神というものへの信仰を違えたのも原因の一つではあるのだが…。
「……して、ヒミコ様はいかがなさったのだ?」
 トウマはオードと固く握手したまま、ホレスに真顔でそう尋ねた。
「…八岐の大蛇に…」 
「……そうか。」
 事情を説明されて、トウマはしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げて…いまだ混乱気味の群集へと歩き…

「聞け!皆の者!」
 
 大音声で一喝するように、民へとそう呼びかけた。 
「ヒミコ様はその御身を彼の八岐の大蛇に捧げ、その命と引き換えに生贄を終わらせたのだ!!」
 八岐の大蛇がヒミコを一瞬で葬り去り、生贄の元凶を断ったのを…表現を変えて皆に伝えた。真実を知るのはホレス達とヤヨイ…そこに居合わせた者だけだった。
「…そして、かつてヒミコ様はこう仰せになられた!”我亡き後は、皆で力を合わせ国を治めよ”と!…娘達よ!もはやお主らが生贄の責務を怯える必要はない!暁の下に在るこの国を…より良き国にする為に皆の力が必要なのだ!」
 そのかつての名君としての志を失い力に溺れたのか…それとも皆への建前だったのか…。トウマはヒミコがかつて残した言葉をそのまま皆へとしきりに叫び続けた。

「……後はジパングの連中の仕事か。」
 ジパングの民達は皆トウマの話に聞き入っていた。その様子を横目に…ホレスはそう呟いた。
「はい、お世話になりました…。」
「いや、オレもあんたが居なければ死んでいたかもしれない。感謝するよ。」
 思えば初めにヤヨイを助けた事が、良い方向に物事を進めていた。その彼女にホレスはまた助けられて…火の山への十分な備えも出来た。
「…それで、あんたがくれたこの武具…手入れして返した方がいいか?」
「……いえ、それはホレスさんが持っていて下さい。あなたは冒険者さんのようですし…その服も馴染むようならばあなたが使ってこそ価値があると思います。」
「そうか?…それはすまないな。大事に使わせてもらうよ。」 
 隼の剣にドラゴンクロウとドラゴンシールドが一体となった左手の手甲等漆黒の武具、投擲武器など数多の小道具…そして、鬼神の仮面。これほどの道具が一度に手に入った
「本当にありがとうございました…。再びジパングに訪れられる事があるならば…またお目にかかれる事を祈ります…。」
 ヤヨイはホレスに頭を下げると、はにかむ様な笑みを浮かべて…顔を逸らしながら…群集の中へと消えていった。そこには彼女の帰還を祝う者達が集っていた。
「いやはや、随分と好意を持たれる様で。」
 ニージスはホレスとヤヨイの間でかわされた会話の一部始終を聞き届け、にこっとしながらホレスにそう告げた。
「…違うな。……窮地に陥った所を救われると、情に走りやすいだけだろう。」
「ほぉ、では君はヤヨイの気持ちを弄んだだけと?」
 余計にニヤニヤしながら、ニージスはさらりととんでもない事を口にした。
「それは尚更違う。むしろ逆にヤヨイが色々と進んで協力してくれた。その事には感謝している。」
「ヤヨイがああしたのは…君が助けたからでは?」
「…さあな。オレはただほんの気まぐれで助けてやっただけだ。……上からの下らん力で押さえつけてられている奴…見るに堪えないからな。」
「まぁ君がそう思うならよしとしましょうか。」
 ”他人のことを利用している”と自称しているホレスだが…むしろ逆ではないかという思いは口にせず、ニージスはそんな彼にますます興味を抱いた。

ハラリ……

「…ん?」
 その時…ホレスの目の前に…赤い封筒がゆっくりと舞い降りて来た。
「これは…。」

”レフィルとホレス宛て ムーより”

「…ムー?わたし達に…?」
「……随分と汚い字だな。」
「はっは…私にはそれなりに丁寧に書かれた様には見えますがね。私は走り書きし過ぎますからな。」
 空から突然降ってきたのは流石に驚いたが、他は特に怪訝に思うことなく、ホレス達は手紙の中身を読み始めた。

レフィルとホレスへ

二人とも、元気?私は世界樹の里に辿り付いて記憶を取り戻すきっかけを探してる。
そこに至るまでに色々な呪文を思い出した。でも、肝心の記憶はまだ全然だめ。
赤い色の綺麗な玉をアヴェラって海賊のでくのぼうと戦って戦利品として手に入れた。メリッサは「何か不思議な力があるかも」って、時々それを見てる。あなた達は何かわかる?
レフィル、あなたは無茶しちゃだめ。初めから強い勇者なんて珍しい、多分。
…ホレス、あなた自身が死のうとしなければ、あなたは殺しても死なない、…多分。だからきっと生きて会えるって信じてる。

ムー

「「「「……。」」」」
 そこには…あまりに淡々とした言葉で綴られる…しかし二人を想う気持ちが伝わるような文が、とても汚い字で書かれていた。
「…な…なんやこれ!?…読めんで!?」
「……ですな。君にはまず無理でしょー。」
「モヤシィッ!!」
 呪殺を受けて倒れ込んでいたにも関わらず…全く衰えを見せない腕力で、カリューはニージスを締め上げた。
「…はっは、やはりお元気そうで。」
「おお、そらありがとな…って何言わせとんじゃ!!モヤシ!!」
ベキベキ…!!ゴキンッ!!
 いつもと変わらぬ光景を一目見て嘆息しながら…
「…ムーからか…。久しぶりだな…。」
「うん…。」
 二人は赤い髪の魔法使いの少女からの手紙に目を奪われていた。
「…赤い色の玉…これもオーブなのだろうか…。」
「というか…海賊…?でくのぼうって……。」
「…アヴェラか。”赤の月”首領にして一番の強者だろ…。それに勝ったのか?」
 悪名高い”赤の月”海賊団とも戦ったのだろうか。それで無事でいる事が驚きではあるが。
「……世界樹…か。オレ達も行くか…?」
「そうね…。あの子に…会いたいな…。」
―あれから…半年以上経つものね…。
 共に行動したのは二ヶ月前後程度ではあったが…その間に色々あった事が記憶に新しい。
―…あいつも…ようやく故郷についたんだな。
「…じゃあ行こうか。世界樹はムオルから北の位置にある海峡を抜けた先にあるそうだ。」
 紫の光…パープルオーブを手に、ホレスはレフィルと共に歓喜に溢れるジパングの通りを歩いていった。

 数日後に…世界樹の森で起きた惨劇…そして、これから待ち受ける試練…。
 運命は遂に三者を引き合わせる…。

(第十六章 暁に目覚めし… 完)