暁に目覚めし… 第十二話
「…く…!」
 体に負った傷は深く…ホレスは思うように動く事が出来なかった…。投擲武器は先ほどの一投で全て使ってしまい打ち止め…残るは二、三個の爆弾石と僅かな小物類…それと雷の杖のみ。
ガ…ゴゴゴゴゴゴ……!!
 しかし、それは背中に氷剣を突き立てられ、首が二本動かない八岐の大蛇も似たような状況らしく、凍て付く冷気に体力を徐々に奪われ…明らかに動きに異変が生じている。
―…こいつも…所詮は一つの生命に過ぎないという事か…
 一見するとホレスの方が明らかに不利とも思えるが…彼が吹雪の剣で八岐の大蛇へと放った氷の刃は未だにその源と共に敵の命を苛んでいる…或いは大蛇もそれなりの痛手を負っているのかもしれない。
―あの武器が…それなりのものであれば…或いは…
 そうなると…後は気力の勝負という事になる。
「……とにかく…あの剣を…」
 八岐の大蛇はその体の大きさの代償に自らの巨躯による死角が大きい。それは多く視界を得られると思われるそれぞれ二つの目をもつ八つ首を支えるだけのボディバランスが裏目に出たところかもしれない。ホレスは大蛇が体を動かしてくるのに合わせて走った。もちろん、目指すは尾に刺さった剣だ。
「…く!」
 体当たりや踏み付けによる攻撃と、それにより撒き散らされる石壇の破片によって…なかなか尾への距離は縮まらない…。元々小回りが効く相手ではないが、ただ体が大きく強い…それだけでも十分な脅威だった。
「……ならば…」
シャッ!!
 再び自分に向けて…八岐の大蛇の体重を支える足が巨大な鉄槌の如く打ち下ろされるのを見て、ホレスは腰に下げた袋の中身をばら撒いた。それは金属音を立てながら石壇に転がった。

ギャッ!!

 床に撒かれたのは…四つの楔の尖端が丁度正四面体の頂点に位置する様な金属の武器だった。
―”マキビシ”…とか言ったか…。
 新しい黒装束と竜燐の手甲と共にヤヨイから受け取った…数多くの武器の一つであるそれは、八岐の大蛇の足に突き刺さり…一瞬巨躯のバランスを崩させた。
「ふんっ!!」
 その足に、ホレスは更にありったけの爆弾石を投げつけた。

ドドガガガーンッ!!!

 爆発の衝撃と、無理に体を支えていたために掛かっていた力が足の内部を砕き…支えを失った八岐の大蛇はそのまま前へ倒れ込んだ。
「もらった!!」
 動きが止まったのを逃さず、ホレスは八岐の大蛇の体を駆け上り、一気に尾に刺さった剣のところまで至った。
「抜けろ!!」
 彼は刺さった剣の柄を掴み…大蛇の体から引き抜こうとした…。
「…くそ!抜けないのか…!?」
 やがて八岐の大蛇が立ち上がろうと必死になって暴れだし…その尻尾も激しく揺らぎはじめた。
「…ぐああああっ!!」
 何度も地面に打ち付けられて…ホレスは凄まじい衝撃を受けた。だが、今度は剣から手を離す事は無かった。
―まずい…!このままでは…!!
「……竜の鱗を貫いた利剣よ…お前の力を今こそ見せる時だ!!抜けろ!!」
 洒落にならないダメージを負いながら、ホレスは八岐の大蛇の体に刺さった剣に呼びかけるようにそう叫んだ…。その時…
「…!」
 その剣の刀身が妖しく光り…
ズズズッズズズズッ!!!
「…うあああっ!!」
 急にその場から滑るように…刺さった剣が八岐の大蛇の尾を切り裂いた。

ゴガアアアアアアアッ!!!

「…!!」
 ニージスは、一際大きな大蛇の慟哭を聞き…その動きを一瞬止めた。
「……ふむ…、頑張っているようですな。あの子も。」 
「…何故だ…?今度は何故そなたも…」
 対峙している女…仮面の欠片でまだ目元は隠れているが、その口元は明らかに怪訝な表情で歪んでいる。
「…はっは。私の十八番の呪文がここで”また”役に立とうとは思いませんでしたな。」
「……ふん、いずれにせよ…大蛇に仇なす者をこのまま泳がせておくのは好かんな。」
 仮面を被った女はそう言い放つと、折れた刀を捨て、背負った弓を取り、ニージスに向けて矢を引き絞った。

カシュッ!!

「おっと!スカラ!」
 ニージスは防御呪文スカラを展開し、矢を受けた。だが、激突と同時にその防壁は解かれて効力を失った。
「……ふむ、ザキの次はマホトーンと。随分手が込んだ魔法具をお持ちのよう…」
シュカカカカカカッ!!!
「…って…ぉおおうっ!?」
 今の攻防で呪文効果を打ち消された事に対して軽く思案して何かを呟きかけたところで…ニージスの目の前で無数に矢が刺さった。
ぼんっ!!
 矢の一つが当たったその瞬間、彼の姿は煙となって掻き消えた。
「…ふん、逃げたか。たわいも無いヤツよ。」
 女は弓を手に、石壇へと向かった。

―…斬れた!?いや……!
 二つに分かたれた尾を見やりながら…ホレスは石壇からゆっくりと立ち上がった。そして、手にした剣を見た。大蛇の血に染まった刃…それはさほど鋭いものには見えない…。
「……こいつは…まさか!」
 ホレスはその剣を八岐の大蛇へと振りかざした。刀身から呪詛の言葉が紡がれ…言霊となってその体を包んだ。

ガ…!?

草薙の剣

その存在さえ分からぬ、ジパングの神話にあるという神剣。
巨大な魔物に喰らわれて死した英雄の剣。
その魔物に屠られた数多の者達の怨念が宿るといわれる。

 大蛇の体に僅かに亀裂のような物が生じるのを感じながら…ホレスはかつて手にした文献の内容を思い出していた。
―…怨念…これは…ルカナンの様なものか!

グルルルルルル……!

「…再生…か。」
―…生贄にされた者達の魔力を吸った…その力で…
 いつの間にか八岐の大蛇の体につけられた一部の傷が修復されている…。致命傷を受けた頭は回復していないようだが…先程まきびしと爆弾石で内側から崩した足はほぼ完全に治っているらしい。
「だが…!」
 吹き付けられる炎を避け、ホレスは隼の剣と大蛇の尾に刺さっていた…草薙の剣を手に大蛇の懐へ目掛けて走った。

ザッ!!

 右手に握る隼の剣が大蛇の頭の一つの顔面を切り裂いた。返す刃で正面から迫るまた一つの頭の顎を斬った。
「…く!」
 六つの頭に阻まれて、先程と同じ様には行かない。そして…
グギャアアアア!!
 またホレスの体を八つ裂きにせんと、大蛇の首が一斉に彼へと殺到した。
「…させるか!!」
 
―爆弾石は尽きた…。後は…
 大蛇の攻撃をさばきながら、ホレスはその背中に刺さっている吹雪の剣を見た。
「…はっ!!」
 左手をドラゴンテイルに持ち替えて、まとめて六つの首を叩き払って、僅かに怯んだときを狙ってホレスはまたその一つに飛び乗った。そのまま左の棍と右の剣を振り回しながら、再び大蛇の背中に昇り、一気に吹雪の剣の下まで走った。
「切り裂けえっ!!」
 駆けた勢いそのままで大蛇の体に刺さった吹雪の剣の柄を掴んだ。

ギャアアアアアアアアアッ!!!

 吹雪の剣は八岐の大蛇の背を伝う様に一気に切り裂いた。怒号とも悲鳴とも聞こえる壮絶な叫びを上げつつ八岐の大蛇はホレスに襲い掛かった。今までの攻撃で傷ついているはずだが、これまでにない速さと殺気で迫り来る…!!
「…本能…か。」
 命の危険が迫る…そうした時に生物は限界を超えた力を発揮する事がある…。今の八岐の大蛇も或いはそうした状態なのだろうか。
「……だが!」
 八岐の大蛇がある程度踏み出してきた所で、ホレスは吹雪の剣と草薙の剣を同時に執り、大蛇へと十字に振り切った。まず呪いの言葉が大蛇に纏わりつき…堅牢な竜の鱗から強度を奪った。そして…

ゴォッ!!!

 巻き起こった吹雪と共に、無数の氷の楔が八つの頭と胴体を同時に襲った。

ガアアアア…ッ!!!ガ……ゴ……!!

ズゥウウウウウウウウウン……!

 八岐の大蛇は氷に体の随所を貫かれ…力尽きて石壇の上に伏した。

グ…グゥ……

 その十六の瞳には…先程まで灯っていた獣の怒りの様な光は無く…徐々に生気を失っていった。
「…レフィル……」
 ホレスはレフィルを垣間見た。…既に大蛇は致命傷を負って動けないにも関わらず、まだ鋼鉄化している…。
―…心を閉ざしているのか…。
 大蛇に対して武器もなしでたった一人で戦い…自分の無力さ…そして死への絶望が彼女の時を止めたままにしているのだろうか…。
「……レフィルを傷つけておいて、死を免れると思うな……!」
 彼は隼の剣を手に、ゆっくりと八岐の大蛇へと歩み寄った…。

カシュッ!!

「…ッ!!」
 その時…ホレスの胸元へと矢が飛んできた。それを受けて、彼は仰向けに倒れた。
「ほほほ、礼を言うぞ…。」
 矢を飛ばした張本人…仮面をつけた黒髪の女が石壇の上にその姿を現わした。彼女の手に握られた弓は微かに震え…その余韻を奏でている…。
「…よもやそなたの力で…八岐の大蛇を仕留めようとはのう。ほほほ。」
 仮面で顔の上半分が隠れているが…端正で美しい口元は愉悦に歪められ…妖艶な雰囲気を醸し出している。
「…ぐ……!貴様は…!!」
「ほぉ、まだ生きておったのか。…その矢には先にまみえた時と比較にならぬ呪術を施したというに…。」
 ホレスはあざ笑う様に振舞うヒミコに…憎憎しげな表情を露にしながらふらりと立ち上がった。咄嗟に矢を掴んでいた為に、その鏃が彼の身を貫く事は無かったが、それでも僅かに体に食い込み…抜いた跡からささやかに血を流している…。
「何故貴様がここにいる!…女王…いや、ヒミコ!!」
 そこにいたのは…仮面で隠されているものの、その出で立ちから…自分達をこのような場所に陥れたジパングの女王、ヒミコその人であった。
「…いや、それより…何故レフィルを八岐の大蛇の生贄としようとした!?」
「ふん、思ったより騒がしい輩よの。…知れたこと。そちがヤヨイを勝手に助け出そうとした代償だろうに。」
「…ち!貴様の呪術とやらは…そんな下らない小細工も出来るのか…!」
「下らないとは随分な言い様じゃな。…まぁ良い。ほっ!」

バチンッ!!

「!!」
 ヒミコが指を鳴らすと、黒い小さな雷のようなものが発せられ、ホレスの体を包み込んだ。
「縛霊の術よ…さぁ、ひれ伏すが……!」
 しかし、ホレスは雷に触れながらもそれを突破し、虚空へと斬り付けた。
「ちっ!!…何だったんだ…!?」
 聴力を頼りに、彼は敵の位置を把握した上で攻撃したのだ。
「…ほぉ、それを抜けたと。更には……幻を見破ったか…」
 ホレスの隼の剣の軌道から、何も無いはずの空間から突如ヒミコの姿が現れた。だが、紙一重でその一閃をかわされている…。
「…!」
 ヒミコは矢を番える事無く、ただ弓を引いた体勢でホレスへとその先を向けていた。
「…ほほ、これも効かぬかえ。さすれば…」
 
ビンッ!!

 弦を持つヒミコの手が離されると同時に…弓と垂直に赤い光の矢が放たれてホレスを射抜いた。
「……!??」
―…な…なに……!?
 それは確かにホレスの心臓を貫いた。…しかし、それは彼の胸を素通りする様に通過していった。
―……どうなっている!?オレは確かに…体を…!
 一瞬命を脅かされるような悪寒が全身に走った…だが、それだけで彼の体には何も起こらなかった。
「実に面白い体をしておる。」
「!?」
 僅かな間我を忘れて自分の体を改めているホレスの様子に苦笑しながら…
「…そなた、やはり呪詛の類がまるで効かぬようじゃの。否、受け付けぬと申したほうが良いか。」
 ヒミコはホレスにそのように告げた。
「……!!」
―呪いが…効かない!?
 ランシールの地球のへその中でも…ホレスはミミックからザキを受けた。だが、殆ど影響を受けずにそのままその魔物を倒し、先の戦いでも何ら支障は無かった。
―…そう言われると…確かにつじつまは合うが…
 おそらくは呪いの力を持つ鬼神の面をその代償をなしに使えたのも…或いはその為だったのかもしれない。
―…つまりは…あいつの妙な攻撃はオレには通用しない…?…だが…それだけではない…!
「…ッ!!」
 次の手を打たれる前に…と咄嗟に判断し、ホレスは隼の剣を逆手に持って、ヒミコへと斬りかかった。
「吼えるな。」
ドゥッ!!
「…う…っ!?ぐあああああああっ!!!」
 ホレスは目の前で突然発生した爆発に巻き込まれてその場からはじき出された。
―く…イオラ…!?くそ…呪文まで…!!
 どうやらヒミコは呪文にも長けているらしい。ホレスが気付かぬタイミングで一瞬でイオラの呪文を発動させたようだ。
―…ち!おまけに詠唱なしか!やっかいな!
 詠唱を必要としないとなると…ホレスの聴力の意義が半減する。少なくとも一テンポ以上反応が遅れてしまう事になる。
―……くそ…!こんなときに!
 自身は八岐の大蛇と単身戦い満身創意の状態である。その上で呪文にも長けた…女王を騙る妖術師と戦わなければならないのか…。

「……かつて、八岐の大蛇がこの地に舞い降りた。それは時を遡る事二年、わらわは見た。神と呼ぶに相応しいその身に秘めた魔力を。」

 地面に倒れ伏せているホレスを見下ろしながら、ヒミコは語り始めた。
「…それは蠢く者共を喰ろうている内に次第に増しておった。…しかし、飢えた獣程度のものでは然程力を得ぬようでな…。」
「……。」
 どうやら八岐の大蛇は他の生物の力を取り込む特性があるようだ。ヒミコはさらに言葉を続けた。
「……わらわはこの剣に込めた力により、八岐の大蛇を我が手の内に収めた。叡智ある…そして神と恐れられし存在といえど…所詮は獣に過ぎぬゆえ容易い事よ。」
 イオラの爆発でホレスが手放してしまった草薙の剣を取りながら、最後の真実を告げた。
「…叡智…だと…!?」
 自分が戦った巨大な怪物…それは元は分別ある存在であり…それを狂わせたのは…
「……まさか…八岐の大蛇から理性を奪ったのは貴様か!」
「左様。そなたが剣を抜いた事で、直に自我を取り戻す。もっとも…そなたが負わせた傷は深く、もはや何も出来はせぬじゃろうに。ほほほ。」
「……!」
 八岐の大蛇を祀る事も…それに捧げる生贄も…全ては初めからヒミコが…。
「まぁ良い。”傀儡”として使えぬならば…そなたはここで死ぬが良かろう。」
「……ち…、そう簡単にはやらせん…!」
 イオラと思われる爆発を受けてなお…ホレスはどうにか立ち上がった。だが…これ以上は持たない…。

「……全ては…あなたが仕組んだ事だったのですね……。」

「…!」
 にらみ合ってから程なくして、…大蛇がいる方向から少女の声が聞こえてきた。
「……ヤヨイ!?」
「…ほぉ、来たか。生贄にでもなりに来たか?」
 ヤヨイは八岐の大蛇を怖れる様子も無く佇んでいる。…全てを知った後で…恐怖はもはや無い。
「…神と崇められた者を……自分の力の苗床にするなんて…!」
「神というものなぞ初めからおらぬというに。そうじゃの…」
 怒りを露にしてかつての主君に吐き捨てるヤヨイに…そう呟きながら首を振り言葉を返した…。
「…わらわが神ぞ。こう申せば満足かえ?」
「………。」
 その答えに、ヤヨイは冷たい視線と表情を崩さずにヒミコを睨んだ。
「…違うな。」
「…ほほ、何が?」
「……あんたは八岐の大蛇の事を獣とかぬかしたな?…じゃあ、あんた自身はどうなんだ?私欲に溺れ、神の眷属はおろか、あんたの下にいる民さえも喰らおうとする。あんたも所詮は獣に過ぎないだろうに。」
「……。」
「所詮はオレと…何も変わりはしないんだよ。オレはレフィル達の力を利用して今ここにいる。そして…いずれはあの子の事さえも裏切る事になるんだ…!」
 ホレスの語る言葉に…あからさまな嘲笑を浮かべながら
「……言い残す事はそれだけかえ?」

グ…ググゥ……

「…ほぉ、ようやく自我を取り戻したか。だが…もう遅い。」
『………ぐ…お前は……!』
 八岐の大蛇は…ホレスと戦っていた時とは違う怒りの目で、ヒミコをねめつけた。
「ほほ、今までお前が娘を喰ろうてきた様に今度はわらわがお前を喰ろうてみせようぞ。」
『……わしを……喰らうというか…!…不覚…!』
「ふん…、所詮あの者の力を喰らい損ねたとはいえ、そこにいる凡人如きに倒されるとは。」
 ヒミコは鋼の女性像…レフィルを指差しながら八岐の大蛇に嘆息した。

「…凡人…ですかねえ…?彼は十分過ぎる程バケモノだと思われますが。」

 その時…いつのまにか…ヒミコの後ろをゆっくりと歩む影が不思議そうにそう呟いた。
「……ほほ、そなたとてわらわの前には何ら用は成さなかったと言うに。」
「はっは。否定できませんな。」
 その闖入に然程驚いた様子も無いヒミコの皮肉にも軽く笑って流した彼…ニージスを見て、ホレスはすぐに呼びかけた。
「…ニージス!無事だったか!」
「もちろんですとも。私も死ぬのは勘弁ですから。」
―…ってバケモノは否定されないので…
 共に過ごしたときだけでも…何度深手を負ったことだろうか。レフィルや自分の呪文の助けがあるとはいえ、今もまた激戦を潜り抜けてきたホレスに…ニージスは密かに薄ら笑いを浮かべていた。
「まぁ良い。この大蛇より得た力で皆殺しにしてくれよう。その後で…そこの娘の命をゆっくりとすすり取ってくれるわ。」
「…そうは……させるか!」
 ホレスは雷の杖を左手に握り、それをヒミコへと振るった。

バチンッ!!

「…!?」
 しかし、それはヒミコに当たるなり…彼女の体に吸い込まれる様にして消えた。
「ほほ…無駄なこと。」
「あらぁ…私だけの専売特許では無い様で…。まぁ今に始まった話でないにしても。」
 その様子を見て、ニージスは間が悪そうに…されど何処か興味深そうにそうぼやいた。
「そなた如きの幼稚な術とは次元が違うと言う事よ。大蛇より取り込んだ力…甘く見てもらっては困るの。」
「おやおや、大した自信をお持ちのようで。」
 力の差に圧倒されながらも、ニージスはまだ何処か余裕のある表情と口調でそう返した。
「呪が効かぬなら……大蛇の炎により燃え尽きるが良い!!」
 ホレスとニージスに呪術が効かないと分かると、ヒミコは呪文を唱え始めた。大蛇の炎に負けずとも劣らぬ灼熱の熱波が彼らへと津波のように押し寄せてくる…。
「マホトラ」
「!」
 その時、ニージスは呪文を唱え、迫り来る炎に向けて掌をかざした。
「…むぅ…流石にベギラゴン…、これは……少しキツいですな…!」
「ニージス!」
「はっは、…まあかわす術はこれしかないようなので。」
 彼のいう専売特許…それは魔力を奪う呪文、マホトラだったようだ。掌に炎の呪文が吸い込まれる様に消えていく…。だが、彼の額からは汗がにじみ出ている事から…負荷は大きい様だ。
「無駄な事よ。抵抗せねば楽に殺してやったものを…愚か者め。ほほほ。」
 ヒミコは自らが放ったベギラゴンの呪文に徐々に押されるホレス達を愉悦の表情で見て笑っていた。

「……ホレスさん…、ニージスさん……」
 ヤヨイはヒミコの放った炎により、逃げ場を失った二人の青年の姿を…動かなくなった八岐の大蛇の側から呆然と見ていた…。
―私が…ヒミコの後ろをとっても……だめ…。どうする事もできないの…?
 遠くに立っている鋼の像…それはホレスが助け出そうとしていた自分の代わりの生贄の少女…。
「…駄目よ…、こんな事が許されるはずがない…。」
 このままでは、彼が成してきた事全てが無に帰してしまう…。そればかりか、ヒミコは大蛇の力を得て…今度は自分ばかりでなく、国の全ての命を我が物とする事になる…。
「……生贄でも…なんでもする…。だから誰か…あの人達…私達の国を助けて……!」
 命を失いたくないと逃げ惑った少女は…今は自分を救い出した異国の青年達の為に、そして…国の為に…命を賭して祈り始めた。

―………よかろう…。そなたの命…わしが借り受ける。

「……え?」
 その時…脳裏に厳かな雰囲気の女性の様な声が響いた。
―約束しよう…。必ずあの勇気ある若者達を我が手で救おうぞ。
「…あ……。」
 その声を聞いたのを最後に…ヤヨイの意識は暗転した。
―……あなたは…やはり……