暁に目覚めし… 第三話
「なんだ…!?」
 ホレスはレフィルの手を引いて道の脇に避けた。直後、ガチャガチャと金属音を立てながら、数人の男が走っていった。
「…地元の人の様で。」
 どうやらその音は、彼らが身に付けている鎧がすれる事で出ているようだ。
「そやかて…一体何を追っかけとるんや?」
 数人の物々しい出で立ちの男達が目の前を通り過ぎていったのを見て、ニージスとカリューは顔を見合わせた。
「むむむ…!一体何事で…うっぷ…。」
「…あんたは無理するな。」
 まだ吐きそうなのか、口元を押さえて俯いているオードに呆れた様にそう告げながら、ホレスはその聴覚を研ぎ澄ました。

「どうか…どうかお見逃しを!!」
 息を切らしながら少女がなにやら懇願している様だ。
「ならぬ!!例外は認められぬ!わしとて一人娘を失った身!…だからこそそなたもまた、この国に身を捧げねばならぬのだ!!」
 野太い声がそれを却下し、少女に言い聞かせるように叫んだ。
「…いや!私は…まだ死にたくない!!」
「……っ!捕らえよ!!」
 少女の必死の叫びに、一瞬男の声が詰まったのをホレスは聞き逃さなかった。
―…何だ…?この状況は…?
 遠く離れた所でのやり取りを正確に聞き取ったホレスにも…何故にこうなっているのか…理解に困った。
―……娘…?…身を捧げる…?……どうなっている…?
 
「…いや……私は…あの人と……」
「やめろ!……他の女子も皆…その命を以って…この国を守ってきたのだ…!」
 果たして少女は捕らえられて、声の主達がホレス達の目の前を横切った。
―…命を以って…だと!?
「……それでも……」
「何も言うな。…連れて行け。」
 男は俯きながら、側に居た部下達に命じて先へ進ませた。
「…一体何が起こっているんだ…?」
 ホレスは連れ去られていく少女を呆然と見やりながら…思わずそうもらしていた。
「……む…、主等は旅人か。」
「あ……え……その…」
「………。」
 残った隊長格らしき男に突然声をかけられて、レフィルは気まずそうに声を上擦らせた。
「ふむ、まぁ旅人と言って間違いではないかと。」
「……一体何したん?あのコは…?」
 他の三人は状況に困惑しつつも、男に向き直った。
「我々は船で今この島に辿り付いたばかりでして…。」
「船と…。なるほど…海の外よりおいでなされたか。…大変見苦しい所を見せて恐縮至極。貴方方はどちらへ?」
 ニージスが軽く事情を説明すると、男はレフィル達に深く頭を下げながら尋ねた。厳つい意匠の兜とただの金属製の鎧とは違い所々に刺繍が施された芸術品の様な鎧…男はそうした物々しい出で立ちをしていた。
「ジパングにある…紫の光を求めて…。」
「”紫の光”…?それは…もしや、主様が持つ…パープルオーブの事やもしれん。」
「パープルオーブ?」
 どうしてオーブの名をこの男が語っているのか不思議に思い、レフィルは首をかしげた。
「…この様な有様だが、出来る限りもてなし致す。付いて来なされ。」
 男は先程の事が頭から離れないのか少し間を開けたが…その後はいたって平静にレフィル達にそう告げて先へと歩き始めた。
「あの…」
 レフィルは彼に何処か言い難そうに声をかけた。
「…ん?」
「さっきの子…一体何が……」
 その質問に対して男は暫し黙り込んだ後…
「これは…貴殿らが関わる問題ではないと拙者は心得るが…。」 
 歩むスピードを早めながら呟く様にそう返した。
「それはオレも気になるところだな。……あの様な年端もいかない子供を追いまわす理由…それは一体何だというんだ?」
 すぐにホレスは彼を止めるように目の前に出て、更に尋ねた。男はそれを聞くと、歩む足を止めた。
「……どうあっても知りたいと言うのか…?」
「…知りたいも何も、大体の予測はついている。だが、あんたが何を恐れてその様な理不尽を許すのか、それが聞きたいんだ。」
 目の前で繰り広げられたジパングの状況の欠片…それを見せ付けられてしまっては多くの者が何であろうと興味を示すのは間違い無い。もっとも、要らぬ事に首を突っ込むのは美徳ともいえないが。
「そうだな…貴殿らに隠し事は無駄の様だな。分かった。とりあえず拙者の家まで。」
 だが、それに気を悪くした様子も無く、男は案内を再開した。

「…むむ!外人がいるぞ!!」
 男に連れられた集落の入り口に差し掛かった時、松明を持った見張りらしき者が目の前に立ちはだかった。
「……外人…か。」
 外人…自国から外より訪れた者に対する呼称…それが意味する事は…よほど他所からの旅人が珍しいか、或いは歓迎していない…大方そういった事だろう。
「……良い、今日ここに至った旅人達だ。客人としてわしの家で出迎える事となった。」
「左様ですか。…しかし…何故に斯様な地に…」
「…それは彼らの思う所だ。そなたが知る必要などない。」
「はっ…。」
 男は身分が高い者なのだろうか、自分達に訝しげな視線を向けてくる門番を言い含めて道を開けさせた。
「ようこそ。暁の下に在る国、……へ。」
「ジパング…ではないのか。」
「ああ、それは遥か昔に立ち寄った旅人達がつけた名だ。以来それを別称としておるがな。」
 ジパング…それは旅人が使っている一般的な呼び名でしかないのか。ほんの些細な事であれど意外な事実にホレスはほぅ…と感慨深く息をついた。

「…ぉぉお…あんたぁ、帰ってきたんだね…。」
 男の家に着き、戸をあけると、男と同じ位の歳の中年の女が出迎えてきた。この辺りでは粗末な衣服に身を包んでいる。
「…ああ……。」
 男は兜を取りその女に手渡した。
「そちらさんは?」
「…今日海を越えていらした旅人の方々だ。粗相の無い様にな。」
 そう言うと男は鎧を外そうとそれに手をかけながら別室へと向かった。
「遠い所からわざわざお疲れでしょう?ゆっくりと休んでおいき。」
「あ…ありがとうございます。」
 この家の主の妻が暖かな笑みを向けてくるのに対して、レフィルは何かを感じて少し慌てた様子で返礼した。
「…でも、あんた見てると思い出すよ…。数日前に居なくなった娘の事を…。」
「娘さん…ですか?」
 目の前に差し出されたお茶を一礼しながら手に取りながら、レフィルは女性に目を向けた。
「……もう二年程前の話になるかねぇ。ねぇあんた。」
 彼女が奥の部屋の扉へと目をやりながらそう言うと、それが開き、先程の甲冑ではなくこれもまたジパング特有なのか見慣れない型の平服に身を包んだ男が出てきた。
「ああ…そうだな。その前に…拙者はトウマと申す。妻の名はマツ。そなたらも名乗られよ。」
「おっと、そうでしたな。私はダーマの十代目賢者、ニージスと申します。」
「おお、せやな。わて、カリューですわ。」
「レフィルと申します。」
「…ホレスだ。」
 彼、トウマの言葉に従い四人はそれぞれ名乗った。
「…ん?そちらの御仁は如何なされたのだ?」
 …が、トウマは残りの一人…苦しそうに俯いている神官の姿を見て、首をかしげた。
「この人はオードさんです。…ここに来る途中で船に酔って…いやはや。」
「む…それはいかんな。…マツ、オード殿にすぐに寝床を準備してやってくれぬか?」
「あいよ。あんたも難儀な人だねぇ。」
 マツは、主婦として力仕事をこなしてきたがっちりとした腕でオードを引っ張り上げて、奥の部屋へと入って行った。
「…先程マツが申したとおり、話は二年前になる。」
 トウマは神妙な面持ちで語り始めた。

 …それまで、我らは大地の恵みのもとで育まれる作物を得て変わらずとも平穏な日々を過ごしてきたのだ。…だが、それはある時突然崩れ去った。
 突如として巻き起こった火山の噴火。降り注ぐ火山灰が田畑へと降り注ぎ、作物が枯れ…我らは飢えに苦しむ事となった。そして、住処を失った魔物達も村へと進入してきたのだ。

「ふむ…。噴火により被害を受けたのは人も魔物も同じ様でしたな。」
 トウマの話の途中に、ニージスは噴火による影響を受けるのは人間だけではなく、自然にあるものすべてだと言う事…それを口に出して反芻していた。魔物も生きる為に必死であるのは間違い無い。
「…だからといって、このままのさぼらせておく筈も無いだろう。」
 無論、自らの犠牲を心から望む人間はまずいない。ホレスはそう告げて次の言葉を待った。

 左様、わしらも必死に戦った。だが…魔物の襲撃は止む事が無く、そのたびにわしらが蓄えていた残り少ない食糧を奪い去っていくのだ。もはや生きていくのもやっとと言う状況に陥ったその時…この国を救ったのは……

「…そう、八岐の大蛇だよ。」
 トウマが語り終える前に、オードを寝かしつけたマツが戻ってきて、その名を告げた。
「八岐の大蛇だって?」
「…ふむ、聞くからにとんでもない怪物ですな。」
 八岐…八つの頭を持つ…大蛇…その呼称から容姿は簡単に想像がつく…。
「その魔物が…ジパングを救ったのか…?」

 うむ。襲い来る魔物達を口より吐き出す猛火によって焼き尽くし、或いはその八つの竜の頭で跡形も無く喰らい千切ったのだ。そして、それから急に土地に実りが戻ってきてな…その時は本当に救われたと思ったのでござる。

「…なるほど…。では、一体何が?」
「これだけで終わりでは無さそうだな。」
 魔物が人間を救う…これが全て本当の話であれば心地よく聞こえるが、その話に裏を感じてホレスとニージスは首をかしげた。レフィルも話に聞き入って、真っ直ぐにトウマの顔を見つめていた。
 
 …そう。それからなのだ。その八岐の大蛇が我らが主…ヒミコ様に向かってこう告げたそうだ。
”月が三度満ち欠けを繰り返す時、汝…我に贄を捧げよ。さすれば我、汝が国に安息を約束しよう。”
 主様はその言葉に従い、娘達を集め、その中より一人を選んで火山へ向かう様に命じられる様になったのだ。

「「「…!!?」」」
 それを聞いた四人は、暫く言葉も出なかった。 
「に…贄とは…やはり生贄の娘の事なのか…!?」
 多くの話を達観して聞いていたホレスもまた、理解していても驚きを隠せないのか、そう声を絞るのがやっとであった。口調からしても明らかに動揺しているのが取れる。
「……わからぬ。じゃが…わしの娘も二番目に選ばれて以来、帰ってこぬのでござる…!」
「…一年半…か。……こんな事が…」
「…もはや生きてはおらぬじゃろう……。」
 トウマもまた、娘を失った絶望を味わったのか…語りから次第に生気が失われていくのをその場の全員が感じ取った。子から…恐らくは死を以って引き離された苦しみにさぞや打ちひしがれた事だろう。
「それでも主様は…生贄の娘を選ぶ事を止めようとせぬ。」
「ふむ…逃げようとした者はどうなったので?」
「…先程見ての通りだ。だが、万に一つ海の外に逃げ遂せた時は、大蛇の怒りを買い、その家族は滅ぼされてしまう…そう主様は仰せじゃった…。」
「……。」
 四人はジパングに上陸したときに目にした光景を思い出した。

―どうか…どうかお見逃しを!!」
―ならぬ!!例外は認められぬ!わしとて一人娘を失った身!…だからこそそなたもまた、この国に身を捧げねばならぬのだ!!

「ふむ……。それは…逃げ出さない方がおかしいですな。」
 八岐の大蛇…その様な恐ろしい名を冠する化け物の元にたった一人で赴き…その後に何が起こるのか…見守る側としても考えたくない…。

「……馬鹿馬鹿しい…。」

 ふと、話を聞いて辺りに重い空気が立ち込めて暫くして…忌々しげに誰かがそう吐き捨てた。
「「「「…!」」」」
「ホ…ホレス!!」
「…おぉうっ!?」
「…な…何言ってんのや!!ホレス!!お前…自分が何言っとんのか分かっとるんか!!」
 あまりにも突然、怒りを買うような言動をしたホレスを、全員が凝視した。
「ああ。…オレが気に入らないのは、下らない生贄などを考え付いた大蛇と、それを安易に続けてさせているヒミコなる女王の姿勢だ。」
 仲間達から驚きと非難の声を浴びせられてもホレスは動じず、低い声で言った。
「…主様を侮辱するか!?」
 流石のトウマも、主を蔑ろにされてはそこで怒りを露にせずにはいられず、床をドンッ!!と叩いてホレスに怒鳴りつけた。
「……あんたがヒミコ女王をどれだけ敬っているか…オレには分からない。礼儀正しく忠義に厚いその姿勢から考えれば如何なる騎士にも勝るほど忠誠を誓っているだろうがな。」
 いきり立つトウマを他所に、ホレスは無機質な表情からくる実に冷ややかな雰囲気を纏いながら言葉を続けた。
「……だが、人は突然変わってしまう物だ。あんたが敬愛していたかつての女王の姿と、馬鹿馬鹿しい要求を強いる今のそいつの姿…どれだけ違う?」
 それを聞いたとき、トウマの目が僅かに見開かれた。
「………。」
 しかし、彼は黙って何も言おうとはしなかった。
「…これは部外者のオレがとやかく言う事でもない一つの可能性に過ぎない。だが、今のあんたの様子からみると、大方当たりじゃないのか?主の間違いを指摘しようなどあんたには酷な事かもしれないが、少なくともあんた自身がヒミコ女王が間違った行いをしていると認めない事には何も変わりははしない。」
「…お主に…何がわかるというのだ…」
 理屈を極めたのと裏腹に歯に衣着せぬ物言いをするホレスに、トウマは肩を震わせながら声を荒げてそう返したが…彼は首を軽く横に振っただけで、再び辛辣とも言える言葉を吐き続けた。
「知らないね。オレはあんた達が死に瀕する程の苦しみをしてきた事も、娘を差し出され続けている理不尽さに対する怒りも…。だが、あんた達自身こそ自分達がそれに対して何をしたいのかわかっているのか?」
 女王の言に従って自分達の娘を差し出さざるを得ず、悲しみの内にあるにしても、無情な現状にただ悪戯に嘆くだけではただ絶望の内に落ちるだけである。そして、先程の様に生贄から逃れようとする娘を捕らえる事に、いずれは”仕方の無い事だ”と諦めの気持ちが現れて、何の感慨も無くなってしまう事だろう。
「……そうだ。わしらは主様の言の赴くままに…ここで娘達がただ死地に赴くのを見ているだけで…」
 ホレスが言いたい事…それをようやく察して、トウマは目を伏せてフゥ…と溜息をついた。
「…明日、主様の下に生贄の娘の件で出頭する。お主らも来るか?」
 そして、ゆっくりと立ち上がりながらホレス達にそう尋ねた。
「パープルオーブを探しておられるのだろう。それについても話が聞けるよう取り合ってみよう。」
 どうやらトウマはジパングの中でも身分が高い貴族の様な位置付けにあるらしく、それなりに色々と出来る身分の様だ。
「それは助かるな。…是非同行させてもらおうか。」
「……では、今宵はもう遅い。そなたらもゆるりと休まれよ。」
 それを最後に話は終わり、四人も用意された寝床へと足を運んでそこで眠りについた。