凶星 第十三話
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
突然…辺りの地面が激しく揺れ動いた。
「…ぬぉっ!?」
『…!』
バラモスは揺れに足を取られて膝を屈した。周辺に居た兵士達も激しい地響きに翻弄されて立っている事はままならず、地面へと倒れてしまった。
「わああああっ!?」
「な…なんだ…!?地震か…!?」
「馬鹿な!?この辺りに火山なんか…!」
激しい揺れに皆が恐慌状態に陥っていた。
『…そんな…!?これは…一体…!?』
ただ一人空を飛んで難を逃れた竜の女王は眼下に広がる光景に目を見開いた。
「ぬぅうう…これしきの揺れなど…!」
バラモスは自身の魔力で突然発生した地震を押さえ込もうとした…
「!」
そんな中…バラモスの目に、呪文を唱えた彼女だけは揺れに全く影響されていないのか、真っ直ぐに立った状態で呪文の詠唱を続けるメドラの姿が飛び込んできた。
「力ある言の葉…其は悠久に残りし震撼と共に今一度轟かん!!」
メドラは激動する大地の中で只一人立ち、詠唱を終わらせた。すると…
―パルプンテ!!
揺れが収まると共に、唱え終えたはずの呪文が再びその時の抑揚で辺りに響き渡った。
「…何!?」
『……まさか…!?』
山彦の如く繰り返された呪文に、バラモスも竜の女王も何が起こったのか…呆気に取られて見ているしかなかった。
―今の言葉が…パルプンテの力を呼び起こしたというのか…!?
パルプンテの呪文を唱え終わって尚、メドラは詠唱を止めず、寧ろそこから集中している様子が見て取れた。
「此処に轟くは崩れ逝く者の無数の訃音。汝は内なる力にて風塵と帰れ!!」
「!?」
呪文の声が響くと共に、メドラは再び…力ある言葉を唱え始めた。同時に…血塗られたような赤い瞳を持つ目が彼女の額から開き…そして…辺りが突然暗くなり、その闇を切り裂くように不気味な色の光がその瞳から静かに放たれた…。
パキ…
「な……!?」
光を浴びた兵士の体の一部が白く変色し、嫌な音を立てた。
「こ…これ……は…、っ!」
そして、すべてを語り終える前に、彼はその体全身を石膏の如く白く染めた…。
「…な!?…まさ…か…!」
「体が…石に……!?」
何が起こったのか悟った時は既に遅く、その場に居た兵士達は瞬く間に…皆、石と化した。そして…
バギャアアッ!!!
その中の数個の石像が音を立てて砕け散った。断末魔の悲鳴も上げられず、彼らはそのまま息絶えた。
『……!!!!』
蛇竜の魔女 メドラ
かつてはダーマの賢者になると思われていた、”天才”とまで呼ばれた赤い髪の魔女。
十二歳にしてガルナの塔へと単身乗り込み、立ち塞がる者を事も無げに蹴散らして悟りの書を手にした。
悟りの書を手にした後、伝説の蛇の如く、ガルナの塔に無数の生ける墓標…彼ら自身の石像を立てた。
だが…最後には十代目賢者ニージスの手によりその暴挙を止められ、記憶を奪われて彼方の地へと追放される。
―これが…この子の力の本質だというの…!?
人を石化させる…話には聞いていたが…実際に目にしたその光景に…竜の女王は絶句した。
「…クッ…!?」
バラモスと竜の女王には何の結果ももたらさず、やがて…メドラの額にあった第三の目は閉じて不気味な光は止み、辺りを覆っていた薄暗さも掻き消えた。
「…全部…なくなってしまえばいい。」
メドラは間髪入れずに自分を囲む石像に向けて手をかざした。
「バギクロス」
メドラが唱えた呪文が巨大な竜巻を発生させ、石像と化した兵士達へと襲い掛かった。一つ…また一つと石像を風化させて、跡形も無く粉砕していった。
『…う…っ!こ…こんな事…!!』
下で石と化して、惨たらしく散らされている者達を見て、女王は肩を震わせた。
『やめなさい!』
竜の女王がその身でバギクロスの竜巻を受け止めた。
『キアリク!』
そして、下にいる者達全てにキアリクの呪文を唱えた。
パキ……パキンッ!!
生き残っていた者達の表面だけが砕けて、彼らの石化が解けた。
「邪魔しないで。」
竜の女王を感情の読めない冷徹な光が宿った瞳でねめつけながら、メドラは呪文を唱えた。
「パルプンテ」
その瞬間…辺りの空気が淀んだ様に視界に映るものが歪んだように見えた。
「万物を引き合いし見えざる力、其は神の眷属を滅する災禍を此処に招かん!」
ドォンッ!!
ドドォンッ!!
ズゴォオオンッ!!
ドドォオンッ!!
「な…!?なんだありゃあ!?」
マリウスは遠くに落ちた空から降り注ぐ無数の燃えている物質を見て素っ頓狂な声を上げた。
「隕石…!?何でこんなところに…!?」
メリッサも驚きを隠せずに口元に手を置いている…。
「…一体何が起こってやがるんだ…!?」
「まさか……バラモスが…!?それとも……」
「くっそーっ!!とにかく急がねぇと!!」
隕石の衝突による地面の揺れに翻弄されながらも、マリウスはそれが振り続ける方へと走り、メリッサはそれに併行して箒を飛ばした。
「……まだ………。」
隕石が降り注ぐ中、メドラは右手を前にかざした。
「……召喚。」
現れたのはバラモスとの戦いの際に斬り捨てられた、彼女がいつも愛用していた…壊れた理力の杖の柄であった。
「…パルプンテ」
皆が隕石の呵責を受けている中、一人だけ全く影響が無い様だ。その利を生かして、メドラは再び呪文を唱えた。
「時は偽り、過ぎ去りし日々もまた偽り。」
そして、理力の杖に意識を集中した。すると…森の彼方から何かが飛んできてメドラが握る理力の杖の柄の先に集まり、やがて欠片の全てがそろって、あたかも時が戻るかの如く壊れる前の状態に戻った。
「…これが…パルプンテか…!まさか…この身で味わう事になろうとはな…」
隕石がおさまった大地に、バラモスはよろめきながら立ち上がった。
「…関係無い。もうあなたは終わり。」
彼女がもたらした圧倒的な力により大きなダメージを受けながらも、致命傷には程遠い様だ。
「…違うな。これからが始まりなのだ。さぁ…ワシと共に行こうぞ!」
ガキィッ!!
答えは理力の杖による攻撃であった。バラモスはそれを片腕でがっちりと掴み、彼女の動きを止めた。
「……邪魔するつもりなら…跡形もなく消してあげる。」
力で押さえ込まれても全く動じた様子も無く、彼女は冷徹にそう言い放った。
「………愚か者が。」
バキバキバキッ…!!
バラモスがそう吐き捨てると同時に…彼の体に変化が起きた。
「おおおおおおお……!!!』
腕だけでは無く、今度は全身が巨大化し始めた。そして…
『…そなたの力…否が応にも手にさせてもらうぞ!!』
完全に人間の姿から変貌した。迸るオーラでその姿は近くからでも確認できない…!
ガッ!!!
「……!!!!」
バラモスの拳がメドラの理力の杖を通してその威力を伝えて、彼女を弾き飛ばした。
「…ッ!!」
予想外の力によって、彼女は何も出来ずに地面へと転がった。
『…取ったり!!!』
バラモスが巨大な体躯に似合わぬ俊敏な動きでメドラへと駆けた。
「……パルプンテ!!」
メドラは衝撃で痺れる体を無理やり起こし、再び呪文を唱えた。
「………。」
しかし…今度は何も起こらなかった。
「……魔力切れ。」
直後、呪文が不発に終わったと同時に…メドラはそう呟いた。絶大な力を何回も行使するに…今の状態の彼女ではこれまでが精々だったのだろう。
『それが愚かと申しておる!!所詮人間…そなたが持つ矮小な魔力だけでそなたの目的を果たすなど、断じて出来る物ではないわぁっ!!!』
振り上げられた拳がメドラへと迫ってくる。あれを受けてしまったら強靭な体を持つ生物でもひとたまりもない…!
「……。」
だが、メドラは…理力の杖を地面に落としてそれをただ呆然と見るだけで、防ごうともしなかった。
『潔い事だな、構えを解き負けを認めようとは!』
バラモスは完全に無防備な状態のメドラへ向けて拳を振り下ろした。
ズガァアアアッ!!!
『……う…っ!!』
しかし、攻撃が当たる直前に竜の女王がそれを遮った。
「!」
『…き…貴様…!!』
正面からバラモスの拳を受けて尚、竜の女王は…倒れる事無くそこに立っていた。
『其が司るは破滅…』
『…な…!?』
続いて彼女が唱え始めた呪文に、バラモスは驚きを露にした。そして…
『ギガデイン!!』
女王はその呪文を唱えた。
バギャアアアアアアアアッ!!!!!
『…ごぉおおおおおおおおっ!!!』
バシュゥウウウウッ!!!
凄まじい轟音とバラモスの叫び声が辺りに木霊した。ライデインよりも数段強烈な雷がバラモスに直撃し、オーラの内にある肉体を傷つけた。
『…ハァ……ハァ……、お…おのれ…!何故…!?』
バラモスが纏っているオーラが僅かに薄れ、その怒りにたぎった様な目が竜の女王を睨みつけていた。
『……どうしてかしら…。私は…この子に……く…!!』
『…いずれにせよ、互いに無事では…済まされぬよう…じゃな…!』
両者は互いに片膝をついた。…どうやら既にダメージと消耗で限界が来たらしい。
『……また会おう、咎人よ…。ワシは…あきらめぬぞ…!』
バラモスはそう言い捨てると、炎が消えるように…静かにその場から立ち消えた。
『うぅ…!!』
ズゥウウウン!!
直後…竜の女王はその場に倒れてしまった。
「……どうして?」
メドラは落とした杖を拾おうともせず、目の前でぐったりとしている巨大なドラゴンに尋ねた…。
『…まだ…あなたには……私の様に…なって欲しくなかったから…。』
「……あなたの様……に…?」
魔力も体力も限界がきているのはメドラも同じであるらしく、彼女もまた、突然その場に倒れた。
『……力に溺れては駄目…。あなたが大切なものを失っても…残るものはある。…それが何であるか…それはあなた次第よ…。』
「……。」
『…あなたがその手で世界を滅ぼす…それをあなた自身が否定すれば…』
女王が全てを語り終える前に…
「女王様!!」
「メドラ!!」
遠くの方から…二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
『……お別れね…。』
同時に竜の姿が掻き消えて、そこに現れたのは…竜の甲冑に身を包んだ、黒髪の女性の姿だった。
「…レフィ…ル…?」
女王の流れる様な黒い髪と、温かさを感じるような穏やかな顔つきを見て…倒れているメドラの口から、思わずそう漏れた。
「……あなたが…自分自身を取り戻せたら…また……。」
女王は傷ついた体を兵士達に運ばれて、メドラ達の目の前から離れていった。
「…無事だったのね…良かった…!」
メリッサは箒から下りてすぐにメドラへと走ってきて、彼女の体を優しく抱きしめた。
「…オッサンは……」
マリウスは誰も居なくなった戦場跡を見回したが、何処にもカンダタの姿は見当たらなかった…。
「……親分さん……。」
「…は…はぐれただけだろ?…な…?な?」
マリウスは必死に頭の中の嫌な気配を払拭しようと言葉を振り絞った。しかし…メドラは何も言わなかった。
いつしか…森に広がっていた炎が消し止められても…焼けた大地の何処にもカンダタの姿は無かった。
「………死んじまったのか…オッサン。」
「………。」
戦火に巻かれて崩れかけた祠の北の岬で、マリウスとメリッサは静かに佇んでいた。
「…メドラは?」
「うなされているわ…。あれから…もう五日も寝ているけれど……。」
「そうか…」
あの後…メドラは意識を失ったまま、全く起きる様子を見せなかった。戦いで負った心身の傷が深いのか…高熱を出すなどの不安定な状態で今も眠ったままである…。
「…そうだよな…もしかしたら…あいつは……」
恐らくは最期のときも、カンダタはメドラを守って死んでいったに違いない。そして…その時の光景がメドラの目に焼きついて離れず…今もそれが……
「……後は、任せろ。」
「…そうね…。私達が…。」
―だが、一度全てを失ったこやつが…本当にそなたらの事を家族と認めておるかの。
バラモスの言葉が脳裏を過ぎったが、それでも…
「…私は…あの子を妹として見ているつもりだもの…。」
―…何をしているの?
「……。」
―……を探しに行かないの?
「…何故?」
―…あなたは…ただ逃げているだけ。
「…逃げている…?」
―あなたは私より強い…でも、何をしていたの?
「何を?」
―……カンダタとの約束を破った。
「……カンダタは死んだ。」
―だからと言って約束を破って良い理由には…
「うるさい。」
「ぬ…?」
うなされながら布団から転げ落ちたメドラを見て、彼女の父モーゲンは…
「あー…これこれ、また寝返りおったか…。」
冷たい床に叩きつけられてもまるで目を覚まさない彼女をすぐに抱え上げて、ベッドの上に戻してやり、布団をかけてやった。
「……一度眠るとなかなか起きぬのはメルシーにそっくりじゃの…。」
心に負った傷のせいもあるのは彼にも十分理解できていた…が、数日間暮らしていて、寝起きが元々悪い彼女…否、ムーの姿を見てきた事もありそう呟いていた。
「…気を落とすでないぞ。……カンダタ殿は…最期までお前の事を…」
目頭が熱くなるのを感じながら…モーゲンは冷たい水に布を浸し…それを絞った後、彼女の額に置いてやった。そして、部屋を後にした。
この時…誰もが全てが終わったと思っていた…。
そして……一番大切な者を失い、力に囚われし少女の試練はこれから始まる事を…彼女自身も含め、誰も知る由は無かった……。
(第十五章 凶星 完)