凶星 第十二話
 互いの軍の王が戦っているその回りで、両軍は激しく戦い合っていた。

 ある者は先陣を切ろうと敵の隊に突撃をかけて己の命と引き換えに仲間に道を切り開き、
 ある者は目の前に現れた敵を倒した時に力尽きて他の敵に討たれ、
 ある者は戦いの最中に倒れてきた木の下敷きとなり、
 ある者は敵の王へと至るも、その圧倒的な力の前に膝を屈した。

「陛下!!お下がりください!!」
「…手出しは無用じゃ。あやつはワシ自ら仕留める!」

「女王様!」
「……あの者は私が倒します。全軍に深追いは無用と伝えなさい。」
「ハッ!!」

 呪文による爆発や、投げ放たれた武器が戦場の激しい白兵戦の中の随所で交錯し、多くが何も知らぬままに息絶えた。辛うじて生き延びた者も、混乱のあまりに我を忘れて逃げ惑った末に不運にも命を落としていった。

「…このままだと……。」
 女王はバラモスと戦いながら、辺りで傷つけあい、死んでいく者達を見て、焦りを感じていた。
「…迷っている暇は…無い。」
 女王は剣から手を離し、両手を胸の前に添えた。
「…!させるか!!」
 バラモスはその意を察してすぐに女王へ向かって巨大な火球…メラゾーマを放った。
「……はぁあああああっ!!」
 女王は大きく息を吸い込み、体に力を溜めた。
ゴゥッ!!!
 同時に彼女の周りを竜巻が幾つも旋回し、その姿を覆い隠した。
ゴァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
 それから程無く、巨大な獣の咆哮が辺りに響き渡った。

パカラッ…パカラッ…
 そんな凄惨な戦いから離れていく一つの影があった。
「……。」 
 目から涙が落ちているにも関わらず、しゃくりあげたりする様な事の無い人形の様な虚ろな表情で、赤い髪を持つ少女が馬の上に横たわっていた。

 カンダタが…死んだ。

 誰のせい…?バラモス…?

 …違う…。

 だったら何が…?

 私が……

 私が居なければ…あの人はあんな所で死ななかった。

―まだ終わって…、っ!!
―!?
―…な!?
―危ない!!
―シュゴオオオオオオオオオオッ!!! 
―…!ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!
―…ぁ…!!

 魔物から吹き付けられた炎から庇って、彼は深手を負った。

 傷つけられている私を守ろうとして、彼は大きな隙を作って大地の底に落ちた。

 …だったら誰のせい……?

―待ちな!!
―…!やめろぉおおおおっ…ムーッ!!!!
―…ふん!!
―…ッ!!!!
ゴガァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!
―ぐぉああああああああっ!!!」
―…ぁ……っ!!!!!!!!

 私が……

 私が弱かったから彼の邪魔になった…。

 私に力が無かったから負けた…。

―…ハッハッハッハ…、ようやく捕らえたぞ。
―でも……こんなもの…すぐに…
―いつまでもワシがそんな悠長な真似をすると思うたか?
―!!
―”王者の剣”よ、我が力と共に大地を裂け!!イオナズン!!」
ビシビシビシッ!!
ドゴォオオッ!!!
―ああああああああっ!!!

 力が無かったから……。

―……死んでしまえば、それも全部消える。

 死んでしまえば…?

―くだらない……。こんな事……だったら…初めから全部なくしてしまえばいい。 

 初めから…全部……?

―…違う!!そんな事を望んでいた訳じゃない…!!
 
 私は…

―そんな事してもカンダタが悲しむだけ…私は……!

 でも…そのカンダタは…何処…??

 もう…いない。…私のせいで…死んだ……。

―敵を殺して何が悪いの?
―ふざけるなぁっ!!!
―…ッ!?
―人殺して何が悪いだぁ!?世迷言も大概にしやがれ!!ンな事言って…敵なんてのはな…探さしゃ幾らでもいるもんなんだよ!!

―……あー…あのな…俺だってお前を引っ叩きたくなんかねぇんだ。だから…アレだ。人殺しなんかお前なんかがする事じゃねぇんだ。
―………。
―人殺しはよ、一生殺した奴等の業を背負って生きていく事になるんだ。…俺はお前にんな面倒で苦痛になるモンなんか背負わせたくねえんだよ。

―…私はあなたに助けられた。だからあなたが言う事には逆らわない。

 でも…もうあなたはもう居ない…。私は…

―我らが元に下り、存分にその力を振るうがいい。そなたの本当の目的…その手で世界を滅ぼす事を…!

 ……!

―かつて、立ちふさがる者全て…果てには世界をも滅ぼさんと力を求め、悟りの書に認められずして全てを超えし力を得し者…それが収められし試練の塔、ガルナの地に数多の生ける墓標を築きし者…

―”蛇竜の魔女”、メドラよ。


「ーーーーーーーーッ!!!!!!!」
 突然、金切り声が燃え盛る迷いの森の中に響き渡った。乗っていた馬がそれに驚き、メドラを振り落とした。
「バラモス……!」
 俯いて静かに…しかし怒りが感じられる程の強い調子で一言そう呟いた瞬間、メドラの体を淡い光が覆った。

ドゴォッ!!
「…ぬぅう…!」
 緑の腕がバラモスの前の地面を抉った。
「これが…そなたの真なる力だというのか…。」
 先程までの女性の姿とはかけ離れた…エメラルドの様な碧の鱗を持った大きな竜…それが竜の女王の本来の姿であった。
『……。』
ヒィイイイイイイン……
 竜となった女王の翼から発生する澄んだ鈴の音の様な美しい音に、思わず皆が戦いの手を止めた。
「……本性を現わしたか。」
『…あなたを倒せばこの戦いは終わる…、それだけの事よ。』
 巨大であっても…美しいその姿を見て、その場の多くの者は戦いを忘れて彼女に魅入っていた。
「この姿のままでは勝てぬな……さすれば…ワシも…」
ズガッ!!
『…させない。』
「…クッ!!」
 竜の女王の腕がバラモスへと伸びた…その時…!!
カッ…!
『「!」』
 両者の間に光が割って入った。その中央に居たのは…
『あ…あなたは…!!』
「…来たか……メドラよ。」
 果たしてそれは赤い髪を持つ小柄な少女…メドラであった。…だが、どこか様子がおかしい。
「……最果てに伏したる数多の蠢く者共よ」
 彼女は何の前触れも無く呪文を唱え始めた。
『…駄目!あなたじゃ…バラモスには…』
 メドラはバラモスの前に無防備な姿を晒している。
「甘いわ!」
『…いけない!』
 竜の女王はメドラを守ろうと動いたが、バラモスの方が一歩早かった。力任せにその大きな腕が彼女へと撃ちつけられた。
『…ああっ!?』
 竜の女王が…その厳つい外見に似合わぬ悲痛な叫びを上げると共に、メドラの体がその衝撃をまともに受けて宙を舞った。
「創世の光の奔流と化して…」
『……えっ!?』
 しかし、彼女は何事も無かったかのように詠唱を続け…
「我が元へ集え!!」
 着地と同時にそれを唱え終わった。その瞬間…
ビュオオオオオオオッ!!!
「ぬぅ…!?」
『………そ…その呪文は…!』
 メドラを中心とした…魔力の流れを具現化した様な突風が吹き荒れ始めた。…そして…

「パルプンテ!!」

 彼女の口からその呪文が力強く唱えられた。