凶星 第十話


 王の出で立ちをした男を頭に赤い布を巻いた暗殺者達が王を取り囲んでいた…が
「ぬぅんっ!!!」
シュゴオオオオオオッ!!! 
 手を軽く振るっただけでいきなり彼らの足元から炎が噴き出した。
「ベギラゴンだ!!」
 素早く飛びのきながら男の一人が仲間達にそう叫んだ。
「くそ…呪文で相殺もできやしない…!」
「……使えるのはせいぜい俺のベギラゴン…それも一発がせいぜいってとこだ。しかも…」
 毒づいている間に自分達に向けてかざされた王の手から炎が迸った。
「マホカンタ!」
 一人が咄嗟に呪文反射…マホカンタを発動したが…
ボジュッ!!
「ッ!!」
 炎はそれを素通りして彼が身に纏っていた衣を焼いた。
「あつつ……呪文だけじゃねえ…、炎そのものを吐き出してもきやがる…!」
 身を焼かれた男はそう吐き捨てた。避け方が上手かったのか、燃え上がるまでには至らなかったらしい。
「…取った!!」
 一人がバラモスの虚を突き懐へと潜りこんだ。
ガンッ!!
「…っ!!」
 しかし、その攻撃がバラモスを貫く事は無かった。
「危ない!!離れろ!!」
 仲間が注意を促した時には既に遅かった。
ズシャアアアアアアッ!!!
 王に攻撃を仕掛けた男は思い切り頭を打ち据えられ、地面へと転がった。そして…幾度か痙攣した後…全く動く気配を見せなかった。
「さて、次は誰じゃ?」
「…く!」
 拳を下ろし、バラモスは残りの暗殺者達をねめつけた。
「ダメだ…コイツはもう……」
「…くそっ!!」
 一人死人が出たという事実に、焦りと怒りが残りの者達を襲った。
「…だが、どうする…!只でさえおっかない攻撃を仕掛けてきやがるし…見た所ナイフも通らない頑丈さも持ってやがる。」
「……俺らが掛かっても…かなう相手じゃない…って事か…!」
 ”デスストーカー”達は歴戦の経験と、これまでの状況から戦力を差を理解するに至った。
「左様。…貴様ら如き小物にやらせる程、ワシが弱いとでも思うたか。」
 そう告げながらバラモスは距離を取り…
「イオナズン」
 大爆発の呪文を彼らに向かって唱えた。
ドガァアアアアン!!!
 眩い光がはしると同時に、大爆発が巻き起こった。
「……く…!皆…大丈夫か…!?」
 爆発の中心から辛うじて逃れたが…それでも受けたダメージは半端では無かった。
「…ハァ……ハァ……ダメだ…、また何人か死んじまった…!」 
 運悪く直撃を受けた何人かは事切れて…最悪骸も跡形も無く消滅してしまったようだった。
「…くそ、流石に魔王サマはそう簡単にくたばっちゃくれねぇワケか。」
「団長…!」
 遅れて現れた”デスストーカー”の長、ドレークは辺りの惨状を見て舌打ちした。
「…よぉし、俺様直々にお相手して差し上げるぜ!魔王サマよ!!」
「ほぉ、次は貴様が相手か。」
 背中の大剣を右手に握り、軽々と振り回して見せた。
「…っつっても、相手は何しろ泣く子も黙るって曰く付きのバケモンだ。…てなワケで…。」
 空いた左手でドレークは道具袋を探って…一つの瓶の様な物を取り出した。
「ファイトーッ!!いっぱぁーつ!!」
 一声そう叫んだ後、それを一気に飲み干した。
「…何の真似だ?」
 流石のバラモスも今の突発的な行動の意味は取れなかったらしく、怪訝な顔をした。
ズゥウウウウウンッ!!!
 返事は大剣による攻撃だった。一歩下がってかわしたバラモスに、砕けた地面がつぶてとなって襲い掛かった。
「…ぬぅ…!」
「どんどんいくぜ!!」
 今度は横殴りに大剣を振り、その剣圧が冠の無い王の髪を揺らした。
「…すげぇ…、あの人…本当に人間か…?」
 先程まで自分達が散々犠牲になっても傷一つ付けられなかった相手と力だけで互角にやりあうドレークを見て、生き残った者達は我を忘れて戦いに見入っていた。

ゴォオオオオオオ………
「……う……」
 遠くで燃え盛る炎に…メドラは意識を現実に引き戻された。
―熱い……
 辺りには何者の姿も無かった。…彼女はただ一人で息苦しさを感じていた。意識も朦朧としていて、今にもまた深い闇に落ち…二度と目覚めなくなってしまいそうな感覚であった。
 
―…そなたの本当の目的…その手で世界を滅ぼす事を…!

―…私はそんな事望んではいない。
 バラモスが語った以前の自分…その生きる指針が如何なるものか知る由も無かった…そしてまさか魔王という存在の口から聞くことになるとは思わなかった…
「……や…だ。」
 …これからどうなってしまうのだろうか。…このままバラモスに連れ去られて…彼の思う壺になってしまうのか…。
―……一思いに死ねれば楽なのに…
 彼女は何も出来ない自分にわずらわしさを感じ、そんな考えを起こした…

―…でも、自分から死ぬのはやめて。

 すると…突如として、自らが誰かに語った言葉が朦朧とする意識に過ぎった…。
「…ホレス……。」
 思わずその相手…今は離れていて尚、記憶に焼きついた銀髪の青年…
―私が自分から死んだら…彼も…
「死ぬわけには…いかない。」 

―ムーッ!!
―…くそ…二人とも意識を失って…だが…!お前らを死なせはしない!!

 自分達を見捨てる事無く、逆にその身を犠牲にして亡者が蠢く墓地から脱出させた…その記憶が今になって思い出される…それが意味する事とは…?
「…わからない。でも…」
―…また、あなたに会う為に…私は…生きる。
 そんな思いを胸に…立ち上がろうとしたが…体が動かない…。まるで体を動かすという機能を失った様な…感覚…
「ムーッ!!」
 とその時、遠くから太く…辺りに通る声が聞こえてきた。
「……カンダタ…。」
 程なく…彼女へ丸太のように太い腕が伸びてきた。

ドガァアアアッ!!
「…がぁぁっ!!」
 ドレークはバラモスの巨大な腕に殴られて、地面に打ち付けられた。
「……ぐ…まさか人間如きの力技のみでここまで押されるとは…。」
「へっ…そりゃどうも…。」
 バラモスのうめきを褒め言葉と受け取り、ドレークは得意げに言葉を返した。
「…ふ、だが…それもこれで終わりだ!!」
 距離を取ったバラモスが呪文を唱え始めた。
「…ち…!ここは一時撤た…」
シュゴオオオオオオオッ!!
「…!」
 すぐにその場を離れようとしたその時、彼の逃げ場に溶岩の流れが巻き起こった。
「団長!」
「…おいおいおいおい、やべぇなコリャ……」
 置かれている状況にも関わらず、ドレークの目は寧ろ光が差し、愉しんでいるのが容易に見て取れた。
「…まだボコられ足りねぇみてぇだぜ、魔王サマはよ!」
 最後にそう言い放つと、己の危険を顧みずバラモスへ向かって大剣を手に突進した。
「…愚かな、喰らうがいい!!」
 バラモスは巨大な火球をドレークに向かって放った。
「オオオオオオオオオオォッ!!!!」
 直撃を受ければその内で一瞬にして燃え尽きる程の熱量を秘めたそれに、ドレークは真正面からぶつかった…
バシュウウウッ!!!
「「!?」」
 その直後、突如としてメラゾーマの火球が霧の様に立ち消えた。
「…何だぁっ!?」
びゅおおおおおおおおおっ!!!
 続いて、何の前触れも無く凄まじい強風が唸りを上げながら吹き荒れた。 
「どうわぁああああああああっ!?」
 それはその場にいた全員を外に弾き出した。

「…カンダタ…私は…」
「…何も言うな。……今はごちゃごちゃ言ってるヒマなんかねぇ…。くそ…、こんな時にキメラの翼でもありゃあ…。」
 弱弱しい声で何かを言おうとしているメドラを制しつつ、カンダタはそうぼやいていた。キメラの翼では、この辺りに飛ぶ事は出来なくとも、少なくとももっと安全な所に避難する事は出来るはずである。
「…かといって、お前はボロボロだしな…。」
「……。」
「気にすんな、…相手があんなんじゃ俺だって分が悪すぎる…。」
 咎人であった過去を見込まれて…まさか”魔王”までもが現れたとなると、たとえ一流の冒険者や戦士であっても流石に成す術が無い…。
ガサガサ…
「……ったく、またかよ…。」
 藪から物音がすると同時に…カンダタはメドラを片手にしっかりと抱えながら斧を構えた。
「邪魔するんじゃねぇっ!!!」
 そこから飛び出してきた者を…彼はただ一振りで粉砕した。
「…おととい来やがれってんだ…。」
 そう忌々しげにぼやきながら、人間とは微妙に違う姿の魔物の成れの果てから踵を返した。
「……私は…あなたに護られてばかり…。」
 ふと、メドラが倒された魔物へと目を向けたまま、そう呟いた。
「気にすんなって。それが俺の仕事の様なモンだ。拾った時から最後まで面倒見てやるって決めてんだ。」
「……。」
 忌むべき存在として、カザーブの村の者に見捨てられた所を助け出してから今まで生きてこられたのは、ほぼカンダタのお陰と言って間違いではなかった。
「私は少しずつ強くなっている。…でも、あなたには勝てない。」
「…そぉかぁ?ドラゴンにでも変身すりゃあ…」
「それでも。…それに、力が強さの全てじゃない。」
 単に化け物じみた体力をもつばかりでなく、盗賊団をまとめ上げ皆に慕われるほどの人望と、あらゆる物をその目その耳…その身で感じてきた数多の経験を持ち合わせている…メドラはそう言いたいようであった。
「……私もあなたみたいに強くなりたい。」
「…よせよ、こんな時に。照れるじゃねえか。」
 自分に憧れを抱く妹の様な存在…それもまんざらじゃないと感じ…カンダタは覆面の下で苦笑いしていた。
「……逃がさんぞ…。」
「!」
 しかし、目の前に立ち塞がる者の気配を感じ取り、カンダタは立ち止まり、身構えた。
「てめぇは…バラモス!!」
「…まだ生きておったか。しぶといやつめ。」
 その者…バラモスは忌々しげにそう吐き捨てて、彼と彼の手の中にいるメドラへと目を向けた。
「…ムーは渡さねぇ…!」
「誰が渡してくれとなど言った。どの道貴様は生きては帰さん。…そもそも貴様が言うムーとやらはワシが殺したはず。」
「!」
 その言葉にカンダタは、バラモスが”ムー”にザキを唱えた事を思い出した。そして…彼女の存在が一体どうなってしまったのか…最悪の結果が頭を過ぎった。
「……これ以上好き勝手させるかよ!!」
 しかし、先の戦いの時と同じく一瞬でその思考を払拭し、カンダタはバラモスへと斧を振り上げた。
「……フン、ワシとて時間が無い。……いでよ!!我が僕達よ!!」
 バラモスがそう叫ぶと、褐色の肌の、鞭とナイフを手にした翼を生やした人の姿の魔物が舞い降りて来た。 
『魔王様、お呼びで?』
 魔物はバラモスの前に跪いた。
「来たか、バルログよ。お前にうってつけの獲物がいる。彼奴を思う存分痛みつけてやるがいい。」
『へっへっへ、気前の良い事で。』
 命令を受けると、魔物…バルログはすぐに短剣を手にカンダタへと躍りかかった。
ブォンッ!!!
『…っておおおっ!?』
 しかし、突然投げられた斧に怯み、上に飛んで避け…勢いを失った。
「んなザコ如きを寄越されたって、何にもならねぇんだよっ!!!」
『……うわ…これ、おれの手に余るわ…。』
 バルログは…ブーメランの様に戻った斧の持ち主を見て僅かに肩を竦めた。
「…案ずるなバルログよ。ヒドラ!」
ズン…
ギシャアアアアアアアッ!!!
『…なるほど、コイツは良い…。』 
 バラモスの呼びかけと共に目の前に突然現れた怪物…ヒドラの姿を見て、バルログの口が愉悦に歪んだ。
「…何だよコイツは…!」
 カンダタの前に立ち塞がった。巨大な体と複数の竜の頭を持つ文字通りの怪物…
ガチンッ!!
「!」
 その頭の内の一つがカンダタに噛み付いてきた。
「ぐっ…!!」
 間髪入れずに別の方向からの牙が彼の腕を掠めた。
「…どちくしょうが!とんでもねぇバケモン呼びやがって!!」
 先程のラゴンヌよりも更に巨大で凶暴な魔物に舌打ちしながら、カンダタは一気に距離を取ろうと後ろへと下がり続けた。

『気分いいねぇ!こんな化け物、人間にや荷が重過ぎるだろ!!』
 周りの木々を事も無げになぎ倒しながらカンダタを追いかけるヒドラの戦い振りを見て、バルログは実に愉快に笑った。
「…どうした?お前は行かぬのか?」
『まぁまぁまぁ、お楽しみは最後に取っておくモンですぜ、バラモス様。』
「ホゥ、何やら下劣な興でも思いついたか。…まぁ好きにするがいい。」
 バルログの下卑じみた笑いに特につられて笑うなどせず、バラモスは冷たい表情を崩さずに戦いの成り行きを見守っていた。
「……だが、時間が無い事を忘れるでないぞ。」
『なぁに、人間如きがたった一人でヒドラを倒せるわけ…』
グギャアアアアアアアアアアッ!!!
 そう高をくくっていたバルログと、早急に事を済ませる事を促すバラモスに耳をつんざくようなヒドラの悲鳴が届いた。
『………。』
「ふむ…どうやらお前も高みの見物などしておる場合ではないようだな。」
 カンダタがヒドラにかなり大きな一撃を与えたらしい。バルログは予想外の事に驚きの声も出なかった。
「さしずめ…護ろうとする者の強さ……とでも言うべきか。」
『…んな強さってあるモンですかねぇ……。』
 
シュゴオオオオオオオオオッ!!!!
「…うおらあああああっ!!」
 八つの頭から同時に吐き出された炎を近くの木を利用して高くまで飛び上がる事でかわした。
「……だめ…カンダタ…。このままじゃ…」
「…心配すんな。お前は俺が護ってやっから!!」
「…違う、…あなただけでも逃げて…。」
「…何言ってやがる!!」
バキバキバキッ!!
「…ってうおおおおっ!?」
 メドラの気弱な懇願に苛立っている最中、ヒドラの体当たりがカンダタ達が登っていた木をなぎ倒した。
「喰らえぇっ!!!」
 その直前で空中へと飛び出し、落下の勢いに任せて大斧をヒドラの背中に叩きつけた。
ギャアアアアアアアッ!!!
「っしゃあ…仕留めた!!」
 ヒドラの断末魔…それと確かな手応えを感じてカンダタは歓声を上げた。
「…だから言っただろ?心配するなって。」
 地面に崩れ落ちるヒドラを一瞥して、カンダタは胸を張りながらメドラにそう告げた。
「……違う。」
 しかし、メドラはまた首を横に振った。
「…?」
 自分を置いて逃げて…と言ったと思ったら、今度は何なのか。カンダタは怪訝な表情で彼女を見た。
「まだ終わって…、っ!!」 
「!?」
 何かを言いかけて絶句したメドラに驚愕の表情が張り付いたのを見て、カンダタは差し迫ったものを感じて後ろを振り返った。
「…な!?」
「危ない!!」
シュゴオオオオオオオオオオッ!!! 
 それを満足にその目に見る暇も…驚く暇さえも無かった。
「…!ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
 それは死んだはずのヒドラの灼熱の息吹だった。カンダタは成す術もなくその流れに巻き込まれて身の焼ける激痛に絶叫した。
「…ぁ…!!」
 咄嗟に庇われたメドラも炎の中で無事では済まず…カンダタの腕の中で意識を失った。