「むぅううう…」
　右腕をイオラによって穿たれて、バラモスは呻き声を上げながら後じさった。
「陛下ぁっ！！」
「貴様！！よくも…！」
　兵士達は主に手を上げられたのを見て、メドラに向かって一斉に斬りかかった。
「よせっ！！」
　バラモスが一喝した時は既に遅く…
「冥府にて奏でられし誘いの訃音、我が言の葉により其は此に終末を告げよ…」
　刃がメドラへと閃き、彼女が被っていた三角帽子を切り刻んだ…が、ただそれだけの事であった。
「呪の導かれし先は一なる存在…ザラキ」
　メドラが握った刃に、負のオーラと形容できそうな暗い雰囲気が纏った。
ギィンッ！！
「ッ！？」
バタッ！！
　剣を交えた兵士の一人が、突然何の前触れも無く倒れた。
「…なっ！？」
　残りの兵士達が驚いている間に、メドラは諸手でアサシンダガーを握り、思い切り空を切った。
シュバァッ！！
　彼女が振るったアサシンダガーの軌道から、ザラキの魔力が辺りに迸り、木々を枯らし…歯向かってきた兵士達は急にガクッと膝を屈した。
「…邪魔するなら…私はあなた達を容赦無く殺す。」
　負の波動を受けた兵士達は…息はあったものの…その瞳からは光が失われ、当分立ち上がれそうに無かった。
「う…あ…あああ……」
「た…たすけ…て……」
　彼らのうめき声を聞いても、メドラは顔色を全く変えずに虚空を見続けていた。
「き…さまぁあああああっ！！」
　奇跡的にザラキを受けずに済んだ兵士が、憎しみに任せてメドラへと襲い掛かった。
「奔流を収めし器は牙の形を取り、其は此処に宿らん、ルカニ」
　それに対してメドラはアサシンダガーに意識を集中して呪文を詠唱した。アサシンダガーに魔力の光が宿った…。
「やぁあああああああっ！！！」
　兵士が鬨の声を上げながら、一気に間合いを詰めて斬りかかってきた。
チャッ…！
　その時、メドラが持っていたアサシンダガーが突然四つに分かれ、彼女の指の間に収まった。
「！」
ヒュッ！！
「こんなものっ！！！」
　兵士は苛立たしげにこちらへと飛んでくる四本の短剣をまとめて叩き落そうと剣を振り下ろした。
バキッ！！
「…！！？」
　しかし、剣がアサシンダガーの切っ先に触れた瞬間、突然それは折れた。
「く…！」
　舌打ちしながら、折れた刀身で残りの三本を受けようとしたが…
ヒュッ！！ドスッ！！
「…が…！！」
　それらは剣を…まるですり抜けるように音も無く粉砕し、兵士の鎧をも貫いて彼の体に突き刺さった。
「…な…何が……ッ！？」
ドサッ！
「あなたの体を動かす器官を捉えた。当分立ち上がれない。」
「ふ…不覚…！！」
　メドラは、悔しそうに地面へと倒れる兵士に向けて手をかざした。彼に突き刺さっていた三本のアサシンダガーが霧の様に消えた。そして、地面に転がっているそれにも手を向けた。
パシッ！
　まるで投げた動きから時が遡ったかのように、アサシンダガーは彼女の手元へと戻って来た。
「…殺しはせぬのか。」
　ただ成り行きを見守っていたバラモスが、後ろから声をかけてきた。
「カンダタに駄目って言われた。だから人は殺さない。」
「人は…か。ふ…偽善に浸って楽しいか…？」
「偽善なんか関係無い。私はカンダタと約束した。それだけ。」
「……約束…か。ふん…あのような下らぬ輩と…」
「うるさい」
　バラモスの言葉に僅かに眉を潜めながら、短くもはっきりとした口調でそう言い返した。
「イオナズン」
　そして、何の前触れも無く再び大爆発の呪文を唱えた。
ドガァーンッ！！
「…ふん、やはり気安く触れられる物では無いようだな。」
　バラモスはいまだ人の形をしている胴体に比べて肥大した両腕を交差させて爆発を耐えしのいでいた。
「かぁっ！！！」
シュゴオオオオオオオッ！！！
　彼が左腕をメドラへと向けてかざすと灼熱の炎がその掌から噴き出し、瞬く間にメドラを飲み込んだ。
　
「あらぁっ！！？アナタ、中々やるじゃないっ！！？」
バキッ！！ガギィイイン！！！
『…むぅ…ここまで出来る人間が居ようとはな…。』
　トロルキングは、箒を巧みに操り空を舞いながら理力の杖で攻撃を仕掛けてくる赤い髪の麗人に本能的に畏怖を覚えるのを僅かに残ったトロルが持つ野性で感じていた。
『バギクロス！！』
「おほほほほ！！バギクロぉースっ！！」
ぎゅるおおおおおおっ！！
どぎゅるるるるるるっ！！！
　二つの大竜巻が同時に発生して、互いに激突し合った。
『…相殺か！』　
　トロルキングはそのどんぐり眼を見開いて、空に浮かぶ魔女へと身構えた。
「これでも喰らいなさいなっ！！おーほっほっほっほっほ！！！」
　彼女…メルシーは巨大な火球…メラゾーマを一度に五、六発程下にいるトロルキングへと向けて放った。
『…はぁっ！！』
ズドォオオオッ！！！
　その内の何個かを雷神の剣の力で呼び起こした雷で砕き…
『ぬんっ！！』
　そのまま振り下ろした刃で続いて降り注ぐもう一つを薙ぎ払った。
『風神の盾よっ！！！』
　トロルキングは左手に持った大盾を掲げた。それから発生するつむじ風に切り裂かれたメラゾーマがもたらした熱気を纏わせ、メルシーへ向けて放った。
「あらぁっ！？面白い攻撃ねぇっ！！！おーほっほっほっほっほ！！！」
　一方のメルシーも理力の杖をぐるぐると回転させながら猛吹雪を起こす氷結呪文ヒャダインを発動して、その熱風を迎撃した。
「でもねぇっ！！！これじゃあ決着がつかないじゃないのぉおおっ！！！駄目じゃない！！！！ねええええぇっ！！」
『……むぅ……これだけの力を持ちながら…』
　トロルキングは、高笑いをしながら次々と洒落にならない程の呪文の連続攻撃を放ってくる赤い髪の麗人に…様々な疑問を抱いていた。

ボジュウウウウウッ！！
「…！」　
　バラモスは自身が放った炎が音を立てて…蒸気になっている…即ち防がれたのに対して眉をひそめた。
「水の羽衣か…！！」
ザァアアアアア……
「…水の幕を張りおったか…！」
　メドラの周りを水のカーテンが纏い、炎を遮断した様だ。
「……水の力を纏いし衣よ、私の魔力を水の流れと変えよ！」
　彼女はその水の幕を起こしている水の羽衣に触れて、命じるようにそう叫んだ。
ザバアアアアアアアアッ！！！！
　巻き起こされた水が津波に劣らぬ程の大きな流れとなって、バラモスへと迫った。
「ハァッ！！」
シュゴオオオオオオッ！！！
　彼は先程よりも更に大規模の炎を巻き起こした。それは暫し大津波と互いに相殺し合い…
ドドドドドドドドドドッ！！！
　やがて水蒸気爆発と共に互いの攻撃が消滅した。
「天の最果てに普く光球…其は総てを灼き、総てを灰燼に帰せ。」
　だが…メドラの攻撃はそれで終わりではなかった。彼女はすぐに呪文を詠唱し始め…
「メラゾーマ！！」
　巨大な火球を召喚し、前方へと撃ち放った。
シュゴオオオオオオオオッ！！！
　それは湯気によって遮られた視界の先にいるバラモスを正確に捉えた。
「ぬんっ！！」
　バラモスはひびの入った王剣を引き抜き、それを真っ二つに叩き切った。
「…遂に…全ての呪文に目覚めたか…。」
―こやつは…既にイオナズンとマヒャドを発動した…。加えてベギラゴン…バギクロスをも扱える様じゃ…そして…。
　厳密には”全て”…では無い。だが、五つの最大級の呪文を使える事が、既にその領域に近いと言う事をバラモスに知らしめていた。
―やはり此奴なら或いは…あの呪文をも……！
「さぁ、もっとワシに力を見せてみよ！！人の身で大いなる力を取り込みし咎人よ！！」
　バラモスは互いの攻撃によって発生した霧の先にいるメドラへ向かってそう叫んだ。

「くそ…！！こいつら…強い！！」
　親衛隊と交戦している小隊の指揮官は、次々と自軍の兵士達を倒していくさまよう鎧や敵兵の姿を見て唇をかんだ。
「バラモスは目の前だと言うのに…！！」
　別の何者かと交戦している
「あーあーあー…、あいつらはまだ戻って来ねぇのかよ…。俺ぁあんたの側から離れられんしなぁ…。」
　”デスストーカー”の長は、兵達の間を突破してきた敵に向かって背負った大剣をぶちかまして倒しながらそうぼやいた。
「すまない…。」
「なぁに、良いって事よ。それだけ俺らの怖さがバラモスのヤロウにも染み付いてるって事じゃねぇか。それにアイツらが下らん小細工なんかでそう簡単にくたばるとも思えねぇしな。」
「君達には苦労をかけるな…。それを厭わずに引き受けてくれる事に感謝するよ。」
「お…おいおいおい、よしてくれよ！ケツが痒くならぁっ！！」
　自分の上司に思わぬ言葉を掛けられ、彼は覆面のように自身の顔を覆う赤い布の下で豪快に笑った。
「団長！！」
　そうして話していると、遠くで鳴り響いている剣戟とは反対の方向から声が聞こえてきた。振り返ると、そこには数人の赤い布を巻いた男達が控えていた。
「おっ！！戻ったか！！遅かったじゃねえか、大将がおめぇらの事心配してたぜ！」
「ド…ドレーク！！君という奴は…！！」
「あっしらの事を…！？光栄ッス！！」
「だなぁ！！女王の軍の一将軍に褒められるってのはそうある話じゃあねえぜ！！」
　戦場の中であるにもかかわらず、傭兵団”デスストーカー”の面々は声を上げて笑い出した。何とも下卑じみた笑いではあったが、指揮官はそれを厭と思わず、むしろそれにつられて顔をほころばせていた。
「しゃあっ！！早速仕事だぁ！！敵の大将の首掻っ攫って来い！！他の奴等にゃ目をくれるな！！」
　”デスストーカー”の長…ドレークの号令と共に、赤い布で顔を覆い隠した暗殺者達が戦場を駆けた。

「……ちくしょう…！こっちにも居やがったか！！」
　森の中を駆けるカンダタの前に、また数十人の兵士や魔物達が立ち塞がった。
「邪魔だぁっ！！どけえっ！！」
　彼が叫ぶと同時に、兵士達は矢の雨で返礼した。
「…ち…！！あんな中に巻き込まれたら…！！」
　それらの応酬を、再び木の後ろに隠れてやり過ごしたカンダタであったが…
ブオオオオオオオオオオッ！！！
「…ッ！？」
　突如として重苦しい程に低い音が辺りに響き渡った。
ワァアアアアアアアアアッ！！！
「…！？」
　どうやら今の音は救援を呼ぶ為の戦笛だったらしい。迫り来る者達の足音と声は、カンダタの耳にはっきりと届き…、その数が絶望的な程多いことを彼に知らしめた。
「……ちぃっ！！」
―こっちも駄目か！！　
　それでも止まるわけには行かないと、活路を見い出していた…その時……
グォオオオオオオオッ！！！
　空から細長い胴の巨大な龍が舞い降りて、炎を吹き付けた。
「「ぐぉああああっ！！」」
　何人かがまともに炎を喰らい、その中心にあった者達は一瞬にして燃え尽きた。その周りにいる者達も、身につけている物に炎が燃え移り、のた打ち回っている。
「スカイドラゴンだぁ〜っ！！」
　それを見た大半の兵士達は慌てて逃げ出そうとしたが、大勢である事が災いして、パニックに陥った。
「打ち落とせ！！矢を射掛けろ！！」
　辛うじて冷静さを失わずに済んだ小隊長が部下に命じて、空に浮かぶ龍へと攻撃の指令を出した。
グゥウウ……！！
　何本かが鱗の隙間に突き刺さり、スカイドラゴンは呻き声を上げた。
『ベホマラー』
「「！！」」
　が…しかし…側に綺麗な色彩の大きな鳥が飛んで来て、回復呪文を唱えて龍が受けた傷を綺麗に癒した。
「…邪魔な鳥が！！」
　兵士達の中で呪文の心得がある者達が、バギマやメラミを唱えてスカイドラゴンの傷を癒した七色の鳥…極楽鳥へと放った。しかし、鳥はすぐにその場から飛び去ってしまい、攻撃が当たらなかった。
シュゴオオオオオッ！！！
「「「ッ！？」」」
　スカイドラゴンが反撃といわんばかりに炎を吹き付けた。…が、何度も炎を喰らうほど彼らは鈍重では無かった。
「散開しろっ！！」
　まとまっていたから炎を避ける事が出来なかったのであれば、バラバラに散った方が被害が少なくて済む…冷静に考えればすぐにいたる結論だ。
「…っしゃあ！！チャンスだ！！」
―よく分かんねぇが…これを逃すわけにゃいかねえだろ！
　散開して手薄になった敵陣を、カンダタは一気に駆け抜けた。
「っ！？待…」
　止めようとした兵士は、次の瞬間…龍の爪に引き裂かれて深手を負って地に伏した。
「……ぁあ…！！…くそ…！」
「大丈夫か！？」
　龍は敵兵に牽制されて、それ以上追い討ちをかける事無く上へと舞い上がり、再び炎を吐くべく大きく息を吸い込んだ。
「……何てときに来るんだ…！」
「くそ…！まずこいつから片付けるぞ！！」
「…あのクソ鳥さえ撃ち落とせれば…！！…いや…！」
　上空を旋回している極楽鳥に、目を向け…隊長は舌打ちした。
「ザキを使える者は無事か！？」
「駄目です！！さっきの炎で…！！」
「ちぃ…！！ドラゴンの堅牢な鱗でも…ザキの前には無力だというのに…！！」
ヒィイイイイイイイイン………
「「「！？」」」
　スカイドラゴンと交戦していた者達の耳に、突然…澄んだ鈴のような音が入ってきた。
「…な…！？」
　同時に、上空に何か大きな物が現れて日の光を遮り、兵士達が立つ地に陰を落とした。
「…何だあれは…！？」
　陰はあっという間に過ぎ去り、そちらを見やった先にあったのは…エメラルドの様な緑色の光沢を持つ巨大な何者かであった…。
「…！」
　同時にスカイドラゴンもそれに続いて飛び去っていった。

＜…女王様。＞
「…来ていたのね、あなたも。」
　ドラゴンを連想させる銀色の鎧にその下の緑色の衣…兜の隙間から垂れる艶やかな黒髪…戦に赴く出で立ちをしているにも関わらず、場違いな程に美しい麗人が、スカイドラゴンの上に降り立った。
「……これは私だけの戦いだったのに。」
＜今の貴女の立場を存ずる者ならば、皆ああする事でしょう＞
「…そうね…。私はもう、多くの者の運命を左右し得る存在になってしまったのね…。昔は色々あったけれど…まさか一国の主になろうとは思わなかったわ。」
　女王と呼ばれた…甲冑に身を包んだ女性は細長い龍の背中の上でバランスを崩す事無く、優雅さを感じるような仕草でその上に立っていた。
「…本当に、”神”という存在に選ばれた者なのかしら…？って、それは自惚れが過ぎるわね…。」
＜神…ですか。人間の多くは…その”神”というものの存在を盲信しているそうです。＞
「…そうね。私も…人の子と触れ合ってきた事もあるのか……時々そう思わされるわ。」
　心の拠り所…それは弱い者に限らず…強いと謳われる者にも…何かしらある物だ。時にそれは己自身である事も…。
＜…ですが、彼の者…魔王バラモスを必要以上に恐れ、活気を失った村がある事も私は見てきました。＞
「……そう。人に限らず…意思ある者とは…そうした圧倒的な存在がもたらす物に染まりやすいのね…。」
＜……抗う力を自覚せず、一夜で滅んだ集落…或いは力を持ちながらいがみ合い、それに付け込まれた…テドンの様な村も…＞
　スカイドラゴンが語る言葉に聞き入りながら、女王はしばらく黙り込んだ。そして…
「…血塗られた歴史は繰り返す……昔の私が見た地獄など、生易しいものに見える…。」
―たとえ聖戦の名を冠する戦いでも…巻きこまれるのは常に下にある民達…。
「戦いの先に見えるものを作り上げるのは…人間…いや、全ての意思ある者に委ねられている…。」
　目の前に飛んでくるデスフラッターやガルーダ等の姿を確認し、ふぅ…と溜息をつきながら、彼女は掌を彼らへとかざした。

「喰らうがいいっ！！」
　バラモスはメラゾーマの呪文を唱え、巨大な火球をメドラへ向けて飛ばした。
「奔流を治めし器は牙の型を取り、其は此処に宿らん、マヒャド」
　再び手にした武器に最大の氷の呪文を宿した。今度は氷の塊そのものが槍の形となり、同時にムーは一気にその炎へ向けて突進した。凝縮された氷の切っ先が火球のど真ん中を貫き、大穴を空けたと同時に爆発が巻き起こった。
「むぅ…！？だが、それに巻かれてはそなたとて無事ではあるまい！！」
　炎と水の反発で巻き起こった爆発の中から飛び出して、一気に自分へ向けてマヒャドの力を込めた武器を向けて舞い降りてくるメドラをしっかりと見据えながら、バラモスは地面を思い切り殴りつけた。
ドドドドドドッ！！！
「…！」
　突如大地が裂けて、その隙間から深淵より呼び起こされた炎の柱が何本も立った。
ジュッ！！
「……ッ！！」
　その一つがメドラの腕を掠めて、彼女に激痛が走った。だが、氷の武器を手放す事無く、それを一心にバラモスへと振り下ろした。
ザッ！！
「やらせるものか！」
　バラモスは素早く後ろに下がり、上空へと手をかざした。
「…大地の底に眠り深淵の焔を呼ぶ者共よ…我が意思に従うがいい！！」
　彼がそう唱えると共に火柱が砕け、無数の炎のつぶてとなってメドラへと一斉に襲い掛かった。
「…！フバーハ！！」
　何処を見ても逃げ場は無く、攻撃の呪文を唱える暇も無く…咄嗟に防御呪文フバーハを唱えた。
ドドドドドドドドドドド！！
　フバーハの呪文によって発生した防壁と上からの火炎弾がぶつかり合った。
「…ハッハッハッハ…、ようやく捕らえたぞ。」
　雨の様に降り注ぐ灼熱の散弾を前に、メドラは身動きが取れなかった。
「でも……こんなもの…すぐに…」
「いつまでもワシがそんな悠長な真似をすると思うたか？」
「！！」
　バラモスは王剣を引き抜き、それを地面へと突き刺した。
「”王者の剣”よ、我が力と共に大地を裂け！！」
　上からの応酬でメドラは動けなかった。バラモスの詠唱は…辺りに散る炎の断末魔によって…彼女の耳には届かなかった。
「イオナズン！！」
ビシビシビシッ！！
「…！！」
ドゴォオオッ！！！
　吹き上げられた大地の欠片によって彼女自身も空へと吹き上げられ、上からの炎の群れをまともに受けた。
「ああああああああっ！！！」
　メドラは激痛に悲鳴を上げて…その場から弾き出され…力無く地面へと転がった。
「ベホ…マ…」
　水の羽衣のおかげで苛烈な炎の応酬にあっても、どうにか命だけはあった…だが…。
「…私は………ま…だ……」
　回復呪文を施しても…再び立ち上がる事は叶わず…彼女の意識は徐々に失われていった…。
―……カン…ダ…タ………
「安心せい。…そなたの真の力…必ずこの手で取り戻して見せよう。それまで我が名…魔王バラモスの名に掛けて、そなたを死なせはせぬ。」
　何処か優しくも聞こえる口調でそう告げながら、バラモスは仰向けに倒れている…メドラの体に手を伸ばした。　
「待てっ！！」
　彼女の体がバラモスの手中に入る直前…男の声がそれを遮った。
「また面倒な者が現れたか…。」
　声の主は真紅の鎧に身を包んだ戦士であった。後ろには…メドラと同じ髪の色をした魔女の姿もあった。
「さてはこの娘の縁の者か…。ほぉ…。」
　魔女の姿から、おそらくはメドラの姉か母にあたる人物だろうと簡単に推測して、バラモスは興味深そうに彼女に目をやった。


　

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