凶星 第七話
「…ぜぃやあああっ!!」
 マリウスは振り下ろされた巨大な鉄板の様な大剣を互角に受け止めていた。
『…むぅ…!!』
 白い騎士の兜の下から初めて呻き声の様なものが聞こえてきた。
「おらあっ!!」
 マリウスが手にした破壊の剣は…あたかも彼の手足の様に馴染み、今まで使い込んだ剣と遜色無い戦い方が出来た。
バキッ!!
 破壊の剣が敵の白い鎧の一角を、守られていた敵の体ごと砕いた。
『…ぐぅっ!』
 白い騎士はその場から離れて傷つけられた部位を手で押さえた。その指の隙間から…人ではありえない色の血が流れていた…。
「…!」
 人の血よりも更に青が加わった…紫色の血液が純白の鎧を汚した…。
『…さすがだな…。この私に一太刀入れようとは…』
「…ま…魔物だと!?」
 突然視界に飛び込んできた事実に、マリウスは思わず剣を止めた。
―道理でこの盾の力が上手く効かねぇわけか…!?
 マリウスが手にした嘆きの盾のダメージ共有で与えた痛手も、それ以上に強靭な体を持つ魔物であれば…その影響を受けずに戦い続ける事は容易い…。
『…なるほど、私はお前たちからしたら”魔物”…なのであったな。』
 山の様に巨大な体…その身を包む神々しい白い鎧がその迫力や威圧感を別の雰囲気に転化しているが、それでも人間とはかけ離れた物である事は間違いない…。
『……だが、人間とは…自らを脅かすものであれば同属すら”魔物”と蔑み、虐げるものであろう。』
「……成る程な…。やっぱ…あんた……ただの”魔物”じゃねぇな…。」
 マリウスは目の前に立つ騎士の姿をとった巨大な異形が語る言葉に素直に舌を巻いていた。確かに彼のいう事も一理ある…が、彼もまた…その行動から…人間と言うものを脅かす者…すなわち彼自身が言う”魔物”である事もまた事実であった。
『…まだ言うか。まぁ良い。』
 大男は顔面を覆っている兜のバイザーを上げて、素顔をマリウスにさらした。
「……どうも俺らからすると、あんたがそうしているのが滑稽に見えるんだよなぁ…。なぁ、トロルキングさんよ。」
 兜から覗かせたは紫の肌を持つ巨大な魔物、トロルキングであった。キング…王の名を冠するだけに、他のトロル族と一線を成すだけの知性と力を持つ、より強力な巨人である。
『……それは私から見たお前も同じ事だ、人間。人の身で呪いの武具を好き好んで身に付けるなど。』
「…ハッ、違ぇねえな。」
 互いに”人間”、”トロルキング”と種族の名で呼び合うところに滑稽さをおぼえ、苦笑し合った…
「って…だぁから俺は好きでこんなん着けてるわけじゃねぇーっ!!!」
 が、トロルキングのさりげない一言に反発してマリウスは抗議の声を上げた。
『…ふむ?違ったか。』
「あったりまえだ!!こんなグロい装備なんて馴染まにゃ使わねぇ!!」
 マリウスは怒鳴りながらトロルキングへ向かって突進した。
『…私は何か悪い事を言ったのか?』
 トロルキングは何故彼が激昂したのか解せず…醜い顔を歪めて首を傾げながら…彼の攻撃へと身構えた。
「…なっ!?それは…!!」

「…くそっ!!ムーっ!!」
 バシルーラの衝撃で地面に仰向けに倒れた状態からすぐに立ち上がり、カンダタは辺りを見回した…
「バラモス様に仇なす輩め!!覚悟しろ!!」
「…!?」
 すると突然、自分の目の前に…大勢の兵士が立ち塞がった。
「お…お前ら…!?」
―人間じゃねえか…!?何だって魔王なんかに…!!
 さまよう鎧やキラーアーマーに混じって、人間までもが自分へと刃を向けてくる事に…否、魔王などの軍門に下っているのか…。
―…何がしたいんだ!?アイツは…!!
 魔物ばかりか人間までも手なずけている…それは一般的にもたれていた魔王に対しての見解を大きく覆す事実であった…だが…。
「邪魔するんじゃねえぇぇっ!!!」
 それよりも、このままではムーの命が危ない…!カンダタはそれ以上迷う事無く大群に向けて疾駆した。
 
「あの邪魔者は我が忠実なる僕と兵達により直に息絶える事だろう。」
 バラモスは、未だにカンダタが飛ばされた方向を虚ろに見続けているメドラのすぐ側へと…いつの間にか立っていた。
「最早我が目的に水を差す者はおるまい。…そしてそなたにワシに抗う術もあるまい。さぁ、我が元に来るがいい。」
 メドラの体に、バラモスの異形の左腕が迫った…
「見つけたぞ!!!」
 その時、血気溢れる若い兵士の声が聞こえてきた。
「皆見ろ!!あそこに居るのが敵の大将だ!!かかれぇっ!!!」
 彼がそう叫ぶとともに、後ろから続いた兵士達が一斉にバラモスに向かって殺到した。
「…鬱陶しい。親衛隊長!」
「はっ!!ここに!!」
 迫り来る敵軍を前にしても全く動じない様子で、バラモスは傍らに控えていた親衛隊長へと命じた。
「奴らを一人たりとも我が元へと通すな!!」
「お任せを!!皆の者、出会えぇーっ!!!」
 主の命に応える様に、隊長は部下共々、敵軍へと立ち向かっていった。
「…さて、選択の余地など無い事はそなたにも分かっておろう。それで尚抗うつもりでおるのか?」
「………。」
 バラモスに語りかけられても、触れられても、メドラは全く動こうともしなかった。
「……迷う事など無い。そなたの本当の目的…我らの元に来れば叶えられようぞ。忌まわしき神殿にある者達によって奪われたそなたの記憶も取り戻せるじゃろう。」
「……。」
―私の…本当の目的……私の記憶……
 だが、耳に入ってくる言葉は無視できるものでは無かった。
―私は…記憶を求めて旅してきた……。
「かつて、立ちふさがる者全て…果てには世界をも滅ぼさんと力を求め、悟りの書に認められずして全てを超えし力を得し者…それが収められし試練の塔、ガルナの地に数多の生ける墓標を築きし者…」
 メドラが心の内で色々思うその側で、バラモスは語り続けた。そして…

「”蛇竜の魔女”、メドラよ。」

 咎人に宛てられた称号を、バラモスは彼女の耳元で囁いた。
「…蛇竜の…魔女………」
 自らに捺された咎人の烙印…それを示す称号を…メドラは口ずさんでいた。
「そなたはムーという名であの盗賊如きの下で生を終える者では無い。我らが元に下り、存分にその力を振るうがいい。そなたの本当の目的…その手で世界を滅ぼす事を…!」
「…!!」
―…世界を……滅ぼす事…?
 バラモスの手が肩に置かれているのも感じる事も無く、メドラは更に深い思念の渦に巻かれていた…。
―…私は…魔王と…同じ…?
 
ビュオオオオオオッ!!!
「…どわっ!!?」
 突然巻き起こった烈風によって、マリウスは思い切り後ろへと弾き飛ばされた。
『…ふむ、これは中々良い盾ではないか。戦場に散った一兵士が落としていった物とは思えぬな。』
 トロルキングが手にしていたのは…不気味な強面の顔のレリーフが彫られた円形の大きな盾だった。…もっとも、巨漢である彼が手にしていると小型の盾にも見えてしまうのだが。
「こ…こらぁ、てめぇ!!なに人の物使ってやがる!?」
 同時にマリウスはトロルキングへと怒鳴った。
『人のものも何も、これほどの盾をそのまま野に晒しておくには惜しいだろうに。こうして有益に使われた方が持ち主からしても…』
「じゃなくて!!それ、俺の!!!!」
 その盾は元々マリウスが持っていた風神の盾で間違い無い。
『……む?そうだったのか…?』
「すっ呆けんな!!いつの間に盗みやがった!!?」
『…いや、ここに来る途中で拾っただけなのだが…?道理で…』
 …が、トロルキングには本当に道に落ちていた物と思われているようだ。
「……っ!?だぁあああああっ!!しまったぁあっ!?」
 マリウスはカルスとの戦いの最中で風神の盾を弾き飛ばされた事を思い出した。
『…とは言っても、お前には既に立派な盾があるだろうに。』
「使い勝手とお気に入りは別モンだっ!!それに人のモンを取っておいてなんだその態度は!?」
『…イマイチ分からぬな。予備の武具というならばまだしも…』
「人の話を聞けぇっ!!!」
 トロルキングの口調から僅かに読み取れる思考の鈍さにトロルらしさを感じる余裕も無く、マリウスは大声で怒鳴った。
『…しかし、不思議な物だな。最近は良い武具と戦士によく出会う。』
 彼の抗議を他所に、トロルキングは自身が持つ盾と…マリウスを交互に見回しながら言葉を続けていた…。
『…奇しくもこの…”雷神の剣”と対をなす武具と出会うとはなっ!!!』
 トロルキングは手にした大剣…雷神の剣を空高く掲げた。
「!!」
 剣から迸る違和感をいち早く感じ取り、マリウスは思うより先に身構えた。
ズドォオオオオオオッ!!!!
 激しい雷鳴と共に地面を抉る程の落雷が生じ、それが持て余したエネルギーが巨大な熱の波動となってマリウスへと襲い掛かった。
「ぐおおおおおおおおおっ!!!?」
 その灼熱の波を逃れる術も無く、マリウスは正面からそれに巻き込まれた。
『……まさか斯様な所で風神の盾に出会おうとはな。』
「…ゲホッ…ゲホッ…、んだよ…初めからそれ使えってんだ…。」
 雷神の剣の魔力による攻撃をどうにか耐えたマリウスはフラリと立ち上がりながら憎憎しげにそう毒づいた。この様な力を持ちながら、今にいたるまでそれを出し惜しみされては確かに苛立つのも無理も無いが。
『どうだ?折角だ、私の破壊の剣とお主の風神の盾、交換せぬか?』
「…やなこった。…っつってもあんたが無理やり寄越したコイツも外れねぇんだけどな…。」
 マリウスはそう言って剣を地面に突き立てて数歩離れてみせた。すると、剣はしばらくするとすぐに彼の手元へと戻って来た。どうやら破壊の剣も、嘆きの盾同様の装備が外れない状態になってしまった様だ。
『おお、そうか。それは好都合と言うものだ。』
「待てコラァッ!!!…あー…頭に来た…、こうなりゃ力ずくで取り返してやる…!!」
『…力ずくで?ほぉ、それは…面白い。』
 再び互いに剣を交えんと、互いの武器を構えたその時…
ドガーンッ!!!
『…!?』
「どわぁあああああっ!!?」
 突如発生した大爆発に、彼らは避ける術も無く巻き込まれた。
『…むぅ、今のはイオナズンか…!?』
 トロルキングは風神の盾が巻き起こしたつむじ風の中で爆発をしのぎ、空を仰いだ。
「おーほっほっほっほっほっほ!!!村を荒らしてたコ達の雇い主って言うのはアナタねぇっ!?探したわよぉっ!!!」
 彼が目にした物は、空に浮かぶ箒の上で腕組しながら佇んでいる赤い髪の麗人だった。
 
「…てめぇら!!何で人間なのに魔王なんかに!!」
 カンダタは斧の側面で次々と襲い来る敵の兵士達を殴り倒しながら怒鳴った。
「貴様の知るところではない!!」
「死ねっ!!」
 兵士が突き出した槍や剣がカンダタの体を傷つけた。
「…邪魔するなぁっ!!どけぇっ!!!」
 倒しそびれた敵からの一撃を数発もらいながらも、カンダタは止まらなかった。
「どうあってもってんなら…てめぇらの命の保証はしねぇっ!!!」
「「「…!!」」」
 カンダタは一瞬力を溜めた後、斧を斜めに振り下ろした。
ビシッ!!
 高速で振り下ろされた斧の軌道の形をとった真空の刃が、樹海の木々を一気に何本も刈り取った。
ズズズズズ……
 それは綺麗な直線の切り口に沿ってスライドし…
ズシーンッ!!
「「「うあああっ!!?」」」
 地面に倒れて、ゴロゴロと転がって何人もの兵士やさまよう鎧達を下敷きにした。
「木が倒れてくるぞぉっ!!!」
 カンダタが仕掛けた攻撃によって次々と転がってくる丸太によって、小隊全体がパニックに陥った。
「ムーっ!!何処だぁーっ!!!」
ワアアアアアアアアアッ!!!!
 カンダタの叫びは迫り来る者達の雄たけびと剣戟、そして足音によって掻き消された。

「アツツツ……いきなり出てこられちゃたまんねぇな…こりゃ。」
 いきなり発生した大爆発によりその場から弾き出され、マリウスは首をブルブルッと振りながら起き上がった。
「…また無茶したわねぇ、マリウス。」
「メリッサちゃんか…無事で何よりだぜ。」
 上空からメルシーとはまた別の、赤い髪を持つ美女が…彼女とは違って実に上品な仕草で下りてきた。
「…あのボウズとモーゲンのおやっさんはどうした?」
「大丈夫…兄さんを見つけたら後はマリウスを探せって言って、あの場所に居るわ。戦いが激しくなりすぎてもう外に出るに出られないみたい…。それにお父様は守人だから、皆を護らなきゃならないし。」
「そうか…。ニーダさんも無事だったか。」
「呪いの装備を使ったのが幸いだったわね。…まさかお母様に鉢合わせしてまた吹き飛ばされちゃうとは思わなかったけど。」
「…全くだぜ。つーか今日は何っつー日だ…。トロルキングに俺の盾持ってかれちまったまんまだしメルシーさんにもぶっ飛ばされるしよ…。おまけに…また貧乏クジ引いちまったし…」
「そうねぇ…でも、そのままじゃ邪魔でしょ?」
 メリッサは苛立たしげにぼやくマリウスをなだめながら、彼の身から離れない呪いの装備二つへと触れた。
「シャナク」
 そして、解呪の呪文シャナクを唱えた。呪われた二つの装備はしばらくはそれに抗うように震えたが、徐々に小さくなってやがて見えなくなった。
「…駄目ねぇ、やっぱり浄化される前にあなたの体の中に逃げちゃうみたい。当分その鎧は外せないわね。」
「ちっくしょー…やっぱりか…。この十年間ずっとこのまんまじゃなぁ…。」
 マリウスは自らの体を覆う赤い鎧を嫌そうに眺めた。
「しかも余計な荷物まで増えちまったよ…。」
「でも、今はその力必要なんじゃない?」
「…かもな。とりあえず皆逃げたからには…。」
「そうねぇ、あなた一人でも大丈夫かもしれないけれど…ちょっとじっとしてて。」
 メリッサはマリウスへと手をかざしながら呪文を唱え始めた。

「ピオリム」
「スカラ」
「バイキルト」

 補助の呪文が次々とマリウスへと施された。
「おっし!!」
 彼は自分に満ちていく力に心地よい物を満足に感じた後、近くに転がっていた武器を取った。
「…で、メリッサちゃんはどうするんだ?」
「私は…メドラを探しに行くわ。あの子の事だからきっとどこかで生きてると思うから…」
「そうか…じゃあ俺も付き合うぜ。」
 マリウスは拳をぐっと握り、兜のバイザーから覗かせる口元をニッと歪ませた。
「ふふ、ありがとう。」
 それを見て、メリッサもつられて微笑を浮かべた。
「おっしゃあ行くぜ!!」


 メドラは目前の光景…それをただ呆然と見ていた…。

 人間同士が互いに傷つけあい、殺し合う。
 それは何が為か…

 正義…忠誠……或いは家族の為…
 憤怒…憎悪……はたまた狂喜への衝動…

―でも…

 そうした感情を抱きながら戦地へ赴くもの達…

―……死んでしまえば、それも全部消える。

 彼らが抱いていた物は全て失われ、生き返る事も無く、二度とこの世で得た全ての物を取り戻す事は叶わない。

―くだらない……。こんな事……だったら…

―…初めから全部なくしてしまえばいい。

「…っ!?」
 バラモスの腕の中で、メドラは渦巻いていた思念が急に焼き切れる様な感覚に目を見開いた。
「……決心はついたか…?」 
―…違う!!そんな事を望んでいた訳じゃない…!!
「うるさい……!」
「!!」
 メドラはバラモスの言葉に強い口調で反発し…
「イオラ!」
 自身を包み込んで放さない彼の右腕に掌を当ててそう唱えた。
―そんな事してもカンダタが悲しむだけ…私は……!
ドガーンッ!!
 爆発がバラモスもろともメドラを飲み込んだ。
「うぐぉおおっ!?」
 イオラの爆発により、本来の姿に戻ったバラモスの右腕の一部が抉れ、その表面を焼いた。
「…私はあなた達の言いなりになんかならない。」
 自身の呪文の反動を受けてボロボロになりながらも、メドラは堂々とそこに立っていた。