凶星 第五話

「…チッ!あんな魔物をけしかけやがって…!」
 ムーが巨大な獅子、ラゴンヌと組み合っている傍で、カンダタは王へと斧を向けた。
「…まぁ待て。そう死に急ぐこともあるまい。ゆっくりと愉しもうではないか。本物の獣の闘いと言う物をな。」
「てめぇ…やっぱり…!!」
「ラゴンヌは斯様な竜の子など何匹も喰ろうて来たわ。さて、こやつは何分もつかの?」
 ラゴンヌの体躯はムーのそれを上回っていた。だが、その様な巨大な相手に対して…
『バイキルト』
 ムーも負けてはいなかった。攻撃力増強の呪文を自らに施し、ラゴンヌの横っ面に竜の拳を叩き込んだ。
グゥゥッ!!
「いいぞっ!やっちまえ!!」
 カンダタは善戦しているムーを激励した。
「ラゴンヌよ…いつまで遊んでいるつもりだ。すぐにそやつの喉元を噛み千切り、殺せ。」
 一方の王は、その様子を面白く無さそうに見ていて、苛立たしげな様子が僅かに見られる低い抑揚でそう告げた。
グォオオオオッ!!!
『!』
 急に敵の力が増したのを感じ取ったときには既に遅く、ムーは一気に大木へと押さえ付けられた。ラゴンヌの爪が鱗を貫いて体を傷つけ、彼女は痛みに小さく呻き声を上げた。
「…!」
「他愛も無い。ドラゴラムの使い手ならば或いはとは思っていたのだがな。」
 王がふんと鼻を鳴らして、止めを刺さんとしているラゴンヌへと歩き出したその時…
「ハッ…、馬鹿言ってんじゃねえよ。こちとらカンダタ盗賊団だ。…んな程度で諦められっか!!」
 カンダタは王にそう返しながら、ムーの目を見た。
「もう何をしようが遅いわ!」
 王が一喝すると同時にラゴンヌは金色の竜の首に噛み付いた。
『……甘い。』
 蒼い獅子に、牙がムーの喉元に食い込んだ感覚がしたその直後…!
ガチンッ!!
 突如竜の姿が掻き消え、ラゴンヌの顎は何も無い空間を噛み砕いた。
ガゥッ!?
「…何っ!?」
 王とラゴンヌは突然消えた敵に目を見開いた。
「…バーカ。でっけぇ図体持ってるから動けねぇんだ。だったら…」
 カンダタが空を仰ぎながらそう言葉を紡ぐと…
「ルカニ、ピオリム」
 上空から呪文を唱える少女の声が微かに聞こえてきた。
「…!!」
 赤い髪を上に靡かせながら、少女は手にした理力の杖を下へと突き出しながらラゴンヌの脳天目掛けて落下していた。
どごぉっ!!!
 ルカニにより弱体化していたラゴンヌがその強烈な攻撃に耐えることは叶わず、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「…ムーが変身解きゃ良い話だろうが、な。」
 ラゴンヌが倒れたのを見て、カンダタは遅れて地面に着地した緑色の糸を纏っている少女を見てそう告げた。
「…!!……そなたは…!」
 カンダタを見返して頷く彼女の姿を見るなり何かを思ったらしく、王は再び驚愕した。
「ピオリム」
 それに全く構わず、ムーは自身に速度上昇の呪文をもう一度かけた。
ドガガガガッ!!バキバキバキッ!!!ズガッ!!ゲシゲシッ!!
 ムーは自身の力と速度を上昇させ、体の強度を弱められたラゴンヌに目にも留まらぬ速さで襲い掛かった。
ギャゥウウウウッ!!
 激痛がラゴンヌの体に絶え間なく走り、彼の痛々しい呻き声がその口から漏れた。
「…えげつねぇ…。」
 相変わらず自分に牙を剥いた者に対して容赦無く攻撃する様に、カンダタは肩を竦めてそう言った。
ダンッ!!
 不意にムーは地面を思い切り蹴った。呪文で強化された体の賜物によるその勢いで、彼女は空高く飛び上がった。
ギュルルルルルルルルルルッ!!!
 理力の杖を頭上で思い切り回してそのままラゴンヌへ向かって落下の勢いと同時に叩きつけた。
ズゥウウウウウウンッ!!!!!
 必滅の威力をもった一撃の衝撃が全身に走り、ラゴンヌはぐったりとして動かなくなった。息はあるものの…当分の間立ち上がる事は無いだろう。
「ゴラァッ!!それ、俺様の技だろうがっ!!」
「これが一番しっくりきたんだもの。」
「…あ?」
 武器を回転させて遠心力を、空高く飛び上がる事で重力を攻撃力に加えて相手に叩きつける豪快な大技…それがカンダタの得意とする”痛恨の一撃”だった。
「お前な…こりゃ漢の技だっての。年頃の女が使う技じゃあ……まぁいいけどよ。」
「…?」
 よほど体を鍛えた者にしか使えない…力が必要な大胆な大技だけに、ムーの様な見た目が幼い少女がそれを使っている姿など、今まで想像もしていなかったが…先程のラゴンヌを完膚なきまでに叩きのめしていた所からか、妙に納得できてしまった。
「見つけたぞ……」
「…?」
「…咎人の烙印を押されし者よ。」
 ラゴンヌを失った王が…先程と比べ物にならない程の暗い雰囲気を纏いながらこちらに近づいてくる…。
 ムーはもはや何も話す事無く、王に向かって躍りかかった。
「…ほぅ、やはりすんなりと捕らえられてはくれぬようだな。」
 王は愉悦に口許を歪ませて腰に差した巨大な剣を引き抜いた。カンダタを下賎な者として相手にしなかったのに対し、自ら王剣を取って迎える彼の表情には…底知れぬ程の何かを感じた。…まるで長い間待ち焦がれていた時が訪れた様な…。
「ぬぅんっ!!」
バギャッ!!
「…っ!?」
 ムーの魔力を纏った理力の杖が凄まじい音を立てて砕け散った。…だが、それを見て驚いたのは…彼女ではなく…王の方であった。
―何っ!?
 ムーは先端が壊れた理力の杖を咄嗟に持ち直して、剣を扱うが如く振り下ろして、王の頭を打ち据えた。
ガァンッ!!
 王は一挙動遅れてその攻撃をかわしたが、戴いていた冠は無惨にひしゃげて地面へと転がった。

ガッ!!
「ッ!?」
「…ふぃーっ、あぶねぇあぶねぇ…。……あんま使いたく無かったんだけどよぉ…。ったく、格好わりぃぜ…」
「き…貴様…!!」
 マリウスに振り下ろされたはずの破壊の剣は…彼が掲げた何かによって受け止められていた…。
「……何だその盾は…!?」
 破壊の剣と似ていて非なる雰囲気を感じさせる歪なデザインの盾だった。縦長のフォルムに、無数の閉じた眼の様なレリーフが刻まれている…不気味な意匠であった。
「跳ね返せぇええええっ!!!」
 驚愕するカルスを見据えながら、マリウスは盾に命ずるようにそう叫んだ。

 …その時、盾に淡い赤い光が纏い…
ドンッ!
「…っ!!」
 何の前触れも無く、カルスの体に鈍い衝撃が走った。
「そこだぁっ!!」
 動きが止まって無防備になったのを見逃さずに、マリウスはカルスへ向かって…鎧を着込んだ出で立ちに似合わぬ速さで体当たりを仕掛け…後ろへ倒れた所に更に追い討ちをかけた。
「…がはっ!!」
 地面へと勢い良く倒れた衝撃で、カルスの手から破壊の剣が離れた…。
「……う…うう……!」
「…てこずらせやがって…。」
 うめくカルスを横目に、マリウスは彼の手から転がり落ちた破壊の剣を見やった。
「……んな危ない剣…一体誰が寄越しやがったんだ?」
 リスクの大きさと引き換えの武器としての強さを秘めた剣…。
「………俺の雇い主が前払いの報酬として渡してきた…。」
「雇い主…?…まぁいい、それで?」
 突然語りだしたカルスの言葉に引っ掛かる物を感じたが、すぐにその気持ちは掻き消えて、続きを促した。
「……剣を握った時から、俺には…先に逝ったあいつらの元に……そんな思いが止まなかったんだ。」
 剣を手放してから…全ての力を使い果たしたように疲れた様子で、カルスは先程とはうって変わって穏やかに語っていた。
「……。」
「この剣に操られていたばかりでは無い。破壊を望んでいた…俺自身も含めてな。」
「ハッ…バカヤロウ、自分から死んで何になるってんだよ。死に別れたって言っても、何もお前さんの人生が終わるわけじゃあねぇだろ?」
「分かっていた…俺が死んでも何の解決にもならない事はな。…だが、力を持てば…更に力がある奴に殺られる。俺はその時を待ち続けていたんだ。」
「残念だったな。俺はお前を殺しにきたワケじゃねえんだ。第一そんな暇もねぇ。」
 自暴自棄な言動を繰り返すカルスに、マリウスは嘆息しながらそう告げた。
「……そうだな。……しかし…何故あんたは…」
 カルスはマリウスが左手に持っている歪な形状の盾を見て不思議に思っていた。
「…嘆きの盾か。ああ、こいつは良い盾だぜ…ふざけた呪いなんかなけりゃな…。」
「呪い…?さっきの……あの衝撃は…呪いで…?」
「…ん?…ああ、あれは寧ろ良いんだ。問題は…」
 呪いという言葉に更に疑念に目を細めるカルスを見て…マリウスは盾を遠くに投げてみせたが、吸い寄せられているかの様に再び彼の手元に戻って来た。
「外れねえんだよ、コレ。あー…またメリッサちゃんにシャナクかけてもらわねえとなぁ…。しかもどういうわけか、シャナク使っても俺の体に引っ込むだけで…使えばまた出てきやがるし。」
 解呪の呪文シャナク…呪いと呼ばれる力を解除する効果を持ち、その呪文を受けた物に呪いが掛かっているならば砕けて失われる事が殆どだったが…。
「………それだけか?」
「…何?」
「……俺はあの剣の呪いに操られて…」
「…”あんたは何でその程度で済んでいる”とでも言いたそうだな。」
「…ああ。」
 呪い…絶大な力の代償に自由を奪う厄と呼ばれるだけに、カルスにはマリウスが事も無げに嘆きの盾を操れるのかが理解出来なかった。
「……いいや、その程度なんてモンじゃねえ…!」
「!?」
 突然…マリウスの言葉の歯切れが悪くなった。
「…いいか…!そもそも…」
『ほぉ…呪われし魔剣の力を同じく呪いの力で押さえ込んだか。』
「!」
 王に準ずる威厳の様な物を感じされる低い…そして深い…と感じさせる声が後ろから聞こえたのに対し、マリウスはすぐにそちらに身構えた。
「…何者だ!」
 そこに立っていたのは白いローブでその巨体を隠した大男だった。ローブの隙間からは同じく白い鎧が僅かにその姿を覗かせている…。
「……フゥ、…あんたがこの場にいる様ではこの失態は隠しようがないか…。」
『…何を言っている。そなたらは十分に良くやった。結果…我等の目的は果たせた。』
「………初めからオトリだったのは分かっていた。…さぁ、俺はもう役に立たない…。せめてあんたの手で止めを…。」
 カルスと突然現れた大男が話している様子に、マリウスは…
「…あんた……コイツの雇い主か…?」
 …思わずそう呟いていた…
「……いや、そうじゃねえ!!んな事聞いてねえ!!…まさか…あんたの目的とやらは…!!」
 が…しかし、…目的…と言う言葉と、相手の出で立ちを見て…彼は瞠目しつつ、闖入者の白い騎士の様な大男を見た。

「…逃がさねぇぜ。」
「くそ…!こっちにもまだ…!」
 里から逃げ延びた者達は、前方に立ちはだかる柄の悪い男達の姿にたじろいだ。
「戦えるヤツは…もういねぇみてぇだな。」
「……く!!」
 いつの間にか自分達の周りに…飢えた獣のような視線を向けてくる荒くれ者達の姿があるのを見て、逃げる者達の目に移る恐怖の闇が深まった。
「女子供は捕まえろ!!邪魔くせえ男は殺せ!!」
 リーダーらしき男の指示で、侵略者達は獲物に向かって一斉に襲い掛かった。
ドッ!!バタンッ!!
「「「!?」」」
 しかし、突然彼らの内の一人が悲鳴一つ上げずに倒れたのに気付き、皆が動きを止めた。
「な…何が起こって…っ」
ドサッ!
「あ…あいぼ……う?」
ズシャッ!!
「…え?」
 囲まれて覚悟を決めて目を閉じていた少年が恐る恐る目をあけると…先程まで自分達を脅かしていた獣のような一団が、まるで糸の切れた操り人形の様に次々と倒れていく姿が目に見えた。
「……だ…誰だ!!」
 狼狽した一団のリーダーらしき男が辺りを仰ぎながら叫んだ。
「……覚悟。」
 その時、後ろに突然現れた赤い布で顔面を覆い隠した男が彼にそう告げた。
「!?」
 彼もまた…他の者達同様に力無く地面へと倒れていった。
「……な…何が起こったんだ…?」
 暫しの間立ち止まった後…里の者達は顔を見合わせて口々にそう呟いていた。

「…ち、これも敵の罠らしいな…。」
 樹海の中の木々の上に、赤い布を巻いた男達が佇んでいた。その手には細長い筒状の武器や、扱いやすい短剣の類が握られていた。
シュゴオオオオオオオッ!!
「…ベギラゴンだ!!皆…散れっ!!」
 何者かが放った灼熱の炎が森を焼き尽くし、彼らの逃げ場を奪った。
「……アニキ!!あの人達大丈夫でしょうか?」
 その様な中でも逃げ切れる自信があるのか、男達の一人が先程助太刀した…避難を続ける里の住人達を見て仲間に尋ねた。
「…いけねぇな…、あのままじゃ…確実に炎に巻き込まれちまう…かといって呪文使えるヤツもいねぇし…」
「私なら使えるが…だが…」
「…ヤツらに勘付かれる。そうなると俺達は全滅だ。」
 そう議論している間にも確実に炎の壁は迫ってきていた。

…其は生ある者を護るが故の力にして、力に仇なすが故の力なり!

「!」
 突然上の方から声が聞こえてきた。見上げてみると、空には箒に乗った赤い髪の麗人が丁寧な仕草で箒に腰掛けながら呪文を詠唱している姿が見えた。

ヒャダイン!!

ビュオオオオオオオオ!!!
 彼女が呪文を唱え終わると、辺りを氷の嵐が包み込み…暗殺者たる彼らもろとも全てを巻き込んだ。
「…っ!?」 
 しかし、その極寒の風は男達を傷つける事はなかった。ただ灼熱の炎にだけ作用して、瞬く間にそれを消し飛ばした。
「……どうやらあの詠唱がヒャダインの威力を押さえているみたいですぜ。」
 おそらくは先に唱えた詠唱によって、生物を対象から外している様である。
「…ああ、なるほど…あのねえちゃんも……」
「……里の人ッスね…。…この里の人達はみんなあんな力を持ってるんッスかね…?」
 冷たさも何も感じられなず…ただ周りをすり抜けていく吹雪に…何とも奇妙な感覚を覚えながら、空を飛んでいる赤い髪の魔女を暫し見上げていた。

「……ふぅ、流石にコレは疲れるわねぇ…。」
 メリッサは空に佇みながら…肩を下ろして一息ついていた。
「…マリウスがアレを使った様だけれど、大丈夫かしら?」
 彼女は未だに燃え盛る森の一角へと箒を飛ばした。