凶星 第四話

「傭兵団より報告!敵の先発隊が北部で小隊と交戦中!!」
 光をさえぎる薄汚れた分厚い天幕に兵士が騒々しい程の大声でそう叫んだ。
「…あいつらは?」
 奥のほうに佇んでいた頭に赤い布を巻いた大男が尋ねた。
「帰ってきたのは一人です!!」
「そうか…。そいつは今何処にいる?」
「戻りやした!…すんません……アイツは…」
 話を進めるうちに、もう一人の男が天幕の中へと入ってきた。仲間が犠牲に自分が助かったという状況らしく、その表情には複雑な感情が渦巻いているのがおのずと見て取れた。
「何も言うな。…今までもヤツはよくやってたんだ。なぁに、気にするな。お前のせいじゃねぇんだ。」
「団長…。」
 大男はゆっくりと椅子から立ち上がると、彼に歩み寄って肩をポンと叩いてやった。
「戦いの混乱に乗じて賊が近くにある集落で略奪を働いております!!」
 また一人別の兵士が入ってきて、大声で報告した。
「だとよ。で、どうするよ大将。大義ってモンがあるだろ?」
「…そうだな。…だが、敵はそれほど人数は多くないはずだ。」
「あ?俺達に行けって言いてぇのか?」
 状況と仕える人間等の違いから多くの環境を歩んでいる傭兵という仕事柄、大男には指揮官が欲するところが何となく分かった様だ。
「…そうだな。君達の腕を見込んでの仕事だと思ってくれ。」
「なぁるほどな。軍隊じゃあ時間がかかってしゃあないモンな!!よっしゃ!!」
 大男は彼の目を見てその意を察して納得したように頷いて手を叩いた。
「暗殺得意の傭兵団”デスストーカー”の恐ろしさを存分に叩き込んでやんな!!」
「「「「オオッ!!」」」」
「俺が居なくてもきっちりやれよお前ら!!」
「「「「へいっ!!」」」」
 大男の激励に答えて、彼と同じく赤い布を巻いた傭兵達は外へと走っていった。

「……な…!」
 老婆の最後の命を燃やし尽くして発動したメガンテによって巨大な爆発が巻き起こした煙が晴れた先にある光景を見て、その場の全員が驚愕に目を見開いた。
「…す…凄ぇじゃねえか…!オイ…!」
 仲間である柄の悪そうな男も素直に驚いた様子を見せていた。
「……この剣がある以上…俺にそんな醜い悪あがきなど通用しない。」
 恐らくはその禍々しい意匠の剣に込められた魔力が青年の身を守ったのだろう。
「ちくしょおおおっ!!メラゾーマッ!!」
 激昂した里の者の一人が最大の火炎の呪文を発動させて、青年へ向けて放った…
ズバァッ!!!
「…あがぁっ!!」
 が、放った火球ごと斬られて激痛に顔を歪ませた。分断された火球は青年を避けるように飛んでいき、近くの建物にぶつかり、弾けてそれを一瞬で焼き尽くした。
「この剣の切れ味をなめるな。」
 メラゾーマの火力の片鱗にさえ触れていないのか、青年の体には僅かな傷も付かなかった。
「…へぇ、凄いなその剣。…なぁカルス、一体何処で手に入れたんだそれ?」
「……雇い主のあの男が報酬として俺に渡した。それだけだ。」
「…あいつが……?…どんだけ凄ぇ剣持ってんだよ…。」
 カルスはそれ以上何も言わずに里の者に向かって剣を振るった。髑髏の様な有機的な意匠に似合わず…研ぎ澄まされた刃の如き剣圧が空気を裂き、獲物を求めて荒れ狂った。
「っ!!」
「…く…!!」
 あまりの速度に、狙われた者達にその攻撃を防ぐ術は無かった。…そして、破壊の剣が巻き起こした風の爪牙が彼らを切り刻んだ…
ゴオオオオオオオッ!!!
「!」
 その刹那、里の者達の周りに風が集い、攻撃から身を守った。
「皆ぁっ!!大丈夫か!!?」
「マ…マリウス!!」
 後ろから現れたのは真紅の鎧に身を包み、左手の円形の大盾を掲げている一人の強者だった。
「マ…マリウスだとぉっ!!?」
「マリウス?……ああ、あの有名な戦士か…。」
 相棒が騒ぐ傍で、カルスは目を細めて目の前に立つ真紅の鎧を身に付けた戦士…マリウスを睨んだ。
「…おいおい、兄さんよ。お前、抵抗も出来ない女子供を傷つける事ぁないんじゃねえのか?」
 その視線に肩を竦めながら、マリウスは剣士カルスへとそう尋ねた。
「……関係無い。邪魔するなら貴様も殺すまでだ。」
「上等だぜ。それがお前の仕事って言うなら…この里を守る事が俺の仕事だ。…まぁ、報酬の話は一段落着いてからになりそうだがよ。」
「……殺す。」
 マリウスの言葉に怒りを感じたのか、カルスはギリッと歯軋りして、剣を握る力を強めた。
「…ここにたむろしてる馬鹿どもは俺がまとめて面倒を見てやるよ。その間に皆は先に逃げるんだ。」
 一方のマリウスは余裕が感じられる挙動で、生き残り達に避難を促した。その言葉どおり、彼らは一丸となってその場から逃げ始めた。
「逃がすと思っているのか?」
 カルスは感情を感じられない程に冷たくそう言い放ち、背を向ける者達へと一気に距離を詰めて斬りかかった。
ギィンッ!!
「…だから面倒見てやるって言っただろ?」
「ち…!」
 不敵に笑いかけるマリウスに、カルスは忌々しげに舌打ちした。
「っつっても、短い間だけどなっ!!さぁ、とっととやられてくれや!!」
 マリウスが持つ風神の盾が唸りを上げて、凄まじい烈風が前方へと巻き起こった。
「……。」
 カルスは動じた様子も無く、手にした剣をそれに向かって軽く振るった。すると、烈風は真ん中から切り裂かれた様に、彼を避けて流れていった。
「…!その剣は…!」
 目前に迫る一筋の刃に何かを感じ、マリウスは一瞬動きを止めた。
 
「…一体どうなってやがるんだ…?ムー、何か見えたか?」
 急降下した状態から体勢を整えて、ゆっくりと降りてくる金色の竜を見上げてカンダタはそう尋ねた。
『山火事にはなっていないみたい。』
「あ?」
 返された言葉に、カンダタは間の抜けた声を上げた。
『……消している人がいる。何処かの兵隊みたい。』
「軍隊だと?……何だってこんな所に…?」
『火を放っているのはこの辺で見ない人達。』
「………何かややこしい事になってきやがったな…。」
 突然の事に…一体何が起こっているのか…理解に苦しんだが…
「だが、考えてる暇なんざねぇみてぇだぜ!行くぞ!!」 
 状況を細かく知るより先に事態の収拾をつける事が先と決断して、カンダタはムーを促して走った。
『…!!』
ズンッ!!
 しかし、その直後…ムーは地面へと着地して180度方向を変えた。
「…ムー!?どうした!?」
 彼女につられてカンダタも後ろを振り返ると…
「メラゾーマ」
「!!」
 呪文を唱える声が耳に届くと同時に、巨大な火球が具現化されて彼の頭上に現れた。
「だぁっ!!」
 カンダタは体を後ろに曲げて、起き上がると同時に全身の筋肉を使って斧の勢いを加速させて火球へ向けて一気に振り切った。斧に押された空気の圧力が火球を切り裂き、四散させた。
「…誰だっ!!出て来やがれ!!」
 熱を帯びた斧を一振りした後、カンダタは呪文の詠唱が聞こえた方に怒鳴った。
「…ほぉ、ワシの呪文を力で破壊したか。人間業とは思えぬな。」
 奥の方から聞こえてくるジャラジャラと何かが擦れ合う様な音が大きくなると共に…
「やはり侮れぬものじゃな。所詮は盗賊に過ぎぬと思っておったがな。」
 やがて、呪文を放った張本人の姿が二人の目に留まった。
『……王。』
 それはまさしく王と呼ぶに相応しい威厳溢れる者であった。その存在を大きく見せる真紅のマントの下に、緑色の王の着る衣装を纏った堂々たる体躯…腰に下げられているのは、王権の象徴たる巨大な広刃の王剣が下げられていた。こちらに歩み寄ってくる間にも…首から下げられた大粒の宝石の付いたネックレスがジャラジャラと音を立てている…。
「…里に火を放ったのはてめえか!!」  
 カンダタは”王”がメラゾーマを撃つ為に手をかざす姿を見て身構えた。
「さぁ?ワシの知るところでは無いな。」
「とぼけやがって!!…てめぇのその格好からして、怪しい匂いがプンプンしてきやがんだよ!!」
「くくくく…はーはっはっはっはっはっ!!!」
 怒鳴りつけてくるカンダタに、王は突然気品の欠片も無く、豪快に笑った。
「…何がおかしい!!」
 カンダタはそんな王の様子に気を害して、覆面の間から覗かせる目を怒りに歪ませた。
「貴様如き下賎な者どもが、このワシに怪しいとな。…これを笑わずにおるか。」
「て…めぇっ!!!」
 王が関与する地域には…不敬罪と言う言葉がある。…王の行動を疑う事も或いはそれに入るのかも知れない。
「王とは…神の名において絶対の権力を以って全てを動かす事のできる存在、それを疑う事など片腹痛いわ!」
「…王を何だと思ってやがるんだっ!!!」
 カンダタは度重なる王の言葉についにいきり立ち、彼に向かって突進した。
パチンッ!!
 丁度カンダタが間合に入ったその時、王は身構える様子も無く突然指を鳴らした。
ゴアアアアッ!!
ギャオオオオオッ!!
キキキキキ!!
「!」
 獣の鳴き声と共に自分へと降りかかる敵意に、カンダタは攻撃の手を止めた。
「はっはっは。そなたの様な盗賊の相手は地を這いつくばる者同士が相応しかろう。」
 カンダタが再び距離を取り身構えている間に、現れた獣達は王の方へとゆっくりと向かった…。
「何者だ…てめぇ…!!」
 その魔物や猛獣達が全く暴れた様子が無い事から見ると、王は彼らを事も無げに手なずけている様だ。その様子に…カンダタはますます理不尽な怒りを深めた。 
「…フン、貴様らとて同じような者を見ておるだろうに。人が馬を駆る事と何の変わりがある?全ての魔物にその対象が移っただけの事よ。」
「……てめぇ……今…!」
 王の言葉に一つの事実を見い出したカンダタの目に驚愕の色が浮かんだ。
「まさか……てめぇは…!」
 何かを言いかけたカンダタへの王の返答は魔物達への攻撃の号令だった。
「邪魔すんじゃねぇっ!!!」
 一喝と共に振るわれた大斧は、一振りでまとめて三匹を薙ぎ払った。
「…中々やるな。だが…」
シュゴオオオオオオオッ!!!
 王の言葉を遮るように灼熱の息吹が彼の目の前を横切り、途中にある物を焼き払った。 
『…だが、何?』
「…ふん。ドラゴン如きに変身して随分と威勢がいいことだな。」
 王の周りには、炎が傍に通り過ぎても何処も焼けたような跡を見せていなかった。
『……あなたも王様気取り?』
「…ほぉ、貴様もワシに歯向かうと言うのか。」
グウゥォオオオオオオッ!!!
『!』
 ムーの後ろから、巨大な体躯を持つ蒼い体の獅子が現れた。
「我が忠実なる僕、ラゴンヌよ。竜と化している不埒な小娘を八つ裂きにせぃっ!」
 ラゴンヌと呼ばれた大きな獅子は、金色の鱗を持つ竜へと躍りかかった。

「…っ!」
 足元に剣であった物体がカランと乾いた音を立てて転がるのを一瞥した後、マリウスは…
「……お…おいおい、お前…その剣…」
 折れた剣で次の一撃を上手く受け流しながら、彼はそれを破壊した張本人に尋ねた。
「…ああ、この剣か。実に良い剣だ。……俺を邪魔する者全てを消してくれる…」
「……そういう問題じゃねぇんだな、それが。」
 剣を折られて尚、マリウスはカルスへと不敵に笑いかけていた。
「…気に入らないな。…もういい。すぐに殺してやる。」
 カルスは目を細めながら、剣をマリウスの心臓の位置へと構え…その瞬間に渾身の突きを放った。
ギィンッ!!
「……ッ!」
 とっさにその突きを風神の盾で受け止めたが、それに構わずカルスは力を込め続けた。
「…ちぃっ!…やっぱし呪われた装備か!!」
「それがどうした?殺し合いに呪いも何もあったものか。」
「くそ…面倒だぜ…全く。」
 徐々にマリウスは押されつつあった。盾で勢いを反らして受け流す事もできなかった。
「破壊の剣なんてどっから持ってきたんだよ…!」
 破壊の剣…純粋な威力を増すために手段を選ばず求めた結果出来上がった魔剣…。その代償は…込められた呪い…。
ガッ!!
「…!」
 破壊の剣に突き上げられて、風神の盾が弾き飛ばされた。
「死ねぇっ!!」
 無表情の仮面を殺戮本能より湧き上がる憤怒と狂喜で崩して、カルスはマリウスを斬りつけた。